【砂輝】Not cat
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/25 01:33



■オープニング本文

●手綱
 一人の男が、ステラ・ノヴァの市街地に足を踏み入れる。
 男の名はジャウアド・ハッジ。190cmに達しようかと言う長身の、アヌビスだ。砂塵にまみれた衣服に豪華な装飾品を纏う彼を先頭に、乱暴そうな部下たちがぞろぞろとつき従う。
 人々は思わず道を明け、彼らは大通りの中央をのし歩く。
「おう、邪魔するぜ」
「あ、は、はいっ」
 ジャウアドがずいと喫茶店に顔をのぞかせると、店主はぎょっとした様子で慌てて頭を下げ、店の奥に引っ込むや、えらい奴が来やがったと苦虫をかみ殺した。
 部下たちを席に着かせつつ、窓からちらりと通りの向こうを眺める。
「かしら、あれが開拓者ギルドです」
「ふん」
 とある女性よりオリジナルシップに関する情報を得たジャウアドであるが、それだけでは心もとなく、切れる手札が多いに越したことは無い。話に聞けば、開拓者たちは自分の下部組織にあたる盗賊団を難なく撃退したとも言う。
 なるほど実力は折り紙つきだ。
 となれば、後は開拓者が自分になびくかどうかだが‥‥


●いざ、新天地へ
 出だしから躓いた青年罠師・キサイは今空を翔る。
 相棒の龍・猛者に跨って、眼下に見えるのは一面砂ばかり。
 そう彼は、新大陸であるアル=カマルの上空を飛んでいるのだ。
 里からあまり出なかったこともあってか、都に下りた際見たジルベリアの服装やら習慣やらにも驚かされた彼であったが、ここでは更に驚く事が多い。砂ばかりの大地‥‥緑の少ないこの大陸では水の確保はとても重要であり、水場に関しての決まりはかなり厳しい。独占などご法度で、いかなる事情があっても汚染するような行為は固く禁止されている。

「ん?」

 作業用のゴーグル越しに何かを見つけて、彼は相棒に降下するよう指示を出す。
 するとそこには朽ちた建物に集まる人影があった。ゆったりとした服装に尖った耳――どうやら、現地の者らしい。腰には軽そうな剣が下げられているから警備隊のような職種の者だろうか。龍に乗っていてはどう見ても目立ってしまう。声をかける気はなかったが、すでに気付いているだろう事を察して、彼は近くに降り立ち様子を窺う。
「おまえ、ジンか‥‥」
 案の定、彼を見つけ、そこにいた一人が声をかけてきた。ちなみにジンと言うのは、こちらでの開拓者の呼び名らしい。
「何があった?」
 仕方なく聞いた彼であったが、相手は意外と友好的に詳細を話し始める。
 その男の話ではこの水源にアヤカシが出たらしかった。いつも通りに飲み水の補給にやってきた彼等を襲った犯人は、見たこともない姿をしていたのだと言う。
「で、敵の特徴はどんなだった?」
 その話を聞くうちに、徐々に興味が芽生え始め彼から質問が飛ぶ。
「猫のような‥‥しかし、全ては判らない。なんせ一瞬だったから」
「猫? 大型のか?」
 思わぬ回答にキサイが首を傾げる。猫といえば路地裏でひなたぼっこをしているあの猫の事だろうか。たとえ大型とはいえ俄かに信じ難い。
「すまないが、手伝ってくれないか? こんな失態、他の部族には知られたくない。しかし、このままでは終われない。金はやる。だから、手伝ってほしい」
 現場に残っているのは無造作に転がった補給用の大型の桶。それも何やら鎌のようなもので一刀両断されている。
「とりあえず、詳しい事を聞かせてくれ。それからだ」
 キサイはそう言って彼らと共に負傷者の下へと向かう。彼らは遊牧民らしかった。都に戻るのかと思いきや、砂漠の真ん中に案内され、そこに立てられた大型のテントへと通される。
「よく来たな。ヨロシク頼むぞ」
 そこには一人の男が豪華な椅子に腰を下ろし彼を出迎えるのだった。

