【鍋蓋】鍋蓋はこう使え
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/11 01:01



■オープニング本文

「ただいまさ…ねっ!!」

 新海は意気揚々と帰宅する。
 しかし、眼前に広がる自分の部屋を見てその気持ちはものの見事に打ち砕かれる。

「どうなってるさねーーー!!」

 そして長屋中に響いたのは彼の悲鳴。見ない間に彼の部屋は激しく汚れ果てていたのだ。
 彼が借りている部屋は決していいものではない。しかし、長く部屋を空けていたとはいえここまで汚れるものだろうか。土が畳を覆い、納屋ではないかと思われるほどほこっている。そして、大事な鍋蓋コレクションも――棚が壊れてしまったようで乱雑に散らばり、輝いていた筈の一枚一枚が残念な状態へと変貌している。

「あぁ、やっと帰ったな。すまねぇなぁ〜そっちを手伝ってやりたいが、こっちも散々でよぉ」

 するとここに住む見知った顔が彼を見つけて声を掛けた。

「散々って一体何があったさね!」

 訳が判らず新海が問う。

「もう二週間前になるかな…竜巻が起こってよぉ。この長屋はぼろいだろ? それでこの有様よぉ」
「本当さねっ!! で怪我人は?」

 ラストドロップの件でアル=カマルにずっと滞在していた新海は驚きを隠せない。

「幸い昼起こったんで家にいる者は少なくてな、ひどくても軽傷だった。しかし、屋根が所々持ってかれて…大家に掛け合ってるんだが、あまり良い返事は貰えてねぇのが現状だ。で、今自分らで木ぃ集めて修理してるって訳よぉ」

 そう言えば、帰ってくる途中に幾つもの足場を目にした気がする。改装でもするのかと思っていたが、確かに…考えてみればこの貧しい地区で改装などありえない。

「ほら、まだ梅雨時じゃねぇだろう。それが救いだ…だから、今のうちに直しちまいたいところだが、皆生活もあるしな…なかなか進まないのが現状だな」

 苦笑しながら言う男はこれが本職。大工をやっているらしく、この手の修理はお手の物らしい。ひどいところを優先に直して回っているようだ。

「そういう事なら俺も手伝うさねっ! どうせならギルドにも掛け合ってみるさぁ」
「本当かい! そりゃあ助かるが…しかし、余り御代は出せないよ? それに材料だって」

 道具は少ないながらも彼が仲間にも掛け合って提供して貰えると言う事だが、材料となるとそう簡単にはいかない。瓦は高価なものであり用意できる筈もなく、そうなると自分で木を切ってくるしかない。

「そうさねぇ…土台は仕方ないとしても……きっと何か…」

 アイデアにかけては今まで色々出してきている彼の事。思案顔で辺りを見つめて、

「……そうさねっ! その手があったさぁ!!」

 視線の先には汚れた鍋蓋コレクション。それを見て何か閃いたらしい。満面の笑みを浮かべている。

「旦那…もしかして…」

 恐る恐る尋ねた男に新海の答えは――

「勿論そうさぁ!! 形は丸いけどもうまく使えば、雨漏りする天井やら…もしかすると瓦代わりにこの鍋蓋達が役に立つさね!!」

 そう言って土を払うと誇らしげに鍋蓋を掲げて見せる。

「いや、しかし…それは旦那の貴重なコレクションじゃあ…」

 鍋蓋を瓦代わりなど聞いた事がない。その奇抜な発想にやんわりとストップをかけようと言葉する。
 けれど、

「いいさねっ! 俺の鍋蓋達が長屋の皆の役に立つなら喜んで提供するさぁ!!」

 なせばなる、なさねばならぬ何事も……と言わんばかりのやる気を見せる新海をもう止める事など出来ない。

「ははは〜鍋蓋瓦か。まぁ、洒落てると言えば洒落てるって事で…やってみるかねぇ」
「やってみるさね!!」

 苦笑を浮かべる男を前に、新海は一際張り切って言葉するのだった。


■参加者一覧
梓(ia0412
29歳・男・巫
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
向井・奏(ia9817
18歳・女・シ
和亜伊(ib7459
36歳・男・砲
キルクル ジンジャー(ib9044
10歳・男・騎


