咲いて開いて、恋祭り!
マスター名:中畑みとも
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/21 21:16



■オープニング本文

 春。それは、出会いの季節。
 ひらひらと風に乗って、桜色の花弁が町の通りに舞う。その中を瑠佳(iz0046)と旅の連れであるもふらさまはのんびりと歩いていた。
「春ですねぇ、師匠」
「もふっ!」
 ほんわかと笑う瑠佳に、もふらさまが嬉しそうな声を上げる。鼻の先に花弁がつくのをふがふがと振り払おうとするのに、瑠佳が笑って花弁を撫で払った。
「ん?」
 と、瑠佳が通りの壁に一枚のチラシを見つけて立ち止まる。


 恋祭り 開催!
  今年も桜が舞う出会いの季節になりました。
  大好きな人と一緒に、お花見を致しませんか?
  桜の下で、新たな出会いを見つけてみませんか?
  家族皆で、楽しい思い出を作ってみませんか?

 ●お花見
  桜通りに、たくさんの出店が並びます。
  美味しいものを食べながら、桜を愛でましょう。
  座って食べられるスペースもご用意しております。
  お花見中、新たな出会いが見つかるかもしれません。

 ●愛を叫ぼう大声大会
  大好きな人への告白、家族への誓い、恋人募集‥‥
  愛に関する事柄を大声で叫んで、言葉にしましょう。
  恋人への謝りの言葉も言えば、今日は素直に許してくれるかも?

  参加資格などは御座いません。
  お一人、ご家族、恋人、友達‥‥
  さまざまな形でのご参加をお待ちしております。


「へぇー‥‥」
 瑠佳はチラシを読んで、後ろを振り向いた。通りには満開になった桜並木が風に揺れている。
「行ってみましょうか、師匠」
「もふっ!」
 瑠佳の言葉に、もふらさまが嬉しそうに鳴いた。


■参加者一覧
/ からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 祈藤影一(ia9979) / 祈藤影二(ia9986) / ルネス・K・ヴェント(ib0124) / ケンイチ・ヤマモト(ib0372


■リプレイ本文

 ひらひらと桜の花弁が舞う通りを、一匹のもふらさまを連れた瑠佳(iz0046)がのんびりと歩いていた。桜並木の前では様々な食べ物の出店が並び、財布を手にした子供たちが駆けていく。
 祭りと言っても、来ているのは地元の民の方が多いようだった。瑠佳が予想していたよりも人通りはずっと少なく、これならゆっくり出来そうだと思う。
 酒が入ってることが明らかに判る、呂律の回っていない大人たちの笑い声。そこかしこから聞こえる、無邪気な子供たちの歓声。それに混じり、照れが隠れ見えつつも思い切り叫ばれた愛の言葉が、青空に響く。
「好きだー!!」
「愛してるー!!」
「結婚してくれー!!」
 やんややんやと囃し立てる周囲の中で、恋祭りはもう始まっていた。


「不束者ですが、よろしくお願いしまーす!」
 プロポーズの言葉を叫んだ男性に対し、飛び入りで参加した女性が返した返事に、わっと歓声が大きくなる。目の前に座る壮年の男性も高く口笛を吹いて囃すのに、からす(ia6525)が小さく笑みを溢して、男性に酒の入った徳利を差し出した。
「おかわりは如何かな?」
「おお、すまんね、嬢ちゃん!」
 上機嫌で空の盃を傾ける男性に、からすは丁寧に酒を注ぐ。
 からすの居る場所は、桜並木の一角に作られた飲食スペースだった。数十人が座れるテーブルと椅子には、それぞれ祭りの客たちが出店で買ってきた食べ物を持って座っている。
 特に同伴者もおらず、単純に祭りを楽しみに来たからすは、先程からその客たちに酒や茶を振舞っているのだった。酔っ払いたちの話に相槌を打ちながら聞いては酒を注いでくれるからすに、周りもついついペースが速くなる。
「くそう、俺だって、俺だってなぁ! 来年には‥‥!」
 隣で悔しそうに呟いた若者が、盃を持った手をテーブルに叩きつけると、残っていた酒がぱしゃりと零れた。からすはそれを自然な動作で避け、若者に身体を向ける。
「飲み過ぎだよ、お兄さん」
「‥‥嬢ちゃんは可愛いなぁ。あと5年経ったら俺のところへ来ないか」
「断る」
 酒に酔い、とろんとした目でこちらを見てくる若者に、からすはにっこりと笑ってバッサリと切り返した。直後、まるで狙い澄ましたかのようなタイミングで、一匹のカラスが若者のこめかみにクチバシを突付きたてる。
 突然のカラスの襲撃に慌てふためく若者だが、周囲はしこたま酒の入った酔っ払いたちのみ。何かの余興と思ってか、ゲラゲラと笑い出す酔っ払いたちの中で、からすは一つ溜息を吐いて肩を竦めると、少し苦味の強いお茶を啜った。


