【猫又】波乗りにゃんこ
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/14 00:53



■オープニング本文

 鮟鱇アヤカシしゃんの依頼を終えて――ボロ屋に帰るのかと思ったら、どうも帰るのが面倒になったようで、未だに海にいるおいら達ですにゃ。相変わらず、ご主人はあの後はいつものぐうたらに戻った訳で‥‥港の知り合いの家に上がり込んでやっている事といえば、お昼寝とお食事の繰り返し。一体何を考えているのか、わからにゃい。
 だからおいらも仕方なくここに滞在しているのにゃけども、皆が海を満喫しているのにおいら達はぼんやり海を眺めて早数週間――このままでは夏が終わってしまうのにゃ。

「ご主人、海にゃよ? 泳がないのかにゃ?」

 袖をくいくい引っ張りながらおいらが言う。

「別に好き好んで暑い所にいかんでもいいだろうが」

 しかし、帰ってきたのはそんな言葉で、がっくり肩を落とすおいらである。そんな日が続いていたから、おいらは仕方なく一人で浜辺に向かったのにゃ。すると、そこには柿の種のような形をした板を持った若いおにいしゃんにおねいしゃんが集まっている。
「何してるにゃ?」
 それがなんだか気になっておいらが声をかけた。
「おう、猫又か? これから波乗りにいくんだぜ」
「波乗り?」
 寄せてはかえす海を見つめおいらが首を傾げると、一人のおにいしゃんが見た方が早いと、その板を持って海に駆けて行く。それを見守って‥‥おいらは目を奪われた。
 あんな板に立って、波の上をびゅんびゅん進む。アレを使えば、おいらも海の上を自在に走ることが出来るかもしれない。
「すごいにゃ! おいらもやりたいにゃーー!」
 その素晴らしさに心奪われて、おいらはその日からおにいしゃん達と練習を始めていた。四足歩行だって、波に乗せてさえ貰えれば操る事は可能なのにゃ。毛がしょっぱくなってきたけど、気にしにゃい。毎日励んで、そして――おいらはついに習得する。

「もう俺らが教える事は何もねぇ‥‥大した猫又だぜ」

 皆にそう言われて心なしか有頂天になったおいら。それがいけなかった。



 決して良好とは言えない雲ゆきの空、しかし覚えたばかりの波乗りがしたいと浜辺に向かう。人はいなかった。けど、波の高さは上々で今を逃すのは勿体無いとおいらの獣の血が騒いでいたのにゃ。そして、いつもならおにいしゃんに連れて行ってもらう波への挿入。けれど、今は誰もいにゃいから、おいらは板にのると進行方向と逆を向いて透かさず得意の鎌鼬。ばびゅーーーんっと波に一直線。

「やたっ♪」

 そう思ったのは束の間で、若干勢いがきつ過ぎて波を飛び抜け先へ先へ。
 気付けば周りは海だらけ――浜が見えない所に来てしまったのにゃ。
「これはやばいにゃ」
 ご主人に行き先は言っていない。
 加えて、雲行きはますますあやしくなってきて雨が降りそうである。
 そして、沖に出過ぎたのかあやしい背ビレがこちらに近付いてくる。何度か鎌鼬や威嚇で牽制したけど、お腹も空いてもうへとへと‥‥。

「ご主人‥‥助けて欲しいにゃ〜〜」

 おいらは涙ながらにそう叫ぶのだった。



 その頃一抹は――
「まだ帰らないのか」
 一応、ポチの姿がない事を知って、面倒臭げに身体を起こす。
「あれ、あの猫又。帰ってきてないのかい?」
 それに気付いて一抹を泊めている家主も声をかける。
「何処行ったか、知ってるか?」
「さあなぁ。ただ、最近海で波乗りを教わっていたみたいでな‥‥今日もそういや板を引き摺っていたようだが、今日はいけねぇ」
 男の神妙な面持ちに一抹がいぶかしむ。
「嵐がくる‥‥間違いない」
「なんだって?」
 港町の人間の勘――雲を読むのに長けているようで確かに雨になりそうだ。
「たっく、世話かけさせやがる‥‥」
 一抹はそうぼやいたが、すぐさま準備に入った。
「旦那、どうするんで?」
「探しに行く。船は出せるか?」
「そりゃ、駄目だ。この天気‥‥船も持ってかれちまう程の規模になりそうだ」
「ちっ」
 男の言葉を聞き、一抹は舌打ちする。