 そして、有無を言わさない威圧感に負けて、キサイはこの話を承諾する。
 他のテントもあったが、中にいたのは女子供ばかり。男手は彼を案内してきた男達数人のみだ。後の面子は皆あそこで負傷し、命を落としたのだと言う。
(「何かおかしい気がする‥‥」)
 そう思った彼であるが、仕方がない。けれど、一人ではどうすることも出来ない為、一旦都に戻り仲間を募る事となる。長にしては若いあの男から金を託されギルドに人員を募集――彼自身も事件の詳細を聞き調べると、あるアヤカシへと行き着いた。それは、
「ジャバト・アクラブ‥‥蠍の体に猫の胴‥‥変わったアヤカシだぜ」
 都にあった図書館でその詳細を見つけて彼がにやりと笑う。
 その様子を陰から見つめる眼があった事を彼は知る由もなかった。


■参加者一覧
紅鶸(ia0006
22歳・男・サ
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
九重 除夜(ia0756
21歳・女・サ
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
鶯実(ia6377
17歳・男・シ
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
翠荀(ib6164
12歳・女・泰
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂


■リプレイ本文

●砂の大地
「まずはこの布をですね、このように巻くとよいのです」
 慣れない砂ばかりの大地にやってきた天儀人は多い。そうでなくても、発見されたばかりであるし、そこでの動き方など知っている者は少ない。けれど、今回のメンバーの中にはこちらに詳しい者がいた。彼の名は、クロウ・カルガキラ(ib6817)――砂迅騎である。今回被害に合ったと思われる部族と同じ職業であるから、砂への対策は心得たものだ。
「成程。こうすれば飛ばない訳か」
 彼からターバンの巻き方を教わったキサイが興味深げに言う。
「砂漠の砂と照りつける日差しはお肌の大敵なんだからっ‥‥ほらほら団長さんも!」
「あによ? それはわかるけど、暑苦しいって‥‥」
 ――と一方では団長こと鴇ノ宮風葉(ia0799)と団員であるルンルン・パムポップン(ib0234)が楽しげに紫外線対策を立てている。
「ふぅ〜、仲がよい事で」
 それを煙管片手に傍観するのは、風葉付きのシノビであるらしい鶯実(ia6377)。今回は団長命令と言う事もあり、この依頼に参加したらしい。
「あんた、何ぼ〜〜と見てるのよ。あんたもするの」
「え、俺もですか?」
 結局色々巻き付けられて、暑さに不機嫌になりながら風葉が言う。
「それは、やっぱり‥‥」
「団長命令」
 きっぱりとそう言われて、彼も渋々ルンルンの元へ歩いていく。
「鎧お化け?」
 その横では重い鎧を身に纏い顔さえも鬼面で覆った九重除夜(ia0756)を見つめ、犬獣人の翠荀(ib6164)が言葉した。彼女、まだ獣の血が濃く残っているのか、はたまた若いからなのか動物のような行動をとる事がある。ふと思った事を口にして、しかし男性恐怖症らしく、距離を取ったまま彼をじっと見つめている。
『なんだ。お化けではないぞ』
 面の下から瞳を覗かせて彼が言う。
「暑くないのか?」
『ああ、問題ない』
 日光の下、かなり熱を吸収していそうだが、彼自身は特に気にしていないらしい。
「そうか、ならいい」
 彼女はそこで興味を失って‥‥わふわふいいつつ、別の面白い事を探しに移動する。
「皆さん、宜しければそろそろ出発いたしましょうか」
 そんな彼らの元に唐突に現れたのは、一人の男だった。どうやら、現場まで彼が案内してくれるらしい。愛想のいい笑顔で彼らを持参した駱駝に誘導する。
「ん、瘤?」
 突如現れた生き物・駱駝にキサイならずとも好奇心は擽られ、男の連れてきた駱駝に跨る一同。それにあの時は丁度出くわしただけの事――キサイは道順など覚えていない。
「では、参りましょう」
 男の言葉に従って、彼らは現場に向う。
「そうだ、キサイさん。道中、現場の事をもう一度聞かせてくれないか?」
 そこでキサイに並ぶよう位置付けたのは紅鶸(ia0006)だった。
 彼にとっても初めての土地――不慣れな場所であるから、憂いは出来るだけ取り除いておきたい。少しでも多くの情報をと出来うる限りの手段で情報を収集。討伐対象であるジャバト・アクラブの事もきっちり調べ上げている。三種の毒をもつ事や相手が大型に属する事等は確認済み。作戦を立てる際にも率先して、行動を提案していた彼である。キサイもそれを知っているから、勿論協力を惜しまない。
「ああ、わかった。覚えてる事を全部話すぜ」
 そう答えて――話しながらの道中はあっという間に過ぎていく。
 そして、眼前に問題の建物跡を見つけて、彼は歩みを止めた。
「行かないのですか?」
「まずは確認からアル」
 それに梢・飛鈴(ia0034)が静かに答えて、クロウに視線を向けるのだった。


