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■オープニング本文 版元は悩んでいた。 それは彼の抱えている絵師の事である。 年末から‥‥いや、正確に言えばそれより少し前から彼――西賽の様子はおかしかった。決して下手ではない彼の絵は安定した需要を確保し、爆発的とは言えないがそれなりに版元にも売り上げを溢しており、もう数十年のつきあいになる。 だが、ここ最近はがくっと目に見える形で作品に揺らぎが見え始めていた。西賽が主とするのは役者絵であり、今で言うポスターやブロマイドの類いにあたる。彼にはそんな役者達の下絵をお願いしており、上がったそれを木版画にして量産し庶民に販売するのが版元の仕事である。 「どうしちゃったんですかねぇ〜西賽さん。俺、好きだったんだけどなぁ」 版元お抱えの彫師が最近顔を見せない西賽の事を思いぽつりと呟く。 「やっぱり少し変だと思うかい? 今までにはこんな事なかったものなぁ」 その言葉を聞き、版元の顔色にも陰りが指した。 「変と言うか元気がないと言うか‥‥魂が抜けたような、とでも言うのかなぁ〜。絵ってぇもんは知らず内にも本人の心の内が筆に出る‥‥この絵からは何も感じられねぇ‥‥もぬけのからでさぁ」 もう一人の熟練彫師も彼のこないだの下絵を前にそう感想を述べている。 「もぬけのからか‥‥一体何があったんだろうねぇ?」 そう思う版元が少し思案して、はたとたどり着いたのは西賽の呟き――。 彼の絵が不調になり始めた時の事‥‥下絵と引き換えに代金を渡した折、西賽は終始うわの空で何が呟いていたのだ。 「あ〜確か、『少女』。そう、あの少女に会えばなんとか‥‥言っていたなぁ」 もうかなり前の事になるが彼は確かにそう言っていた。そしてその後、突然瘴気が充満し立ち入り禁止になった山に入り行方不明になって、開拓者が聞き込みに来たのではなかったか。その後、彼と共にもう一人の行方不明者の少女は助け出されたらしいのだが、未だ山には瘴気が立ち込めたままだと聞く。 「何かそこに原因があるのかねぇ?」 簡単に西賽の首を切る事はできるが、版元も彼とは長い付き合いであり、できればそれはしたくない。何か悩んでいるのなら、力になってやりたいと思う彼であった。 「確かこの辺だったか」 賑わう道から少し逸れて、貧乏長屋の一つで西賽は生活している。 「お邪魔するよ‥‥っ!!」 からからと音を立てて開いた戸――その先には異様な光景が広がっていた。 それは、部屋中を埋め尽くす紙の山。描きなぐったようなものから、かなり清書に近いものまでさまざまであるが、全てにおいて描かれているのは一人の少女――。歳は十歳に満たないくらいで、ワンピース姿のその女の子は肩まである髪を靡かせ温和な笑顔を浮かべている。 「西賽っ!!」 その奥で机に突っ伏したままの彼を見つけ、版元は思わず声を上げた。 そして、彼を近寄ろうと一歩踏み出して、 「来るなっ!!」 西賽から声に上がった。突如上体を起こして振り返る姿は、版元の知る姿ではない。そこにいたのは、髪を乱し髭はぼうぼう、薄汚れた服を身につけやせ細った小汚い男――瞳の奥には狂気的な光を宿した彼に以前の面影は無い。しかし、声は紛れも無く西賽のものだった。聞き間違える筈が無い。 「一体どうしたんだ、西賽さん‥‥そして、この絵は?」 そう言って近くの絵に手を伸ばす。けれど、それを彼は許さなかった。 「俺の少女達に触るなっ! 俺は、彼女に会う為に、ずっとずっと描き続けているんだ!! おまえに触る資格など無いっ!!」 食事もほとんど摂っていないのだろうがりがりの身体で必至に叫ぶ。 「わ、わかった‥‥だから落ち着け」 それを見取って版元はその場を治め家を出る。どうしたものかと思案していると、彼を見つけて近寄ってきたのは近所の住人だった。 「もう止めときな‥‥あいつぁきっと狂っちまったんだ。