【北戦/嫁】想うが故に
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/20 01:14



■オープニング本文

●戦の気配
 北面の若き王芹内禅之正は、北面北東部よりの報告を受け、眉間に皺を寄せた。
「魔の森が活発化しているとはまことか」
「は、砦より、ただちに偵察の兵を出して欲しいと報告が参っております」
「ふむ……」
 唸る芹内王。顔にまで出た生真面目な性格は、時に不機嫌とも映りかねぬが、部下は己が主のそうした性をよく心得ていた。芹内王は、これを重大な問題であると捉えたのだと。
「対策を講じねばならぬようだな。ただちに重臣たちを集めよ」
 彼は口を真一文字に結び、すっくと立ち上がる。
「開拓者ギルドには精鋭の開拓者を集めてもらうよう手配致せ。アヤカシどもの様子をよく確かめねばならぬ」


●そして、ここでも
「参ったのう。いやはや、これは参った」
 芹内の側近たる時成も眉を寄せていた。
 今だからこそいいと思った。芹内王の連れ合いを探す――その事は後悔していない。
 しかしまたアヤカシの動きが活発になりかかっていると聞けば、婚約の話等切り出す事が出来ない。
 けれど、ここで諦める彼ではなかった。こういう時だからこそ支える人間が必要なのではないかと思う。まずはいい顔合わせ方法はないかと思案する。
「普通の姫君を呼び寄せるのはやはり不謹慎……しかし、あの者ならば」
 いい機会かもしれない。打って付けの候補が一人、彼の頭を掠める。
 その候補の名前は水恋と言った。聞く所によると仁生の警備隊の所属だという。以前、芹内王のよからぬ噂が流れ始めた時彼女自ら時成の元を訪れ、この事件を解決させて欲しいと嘆願した女性である。そして、その心の内には芹内への恋心があると見抜いた時成は彼女と約束する。もし、うまくいけば嫁候補に加えると――。その後事件は無事解決し今に至る。
「あの約束も果たさねばならぬし、今がその時かのう」
 ずっと待たせるのは忍びない。彼女を若様に会わせる。名目は何とでもなる。気に入るかどうかは別だが、それは若様に任せるしかない。
「時成様、芹内王様がお呼びです」
 そこに声がかかって、彼は彼女の事を話す決意を固めるのであった。


「何? 私に護衛を? 今の者達で十分だろう」
 芹内が時成の提案に渋い顔で答える。
「しかし、極秘の視察に参るのであろう? 周りから気付かれては意味がない。水恋はこの都の警備隊所属。開拓者と共に混じっておれば、若様とは民にも悟られますまい」
「だが、女を連れて行く意味が何処にある。私は……」
「お忘れですか、若様。民の間では貴方様がどう呼ばれているかを」
 ここでもう一押しとばかりに時成が食い下がる。
「恐れ多くも、若様は『堅物』だと言われておりまする。その噂をここは利用するのも良いでしょう。女連れであれば、まさかあの堅物がとうまく人の目を誤魔化せる筈……」
「……ふむ。余り気は進まんが考えておこう」
 その言葉に仕方なく芹内は検討に入り、彼を下がらせる。そして、
「少し調べて欲しい事がある。水恋という女の事だ」
 信頼の置ける側近を呼び出し、それとなく彼女の事を調べさせるのだった。


●護衛
「私がですか! それは有り難き幸せ」
 突然現れた王からの使者に水恋は仰天した。
 芹内王の護衛として極秘の視察に同行して欲しい……その申し出に顔は真っ赤である。
 お傍で守る事が出来る。二人きりではないとはいえ、それでもお慕いする王の傍とあっては、恋心を抱く身として嬉しき事この上ない。
「どうしましょう……私などで宜しいのでしょうか?」
 あたふたした様子でまるで少女のようだ。
「開拓者も同行させるとの事だ。手配はおまえに任せる。選りすぐり者を集めよ」
「判りました。すぐ準備いたします」
 そう言って慌てて外へと飛び出す彼女。その後姿を見送って、しかし使者の顔が曇る。
(「彼女がさっきまで話していた女は見ない顔だったが、誰だ?」)
 以前事件があってから警備隊の面子も様変わりしている。志士然としたものは少なく、どちらかと言えば開拓者に近いものが多い。彼女には似つかわしくない仲間ではあるが、見た目で判断するのは良くないだろう。調べによれば、彼女の身分に疑う余地などない。貴族の養子として育てられ、武芸の才能があったから刀を握る道を選んだようだ。無駄のない身体に深紅の鎧がよく映えている。
「さて、私はご報告に戻らねば」
 用件を終えた彼が背を向け歩き出す。
(「ふふ、何か動きがあったようね」)
 そんな彼を見つめる眼があった事を彼は知らない。