●初手
 バダドサイトと呼ばれる遠視のスキルを使って、クロウが辺りを注視する。
「確かに遺跡のような場所ですね。キサイさんの言った通りだ」
 はるか一キロ先まで見通すことの出来るというその能力で見取ったのは崩れかけの柱と崩れた壁――他には何も残っていない。遥か昔は砂ではなかったのかもしれないが、今は砂に埋もれて‥‥そこには井戸だけしか残っていない。
「とりあえず、猫蠍の姿はないようです。行きましょう」
 そう促して、一同は更に接近する。
 たとえ姿がなくとも油断は禁物――奇襲がないとも限らない。
「しっかし、ホント砂だらけよね」
 そうして、問題なく現場に辿り着いて――固められた床にふらつきつつ飛び降りた風葉が感想を漏らす。そのふらつきの原因は彼女の杖にあった。
 新しく手に入れた武器の名は霊杖『カドゥケウス』――黄金の蛇が絡みついている。そしてその長さは2mもあり、彼女にとっては決して扱いやすい長さではない。
「大丈夫ですか? それ」
 それを見取って鶯実が問う。
「あによ文句あるの? これ位扱えなくて世界征服が出来るかっ!!」
 重さに耐えつつそう叫び、彼女はどんっと杖の先で地面を打ち付ける。
「はいはい‥‥けれど、あなたらしいです」
「あぁん? 何か言った?」
 くすくす笑う鶯実に疑うような視線を向ける彼女。主従と言っても固いものではないようだ。
「遺体の方はないようですね」
「はい、昨日回収しましたから」
 ざっと見回し言うクロウにガイドが答える。数人がやられたらしいが、今は血痕一つ残っていない。
「本当にここであっているのか?」
 綺麗過ぎる現場に不審が募る。
「ここで間違いはないと思う。それに、俺が来た時にはもう遺体はなかったから。ただ、桶があったくらいだ」
 あの時の状況を思い出しキサイが言う。
「それではよろしくお願いします」
 男はそういうと、そそくさとその場を後にした。ここにいては足手纏いになりかねないと、討伐終了の際は発炎筒で連絡する事になっている。彼が去った後、一同は本格的に探索を開始する。
「ねこねこふしぎー♪ ねこさんどこだー!」
 鼻歌混じりに調査に入ったのは翠荀だ。ふんふん鼻を擽らせ鼻歌交じりに彼女が辺りに不振な匂いがないか探る。広さにして約24m×11mの長方形な空間であるが、開けた場所という事もありそれ程時間は掛からない。とりあえず、何処から来てもいいように周囲に目を向けて猫蠍の登場を待つ。
 勿論、井戸からは距離を置いて、幸いな事にこんな場所であるから井戸には蓋が備え付けられている。
「さぁ、どこからくるアルか?」
 囮となる二人が前に立ち、広がる砂漠を前に言葉した。