毎日毎日外にも出ず、ずっと書き続けて‥‥確かにいい人だったが、もう駄目だぁ」 残念そうにそういう彼に版元は再び西賽の部屋に視線を向ける。 確かに彼の口調はおかしかった。本来の彼ならば、自分の事を『俺』とは言わず『私』といい、少し控えめで大人しくあんな好戦的な態度は取らない。しかし、版元は彼を見捨てるつもりはなかった。先程の絵‥‥とてもよく描けていた。流れるようでいて、力強い筆運びで、何枚も何枚も納得がいかなくて描き直す事など絵師にとってはよくあることだ。きっと彼は今何かと葛藤しているのだと思う。 だが、このままにしていてはきっとよくない事が起こってしまう。近所も不信感を抱いているようだし、第一あの様子からして食事を取っているとは思えない。衰弱死もありえないことではない。中ではまたさらさらと筆を動かす音だけが聞こえている。 (「なんとかせねば‥‥」) 版元はそう心中で決意し、その場を後にするのだった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
沖田 嵐(ib5196)
17歳・女・サ
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●原因は かさかさと音が聴こえる。 西賽の部屋を覗けば、中では一人の男が背を向け黙々と机に向っている姿があった。 この状態は依頼に出されていた詳細の通りで、ヤマアラシのような髪に汚れた着物、そして部屋には足の踏み場もないほどに紙が散乱している。それに加えて‥‥何もなされていないその部屋からの匂いは決していいものではない。 (「ひでぇ匂いだな、こりゃ」) それを密かに窓から見取って沖田嵐(ib5196)が心中で呟く。 「しばらくの間に思いつめてしまったのでしょうか‥‥」 その隣では以前の西賽を知る者・柊沢霞澄(ia0067)が心配そうに呟く。 「とにかくまずは休ませんと命に関わるな」 そう言って蓮蒼馬(ib5707)は戸をゆっくり開いた。 時間はまだ十時を回ったばかり――開かれた場所から光が差し込む。 「誰だ?」 西賽はそれに気付いて、僅かに首を動かした。 「失礼します。吟遊詩人のエラト(ib5623)と申します」 それを気にする事無く礼をし、中へと足を踏み入れる。それでも彼は振り向かなかった。 「あらあら、これはひどい恰好にひどい部屋だこと‥‥」 そんな中、率直な感想を述べたのはリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)だ。少女のような外見をしている彼女であるが、実年齢はもう少し上で腕は確からしい。周囲を観察している。 「ほ〜〜これがおっちゃんの描いた絵か」 「その絵に触るなっ!」 嵐がそう言って手を延ばし掛けた時、西賽の声が飛び、思わず肩が揺れる。 「よっぽど大事なのでしょうか?」 それを見取って後方にいた宿奈芳純(ia9695)が荷物を抱え言葉した。どうやら彼は状況を聞き、看病する為の道具やらを買い込んで来たらしい。 「とりあえず早くやって頂戴」 リーゼロッテはそう言い霞澄を促す。すると、彼女はこくりと頷き術の行使に入る。 術視『参』――修練を積み重ねてきたからこそできるそのスキルで、西賽に何らかの術がかけられていないか調査するようだ。 薄暗い部屋、散らばる絵‥‥しかし、そこに思う反応は得られない。 そして、西賽自身に意識を移して、やっと感じられたのは彼を取り巻く瘴気の影‥‥うっすらとベールをかけられたようなそれの出所は――。 「筆。あの筆が西賽さんに影響を与えているようです‥‥」 確信が持てる程の反応に霞澄が言う。 「あら、あっさりなのね。つまらないわ」 そこで各々対処に動き出した。 彼の握っている筆を取り上げる為‥‥しかし、足元には彼の描いた絵が散らばり邪魔をする。 「踏むんじゃない! 私の、私の少女達を!!」 そして、西賽もまた怒りを露わにした。 