■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043
23歳・男・陰
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
将門(ib1770
25歳・男・サ
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
ハシ(ib7320
24歳・男・吟


■リプレイ本文

●現状
「ほう…ここがその村か。確かにすぐそこまで迫っている」
 一開拓者を装って簡素な装備でやってきた芹内が言う。
「わぁ! 神音でもわかるよ」
 村を見渡せる高台で泰拳士である石動神音(ib2662)でさえそれを感じ取っている。
「芹…いえ、野田様。早く住民達を説得いたしましょう」
 野田というのは彼らが決めた芹内の偽名。到着したばかりであるが休んでいる暇は無さそうだ。
(「ふふ、二人の仲がうまくいけばボーナス……応援していますよ」)
 芹内と水恋を見つめながら檄征令琳(ia0043)は心中でそう呟いた。

 出発前日――各々準備に入る中で令琳と菊池志郎(ia5584)は時成への面会を希望し、彼の元を訪れていた。
「して聞きたい事とは?」
 若様が関わる事とあっては無碍にも出来ず迎え入れる。
「単刀直入に今回の同行の護衛は皆古くから仕えている信頼できる方々なのですか?」
 話に寄れば開拓者のような警備隊員が増えているとの事。それを知って、敵は内部にも居るかも知れないと元シノビの志郎が問う。
「派遣されている者達は生粋の志士達じゃ。心配は要らん…成程、しかし少し前に騒動があったかのう」
「騒動ですか?」
 渋い顔をして口を閉ざす時成に志郎が眉を顰める。
「では私も質問を。ずばり縁談が進めばボーナスは出るんでしょうかね?」
 令琳の言葉――緊迫した中に唐突に投げられて、二人は呆気に取られるのだった。

 一方その頃、同じような疑念を持って水恋に話しかけるは羅喉丸(ia0347)。
「なあ、水恋殿は警備隊に入って長いのか?」
 忙しなく準備を進める彼女を手伝いつつ彼が問う。
「私ですか? まだ一年足らずですが…それが何か?」
 それに何処か素っ気無さげに答えて、心なしか聞いていた性格と違うように感じるのは気のせいか。
「いや、警備隊も様変わりしたと聞いてな。何か気になってな…念の為だ」
「そうですか。でも、いい方…ばかりですよ」
 そう返した彼に、水恋が顔を上げ笑顔で答える。しかし、その表情にぎこちなさを感じて、彼はそれを鵜呑みには出来なかった。



「わしゃあ足が悪いしもう長くねぇ。ほっといて下せぇ」
 残っている者には老人が多い。それは報告の通りだった。子供は村を離れたのか嫁いだか。勿論独り身で自由の利かない者もいる。そんな状態では迷惑がかかると動かないようだ。
「ああ、貴公はそれでいいだろうが…知った以上、俺の寝覚めが悪い。力付くでも連れて行くぜ」
 そんな者には将門(ib1770)が多少強引にでも彼らを連れ出し荷台に乗せる。
「大丈夫だ、爺さん。今後についちゃ、ここにいる野田殿が王様に伝えてくれるから言いたい事いっとけ」
 そう言って不安を緩和しようとするのは黎乃壬弥(ia3249)だ。荷物を運びつつ言う。
「そうよ〜。このあたしも愚痴は聞いてあげちゃうから、村のこと森のこと…あたし達に預からせてくれないかしら?」
 その近くでは、吟遊詩人らしくハシ(ib7320)が持ち前の愛嬌を振り撒いて、独特のおねぇ口調と時より吹く口笛の効果で彼らを宥める。
「建てたばかりのこの家を手放してたまるか!」
 また別では家族内で意見が別れているらしかった。
「はいはい、落ち着いて下さい。あなたは子供さんに迷惑かけて恥ずかしくないんですか」
 そこへは口の達者な令琳が現れて、
「余所者が知った口を聞くな! 俺はここを動かねぇ!」
 しかし余程の執着があるらしい。家の梁にしがみ付き離れない。
「あなただけなら良いですが、この子も残ると言い出したら如何しますか? 共に滅びますか?」
 あまり刺激しないように…けれど大事な事ははっきりと。
「そいつは連れてってくれて構わねぇ! だが俺はここに残る。あいつと共に過ごした思い出が…ここにはあるんだ」
「あいつ? 奥さんですか?」
 子供連れというのに連れ合いが見えない。となると他界したか離れたか。
「あいつは俺の支えだった…だから…」
「残ると…あなたは馬鹿ですか! それを言うならこの子を守らないで如何するんですか!」
 突然の怒声に男はビクリと肩を揺らす。まさにその時事件は起こる。

