【嫁】その船、ナンパ船
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/06 05:29



■オープニング本文

●影の存在

「ハーレムだと? あの堅物がか」

 彼の書斎で一人の女から報告を受けた男は僅かに目を見開く。
「はい、情報に寄れば、その側近が広く女を集めているとか‥‥芹内の意志はどこまで本物がわかりませんが、面白い座興とは思いませんか?」
 口元であからさまに笑みを浮かべて彼女が返す。
「そうだな‥‥あの男が嫁を貰うなど‥‥どうせなら、私からも何か餞の品でも贈ってやらねばなるまいて」
 くくっと低く咽で笑うと、男は思案し始める。

(「あの男の事だ。きっと周りが動いているだけだろうが、この期を活かすのは悪くない‥‥悪評が広まれば、あの男を地に引き摺り下ろせる。澄ました顔でどこまでのうのうとしていられるか、楽しみだ」)

 志士の国を束ねる王――しかし、彼は純粋な貴族ではない。
 あのような輩が国を束ねる事が出来るのなら、自分もその権利があったのではないか。
「氷刹、おまえは引き続き様子を報告しろ。黙幽、いるな」
「はい、ここに」
「聞いた通りだ‥‥奴に伝書を飛ばせ。あの者に用意させたいものがある」
 そう言って黙幽と名乗る青年に耳打ちをし、準備を開始する。
「そう簡単にいかないまでも多少の打撃には‥‥‥くくっ」
 男はそういうと実に楽しそうに微笑を浮かべるのだった。


●竜宮城
 都は既に噂でもちきりだった。
 あの芹内王がハーレムを作るという噂‥‥実際は嫁を探すと言うものだったが、噂と言うのは大概違った方向に変化していくものである。内密だった筈の情報が間違った方向に肥大して、少なからず側近である雁茂時成は困惑を隠せなかった。
 しかも、新たな噂まで飛び交い始めているから頂けない。
「聞いたか? ハーレム計画の裏側で男達が暴動を起こさぬように、秘密裏にいい事ができる船があるらしいぜ」
「いいことって何だよ? 可愛い姉ちゃんが接待でもしてくれるのか?」
「それがそうらしいんだ‥‥俺の嫁も候補に挙がれば、俺はそっちに招待される筈なんだがなぁ」
 嫁が嫌いな訳ではないらしいのだが、やはり男としては気になるらしい。国が主催しているとあれば、かなりのべっぴんが揃っていると期待してしまうのは仕方のない事だろう。
「そ、その船何て名だ!」
「竜宮城――その船に招待されて、未だ戻ってきた者はいないんだと。もう、良過ぎて帰りたくなくなるんだとさ」
「ほぉぉ、そりゃいいな」
 人が帰らないというのに、彼等は国主催という噂を信じそれがおかしいと疑わない。
 しかし、それが長期に渡り始めて――流石の民も不安が募り始める。

「もしかして、竜宮城に行った男は邪魔物扱いされて殺されているんじゃないか?」

 王からすれば昔の連れ合いは邪魔者同然。後腐れがないように始末してしまいたいと思うのではないかと勘繰り始める。
「芹内王は色欲に負けて狂ったか?」
 そんな噂が次第に流れ始め、それは城にも勿論届く事となる。


●仕える者

「一体どうなっておるのだ! 早急に手を打つのじゃ!!」

 時成の顔は明らかに焦っていた。王を補佐する身――良かれと思って始めた嫁探しがなぜこのような形に発展したのか。全く訳が判らない。

「私に‥‥私に調査させて下さいませっ!」

 すると廊下の先で叫ぶ声が聞こえて、何事かと時成が顔を出す。
 そこには一人の女性がいた。年の頃は二十代後半――服装からして姫と行った感じではない。軽そうな鎧を身に纏い、すらりと細身の刀を携えている。

「御主は?」

 時成が尋ねる。

「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。しかし、私は如何しても我慢出来ないのです‥‥芹内様のあのような噂‥‥私は私は」

 瞳に涙を浮かべて‥‥しかし必死に堪えながら彼女はそう言うと、きっと時成を見つめ丁寧に頭を下げる。

「時成様、私は警備隊に席を置く水恋と申します。ご無礼重々承知しておりますが、今は一大事。巷では現在芹内様の悪い噂が流れております。私の主がそのような噂の的にされるのは心苦しい事‥‥この一件。私にまかせて頂けないでしょうか?」

