【猫又】大は小を兼ねぬ
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/26 23:36



■オープニング本文

 ご主人は本気だったのにゃ。でっかい餌ででっかい獲物を狙う。
 有言実行――アル=カマルで討伐した砂蟲しゃんのお肉?を持ち帰って、行き着いた先は大きな港で‥‥そこの漁師とも知り合いみたいで、気付いたら連続依頼が確定にゃ。
 相手は、巨大アンコウアヤカシで。
 ご主人曰く、それは「リベンジ!」らしいのにゃ。
 因縁でもあったのか? よくわからにゃけど、おいらもお手伝いする事になったのにゃ‥‥けど、大きな大きな問題があるにゃ。それは――。


「あれを釣り上げるのはいいとして、竿はどうするかだな」
 砂蟲の肉の重さもさることながら、相手であるアンコウ型アヤカシと言うのは、相当な大きさらしい。船を丸呑みにしてしまうのだから、クジラに匹敵する大きさだろうか。
「杉の木一本を加工してもたかが知れてるが、飛空船の上から糸‥‥いや、縄を垂らして碇を針にでもすれば何とかなるか?」
 真剣な面持ちで、なんとも下らない事を考えながらご主人が言う。
「おい、ポチ? おまえ聞いてるか?」
 そんな中で砂だらけになっていた身体を掃除していたおいらに突然声がかかった。
「うにゃ? どっちにしてもおいらの出番はないのにゃ。相手が大きいから齧り付いてもあまり効果にゃさそうだし‥‥それにアヤカシは食べられないのにゃ」
 お魚は好きだけど、食べれないなら興味がない。至って簡単な思考回路でおいらは言う。
「何を言う。おまえには大事な任務があるぞ」 
 けれど、ご主人はおいらにそう即答する。
 いつもの仏頂面ではあるが、どこか期待する眼差しに少なからず嬉しさを覚える。
「おいらで役に立てるにゃ?」
「あぁ、勿論だ」
「どんな事するにゃ?」
 真剣過ぎる眼差しに何か得体の知れないものを感じて、念の為聞き返す。
「それはな‥‥囮だ、囮‥‥。活きのいいのがばしゃばしゃしていればあいつも来や」

   げしっ

 ご主人の言葉が終わらぬうちに、おいらのとび蹴りがご主人のおでこに炸裂した。
 幾らなんでも、無慈悲過ぎる。相棒をこの男は何だと思っているのだろうか。
「安心しろ。食われても必ず仕留めて瘴気に返した後助けるから」
「けどぉ〜」
「うまくいけば、ここの港の新鮮海の幸食べ放題だと言っていたぞ」
 やっぱり表情一つかえず、ご主人が言う。
「それは‥‥」
「秋刀魚に鮪に、鰤に鮑。おまえの好物の蛸や烏賊もあがるらしい」
「うう‥‥」
 食べたい、食べたいけども。リスクが大き過ぎはしないだろうか。
「それに加えて‥‥一ヶ月、毎日魚を提供してくれるとか」
「ホントにゃ! 毎日にゃ!!!」
 毎日の誘惑にさすがのおいらも目が輝く。
「よし、じゃあ」
「‥‥‥‥って駄目にゃ!! 第一、命あってのモノダネにゃ!!」
 乗せられそうになった欲望に必死でブレーキをかけて、おいらは再びご主人に飛び蹴りをかますのだった。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
周藤・雫(ia0685
17歳・女・志
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
からす(ia6525
13歳・女・弓
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲


■リプレイ本文

●序
 どーん、ぱくぅぅ、ばきぃ、ずどぉぉぉん
 それは激しい戦いだった。巨大アンコウアヤカシとの真っ向から勝負。
 そう、これはそんな熱い奴等の奮闘の記録である。


●一
 巨大アンコウアヤカシを釣り上げる――
 そんな突拍子もない依頼だったにも関わらず、意外と早くに満員御礼。
 それも一重にポチの人脈かと思いきや、

「寿司が食べれると聞いてきた」

 ――と無類の寿司好きである梢・飛鈴(ia0034)の人妖・狐鈴があっさりと自分の欲を曝け出す。そんな相棒をぽかりと小突いた飛鈴にふと視線を止めたのは、今回の依頼に意欲を燃やしている一抹である。
「おまえ何処かであったことあるか?」
 その顔立ちに覚えがあったようで彼が声をかける。
「さあ、どうかいナ? ただ、本気でアレを釣るつもりの奴がいると聞いて興味があったアル。後は狐鈴に寿司をナ」
 田舎訛りの言葉遣いでそう告げて、彼女はすぐさま準備に入る。

