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■開拓者活動絵巻 |
■オープニング本文 ●今 もしゃもしゃもしゃ 今日も今日とて黙々と食事をする男がいる。 彼の名は一抹風安――現在は猫又ポチのご主人として知られている人物である。 そんな彼にもやはり初仕事の経験はあるもので、ご機嫌な様子で食事をするポチの姿を眺めながら、ふとその時の事を思い出す。それは、まだポチにすらあっていない過去の事‥‥。 (「あのアンコウには参ったな‥‥」) 目の前のアンコウ鍋を見つめながら、彼はそう心中で呟くのだった。 (「手っ取り早く稼げるものがいい。難易度なんて関係ない」) 開拓者登録を済ませたばかりの一抹少年の心中――彼は身寄りがなかったこともあり、独学で剣術を習得し、この都へとやってきたばかりで持ち金も少なく、選り好みしている余裕など無かった。従って、今ある依頼で金額のいいものはないかと目を通す。 そして、彼は一つの依頼に行き着いた。難しいに設定された熟練者向けの依頼――決して自分の腕を過信している訳ではなかったが、それでも弱いとは思っていない。幾つかの道場で真剣勝負を申し込み、無敗である彼は歳こそ若いが、立派なサムライであると自負している。 「これを」 無愛想にそう言って、一抹が依頼書を差し出す。 「本当にこれを受けるのかい?」 しかし、案の定窓口は怪訝な顔を見せた。 「見た目で判断するのか? 俺が何を受けようと問題ないだろう」 「それはそうだけど‥‥初めての依頼でこれはちょっと‥‥」 一抹を心配して、窓口の青年が思案する。 「構わない。俺が決めた事だ」 けれど、一抹も変える気はないらしい。じっと彼を見つめ言う。 「そうか‥‥なら仕方ない。だが、気をつけてな」 その瞳に何かを感じて、窓口は手続きに入る。 (「お節介な奴だ」) 一抹はそう思いながら、黙ったまま処理が終わるのを待つのだった。 ●不運 そして、出発の日――集まった仲間と共に海を目指す。 彼が請けた依頼はごくシンプルな討伐依頼――大海原に現れたという巨大アンコウのようなアヤカシの討伐だ。港で船を調達し、出現ポイントに向かう。しかし、天候は最悪でなかなか思ったような動きが出来ない。僅かに穏やかになった時を狙って行動を開始した彼らであったが、海は一転し彼らを襲う。 加えて、それを待ったかのようなアヤカシの出現に彼らは一溜りもなかった。気付い時には時既に遅し。ぱっくり開けた口に呑み込まれ、意識を取り戻した時にはアンコウの腹の中――手にした武器も消失してしまっていたのだから運が悪いとしか言い様が無い。 (「どうしたらいい‥‥」) 辺りの状況を確認し彼は思う。仲間も自分同様、武器を失くしているようだが、命には別状ないらしい。魚の中であって、消化液はないようなのが救いだった。けれど、 「ぐごごごごぉーーー」 アンコウが息をする度に足元は揺れ、時に海水が流れこんでくる。加えて、アヤカシの中と言う事もあり、瘴気が充満していた。 「長くは持たないかもしれない‥‥」 志体持ちとはいえ、この状態では瘴気感染は免れないだろう。 そして、もう一つ。なぜだか存在する下級アヤカシの存在――人間でいう白血球のような働きをしているらしく、彼らを発見すると襲い掛かってくる。 (「どうにかして、ここから出ないと」) 彼はそう思い、仲間と共に脱出を試みるのだった。 ※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。 実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
ヴァルム・ゼルツァード(ib5431)
25歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●残骸 初依頼でこの状況‥‥しかし、一抹は至って冷静に努めていた。 ――とは言うものの内心は動揺していない訳ではない。全てが初めての経験であり、この手の事に関する脱出マニュアルがある訳でもない。その場その場で切り抜けていくしか他なく、一番に目を覚ましてしまったが故に冷静にならざる終えなかった。 「まったく、俺らは餌とちゃうんやで。このまま腹ん中で消化とか勘弁してくれや」 一抹より少し歳は上であろう少年・天津疾也(ia0019)がうんざり顔でそう呟く。 「ほんとアル。とりあえずサカナに食われて死ぬのはゾッとせンナァ」 とその横では泰拳士の梢・飛鈴(ia0034)が軽く頭を振っていた。そして、はたと手の篭手がないことに気付き不思議がっている。 「何にせよ、今回はこれでも運がよかったと言わざる終えない。もし途中で潰されていたとしたら、助かる見込みはなかったのだから」 そこへサムライ・竜哉(ia8037)も起き上がり辺りを見回している。 彼の顔には頑丈な仮面が取り付けられていた。その錠がことりと音を立てる。 開拓者には色々な理由がある。好きでなる者ばかりではない。彼もその一人なのかもしれなかった。そんな干渉に浸っていると、突然近くので何かが動いた。それに、皆即座に反応し身構える。 「あれもアヤカシか?」 まだこちらには気付いていないが、視線の先には数十匹の魚の群れ――しかし、いずれもこの体内を浮遊しているようだ。 「とりあえず隠れましょう」 彼らの乗っていた船の残骸――横転した船の下で身を潜めれば、その魚達のは彼らの近くをすり抜けて行く。 「あれが何にせよ。味方では在り得ないだろう‥‥しかし、初依頼からエラい事になったな」 はぁと深く息を吐いて、ヴァルム・ゼルツァード(ib5431)が呟く。 「しかし、それは考えようだぜ? やりようによっては、海の上で戦うより有利に働くかもしれない」 そういい励ますのは若獅(ia5248)だ。この状態でも希望は捨てずにいるようで、早速近くにある帆布と縄を引き寄せて手甲代わりにしようと試みている。 「そうですわ。それにアヤカシのお腹の中なんて、滅多にできる経験ではありませんから。いろいろ興味深いですわ♪」 優雅な立ち振る舞いでにこりと笑って、その声に視線を向ければそこには騎士・マルカ・アルフォレスタ(ib4596)の姿があった。一抹と違ってそれなりの鎧を身につけ、海水に濡れてもなお輝いている。 (「あんな奴にこの依頼が遂行出来るのか。それにこれは仕事だ。興味なんてもの持ち込むべきじゃない」) 生まれが貧しかった事もあって、少なからず彼女を偏見の目で見てしまう彼。彼女の発言を捻じ曲がった捕らえ方をしてしまっているのに、彼自身は気付かない。むすっとする彼と視線が合って、マルカは不思議そうに首を傾げてみせる。 「さて、みんなとりあえず脱出だと思うんだけど、さっきのアレ‥‥敵だろうし、まずは武器調達からかな?」 適当に使えるものを集めながら吟遊詩人の琉宇(ib1119)が言う。 「そうだな。ここはそれが先だと思う」 そう言って頷くと、一同はまずは搭乗してきた船の荷物を漁り始めた。多少壊れているとはいえ、出航時に物の配置は確認している。ちょっとした道具は流されてはいなかったようで、それなりに使えるものも残っている。網と縄、火薬系統は濡れてしまったが、非常食として持参した干物は大丈夫のようだ。 「脱出時の事も考えて木材も持って行きたい所だが‥‥これは難しいな」 壊れ方が中途半端である為、いちいち床を引き剥がしていては時間と体力を消費しかねない。竜哉はそれを即座に判断し、手を止める。 「依頼書では漁船が呑み込まれたとありました。きっと他にもある筈ですわ。そちらを当たってみましょう」 結局、乗って来た船には彼らの所持していた武器はなく、心許ない気持ちで残骸から這い出る彼らである。 「こういう時は『何を探そう』じゃなくて『見付けた物の使い方を考えよう』なんだよね。