■リプレイ本文

●挨拶はマッスル流?
 貧乏長屋の一角が休日とあって大いに賑わう昼下がり。
 修理作業を手伝いに訪れた開拓者は個性的。類は友を呼ぶというが、新海のそれに負けず劣らずな性格の者達が揃っている。
「ほぉー、これはまたえらい事になっているでゴザルなぁ。まぁ、ここはこの住宅修理のべてらんたる拙者にドーンっと任せておくでゴザルよ」
 普段なら真っ先にサボる事を考える向井・奏(ia9817)であるが、今日はどうやら違うらしい。ちなみに住宅と言っても犬小屋しか修理した事がないのだが、キッと長屋を見つめて腕まくりの仕草を見せる。
「なんだか事情も聞かされないで連れて来られたけど、何? このボロボロの長屋を直せばいいの?」
 その横では何も知らされず同行させられた人妖の鴇ノ宮環が奏に状況説明を求めて裾をくいくい引っ張っている。
 ちなみに彼女と主人である奏の姓が違うのには訳があった。どういう訳は奏が慕い、主と仰ぐ人物と彼女が瓜二つで、彼女自身もなぜだかその人物の真似をしたがるのだ。よって、衣装も奏とは大きく異なっている。
「ちょっとアンタ…まさかこんなか弱いオトメを働かせようなんて思ってるの!」
 一方ではジルベリア風の衣装に身を包んだ羽妖精・幸が主人である和亜伊(ib7459)に猛抗議していた。
「何言ってんだ…いつもおまえは家で暇そうにしてるだろ! それに最近顔が丸くなってきてるけど大丈夫か」
「う…」
 しかし痛い所を付かれて、返す言葉が見つからない。悔しそうに彼を睨み返す。
「うおっ! カワイ子ちゃんは少ねぇが、代わりにいい妖精ちゃんがいるじゃねーか!!」
 それを見つけて思わず駆け寄ったのは村雨紫狼(ia9073)だった。一時は男ばかりの作業になるかと肝を冷やしたものだが、相棒に女の子がいるなら俄然やる気が上昇する。
「…遺跡の次は妖精ですか。いいかげんにするんだよ、マスター!! 遺跡だって結局は案内役のメガネの子会いたさに入り浸ってたくせに」
 ふつふつと怒りで拳を振るわせるもなんとかそれを押し留めて、人型土偶二号のアイリスが冷たい視線を送る。
「そ、それは違うぜ、アイリス…べ、べつにあの子のデレ台詞が聞きたくて通い詰めた訳では断じて」
「本心が見え見えだぜ、てめぇはよぉ」
「んぇ!」
 聞き慣れぬ声に振り向いて、彼は硬直する。その声と同時に妙な感触…声の主が彼の尻を撫でたのだ。
「おまえ、もしや…」
 男に触れられて滲む汗――あの男、只者ではない。そう、紫狼の変態紳士としての勘が告げている。そんな彼を尻目にその男・梓(ia0412)は相棒の炎龍と共に新海の方へと歩いてゆく。
「あの、一体どうかしたのです?」
 その不穏な空気に気付かず、キルクル ジンジャー(ib9044)は新品のアーマーケースを手に尋ねるのだった。



「あぁ…あんた達が助っ人さね。皆集まってくれてありがとうさぁ〜」
 そんな事とは露知らず、先に屋根に上って作業をしていた新海が声をかける。
(「ほほぅ…あいつが新海か。確かにいい身体をしているぜ」)
 どこで彼の体格についての情報を仕入れたのかは知らないが、明かな危ない視線で梓が彼を見つめる。そんな主人に似たのか相棒の視線も鋭い。
(「こりゃいっちょ挨拶代わりに」)
 内心でにやにやしつつ、何食わぬ顔で声を掛けて狙うは背後。
 油断しているのをいい事に距離を詰めて、

「鍋蓋で塞げねぇ屋根の穴はこいつで覆っとくか!!」

 むんずと脇から腕を回すと豪快に持ち上げて屋根の大穴へと突っ込む。

「ちょっ、何するさねぇ〜〜!!」

 その度肝を抜かれた行動にさすがの新海も困惑した。しかも、どさくさに紛れて厚い胸板を鷲掴んでいたのだから頂けない。

「お、俺は男さね〜〜」

 突如響いた新海の悲鳴に周囲がざわつく。修繕しかけていた屋根の穴がこれでは逆に広がってしまいそうだ。
「おおっとわりぃな。相棒、救い出してやれ!」
 そこで今度は相棒に命じて新海を屋根から引き剥がすのだが、