『この分の手間費は後からきっちり徴収するからな』

 ‥‥そう、思ったかどうかは知らないが、一抹はすぐさま応援要請に向かうのだった。


■参加者一覧
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
若獅(ia5248
17歳・女・泰
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲


■リプレイ本文

●嵐まで後十時間
 空は思いの他暗かった。港に向かった一抹だったが、それぞれの船はもう硬く縄で結ばれとても海に出ようという状態ではない。
 ギルドに依頼を出したとはいえ緊急の事――すぐに仲間が集まるとは思えなかった。それでも何か出来ないかと駆け出してきたが、やはり気持ちが先行してしまっているようで、彼には珍しく冷静さに欠けている。
(「たかが猫又一匹の事‥‥あいつが勝手についてきたんだ」)
 出会った頃を思い出し、一抹は苦笑する。特に相棒になれと強要した訳ではない。ただ、困った様子だったからきまぐれに食料を分けてやっただけだ。しかし、それが発端でポチはずっと一抹の元を離れない。

『おいらのご主人はご主人だけにゃ』

 いつの間にかそう言うものだから、ギルドに龍を返して相棒登録を済ませたのはいつの事だったか。次第に高くなってくる波が一抹の不安をかき立てる。
「くそっ」
 先の飛空船借り出しに相当な金額を使ってしまった事から今、所持金は少ない。この一大事――海に出るには船を借り出すしかなく、それには多額の金が必要だったが、今あるのは――。

「一抹様! そちらにおられましたのですね」

 そんな折、彼を見つけて声をかけたのは数名の開拓者だった。
「おまえ達は?」
 僅かに目を見開いて尋ねる。
「旦那、依頼見たぜ。俺も力にならせてくれ」
 すると、ポチと馴染みのある若獅(ia5248)が相棒の忍犬・天月と共に一抹の肩をぽんと叩く。
「先日はご迷惑をお掛けしました。ポチさんが波に浚われたかも知れないとのこと、私もお手伝いさせて下さい」
 ――とそれに続いて乃木亜(ia1245)も相棒のミズチ・藍玉と共にぺこりと頭を下げる。
 その後ろにも見知った顔――ウルグ・シュバルツ(ib5700)は人見知り駿龍・シャリアと共に、初顔であるオドゥノール(ib0479)は鷲獅鳥のツァガーンと、アーニャ・ベルマン(ia5465)は猫又のミハイルと共に控えている。
「全くお人好しばかりだ」
 それに珍しく苦笑して、一抹は頭を掻いて言葉した。
「速攻でいかないと危ないかもしれないな‥‥手分けして当たろう」
 風吹く港でオドゥノールが言う。
「そうだな。確かに強風になれば音は掻き消され、雨天になれば視界を悪化させるから‥‥急いだ方がいいだろう」
 それに続いて冷静にウルグも言葉する。
「とにかく船が必要ですわ。私は交渉に向かいます」
「なら、俺も行くぜ」
「私もだ」
 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)に続いて、若獅とオドゥノールが名乗りを上げ漁業組合の方に走っていく。
「おい、けど金が」
 そう呼び止めようとした一抹だったが、先にマルカが振り向いて、
「お金ならありますわ。ポチ様の命には変えられませんもの‥‥それに」
「それになんだ?」
 わざとらしく区切られた文節に思わず彼が聞き返す。すると彼女はにこりと笑って、
「ポチ様はきっと貴方様が来て下さると信じておりますわ。一抹様にとってもポチ様は大切なお友達でございましょう?」
 と問い、答えを聞かずして再び走り出していく。その言葉に一抹は再度頭を掻いた。 自分より小さな彼女に助言されるとは‥‥そう思うと、思わず笑みが零れる。
「なあ、一抹。時は一刻を争う‥‥頼みがあるんだが、今いいだろうか?」
 シャリアと共に近付いてウルグが問う。
「そうだな。金以外の事なら出来るだけ努力しよう」
 その言葉にウルグは事情を打ち明けて‥‥二人は行動を共にするようだ。

