人気者はつらいよ
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/14 04:11



■オープニング本文

■発端

(もう何日食べてないのだろう‥‥)

 路地裏でぼんやり空を眺めていた男は一人心の中で呟く。見上げた空は彼の気持ちとはうらはらに真っ青に晴れ渡っている。
 彼は開拓者を目指していた‥‥しかし、師について修業を繰り返したもののあまり成果が出ず今至る。家族は老いた母のみ。けれど、その母は元気そのもので彼を必要とはしなかったし、彼も自分の好き勝手出来ると村を出た身ゆえにおめおめと帰ることはできない。

(しかし仕事も金もないければいずれは…)

 そんな事を考えていても全く腹は膨ない。人が行き交う通りでは様々な服に身を包んだ人々が何処か楽しげに行き交っていた。
「ねぇ聞いた? こないだのアヤカシ討伐の話…すごかったらしいよ」
 彼のいる路地から少し離れた所で、まだ若い町娘が会話している。
「すごいって何が?」
「なんでも人の二倍はあるアヤカシ相手に一歩も怯まず退治しちゃったんだって〜」
「へぇ〜なんかかっこいいよねっ」
 本物のアヤカシを見たことなどないのだろう。なんという呑気な会話だろうか。しかし、それも彼には関係のない話――

(アヤカシの恐ろしさも知らない若者が何を言うかと思えば‥‥)

 半ば呆れつつ聞いていた彼だったが、

「アヤカシは恐いけど開拓者のそういう姿って一度見てみたいよねっ」

(見てみたい‥‥そうか、それだっ)

 彼はその言葉に何か閃いて、なけなしの体力を振り絞り一目散にギルドに向かうのだった。


■視線
 討伐を終えての帰り道、ある開拓者達は落ち着かないでいた。
 それもそのはず、ずっと誰かに見られているような視線を感じ続けているからである。
「私が調べてみる」
 そう言って一人が心眼を発動する。するとここから少し離れた場所に複数の生体反応。
 この辺りは村がある訳ではなく、これといった観光名所が存在する訳でもない。それなのにこの人数、どうも妙である。
「いってみるかっ」
 開拓者の一人がそう言うと、仲間も渋々同意した。
 もし、迷子だったら? 救助するのが彼らの勤めでもあるからだ。しかし、彼らの心配は杞憂に終わり、それとは別の思いも寄らぬ光景を目にする事となる。

「あんたたち一体‥‥」
 
 そう声を掛けかけた一人に浴びせられるのは黄色い悲鳴。

「キャー! 本物の開拓者様ですよねっ! 今の討伐見てました」
「すごく迫力があって、しかもすぱんと一刀の元斬り捨てるなんて素敵過ぎます!」
「あのファンになってもいいですか!」
「サイン下さい!!」

 集まっていたのはまだ十代と思われる女性ばかり。
 きゃっきゃきゃっきゃ言いながら、まるで憧れの舞台役者を見るような目で彼らを見つめている。

「お姉さんもすごいですね。あんな化け物と戦うなんて尊敬してしまいます」

 そう言葉されれば、悪い気はしない。
 しかし、ここは心を鬼にしなくてはならないと思う。意を決して咎めようと息を大きく吸い込んで、

「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ。美人の女剣士殿」

 叱ろうとした彼女に割って入った小柄な男。目深に傘を被って顔を見せないまま宥めに入る。

「この子達はねぇ、あなた方の勇姿を一目みたいと集まっただけの事。あたしがついてるんで、今日の所は許してやっちゃあくれませんか?」
「そう言われても‥‥あなた、何者?」
 どこか飄々とした物言いに不審感を募らせて彼女が問う。
「あたしゃはしがない陰陽師でさぁ。彼女達が危なくならないように付いている者です。いやいや、今日はお疲れ様でさぁ」
 一方的にそういうと、男は会釈をすると共に女性達と引き上げていく。

「全くなんなんだ‥‥」

 それを見取って、彼らはそう呟くしかなかった。


■応援ツアー
 そして、その後もそんな事が頻発し、ついに事件は起こる。

「うちの子が怪我したのよっ、責任者を出しなさいっ!」

 血相を変えてやって来たのは貴族らしい一人の女性とその娘。娘の頭には包帯が巻きつけられている。

「お母さん、やめてよ! 私は知ってて」
「黙ってなさい! ちょっとギルドさん!! 一体どうしてくれますの! うちの子が変なツアーに参加して怪我してのよ」

 派手派手な着物を身にまとって豊満な胸を受付に乗せながら、ぐいぐいと詰め寄る。

「え〜〜と、お客様。とりあえず落ち着いて」
「落ち着けですって! 開拓者の事はギルドに聞けばいいんでしょうが! この子はねぇ、一人娘でそりゃあもう目に入れても痛くないほどに可愛がってきたのよ。その子を傷物にしておいて‥‥」
 それから延々と数時間、彼女の抗議は続いていた。