きっと同じような状況で呑まれたと思うから近くにその漁船があるはずだよ」 琉宇の前向きな言葉――人間の体内と同様に、中は滑り気を帯び肉々しい色をしていた。そして、その奥には幾重にも筋が通り流動していた。それがこのアヤカシの血液の筋なのだろう。うっすらとしか見えないが、気分のいいものではない。 「しかし、ここはどこら辺なんだろうな?」 アヤカシの腹の中である事は確かだが、その何処に当たるのかヴァルムが思案する。 「大方『胃』辺りちゃうか? 普通に考えれば」 「そうだね。けど一般の魚と同じ作りなのかな?」 未知の空間――疑問をぶつけ、解決策を模索する。 「けど、同じであれば突破口はあるかもしれない」 とこれは一抹の言葉。 「確かに普通に考えれば口から胃袋まではまっすぐだから、道に迷うことはないよね」 「では、そちらに向いましょうか。その際に怪しい部分があれば攻撃して見るという事で。このままアヤカシ退治を諦めるのは癪ですもの」 笑顔でそう微笑むマルカに皆も同意する。 「瘴気の多い所が核‥‥つまり弱点になるだろうが、わざわざ探しに行くのは無謀だ。脱出ついでに発見できるのが望ましい」 「異論ないアル。そこらヘンで内臓っぽいのを見かけたら叩いて反応見ればいいと思うナ」 飛鈴も若獅に習って布を手に巻きつつ、そう答える。 「しかしそうなると道は一本だろ。慎重にいかねーとさっきのアレに見つかるよな? この瘴気の中で‥‥巫女はいないし、どうするよ?」 今回の依頼では探知系のスキルが多い巫女と陰陽師は同行していない。加えて、この中は瘴気が充満し、彼らをじわじわ蝕んでゆく。無駄な戦闘は是が非でも回避したい所だ。 「しゃーない、俺にまかせとき。一応、心眼はもっとるで」 そこで唯一探知能力のある疾也が名乗りを上げる。 「けど、回数は限られてルナ。急いだ方がいいアル」 そこで話を打ち切って、彼らは迅速に脱出の為の一歩を踏み出した。 しかし、いけどもいけども同じ光景で何処まで続くのかも判らない。不安定に滑る足場に行軍は難航する。それに思いの外広く、匂いも尋常ではない。生臭いなんてものではなく、暫く歩けば鼻が麻痺し、臭覚は完全に失われていた。 ●優先すべきは 「これはまた凄い数だな」 行き着いた先にある漁船を見つめ若獅が言葉する。 それほどまでの数だった。彼らの船があった場所とは違い、かなり広い場所に数十隻以上の船をが積み重なっている。 「一体、何人の方がこのアヤカシに命を落したのか。考えたく無いですわね‥‥」 それをぼんやりと見つめながらマルカが呟き、手を合わせる。それに習って仲間達も弔うように暫し祈りを捧げて、 「今は彼らの為にも生きて帰ることが先決だ。使えるものを探すぞ」 その言葉に皆一斉に動き出した。原型を留めていない船の木片を片手にを手分けして探す。 「みんな気をつけてね。いつ何が出てくるか判らないし‥‥」 それを見守るのは琉宇だった。力仕事は向かないと辺りの警戒に徹する。 「お、こっちに銛があるぞ」 いくつかの船の残骸を巡って、やっとのことで見つけた武器――漁船ならではと言えよう。銛に針に、包丁なんかも少なからず残っている。腐食の進んでいない船を見つけ、中に入って各々回収して回る。 「一抹様、こちらなんてどうでしょう?」 偶然近くにいたらしいマルカが出刃包丁を見つけ彼に勧める。しかし、彼は振り返らない。 「一抹様?」 なぜそれ程毛嫌いされるのか判らず、再び首を傾げるが彼女に思い当たる節はない。 二三度声をかけて、彼はしぶしぶ振り返った。そして、イラついた面持ちで言い放つ。 「俺に構うな。おまえが使え」 「けれど、わたくしには小さ過ぎますし‥‥コレなら丁度」 「施しなんていらない!」 彼女の言葉か終わらぬうちに彼はそう言ってその場を駆け出していた。こんなに幼稚だとは自分でも思っていなかった。些細な事で苛立ってしまっている自分にさえも我慢ならない。若さゆえの抑えられない感情に半ば反射的に動いている。 