 残されたのは二人と二匹。彼女達にも役目はある。
「ほう、猫又がピンチだと。他人事とは思えんな、助けてやろうじゃないか」
 漁業組合の倉庫を借りて、ある作業に没頭するアーニャの横で依頼内容を改めて確認していたミハイルが言う。このミハイルさん。体毛が黒と白という事もあり、丁度スーツを着ているような風体にサングラスをいつも装着しており、どこかの工作員のようである。
「そこの釘、取って貰えますか?」
 そんな彼に彼女が声をかけたが、一向に注文のモノは手渡されない。
「ミハイルさん?」
 疑問に思って顔を上げれば、彼は必死に釘を探しているようだった。
「あの、そこにありますけど」
 場所を同じくしていた乃木亜もそのあたふた具合を見取って助言する。しかし、
「どこにあるっ!」
 サングラスをかけている手前、猫目を発揮するもいまいちの様子。かっこよさの追求もよいのだが、こういう場所では外したらと思うアーニャ達である。
「それよりミハイルさん、泳げるのですか?」
 ふと今までを振り返って泳いでいる姿を見ていなかったと彼女が問う。すると、ぴたりと動きを止めて彼は一言。

「泳げん! だからアーニャが何とかしろ」

 ――ときっぱりと言い切り、何故だか踏ん反っている。
「ピィ?」
 その様子を藍玉が見つめて、何を思ったか真似をし始めた。
「ふふっ、上手ですよ。けど、今はお仕事中だから、ね?」
 そう諭して頭を撫でれば、褒められた事に喜んでピィピィー積極的に材料運びを手伝い始める。その中には、例の波乗り板もあった。もう使い古されたもので、随分汚れている。しかし、この際構わない。彼女は船が調達できなかった時の為にと、自身が海に入る覚悟を決めている。その気持ちを察したように『僕もいる』と擦り寄る藍玉。

「有難う、ポチさんの命には変えられませんものね。頑張りましょう」

 そう言って彼女はにこりと笑う。荒れ狂う海でも藍玉と一緒であれば大丈夫。波乗りは未経験であるが、あまり怖さは感じない。
「あ、それ‥‥波乗り板だよね? 見せてもらっていいかな。私もそれに似たものを作ろうと思ってるから」
「そうなのですか? でしたらお手伝いします。いえ、させて下さい」
 アーニャの言葉にそう答えて考えが同じ者同士協力し、救助に使えそうなものを作り始めるのだった。


●嵐まで後五時間
「そこを何とかならないでしょうか? 相場の倍は出させて頂きますから」
 組合長に掛け合い、船の借り出しに奮闘するマルカ達。
 しかし、やはり渋い顔を見せ、なかなか首を縦には振らない。
「なぁ、あの猫又が流されたってのは本当か!!」
 けれど、そこへ救世主。日に焼けた若者達がわらわらと駆け込んでくる。
「あぁ、そうらしいんだがあんた達は?」
「ここらの波乗り仲間っす。あの猫又とはもうダチだし、仲間が危険だった聞いていてもたってもいられなくなって」
 教えたのは自分らというのもあったのだろう。だが、それ以上に心から心配している様子で、彼らも組合長に掛け合うのを手伝ってくれる。けれど、それでもどうにも難しいようだ。しかし、救いの神は彼らを見放さない。

「そうだ! 親父の船!! もうだいぶ使ってないが、あれなら使えるかもしれない!」

 その中の一人の若者がはっとその事を思い出し、声を上げる。

「いいのか! それを使っても?」

 その言葉に思わずオドゥノールが問い返す。
「ああ、俺は漁師を継ぐ気がないし、母さんも邪魔だけど売るにも買い手がないって困ってたからいけると思う」
「それだな!」
 その言葉にようやく光を見出す。青年の船なら、高額を払わないでも手に入れる事が可能だろう。
「ちょっと待て。まだ私は許可を出していないぞ」
 盛り上がったのも束の間、組合長がずいっと前に出る。
 漁船は登録され、組合によって管理されている。そして、こんな折海に出る事は危険であり、万が一の事があってはならないと出航にも許可が必要らしい。

「なあ、組合長さんよぉ。固い事言うなって‥‥水難事故の噂が広がるのは困るだろう? 俺らは開拓者だ。そう簡単には死なないし、ギルドの正式な依頼だ。許可は下りているようなもんだぜ?」