「皆さん、逃げて下さい!! 数は少ないですが何か来ます!!」

 家の外からの朝比奈空(ia0086)の言葉。
「いいですか。ここから出ないで下さい」
 令琳はそう言いつけて、飛び出した先には豚の顔をしたアヤカシが棍棒を振り上げていた。


「危ない!」
 家から飛び出した令琳を突き飛ばす羅喉丸。振り下ろされた棍棒を間一髪で避ける。
「ぼやぼやしている場合じゃなくなったようだ。さっさと住民を」
「はい」
 村には数体の豚鬼が姿を現し、手当たり次第に人を襲い始めている。
「水恋さんは野田殿の側を離れないで下さいね」
 志郎はそう言って横を駆け抜け、動揺する住民達を守りつつ一所に誘導する。令琳の白壁が人々の盾となり、接近する敵には空が氷の刃で対応する。そして、咆哮で呼び寄せて引き剥がしに掛かる将門には神音がついて、連携がうまく決まり打ち倒してゆく。幸い数は少なかった。ほとんど被害はなく、事無きを得る。
「…ふむ。こうなっては今晩中にでも発たねばならぬ。斥候を頼める者はおるのか?」
 さっきの襲撃で終わりという事はないだろう。芹内が問う。
「…はい」
 水恋は心なしか元気なさげにそう答えるのだった。


●接近
 さっきの襲撃で残っていた者達も危機感を覚えたらしい。
 ようやく腰を上げ避難を開始。亀のようなペースではあるが、それでも少しずつ前へと進んでいる。空の提案で開拓者が前後左右を固める形となり、水恋と芹内は共に端に位置して辺りを警戒して、その間は会話一つない。
「禅ちゃん、男色かなのかしら? 武士に多いらしいじゃない」
 後方に神音と共に歩いていたハシが言う。
「そうなの? 水恋さんもちゃんすなのにあれじゃあだめだよ」
 消極的過ぎる…神音自身も好きな相手がいるのだが、年上でしかも師匠とあってはなかなか取り合ってもらえないらしい。
「ここは一つ。あたしたちが盛り上げちゃう?」
 持参した飴を配りながらハシが言う。
「そうだね。もうすぐ野営だしその時だね」

   かさり

 そんな会話を前方の志郎が超越聴覚を通して聞いていだが、それに混じった音に一旦隊列を止める。
 怪しき者は全てを疑え――空に視線を送ると、早速瘴索結界が展開されて。しかし、姿を現したのは小さな栗鼠だった。迷子なのか、水恋の肩へと駆け上がって愛嬌を振り撒く。
「この寒空に栗鼠…ん?」
 その様子を見つめて、彼女が何か呟いたのを聞き取り志郎は眉を顰めるのだった。