「なにぃーーーー! 巫女がいないっ!!!!!!!!!」

 そんな中で突如声を上げたのは村雨紫狼(ia9073)だった。ほぼ身一つでやってきた彼は、話し合いで重要な役を買って出ていた。それは勿論今回の見せ場となるであろう『囮役』である。
「おや、やはり回復役がいなくては紫狼殿も不安かな?」
 その様子を見取って、顔に似合わず悪戯な笑みを浮かべてからす(ia6525)が茶化しに入る。
「そ、そんなことねぇけど‥‥でも、やっぱり多少は」
「なんや、男らしゅうないなぁ〜その言い草は」
 すると追い討ちをかける様にでっかい金平糖‥‥ではなく、相棒用の武器・鎖明星『甲龍』を抱えた八十神蔵人(ia1422)が言葉する。
「それを使われるのですか?」
 そこへ肩に迅鷹・烈火を留まらせた周藤・雫(ia0685)が歩み寄る。
「せや。買って鍛冶屋に調整を頼んだはいいが今日まで活用する機会がのうてな。こいつは試運転せにゃらなんと本日、試そうと持ってきた次第や」
 細目を更に細くして笑って見せた蔵人。相当楽しみらしいが、一方では彼の相棒・小狐丸は複雑な表情を浮かべている。
(『また、あんなものを‥‥』)
 主人と違い気弱な性格であるのに、いつも派手な立ち回りをさせられる為、今回もかなり気が重い。だから、今だけでもと‥‥他の面子とは距離を取って、陰のある方で小さく丸まり安らぎをチャージしている。
 それとは別にシャイな態度を取り続けているのはウルグ・シュバルツ(ib5700)の相棒・シャリアだった。場所が港と言う事もあって人の出入りは激しい。昼であってもそこそこ人はいるもので、しきりに周りを気にし終いにはウルグの背後に隠れてしまう。そんなシャリアに苦笑しつつも優しく撫でながら、ウルグはポチに本当にやるのか?と話しかける。
「自ら買って出た者も居る訳だし、無理に囮になる事はないと思うが」
 何度もポチとは依頼を共にしている分、心配なのだろう。
「いるのにゃ? ならおいらがやらなくてもいいのかにゃ?」
 その言葉に喜びかけたポチであるが、ちらりと一抹に視線を向けて何やら思案し始める。
(「ご主人がくれたおいらの大事な任務にゃ‥‥ご主人はああ見えて出来ない事はさせない筈にゃし‥‥」)
 一抹の期待に答えたい。そう思う自分とやっぱり命に関わる気がして思い留まる自分とが心の中で葛藤を始める。
「う〜〜〜」
 そして、気付けば低い唸り声を上げていた。そこへ届いたのは飛鈴と紫狼の会話。
「もし、何かあればうちの狐鈴がどうにかするヨ。だから、いってくるアル」
「そうだな‥‥全くのゼロじゃねぇんだ。みんなならうまくやってくれると信じてるし。よし、俺が命張ってやんよ!!」
 その台詞にはっとしてポチも覚悟を決める。
「おいらもご主人を信じるにゃ。だから、やってみるにゃ」
 そう言って元気よく紫狼の元に走っていくポチ。
「紫狼しゃん、おいらも頑張るからよろしくにゃー!」
「おう、駄猫! 今回は俺たちがヒーローだからな。逃げんじゃねーぞー」
 などと囮同士、不安を振り払うかのように言葉を交す。
「全く健気だな」
 それを聞いてウルグがくすりと笑った。
「ふーん、二人共頑張ってねー。ま、食べられても倒せば瘴気に戻るだろうから大丈夫だよ」
 笑顔のままでさらりと応援(?)の言葉を述べた鬼灯恵那(ia6686)だが、手には今回の依頼で使うのであろう巨大な太刀が握られ、それによって二人の笑顔が凍りつく。
「おや〜マスター、どうしちゃったのですか?」
 それに気付いて固まってしまった紫狼とポチの前で手を振って声をかけるのは紫狼の相棒土偶ミーア。
「何止ってるのですか? マスターならたとえ食べられても簡単には死なないのですよ♪」
 そう気安く励まして、彼の背中をばしんと叩く。