 蕎麦きり・天ぷら・イカ焼き。お汁粉・豆菓子・串団子。
「‥‥蕎麦は、もう少し後にしようかな‥‥」
 呟く和奏(ia8807)を他所に、暖かな日差しがあるとは言え、まだ時折冷たさの混じる風が吹く中でも元気いっぱいな子供たちがかき氷を買っていく。その楽しげな背中を見送りながら、和奏は手に持つ串に刺さった天ぷらを齧った。
 歩きながらモノを食べる。その行為は本来なら行儀が悪いと咎められるようなものだが、今は祭りだ。歩くのも困難な程の人込みであれば無理だっただろうが、それほど道も込んでいないとなれば、食べ歩きもまた祭りの風景だった。実際、和奏の他にも同じように串物を手にして歩きながら食べている人も幾人か見かける。
 和奏はそんな祭りの雰囲気を、少しドキドキしながら味わっていた。小さい頃はまるでお座敷犬のように家の中で過ごすことが殆どだったため、『お祭り』というものを経験したことがなかったのである。勿論、『買い食い』『食べ歩き』という行為すらも、初体験だ。
 今日は親の目も人の目も気にすることなく、それらの行為を楽しめる絶好のチャンスであった。浮かれ過ぎて、ついふわふわと地に足が着いていないような感覚になるのも仕方ない。
 和奏は天ぷらををもぐもぐと咀嚼しながら、横を通り過ぎた恋人らしき男女の持っていた串団子に目を奪われる。
「お団子も美味しそうだな‥‥」
 恋も桜も和奏には関係ない。正しく、花より団子であった。


 どどん! と、言ったような効果音が鳴りそうな雰囲気で、大声大会のステージへと立ったのはルネス・K・ヴェント(ib0124)である。観客たちが見守る中、司会者の合図に頷いて大きく息を吸ったルネスは、思いの丈をこれでもかと叫んだ。
「影一〜! 影二〜! お前達は吾輩の自慢の息子だぁ〜!!」
 町中に轟けとばかりの声に、観客から拍手が上がる。その中で、困ったように溜息を吐いたのは祈藤影二(ia9986)だった。
「何もこんな人のいる中で叫ばなくても‥‥」
「大声大会なんだから、仕方ないだろ」
「恥ずかしい‥‥」
 良いお父さんねー若いのにねー、という観客たちの声が聞こえて、弱ったように眉尻を下げる影二に対し、隣に立つ祈藤影一(ia9979)の方はあっけらかんとした様子で答える。拍手に「どうもどうも」と頭を下げるルネスに向かって、影一は両手を口元に添えると、思いっきり息を吸った。その仕草にギョッとした影二が慌てて止める前に、言が発せられる。
「俺も親父の事を尊敬してるぞ〜!!」
 観客の中から返って来た声に、ステージから降りようとしていたルネスが振り返り、パアッと嬉しそうな表情をした。
「おお! 影一!!」
「親父ー!!」
「ちょ、兄上!」
 あらあら息子さん? 仲が良いのね羨ましいわーなどの微笑ましそうな声と共に、周囲の目が一気に自分たちの方へと集中して、影二は恥ずかしさのあまり耳を赤くしながら影一を止めようと、口元に添えられた両手を下ろそうとする。だが、父親に似て暢気な兄・影一は、必死に止めさせようとする弟に振り返ると。
「お前も言ってあげろよ。親父、大好きだーって」
「言わねぇよ!」
「何でだ? お前、親父のこと嫌いなのか?」
「き、嫌いじゃないけど‥‥こんな場所で言うことじゃないだろ!」
「大声大会なんだから良いじゃん」
「俺たちは参加者じゃないだろっ!!」
 ガーッと頭を掻き毟りたい衝動に駆られる影二を他所に、影一とルネスは「ええいちぃぃ!! ええいじぃぃ!」「おおやじぃぃ!!」と互いを呼び合っている。しかもルネスはしっかり影二の名前も叫んでおり、影二の耳が更に赤くなる。
「あー、もう! 父上も兄上もいい加減にしろ〜!!」
 堪り兼ねた影二の叫びに、観客たちから笑いが溢れた。


「親子っていいですねー、師匠」
「もふっ」
 ステージ上と観客の中という離れた距離をものともせずに互いを呼び合う親子にニコニコと笑いながら、瑠佳はもふらさまと一緒に玉こんにゃくを頬張っていた。と言っても、食べているのは瑠佳だけで、膝の上に頭を乗せているもふらさまは、暖かい日差しにうとうととしている。
 と、そんなもふらさまの耳がぴくりと動き、何かに気づいたように顔を上げた。そのまま瑠佳の膝から飛び降り、てってと走り出すのに、瑠佳が立ち上がる。
「師匠? どうしたんですか?」
 名前を呼ぶも、振り返らずに人波を掻き分けて駆けるもふらさまを、瑠佳が人を避けながらよろよろと追いかける。何とかもふらさまの元へ追いついた瑠佳は、目の前に広がった光景に息を飲んだ。
「うわあ‥‥凄いですね、師匠」
 そこにあったのは並木のどれよりも大きな、桜の大樹であった。周りには大樹を囲むようにベンチが置いてあり、恋人らしき男女がそれぞれ思い思いに桜を見上げている。
 その木の根元で、一人の男が座り込んでいた。ケンイチ・ヤマモト(ib0372)である。ヤマモトは静かに目を閉じ、穏やかなフォークリュートの音を奏でていた。どうやらもふらさまは、この音色を聴きつけてやって来たらしい。
 ヤマモトの弾く曲は、恋人たちのムードを高める役割をしているようだった。うっとりと目を閉じ、肩を寄せ合って聴いている恋人たちもいる。
 瑠佳はゆっくりと大樹に近づくと、少し離れてヤマモトの隣へと腰を下ろした。琵琶を取り出し、バチを構える。
 ヤマモトはそんな瑠佳をちらりと横目に見ると、瑠佳が合わせやすいようにと少しだけ曲調を緩やかにした。瑠佳はそれに微笑み返し、琵琶を奏でる。
 リュートと琵琶。祖を同じくする楽の音が、桜の下に響き始めた。


