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■オープニング本文 ●ずぶ濡れの男 男は悩んでいた。 一枚の絵を片手に、目の前にはその絵の版元がある。 道行く人の邪魔になっている事にも気付かずに‥‥ただただその場で立ち尽くしている。 (「そんな筈がない。だってこの子は‥‥」) そう思うのにあまりにも似過ぎているから、もしかしたらと希望を抱いてしまう。 (「どうしたらいい? 聞いていいものなのか?」) 男は悩む。彼の頭上にぽつりと雨が落ちた。 すっかりよくなった絵師・西賽の絵の売れ行きは上々だった。 今まで出したどの役者絵よりも好評で、刷ったら刷っただけ売れてゆく。 名も知らぬ少女であったが、その少女の優しく可愛らしい表情と仕草が町人の心を掴んだらしい。仕草が礼儀作法を教える絵になっており、子供の手本書として本にしたところあっという間に完売だった。 「これできっと手掛りが掴める」 新しい下絵を完成させた西賽の表情に以前の曇りはない。未だ靄はあるものの、それでも前向きに進み出している。そんな姿勢になったればこその吉報。 「西賽さんっ! 居たよ! 手掛りを持った人が!!」 息を切らして走ってきた青年――版元の彫師の一人が言う。 「あぁ! やっとか‥‥有り難い!!」 西賽はその言葉に喜びを噛み締め、彼と共に店へ急ぐのだった。 「この方が‥‥ですか?」 手には彼の少女絵を握り締めて‥‥ずぶ濡れになった男を前にし西賽が版元に問う。 年の頃は四十後半。旅人だろう少しの衣服を風呂敷に包み、身体に結わえ付けている。そして、蓑をつけていたらしかった。入り口付近にびしょぬれの蓑が置かれている。疲れたような顔のその男は、彼と視線を合わせると遠慮げに口を開く。 「あなたがこの絵を?」 握っていた絵を開いての男の問い――それに「はい」と答えられば、男の表情は一変した。 「この少女を‥‥いえ、この子を知っているんですか! 何処にっ、何処にいるんですか!!」 縋りつくよう肩を掴んで、必死の形相。 「そ、それは‥‥私も探しているんです。一度だけこの近くの山で会ったので‥‥けれど、その後は立ち入れなくなってしまって‥‥失礼ですが、あなたは一体‥‥」 「父です」 『え‥‥』 俯いて答えた男の言葉に思わず息を飲む。 「三年前に亡くなった筈の娘なんだ‥‥」 今度はがくりと膝を付いて泣き出した男に皆驚きと困惑を隠せないのだった。 ●偶然の悲劇 話によれば、彼は木道(キドウ)、少女は憐(レン)と言うらしかった。 彼の娘であり、生まれつき視力が弱かったのだという。母親が彼女を産んだと同時に他界し、男で一つに旅をして共に暮らしていたそうだ。そして、三年前――西賽の登ったとされる山に彼らも辿り着く。野宿の用意で忙しかった彼が少し目を離した隙に悲劇は起こった。 「足元が崩れている事に気付かずに憐は足を滑らせて谷へ‥‥音に気付いた時には遅かった。落ちてゆく娘を見ているしかなかったんです」 ぐっと奥歯を噛み締めて、男が言う。 「その後、遺体は?」 「探しました。しかし、見つからなかった。谷の下でしたし、川が流れていましたから探す事も出来なかった‥‥でもこの絵を見て、もしかしたらと思ったんです! もし生きているのなら私はあの子を‥‥」 辛辣な表情を浮かべる男に、同席していた版元がそっと背に手を差し伸べる。 「お気持ちお察しします‥‥しかし、今はもう‥‥この絵の少女はあなたが最後に見た娘さんの姿と同じなのでしょう?」 「はい」 三年前に亡くなった筈の少女――西賽が彼女に会ったのはつい数ヶ月前の事だ。 ――とするならば、三年もの間に成長していないのはおかしい。それに、前回の事もある。彼女に会いたい一心で筆を取った西賽はその想いの余り狂人と化したのだ。その発端となったのは少女に会った時に彼女が触れたとされる一本の筆だった。