親がいない可哀相な子――確かに学び屋には行っていない。けれど、読み書きも出来るし、普通の子供より生活力も力もあったと思う。しかし、何かにかけて周りの彼を見る目は違った。それが彼は気に食わなかったのだ。そしてその性格から、親切で差し伸べられている手を疑い、振り払ってしまうようになる。 (「同情なんていらない。俺は一人でもやっていける!」) 今もそうだ。無意識のうちに彼女の親切を疑っている。 ――とその時だった。アンコウが旋回でもしたのだろう足元は大きい傾き、船の残骸が崩れてくる。 『危ない!!』 仲間の声にはっとした時には既に遅かった。飛来する木片に思わず身を縮める。 「一抹様っ!!」 そこでマルカが動いた。彼を庇うように抱きとめ、どっと倒れ込む。 「大丈夫か!!」 その音に気付いて顔を出す仲間であるが、それに追い討ちをかけるように出現したのはさっきの魚型アヤカシだ。高速で彼らの元へとやってくる。 「あぁ、もう〜こっちだよっ!!」 琉宇はそれを発見し、即座に首にかけていた呼子笛を吹く。 それには怪の遠吠えがかかっており、その音に反応し一瞬動きを止め進路を琉宇へと変更する魚達。しかし、若干の遅れがあり早かった戦闘グループは倒れた二人に向っている。 「くそっ!!」 それに気付いて一抹が毒付いた。今度はマルカを庇う形で迫る魚に身を投げ出す。 そして、数匹が彼の背や肩に喰らいつく。 「くっ!!」 「ちっ、あいつは!!」 仲間達もそれを見て救援に入った。各々発見した木の破片やら棒やらを手に彼らの元へ走る。 「今しばらくの辛抱ですわ!」 さっきの出刃包丁で一抹の魚を薙ぎ払い、マルカが言う。 「兎に角一旦退くぞ!」 そこへ竜哉が到達し声をかけた。 仮面で視界は覆われているとはいえ彼の攻撃は的確だ。棒を棍とし、突きメインで魚を弾き飛ばす。そこにヴァルムも加わる。 「くそっ! 銃のない砲術士なんて無能だよなぁ‥‥ったくよ。こいつは俺が運ぶ。マルカさんは魚を」 「えぇ、わかったわ」 銃がない事でまともに戦えない彼は一抹を支え、彼女は魚の対応に入る。 一方、琉宇の方へに集まる魚は飛鈴と若獅が対応していた。 「魚は大人しくしてるヨロシ!」 「小さいってのは面倒だなぁ!!」 泰拳士の二人は流石に武器の依存が少ないとあって、普通に力を発揮する。けれど、数の多さはどうしよもない。二人では対応しきれないのが事実である。少しずつ後退し、小さな傷が増えてゆく。 「そういえば、疾也は何処だ? あいつがいないぞ!」 はたっとその事に気がついて竜哉が叫んだ。 「なんてこと! 天津様、どちらですかぁ〜〜!!」 飛び来る猛襲を辛うじて耐え忍びながら皆が叫ぶ。 その頃、疾也はというと――まだ船の残骸の内にいた。 「んや? 外が騒がしいなぁ」 ずんずん船内を探索していた彼は光るものを手にふと顔を上げる。 手にはニヤリ顔のもふらメダル――こんな船の中に誰かの持ち物だったのだろうが、今は持ち主を失いここに転がっていたのだ。 「折角やしな。頂いていくで」 アヤカシの中で朽ち果てるよりは俺が持っている方がいいだろうと勝手に解釈し、それをポケットに収める。 「疾也!! 何処だ!!」 その声にはっとして彼が外に目を向ければ、戦闘中の仲間達。 「あっと、こらいかんわっ!! 一体どうなってんのや!」 その状況に慌てて見つけた道具を抱え外に出る。 「いたアル。これで全員揃ったナ!!」 「なら、これでいくよっ! 精霊の狂奏曲!!」 音階の出ない呼子笛でなんとか曲を奏でて、琉宇が魚の混乱を誘う。 「さ、今のうちに逃げるぞ!」 隠れる場所は余り無かったが、それでも逃げる時間を稼ぐ事は出来る。負傷した一抹を連れて、琉宇を庇いながら‥‥彼らはやむなく元いた船に戻るのだった。 ●協力の必要性 「何があった?」 少し落ち着いてきた一抹を前に皆を代表して竜哉が問う。しかし、一抹は『悪かった』の一点張りだった。偶然といえば偶然の出来事だ。