さくら なう
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/04 05:05



■オープニング本文

 少し早い桜が花を開いています。男は思いました。

(「もう、今しかないと‥‥」)

 そして、すぐさま仕入れに入ります。
 ここでうまくいかなければ借金が返せなくなってしまう‥‥あせる心は判断能力を失わせておりました。
 期限まで後一週間――もうかなり延ばしてもらっている為、融通はききそうにありません。残る全財産を投げうってこの商品に賭けるしかない。この都で‥‥あの桜がきっと自分をいい方に導いてくれると信じて‥‥高台にある桜に囲まれた神社を見つめ、彼は品物を受け取りそこへと赴きます。
 けれど、そこで彼を待ち受けていたのは残念ながら絶望でした。


 一方所変わって仕事を終えて――都に帰る帰り道。
 ふと街道から目を向ければ、遠くには桜の花が咲いているではありませんか。

「一仕事終わった事だし、少し早いが今年一発目の花見なんてどうだろうか?」

 ――と仲間の一人が提案します。仕事は既に終わっており、ぶらぶら帰るだけ‥‥急ぐ事などありません。 あなたはそれに同意して、その神社へと向かいます。
 りっぱな桜でした。境内を囲むように植えられた桜の木――中でも鳥居の横にあるのは樹齢数百年は経っているのではないかと思える太い幹に、艶やかな桜は圧巻の一言です。

「こりゃあ、すげぇなぁ」

 誰かが言います。しかし、これだけの桜が咲いているというのに境内には人っ子一人姿はありません。花見客はおらず、しんと静まり返っているばかり。不思議に思って、辺りを見回せばなにやら荒縄を手に思いつめた男が一人立っています。
 そして、あろう事か彼は木にそれをひっかけ、輪を作り始めます。

「まさかっ!!」

 慌てて皆が駆け出して――彼はそれに驚き、尻餅をつきました。
「何をやっているんだ! この愚か者!!」
 その行動の意図を知って、仲間がそれを叱咤します。
「だって、もう期限が迫ってる‥‥なのに、誰も来ない。手にあるのはガラクタばかり‥‥どう考えたって借金が返せるとは思えないんだ!!」
 しかし彼はそう言って、涙混じりに開拓者の刀に手をかけます。

「あぁぁ! なんだか知らんが、事情を聞かせろ! そう簡単に死のうとするな!!」

 それをぐいっと押し留めて事情を聞けば、彼には借金があるようで、最期の賭けも失敗に終わったと言うのです。

「私は春喜と申します。一介の商人でして‥‥けれど、うまくいかずこの有様。家は差し押さえられ、全財産をかけて仕入れた商品をここで売って大儲けを狙ったのですが、ここの桜は古くからアヤカシが憑いているとかで花見客もおらず、全く売れないのです」
 がっくり肩を落として意気消沈――彼の表情には生気がありません。
「なら、町に出ればいいだろう? それなりに売れると思うが」
 そういう一人に彼は首を横に振ります。
「それが駄目なのです‥‥私が仕入れたのは、ほらこの通り」
 風呂敷を広げて見せて、中を見れば桜餅に桜の花湯。枝垂桜の簪等一般向けのものから、開拓者向けの武器もあるようですが、一様に桜の関連するものばかり。この町ではあまりいい印象を与えられないようです。

「なぜ先に調査しなかった? それにすぐに別の場所に移動すればよかったじゃないか」

 そう問えば、彼曰く。無我夢中で買い入れた為、両替用の僅かな金まで全て換金してしまい隣町まで出る事のままならず、旅費も宿代さえもなくなってしまい、ここで商品の食料を食べ今まで繋いだと言うのです。

「明後日が返済の期日‥‥これが売れなければ、どっちにしても‥‥」

 ううっとこみ上げてくるものを押えながら彼は、あなたの袖を掴み離しません。
 途方暮れる事数時間――やっと彼が落ち着いた頃には太陽は真上に位置していました。

「あぁ、もう後約二日しかない〜〜〜〜!!」

 そして、再び泣き出す彼――これでは花見どころではありません。
 乗り掛かった船‥‥このまま放置する訳にはいかないでしょう。

「しゃあない。力を貸そう‥‥だから、もう泣き止んでくれ」

 大の大人に大泣きされ、苦笑しながらあなたはそういうと素早く策を巡らせるのでした。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
八重・桜(ia0656
21歳・女・巫
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
露草(ia1350
17歳・女・陰
水月(ia2566
10歳・女・吟
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫


■リプレイ本文

●考えるな、動け!
 春喜の事情を聞いて彼らは早速動き出し春喜は困惑を隠せません。
「あの、私はどうすれば?」
 各々テキパキと動く中、彼は皆を見回します。
「折角これだけ巫女さんが揃っているのですから、それを活かさない手はありませんよ! さぁ、春喜さんもちゃっちゃっと動く」
 そう言ってまるで母親のように彼を急かすのは万木・朱璃(ia0029)――相棒の人妖・紫水と共に何やら話し合った後、二人は行動を別ちます。他のメンバーも皆相棒を連れて‥‥しかも珍しい人妖が多い事もあり、春喜のドキドキは止まりません。
「人命を救うのも正義のニンジャの使命です! どーーんと大船に乗ったつもりで頑張るのです!!」
 そういうのはルンルン忍法の使い手・ルンルン・パムポップン(ib0234)でした。一匹の迅鷹を肩に乗せて、彼の背をばしんと叩きます。
「おおっ、これが噂に聞く迅鷹ですか」
 そんな彼女の行動に驚きながらも瞳は肩の忍烏『蓬莱鷹』に釘付けです。真紅のその美しいフォルムに魅了され、さっきまでの困惑は何処へやら――どうやらこの人、一つの事に気を取られると周りが見えなくなるようです。
「成る程‥‥まあいい。さっさといくぞ」
 それを見取って彼の性格を感じ取ったのは黎乃壬弥(ia3249)でした。相棒の定國に彼の襟元を銜えさせ、自分の下に引き寄せます。
「あっあのぉ〜」
 まだじっと見ていかったらしい彼。しかし、相手が龍と合っては勝ち目なし。
「いいか、全財産をかけて、大儲けを狙う‥‥? 商売は博打じゃねぇんだよ」
 自分の前に引き寄せて、彼がしっかりと言い聞かせます。
「それでは時間がないので、私たちは準備に入りますね」
 その様子を見取って、白桜香(ib0392)らも散開しました。残されたのは壬弥と定國、そして春喜のみ――。
「さっ、今日中にみっちり商魂について教えてやるからなぁ」
「ぐごぉぉぉ」
 壬弥の言葉に合わせて吼えて‥‥主人を乗せ、春喜を銜えたまま場所を移動する定國でした。


 さてさて散開した方々の行方はと言いますと、主に二つに分かれます。
 一つは隣町へ向かう者、もう一つは神社付近の町に下りた者です。
「あの、風信機はありますでしょうか?」
 乃木亜(ia1245)はミズチの藍玉と共にギルドに足を運びました。しかし、ここは比較的小さな町であり、通信できる人間がいるかどうは不安です。けれど返ってきた答えはイエスでした。
「しかし、隣町のギルドに直通のみ。他には飛ばせないよ」
 主婦っぽいおばちゃんな職員にそう告げられて少し気を落します。その感情を汲み取って、隣の藍玉の表情も曇りました。
「そんな顔しないで‥‥あっただけでも幸運な事です」
 彼女は軽く相棒の頭を撫でて、すぐさま用件を伝えます。
「綺麗な桜も咲いていますし、朋友を連れてお花見など如何でしょう?」
 そう言葉した彼女に即返事か返ってきます。
「けど、あそこは‥‥」
 あちらの職員でさえ桜の逸話を知っているようで、言葉を濁した返事。
「大丈夫です。浄化の儀式を行うので」
「ピィピィ」
 彼女の言葉に付け加えるように、藍玉も可愛く訴えます。
「わかりました。ギルドの掲示板ででも告知しておきましょう」
 彼女の熱意が伝わって、職員はすぐさま手書きのチラシを作りました。乃木亜はそれに感謝し、丁寧にお辞儀をして外に出ます。――とそこには露草(ia1350)と水月(ia2566)の姿がありました。そして、彼女の相棒達も‥‥人妖ばかり集まっています。
「これからあのじんじゃでれんしゅうなのー」
 露草の傍で嬉しそうに銀髪少女・衣通姫が言葉します。
「ボクもこういうのは面白そうだから楽しみだな」
 するともう一人――今度は水月のコトハもうきうきしながら答えます。
「ふふふっ、私達も楽しみです」
 これは露草の言葉‥‥それに頷く水月がいます。彼女は余り言葉を使わないのは癖だとか。
「それでは、神社の方は‥‥」
「はい、許可がおりました」
 問いかけた乃木亜に答えたのは、桃香と一緒の桜香です。彼女らはあの神社に掛け合っていたようでした。あの敷地を使って、ちょっとしたパフォーマンスを考えている彼女らに抜かりはありません。
「舞台も必要ですし、注連縄なんかも用意できたらよいですね」
 明日の完成図を頭に描いて露草が言葉します。
「いしょーもそろえてほしいなのー」
 その言葉に付け加えるように衣通姫も言葉します。
「衣装に練習‥‥大忙しだね」
 七人と一匹の会話――外に出て、聞こえるように会話すれば少しは宣伝になるでしょう。人妖がいる事もあってか通り過ぎてゆく人達はチラチラ彼女らに視線を送ります。

