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■オープニング本文 とある都のとある銭湯――そこは代々受け継がれてきた銭湯でした。 しかし、最近になってからの事。近くに大きく綺麗な温泉宿が出来た為か、なかなか思うようにお客が入りません。出来立ての温泉は、泊まりでない地元の客も受け入れ、次第に客足はそちらへと流れます。 「どうしたらいいんだ…どうかもふらさまのお力をお貸し下せぇ」 そこで主人は近くにあるもふらを祀った神社に赴きます。 鳥居を潜り、手を清めて……そして、参拝。 厳しい状態ではありますが、ここは奮発。なけなしのお賽銭を投げ入れて―― (「沢山のお客さんが来ます様に…」) じっくり念じて、彼は家へと帰ります。 次第に日は暮れ、空には烏の鳴き声が木霊するいつもと変わらぬ風景。 しかし、経営する銭湯が近付くにつれ何やら尋常じゃない人だかり。 方向が自分の銭湯の方だという事に気付いて、不安が押し寄せます。 (「まさか火事とかじゃあ…」) ざわめきが近付き集まる人を掻き分けて店の前へと飛び出せば、 「なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!!!!!!!!!」 押し寄せているのはもふらの山。 狭い入り口に押し合い圧し合い…我先にと中へ入ろうとしているではありませんか。 「あ、旦那! 聞いてくだせぇ…なんだが、突然山から降りてきて『風呂に入りに来た』の一点張りでさぁ…」 突然のもふら達の到来に主人も驚きを隠せません。 「なんでこんな事に…」 呆然と見つめる主人でしたが、そこへ一際大きなもふらが現れて、 「お主の願い、叶えにきたもふ。沢山のお客…だから、友達を集めてきたもふ」 何処か偉そうな物言いですが、確かにお客には変わりありません。 (「しまった! 私が欲しかったのは人間だってのに…」) そう心の中で叫びますが、勿論口には出せません。 もふらさまは多分悪くないのです。しかしこのままでは、客は愚か詰め寄せるもふら達に扉はぎしぎしと悲鳴を上げ、浴場は鮨詰め状態。毛も浮くでしょうし、このままでは人が入る所ではありません。 「旦那ぁ…一体全体どうしましょう…」 銭湯で働く従業員の言葉が空しく耳を通過します。 (「私の責任だ…しかし、追い返す事は出来ない。となれば私に出来るのは…」) 銭湯を営むものとして、客がもふらであれ楽しんで貰うしか他ない。 「おまえさんはすぐに助っ人を探してきてくれぃ。それまでは私が何とかしよう」 主人はそういうと腹を括り、もふら達の対応に回るのでした。 |
■参加者一覧
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
向井・操(ib8606)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●兎にも角にも さて、飛び出した従業員は血眼になって助っ人を集めに回ります。 ギルドに依頼を出している暇はない。声を張り上げ、臨時でもいい…誰か手伝ってはくれないかと叫びます。幸い、既にこの事態を知った開拓者が数名手をあげました。 「では、早く銭湯に!」 再び戻る頃には人だかりももふだかりも一層数を増やしているように見えます。 「………なるほど。確かにもふら大小合せて千頭くらいいるですね」 まず初めに状況を目の当たりにし呟くのはむっちりボディのペケ(ia5365)さんです。 「ったく、この珍獣どもめっ! ありがた迷惑、ここに極まれりだな」 そう言ったのは変態紳士の村雨紫狼(ia9073)さん。こっそりでなく、今度はばっちり女湯に入れると意気揚々とやってきましたが、これではどうにもいきません。ああ、メスのもふらなら別ですが――。 「いや、もふらさまは悪くない!! もふらさまは可愛い。そして可愛いは正義だ! 故にもふらさまには是非とも満足していって貰いたいところだ」 手をわきわきさせながら向井・操(ib8606)が語ります。どうやら彼女、可愛いものが好きなよう。 「そうですわね。もふら様の願いを叶えようという気持ちはご立派ですし…」 その横では、やはり唖然ともふら達を見つめて貴族出身のマルカ・アルフォレスタ(ib4596)。 