 見た目は悪くない。いや、むしろいい方に入る。このような強硬手段に出るのはどうかと思えど、瞳の涙は忠義以上の感情があるのではないかと時成は察する。

「御主、芹内様を好いておるのか?」

 そう聞けば、彼女は顔を伏せたままびくりと肩を揺らし、僅かに顔を赤らめたらしく首が紅色に染まっている。
「わかった。御主に任せよう‥‥うまく行けばそなたも嫁候補に加えようではないか」
「いえ、そんな私は‥‥」
 言葉に驚きながらも、何処かで嬉しそうにも見える水恋の様子に思わず時成もにやりとする。
「ふむ、なかなか良き女子のようだしのぅ。よろしく頼むぞ、水恋」
「はいっ。芹内様の御為に」
 その返事を聞き、時成はとりあえず竜宮城の件は一切無関係だというお触書を出し、彼女の報告を待つことにするのだった。


■参加者一覧
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
将門(ib1770
25歳・男・サ
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
ハシ(ib7320
24歳・男・吟


■リプレイ本文

●想人
「お集まり頂き恐縮です」
 水恋が席を置く北面・仁生の詰所にて、彼女がそこで深々と頭を下げる。

「ったく、あ〜んな貧相なオッサンがハーレムとかね〜って」
「あら、あんな顔して実はムッツリさんだったりとかは?」

 そんな彼女の前で展開されるのはやはりあの噂話――村雨紫狼(ia9073)とリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が彼女の心を刺激する。

「村雨様! ヴェルト様! 芹内様はそんな‥‥」

 そう言いかけた彼女に人指し指をぴっと立てて彼女の前で左右に振り、

「ちっちっち、水恋たん。それじゃあスキスキオーラでまくりやでえ〜」
「フフフ、どうやらこっちの噂も本当らしいわね」

 等と茶化してみせる。それに思わず顔を赤らめて、困ったように俯く彼女。年の割りには意外と初心なのようだ。
「さてでは、本題に入りましょう。まずは竜宮城の所在ですが、何か心当たりや情報は御座いませんか?」
 いい思いが出来るなら私だって‥‥と内心で思いつつも、聖職者でありそれは心に留め話に入るエルディン・バウアー(ib0066)。集まった皆に視線を送る。
「それなら私が少し先に調べておきました。どうやら、その船は飛空船のようです。規模まではわかっていないのですが、ここには港もありますから。どこかに隠れているのやもしれません」
「へぇ、すごいね。一人でそれを調べたの? 想いの強さってやつかな?」
 その言葉に感心し、石動神音(ib2662)がにこりと笑顔を返す。
「や、だから‥‥これは」
「まぁ、なんにしろこのままの状態は好ましいものではない。もう少し探ってみよう」
 戸惑う水恋を前に将門(ib1770)はそう言うと、近くにいた水月(ia2566)がこくこくと頷くのだった。


「やぁ〜ん、ここが天儀なのねぇ」
 黒地の全身服にお気に入りの柄入り布を巻いて、肌焼け防止にヴェールを被った長身の自称・女性――美エルフのハシ(ib7320)が辺りを伺いつつ、通りを闊歩する。実はこれも作戦のうち。男性陣はうまくすれば船に御呼ばれ出来るかもしれないが、女性陣はそうはいかない。ともすると思いつく手段は唯一つ。接待する側に回るのみ。そう考えて自分を売り込む為の策に出たのだ。酒場に入るや否や情報を持ってそうな男に声をかける。

「ねぇ、来たばかりで困ってるのよ‥‥いい働き口ないかしら?」

 その声に釣られて振った男だったが、思わぬ容姿にたじろいでしまう。

「な、あんた芸人志望ならこんなとこより」
「失礼ね! あたしは芸人じゃなくて芸術だから!! 最近この辺でハーレム船が出てるんでしょう? あたしそこでショーガールになりたいの‥‥いえ、なってみせるわ!」

 がしぃと手を掴みそう決意すると、血走った目で男に迫る。

「わ、痛ぇ‥‥こいつ、女じゃ」
「それ以上は言‥‥」
「アムルリープ」

 ――とそこへ情報集めに来ていたエルディンがそっと近付くと睡眠のスキルをかけた。
「いいですか? あまり大事には」
「わかってるわ」
 すれ違い様にそう言うと、何事もなかったように通り過ぎていく。そして、