彼の不可解な行動を知っているのはマルカだけ。彼が話したがらないのであれば言う必要もないかと思う彼女である。 「たまたまですわ。揺れたから慌てて飛び出しただけ‥‥そうですよね?」 そう言う彼女に一抹は黙っている。 「そうは見え‥‥」 琉宇がそう言いかけたが、彼女がそれをそっと押し留めた。 「まぁいい。このままじっとしていても仕方がない。武器になりそうなものは調達できた。脱出を目指すぞ」 先程暴れた事もあってか瘴気感染の度合いは高くなっていく。あまり皆素振りは見せていないようだが、軽い頭痛が彼らを苛み始めている。 「さぁ、ほな急ごか」 この機会にとマルカが持参したチョコ等の食料で空腹を満たし、各々立ち上がる。 「俺を‥‥置いていけ」 『え?』 しかし、一抹はその場から動かなかった。 「まさか、おまえ‥‥」 その言葉にはっとし視線を彼の足に送れば、右足首は赤く腫れ上がっている。 「一体いつ‥‥」 「さっきだ。こんな足手纏いを抱えていたら脱出は無理。捨てていけばいい‥‥」 半ば自嘲する彼に仲間は顔を見合わせる。けれど、確かに彼の意見には一理あった。この後も襲われないとは限らない。毎回うまく逃げられる保障はないし、彼のペースに合わせていては時間が掛かってしまう。 「一抹様‥‥」 なぜアレほど拒絶されたのかわからないマルカだが、自分を庇った時であろう事は明白であり、その言葉が痛々しい。 「脱出には一抹様の協力が必要ですわ。たとえそんな足であろうと、やれる事はある筈です。それに皆で出ないと意味がないですわ。ぜひ一抹様のお力もお貸し下さいませ!」 そっぽを向く彼の手を取って、彼女は真っ直ぐな瞳で言う。 「こんな俺が必要‥‥? そんなのう」 ぱんっ そう言いかけた彼に平手が飛んだ。 はっとしてその主を探せば、そこには若獅の姿がある。 「こういうのは性に合わねぇが、すぐ諦めんな。一人前の開拓者だろうが」 ふんっと息を吐き出して彼女もにやりと笑う。 「きみ、初依頼と聞いタヨ。こんな所で死んでる場合カ? 死ぬ気で付いてくればいい‥‥まあ、ムリにとは言わんが」 とそこへ飛鈴も言葉し、一抹は目を丸くする。彼は皆が自分を捨て行くと確信していたのだろう。 「‥‥‥いいのか、本当に?」 困惑したまま彼が問う。 「何度も言わせるな、この時間が勿体無い」 「いいと思うよ。僕だっていつも後ろばかりだしね」 「せやせや、身殺しにしたら寝覚めが悪いしな」 「俺も銃なしだからある意味足手纏いだ。お互い頑張ろうぜ」 それぞれの言葉で彼に声をかける。 (「どうして?」) その行動の訳が判らなかったが、それでもその言葉が嬉しくてふっと笑顔が零れる。 「さっ、ほな気分切り替えて頑張ろやないか」 商人特有の笑顔を返して疾也が持ち出したガラクタを広げ始める。 「なら、この棒と布で松葉杖を作ろう。それがあれば動けるよね」 そして、あり合わせのガラクタを利用して、適当な物品を組み合わせ簡易槍やら短刀やらを製作する。 その間に一抹は思考を巡らせていた。一定のペースで流れ込んでくる海水と共に混じってくるのは勿論魚。それを見てふと気付いた事、それはアンコウのいる位置の事だった。 「やはり普通と同じなのかもしれない」 その流れてきた魚を目に彼が呟く。一般的にアンコウは深海魚であり、蟹やイカ等を食べて生きている。このアヤカシが同様にその手のものを食しているとは考えにくいが、口を開ければ水は入ってくる訳でその中に目が退化している魚が混じっているのだ。 「依頼書にこのアヤカシはアンコウっぽいとあった。きっと深い位置を泳いでいるに違いない」 皆が目をつけなかった場所――そこに着眼し彼は続ける。 「アンコウは平らな魚だ‥‥胃とかのスペースも広いし、口もでかい。一回口を開ければかなりの量の水が入ってくる。この先、用心しないと流され戻されるかもしれない」 「成る程‥‥」 アヤカシであるから構造が全くそのままではないにしろ、外見がアンコウであるなら中の作りも似ている可能性が高い。