   ばきっ

 いい音がした――何かが壊れるようなそんな音が。
「お、折れた‥‥かも」
 そう紫狼は言い残して、呆気なくその場に崩れ落ちる。
 そして、彼が目を覚ました時には目の前に海が広がっているのだった。
 

●二

「やべぇ、このままじゃあいい男が台無しだぜ‥‥」

 釣りを開始してから三日目――アンコウは未だ現れない。漁船に乗り込む者がいなかった為、この場には飛空船だけが待機している。杉の木で出来た釣竿に釣り縄を垂れて、食われてはいけないとある程度の高さの場所にポチと紫狼が命綱をつけてぶら下がり、時折咆哮を仕掛けているのだが、相手もなかなか用心深いようだ。
「まぁ、気長に待つしかない」
 グライダーの舞華を傍に置き、まったりと冷茶を啜って優雅な一時を過ごしながらからすが言う。
「そもそも相手は深海魚ですからね。そう簡単には姿は現さないでしょう」
 その横では、飛空船の上から海面を気をしつつ雫が心眼で確認している。
 照りつける太陽に反射して目視では難しいが、心眼なら何かを掴めるかも知れない。烈火も逐一海面付近を飛び回り、アンコウの登場を待つ。
「シャリア、ここでいい」
 そして、別の策を取ったのはウルグだった。低空に龍を留まらせ空撃砲を海面に打ち込む。
「これで出てきてくれればいいんだが」
「くるる?」
 本日何度目かのそれは音による誘き出し――人であれば、うるさくすれば気になって出てくるのが心理。アヤカシに通用するかはわからないが、やらないよりましである。
「あぢぃ〜〜、干物になりそうだぜ‥‥こんにゃろう」
 最後の愚痴に咆哮をかけて、こんがり焼け過ぎた紫狼が叫ぶ。
「仕方がない。奥の手を使うか」
 そこで一抹が動いた。飛空船の倉庫から餌にしている砂蟲の肉の余りを取り出してきてなにやら行動を開始する。
「何を?」
 いつもながら行動が読めない。怠け者かと思えば、動く時はテキパキ動く。全く判らない男である。その間も一抹は肉を掴むと用意していたらしい巨大バケツに放り込み適度に揺らして頃合を見計らった後、上空より投げ捨てる。
「撒き餌かな?」
 それを見てからすが呟いた。
「まあ、そうみたいね」
 用意してきた武器を磨きながら恵那も言う。匂いからしてさっきのバケツには動物の血でも入っていたのだろう。鉄の匂いが僅かに漂っている。

「うおおっ!!」
「うにゃああ!」

 そんなものが落ちてくるとは知らない囮の二人は慌ててそれを回避した。
 しかし、それを避けてほっとしたのも束の間の事――。
「そこの土偶、竿を上下に揺らせ」
「はいっなのです!」
 一抹の指示によりミーアが竿を動かし始める。

『うおおおぉぉっっ!!』

 するとぶら下がっていた一人と一匹の悲鳴が木霊した。
「一体何をする気や?」
「船長、気持ち高度を下げてくれ」
「あいよっ」
 不思議がる蔵人をさておいて、今度は船長に指示を出し囮班の縄は徐々に海面が近付いてゆく。

   ばしゃん

 そして、着水。
「ふぃ〜案外中も温い‥‥ってうぉい!!」
 上下に揺らされただけでも気持ちが悪いのに、着水したりしなかったりでは不快感MAXである。
「チャーターは今日が最終日だ。手荒くなるが許せ」
「おいおいそんな‥‥ってぶくぶくぶくっ」
 抗議しかけた紫狼だったが、着水と同時に水を飲んでしまい、言葉にならない。

   ばっしゃ ばっしゃ ばっしゃ

  それが続いて‥‥とうとう奴が姿を見せる。

●三
『あ‥‥』
 それは一瞬の出来事だった。烈火の合図に気付いて雫が叫んだが、残念ながら間に合わない。海面に見えたのは、大きな口。がま口のようなその口でぱっくりと釣り糸ならぬ釣り縄に喰らいつく。そして、それは餌もろとも‥‥いや餌だけではない。必死に囮となって、奴を誘き出していた者達までも容易に呑み込んでいく。