元は西賽のものだったが、筆に取り付いていた瘴気によって知らずのうちに犯され、狂人行動をとらされていた事を知り愕然とした事はまだ記憶に新しい。 『少女がアヤカシかもしれない』 その答えに辿り着いた開拓者の言葉が、日に日に現実味を増していく。 「信じたくはない。あんなに澄んだ瞳をしていたのに‥‥彼女がアヤカシだなんて」 西賽の声が僅かに震えていた。そして、暫くの沈黙の後、彼は決意する。 「こうなったら確かめるしかない! この目で確かめるまでは、私はあの子を信じたいんだ‥‥例えそれが望んだ結果をもたらさなくとも!」 ぐっと拳を握り、彼は続ける。 「木道さんはどうされますか?」 その言葉に憐父も頷いて、 「どっちだとしても私はあの子の父だ。見届ける義務がある! 行かせて下さい!」 こうして、二人の男は山への進入を決断し、翌日には『山の瘴気の原因解明』と言う名目でギルドに依頼が出されるのだった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
将門(ib1770)
25歳・男・サ
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
サガラ・ディヤーナ(ib6644)
14歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●想 「よ、よろしくお願いします」 緊張した面持ちで木道が頭を下げる。 突然の依頼だった事もあってか人数は五人と少し心許ない。しかし、それでも二人は諦めようとはしなかった。羽織った羽織は特注のもの。なんでも瘴気を寄せ付けないような加工がされているらしいのだが、開拓者でさえ知らなかったものとあっては効果は怪しい。けれど、それを高額出して借り出して二人の決意は固い。 「かなり瘴気が濃いようだから、直接吸い込まないよう手拭いで鼻と口を覆うといいかもしれない」 前回に引き続き参加した蓮蒼馬(ib5707)が言う。 「そうですね。魔の森に比べればマシなものかもですが‥‥油断は出来ません」 そう言って同様に準備するのは柚乃(ia0638)である。 「念の為、お社で装備品を清めておきましょう‥‥こないだの筆同様な事が起こるかもしれません‥‥」 そう助言して各自の武器を預かるのは柊沢霞澄(ia0067)。彼女もまたずっと西賽と共に今回の事件を追っている一人だ。 (「瘴気に包まれた山に居る時点できっと‥‥」) そう思う将門(ib1770)であるが、ここでは口に出さない。 「今回は前衛も少ない。俺が先頭を行こう」 その代わりに自分が出来る事をと率先して敵を引き受ける。それが彼に出来る最大の貢献。瘴気が充満しているとあっては危険だが、依頼を見た時からそれは重々承知している。 「では、殿は俺が」 そして、それに続いて蒼馬が名乗りを上げた。 「洞穴の位置の照会済みました」 ――とそこへ最後の参加者・サガラ・ディヤーナ(ib6644)も加わって、一同動きを確認する。 「対策を錬っているとはいえ、志体を持たぬ者が迂闊に瘴気に晒されれば、精神異常を起こしかねません。即座にその谷へと向かい、出来るだけ早く手掛りを探す。敵はこの際無視できるものは無視する他ないでしょう」 柚乃の冷静は判断に皆異論はないようだ。 「木道さん。とりあえず地図に場所を」 サガラの言葉に慌てて答える木道だった。 数ヶ月振りの歩く山道――普段から出歩かない西賽はすぐに息を切らし始めたが、周りに見えるのは黒い霧。しっかりと目を開けていても迷子にそうな不安に陥る。 「大丈夫?」 そんな態度を見取って、明るくサガラが声をかけた。こんな時だからこそ落ち着いて欲しい。そうでなければ見えるものも見えなくなってしまう。問題の少女より少し年上の彼女の励ましに、西賽は笑顔を返す。 「ちょっ、静かにお願いします‥‥」 しかし、そんな中霞澄が何かを捕らえた。巫女が二人居るとあって、常時どちらか瘴索結界を発動し、辺りの様子を探っている。 