呑めや歌えや、酒祭り!
マスター名:中畑みとも
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 易しい
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/05 21:41



■オープニング本文

 だんだん寒さも厳しくなって来ている中、とある街では冷たい風にも負けず、たくさんの村人たちが忙しそうに駆け回っていた。街の中にはカラフルな垂れ飾りが其処此処に飾られ、『祭』や『酒』と描かれた提灯が並んでいる。
 そんな街中を見渡しながら、瑠佳(iz0046)はベンッとひとつ琵琶を鳴らした。
「賑わってますねー、師匠」
 楽しそうに呟く瑠佳に、師匠と呼ばれたもふらさまはフンフンと鼻を鳴らして、風に揺れる垂れ飾りを見上げている。
「あ! 瑠佳さん! どうも、どうも」
 バタバタと通り過ぎようとして、瑠佳に気付いて立ち止まったのはこの街の領主だった。会釈をする瑠佳に、領主は上気した顔に流れる汗を手拭いで吹く。ともすれば肩が縮こまるほどの冷たい風が吹く中、小太りの領主は暑そうに袖を捲っていた。
「張り切ってますね」
「そりゃあ、もう! 年に一度の一大行事ですからね。皆も楽しみにしてますし、正月の料理がご馳走になるか質素になるか、祭りの収入で決まることもありますから」
 手拭いを肩にかけ、ニコニコと笑う領主を見ていると、こちらも何だか楽しくなってくる。しきりに汗を吹く領主に瑠佳が微笑み返せば、領主は「いやいや、しかし」と頭を下げた。
「瑠佳さんが来てくれて助かりました。街の皆は働き者で良いんですが、働いてばっかりで楽器とか弾ける者が少なくて。いや、本当、助かりました」
「いえ、僕で良ければいくらでもお手伝い致しますよ。怪我の方は大丈夫なんですか?」
「ええ、誰も命に関わるような怪我はしませんでしたし、仕事はまだ出来ませんが、しばらく安静にすれば大丈夫ってことでしたんで」
 瑠佳の問いにそう答える領主だが、その姿を見ても怪我人というようには見えない。それもそのはず、2人が話しているのは、領主のことではなかった。
「まさか祭りの準備中にアヤカシが襲ってくるなんて考えもしませんでしたから。いや、アヤカシにはこっちの都合なんて知ったこっちゃないんでしょうけどね」
「アヤカシは退治されたと聞きましたが」
「ええ、すぐに開拓者の方が来て下さいましてね。まあ、アヤカシは退治されたんで良いんですけど、問題はねぇ‥‥琵琶の方は瑠佳さんに頼むとしても、酒神さまと山車を曳く曳き手衆が足らなくて、困ってるところなんですよ」
 困ったように肩を落とす領主に、瑠佳の眉も困惑に寄ってしまう。

 遡ること3日前。祭りの準備に賑わっていた街を、数匹のアヤカシが襲って来た。アヤカシはそれほど大きなものではなく、駆け付けた開拓者たちによって全て退治されたのだが、その際に酒神役の男性を含む、祭りの中心であった若者たちが怪我をしてしまったのだ。
 領主の言う一大行事とは、『酒祭り』のことである。酒造りが盛んなこの街の、今年も美味い酒が出来たと酒神に感謝する祭りだ。
 酒祭りと称するだけあって、祭りの日は酒の甘い香りに包まれる。曳き手衆が曳く山車に乗った酒神は、人々から感謝の意を込めて捧げられる酒を呑み続け、曳き手衆もそのおこぼれをもらうため、怪我をした身では祭りには出せない。
「怪我したままで酒飲ませて、悪化させたらいけませんからね。怪我が治るまでは酒は禁止と医者にも言われてますし。しかし1日中酒を飲み続けなけりゃなりませんからねぇ。酒神さまが酒を断るわけにもいきませんし、並大抵の強さじゃあ、すぐに潰れてしまいますし‥‥曳き手の方は何とかするとしても、酒神さまはどうにも‥‥」
 困った、と呟く領主は、溜息を吐いてまた汗を拭った。そんな領主に、瑠佳は暫し思案するように空に目をやると、ふと顔を領主に戻す。
「それなら、開拓者殿たちに頼んではいかがですか? 酒神さまは街の者でなければならないというしきたりがなければの話ですが、街の中で探すよりは外から酒に強い者を応募した方が早いでしょうし、開拓者となる者であれば、常人よりも酒に強い方もいるでしょうし」
「そう‥‥ですね、そういうしきたりはありませんが‥‥そうですね! 開拓者の方々なら、力も強いでしょうし、山車を曳くのも頼めそうですしね! そう、そうですね! そうしましょう!」
 ポンと柏手を打った領主は瑠佳に礼を言って頭を下げると、善は急げとばかりにバタバタと走り去っていく。その背中を見送り、瑠佳は楽しげに笑って琵琶の弦を弾いた。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
沢渡さやか(ia0078
20歳・女・巫
無月 幻十郎(ia0102
26歳・男・サ
奈々月纏(ia0456
17歳・女・志
ザンニ・A・クラン(ia0541
26歳・男・志
白拍子青楼(ia0730
19歳・女・巫
奈々月琉央(ia1012
18歳・男・サ
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
のばら(ia1380
13歳・女・サ
七神蒼牙(ia1430
28歳・男・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
奏音(ia5213
13歳・女・陰
倉城 紬(ia5229
20歳・女・巫
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
キルグリーシャ(ia7343
20歳・女・シ