「え、マジ! ちょ、おいぃぃぃぃぃぃ!!!」

 視界が暗くなっていくのを知って、紫狼が叫んだ最後の言葉――綱を登り始めていたようだが、到底間に合う筈がない。

「やはりあの長さでは足りなかったか」

 などと呟いた一抹がいたが、他のメンバーの耳には届いていなかった。
 飛鈴と一抹を除いて‥‥初めて見るその巨大な敵に目を奪われているようだ。

「おー‥‥すご。こんな大きな魚初めて見たよ。いつもの清光じゃなくて、大太刀持ってきてよかった♪」

 上空で相棒の焔珠と待機していた恵那が感想を漏らし、嬉々として手にした刀を翻す。
 斬竜刀『天墜』――2mを越える長さのその刀はあれを仕留めるには打って付けた。
「これからが本番あるナ! 気合入れていくアル」
 撓る釣竿に駆け寄るのは、飛鈴、一抹、雫にミーア。しっかりと喰らいついてくれたおかげで用意していた縄を一杯まで引きずり込んで、根競べの領域に入る。
「逃がさないのです!! マスターになでなでしてもらうんですから!」
 最後尾で竿自体を支えて、ミーアが言う。
「いいか弱るまで待つんだ。しかし誰がタイミングを見る?」
 皆竿に集まっているのに気付き、一抹が問う。
「仕方ない、わたいがやる」
 そこで狐鈴が指示を出しに回った。
「これは空からの方がよさそうだね。舞華、『起動』」
 そして、からすは上がった時の攻撃に向うべくグライダーで空に出る。
 それとは逆に、内に逃げたものもいる。それは――
「どっちにしろ、これを取りに戻るつもりやったとはいえ‥‥大丈夫かいな?」
 ぐらぐらと揺れる飛空船にバランスを崩しそうになりながら、蔵人が困ったように頭を掻く。そう、逃げ込んだのは彼の相棒である。
「なぁ、小狐丸‥‥頑張ってくれたら、ぎょうさん甘酒飲ましたるで?」
 揺れに耐えつつ、精一杯優しく微笑んで彼が言う。
(『あま、ざけ‥‥』)
 その言葉に顔だけを向ける小狐丸。どうやらさっきのと甘酒を天秤にかけているようだ。
(「ん〜、もう少しかかりそうやなぁ〜」)
 蔵人はその様子を見つめながら心中でそう呟いた。
 

 一方、やはりこちらも難航の色を見せている。
(『大きい、化け物、怖いー!!』)
 ウルグを乗せたまま、ジタバタ首を動かしてその場から離脱を計ろうとするシャリア。よっぽどさっきのアンコウの顔が怖かったようで、彼が宥めてもまだビクつかせている。
「大丈夫だ、いいか落ち着け‥‥ただの魚だ」
 そう言い聞かせて背中を撫でてやるが、『くるる、くるる』と鳴き声を上げて金色の目には涙が溜まっている。
「まぁ、まだ釣り上がっていないのが幸いだな」
 釣り上げ班の様子を見つめ、彼も心中で呟くのだった。


 さて、それどころではないのは釣り上げ班。
 ぱくっといってから早数十分が経とうとしているというのに、一向にアンコウの動きは衰えようとはしない。飛空船もろとも右へ左へ揺さぶられ、釣り上げる所ではなくなってきている。
「早く助けないと紫狼さん達が危ないのでは?」
 呑まれてしまったのをはっきりと目撃した雫が必死に竿を支えながら言う。
「それは問題ない。アレの中に空気はある。ただ、敵もいるが」
「じゃあ、持久戦でいくアルか? 大物釣りは忍耐勝負‥‥休み休みやった方がいいかもナ」
 その隣では飛鈴も一抹に声をかける。
「船自体も危ないと思うが」
 揺さぶられる船体に危機感を覚える一抹。だがその前に限界は近付いていた。

「折れるかも」

 指示を飛ばしつつも持ち込んだらしい寿司をぱくつき狐鈴が言う。

「なにぃ!!」

   ばきばきばきぃぃぃ

 一抹の声とそれはほぼ同時だった。派手な音を立てて、竿がぽきりと折れ、片方が海へと投げ出されていく。
「いかんっ!」
 それを一抹が捕まえて、しかし彼は宙に身を投げ出している。
 