「天儀の娘さんカワイイですねーー。彼女達と楽しい事が出来る船があると聞いたのですが、どちらにあるかご存じないですか?」

 と旅人に扮し相席をすると同時に探りを入れる。

「あはは、そりゃ残念だなぁ。聞いた話じゃアレは異国の船らしく、乗ってるのは日に焼けた女だって話だぜ」
「日に焼けた? それはそれで魅力的ですね」
「じゃあじゃあ、あたしみたいな色白も必要よね!」
 好みは人それぞれ。種類が多いに越した事はない。その会話に割って入って、二人は詳しい話を聞き込むのだった。


●技能
 一方、違ったアプローチを見せたのは滝月玲(ia1409)だ。
 港や船問屋を中心に商人に扮して、口調までも変えて事に当たる。

「この辺りで竜宮城とかいう新しい船をみなかったさね?」
「おや、あんたは?」

 その言葉に耳を傾けてくれたのは一人の船大工――作業途中だったようだが、疲れているのか話のついでに一服するつもりらしい。
「で、何を見たかって?」
「竜宮城さね。なんでも国営の船で楽しめる上、上手くすれば商いのチャンスと聞いたさね♪」
 目を輝かせてそう問うと船大工がくすりと笑う。
「成程、若いのに知恵が回る。けれど、あれは何か違ったな」
 見た事があるのだろう。男がぼんやりと空を見上げ話し始める。
「華やかなのは見かけだけだ。薄ら寒い空気が船体を包み、変な紋章が彫ってあった。あれはまるで幽霊船だ」
「幽霊船‥‥で、その船は何処に現れたさね?」
 不思議な事をいう彼に玲が問う。
「この先の使われてない船着場だ。そこに夜霧に隠れて姿を現すとか聞いた事がある」
 夜霧に隠れて――身を隠さなければならないという事だろうか。
「や、有難う」
 玲はそう言うと軽く会釈をし、その場を後にするのだった。


 そして、陽が落ち――皆はそれなりの情報を持ち帰る事となるが、信憑性の高いモノは少なく、働き口の窓口になりそうな人物との接触は出来ず、女性陣の当初の計画は保留となる。
 しかし、収穫がなかった訳ではなかった。将門が失踪中の夫妻の家で聞き込みをし、一通の手紙を手に入れたのだ。それには、後宮に妻が選ばれた事と共に、後日夫宛にも文を出す由が書かれている。そして、最後にはご丁寧に芹内の印が押されているようだ。
「これは‥‥偽物です」
「まぁ、そうだろうな」
 印を見つめ水恋が言う。そもそも王が民に直接文を出す筈がない。しかし、舞い上がってしまう民もいただろう。
「妻の方も文を受け取った後出掛けたっきり行方知れずだそうだ。行き先は別の紙に記していたのか書かれていない」
「私も色々聞いてみましたが、身内にも言うなとあったらしく所在はわかりませんの」
 知人がいなくなったという事で慣れない聞き込みをしていた水月もそこでお手上げのようだ。

「仕方ねえ! ここは判ってる情報を頼りに俺らが客の振りして乗り込もうぜ!」

 硬く拳を握って、かなり嬉々とした様子の紫狼に女性陣の冷たい視線が集まる。

「全く男の人ってこれだから‥‥あ、でもセンセーもこんなだったら嫌だなぁ」

 そんな中神音は師を思い、ふと不安になるのだった。


●出現
 都といえど死角と言うのはあるもので裏路地を抜けた先の霧の発生しやすい場所に例の船着場があり、手紙を貰った男達が数名集まっている。そして、暫くすると一隻の飛空船が降り来る。

「ようこそ、竜宮城へ。貴方様は選ばれし方‥‥奥方様を王に捧げたのですから、我々も貴方様に尽くさせて頂きます」

 ずらりと入り口に並んで異国の衣装を身に纏った女性達が出迎える。

「うは〜、マジ天国じゃね!」

 その中にまだ少女と思しき年齢の娘を見つけ紫狼が鼻息を荒くした。NOタッチを信条としている彼であるが、この店に限り解禁したいと思わなくもない。一人ずつ入り口で女を選ぶと、その者と共に中に案内されるようだ。一人だけでは飽き足らず数人を指名する者もいるようだが、全く問題ないらしく次々と人数が減ってゆく。
「さぁ、じゃあ我々も」
 そうして男達は何食わぬ顔でその中に混じり順番を待った。しかし、彼らの番が来る頃には入り口の女は僅か数名となり、告げられたのは思わぬ言葉。