■リプレイ本文

「うぃー、今日は一段と冷えるなー」
「まあ、呑み始めれば気にならんて」
 町人が腕を擦りながら話す中、街を二分するかのように中心を走る大きな道の端に、山車はあった。少し大きめの車輪が4つ付いていて、梶棒は屋台のようにコの字になっている。左右横からは真っ白な縄が2本ずつ伸びていて、それを持って曳けるようになっていた。
「今日は宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致しますの」
「‥‥宜しく‥‥」
 山車の上で挨拶を交わし、頭を下げ合っているのは琵琶師の瑠佳(iz0046)と、今回笛を担当する白拍子青楼(ia0730)、白蛇(ia5337)の3人だ。ぺこり、ぺこりと他の楽師たちにも挨拶をして、それぞれの楽器を取りだす。
「もふっ!」
 さて音合わせ、といったところで、瑠佳は聞き慣れた鳴き声に山車から身を乗り出した。そこに自分の旅の友であるもふらさまを見つけて、瑠佳は驚きに目を開く。
「師匠! どうしたんですか? 領主さんのところに預けておいたのに‥‥知らない人ばかりで落ち着きませんでしたか? 困りましたねぇ‥‥」
 もふもふと山車に上がろうとするもふらさまを見下ろして、瑠佳は困ったように肩を落とした。それに青楼が首を傾げる。
「乗せてあげたら、駄目ですの?」
「もふらさまは神さまですから。酒神さまは自分とは別の神さまが傍にいると悪戯を仕掛けたくなってしまうそうでして、祭りの間は他の神さまとは離して扱うそうなんです。だから、曳き手が足りないときは牛を使ってもいいけど、もふらさまは使っていけないとか、そういうしきたりみたいなのがあるらしいんですよ」
「もふらさま‥‥」
 瑠佳も領主から琵琶師を頼まれた後に聞かされたことで、どうしましょうともふらさまを見下ろした。その隣では白蛇が山車から身を乗り出し、もふらさまをジーッと見つめる。白蛇の視線を感じたもふらさまは、懇願するように「もふー」と鳴いて、うるうるとした目で山車を見上げた。
「えー! そりゃねえよー違ぇよー、俺14じゃねえよもう20歳だよー!」
 そこに割り込むような音量で声を上げたのはルオウ(ia2445)だった。曳き手衆が集まっている場所で、纏め役らしい男性に頼み込んでいる。
「力ならあるからさ!」
「力があってもな。祭りにゃ、見た目も必要なんだよ、坊主。せめて身長が170センチ越えてから来いや」
 この兄ちゃんくらいにな、と纏め役が肩を叩いたのは、ルオウの隣にいたザンニ・A・クラン(ia0541)だった。ザンニは一瞬キョトンとした後、納得したように頷く。
「うむ。志士、ザンニという。ジルべリアの者だが、どうか宜しくな」
「くっそー! ザンニのくせに!」
「待て、ルオウ! 『ザンニのくせに』とはどういう意味だ?」
 泣き真似をしながらダッと駆け出したルオウに、ザンニが手を伸ばしたが、ルオウは止まることなく瑠佳たちのいる山車の前を通り過ぎ、ようとしてズサーッとブレーキをかけた。
「お! 瑠佳、久し振り! 師匠も元気だったか? 覚えてっかな?」
「はい、覚えてますよ。その節はお世話になりました」
「何の何の! 今日も手伝いに来たんだけどさ、身長が足らねぇって追い返されちまった」
 実際には「子供にゃ曳き手は無理なんだよ坊主」と言われたのだが、それを正直に言うにはルオウのプライドがちょっとだけ邪魔をした。ルオウが足元のもふらさまをひょいっと持ち上げ、白蛇の手元まで持ってくると、白蛇は恐る恐るもふらさまの頭を撫でる。それを見た青楼が目を輝かせ、「わたくしも!」と手を伸ばして来た。中型犬ほどの大きさがあるもふらさまだが、ルオウには大した重さではないらしい。
「師匠は連れていかねぇのか?」
「街のしきたりがあって、山車の上に上げられないんですよ。あ、宜しければ師匠のこと、ルオウさんにお頼み出来ませんか? ルオウさんなら師匠も大丈夫だと思いますし、迷子にならないように見ていて下さるだけで結構ですから」
「ん? そんなことならお安い御用だぜ!」
 そう言って笑うルオウに、もふらさまが「もふっ」と満足げな鳴き声を返す。
「あ、ルオウちゃんやー」
 パタパタと、手を振りながらルオウに近づいて来たのは藤村纏(ia0456)だった。その後ろから、一緒に行動していたらしいのばら(ia1380)も駆け寄って来る。知り合いらしいルオウが二人を瑠佳に紹介すると、それぞれ頭を下げ合って挨拶を交わした。
「もふらさまだ! 触っていいですか?」
「おう。瑠佳の師匠なんだ。敬えよ」
「うわー、もふもふしてますー」
 きゃっきゃっともふらさまを触るのばらを微笑ましそうに見て、纏がルオウに視線を戻す。
「でもルオウちゃん、曳き手衆やるんとちゃうかったん? あっちで皆集まっとるよ?」
「何で纏がそんなこと知ってんだ?」
「琉央ちゃんに教えてもろたん」
 ねぇ、と纏が振り返ると、琉央(ia1012)があまり乗り気ではなさそうな様子でゆっくりと近づいて来た。
「お前なら酒飲み放題だ! とか言って、曳き手に加わるだろうと思ってたが‥‥その様子じゃ、断られたみたいだな」
 冷めた目を向ける琉央に、ルオウがうっと唸る。それに、のばらがぽんと柏手を打った。
「それなら、ルオウさんもお料理運ぶの手伝うといいですよ!」
 名案とばかりののばらに、ルオウはちらりと琉央を見て少し渋るような様子を見せる。と、ルオウの腕の中のもふらさまが「もふっ!」とやる気に満ちた声を出した。
「何だ? 師匠も手伝ってくれんのか?」
「もふっ!」
「おし! そんならやるか!」
 もふらさまの反応にやる気になったのか、ルオウは頷くや否や、店の方へダッシュで走っていく。それにのばらが「待って下さいー!」と追いかけると、纏は一瞬きょとんとした後にクスリと笑い、琉央は疲れたように溜息を吐いた。