  だんっ

 それに続いて飛鈴、雫、ミーアと続く。
「や〜〜ん、ヒビ入っちゃうかもなのですぅ!!」
 そして、互いの足を掴んで辛うじて踏み止まる四人。
「船長、更に高度を下げてくれ。体勢を立て直す」
「は、はいっ」
 まさかこんな依頼に使われるとは思っていなかったらしい。船長は涙目になりながらも指示に従う。
「おまたせやっ、ちょっくら行って来るで!」
 そこでようやく納得したらしい小狐丸を連れて、蔵人が空へと飛び出していくのだった。


「紫狼しゃん‥‥これ、やばくないにゃ?」
 口の中――ぱっくりいかれた一人と一匹はここでも窮地に立たされていた。
 なぜなら、口の中に潜む小型のピラニア型アヤカシに囲まれていたからだ。
「なんでも毒があるらしいぜ」
「聞きたくなかったにゃ」
 命綱である縄で身体を縛られたままとあって出来る行動は限られる。なら外せばいいのではと考えたが、それこそさらに流されてしまえば戻って来れるとは限らない為、それも出来ない。かくなる上はこのまま戦うしかないと言う訳だ。
「くそっ、こんなならもっと色々やっとくべきだったぜ‥‥」
 思いの外シリアスに脇差を構えて紫狼が言う。
「大丈夫にゃ。絶対ご主人達が助けてくれるにゃ! だから踏ん張るにゃ」
「そうだな。らしくなかったぜ、駄猫!!」
 いつもの調子を取り戻した紫狼が駆ける。
 そして、まずは一匹。二本目の脇差で次を仕留める。しかし、
 
  つっるーーん

 勝手の違う魚の体内。足を滑らせてすっ転び、ポチ諸共更に奥に滑りゆく。
「やっぱり駄目かもしれないにゃ〜〜」
 かなり不安になりつつ、ポチは鎌鼬を発動するのだった。


●四
「まだ上がらないの? コレじゃあやり様がないじゃない」
 折角掛かったというのに、釣り上がってこない事には攻撃の仕様がない。空で待機する者は日差しに参りながらその時を待つ。
「確かに。これでは舞華の優雅な飛行も見せてやれないな」
 弓を手に何度か攻撃を加えてみたが、海中深くに移動してしまったらしい敵には矢は届かず、矢だけがぷかりと浮いてくる始末である。
「俺もお手上げだ」
 そして、ウルグもなんとかシャリアを宥めて戻ってきたのだが、手のうち様がない。

「ほな俺の出番やな」

 そこへ飛び出してきた蔵人がにやりと笑った。

「ええか、上の人〜! 一気にいくで!」

 そう声をかけて彼は手にした槍を翳して、発動したのは雷鳴剣の一撃だった。釣り縄方面に向けて、迸る雷撃――水は電気をよく通す事もあり、ぷかりぷかりと付近の魚が浮いてくる。それはアンコウにも例外ではなかった。

   ざっぱぁあああああ

 もがく様に身体をくねらせ姿を見せる。その隙を釣り上げ班は逃さない。
 飛空船自体も上昇し、徐々に姿を空中に晒すアンコウアヤカシ。丁度この時、ポチの鎌鼬が唸りを上げたのだが、知る者はいない。
「烈火、奴を攻撃に!」
 釣り上がると同時に雫が烈火に指示を出し、釣り上げ班は縄の固定に入る。
「やっときたで! 小狐丸! ハンマー射出や!!」
 派手を好む蔵人に付き合わされて、涙目の小狐丸は金平糖を振り翳す。ヒートアップと炎龍突撃かけで上がった攻撃力は半端ではなく、それが無防備なお腹へと直撃すると堪らず開いた口から何かが吐き出される。