 それを要約すると――
 彼女の娘を中心に最近、貴族の若い娘達に人気のツアーがあるらしい。
 それはその名も『開拓者応援ツアー』――文字通り、開拓者の仕事を遠目から観戦し、密かに応援してしまおうというものである。主に行くのは、簡単な下級アヤカシをターゲットにした討伐依頼らしく、危険はないという触れ込みだった。しかし、彼女は怪我をした。実際は娘自身の不注意で転んだらしいのだが、母親的には納得がいかないらしい。そこでそのツアーの主催者を出せと言う事だ。
 しかし、ギルドが直接主催している訳ではないし、むしろギルド側の開拓者達も迷惑しているこの事態。未だ相手の詳細が掴めていない為、そう簡単には引っ張り出せない。

「わかりました。早急に調べてその者を探してまいりますし、依頼料はギルドが持つと言う事で納得頂けませんでしょうか?」
 このような事態に戸惑いながらも窓口が必死に説得する。

「んまぁ‥‥そうおっしゃるなら仕方がないですわ。さぁ、帰りますわよ」

 それでもまだ不満げを述べていたが、ようやく周りを気にし始めたらしくその場は事なきを得る。

「全く、開拓者応援ツアーとは‥‥何を考えているんだか」

 嵐が去って‥‥窓口は大きく息を吐くと、早速その件に関する調査を開始するのだった。


■参加者一覧
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
シルフィリア・オーク(ib0350
32歳・女・騎
ロゼオ・シンフォニー(ib4067
17歳・男・魔
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
如月 瑠璃(ib6253
16歳・女・サ
ルシフェル=アルトロ(ib6763
23歳・男・砂
ミカエル=アルトロ(ib6764
23歳・男・砂
獅炎(ib7794
25歳・男・シ


■リプレイ本文

●昼下がり
 今日もギルドには多くの開拓者が出入りしている。
 そんな彼らに降りかかった災難? いや、災難ではないと感じる者もいるようだが‥‥それはさておき、応援ツアーへの対処を任されたメンバーはそれとなくギルドで主催者の動向を探る。どのように依頼を選択しているのかはわからない。しかし、ツアーに遭遇している開拓者達の話に寄れば、簡単なものが多いと聞く。それならば、開拓者の後を付けている線は消え、何処かで依頼の情報を集め吟味し、ツアーを組み立てている筈だ。そこで彼らは一つの策を講じる。秘密裏にギルドと打ち合わせて、簡単な依頼を作成。そこに今回のメンバーが内と外で参加し、主催者が食いつけばと考えたのだ。その依頼を判りやすい場所に置いて貰って、すでに聞き込んだ主催者らしい男がこないか待つ。
 小柄で笠を被った陰陽師――それがわかっている男の人相だ。

(「それらしい人物は現れないか」)

 昨日の朝からずっと張り込んでいる如月瑠璃(ib6253)が息を吐く。じっくり依頼を眺めて、それだけで帰っていく人間を中心に確認しているが、そんな人間は複数いる。その中で連日同じ行動をとる者を探すが、数が多い為かなりキツイ。ずっとそこで見張るというのは案外大変なのだと知る。

   ちゅんちゅんちゅん

 そんな彼女の気も知らず、外では雀が囀り長閑なものだ。
 そしてもう一人、ギルドをうろついてるのは神父のエルディン・バウアー(ib0066)だった。ギルドというのは開拓者だけが集う場所ではない。依頼を持ちかけるのは大抵一般市民だ。そこで彼は、ツアーに参加をしそうなお嬢さんがギルド見学に来てはいないかと視線を走らせる。そして、らしい娘を見つけるや否や、