骨骨の身体で何も食べていない筈だというのに、ふらりと立ち上がると彼らに向き直り筆を掲げる。彼のキャンバスは空間らしかった。その筆で宙を一閃すれば、墨が宙を舞い描かれた筋が開拓者達を拘束しようと襲い掛かってくる。 それはまるで生き物のように――。あの筆がそれを可能にしているのだろうか? 「あれで本当に大丈夫なのか?」 振り返った西賽の姿を見て、思わず蒼馬が呟く。 「わかりませんけれど、まずはこの場をどうにかしませんと」 ジークリンデ(ib0258)はそう言うと、ひらりとその筋をかわして見せた。 「とりあえず霞澄は術の準備を」 「は、はい‥‥」 前衛の蒼馬の言葉にしっかりと頷いて、この場で有効と思われる術を持っている彼女がスキル発動のタイミングを見計らう。 「さて、それじゃあ私達は時間を稼ぐわよ」 リーゼロッテはそう言ってエラトに目配せした。すると、彼女も承知したようにトランペットを掲げ演奏を開始する。それは再生されし平穏だった。高音ではあるが、状態を回復に導く調べで西賽の様子を窺う。その音から彼は逃れる事は出来なかった。僅かに動きを緩める。けれど、完全な沈黙には至らなかった。墨の動きは緩くなったものの依然として彼らを襲い続ける。 「あわわっ」 それに引っかかりそうになった嵐が声を出した。後衛の多い今回のメンバー。 狭い部屋の中で制限された動きしか出来ず、自ずと前衛が傷を増やしていく。しかし、筆の方も血を流す事で絵が汚れてしまうのを判っているようで、打撃ないし妨害攻撃しか仕掛けてこない。 「しかし、これでは埒があかないな」 その状況に蒼馬が苦虫を噛む。 「では、これでどうかしら」 そこで動いたのはリーゼロッテだった。アゾットを掲げて発動させたのはアムルリープ――眠りを誘う魔術で西賽自身の沈静化を計る。けれど、 『なっ!!』 その先に起こった光景に思わず皆声を上げた。 確かに術は有効だった。西賽はうっすら開けていた目を完全に閉じている。 しかし、腕だけは違っていた。脱力した身体は床に崩れているのに、マリネットのように右腕だけが浮き上がり活動を続けている。 「ふふ、でもこれで狙いやすくなったわ」 それを見取ってジークリンデが攻撃に移る。光の矢を出現させて、勿論狙いは筆である。そして、霞澄の解術の法と彼女のホーリーアローはほぼ同時に放たれた。解術で指からするりと抜けた筆にジークリンデの矢が突き刺さる。音のない悲鳴、筆からは瘴気が大量に噴出し闇へと消えてゆく。そしてドサッと遅れて聴こえたのは、西賽の腕が床を叩いた音だった。 「終わったようですね」 あまりにも突然の戦闘と呆気ない終りに一同目を丸くする。 「あっそれより早くおっちゃんを!」 慌てて駆け寄った嵐の腕の中で西賽の体温はみるみる低下していくのだった。 ●夢の畔で ここは何処だろうか。今であって今でない場所のように思える。 あの少女は一体何処に行ってしまったのか? そもそも本当にいたのだろうか? 来る日も来る日も考えたが、答えは出ない。 会いたい、会えない。会わなければならないのに。 会ってどうしたいのかは未だ自分も判らない‥‥この靄に答えがあるのかすら。それでもきっと何かは得られると信じて。西賽は夢の中を彷徨っている。何処までも広く、先の見えない真っ暗な道を只ひたすら‥‥腹が減る事はなかった。只々前に進まねばと自分に言い聞かせ、手掛りとなる少女を忘れない為に筆を握って描き始めたのは覚えている。しかし、今彼の手に筆はなかった。見えない世界で、唯一聴こえたのは誰かの口笛だった。 「はっ!!」 かっと目を見開いて、初めに見えたのは見慣れた天井――。 「あぁ‥‥よかった」 止んだメロディーと引き換えに声がする。 「あん、たらは」 思うように動かない首を必死で動かして、彼が問う。 「やっと目を覚まされましたね‥‥本当によかった」 そこには一人の青年がいた。続いて二人の女性がやってくる。エラトとリーゼロッテだ。 「私は芳純と申します。版元の旦那さんに仰せつかってこちらに来たんですよ。