 そして、それが現れたのは彼等が到着して約数分後の事だった。
「あの壁の裏っぽいね」
 壁の裏の気配を察してルンルンが言う。そして、ゆっくり近付く彼女に届いた声。
「にゃあぉ」
 普通の猫と変らない鳴き声で彼らを惑わそうと言うのだろうか。情報がなかったのであれば、油断しただろうがそうはいかない。だが、あくまで相手もこちらの出方を待つようで壁裏から動かない。
「これじゃ埒があかねぇ。俺にやらせてくれ」
 その様子を見て、キサイが人差し指程の円筒を取り出す。
「それは?」
「まぁ、見てなって」
 問う仲間に彼は答えず、それをばきりと折るとそのまま壁の裏へと投げ込んで、
「うにぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 その後に続いたのは真っ白な煙と猫蠍の悲鳴だった。
 そして、その煙の効果だろう隠れていた猫蠍が姿を現す。涙が止まらず必死に前足で拭っている。
『奇妙奇天烈とはこの事か‥‥いや、私の視野が狭いだけかな』
 距離を取った位置から除夜が言う。
「とりゃああああ!」
 それをチャンスとばかりに翠荀が動いた。
 瞬脚を発動し一気に距離を詰め、狙うは勿論厄介な尻尾である。
「くらえー暗勁掌!!」
 ぐっと腕を引いて、拳を突き出そうとした彼女だったが‥‥その先に見えたのはつぶらな瞳。ギルドの資料にあったそれとは似ても似つかない表情の猫蠍――。
『危ないっ!!』
 仲間の声が届いた時には遅かった。しかし、彼女に痛みはない。はっとして視線を向ければ尻尾の鎖鎌を押し留めるルンルンの姿がある。
「ニンジャに奇襲は通用しないんだからっ‥‥ルンルン忍法ニンジャザワールド!」
 寸での受けれたのは彼女のスキル・夜があってこそ。
 しかし、力の鬩ぎ合いで徐々に押されてゆく。
「ちっ」
 それを見て猫蠍が明らかに舌打ちした。いや、正確にはしたように見えただけかもしれない。けれど、それで怒りのメーターが急速に上がる者がいる。
「む〜〜、許さないんだからっ!!」
 優しさを嘲られた気がして、翠荀が再び拳を振り上げる。
 けれど、それより早くに押し負けて、一旦後退するルンルン達なのだった。


●尻尾
 戦闘は思いの外長期戦の色を見せ始めていた。
 たまに吹く砂塵と猫蠍の持つ三つの尻尾と二本の鋏によって――常に周囲をガードする鎖鎌に、隙あらば混乱を誘う尻尾と毒を齎すもう一本。意識を全てに向けていなければならない。
「なかなかに厄介アル」
 前方で引きつけていた飛鈴が今日何度目か判らない攻撃をひらりとかわす。だが、彼女とて全てを防ぎ切る事は叶わない。幸い傷は浅かったし、後衛の風葉がやられたと思しき仲間には解毒をかけて回っているおかげで大事には至っていないが、傷はじわじわ体力を消耗させる。
『混乱の尻尾は一体どれだ?』
 そんな中、その鎧のおかげで未だ毒の影響は受けていない除夜が言葉する。
「たぶん、あれではないでしょうか?」
 そこに助言したのはクロウだった。
『なぜそう思う?』
 思わぬ回答に除夜が聞き返す。
「先程、紅鶸さんが傷を負われた際首を振っておられて‥‥一瞬味方に刃を向けかけていたので」
『成程、裏付けありか』
 彼の言葉に確信し、除夜が前に出る。それは攻撃特化の構えで、クロウが慌ててそれを援護する。彼が尻尾に到達するまでの間、戦術攻と銃で道を切り開く。それは見事な連携だった。
「ふぎゃああああああ!!」
 大地を引き裂かんばかりの悲鳴を発し、断ち切られたのは一本の尻尾。
「逃がさないアルッ!!」
 それに追い討ちをかけようラッシュに入った飛鈴は、ゼロ距離からの連環腿と旋蹴落の連撃を試みる。
「さあて、ちっとは効いたアルか?」
 それが決まって‥‥流石の猫蠍も逃走を開始した。
「待て!」
 それを見取って紅鶸が待ったをかける。彼の声が猫蠍をビクつかせて、
「でかしたわ! あんたっ!」
 ――とそこで風葉が結界呪符『白』を展開した。そうする事で砂地に逃げるのを防ごうと言うのだ。
「さぁ、あたしが見ててあげる!‥‥男になって来い!!」
「はいはい、わかりましたから‥‥あまり目立たせないで下さいね」
 にこりと笑って、鶯実が早駆で迫る。手には刀を握り締め、そして猫蠍が振り向く前に刀『河内善貞』がもう一本の尻尾を切断する。
「にぃぎゃああああ!!」
 その痛みに再び猫蠍が悲鳴を上げ、今度は白壁を登り始める。
「そうはさせません!」
 そこへ今度は紅鶸の地断撃――地面を揺らすその衝撃は壁にも伝わり、ぽてりと猫蠍は落下する。
「うりゃああああ!!」
 その叫びは翠荀のもの‥‥さっきの恨みとばかりに、いつの間にやら重ね掛けしていたらしい破軍の九段掛けの暗勁掌が残った鎖鎌を打ち砕きに入る。そして――
『来夜流「錠外」――終が崩し「壊燼」』
 最後は再び除夜の一閃。徹底した攻撃重視のスキルの全部掛けとあっては猫蠍も一溜りもなかった。悲鳴を上げる間も無く、瘴気が砂塵に攫われ消えてゆく。それでも他のアヤカシが残っていないか確認して、彼らはやっと胸を撫で下ろす。
「ん、終わりましたね〜。はぁ、お酒が恋しいです」
 煙管に火をつけぷかりと煙を吐き出しながら鶯実が言う。
『なら、飲むか?』
 その言葉を聞いて手にした古酒を差し出したのは除夜だ。
 相手がアヤカシとあっても弔い酒を行おうと持参してきたものらしい。
「あんた、そんな頑張った?」
 ――とそこへ風葉が突っ込んで、いつものペースを取り戻す彼らである。
「あ、そうだ。井戸‥‥問題の井戸を確かめておかないと」
 ふとその事を思い出したキサイが毒云々の確認をしようとそちらを向けば、
「ぷっは〜、うまい!!」
 と井戸の水を飲んで喜ぶ翠荀の姿があって‥‥。
 どうやら、井戸の水は全く汚染されてはいないようである。
「ははは、しかしあいつ‥‥なかなかの度胸だぜ」
 万が一毒等入っていたとしたらどうするんだと思いながら、彼がくすりと笑う。
「さて、これで討伐完了ですね」
「そう、アルな」
 一方ではそんな会話がなされて、渡されていた発炎筒に火をつければ五分もしないうちにガイドの男は戻ってくる。
「ご苦労様でした。宴の準備出来ているので手続き終えて戻って来て下さい」
 と告げられて、彼らは元来た道を再び駱駝に跨り戻るのだった。