山に入ってまだ数十分――敵に気付かれないように姿勢を低くし、木陰や叢に皆身を隠す。すると、彼女の見つめていた先に一体の石人形が我が物顔で姿を現す。 「まさか、あんなものまでいるのか?」 数ヶ月前まではアヤカシの居なかった筈の山に大型のアヤカシが闊歩しているなど異常事態だ。 「そう言えば、雪山の折は氷の巨人がいました」 思い出したように西賽が言う。 「まだ相手は気付いていない‥‥先を急ぎましょう」 同行する二人を庇うようにして、敵が行き過ぎるのを待ち再び歩き始める。 何度かそういう事を繰り返して‥‥彼らが問題の谷に辿り着いたのは出発から数時間後の事だった。 ●逢 「ここは‥‥」 断崖絶壁を見上げれば何処かで見たよう光景で――霞澄が首を傾げる。 「どうかしたのか?」 それを見取って将門が声をかけると、びくりと肩を揺らし振り返る。 「いえ‥‥さっき西賽さんが言っておられた氷の巨人‥‥その巨人を倒す際に使った崖があの崖だったような気がして‥‥ただの偶然ですよね‥‥」 始めの捜索の際の戦場所。そこが奇しくも憐の落下場所と一致していたようだ。 「とりあえず敵の気配は無さそうです」 辺りに視線を向け柚乃が言う。 「しかし、この激流ではやはり遺体の捜し様がないな」 目の前に広がる川を見て蒼馬――増水している訳ではないようだが、決して緩やかではないこの川に落ちたのならやはり亡くなっていると見るのが妥当だ。 「やはり、そうですよね‥‥」 一度ここへ来ているだけに木道は何処か寂しげに苦笑する。 「しかし、私は‥‥何度も言うが会っているんだ。あの少女に」 その横で信じられないという様子で西賽が言う。 「いい加減納得するしかないんじゃないか? 気持ちは判るが」 そんな彼の肩に手を置き将門が慰めに入って、 「ちょっと待って! あれ!」 そこでサガラの叫び――つられてその先を見つめれば、対岸の遥か先に人影が見える。 「まさか、憐!?」 「‥‥さん?!」 はっきりとは聞こえなかったが、聞き覚えのある声に木道が駆け出す。それとは逆にその人影は彼から逃れるように川上の方へと走ってゆく。 「いかん! 単独は危険だ!!」 そう叫ぶが、遅かった。もし、本当に娘ならばという想いが彼を突き動かす。 「駄目だよっ! 危険過ぎるっ!!」 咄嗟に近くにいたサガラがカッティングを応用し素早く反転し彼に飛びつく。だが、それでも歩を止める事は出来ない。少女とおっさんではやはり開拓者といえど、オッサンに分がある。 「木道さんっ、しっかりするんだ!!」 西賽も前に立ちはだかるが、強引に押しのけられ阻めない。 ざぶんっ そして、ついに木道が川へと足を踏み入れた。 「ちっ、仕方ない! 少女を見逃すなっ!」 「はっはい!!」 即座に答えた霞澄に少女を託し、今度は蒼馬が走る。 瞬脚を駆使して木道に近付き、そして鈍い音がした。勿論手加減はしているが、鳩尾に入った一撃により彼は意識を飛ばす。 「すまん。けど、こうする他なかった」 流れのキツイ川だ。流されてしまっては捜索どころではない。 「正しい判断だったと思うぜ」 将門が謝る彼に言葉する。その時、 「うわぁぁぁぁぁぁ!!」 今度の西賽の悲鳴が木霊した。顔を上げればいつの間にか現れた石人形が彼らの元に迫っている。数は三体‥‥加えて、 「うえぇっ!!」 川から飛び出した物体を慌てて振り払い、サガラがジャンビーヤを構える。 「粘泥か‥‥」 そう、そこから飛び出したのはいわゆるスライム。通常の動きは鈍いが、瞬発力はある。 「おいおい、いきなり絶体絶命かよ」 額を流れる汗を拭い苦笑する。 「蒼馬、貴公‥‥木道を連れて逃げろ。サガラは西賽をサポート。俺はそれまでの時間を稼ぐ」 「しかし、一人では?」 「私がサポートいたします!」 少女の行方も気になるところであるが、仲間のピンチとあっては仕方がない。出発前の霞澄により加護結界で多少守られている。柚乃は将門をサポートすべく、精霊砲を石人形に向けてぶっ放す。 