覚えてらっしゃいますか?」 丁寧な口調で、しかし西賽に覚えはない。 「まだお体の方が芳しくありません。とりあえずはお粥を用意しておりますが、いきなりはきついでしょうし、白湯をどうぞ」 茶碗に入れたその白湯をゆっくりと彼の口に流し込む。 『美味い‥‥』 ただの白湯の筈なのに、消えかけた心に染み渡る。 「ひとまず大丈夫そうね。一時はどうなるかと思ったわ」 その言葉に自分は彼らに心配をかけていた事を知る。 「まだゆっくりして下さい。安らぎが必要です」 その横で優しく微笑むエラト――そして、再び口笛を吹き始める。 それは紛れもなく夢の中で聞いた曲だった。 「あぁ、あなたが吹いていたのか」 それを聞き、ふっと口元を緩める。 「お耳障りでしたか?」 不安げに覗き込む彼女だったが、西賽の表情は至って穏やかで‥‥。 「いや、心地いい。ありがとう」 そう言葉を残して、西賽は再び目を閉じる。 一方西賽が眠っている間、他の開拓者達は聞き込みを開始していた。西賽の部屋に散らばった絵を頼りに、その少女の行方を探す。 「春香ちゃん。君が元気になってからあの絵師は来てたかい?」 未だ非難したままの山に住まう住人の下を訪れて、蒼馬が尋ねる。ちなみに春香というのは、前回西賽が助け看病したという少女の事だ。その後ろでは同様に霞澄も様子を窺っている。 「ん〜、一度来たかな。本当にもう子供はいなかったのかって。何度も何度も」 「その時、どこか行動がおかしかったとかはありませんでしたか‥‥?」 「さあ? よくわからない」 もうすっかり元気になったらしい春香はそう言って母の元へと駆け寄る。 「また、どうかしたんですか?」 それに不安を感じて春香母が尋ねる。 「いえ、大した事では‥‥あぁ、奥さん。この少女知りませんか?」 そう切り替えして、しかし情報は得られない。 「一体、何なんでしょうか‥‥不気味です‥‥」 行き詰る捜査に霞澄が呟く。 何処を探しても見つからない少女の存在。 これはいよいよリーゼロッテの仮説が真実味を帯びてくる。それは、 「その娘ってアヤカシなんじゃないの?」 筆の瘴気が晴れ、西賽を医者に連れて行った後、皆で相談した際に出た彼女の意見。確かにそう考えれば辻褄があってくる。 山が瘴気に覆われ出した時期と西賽が彼女に出会ったらしい時期は一致しているし、周りの者が彼女を知らないのも頷ける。だとするならば、他にも彼女の手にかかっている人間がいてもおかしくない。そう考えてそちら視点での捜索も続いている。 「ここらへんで色々悩みを抱えているような人はいなかったかしら?」 「最近おかしな行動を取っている人とかは?」 ジークリンデと嵐がペアになって近所を聞き込む。 「いいやぁ〜、あの絵師だけだったと思うよ。まあ、人は多かれ少なかれ悩みを抱えているもんだしねぇ」 しかし、答えは西賽以外の狂人情報は掴めない。 「あなた、この絵どう思う?」 ふいに手にした少女の絵を見つめジークリンデが問う。 「え、あたし?‥‥う〜ん、筆づかいが荒っぽいような、この辺繊細なような」 絵には素人の嵐が曖昧に答える。 「悪い気はしないのよね。本当に優しい笑顔だと思うの」 それに自分も感想を漏らし思案する。 「芸術家って自分の世界を持ってて、それが凄く深いんだよな。だから何かの一言で」 「そうね。私も同じだもの」 最後の方は小声であったが、彼女はさらりと付け加える。 内にある何か‥‥西賽はどう捕らえたのだろう。 そんな捜査を続けて、あっと言う間に時は過ぎる。 ●見つかる手掛り 「そう、だったのか‥‥ありがとう」 目覚めてから数日、まだまだ体力の回復には時間が掛かりそうだが、顔色は戻り声もはっきりしてきた西賽が集まった開拓者達に頭を下げる。 「一体、何があったのですか?」 そして、改めて事の真相を尋ねる芳純。彼はあの日からずっと献身的に彼の世話を引き受けていた。