「おお‥‥何という見事な‥‥」
 曳き手についての説明を受け、祭りの衣装だという法被に袖を通したザンニは、すぐ近くに見える深い谷に目を奪われていた。
「どうかしたかい?」
「あ、いや! 何とも素晴らしい‥‥だと思って‥‥」
「あっはっは、声が小さいよ、ザンニ」
 小首を傾げて不思議そうな顔をする紬 柳斎(ia1231)に、ザンニが慌ててごにょごにょと誤魔化すのを、キルグリーシャ(ia7343)がニヤニヤと笑いながら見ている。
 ザンニは元々着ていた服の上着を法被と取り替えただけの服装であったが、柳斎とキルグリーシャはその大きな胸をサラシで巻き、肌の上に直接法被を着ていた。多少キツメに巻いたのか、少し苦しそうな様子でサラシを伸ばし調節している柳斎に、ザンニが頬を染めて目を反らす。と、キルグリーシャと目が合って、妖絶な笑みを向けられたザンニが思わず視線を落とせば、まるでザンニに見せつけるように寄せられた谷間に、ゴクリと喉が鳴る。
「いやいや祭りとは素晴らし‥‥い」
 両側をたわわな胸の持ち主に挟まれて、ザンニは目のやり場に困り、早く祭りが始まらないかとそわそわし出した。その様子に、キルグリーシャがクスリと笑う。
「酒神さまのおなりやでー!」
「酒呑み野郎ども、準備はいいかー!」
 天津疾也(ia0019)と無月 幻十郎(ia0102)の声と共にやってきたのは、真っ赤な酒神の衣装に身を包んだ七神蒼牙(ia1430)だった。一気にテンションの上がる曳き手衆の中を通り抜け、山車の真ん中に座る。
「はっはっは! 苦しゅうない、よきにはからえ! 今日はとことんまで呑むぜ!」
 上機嫌の七神が言って、五合は入るだろう朱塗りの大盃を掲げると、それを取り囲む楽士たちはアイコンタクトを交わし、楽器を構えた。
「祭りの始まりだ!」