「そういうこった。後で落ち合おう」 「あぁ判った」 考えている暇などない。将門は返事を聞くと同時に、まずは皆から敵を遠ざけるべく来た道を戻り始める。そして、 「来るがいい!!」 彼の咆哮が木霊した。泥粘をも自分が引き受けようと言うのだろう。手にはしなやかなフォルムの刀が握られている。そして、飛び繰る泥粘を一刀両断すれば、刀身には僅かに縞模様が浮かび上がっている。 「さっ、こっちもいくぞ!」 「はい!」 蒼馬とサガラも西賽と共にその場を離脱にかかる。 (「今までいなかったのに、どうして‥‥?」) 瘴索結界は逐一かけていたし、辺りにそれらしい反応は見受けられなかった。それなのに突如わいた様に現れたアヤカシ達。きっかけはなんであったかと考えると、やはり行き着くのは少女の存在――。 『あの子が?』 言葉にはしないが、誰もがそう思わざる終えなかった。 ●実 あの後、彼らは少し川上に回って、洞穴で落ち合う事となる。将門の実力を持ってしても大物相手に無傷とはいかなかったらしい。致命傷になる傷はないものの、痛々しいまでの傷跡が見え隠れしている。 「大丈夫ですか‥‥」 それを心配して霞澄が閃癒をかける。 「あぁ、すまない。で、ここがそうか?」 癒しの風を感じながら、彼が僅かに笑い問う。少女が逃げたと思われる方向をくまなく探して、見つけたのが今来ている洞穴だった。さっきのそれもある事から、まずは開拓者が中の様子を探る事となり、不意打ちを受けてはいけないと二人の元には蒼馬が残る。彼らが入るのを見送り待つ間、二人は動揺を隠せない。加えて、山へ入ってから時間が経っている事もあり、気分が優れなくなってきているのも明らかだ。 そんな中で言いにくい事ではあったが、蒼馬はゆっくりと口を開く。 「お二人方‥‥一つだけいいかな。もし少女がアヤカシで、この瘴気の原因に関係しているのなら、俺はそれを倒さねばならん。元が木道、あんたの娘であってもだ」 その言葉に木道がぴくりと肩を揺らす。 「俺を憎んでも恨んでも構わん。判ってくれと言うつもりはない。俺を恨む事で娘の事を覚えていられるのなら、そうしてくれたらいい」 自分を恨む事で生きる術を、そして彼女の事を忘れないのならそれでいいと彼は言う。 「‥‥」 その言葉に木道が僅かに震えていた。 「木道さん、まだ決まった訳じゃ‥‥」 そういい掛けた西賽だったが、 「アヤカシなの」 直接届いた聞き覚えのある声に西賽は言葉を失う。そして、顔を上げた先には、洞穴から戻ってきた一行と共にしっかりと歩を進める少女の姿があった。 「憐! 生きていたのかっ!」 それを見て木道が駆け寄り抱きしめる。だが、抱きかかえようとした瞬間異変は起きた。 「うわぁぁぁぁ!!」 少女の周りがうっすらと黒い霧が立ち上り始め、木道を捉えようと伸びていったのだ。 それに驚き、彼は慌てて後ずさる。恐怖と困惑の表情を浮かべで‥‥それを目の当たりにした少女は今にも泣きそうだった。アヤカシが涙を流すものなのか定かではないが、その表情は本当に辛そうだ。 「自我はあるようなんです。けれど、どうしてこうなったかは判らないとか‥‥気がついたら川のほとりで目覚めて、帰ろうと思ったらしいのですが自分の異変に気付いたとかで」 「異変?」 さっき中で話を聞いたのだろう話す柚乃に蒼馬が問う。 「教えてくれたのはおじさんだよ。輝く世界‥‥あんなの初めてだった。あんな鮮明に見えたのは」 「え?」 突如話題に上がって困惑する西賽。初めてとはどういうことだろうか? 少し思案して、彼はある答えに辿り着く。 「そうか。視力‥‥」 木道の話では燐は視力が弱かったと言っていた。詳しくは聞いていないが、足を踏み外すほどとなるとかなりのものである。本来ならば見えない筈の絵が鮮明に見えていた。子供であってもいきなりそうなればおかしいと思うのは普通だろう。 「それで思い出したんだ。谷に落ちた事‥‥それから人じゃないモノが寄ってくる様になって‥‥そして、動物を見つけた時わかったんだ。