「その気持ちを無碍に出来ないとはいえ、ちょっと困ったことになってしまっていますね」 「千頭は叶え過ぎです、もふら様…」 各々感想を漏らして――後に続いたのは吟遊詩人のティア・ユスティース(ib0353)と猫獣人の劉星晶(ib3478)です。 星晶等はどこかこの状況を楽しんでいる様子でくすりと笑っていたり。 「とにかく早く手伝って下さい!!」 そんな彼らの行動停止状態に主人の檄が飛びました。 「あぁ、そうだったな。もふら様を快く捌きながらもっふり……いや、銭湯をはやらすのですっ!」 『おー!!』 滝月玲(ia1409)のちらりと欲を垣間見せた掛け声に合せて、一同行動を開始するのでした。 「いいか、よーく考えてみろ。本当に千匹いるとして男湯女湯合せて大型は各二十匹…つまり四十匹しかは入れない。すると、一匹辺り約三十分入ってるとして考えても二十五セット。トータル時間は約十二時間半……働き詰でやったとしたら俺ら死ぬZE…」 銭湯に向かう道のりで状況を聞いた紫狼が算出した現実は皆を凍りつかせました。しかし、どこかで本当に千頭もいる訳ないだろうと思っていた彼らです。けれど、現実は甘くないようで本当にこのままでは過労で倒れかねません。主人も改めてその事を聞かされて、意識を手放しそうになった位です。 「だが、この状況は打って付けの客寄せにもなる。親父さん、一つ話を聞いてくれないか?」 商いに関しての心得を持っている玲が皆で出した案を話します。 「衛生的な問題もありますので、多少考慮は必要でしょうが判りました。取り敢えずはまずこの状況を落ち着かせないと」 先の話は二の次にして、まずは目の前の問題です。 「うっしゃあ! じゃあ、ちゃっちゃっか捌いていくZE!!」 「ご主人さんと従業員の方々はお湯の温度管理をお願いしますね」 気合を入れて、まずは外へ。殺到するもふら達の知恵比べと相成ります。 ●もふらの性格 「おらおら、珍獣ども! とりあえず落ち着いて横四列に並びやがれー!!」 どこで見つけてきたのか細めのロープを片手に紫狼が列の整備に当たります。 「押すなもふー」 「邪魔だもふー」 「寒すぎるもふー」 しかし、大小入り混じってのもふらとあってはなかなか綺麗な列は出来ません。口々に好き勝手な文句を言い始め、ふらふらふらふら。人間のように聞き訳が良くはいきません。 「あぁ〜〜もう、仕方ねえなぁ。もふらどもっ、よく聞け!! 今日は千客万来入れ食い状態なんだ! かなり待たせる事になる…それでもいいって奴はおとなしく並んでくれ。それが我慢できないって奴は後日ゆっくり来てくれねーか? サービスはする。一応ここの主人とは話がついてる」 大声を張り上げて紫狼が投げかけます。しかし、 「折角山三つ超えてきたのにそれはないもふー」 「僕、冷え性もふ。だから、先行かせて欲しいもふー」 マイペースで我侭な彼らの事――なかなか一筋縄ではいきません。 「ここはわたくしにお任せ下さい」 そこで前に出たのはマルカでした。手に掲げたるはもふ殺し。すぽんと栓を抜きますと、ほのかに酒の香りが漂います。 『もふぅっ!!』 それに釣られて、一斉にもふら達が振り向きました。 「…さすがもふ殺しですね」 その様子に近くでなにやら制作していた星晶がぽつりと呟きます。 手には番号の書いた札――どうやら、整理券のようなものなのでしょう。 「お集まりのもふら様方。きちんと並んで頂ければ湯上りのサービスに一杯ずつ提供いたしますので、おとなしくして頂けませんか?」 穏やかな笑顔で――さすが貴族といったところでしょうか。けれど、そこでもやはり我侭を言うものはおりまして―― 「今飲ませろもふ〜。俺様は短気もふよ〜」 どしどしふてぶてしい態度を見せて、一匹がマルカの前に立ちはだかります。 「おやおや、これはまた…」 そう言って仲裁に入ろうとした星晶でしたが、そっと手を差し出してマルカは押し留めます。それと引換に、背後からは目に見えぬ黒いオーラが立ち上らせて、 「まさか神様の使いともあろう方々がそんな我侭を言って恥ずかしくないのですか?」 いつ持ち出したのか手にはハリセンが握られ、笑顔の内に秘めたるものは――。 「わ、わかったもふ…」 その凄味に気圧されて…のそのそ引き下がります。そこへ別の新たな動き。 「焼き御握りに甘酒は如何かな?」 近くの店に手配し焼き立て焼きお握りと暖かい甘酒の差し入れです。 