 若獅がそう説得する。それに合わせて若者達もじっと彼を見つめれば、

「あぁあ、わかった。私は説得したが無理だったと報告しておく。ただ、絶対に帰って来てくれ。出ないと更に大事に‥‥」
「わかったよ、感謝するぜ。組合長さん」

 意外とあっさり通ったのには訳があった。若獅がそっと宝石細工を彼に握らせたのだ。漁業といってもあがりはしれているし、組合の資金は苦しいらしい。
 その事はさておいて――三人は早速その漁船の元へと向かう。

「いやぁ〜、確かにぼろいな」
「けど、無いよりはマシでしょう。お母様に感謝ですわ」

 貸し出しの相場より少し安い買値で船を引き取り、マルカが言う。
「出発までに出来る限りの修理をしよう」
 三人はそういうと、工具を握り締めた。
 そんな主人達を大型の相棒はただただ見つめるしかなかった。



 そして、時は流れて――波が高くなり始めた頃の出航となる。

「俺が先に行く。見つけたら合図を送るから急行してくれ」

 相棒のシャリアに跨り、念の為荒縄で繋ぎ止める。こうしておけば、強風に煽られて落下しても問題ないからだ。ごうごうと吹き荒れる風に、首を縮め脅えるシャリア。しかし、ウルグが跨ると少しは安心したのか、きりっといい顔を見せる。
「ポチの為だ。我慢してくれ」
 尻尾には目立つようにアーニャ達が調達してきたオレンジの布がはためいていた。それは少しでも発見しやすいようにとの配慮である。
「雨も降ると聞いている。皆、気をつけて」
 一抹と共に嵐の動向を聞いて回っていたウルグ。簡単な地図を作成し、潮の流れを予測、その範囲を重点的に探し向かう。シャリアの高速飛行が、ここで役に立った。ぐんっと距離を稼いで、船は遥か後方に位置し、手には狼煙銃を待機させている。狼煙の色には予め意味を持たせてあった。青は捜索中、白は発見保護、赤は応援要請と言った具合だ。

「ポチーー、いたら返事しろー!」
「くーーーるる」

 ウルグとシャリア、二人掛かりで呼びかける。
 しかし、まだそれらしい人影ならぬ猫影は見つからない。
 今にも泣き出しそうな空で、彼らの捜索は始まったばかりであった。


●嵐まで後二時間
 ポチは眠っていた。とは言っても熟睡出来るものではない。ゆらゆら揺れる板の上で、周りには鮫と思われる背鰭がポチを囲みを周回している。何時間経ったかわからない。ぽつりと落ちてきて雨粒が彼の目覚めを促した。
「お腹すいたにゃ〜‥‥こうなったら、あの鮫しゃんに齧り付こうかにゃ!」
 半ばやけくそになって、じっと構えに入る。けれど、すぐにくたりと板に倒れて、

(「水がほしい」)

 海の水は塩分が含まれている為飲めたものではない。太陽が照ってはいなかった為、脱水症状には至っていないが、それでも咽は渇く。

「見捨てられたのかにゃ‥‥」

 思えば短い人生だった。行き倒れかけた所を助けられたのがきっかけ。ごまふにご主人を取られたように思ったが、何かと気にかけてくれていたのをポチはちゃんと知っている。

「絶対来てくれるのにゃ」

 ぷかぷか浮かぶ板の上でポチが呟く。

   ドーーン

 とそこで海上で大きな音がした。
 煙は青――よくわからないが、誰かが動いている事は確かなようだ。しかし、まだこちらには気付いていないらしい。
(「ここにゃーー!」)
 必死に叫んだが、思いの他声は出なかった。からからの咽は更に乾燥し音にならない。雨は益々勢いを増し、このままではここにいるのに、見過ごされてしまいそうだ。
(「待ってるだけじゃ、駄目にゃ! 一か八かにゃ」)
 ポチはそう思い決意すると、近くの背鰭に飛びつき齧りついた。


   ばしゃ ばしゃ ばしゃ

 雨とは違う水音がする。

「なっ、あれは!」
「ポチ様のようですわ!」

 雨が降り出したのを機に一旦打ち上げた狼煙。それを見取って後から合流した甲龍・ヘカトンケイルとマルカ、そしてツァガーンとオドゥノールが海を見下ろし言う。

「一体何どうなっているんだ!」

 その先にあったもの――それは超高速で水を切るポチの姿だった。
「早く合図を」
 何やら状況は飲み込めないが、それでも大変な事は確かである。素早くもう一度狼煙を上げかけて手が止まる。