口の方に向えば向かうほど、水流はきつくなるだろう。 「となると工夫が必要だな」 ふむと首をかしげ道具を見回す。 「きっとこれは杭になるよ」 琉宇のその言葉に銛を早速試しに入る。 ざくっ ゼラチン質の足場に突き刺せば、回りのねばねばがいい具合に絡み確かに使えそうだ。 「よし、それでいこう。後、この網も使えるかもしれないな」 と今度はヴァルムが言う。 「えらの近くには心臓もあるはずだ。うまくいけば仕留められるかもしれない」 心許ない武器ではあるが反撃は出来る。それぞれは武器もどきを握り、再び前進するのだった。 ●道具と知恵 十分な手当ては出来なかったが、さっきの一戦で重傷者はいなかった。肉体的苦痛よりもむしろ、精神的苦痛の方が大きい。道も道、抵抗の弱い者にとって決して楽な場所ではない。頭痛の程度は激しくなり、呼吸も僅かに早くなる。進行が進めば立っている事も辛くなってくるだろう。 「もうどれ位歩いたか?」 肩を激しく上下に揺らしつつ、ヴァルムが言う。武器やら木材やらを抱えている為、先程よりも疲労が大きい。 「さあ、判る訳無い。けど、かなりきていると思う」 一行は変わり映えしない景色にうんざりしていた。しかしそれでも前に進むしかない。 ぐうぅん だがそこで、彼らの足場が大きく波打った。どうやら本体が激しく動き出したらしい。 「まさかまた襲う気か?」 さっきまでとは違う動きに皆身を屈めて、手にした刃物をアヤカシの皮膚に突き立てる。そのついでにと琉宇は耳を澄ましてみた。吟遊詩人ならではの聴覚で、何かわからないかと目を閉じる。どくどくと聴こえるのは血流の音、ごぼごぼと聴こえるのは海中を進んでいるからか? その中にひゅっと風切るような音を聴き取って琉宇は顔を上げた。 「水がくるかも」 『ええっ』 彼の言葉に皆しっかりと刃を立てる。 さっきの音――それは口が開く音で間違いなかった。水が入るその一瞬空気が震えたらしい。一抹の予測通り、進むにつれ水の勢いは増してゆく。そこで彼らは荒縄でそれぞれ身体を繋び、流されても仲間が救出できるよう対策を立てていた。どっと流れてゆく水を堪え、やり過ごす。けれど、この作戦には大きなリスクがある。 それは勿論魚アヤカシ遭遇時の事である。縄で繋ぐという事はそれぞれが限られた動きしか出来なくなる。策を立ててはいるが、うまくいくかは運次第だ。それでも出口が近い事を信じて、若獅と竜哉が先頭に、その後を心眼の疾也が――中衛には知覚の琉宇。ヴァルムが一抹をフォローし、残りの二人が殿を勤める。山を登るのと同様にしっかりと杭代わり刃物を突き立て行軍する。 「後ろからまた来るようやで。どないする?」 何度目かの探知でそれを察知し疾也が問う。 「勿論、ここはあれの出番だね」 その言葉に一同準備に入った。 「チャンスは一度きりだけど、準備はいいかな?」 そして、改めて皆を見回す琉宇。 「ああ、先手必勝。こっちもあまり長居は出来ないが、かといって大人しくしているのはまっぴらだ」 ぐっと拳を握って若獅はそういうと、縄を一旦解き竜哉と共に指示された方へと駆け出していく。 「さぁ、くんで!!」 にやりと笑って、そう叫ぶと同時にきらりと光って見える魚の群れ。怒涛のスピードだった。若獅と竜哉の姿を発見し二人に喰らいつかんばかりの勢いで追いかけてくる。その速さといったら、姿はピラニアそっくりであるのに行動はマイワシのそれで、群れをなし時速数キロはあろうかという速さだ。 二人は待機班の横をすり抜けて――待機班を振り返る。すると彼らは魚達目掛けて網を放っていた。漁船にあったもので網目は細かく魚アヤカシを一網打尽。だが、魚も負けられない。数の力とはすさまじいもので、今までの勢いもあってぎちぎち体を食い込ませながら、網ごと彼らをずりずり引き摺ってゆく。 「大人しくしてるアル!」 網越しに押し返すように飛鈴が旋風脚を打ち込めば、数匹の魚が瘴気に還った。 