「飾り切り終わりました!」
「しいたけ足らんで! 誰か持って来て!」
 祭りが始まり、客が多くなると、それに比例するように厨房は修羅場と化した。十数人の女たちが所狭しと駆け回り、包丁を振るう中で、様々な野菜に飾り切りを施していた倉城 紬(ia5229)が纏を振り返る。
「お酒は大丈夫ですか?」
「あ、そろそろ無くなりそうやわ。ルオウちゃん、お酒貰て来てー!」
「よっしゃー、行くぜ師匠!」
 纏に頼まれ、意気揚々と走り出したルオウを追いかけるもふらさまの背中には、荷物を入れられるようにカゴがセットされていた。一般的なサイズより小さいと言えど、人間以上の力を持つもふらさまと、見た目よりずっと腕力のあるルオウは、重い荷物を運ぶのに活躍している様子だった。
「新しい注文でーす! あとこれ洗い物お願いします!」
「あ、はい、かしこまりました。琉央さん、お願いします」
「判った」
「料理出来たでー!」
 注文の品が書かれたメモと、食事済みの食器を持って来たのばらは、それを厨房のカウンターへと置く。紬は食事済みの食器だけを洗い物をしている琉央に渡すと、メモを確認して料理を作り始めた。その間に、纏が出来上がった料理を次々とのばらに差し出す。
 のばらはカウンターに並べられていく料理の全てを巨大なお盆へと移し、ひょいっと持ち上げた。一般人なら持てないような、持てたとしても重さでバランスを崩しそうなそれを、のばらは人を避けるように片手で頭の上まで上げて、身軽に運んで行く。
「はーい! お待たせしましたー!」
「嬢ちゃん、力持ちじゃのー!」
「はい! 腕力には自信がありますから!」
 驚いたような客に、のばらはにっこりと笑顔を返して、テーブルの上にどんどん料理を並べて行った。
「なあ姉ちゃん、こっち来て隣座らんか」
「酌してくれよ。一緒に呑もうや」
「申し訳ありません。お店が忙しいので、のんびりしていられないんです」
 ごめんなさい、とにっこり微笑みつつ、腰に回ってくる酔っぱらいの手を有無を言わせない強い力で外しているのは沢渡さやか(ia0078)だ。
 傍目からはやんわりと押し返しているようにしか見えないが、酔っぱらいは意外に握力があるさやかに驚いて、少し引きつったような顔で素直に諦める。腕力がある必要のない巫女と言えど、開拓者と一般人では力の強さの基準が違うのだ。
「おつまみ〜おまたせ〜なの〜」
 とてとてと駆け寄って来て、客のいるテーブルに料理を差し出したのは奏音(ia5213)だった。よいしょっ、と小さな身体で一生懸命働くその姿に、酒を飲んでいた年配の男の顔が緩む。
「嬢ちゃん、頑張るねぇー。いやー、俺もこんな孫が欲しいなー」
「他に〜ご注文はありますかぁ〜? なの〜」
「そうだなー、そしたら熱燗追加で!」
 ニコニコと上機嫌な男に明るい笑顔を返して、奏音は注文の品を持ってくるべく厨房へと向かって行った。自分より大きい大人たちがひしめく中、少しオロオロとしながら擦り抜けて行く奏音を、周囲がほんわかした視線で見送る。
「あつかん〜追加なの〜」
「はいなー、ちょい待っててやー」
 高い位置にある厨房のカウンターに背伸びをしながら手を伸ばせば、纏が紬に熱燗を持って来てくれるように頼んだ。それを受け、手際良く熱燗の準備をした紬が、カウンターから出て来て奏音にお盆を手渡す。
「大丈夫ですか? 持てます?」
「だいじょうぶなの〜」
 少し心配気な紬に笑い返して、奏音が熱燗を零さないように慎重に厨房を出て行った。暫しその背中をハラハラと見ていた紬だが、忙しそうな纏に呼ばれて慌てて戻る。
「甘いにおいがするの〜」
 熱燗を運びながら、徳利から漏れ出る湯気の匂いを嗅いだ奏音は、ほにゃあと口元を緩めた瞬間、「くちんっ!」と可愛らしいくしゃみをした。