「あなた方は招待されていない筈ですが?」

 何か印でもあったのか、残っているのは開拓者のみだ。

「ちっ、ばれていたか!」
「面倒ね、任せなさい!」

 それを聞いて陰に隠れていたリーゼロッテが動く。即座に接近し、管理者らしいその一人にアムルリープをかける。続けて残りの女にもと思った彼女であるが、残った女達は思わぬ事態に各々身を縮めるばかりで交戦の意思はないらしい。
「うほっ! そんな怖がる事ねぇって‥‥あんたらは捕らわれた感じか? だったら、この変態紳士‥‥じゃねぇ、浪漫ニストのムラムラさんに任せなっ!」
 余計に刺激しているのではないかと思われる言い様ではあるが、彼自身はそれに気付かない。
「彼はともかく、安心して下さい。我々は貴方方を捕って食ったりしませんから」
 その様子を知りエルディンが持ち前の笑顔を見せる。

「やぁん、その服素敵ね。あたしも着てみたぁい」
「それだ!」

 そんな中ハシの一言に閃き、女性陣の潜入方法が決定。脅える女達から話を聞きたい所ではあったが、船が浮上する事を玲が察知し、ひとまず女は地上待機の水恋が保護。残りの面子は客とホスト側を装い船内に歩を進める。


 水月が超越聴覚で声の方を目指して、行きついた先には幾つものテーブルの並んでいた。ゆったりと座れるソファに酒が用意され、きらびやかな天幕に香の香り立つ船内では、各々好きに接待を楽しめるらしい。すでに招かれた男達は女と美酒に酔いご満悦。けれど、よくみれば楽しそうなのは男だけ。女達には曇りが見える。それもその筈部屋の隅には数名の監視役が居る様だ。そして暫く様子窺えば、酔い潰れた者から別室に移動させられているようだ。

「移動先が怪しいですね」
「行ってみるか」

 小声でそう密談を交すと、手近にあった酒から紫狼が派手に飲み始める。けれど、細工は流々――相席したハシによって密かに水で薄められている。それでも顔が真っ赤をすれば、

「お客様、寝床にご案内いたしますね」

 ととびきり美人の女性から声がかかり心を躍る。

「かの‥‥いや、私も手伝います」

 それを見取って神音もそれとなく同行する。

「あんた一人はずるいさねぇ〜」

 それに玲も絡めば、こっちはハシとリーゼロッテが肩を貸し彼女に続く。
 そして、連れられた先には――天国を地獄に変えるモノが待っていた。

●実態

   ジリリリリリ

 船内に備え付けられたベルが木霊する。
「どうやら行った先が当たりだった様だな」
 いきなりの警報に動揺する船内。残った三人が状況把握に努める。監視が手にした銃で威嚇したがあまり効果はないようだ。
「水月、何を?」
 そんな中でおずおずと中央に歩み出た彼女を見取り、将門が声をかける。
「歌うの」
 彼女はそう呟くと、スキル・夜の子守唄を発動した。
 すると、彼女の声に自然と心は安らぎ眠りにつき始める者がで始める。
「舐めた真似を!」
 そう言って撃とうとした男には将門の一撃。隼襲で近付き武器を取り落とさせた後の重たい鞘での攻撃に一溜まりもない。
「いやいや、さすがはサムライ殿。立派ですね〜」
 悠長に構えていたエルディンであるが、彼も男。歌い続ける水月に矛先が向けば、アクセラレートで彼女を抱え素早く回避する。
 その時彼は目撃した。廊下の先の階段を猛スピードで駆けて行く影を――そして、それを追う仲間の姿を。
「ん」
 それを水月も見たらしい。彼の袖を引っ張る。
「将門殿、上に敵がいます。急ぎましょう」
「あぁ、わかった」
 彼らは沈黙した部屋残して、ひとまずその影を追う。