心の中でそれを殺したいって思う自分がいる事に」 子供らしからぬ苦笑を浮かべて彼女は続ける。 「アヤカシは人や動物を襲う‥‥父さん言ったよね? もう一度死のうと思ったけど出来なくて‥‥だから、待つしかなかった。けど、まさか父さんまで来るなんて」 「憐‥‥」 余りにも非常な現実――こんなに自我があるというのに、彼女はアヤカシなのだ。今は危害を加えなくても、いずれ正気を失えばただの化け物となってしまうのかもしれない。その前にと幼いながらも彼女は死を望んでいるようだ。 「逢えてよかった。でも、死んだままの方がよかったよね?」 精一杯の強がりで涙を我慢し少女は言う。 「ごめんな、ごめんな、憐」 そんな彼女を今度はしっかりと抱きしめる。瘴気が彼を取り巻くが構ってなどいられない。 「駄目だよ、父さん。父さんが変になっちゃ」 「いいんだ。あの時助けられなかったから、これ位構わない」 この後の事を思うと一同も言葉が出ない。しかし、彼女の希望だ。せめて苦しまないように配慮する。 「有難う。私は君に会えてよかったと思っている」 そこで西賽が動いた。質問ではなく、感謝の言葉を彼女に贈る。 「なんで?」 「私は君に救われたんだ。今ならわかる。あの靄の意味が‥‥君がいなかったら私はあのままだった。だから有難う」 その言葉が少女に笑顔を呼び戻す。理由はどうあれアヤカシになってしまった自分を必要としてくれていた人がいた。それだけで胸が一杯になる。 「おじさん、有難う」 そして、彼女も笑顔を返して――あるべき場所へと還ってゆく。彼女の体質が呼び寄せるのか、はたまた彼女を守ろうとしてか岩人形や泥粘が現れはしたが、彼女の一声により制止している間に事をなし、大事には至らない。その後討伐を試みようとしたが、二人の調子が急変した事と数の不利を理由に早々と下山を決意する。行き同様細心の注意を払いながら、極力敵との戦闘を避け降りる頃には開拓者でさえ軽い眩暈を催していた程だ。 「しかし、まだ瘴気は晴れないか」 振り返った先には未だ黒雲立ち込めた山があるのだった。 ●晴 「西賽さん、お目覚めですか‥‥?」 長屋に戻った西賽と木道はやはり瘴気の影響が大きく数週間に渡り寝込む事となる。 しかし、それでも西賽の気持ちは以前とは違い晴れやかだったし、木道もどこか落ち着いていた。それは瘴気に返った後に残っていた遺骨とあの笑顔のおかげかもしれない。 恨んでアヤカシとなったのではなかった事、そして何よりあんな形であっても会えた事が彼の支えになったようだ。 「しかし、なんであんな純粋な彼女が‥‥」 瘴気が集まる理由などなかったように思われるのだが、何かあるのだろうか。 「その件については今調査中だよ」 そう呟いた彼ににこりと笑ってサガラが答える。その声に他の面子も驚く。 「調査って何か見つけたのか?」 看病やら治療やらで今日久々に集まった一行――知らなくても無理はない。 「実はね、洞穴に入った時見つけたものがあって‥‥ギルドに提出して調べて貰ってるんだよね」 あの時最後尾を歩いていた彼女は、足元に注意を払っていた。その時に何か拾っていたらしい。 「よくわからない感じの青い欠片とちっさい宝珠っぽい玉なんだけど」 さらりと言う彼女に一同目を丸くする。 「結局あなたの靄の正体は何だったんのですか‥‥?」 気にかかっていたのだろう霞澄が問う。 「あぁ、それは多分自分への不満」 静かな声で西賽が言った。 「彼女はきっと私の絵から見えないものを感じ取ったんだと思う。今まで見えなかった瞳で‥‥私は知らないうちに客受けする絵を描くようになっていた。自分の意思を押し殺して‥‥それが絵に出ていたんだろう。彼女は私の役者絵を寂しそうと言った。風景画との違いを考えれば答えは出る。私はやりたい事を抑えて‥‥楽しんで絵を描いてはいなかったんだ」 ゆっくりとそう答えで彼は苦笑する。 彼の隣で彼の描いた少女絵が眩しい程の笑顔で彼を見つめているのだった。 |