「仕方ない。あれをやるか」

 ウルグはそう言って練力弾の準備に入る。幸い、この練力弾のオーラは赤だ。濡れる前に渾身の一発を高く打ち上げれば、その灯りが船へと到達する。それを見取って、天月は吠え船の皆に伝令が飛ぶ。

「あっちだ! 一抹の旦那!」

 そしてなんとその言葉に舵を切ったのは一抹だった。腕利きの船長がいないか交渉してみたのだが、名乗りを上げる者はいなかった。そこで急遽彼が動いたのだ。

「しかし、やるな。おまえは舵もとれるのか」

 ミハイルが操縦桿の近くで言う。

「いや、見様見真似の初心者だが」

 しかし、返されたのはそんな言葉で‥‥てっきり出来るのだと思っていた仲間に不安が過る。しかし、呉越同舟――仲が悪い訳ではないが、もう後戻りは出来ない。

「いたっ、あそこだ!」

 そこで気を取り直して若獅が叫ぶ。鮫鰭に齧り付いて海を引き摺り回されているポチ――うまく立てていればある意味で波乗りっぽく見えたかもしれない。けれど、しがみ付いている為、なんとも情けない。

「あれは鮫!!」

 だが、その言葉に彼らも我に帰る。そう、その後ろには複数の鮫がポチを追っていたからだ。

「天月、いけるか?」
「ワン!」

 若獅の言葉に元気と答えて、荒れる波を恐れもせず天月が飛び込む。水呼吸を覚えている為、水中でも問題ない。

「私達もいくよ!」
「鮫が居るのにかっ!」

 それに続いて、飛び込もうとしたアーニャにミハイルが仰天する。
「大丈夫、ミハイルさんのアレが役に立つから」
「あれ?」
 作ったばかりの波乗り板改造版を手に取り海に出る。どこが違うのかと言えば、どうも取っ手が付いているらしい。それにミハイルを乗せて、まず向かうはポチの元。

「ミハイルさん、ゴー」
「あいよ、任せろ!」

 掛け声を掛けられてとりあえず鎌鼬でばびゅーーんと移動。すると、後続の鮫は突然現れた新たな獲物に進路を変える。

「もういっちょ」
「あいよー!」

 アーニャの言葉に再び加速して、どうやら囮をかって出た様だ。それを察して上空班も応援に回る。

「気性の荒さが幸をそうしそうだな」

 とオドゥノールがツァガーンに指示を出し背鰭を攻撃させている。

「藍玉、今のうちに」

 それを見て、乃木亜も入水しポチの元へ。
 しかし、気付けばポチの姿がなくなっている。

「あそこだ! 天月が交戦中らしい」

 船からずっと動きを確認していたのだろう。若獅の示す先に乃木亜が向かう。救助用にアーニャがロープと板で作った救命胴衣――それをさげて、藍玉に捕まると潜水開始。
 そこでは天月と鮫の死闘が開始され、ポチは息が続かなくなったようで意識を手放し、海中に沈み始めている。

(「いけないっ!」)

 彼女は慌ててそちらに向かった。しかし、カナリ沖であるし人が潜れる深さは限られている。藍玉が心配そうに振り返る。一旦上がるのが賢明だ。けれど、それをすればさらにポチは沈み見失うかもしれない。

(「藍玉、水柱を!」)

 アイコンタクトでそう伝えれば、甘えん坊の藍玉はこの手の疎通は完璧なのようでポチのいる方に向けて水柱を発動する。すると、水中で水流が起こり、沈みかけていたポチが渦に巻き込まれ浮上した。それどころか海上を飛び出し投げ出されてゆく。

「シャリア、行くぞ!!」

 それがポチであると見取ったウルグは再び相棒と高速飛行。なんとかポチをキャッチする。そして、びしょびしょになった彼を若獅に預けると、羽ばたきで船を煽ってしまってはいけないと早々と離脱し、救出完了を知らせて回る。