「おっと」
「ああ、すみません! 大丈夫でしたか?」
 歩きながら焼き鳥を頬張っていた影一は、横からぶつかってきた和奏を振り返った。串団子を手に持った和奏は、慌てて影一の服を見回し、汚れてしまっていないか確かめる。
「ああ、大丈夫だ。何ともないよ」
「食べながら歩いてるからだ」
「すみません‥‥」
「ああ、違うんだ。おぬしのことじゃなくて、こっち。兄上にな」
 呆れたように言う影二は、しょんぼりと頭を下げた和奏に慌てて否定した。しかし同じように食べ歩きをしていた和奏は居た堪れず、再び頭を下げる。
「何だ、どうした?」
 突然歩みを止めた息子たちに、ルネスが気付いて振り返った。それに影一が「なんでもない」と返して、影二が和奏に向き直る。
「大丈夫さ。多少服が汚れたところで、兄上は気にしないから」
 からからと笑って言えば、和奏がようやくホッとしたように笑みを浮かべた。と、その耳に楽の音が届いて、キョロキョロと辺りを見渡す。
「ん? どした?」
「兄上、どっかで曲が鳴ってるぞ」
「おお、本当だ。行ってみるか」
 それぞれの耳にも届いたらしい楽の音に、ルネスは面白そうな笑みを浮かべて歩みを進めた。ひょいひょいと人波を掻き分けていく父親に、息子たちは顔を見合わせて肩を竦めると、父親の後について楽の音が聞こえる方へと去っていった。
「‥‥何かやってるのかな‥‥」
 そんな三人に、和奏も気になるのか、串団子を手にしたまま歩き出す。しかしこちらは明らかに人込みに慣れないような様子で、おたおたとした進みであった。


「ふむ」
 酔っ払いたちの間で、しばらく酌をしていたからすだったが、だんだんと宴もたけなわになってくると、酔いに任せてからすへちょっかいを出してくる輩が増えて来て、からすは仕方なくその場を離れた。幾人かにはカラスを仕掛けて追い返したりしていたのだが、そう何度もカラスに負担をかけるわけにはいかない。
 そう思って、酔っ払いたちのいない場所へと向かっていたからすは、目の前に広がる光景に満足そうに頷いた。円を描いたベンチの中心に、桜の大樹。周囲には何組かの恋人たちがいちゃいちゃとしてはいるが、酔っ払いたちの笑い声に比べれば静かなものだ。しかも、木の根元に座った二人の楽師が奏でる音色はなかなか上等なもので、退屈はしなさそうだった。
 辺りを見渡せば、大声大会に参加していた親子が父親を真ん中にベンチに座り、桜を見上げているのを見つけた。そこから少し離れたベンチには、品の良さそうな青年が楽の音をBGMに三色団子を頬張っている。その青年の隣にはまだ座れるスペースが余っていたので、からすは静かに近づくと、青年に断りを入れて隣へ座った。
 大樹からはひらひらと、桜色の花弁がまるで雪のように降り注いでいる。その光景を見ながら、からすは親しい家族たちのことを想った。


「ああ、いたいた、兄さん方」
 帰ろうとしていたルネスたち親子を呼び止めたのは、大会の主催者だった。手には二つの『恋愛成就のおまもり』が握られており、ルネスが首を傾げる。
「いやね、君たちにこれを渡そうと思って」
「我輩はもう頂いたが」
「いやいや、息子さんたちにだよ」
 そう言っておまもりを渡してくる主催者に、影一と影二が首を傾げながら受け取った。なぜ? と問う息子たちに、主催者が笑って答える。
「実は、参加者が予想より大分少なくてね。参加賞が余ってしまったんだ。それで、本来なら参加者ではないんだけれど、君たちはほら、叫んでくれただろう? だから、一応参加したってことで」
 ニコニコと言われて、影二はそのときのことを思い出して思わず苦笑してしまったが、影一は気にした様子もなく笑って礼を言った。それぞれの手に持った三つのおまもりを見下ろして、ルネスが「おっ?」と気付いたように声を上げる。
「おお、家族でお揃いだな!」
 はっはっは、と上機嫌で笑う父親に、息子たちは顔を見合わせて笑った。