「こ、今度は何が起こってるさぁ〜〜」

 新海の肩を足で掴見上げると同時に梓の炎龍は玩具を得たようにギュンギュン飛び始める。
「どうだ、メイチョー。気分いいだろう?」
 がははと豪快に笑う彼に周囲は唖然――少々ひけ腰になる男達もいる。
「なんだか凄い方が参加されていますね…」
 その様子を見て遅れて到着した和奏(ia8807)が言う。
「あの人……絶対楽しんでるわよね?」
 その隣でここには似つかわしくない煌びやかな衣装を身に纏った人妖・光華がそう付け足した。


 お遊びタイムはさておいて、鮮烈な出会いを遂げた一行は早速手分けして長屋の修理にかかる。
 勿論大型や力持ちの相棒は木の切り出しへ。残りは一通り長屋を見て回った後、ひどい場所から修繕を開始する。
 さっきのそれで完全に新海は梓を意識したようだった。そして、他の面子も…何処か異様な雰囲気に一線をおく。
「なに怯えてんだよ、ただのスキンシップだろ?」
 年下にそう言われては返す言葉がない。
「そ、そうさね……いきなりでびっくりしたさぁ〜」
 そう答えて改めて握手を求める。だが、彼の手は手にではなく大事な場所に伸ばされて、

   ずささささぁーーーーーーーーーー

 大きく後退する新海ににやつく梓。彼のSっ気がどこまでも彼にちょっかいを出させるらしい。
「ええ〜と、梓さんでしたっけ? 今のは手を握るところですよ」
 だが彼の思惑がよく判っていないのか、はたまた新海を助ける為の芝居なのか。その間に割って入った和奏が彼に駄目出しを始める。
「え……ああ、そりゃあわかってるが」
「でしたらちゃんと手をお握り下さい。でないと失礼ですよ」
 淡々と言う彼に言葉を失くす梓だった。


●とんでも作業
 一方その頃、真面目に長屋の修繕に取り組む二人がいた。二人と言っても一人は管狐…名前を白房という。
「そちらはどうですか? 隙間などありませんでしたか?」
 瀬崎静乃(ia4468)が己の人魂を通して、天井裏を調査しつつ白房と会話する。
「うん、こっちは大丈夫みたい。二件先の家が雨漏りしそうだけどそれくらいだと思うよ」
 それに答える白房も今は鼠の姿だ。そのままの姿でもいいようなものだが、場所が場所だけに活動しやすい姿を選んだようだ。
「そうですか。それでしたら次はあちらを調べましょう…」
「わかった」
 ふたりの息はぴったりで…あっという間に屋根の調査は終了する。
「ご苦労様でした」
 そして、それが終わると白房は彼女の肩に乗り地図を覗き込んで、
「おや、書き忘れがあるようだよ」
 長屋の地図を広げて修繕箇所を改めて地図に起こしていた静乃に助言を与える。
「へぇ、なかなかかわいいもんだねぇ狐ってやつは」
 そう言った大工がいたが、
「狐じゃない、狼だ!」
 静乃の犬好きが移っているのか、白房は断固拒否し訂正させる。
「へへ、そうかい。そりゃあ悪かったねぇ」
 そう謝る男に「そうだ」と言い張る可愛い白房だった。


「いい気味だよ。わかったでしょ、マスター。ボクがいるんだからよそ見は駄目なんだよ! 聞いてる?」
 出会い頭の珍事件で一時硬直していた紫狼を引き摺る形で山へと連れてきたアイリスが言う。しかし、彼は動じない。
「それとこれとは別だろ? いやーあの遺跡のメガネっ子ったらよぉ…お茶菓子とか狸のストラップとかくれるしなぁ。もっかい行こうかなぁ」
 と伐採作業はどこへやら。遺跡での思い出に終始でれでれだ。
「ああもうーっ! まだ言うか、この馬鹿マスター!!」
「いや…だってあの声あの顔…忘れられんし」
「むーー、もう地下で段差でつまづいたりコウモリのうんちで100ぺん死ねーーっ!!」
 うっかり…というか、いつものように失言を漏らして、アイリスの怒りは最高潮。
 土偶の体重を乗せた会心のハイキックが紫狼を捕らえる。