「酒神さま! 今年うちの蔵で作った中でも一等出来の良い酒だ! 呑んでけれ!」
「おお、そうか! 有難く頂くぜ!」
「今年の酒神さまは良い男だねぇー!」
「俺も美人に酌して貰えて嬉しいぜ!」
 わらわらと山車の周りに集まり、身を乗り出して大盃を差し出す七神へ我先にと酒を注ぐ人々に、七神は上機嫌で盃を呷った。ゴクッゴクッと喉を鳴らしながら酒を飲み干していく七神に、周りからやんやと喝采が上がる。
「ほい! 酒神さまのご利益は皆にやらんとな! 次行くでー!」
 パンパンと両手を打ち、天津が酒神のおこぼれをもらっていた曳き手衆たちを呼ぶと、止まっていた山車が再び動き出した。それでもぞろぞろと一緒に付いてくる者はいるが、次の酒蔵の前に行くまでは少しの時間がある。こうして進んでは立ち止まって呑み、立ち止まって呑みを繰り返しているのだが、山車が動いている間は流石に酒を注がれない為、七神は山車の真ん中にどっかりと座ると、休憩とばかりにスルメを齧った。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですのよ。ちょっとお酒の匂いに酔いましただけですわ」
 笛を止め、ふう、と息を吐く青楼に、瑠佳が心配気な目を向ける。それに七神が振り返り、スルメをぶちりと噛み千切った。
「気分が悪くなったらすぐに言いな。代わってくれそうな奴もいるしな」
 言って、七神が指差したのは無月だ。ん? と顔を上げた無月が、見下ろして来る瑠佳と青楼に小首を傾げる。
「何だ? 代わるか? こう見えて、それなりに笛は得意なんだぜ」
「いえ、大丈夫ですわ。笛のお仕事なんて幸せなこと、そうそうありませんもの。頑張りますわ!」
 無月に笑いかけ、ぐっと拳を握り締めた青楼は、再び笛を奏で出した。その様子に瑠佳は少しだけ心配そうに眉を下げたが、そういえばと白蛇を見やる。こちらはどうやら酒の匂いには慣れているらしく、平気な顔で笛に集中していた。
「酒神さまー! うちの酒も呑んでってくれー!」
「おうよ! 持って来やがれ!」
「さぁさぁ、酒神様のご到着ですぞ〜」
 そうこうしているうちに次の蔵へとついたらしく、山車の動きが止まる。わいわいと周りが酒を注がれ始める中、楽師たちはまるで別世界な様相で音を奏で続けていた。琵琶を弾く手を止めないままちらりと瑠佳が見れば、青楼は嬉しそうに笛を吹き、白蛇もまた緊張した様子もなくゆったりと曲を紡いでいる。
「おー! 兄ちゃん、良い飲みっぷり!」
「何の、酒神さまに比べりゃあ!」
 注がれた酒を一気飲みして周りを盛り上げているのは天津だ。多少顔が赤らんで来てはいるが、口調や足取りを見るにまだ平気らしい。
「姉ちゃんたち、良い胸しとるのぉ。ちと触らせてくれんか?」
「なーに馬鹿なこと言ってんだい! 奥さんに怒られちまうよ!」
 セクハラ紛いの言葉をかけられつつも、気にした様子もなく楽しげに酒を飲む柳斎に、周りもゲラゲラと笑い出す。こちらもまだしっかりとした足取りで、まだまだ行けそうだ。
「こっちの兄さんも良い飲みっぷり!」
「女性から頂いた酒は、一滴たりとも零さぬ!」
 ぷはぁーと酒臭い息を吐き、酒を一気飲みしたザンニはフラフラとよろけるようにして梶棒へ捕まった。顔は真っ赤で、視線も少し怪しい。
「月見や茶会が静の風雅ならば、まさに祭りは動の風雅。この熱気で北風も感じぬ‥‥良いものよな」
 少し重く感じて来た目を閉じ、しみじみとザンニが呟いた直後、顔面に冷たい水をかけられた。
「少しは冷えたかい? ザンニ」
 さきほどまで水が入っていたらしい空のコップをこちらに向け、キルグリーシャがザンニへ微笑む。それをぼんやり見て、ザンニは「水の冷たさも感じぬ‥‥」と呟いた。
「ありゃ。これはそう長く持たないね」
「どうした? 休むか?」
「いや! 俺は大丈夫だ! 最後までやり遂げる!」
 呆れたようなキルグリーシャに、天津が心配して声をかければ、ザンニは拳を振り上げて休憩を拒否する。それに天津は肩を竦め、「それじゃ場所変更だ」と言って、酒神役の七神が身を乗り出しているのとは逆の、あまり人のいない場所にザンニを押しやった。
「いやしかし、ここの酒は美味いな! これでまたひとつ、天儀中の酒を飲むという俺の野望に一歩近づいたぜ」
「何だ兄ちゃん、大層な野望持ってやがんな。よし! 気に行った! この酒も飲んでけ! 俺のとっておきだ!」
「よ! 爺さん太っ腹!」
 パンッと楽しげに膝を叩き、とっておきだという酒を注がれた無月は、ぐいっと一気に呷ってカーッと良い顔で声を上げる。その頭には、もしかしたら笛を代わることになるかもしれないから、少し酒をセーブしておこうなどという考えはないらしい。
「沢山の酒が飲めて、かつ報酬が貰える‥‥何て素敵な仕事だ。感涙で前が‥‥え、もう一杯? うんありがたく頂こう! かぁ〜、美味いねぇ〜! はっはっはっは!」
「何だい何だい、爺さん! 俺には注いじゃくれねぇのかい?」
「おっといけねぇ! 酒神さまにも呑んで貰わねえとな!」
 上機嫌の無月の横から七神が盃を伸ばせば、爺さんがとっておきの酒を注いでくれる。それを呷り、七神は「美味いっ!」と笑顔を見せた。
「やっぱりこの村の酒は格別だな! よし、お前らも呑め呑め!」
 七神の言葉に、やんややんやと喝采が上がる。祭りは今や終盤へと向かっていた。