「うぉりぁあああ!!」
 ようやく追い詰めて、敵の刃を殲刀の二本で受け止める紫狼。その相手は真っ黒な狼の様なアヤカシだった。人の五倍はあろうかというその身体で開拓者数名と互角に渡り合う。立派な犬歯には犠牲者のものであろう鮮血がまだこびりついている。

「そのまま抑えててねっ、紫狼おにーさん!」

 それを恐れる事無く神音は拳を揮う。その名が牙狼拳とは皮肉なものだ。

「全く船の中でこんな大物飼わないで欲しいものね」

 そんな愚痴を言いつつもきっちりと隙を見取ってウインドカッターを決めるのはリーゼロッテだ。距離を取り冷静な攻撃を繰り返している。そこにハシの声援――新手の警戒も忘れない。それに三人が加わって狼は劣勢に立たされた。力の限り遠吠えで対抗してみても力の差が縮まる事はない。
 しかもここは空の上――玲の骨法起承拳に将門の柳生無明剣が決まると、苦痛の叫びもそこそこに瘴気となり霧散していく。

「一体なんだったんだ‥‥それに首謀者は?」
「それより、あれぇ!!」
『ええ?』

 一息ついたのも束の間で、ハシが指差す先には無人の操縦桿――このままでは飛空船が墜落してしまう。

「俺が行こう」

 そこで船乗りでもある玲が買って出る。けれど、

「くそ、燃料が少ない。海に降り事になると思うから衝撃に備えて中の人達を頼む」

 あくまで平静を装って、彼らは行動を起こすのだった。



 そして、翌日――ハシの事前のギルドへの緊急救助要請と水恋の迅速な対応によって飛空船は無事海へと不時着‥‥関係者は一旦警備隊預かりとなる。そして、話を聞いたところに寄れば、彼女達はアル=カマルの貧民街出身という事だった。借金の形にと秘密裏に売られたらしい。そして、幸か不幸かあの船に乗せられ、接待をするよう命令されたそうだ。足首には足枷の痕、腕には商品番号のついた腕輪がはめられていたという。そして、男達は――。

「あの狼の餌って所だな。俺らが案内された部屋の扉の先に奴はいた‥‥誰の趣味かしらねぇが胸糞悪ぃ」

 その刃の餌食になりかけた紫狼が正直な感想を漏らす。

「であの船に親玉らしき人は?」

 その問いに水恋は首を横に振る。

「先に脱出したのかもしれません。操縦士がいなかったのが気に掛かりますし、あの夜あの方面をグライダーが飛んでいたのを見たと言う情報もありますから」
「と言う事は正体掴めず‥‥ですか?」

 大騒ぎにはなったが、肝心の部分が有耶無耶。そう思われたが、

「いえ、あの船の紋章から持ち主が特定出来ました。捕らわれていたらしい娘さんにもお聞きしましたし、きっと時機あちらに調査が参ります」
「あちら?」
「紋章の主‥‥あんな模様を付けていたから夜霧中を隠れて進むしかなかった。なぜ芹内様の悪い噂を立てたのかは判りませぬが、取り調べれば判る事‥‥万事解決です」

 そう晴れ晴れとした表情で彼女が言う。

(「他国が? 何の為にこんな大それた事を? それにあんなものどうにでも出来る筈だが」)

 けれど、彼女の表情とは裏腹に玲は腑に落ちない。しかしながら、噂の元は断った訳で依頼は終了という事だろう。

「水恋さん、よかったねー。これで一歩近付いたね」

 そんな考えを余所に、神音は彼女の恋の進展を祝福する。
 そして約束通り、彼女の働きは評価され時成は彼女を嫁候補に加える事を決意した。

「ほう、落ちたか‥‥まぁ、あれは十分役目を果たした。上出来だ」
 しかし、その事がある人物の思惑通りである事をまだ彼は知らない。

「私のような不束者ではありますが、精進します故宜しくお願いします」
 水恋はそう言って深々と頭を下げ、あの時と同様に首元を赤らめる。
「しかし、なぜそのような者が‥‥」
 他国、しかもまだ面識の浅い新大陸の住民の仕業というのは解せないものがある。
「反対派閥と言っても、見つけ出すには骨が折れそうだのう」
 自分が始めた事で心配事が増えてしまうとは‥‥けれど、時成の決意は揺るがない。
 幸せな若様を思い浮かべ、彼は背筋を正し政務に戻るのだった。