   ごぎゅ

 そして鈍い音がして、

「それはきっとスペランくぶらあああ!!!」

 まるでぼろきれの如く身体を回転させて彼は星になる。まだ明るい青空に流れる流れ星――。
「あ〜〜すごく綺麗に飛んでいったのですー」
 そんな彼を見て、アーマーの準備をしていたキルクルが呟く。
「ふん、マスターなんてもう知らないんだよ」
 そう言ってアイリスはキルクルの元へ。戻るまで彼を手伝うらしい。
「えへへー、ありがとなのです。実はレイピアを使った力仕事は初めてなのですー」
 彼は見習い騎士――アーマーは高値の華だったが、それでもやりくりしてやっと手に入れ、今日の試運転を楽しみにしていたのだ。
「えーと、ヘルメットよし。グローブよし、ブーツ装着」
 一つ一つ声出し確認をして、彼がアーマーに乗り込む。そして、

「…レイピア、起動なのですー!!」

 起動キーを挿し込むと同時に中の彼にもしっかりとした手応え。
「わーい、動いたのですー! パコーンとやっちゃうのですー!!」
 外から自分の勇姿を見る事が出来ないのが残念だが、それは仕方がない。装備している斧を片手にぐぐっと構えて、
「えいっ……ととあぁ!!」
 初めての起動に初めてのスイング――斧の反動につられて大きく傾いた機体はアイリスの方へ。
「わわわっ」
「大丈夫かよ?」
 慌てて避ける彼女の横にはいつの間にか戻った紫狼の姿がある。どうやら何処かの木か茂みに落ちたらしく、服のあちこちに葉っぱをつけてはいるが、大した怪我はないらしい。
「さ、さすがマスター…G並みだよ…」
「んあ? 何か言ったか?」
 ぼそりと呟いたアイリスの言葉に聞き返す彼だったが、
「あれれなのです〜〜!」
 ふらふら動くレイピアが迫って、

「くっ、こうなったら俺がこれで食い止める!!」

 きりっと決め顔を見せた紫狼に思わずきゅんとするアイリス。
(「黙ってればやっぱりカッコいいんだよねぇ…」)
 内心でときめいた彼女だったが、彼の手に握られていたのは不気味な熊の人形で――、

「これで受け止めてみ」
「アホかーーー!!」

 超ど級のボケにアイリスのツッコミが炸裂した。再び彼はお星様に逆戻りだ。
「あ、それ知ってるのですー! きりんぐ★べあー…一応斧付じゃなかったのです?」
 ようやくバランスを取り戻して立ち止まったキルクルが言葉する。
 きりんぐ★べあー…全長三十cmの手に斧を握った気のない熊を模した人形で呪術武器の一つである。
「そうだけど、あれ玩具だし…それよりほら、伐採だよ」
 本来の仕事を思い出し彼女はキルクルを促すのだった。



「あ、そういやあいつ本当にあれを使うつもりだったのかねぇ?」
 ギルドに集まった際の事を思い出して亜伊が言う。
「え? 何言ってるんですか…私には何の事だかわかりませんが」
 渋々雨漏りの修理をしていた幸がそれに気付いて面倒臭そうに問い返す。
「いやぁ、あのあんちゃんに貸したきりんぐ★べ…」

   どごぉーーん

 言いかけると同時に降ってきたのは他でもない紫狼で二人は目を丸くする。そして、
「あ〜〜…これをだ…」
 彼が手にしている人形を指差し言う。
「そんなもの貸したんですか! 伐採にどう使えと」
「あ、いや…冗談のつもりでつい」
「ついって…」
 ぺろりと舌を出して『おちゃめなおじさん・亜伊』を演出するが幸の視線は冷たい。
「しかし、山の方は一体どうなっているのよ」
 伸びた紫狼を突いて幸が言う。
「あ、でもこれをこうしたら」
 そこで何か閃いたらしい。熊の人形を弄って何やら試行錯誤中。
「さて、これをどうした…っておい!」
 そこで亜伊が気付いて、幸に制裁の鉄拳が飛んだ。
「痛い〜ぶつ事ないのに〜」
「遊んでないでちったぁ真面目にやれよ!」
「…ぶぅー」
 頭を擦り、彼女は膨れるのだった。
 