香り誘う二つの食材にもふら達の心は銭湯から食べ物へと逸れたようです。 「販売は…無理かな。これは」 待ち時間を退屈させない為、寒さを凌ぐ為…そして、少しでも利益を上げる為と取れる事なら販売したいと思っていたのですが、丸腰もふらには期待出来そうにありません。 「とにかくこれでひとまず落ち着きそうですわね」 ほっと肩を下ろしてマルカが言います。 「もふらって言ってもやっぱり生き物なんだな。現金なもんだ」 そんな様子に玲も笑います。 「あー、それでは整理券を配布します。もし、待つのがお辛い方がいましたら言って下さい。後日、来た時にこちらを見せて頂ければ優先的にご案内出来る様手配いたしますので」 そして、少し落ち着いた頃に星晶が券を配って―― お握りを頬張りながら、券を銜えて帰っていくものもいましたが、まだまだ数は多そうでした。 ●いい訳なんて 一方脱衣所でも忙しさに変わりはありません。脱ぐ服がある訳ではありませんが、待ち時間を持て余したもふら達が騒ぎ始めます。 「こんな待て状態、やってられないもふ〜」 すぐ先には湯船に浸かる仲間の姿が目に見えるだけに堪え性のないもふらが愚痴を零します。加えて風呂上りにとティアが甘刀を溶かして作った生姜汁が準備され、その匂いが漂っているのです。 「それ飲みたいもふー、もう疲れたもふー」 しょんぼり顔の本音にティアも苦笑を隠せません。けれど、ここで諦める訳にはいかない。 「ほくほくに温まった後、脱衣所で一息…冷たい飲み物と一緒に食べる美味しいお茶菓子は格別ですよ」 手にしているのはアコーディオン。騎士としての道もありながら、心奪われたのは音の道。人を癒す事が出来るこの道でこの事態を打開したい。 「今よりきっと後の方が何倍も美味しく召し上がれますから…」 歌と演奏を同時にこなして紡ぐのは、偶像の歌と再生されし平穏です。でんっと居座っていた大きいもふらもその歌に耳を傾けます。 「なんだか落ち着くもふ〜〜」 そのもふらは何を隠そう願いを叶えたもふらでした。リーダーなのかどうかはわかりませんが、やはり貫禄が違います。そんな彼が和んでいる……周りの小もふら達もそこではあまり騒げないようで、ひとまず中の騒ぎも収まりそう。 「やー、あっと言う間だったよ。次の手配も急がないと間に合いそうに無い…」 そこへ外より空になった木箱と共に戻ってきたのは玲さん。次は中での対応に回るつもりのようです。 「あ、この音は…」 そして聞こえたのは澄んだフルートの音色――誰が吹いているのかと思いきや、マルカの演奏。貴族時代に習っていたのかなかなかの腕前です。 (「やはり音楽はいいですね…」) その音色に一時耳を傾けながら、上がってくるもふら達に飲み物を手渡す。 「きゃーーー!」 そんな平和はつかの間でした。 「どーした! 今の悲鳴は!!」 その声に飛んで現れたのは紫狼です。浴室で悲鳴とくれば、なんとなくその先のむふふな展開を期待したのでしょうか。仮にも紳士として女性の悲鳴はほおってはおけません。しかし、彼の望むものはありませんでした。 「う〜〜もふらさま可愛いよ、もふらさま! 痒い所はないですか〜、もっともふもふ致しますよ〜」 悲鳴の主であろう操は上機嫌でもふら達と戯れて……いえ、立派に相手をしています。 「どーいうことだ!?」 訳が判らず混乱する紫狼に近くにいたペケは一言。 「あれは嬉しさの悲鳴ですよー。それくらい聞き分けられないとは…変態紳士もその程度ですか」 ガーーン 歓喜の悲鳴だったとは…確かに操は嬉しそうです。会った時とは明らかに違う表情でまわりのもふらを洗い続けています。けれど紫狼の視線に気がつくとこほんと一回咳払い。 「おっと…失敬。取り乱した」 思わぬ姿を見られたと赤面俯き、手を動かします。 「……あ、そうだ。おまえ頼んでた饅頭は?」 そこで紫狼は話を変えました。 饅頭というのは今日入れなかったもふらにせめてもと考えた配布用のものの事。本来ならば自分で行きたかったのですが、列整備に時間を取られて彼女に任せていたようです。 「ああ、それなら星晶さんに渡したです。全く私にあんな小間使いを…」 不満を言い詰め寄りかけた彼女にハプニング。いつまで経っても上手く締められない褌の紐がはらりと解けて――。 「おおおおおおおっ!!!!」 思わず期待した紫狼でしたが、 バチコーーーン どこからとも無く現れたマルカの鉄拳ならぬハリセンによって違う夢を見る事に相成ります。 (「あぁ…見えるぜ…光り輝くもふもふした白い肌…ってか毛が…」) 意識が薄れる中、彼の前に見えたのは残念ながらもふら様のおみ足です。 そんな彼はさておいて、場所は戻って脱衣場。 「いやー実にいい。もふら様、いつもに増して素敵な毛並みですよ」 ふわふわの毛皮をこれまたふわふわの布で拭き、ブラッシングを施す玲がいます。 どうやら商いのみならず、美容の方面にも強いようで上がったもふら達の毛並みを整え満足げです。もふらさまも毛が命。櫛を片手に抱きしめたいのを我慢して、せめてもふるくらいは許されるとばかりに仕上がったらマッサージついでにもふります。体力的には疲れているようですが、心は癒されている模様です。 「やっぱりこれはいけると思いますよ。 マニアには堪らないはずだ」 ご主人が側にいたのをいい事にもう一押し。これからの事を提案します。 (「確かにもふらさまは人気がある…」) それは外の人だかりが物語っていました。並んでいるもふらを見つめる人々――物珍しさが人を呼んでいるのは確かです。そして、彼のみならず操のあの様子。違った形ではありましたが、これはきっかけになるのは明らかです。 「よし、わかった! この際やるだけやってやらぁ!!」 迷っていた心を振り切って、銭湯の主人は決心しました。 ●もふらの湯 かくて長い長い一日は夜明け前に終わりを迎えます。 実際でしたらこんな遅くまでは営業はしないのですが、並んでいたもふら達が裁き終わるまでは閉める訳にもいかずこの時間になってしまったのです。 「整理券は百枚強出ていますから、後日来店されるもふらさまはそれ位だとお考え下さい」 交代制で乗り切りましたが、疲労困憊。皆脱衣所に横になります。 「もふら様からお金を取る事はできませんが、少しずつ改装を加えてやってみようと思います」 彼らが出していた提案――それはもふらと共に入れる銭湯という一風変わったスタイルでした。郊外に出れば朋友と共に入れる温泉は存在します。しかし、それは開拓者向け。一般人はなかなか難しい。ならば、もふらを飼いたくても飼えずにいる子供達の為にもふれあいの場となり、客も入れば万々歳です。 「改装には時間がかかる。まずはもふらさまとの入浴日を作るのがいい。それが軌道に乗って、人が集まりだせば費用も集まると思うしね」 玲がにこりと笑います。 「そうですね。一応その事を見越してもふら様達には決まった曜日に来るように言っておきました」 どこまで先を見ていたのか星晶に抜かりはありません。 「今日は本当に助かりました。お金の方もかかったでしょうに」 そこで思い出したのは今日提供していた食べ物の数々。手配から配布まで全ては助っ人持ちで行われていたのです。 「それに関しては俺らが勝手にやったことだ! これからのここの発展を願っての投資金とでも思って気にしないでいいZE☆」 どーんと太っ腹…皆がそう思っていたかどうかはさておいても、大量発注で案外安く仕入れられたのが救いです。 「後は掃除をして全て終了…最後までよろしくお願いします!」 営業中も毛の除去等はしていましたが、それでもやはり残っているようで。彼らの掃除が終わるのはお昼前の事でした。 そして、暫く時は過ぎて―― あの後、ティアは時間を見つけては吟遊詩人らしくあの銭湯の事を歌に乗せて宣伝しておりました。他の面子も多少なりとも気にかかっていたのか薦める様に働いていたのでしょう。 あんな騒ぎがあったのですから知名度もそこそこです。もふらもふらりとおりてくる事から目立ちもしたでしょう。それにもふら好きにはたまりません。徐々に客足は増え始めて、いつには瓦版に載りました。 『もふらの湯、大人気! 共に入れる癒しの場所』 見出しは思いの他大きくもふらと浸かる主人の姿も描かれています。 将来的にはもふら達は別の入り口を設けて…別の浴場を作り、中で行き来できるようにしたい。もふらと交流したいお客さんとそうでないお客さんとどちらにも喜んで貰いたいからとし着々と準備を進めていると記され、もふら様洗い体験なんかも考えているようだと締めくくられている。 「流石はもふら神社、下手な天罰より凄まじい破壊力のご利益でしたが…それでも終わりよければ全てよしなのです」 ペケはその記事を目にぽつりと呟いて、あの日の事を思い出し思わず褌の紐を締め直すのでした。 |