「さあ水恋さん、料理であぴーるだよ!」
 相変わらずの芹内には男性陣が目を配り、女性陣が彼女の恋を応援する。
「あの、私…いいんでしょうか?」
 しかし、肝心の水恋も奥手のようでなかなか踏み切るのに至らない。握ったばかりのお握りを手に困惑の色を見せている。
「食べて頂くだけ。何の問題ないと思いますよ」
 それに柔らかな笑顔で空が促す。
「そうだよ。愛情込めてるし大丈夫!」
「そうね。後は度胸よ」
 そう後押しされて更に彼女は戸惑い始める。
(「何故この人達はこんなに私を…」)
 今まで触れた事のなかった温かみ…それに動揺を隠せない。
「あ、そうだ。一つ聞いていい? あの人の何処が好きなの?」
 その言葉に彼女は顔を真っ赤にして、俯いてしまう。
「はいはい、じゃあ無理には聞かないから早くいってらっしゃい」
 その反応にすくりと笑ってハシが背を押せばその先には芹内の姿があった。
「あの、これ…」
「…すまない」
 だが、会話はそれだけで…二人の間にはまた沈黙が訪れる。
「見てられんな」
 そこで今度は壬弥が動いた。羅喉丸と共に斥候に出ていた彼であるが、先程戻ってきたらしい。一本道には人っ子一人おらず、心眼を通しても生き物一つ見つからなかったと言う。
「その若さで人の一番上に立つとは、あんたも色々大変そうだな」
 住民からは離れているのをいい事にそう声をかけ、ひとまずその場を落ち着かせに入る。
「お前さんも剣術はやるんだろう? 一つご教示願いたいんだがいいか?」
 今度は水恋に視線を向けて、返事はなくとも気にしない。
「俺は八禍衆と遣り合わなきゃならん因果があってな。どうしても攻撃の気配を見ずに斬る『秋水』を極めなきゃならんのだが、壁に当たっててな…如何したもんかと」
 芹内と水恋ならば会得しているであろうスキルの話――食いつかない筈がない。
「ふむ…あれは名の通り心を水に…」
「無駄な力を抜く事が必要だと思います」
 すると案の上二人が口を開く。
「成程…脱力して水になれという訳か。いや、ありがとさん」
 それを聞いて、壬弥は腰を上げる。
「芹内様も秋水使われるのですね」
「御主もか」
 無言だった二人に生まれた会話――しかし、時は待ってはくれない。
「また何か来ます! とりあえず森へ!!」
 人魂で何かを見つけて令琳が叫ぶ。
「なんで!」
 思わず水恋が声を上げていた。


●刺客
「数はおよそ三十……背後からまた大勢でお出ましですね」
 大型はいないものの統率は取れているようで達が悪い。豚鬼はいないようだが、代わりに大怪鳥が数匹滑空してくるのが見える。
「空からとは面倒だな」
 その上に人型を見つけて羅喉丸が気を引き締める。焚き火はあるが、夜戦となれば更に厳しいが仕方がない。
「とにかく今は敵に集中したい。兵士の方は住民達を警護を頼む!」
 そう彼が指示を出し、
「まずは降りて頂きます!」
 空の氷と令琳の呪術符が鳥を捕らえた。それが戦闘開始の合図となる。
「くっ!」
 それと同時に再び事態が急変した。芹内が二体を相手にしていた時の事。新手の気配に避け切れない事を悟って、前二体を払い除けそちらの刃を受け止める。その新手とは紛れもなく水恋だった。
「どうして…」
 その光景を横目で見取り神音が悲鳴に近い声を上げる。
「芹内様、私と共に死んで下さいませ!!」
 しかし、彼女は本気のようで、ぐぐぐっと踏み込んで鍔迫り合いを制しにかかる。
「…やはり、御主っ……!」
 しかし体力差は補えない。芹内の切り替えしによろめいて数歩後退する。
「甘いわね、相変わらず」
 そこへもう一つ声がした。大怪鳥から飛び降りてフードを目深に被り顔は見えないが声から察するに女だろう。芹内の近くに下り立つのを見取り、志郎が気功波で妨害する。けれど、彼女はなんなく交して後退し次々とアヤカシをけしかけ、芹内の元へと走る。
「あなたが出来ないなら、私がやるわよ」
 その言葉に水恋は大きく反応した。そして先程より速く芹内へと接近する。
「駄目だよっ!」
 だが、そこに待ったがかかった。瞬脚で駆けつけた神音によって阻まれ、芹内には届かない。
「好きなんでしょ! 何で殺すの!!」
「そうよ! 一旦頭を冷やしなさい!」
 それに合わせてハシもスプラッタノイズで止めに入って、一時水恋の動きは止まる。
「おいおい、こんな時によぉ」
 それを見取って二人の開いた穴を埋めるよう壬弥も秋水を発動し周りの雑魚を一気に蹴散らす。地を来た敵には羅喉丸が的確な身の捌きで急所を狙って打ち込み捌いてゆくが、芹内の元に駆け寄る余裕はない。
「逝きなさい!」
 彼女が背負っていた掩月刀を振り被る。
「私を簡単にやれると思うな」
 けれど、それが届く事はなかった。芹内の本気――それはまさに神業で秋水だったのだろうが、殺気をさえ悟らせず軌道さえ見えない一閃が女の脇腹を切り裂いている。
「っ! さすがね…けど、あの子は渡さない」
 それに気圧されて女は標的を変えた。動けなくなっている水恋に向かって手裏剣を投げつけたのだ。そして、退却を指示し始める。
「ダーリン! あれやって」
「ああ?」
 帰りゆく敵を逃がすまいと今度はハシ。ダーリンの言葉に何故だか将門が振り返る。ハシはそう呼んでいるらしい。
「これか!」
 それに答えるように彼は咆哮を発動した。すると、それに呼ばれて振り返る敵。
「や〜ん、わかってるぅ」
 それに答えてハシが重力の爆音をお見舞いし、後は前衛メンバーが始末する。
 そのおかげで短時間で戦闘は終局を迎えたが、手裏剣を受けた水恋の顔色は優れなかった。