●賑やか三昧
 一体どのくらいかかるのか。正直なところ判らなかったが、それでも助っ人が入ったおかけでペースは徐々に上がり始めてゆく。
「いいでゴザルか? くれぐれも金槌で指を打たないようにするでゴザル」
 お手本をやって見せて、その後は気が気でないのかじっと環の作業を見つめる奏。
「ちょ、ちょっとそんな見られたら出来ないって…それにそれじゃあ作業も進まないでしょうが」
 その視線に耐えられなくて叫び声を上げるが、それでも奏は諦めない。
(「大工作業体験をさせてあげたいと思ったでゴザルが、思いの他危険が多いこの現場。しっかり仕事を見ておかねば怪我をしてしまうでゴザル…」)
 それはまるでわが子を見守る母親のように…。頑張ってほしい気持ちと大切にしたい気持ちが葛藤する。けれど、環の方はといえば、
(「なんか過保護過ぎる気がするんだよねぇ、お母さんって。だからここはいっちょボクが出来る人妖ってトコを見せたいんだけどこれじゃあなぁ…」)
 近距離から血走った目で見られては、どうにも居心地が悪い。
「どうしたでゴザルか? やっぱり難しかったなら他の仕事を…」
「やる。やるってば! だから少し離れて〜!!」
 親の心子知らず…そして、子の心親知らず?
 実にスローペースではあるが、人手である事に変わりはない。
「追加の木材、到着なのですー」
 とそこへキルクルのアーマーが登場した。肩に何本もの木を担いで…慣れてきたのかしっかりと足をついて、狭い道を気をつけながら進んでくる。
「わーい、でか鎧だー」
「かっけー!! 超いけてるー」
 それを見つけて長屋の子供達が駆け寄ってゆく。この近辺ではやはりまだアーマーは珍しいらしい。
「ですです♪ レイピアはその中でも超いけてるのですー」
 その言葉に中のキルクルも上機嫌。憧れていたアーマーを操縦し、子供達にヒーローのような眼差しを向けられたら嬉しくない筈がない。カッコいい騎士になる為にはこれが絶対欠かせないと彼は思う。
「ねーねー、俺を持ち上げてよー」
 そういう要望にも快く答えて、練力が切れた後は子供達の格好の遊び場となっている。
「ふふふ〜、レイピアは今やここのヒーローなのです!!」
 そして、彼はといえば少し休憩。持参していたワッフルと紅茶でティーブレイク。
 子供達にも分け与えて、楽しそうだ。

「こっちもよろしく頼むさぁ」
 そして新海と梓の溝も僅かに縮まっていた。
 あの後は真面目に動いてくれているようで、相棒の龍に板を運ばせては辺りに視線を巡らせ、足らないところに迅速に物資の供給に勤めている。気持ちガタイのいい人を中心に見ているように思わなくもないが、そこはあえてスルーしておく。
「あの、親方さん。あちらの支柱が腐りかけていましたので取り替えるのがよろしいかと」
 そして、相変わらずてきぱき動いているのは静乃だった。力仕事は難しいが、彼女には彼女のできる事をと、集中力と正確さが要求される寸法取りや切り出しの為の線引きなどを中心に徹底した作業を繰り返しているようだ。
「姐さん、次三寸だ」
「判りました」
 相変わらずの連携で近くで作業する大工仲間も惚れ込むほどだ。そして、もう一人――。
「あんたは筋がいいねぇ。ついでに手馴れている。何処かでやった事でも?」
 ただ黙々と作業に没頭していた和奏にそんな声がかかる。
「あ、はい…少々。去年も修理のお手伝いをしていたもので…」
 それは北戦の折の事。あの戦いでも多くの住居が被害を受けて、彼はその後の手伝いにも参加していたらしい。
「大変よね〜、壊れたものを元に戻すのって」
 そんな彼とは対照的に彼の相棒は動かない。相変わらず綺麗な着物を纏い、作業をつまらなそうに見つめている。
「ねぇ、まだ終わらないの? 早くお買い物行きたい」
 ぷぅと脹れて――どうやら彼と買い物の予定があるらしい。しかし、何日経っても終わらない仕事に少し苛立ち始めているようだ。
「光華姫が手伝って下さったらもう少し早く終わると思うのですが…」
 感情は余り表に出さずに彼が言う。
「ええ、私が? いやよ…汚れちゃうもの」
 しかし、彼女も彼女の言い分があるらしくそう簡単には動かない。
「だったらすいませんが、もう少し待って下さいね」
 そこで諦めたのか和奏は長屋の大工から貰った設計図を片手に再び作業に戻る。すると、
「……んー、もう判ったわよ。少しだけだからね」
 彼女は仕方なく設計図を持ち隣に立つのだった。