「なら、これはどないや!!」 その横で網を仲間に任せて、疾也は背負っていた板を下し振り被る。その板には僅かに梅の香りが漂い板で叩けば、数十匹が白梅香の効果で姿を消してゆく。 「しかし、これではキリがないのでは?」 先の二人も網越しに応戦するが、数が数。全滅は難しい。 「なら、これを使え!」 一抹は身を包んでいた大紋を脱ぎ捨て網を覆うように指示を出した。そして、暫くは我慢比べが続く。しかしどういう訳か布を被せるとアヤカシ達の動きが徐々に緩慢になってゆく。 「疲れた‥‥のとは違うのか?」 その様子を不思議に思い誰かが呟く。 「今のうちだ。魚達を押し戻せ!」 それを見取って一抹が叫べば、一行は網を狭めて出られないよう端を結び、今来た胃の方へと押し返す。一抹の大紋のおかげで飛鈴が片面に旋風脚を叩き込めば、それはボールの様に奥と転がってゆく。 「お手柄ですね、一抹様」 「さっきのは一体‥‥」 「魚のしゅうせ‥‥」 どさっ それを告げ切ることなく、一抹は力なく倒れるのだった。 ●最後の難関 一抹が倒れた。その事で思わぬ事実が発覚する。 それはあの魚アヤカシには毒があったという事だ。どうやら、始めの一戦で食いつかれた時にやれたらしい。他のメンバーは噛まれていないようなので今は問題はないようだが、背びれや胸びれにも毒がないとは限らない。回りが遅いだけで、彼らだって傷口から毒を貰っている可能性もある。 「出口までは後少しのようだよ。心音も聞こえるし頑張って」 苦しげに呼吸をする彼に、琉宇が言う。 「たっく、こいつ無理してたんだな。早く言えばいいのに」 ――とこれはヴァルム。横にいながら気付けなかった事を悔む。 「しかし、こうなってはいよいよ長居はできんな」 瘴気の影響は既にズキズキ痛む頭、気力でそれを凌いでいるがどれ位もつか。 気持ちが崩れれば動けなくなってしまうだろう。 「そうですね。では、脱出を優先しましょう」 心臓はすぐそこであるのに、何も出来ないのは悔しい限りだ。けれどそれも致し方ない。 「あの、もしかしてアレ鰓でしょうか?」 彼らの両サイドに見える赤いひだを指し、マルカが言う。 「そうだ‥‥もしかしたら、あそこからも出れるかも‥‥と、あれは!!」 そう呟きかけたヴァルムがはっとし、そこへと駆け寄る。 えらの一部に煌めくもの‥‥そこに見えたのは彼の銃だった。その他にもよく見れば、各々の武器が引っかかっている。 「口から入った筈なのに鰓にあるとは」 どうしてそうなったかは判らないが、ともあれかれらは自分の武器を求めそこへ近づいて行く。 「ああ、おまえら注意し‥‥」 ざわざわざわっ 若獅の言葉が終わらぬうちに、彼女の予期した事態が彼らを襲う。 ここにもやはり奴らはいた。鰓の更に奥、鰓耙(さいは)と呼ばれる部分から魚アヤカシが姿を現す。 「もう、いい加減にして欲しいわねっ!!」 愛用の武器を前に焦らされてはさすがのマルカも腹を立てた。素早くオーラを発動し、邪魔する魚を払いながら逸早く武器の元へと手を伸ばす。それを察して、再び琉宇が精霊の狂想曲を発動。一抹の傍で、彼を守るのは泰拳士の二人。 「こりゃしばらく魚を食う気にはなれンわ、こいつは」 とれとれピチピチな様子の魚達――飽きるほど見せられては嫌になるのも頷ける。 「助かるぜ! 琉宇!!」 その隙に疾也、竜哉、ヴァルムは獲物を取り戻し落ちていた闘志が燃え上がる。 「やっぱり俺はコレでなくっちゃな!!」 中でも喜んだのはヴァルムだった。自前の二丁短銃でまずは一発。勿論火薬は濡れてしまっていたが、彼にはショートカットファイアのスキルがある。練力を弾にするこの業で混乱した魚達を撃ち貫いていく。この瞬間だけは、痛みより高揚が打ち勝ち、戦闘に集中してるようだ。 「私も負けていられませんわ!」 そう言って、剣を振り被るマルカ。流し斬りで的確に敵を捉えて両断する。 「鰓を通るにはひだが多いし時間が掛かる。口から脱出するぞ!!」 