「ポチ、ポチッ!!」

 受け取った若獅はポチを予めウルグが用意していた毛布で包むとぱちぱちと頬を叩いて起こす。

「‥‥うっ‥‥ここは?」

 ぼんやりした眼でポチが呟く。

「無事でよかった! もう一人で無茶したら駄目なんだからな‥‥!」

 その様子を見て、彼女はぎゅっと抱きしめた。
 その肩越しに操舵室に立つ一抹が見えて‥‥ポチはほっと肩を撫で下ろす。

「ありがとにゃ、怖かったにゃ‥‥けど、来てくれるって信じてたにゃ〜〜!!」

 そして、堰を切ったように大泣きを始める。擦れていた筈の声――しかし、海水を飲んでしまった事で少し回復したらしい。
「たっく、煩いのが戻って‥‥」

   ばきっ

 そう言いかけた時の悲劇――海に出ていた者達が戻ってきた直後の事だ。
 文字通り、嫌な音がした。その音の正体がなんであったかと言えば――。

「あ、あの‥‥一抹さん‥‥その手に握られているモノは‥‥」

 嵐到着までもう一時間を切っている。高波に大きく船は揺れ、宝珠の力を借りているとはいえ、普通に舵が効くものではないのだが、それでも舵は必要である。しかし、

「折れたな、舵」

 ボロ船であった事は認めよう。しかし、こう簡単にしかもこのタイミングで折れてしまっていいのだろうか。船にいた皆がそう思ったことだろう。

「どうするんだ! それ!! これじゃあ、みんな海の藻屑となっちまうじゃないか!!」

 更なるピンチが彼らを待っているのだった。


●そして

「この度は本当に有難う御座いましたにゃ」

 日は変わって海の家。ポチも一晩ぐっすり眠ると体力も回復したようで、嵐の過ぎ去った砂浜にて皆にお礼を言う。
「ま、無事で何よりだぜ。しかし、あの後の方がやばかったんじゃねぇか?」
 舵が折れ操縦不能になった船。余分に救命胴衣を作っていたおかげで事なきを得た。上空班を呼び戻し出来る限り船を縄で引っ張って貰ったが、荒波はそれを許さず途中で転覆。命綱を皆につけはぐれないようにしていたおかげで海に投げ出されても遭難は免れた。その後は体力勝負。波に耐えながら泳げる者は自力で、無理な者は引っ張ってもらう形で岸に向かったのだ。幸い、一抹の知り合いがこっそりボートを寄越してくれたのも助かった要因といっていい。

「自ら率先して技術を磨くのは悪いことではない。だが、気象には常に注意を払うようにしてくれ」

 そう言ってポチの頭を撫でるウルグ。今回の事でそれは重々身に沁みた事だろう。

「ポチと言ったな。俺にも波乗りを教えてくれ」

 とそこへ声を掛けたのはミハイル。波乗りに興味があるようだ。

「いいにゃよ。けど、ミハイルしゃんは」
「金槌‥‥ちゃんと泳げるようになってからにしてくださいね」

 そう泳げない。そこを如何にかしなければ、毎回救助される事になってしまう。ともあれ、
「一抹様、よかったですわね」
 珍しく浜辺に来ている一抹を見つけマルカが言う。その横ではヘカトンケイルが陰に隠れて様子を窺っている。
「あれでも一応いないと困るようだ」
 ぼそりとそう呟いて、一抹は早々とその場を後にした。


 そして、各々海を満喫して――一抹の知り合いの計らいで夕食会。
 海の幸がふんだんに用意されているようだ。

「おお! よしよし今日は贅沢できるぜっ、ツァガーン!」

 気前良く相棒の食事も用意され、皆ご機嫌だ。

「あの、その‥‥これあげるにゃ!」

 そんな中でさり気にお皿を銜えてポチがオドゥノールとマルカに好物をお裾分け。

「おいらの為に大事なお小遣い使ったって聞いたにゃ。だから、これ」

 そこにあるのは、揚げたてのエビフライ。それが精一杯のお礼らしい。照れた様子でそう言うと、今度はぱたぱたと若獅の元へ。

「若獅しゃん、これ‥‥」
「ん?」

 ポチは短くそういうと彼女のポケットに何か押し込む。それもお礼のつもりらしかった。それは小さな金のブローチと少ない金子。なんでも波間に漂っている時に見つけたものらしい。貧乏性のポチはあんな状態でも取っておいたのだと後から聞いた。

「全く‥‥少ない小遣いまで」

 組合長に握らせた宝石細工には到底及ばない。けれど、気持ちの問題だ。彼女はそれをそっとしまうと、何事もなかったように料理を頬張る。
 その後、朋友達の間で波乗りが流行ったかどうかは定かではない。