「‥‥初め、ここは特に目立った特産品もない小さな村でしたが、ある日旅人がやって来て、『ここの水は酒造りに向いている』と村人に教えたことが、ここが酒造りの街として発展する切っ掛けとなったのです。それ以降、その旅人に感謝する意味も込めて、旅人を酒神の使いとして考え‥‥あら?」
 事前に領主から聞いていた祭りに関する昔話を観光客に聞かせていたさやかは、突然腰にぶつかって来た衝撃に話を止めた。痛くはないが、何か暖かいものがぶつかって来た感覚に、後ろを振り向く。
 そこにいたのは、顔を真っ赤にした奏音だった。
「奏音さん!? 大丈夫ですか!?」
「ふにゅにゅ〜、らんだか〜きもち〜い〜れすの〜」
 驚いたさやかが熱でもあるのかと慌てて奏音の額に手を当てようとすると、奏音はふにゃふにゃとまるで酔っ払いのように呂律の回らない言葉を残し、ぽてりと眠りに落ちる。きょとんとしたさやかに、同じく接客をしていた女性が笑いながら近づいて来た。
「あっはっは! 酒の匂いに酔っ払っちまったみたいだねぇ! まあ、こんだけ匂いの強い場所にずっといたらねぇ!」
「はあ、ビックリしました。奏音さんを休憩所まで連れて行きますので、ここお願い出来ますか?」
「ああ、あんたももういいよ。後はあたしらでやっとくから、遊んできな。もう大分客もはけたしね」
 その言葉に遠慮するさやかを、女性は「いいから、いいから」と言って、半ばムリヤリ店から追い出した。さやかは少し手荒な気遣いに苦笑するように微笑んで、奏音を抱き直す。
 祭りの間、領主の家が開拓者たちの休憩所として開かれていた。と同時に、領主の家は祭りのメインである山車の終着地点でもある。既に山車は領主の家まで来ているらしく、向かうにつれてだんだんと酒の匂いが濃くなって来た。さやかの肩に頭を乗せて眠っている奏音が、むにゃむにゃと寝言を呟く。
「んくっ、んくっ‥‥っ、ドーン!」
「よっ! 酒神さまっ!」
 空になった大盃を高く掲げる七神に、山車を囲んでいる人々が歓声を送っていた。無月と柳斎も、それを煽るようにして次々と杯を開けて行く。
「う‥‥む‥‥」
 そんな中、曳き手衆から一番先にダウンしたのはザンニだった。よろよろと足を縺れさせたかと思うと、そのまま顔面からキルグリーシャの胸に倒れ込む。そのふくよかな胸の谷間にザンニを受け止めたキルグリーシャは、何ら気にした様子もなく、ザンニの頭を撫でた。
「おやおや、男が情けないね、ザンニ」
「う‥‥む‥‥これは‥‥あ、あたたかい‥‥」
「暖かいかい? そうかい、そうかい」
「‥‥つか、何やこの男。ラッキースケベか?」
 ともすれば胸の谷間で窒息死しそうなほど抱き締められているザンニを、周りの男共が羨ましそうな顔で睨むのに、天津も呆れたような呟きを零す。
「ふあ‥‥わたくしも‥‥なんだかフラフラいたします‥‥」
 ザンニが倒れたことで緊張が切れたのか、今まで笛を吹いていた青楼もふらふらと身体を揺らし始め、ゆっくりと傾き始めた。慌てて琵琶を寄せた瑠佳の膝に、青楼の身体が倒れ込む。
「ありゃりゃ。こっちも匂いで酔っちまったか」
「‥‥大丈夫‥‥?」
「青楼さん?」
 七神と白蛇が覗き込み、瑠佳が肩を揺するが、頬を紅色に染めた青楼は「うん‥‥」と小さく唸るだけで、目を開きそうにない。白拍子の着物から白い腕が投げだされている様に、周りの男共がゴクリと喉を鳴らすのを聞いて、柳斎が身体を乗り出し始めた手前の男の額を軽く平手で殴った。
「ダウンしちまう奴らも出て来たみたいだし、ここらで終いにするか。いいかい? 領主殿」
「ええ。丁度、そろそろ頃合いでしたし」
 領主の了解を得た七神は、ひとつ頷いて大盃を掲げると、周りの皆に聞こえるように大きな声を上げる。
「来年もまた美味い酒が出来るように頑張ってくれ! そしたらよ、また呑みに来っから!」
 その声に喝采と拍手が上がった。ぐるりと周りを見渡して、七神は更に声を張り上げる。
「良い酒だった!!」
 わっと、歓声が広がった。