 そして、被害が大きかった屋根の骨組みが出来た折…ついにあの秘密兵器が動き出す。

「いくさねっ! 鍋蓋瓦さぁ!!」

 今まで集めてきた…というか集まった鍋蓋はゆうに二百を超えている。それに予め防水加工を施して準備は万端。後は打ち付けていくだけだ。
「ホントにやるんですね…」
 その様子を興味深げに見つめて静乃が言う。
「鍋マンはやると思ってたZE!」
 とこれは紫狼だ。
 こちらもキルクル同様、今度はちゃんとした手斧を亜伊から借り受けて、伐採してきた木を運ぶ歩みを止め言う。
「ちょっとマスター、いきなり止まらないでほしいんだよ! …ふぅ、主人の選べない土偶少女って不幸だなぁ」
 そんな様子に思わず愚痴るアイリス。しかし、内心は共にいられるのが嬉しく、顔は怒ってはいない。
「なんというか…新海さんらしいです」
 そこに和奏も加わって、やはり皆多少なりともその鍋蓋瓦に興味はあるらしかった。 思いの他テンポ良く打ち付けてゆく彼を暫く傍観する。
「なら、俺も手伝うぜ」
 そこで亜伊も助太刀――丁度屋根に上っていた事もある。新海の作業を横目で見て真似をする。
 そうして徐々に長屋の屋根に鍋蓋が並んでいった。ある場所は全面に、そしてある場所はアクセント的に。持ち手を取っ手にしたらどうかいう和奏のアイデアも採用され、ある部屋には鍋蓋持ち手がついている。そんな仕上げ作業に半日を要して、ついに鍋蓋長屋は完成した。

「どうさね、これ!!」

 出来上がったばかりの屋根に上って新海が言う。
 陰気臭く貧乏長屋の典型的面影だったものにファンシーさが加わった独創的な井出達。

「え、え〜と…まぁ澄めば都でしょうか?」

 その何ともいえない概観に仲間は苦笑いを浮かべたが、新海は違う。

「鍋吉も鍋次郎も皆役に立って俺は嬉しいさぁーー!!」

 名前つきだったらしい鍋蓋を見つめ感動しているようだ。
「よかったな、メイチョー」
 ここで最後にもう一発と、梓が近くに余っていた鍋蓋を手に取る。そして、
「あっ手が滑ったぜ」
 そう言ってあからさまに遠投した。だが、それは例の特別品で…。

   びゅんっ

 途中で大きく旋回し刃が飛び出した後、彼の傍へと戻ってくる。
「それは鍋蓋手裏剣さね」
 彼の意図を知らずに梓の驚いた様子を見て取って、新海が爽やかに言う。


 その後は完成の祝賀会。桜が咲き始めた川辺に陣取り、その日は皆で疲れを癒す。

「いや〜凄いでゴザルな! あれはあれでいいと思うでゴザル!」
「そうなのです! カッコいいかは別としても面白いのですー」

 酒や料理を前に話はやはり長屋の事で持ち切りだ。
 褒めているのか怪しいコメントではあるが、それもまたよし。日が昇るまでドンちゃん騒ぎが続く。

 そして、翌日――
 光華は和奏と共にお買い物へ。入った収入を前にあちこち回る。
「いーい、今日は終日付き合って貰うんだからね」
 色々買って欲しいものがあるようで、付き合う和奏は大変だが意外と苦にはなっていない。彼も彼なりに楽しんでいるようだ。
 一方長屋の大家はと言うと、今まで概要を知らされていなかったようで、

「どうして、こうなった…」

 屋根に取り付けられた鍋蓋とその概観に呆然と立ち尽くす。
 けれど、この奇抜な造りが道案内のいい目印になるようになったのは言うまでもない。