日が昇らぬうちから彼の家に駆けつけて部屋の掃除やら洗濯をこなし、目覚めてからも動けぬ彼を手伝い風呂だの炊事だのを一手に引き受けていたのだ。それを知っているから西賽も話さない訳にもいかない。 「本当によく判らないんです。ただ、描かないとと思って‥‥忘れてしまってはいけないと筆を取って‥‥気付いたらあなた方がいた。途中の記憶がないんです」 「あの筆に操られていた時の事はわからないと? そういえばあの筆はどこで入手を?」 そうなると、手掛りとなるのはもはやあの筆のみ。割れた残骸があったから、筆自体に化けていた訳ではない様だが、誰かから貰ったものならその相手が怪しいという事になる。 「あれは私の筆です。だいぶ前から使っていたものだから‥‥おかしくなるならもっと前からおかしくなっていた筈です」 しかし、答えは私物。その言葉に皆首を傾げる。 「ねぇ、その筆。例の山には持ってったの? 少女は触った?」 ふとその事が気にかかりリーゼロッテが問う。 「はい、道具箱は持っていってましたから。それに一緒に着色を楽しみました」 「着色、ですか」 彼の言葉にエラトが繰り返す。 「風景画を描いていたので、折角なら色もつけてしまおうと‥‥彼女も楽しそうでした」 その時の事を思い出して彼の顔が俄かに明るさを帯びる。 「そうだ、その時あの筆を彼女に貸したんだ。その後、また使って‥‥ってまさか!」 自分の言葉にはっとして西賽が困惑する。 行き着いた答え――それを信じられないというように、開拓者達に縋るような視線を向ける。 「違いますよねっ! あの少女がアヤカシだとか‥‥だって、あの子は澄んだ目をしていた‥‥そんな、まさかっ!」 「まぁ、落ち着いて下さい‥‥ご飯の仕度が出来てます」 取り乱す彼にそっと差し出したのはエラトの竹の子ご飯。他にも蒼馬の娘が作ったらしいにこごりゼリーや芳純の味噌汁が並べられている。 「まだ休む事が必要です」 柔らかい微笑む芳純とエラトに彼は頷くしかなかった。 しかし、これではっきりした。 それはやはり西賽の見た少女が全ての鍵を握っているようだという事に。 彼女がアヤカシであるかどうかはさておいて、何らかの形で関わっているのは事実。もしかしたら、これを解決する事であの山の瘴気を取り除けるかもしれない。西賽には酷であるが、アヤカシであるならば討伐と言う事になるだろう。 「版元、心配をお掛けしました」 見舞いにやってきた版元の旦那を前に西賽が深々と頭を下げる。 「いやいや、構わないさぁ。こういう時はお互い様だ。それよりこの絵‥‥荒いが良く描けている‥‥いっそ子供絵として売り出してみないか?」 「ええっ!」 思わぬ提案に西賽が声を上げる。 「詳しい話は開拓者の方々から聞いた。この少女を探してるんだろう? 商品としても申し分ないし、売ればそれだけ多くの目に付く‥‥何か手掛りを得られるかもしれない」 にやりと笑って言う版元に困惑する彼。 確かに子供絵というジャンルもある。作法の指南書としての描かれた絵の事だ。しかし、この少女絵はそうではない。どちらかと言えば美人画に近い。 「少し工夫は必要だが、面白いと思うよ。私が言うんだから間違いない」 「ええっ、けどいいんですか!」 「勿論」 西賽の瞳に涙が溢れた。人の聞き込みで得られる情報には限りがある。 しかし、商品として流通すれば、かなりの人の目に留まる。 「この西賽! 喜んで描かせて頂きます!!」 がばって布団を押しのけて、這うような足取りではあるが彼はすぐさま机へと向う。 「ははは、そう焦るでないよっ西賽。落ち着いてからでいいから‥‥」 そんな彼を見守り、版元は苦笑した。 そして、それを見取って開拓者達も一様の終末を迎える。 依頼完了の旨を報告する為、例の山の麓を通った彼ら――。 そこで彼らは目撃する。山の中腹‥‥いる筈のない人影を。 はっとして早駆を使おうとした蒼馬だったが、入り口付近で止められ追う事叶わない。 「まさかさっきの少女が?」 一行はいなくなった場所を見つめ、そう呟くのだった。 |