 山車の曳き回しという、祭りのメインイベントは終わったが、酒飲みたちの祭りは深夜まで続く。
「えー! そりゃねえよー違ぇよー、俺14じゃねえよもう20歳だよー!」
 朝と似たような声を上げたルオウは、「くそー!」と言いながら休憩所へと戻って来た。ドアを開けた先にいたキルグリーシャと、その膝の上に頭を乗せて眠っているザンニにきょとんとする。
「あれ? ザンニ、もう寝たのか?」
「ああ、朝まで起きないかもねぇ」
「何だ。呑み比べしようと思ったのによー」
 キルグリーシャの答えにぶーっと唇を尖らせるルオウだが、それ以前に子供扱いされて酒が貰えなかったことに少し不機嫌になっている様子だった。と、足元にいたもふらさまがピクンと鼻を動かし、ダッと部屋の奥へと入っていく。
「あ、師匠。お帰りなさい、お手伝いは楽しかったですか?」
 そこにいたのは瑠佳だった。嬉しそうに鼻を寄せるもふらさまを撫で、ルオウへ視線を向ける。
「良かったら呑みます? 領主さんから頂いたんですけど」
 師匠を見てて下さったお礼です、と言って瑠佳が取り出したのは高そうなラベルの付いた酒瓶で、ルオウの目が輝いた。


「ああ、そうだ‥‥これ」
 もう殆ど客もはけた店で、遅い夕飯を食べつつ酒を飲んでいた琉央は、ふと思い出したように懐から袋を取り出し、それを目の前に座る纏に差し出した。きょとんとする纏に「開けてみろよ」と促して、微かに朱の昇る頬を隠すかのように、くいっと盃を呷る。
「‥‥髪留めや。あ、狸の顔がついとる!」
「休憩中に見つけてな。‥‥色々世話になってるし、な」
 可愛い! と声を上げる纏に、琉央が少し照れ臭そうに頭を掻いた。忙しくて殆ど休憩時間など取れなかったが、それでもダッシュで店に駆け込んで探し出した品である。喜んだ纏は早速髪留めを自身に飾り、琉央は「似合ってる」と返した。
 嬉しそうに髪留めを触る纏を見ながら、琉央は重くなって来る瞼に気付く。本当は早い段階で髪留めを渡すつもりだったのだが、なかなか良いタイミングが掴めなくて、というかどのタイミングで渡せば照れ臭くないのか迷っているうちに、結構な量の酒が入ってからになってしまった。
 寝てはいけないと思いつつ、頬杖を突いて頭を揺らし始める琉央を、纏がジーッと見つめる。
 どうかしたのか? という意味を込めて小首を傾げた琉央に、纏が何でもないと首を横に振った。本当ならば、こんな状況を見れば「休憩所に戻ろか」と提案するはずの纏が何も言わずにいるのを、ウトウトとしながら眠気と戦っている琉央は気付かない。
 だから、睡眠への船を漕ぎ始めた琉央を見つめて、(「ウトウトしてる琉央ちゃん、めっちゃかわええ〜」)とニコニコしている纏の心の声にも気付くはずはなかった。