「見学? それとも私に会いに来たのでしょうか?」

 と持ち前の輝く聖職者スマイルで歩み寄り、白い歯を輝かせ声をかける。

「あ、いえ‥‥私達、少し休憩しに‥‥」

 そんな彼に戸惑いを見せるが、イケメンに声をかけられるのは悪くない。頬を染めながらも答えてくれる。

「あぁ、これは失礼。初対面でしたか‥‥貴女方が可愛いからつい声をかけたくなりました」

 かくゆうそう言う彼も‥‥仕事ではあるが、心底楽しそうだ。

「あの、もしお知り合いでしたらあの方も紹介して頂けないですか?」

 そんな彼にかけられたのは意外な言葉――娘の指差す先を見れば、そこにはもう一人の仕掛け人・執事姿のシルフィリア・オーク(ib0350)の姿がある。

「おや、あの方が宜しいのですか? あの方は女の方ですが」

 そう言ったエルディンであるが、視線を戻した先。娘達は憧れの瞳で彼女を見つめ‥‥彼女達の目的は自分でなかった事を痛感する。
「はいはい、判りましたよ。シルフィリア殿」
 彼は仕方なくそう声をかけて、彼女を呼び寄せる。すると、更に頬を染める彼女達の姿がある。
(「やはり可愛い方達ですね」)
 内心でそう呟いて、後は彼は蚊帳の外。

「あたいに何か用かい?」

 女性らしいスレンダーでありながらも引き締まった体型で見事に執事服を着こなし、麗人というに相応しい立ち振る舞いで彼女が問う。

「わぁ、やっぱり素敵ですぅ! あの、握手‥‥して貰っていいですか?」

 照れつつもそっと彼女を見上げて娘の一人が言う。
「フフ、有難う。あなた達も可愛いよ」
 それに彼女は優しく答えてぱちりとウインクすれば、もうメロメロのようだ。
「ふむ‥‥私とした事が『完敗』ですね」
 その様子を傍観しつつ、エルディンは苦笑する。その時でさえ彼は輝いていた。


 一方その頃、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は怪我をしたという娘の家を訪ねていた。彼女はジルベリアの貴族出身――多少は名が知れており、見舞いに来たと告げれば母親は喜んで門を開く。
「遠い所をわざわざ有難う御座います」
 そういう母親に彼女と二人っきりで話がしたいと告げ、見舞いの品を渡すと上機嫌で部屋へと案内されて‥‥そこには彼女と同じくらいの少女がいた。

「初めまして、こんにちは。お加減は如何ですか?」

 ゆったりとした身のこなしで彼女に問う。

「わざわざ有難う御座います。けど、本当に大した事なの‥‥これだってたんこぶ出きてるだけだから」

 それに答えた彼女は恥ずかしそうだ。

「親という者は時に煩わしく思えてしまうものですわよね。わたくしも判りますわ‥‥あの、こんな時にお聞きするのは無礼かと思いますが、そのツアー楽しかったですか?」
「えっ? あ、はい。凄くわくわくしました」

 突然の話ではあったが、その時の事を思い出したのだろう‥‥彼女は満面の笑顔を浮かべて答える。更に詳しく聞きたいと頼めば、彼女も喜んでと身を乗り出す。

「あ、けど今は‥‥」
「どうかされましたの?」

 突然口篭る彼女に再び問う。
「あ、いえ‥‥母があんな事してしまったから‥‥中止になってるかもしれないなって」
 自分が原因でツアーが出来なくなっているのではと彼女は思っているらしい。さっきとは裏腹に、顔に陰が落ちる。

「わたくしが確かめてきますわ。だから、お願いします」

 そういうマルカに彼女もこくりと頷くのだった。


 そして、他でも――
 金髪エルフのルシフェル=アルトロ(ib6763)とミカエル=アルトロ(ib6764)は囮作戦を決行する現場に向かい、もし依頼が成立・出発した場合に備えて現地の下見に赴いている。

「あ、あそこ! よさそうだと思わない」
「そうだな。俺ならあそこに隠れるな」

 何処が見やすく隠れやすいかを仲良く調査。どちらが兄か弟か‥‥判らない二人だが性格は正反対。けれど、それがいいバランスを保っているようで付かず離れずの関係が続いている。

「マルカが娘と接触。いい感じに話を聞き出せたようだぜ」

 そこへ伝達役の獅炎(ib7794)が現れて、

「そっか。――で主催者さんの方は?」
「それはまだだ。ロゼオが町で聞き込んでいる」
「そうか。上手く接触できるといいんだが‥‥俺らも動くか?」

 下見はほぼ終了している。ミカエルがにやりと笑い、ルシフェルに視線を送る。

「もちろん。天儀の女の子って可愛いからお近付きになりたいし」
「俺がいるのに?」

 そんなじゃれ合いに獅炎は苦笑する。

「まあじゃあ頼むぜ、お二人さん」

 話は済んだ。次の元へと歩を進めるのだった。


●ツアー

「なんで僕、こんな姿なんだろう‥‥」

 そう自嘲気味にロゼオ・シンフォニー(ib4067)が言葉する。それもその筈彼は今彼女となっている。どういうことかと言えば、ツアー参加者の多くがほぼ女性という情報を受けて、彼は参加者を装う為女装をしているのだ。