竜哉の一声で若獅が一抹を背負い口側を目指した。回りのサポートを受けて、皆が歯の部分へと到達する。しかし、問題はどうやってこの口をこじ開けるかだが、琉宇の曲が本体にも効いているようで口をパクパクさせている。だが、その速さと海水に阻まれ、なかなか外に出られない。 「心臓はあそこかしら?」 鰓のより奥で微妙に上下する部分を見つけマルカが言う。 「一か八か‥‥このままでは終われません。やってみますわ!」 彼女はそう言ってストック代わりにしていた銛を投擲した。するとそれは魚アヤカシの隙間をすり抜け、その場所へと到達する。ぐさりっと、そんな音がした。それに伴ってアンコウが更に暴れ始め、流れ込む海水に雑魚アヤカシは一溜りもない。彼らも必至で歯にしがみついていなければ押し流されそうだ。 (「一難去ってまた一難かっ!」) 皆が心中でそう呟く。マルカの銛は明らかに効いているようだが、まだ押しが足りないらしい。それに気付いて、ヴァルムが更に勝負に出た。片手を放して、銛に狙いを定める。 「ヴァルム、何を!!」 仲間の叫び――しかし彼は銃を構えて、 「コレで終わりだ!!」 一発、二発、三発と次々と正確に打ち込めば、釘を打つように銛はじわじわと肉に食い込んでゆく。そして、 グオォォォォォォ アンコウが溜まらず声を上げ、大きく口を開いた。そして、流れ込んでくる筈の水に目を閉じた彼らであるが、その気配はなくそっと目を開けると、見えたのは青い空――。どうやらアンコウが海上にはね出たらしい。そのチャンスを彼らは見逃さない。最後の力を振り絞り、外へと飛び出す。片手で飛び出せなかったヴァルムには竜哉が荒縄を投げていた。もう駄目だと覚悟を決めていた彼だったが、腕にかかった縄の感触にはっとする。 「よくやったな、おまえたち!! 後は任せなっ!!」 宙を舞う中、すれ違ったのは別の開拓者。どうやら、救援隊が手配されていたらしい。飛び出て来たアンコウに向って大剣を振り下ろす男。そして、その後に見えたのは眩しい程の閃光だった。そして、視界が真っ白になり、背中に激しい衝撃――。それが海面に落ちたのだと悟る間も無く意識を手放す。 「生き残ったー!」 どこかで叫ぶ仲間の声を聞いて、彼らの思考はブラックアウトするのだった。 ●命あっての物種 あれから一週間が過ぎた。 あの後の報告によると、巨大アンコウは後続の開拓者によって討伐されたとのことだ。瘴気感染の影響で数日は安静にしておけと医者に言い渡され、彼らは同じ病室で回復を待ち、事後報告を終え解散する。 「散々だったが、皆お疲れさんっと」 最後で大活躍をみせたヴァルムが残していった言葉。 「もう海水でべとべと。当分海は遠慮したいですわ」 そう言ったのはマルカだ。 結局のところ、一抹は彼女に謝る事が出来なかった。それでも何も言わなかった彼女の寛大さに一抹は頭が上がらない。 「粋がってるだけだったんだ、結局‥‥」 誰もいなくなった病室で一抹が呟く。 あんな事があったとは思えない程、太陽はいつも通り彼らを照らしている。 仮面の彼は一体その後どうなったのか彼は知らない。話にはこの依頼が成功であったなら自由になれたと聞くが、結果はこの有様。実際のところは判らない。 街道を口笛交じりに歩く少年の手には輝くメダル。ぱちんとそれを弾いて僅かな収穫をぼやく。 「おやじ、サカナじゃなくニク料理にしてほしいアル」 ある店で日替わり定食を頼み出てきたおかずに注文をつける泰拳士。 奇跡だと周りは言うが、彼らはそうは思わない。 脱出の希望を捨てずに進んだ結果がこれであり、奇跡は願って叶うものではないと思うからだ――。 そんな教訓めいた想いを胸に彼らはまた歩き出して‥‥そして、 「ご主人! それおいらのにゃ!」 そう訴える相棒を前に一抹は今の日常を楽しんでいた。 過去は過去、今は今だ――と、 どこか笑顔で鍋に入った最後の海老を器用に剥いて、ポチの言葉を気にする事なく、それを口の中に放り込むのだった。 |