「おおお‥‥良い雰囲気ですね‥‥」
 琉央と纏の様子を壁に隠れながら見ていたのばらは、ほんわかした気持ちになりつつ、こっそりとその場を後にした。2人の邪魔をしてはいけないと厨房に戻ると、そこにいた店主に駆け寄る。
「せっかくですから、のばらもお酒を味わってみたいです。お酒まだ残ってませんか?」
「ええ? お嬢ちゃんが? うーん、もう一年待ちなよ」
「こ、子供ではありません! のばらはもう大人です!」
 16歳なんですー! と主張するのばらに、店主は「嘘ついちゃいけないよ」と苦笑して、のばらにジュースを手渡した。
「ほら、これで我慢しな」
「ホントに大丈夫なんですったら!」
 地団駄を踏むかのようにぴょんぴょんと飛び跳ねるのばらに、店主はそれでもジュースを押し付ける。そんな店主にのばらは唇を尖らせつつも諦めた。「子供じゃないのに‥‥」と呟きながら、トボトボと休憩所へ戻る。
「おや? のばらちゃん、どうしたんだい? 元気がないねぇ」
 のばらが休憩所へ入ると、そこでは酒盛りが開催されていた。とは言っても、眠ってしまっているザンニ・青楼・奏音を起こさないようにと、静かなものであったが、瑠佳に酌をされているルオウを見て、のばらが飛んで来る。
「ずるいです! のばらも呑みたいです!」
「ああ、なるほど。お酒を貰えなかったんだね? ほら、お嬢さん、どうぞ」
 ルオウに迫りかけたのばらに、キルグリーシャが傍らの杯を手渡すと、のばらの顔がパァッと明るくなった。
「おつまみもありますからね」
 そう言って料理を差し出したのはキルグリーシャの隣に座った紬だった。店の残りを貰って来たのか、色取り取りの料理にのばらの表情が更に明るくなり、その判りやすい様子に柳斎がぷっと吹き出す。
「そこに座って呑みな」
「はい! 有難うございます!」
 えへへ、と笑って座るのばらにさやかが徳利を差し出した。同じように柳斎にも酌をすれば、徳利が柳斎の手に渡って、さやかの杯にも酒が注がれる。やっと手に入った酒を美味しそうに呑むのばらに、柳斎とさやかが顔を見合わせて微笑み、お互いの杯を掲げて呑み乾した。


 ぐおーっと鼾をかき、赤ら顔で山車に寄りかかって天津が眠っていた。手には空になった酒瓶を抱え、傍らには盃が転がっている。
 山車を仕舞った蔵の中で、領主や何人かの曳き手衆と共に呑んでいた天津は、先程ダウンしたばかりだ。蔵の中と言えど、暖房はないので外とそれほど変わりない寒さなのだが、酔っ払っている者にとっては肌寒いくらいが丁度良いのかもしれなかった。ただ、天津には寒くないようにと法被が何枚か毛布代わりにかけられていたが。
「領主殿! 来年も是非俺を参加させてくれ! 酒神でも曳き手でもどっちでもいいからよ!」
「いや、もう、それは是非! 参加して下さいよ!」
 あっひゃっひゃっひゃ! と七神と領主は、お互いの肩をバンバンと叩きながら馬鹿笑いをしていた。先程から何度か同じ話を繰り返しているが、楽しそうな2人は気付いていない。
「うえっ! こりゃなんだ。喉が熱い!」
「それはなぁー、昔の昔のそのまたむかーしから伝わる古ーい製法で作った酒でなぁー」
 一方で無月は酒の呑み比べをしているのか、他の曳き手と一緒に酒を酌み交わしながら、様々な酒を空けていた。その中の1つがかなりキツかったのか、一口呑んで「こりゃ駄目だ」と無月は頭を抱える。
「そろそろ眠らんと、明日使い物にならなくなるぞ」
「お? そうだな。何か寒くなって来たし、帰るか」
 最後の一口で急激に酔いが強まったらしい無月の言葉に、七神がうーっと唸る天津を引き摺るように立ち上がらせた。


 男共が蔵の中で酒盛りをしてる中、白蛇は家の壁を三角飛びに蹴り上がり、屋根の上に上ると、懐から笛を取りだした。頭上には丸い月が浮かんでいて、ほんのりと白蛇の口元が緩む。
 白蛇は笛を大切そうに撫でると、今日のことを反芻する。ずっと笛を吹いてばかりだったが、沢山の人の前での演奏はなかなか良い体験だった。自分の笛の音に合わせて踊ってくれる人もいたりして、白蛇はそのことを思い出すと少し嬉しくなる。
 白蛇は笛を傍らに置くと、持って来た水を手にした。この街自慢の、酒造りに最適だという水は器の中で月を映しながら静かに揺れている。
 そのまま月ごと呑みこめば、透き通るような冷たさが喉を通って、白蛇は美味しそうに目を細めた。


 祭り囃子の後の夜は静かに時を紡ぐ。
 朝になって、開拓者たちが領主に礼を言われて帰る際、「あ、ラッキースケベの兄ちゃんだ」と子供に指を差されて「あの心地よい匂いと人肌の感触は‥‥お、俺は昨晩何をしてしまったのだぁーっ!?」とザンニが絶叫するまで、あと数時間のことだった。