「こんな場所に、ホントに現れるのかなぁ」

 貴族の娘さんが来るには場違いな場所――しかし、マルカからの情報ではこの空き家が主催者の指定している場所らしい。半信半疑だったが暫くすると着飾った服装の娘達がぽつぽつ姿を見せ始める。

「あっ、あなたもツアー参加者ですか? 当日はどんな感じがいいのでしょう?」

 そこでぱたぱた駆け寄って彼女達に詳細の聞き込みに入る。

「どんな感じって? 別に普通ですよ。装備とかそういうのはいらないって聞いてます‥‥」

 彼女も初参加なのか、曖昧な物言いをする。

「あ、あの方に聞いて下さい」

 するとそこに例の男が到着したようで、そちらに視線が向けられる。

「ようこそ、開拓者応援ツアーへ。次の内容ですが‥‥」

 そこまで言いかけて、男は首を捻る。彼の前で手を上げる娘がいたからだ。

「すいませんが、どうしても見に行きたい依頼があるのですが」

 少し周りを気にしながらも彼女が言う。

「それは困ります」

 男はきっぱりと言い切ったが、それでも彼女は引き下がらない。

「あの方の応援に行きたいの‥‥私、決めたんです」

 よく見れば彼女が持参した依頼書の写しは彼らが仕掛けた偽依頼のもの‥‥つまりは、ギルド班かアルトロ兄弟の売込みが上手くいったらしい。

「僕からもお願い! これじゃ駄目ですか?」
「わたくしからもお願いしますわ。いつもの倍額出させて頂きますから」

 ロゼオといつの間にか現れたマルカもその娘の助太刀に入る。それに続いて、他の娘達も意見を出し始める。その騒ぎに男は慌てていた。余り公にはしたくないこのツアー‥‥ここで騒がれては周りに勘付かれてしまう。写しを手に取り、内容を確かめる。
(「この依頼は易しい設定か。なら、問題ないかもしれねぇ」)

 本来は別の依頼を予定していた彼であったが、これ以上騒がれてはとしぶしぶ彼女達の申し出を承諾する。

「わかりやした、今回だけ特例とします。出発日は‥‥」
「明後日です!」
「ではその日の朝、又此で」

 笠で顔を隠しながら男はそう言って、そそくさとその場を去っていくのだった。


 日は変わって出発日――
 予定通りマルカとロゼオはツアーに‥‥アルトロ兄弟とシルフィリア、そしてエルディンが偽依頼へと赴く。瑠璃と獅炎はそれを尾行し、万が一の時に備える算段だ。
 雲ひとつない空に心地よい風が吹き、ツアーとしてはなかなかよい天気である。そして、先に動いたのはツアー班だった。開拓者達の先回りをする為らしい。

「今日は草原の子鬼退治らしいので、望遠鏡を用意しました。必要であれば貸し出しますが、貸出料を頂きますんでそのつもりで」

 道すがら男がぽつぽつ注意事項を話す。一応、注意はしているようでアヤカシと遭遇した場合は、すぐに逃げられるよう個人には気休め程度の煙幕玉が配られている。それで怯んだうちに彼が対処、逃走と言う手筈のようだ。しかし、蓋を開けてみれば‥‥確かに呑気な集団である。場違いな服装が目立ち、即座に動けるとは言い難い。けれど男は気にしていないようで、彼女達も承知しているようだから驚きだ。

「もうすぐですから」

 そう言って彼が決めた観覧ポイントに向かう一行。歩きを娘達が嫌がるかと思ったが、案外その先の戦闘を楽しみにしているようで文句は出ない。あっという間に問題の草原につくと、早々と叢へと案内される。

「いいですかい? ここらで期を待ちます。それまでは休憩と言う事で」

 そういうと男はすぐさま式を出現させ、開拓者の動向を探りに入る。

「へぇ、あなたのそれも凄いですね」

 それを見てロゼオが声をかけた。すっかり意識から外れていたが、彼は陰陽師だと聞く。従って、式の一つや二つは呼び出せるのだろう。

「いや〜これ位は初歩の初歩なんでさぁ」

 突然呼びかけられてビクリと肩を揺らすが、気を取り直し具現化させた雀の姿をした式を飛び立たせる。その拍子に笠から覗いたのは、人のよさそうな顔だった。言葉遣いと少し骨ばった輪郭が彼を老けさせているのだろう。