●違和感
 丁度いい広さのテントで、薄絹を纏ったジプシーを呼んでの宴は実に華やかなものだった。料理も酒も全てが美味しく、まさに至れり尽くせりである。翠荀は目の前の料理に片っ端から手をつけ、鶯実はジプシーのダンスを眺めながらまったりと酒を傾けている。
 そんな中でキサイは未だ変な違和感に捕らわれていた。
(「なんだ、この感じは?」)
 初めからそうだった。遊牧の民だとはいえ現地に住む者‥‥ジャバト・アクラブについての知識がないのは納得がいかない。それにだ。あの現場にしたって、綺麗過ぎやしなかったか? 部族の男手が数名やられたにしては、あまり汚された感がなかった。そして、あのタイミングのよさ。外から確認した時点ではいなかった猫蠍だが、自分達が到着してすぐに姿を現した。そう、まるで謀ったかのように‥‥。
 ガイドもそうだ。あの井戸から隣町ないし補給所までどの位の距離があるのかはわからないが、彼の記憶が確かならば五分で来れる場所にそれらしい建物は存在しなかった。とするならば――。
(「仕組まれた? いや、試されたのか?」)
 アヤカシの出現に関与していたかどうかは判らないが、そう考えると説明が付く。
 まだこちらに来たばかりである開拓者だ。こちらがアル=カマル自体に興味があるように、相手も自分達に興味を示していたとしてもおかしくはない。
「酒は嫌いだったかな?」
 声につられて視線を上げて、キサイは一瞬たじろぎそうになった。
 なぜなら、そこにはあの威圧感のある長が微笑し酒瓶を差出していたからだ。
「はっ、はぁ‥‥では、頂きます」
 断りきれなくて、キサイは苦笑しそれを口に運ぶ。
(「まいったな〜、師匠から仕事後であっても飲むなって言われてるのに」)
 それは麦から作られたらしい喉越しのいい酒だった。普段は飲まない彼であるから想いの他、酔いが早い。その流れに身を任せて、彼らはそこで一夜を明かす事となる。


 そして、彼らが寝静まった頃‥‥あるテントで交わされた言葉。
「どうだった?」
 男が問う。その男にもう一人がこそこそと耳打ちして――。
「ほう、成程。だが、まだだ。もう少し情報がほしい」
 男はそう言って報告を終えた男を下がらせる。
「ジンか‥‥面白い奴らだ」
 くくっと笑って男は静かに更に奥へと姿を消してゆくのだった。