「おや、紫狼殿、ポチ殿。元気そうじゃないか」

 からすがそれを見取って、即座に近付き声をかけた。

「言ってる暇があったら助けてぇぇぇぇぇぇ」

 しかし、重力に従い落ちていく彼らに手を差し伸べない彼女。

「すまぬな。舞華は一人乗りだから。それに命綱があるから大丈夫だよ。そこで私と舞華の華麗な飛行を見ていてくれればいい」

 そう言って、弓を構え連射を開始する。
 陸に上がった魚に出来る事‥‥それはほぼ無に等しい。
 このアンコウも同じ運命のようだった。


 ウルグが空撃砲で、恵那は両断剣で。ありとあらゆる角度から攻撃を加えられる。
 恵那に至っては三枚おろしを試みているようだが、相手はアンコウとあってはそれは難。
「なんでうまくいかないのかな?」
 多少苛立ちを覚え出し、それが相棒にも移ったようで激しい攻撃が続いている。
「アンコウとは平らな魚。吊るし切りが基本‥‥皮を剥ぐ様にいかなくては難しいよ。ちなみに食べるなら鍋がお薦めだね」
 そこへ戻ってきたからすが助言する。
「え、そうなの? 知らなかったな」
 そう言って再びぶんと振り下し、ぱっくり開いた腹からは情報にあったピラニア型アヤカシが零れ落ちてゆく。それをすかさず、ウルグが仕留めて瘴気へ戻す。
「上がってしまえばどうって事ないナ」
 それを見て飛鈴が言葉する。

「面倒だからこれで終りにしよう」

 そう言ってウルグが焙烙玉に火をつけ口へと放り込んだ。
 それに続くように攻撃班のラッシュが始まる。

「おら死に晒せぇぇぇぇ腐れあんこぉぉぉぉぉぉ!!」

 両手には炎魂縛武掛けの槍を構えて蔵人、豪快に跳んで見せる。勿論、翼など持ちえていない彼であるが、白き羽毛の宝珠がある為気にしない。額の疑似餌に突き立てて、素早く離脱。

「これでお終いよ! 柳生無明剣!!」

 恵那は焔珠と共に渾身の一撃。尾鰭を一刀のもとに切り捨てる。そして最後は、

「ご馳走だ『天狼星』! 魂ごと喰らい尽くせ」

 からすの烈射――衝撃波も伝わって、見事巨大アンコウは瘴気と化し霧散する。
 そして、残ったのはピラニアアヤカシ‥‥ぼとぼとと海へ散ってゆく。
 そこへ再び雷鳴剣――。

「終わったな」

 いきなり重量を失って飛空船がくんと揺れたが、それでも何とか持ち堪えて一同ほっと胸を撫で下ろす。

「さあ、帰りましょう。依頼完了で」
「ひゃっはああああああああ!」

 そう言って船長に帰路を促しかけた雫だったが、思わぬ奇声に言葉をかき消される。
「何やってるんだ?」
 その先には、飛空船に舞い戻った蔵人が金平糖と戯れていた。
 何をしたいのかはよくわからないが、金平糖を固定しダイブを繰り返している。

「と、とにかく帰りましょう」

 そんな彼をそっとしておいて、彼らは戻る。何か大事な事を忘れたまま‥‥。
「いつになったら引き上げてくれるんだろうな」
「さぁわからないにゃ」
 船の端の付けられた折れた釣竿の切れ端と釣り縄の先の一人と一匹。
 寂しくはなかったが、どことなく空しいものを感じるの囮班だった。


「さぁ、食え! どんどんじゃんじゃん食いまくれ」
 蔵人の雷鳴剣により近隣一帯の魚が何もせずに漁獲出来たのはよかったのだが、全部が痺れただけではなく生命を失っていたとあって、保存が利かない魚は早く食べてしまうしかない。相当な量の魚が揚がったはいいが、消費量を大幅に上回ってしまっているとあって、消費者側も頑張らなければならない。
「一部塩漬けにして持って帰るからよろしくナ」
 機転を利かせて、加工をお願いした飛鈴は利口だった。その他の面子はと言えば、大量の鮮魚との嬉しくも苦しい戦いが待ち受けており、あらゆる魚の寿司を堪能した狐鈴を始め、皆が数時間後にはある思いにたどり着いている。
 確かに魚は美味かった。しかし、量が量である。
「もう、食べられないにゃ〜、お魚地獄にゃ〜」
 ばんばんになったお腹を抱えて、適度な量が良いのだと実感する。
 好きならば幾らでも食べられる‥‥否、好きでも限度と言うものはある。
 それを身体で実感しつつ、お土産に持たされた鮮魚の山をどうするか悩む彼らなのだった。