「あの、宜しければこれを」

 そこへ差し入れとばかりに差し出したのはマルカお手製のサンドイッチ。出発前に作ってきたものだが、それがとてつもない代物だという事を彼は知らない。

「あっ、来ましたよ」

 遠目でも金髪三人は生えるようで娘が喜々とした声を上げる。

「お、本当でさぁ‥‥では、子鬼の方に」

 すると男はそれに慌てて、サンドを手にしたまま式の方向転換に入る。もう少しだったのにと思うが、まだチャンスはある。横目で見守りながら待っていると、やはりサンドが邪魔になったようで食べてしまおうと徐に口を開ける。そして、

   ぱくりっ

 口に含んだ瞬間、彼が見たのは桃源郷――見た目は綺麗だった。しかし、マルカは貴族出身で料理は得意ではない。最近練習をしているもののまだ壊滅的で、一口で相手を気絶させる効力を持っているらしい。
 案の定彼も例外ではなく、口に含んだ瞬間ぱたりと意識を手放した。そこで予め決めていた笛を吹いて、仲間に合図を送る。念の為、尾行班は辺りを確認し、安全を確保。囮班はそれとなくツアー客の元へと向かい声をかける。

「どうかしましたか?」
「こんな所にいたら危ないよ」

 間近で微笑む彼らに娘達の興奮はピークに達していた。恥ずかしさのあまりハンカチで顔を隠す者、感激の涙を流す者、彼らにタッチする者と様々だ。

「まあ落ち着いて‥‥お菓子も有るから。あぁ、君はあの時の」

 そんな中で都で声をかけた娘を見つけミカエルが驚きをみせる。

「あ、はい‥‥私、約束したから」
「それは有難う。けど、ここは危ない場所だ。女が傷つくのは辛い。だから、こういう危険なツアーには出ないで欲しいな」

 エルディンの笑顔を太陽とするならば、彼の笑顔は赤き月――少しミステリアスな要素を含んで、彼女達を魅了する。

「でも、私‥‥」
「そうだな、じゃあ戦闘の絵姿とかを飾って見るというのはどうだ? それでも駄目なら、依頼で招いて模擬戦闘もいい‥‥見応えもあるぞ?」
「そうだね。それがいいと思うよ」

 その言葉にシルフィリアも同意すれば、彼女達もわかりましたと素直な態度を見せる。

「さっ、じゃあひとまず帰りましょうか」

 肝心の討伐はされていないが、彼女達の中ではもうどうでもいいようだった。
 憧れの存在と一時でも共に居られるなら‥‥すっかり依頼の事は忘却の彼方らしい。

「上手くいったようだな」

 そんな彼らを見取り、後からそっと合流した獅炎が言う。

「さて、それじゃあこの男を運ぶとするかの」

 なんだかあっさりと終わってしまったが、大事にならないに越した事はない。置いてけぼり状態の男を抱えて、二人も都へと戻るのだった。


●姿絵

「すんません。知ってはいたんですが、俺も生きる為には‥‥」

 ギルドに戻った彼はそう言い、事情を話す。初めはこんなに儲かるとは思っておらず、たった一回のつもりだった。通りすがりの娘の話を聞いて、飯代だけでもと誘ったのがきっかけらしい。

「成程、雀の式で依頼を確認していたのか」
 
 姿を見せなかった事を不思議に思っていた瑠璃だったが、それを聞いて納得する。

「ま、何が当たるか判らないからな。しかし、一般人を危険に巻き込むのは駄目だ」

 反響があったとしてもやはり見世物ではない。開拓者側としても集中出来ないのは事故にも繋がるのだ。けれど、このままでは仕事がまたなくなってしまうと呟く彼に、開拓者らは提案する。彼女達にも言っていた事だ。それは開拓者の勇姿を絵に残すという『姿絵販売』ある。

「うまくいくでしょうか?」

 不安があるらしく男が問う。

「さぁね。少なくともこないだの子達は欲しいって言ってくれてたよ」

 そう言い皆に視線を送るルシフェルに、皆も頷く。
 その言葉に後押しされて、マルカと共にまずは謝罪に。彼女のあの少女に嘘のお詫びに向かう。そして、その後――男は新人の絵師に呼びかけ絵姿の作成に入る為、彼らに第一号のモデルを依頼する。

「あぁ動いちゃ駄目でさぁ。後、十枚は発注きてるんですから‥‥我慢してくだせぇ」

 新人の絵師のモデル‥‥まだ未熟な為か各々長時間に渡るモデル作業にヘトヘトになりつつも、この仕事がうまくいく事を祈るのだった。