「毒のようですね」
 しかもそれは即効性が高いようで額には脂汗が滲み出ている。敵であった事がわかった為、手は拘束しているがその必要もない程彼女は衰退していた。
「まだ駄目です…やはりあの時の言葉は」
 水恋が栗鼠にかけた言葉――後の報告で動物はいなかったと聞いて更に志郎は不審を抱いていた。けれど確信が持てなかった為、今に至る。しかし、芹内も何か察していたのか、先程も特に驚いてはいなかったように思う。危険を承知で相手をあぶり出そうとワザと知らぬ振りを決め込んでいたのかもしれない。
「如何してこんな事をした…御主は一体何者だ」
 静かに芹内が尋ねる。その間にも如何にかできないかと志郎が閃癒をかけ続ける。
「芹内様、全て私がいけないのです…貴方は王…私とは釣り合わない…そう思うと悔しくて…いっそそれなら貴方を殺そうと考えた…私だけのモノにする為に……あの方はその機会を下さったから。だから私は従ったのです」
 ぽつぽつと彼女が続ける。
「けど、出来なかった……この旅で知ったんです…人の温もりを。私は貴方とは敵なのに…志郎様、無駄ですから…この毒は消せない。これは組織の掟…用済みの私はもう必要ない」
「その組織とは何だ」
 声が小さくなる彼女を見つめ芹内が問う。
「あぁ…やっと私を見て下さるのですね……嬉しい」
 けれどそれには答えず、彼女は今までにない穏やかな笑顔を見せている。
「掟には逆らえない。芹内様、私を殺して下さい」
 それが彼女の最後の願い――その言葉に一同言葉を失くす。
「どうせ死ぬなら貴方の手で死にたいと思ったのに…駄目ですか…ふふ、優しくて酷い人…けどそれが貴方…これを」
 そこまで言い切って、彼女は目を閉じた。歪んでいたのかも知れないが、彼女なりに彼を求めたのかもしれない。最後に渡されたのは小さく畳まれた紙…そこには『狩狂』と記されている。
「……彼女は私が弔う。だが、この事は内密に頼む。死人が出たときけば避難民に不安が広がる」
 水恋の遺体を抱えて、芹内は沈黙のまま隊列に戻るのだった。


 そして、その後の襲撃はなく無事避難民の移動は完了する。
「まさか殉職とは…勿体無いのう」
 それを知って時成は深く悲しんだ。
 ちなみに芹内は彼女の正体を彼に話していない。ただ、自分を守って命を落としたとそれだけ伝え、警備隊に関しては内部に厳重警戒をするよう申し伝えてある。
「狩狂か。偽士の頭が何故私を…全く頭の痛い事だ」
 視察を終えて問題は山積みだ。あの分だと侵攻は思いの他早い。
 北面で起こっている事態を収拾する事…今はそれに集中する為、彼は感情を押し留めるのだった。