 明日、あの桜の浄化があるらしい――
 その噂は広まって、食堂でも発信ていたから尚更でした。その発信元とは、ルンルンです。定職を食べ終えて、スキル・夜春を使って人心を引き込む作戦です。
「へぇ〜、あの桜を‥‥今年も怖い位にきれいに咲いていたもんね」
 皿を下げに来た店員に声をかければ、興味のある反応が――。
(「情報操作はニンジャの基本‥‥ルンルン忍法、友達の輪なのです!」)
 その成功に喜んで彼女は心中でそう呟きます。
「なんでも人妖と巫女の舞を行われるみたいで見なきゃ損ですよー!」
 一際強調するようにそう言って、彼女は御代を置き次の店へと走りました。



 一方、その頃もう一つの班はと言えば――隣町へと向っておりました。
「もう勘弁してくださいよ〜〜」
 襟を銜えられたままの飛行中に春喜は既に涙目です。
「‥‥‥そもそも、借金はなんで作ったんだ?」
 定國の背で心地よい風に当たりながら壬弥が問います。
「それは‥‥その」
「大方、きみの性格じゃあ何かに一気に注ぎ込んだって所だろう?」
「ううっ‥‥なんでわかるんですか‥‥。私ってそんな単純かなぁ」
 その答えにがくりと肩を落す彼。そして、ぽつぽつ話し始めます。
「いいと思ったんです。奇跡の壷‥‥野菜と糠を入れて置くだけで絶品糠漬けが出来るんです」
 利点を話す彼にとりあえず相槌を打ってみます。
「それがたったの二百文ですよ! これは買うべきでしょう」
 二百文と言えば岩清水と同じ値段です。確かに安い気もしないでもありません。しかし、次の言葉を聞いて、彼は納得しました。それは、
「しかも一度に五十人分出来る優れもの」
「おい、それはまさかと思うが一般向けか?」
「はい」
 真顔で頷いてみせる彼に頭が痛い壬弥です。
「どうしてそんな顔するんですか! 五十人分出来れば便利でしょう?」
 しかし、彼はこの商品の致命的な部分が判っていない様で不満顔。
(「やはり思い込みとは恐ろしい」)
 彼は心中そう呟きつつも慎重に言葉を選んで切り返します。目的の酒場に着くと、彼らは先に着いた八重・桜(ia0656)に会いました。彼女の龍・染井吉野は駿龍であり、彼の甲龍よりは断然速く飛べるのです。
「ご苦労さん」
 すれ違い様に壬弥が声をかけます。
「そちらこそご苦労様なのです! 先に戻っておきますので後よろしくです」
「ああ、こいつは任せてくれ」
 そう二人は言葉を交して、彼らは最後の宣伝を開始します。酒場の男達に恋人募集中の巫女が明日舞を見せるとか何とか‥‥吹き込めば、自ずとそれは広がって結果は明日わかるでしょう。
「さあ、染井吉野。出来るだけ速く帰るです。まったく…桜にアヤカシが憑いてる訳ないのです。それを皆に判ってもらうです」
 そう呼びかければ相棒もこくりと頷いて、二人は帰路に着くのでした。


●目覚めよ、商魂!
 そして、隣町に出ていた二組は夜中飛行し、朝方に神社へと戻ってきました。へとへとの春喜でありますが、休む暇などありません。神社には皆が調達してきた材料と道具が並んでいます。
「さて、それじゃあさっさとやるわよっ!」
 朱璃が喝を入れて――そういえば彼女、一体今まで何をしていたのかと言うと、手にしているのは食料品。団子粉やら小豆やらを抱えて、どうやら彼女は訪れるであろうお客さんに振舞うお菓子の材料を調達していた模様です。紫水は練習、彼女は料理。二人は心で繋がっているのか寂しがったりはいたしません。
「お昼までに終わらせて‥‥それから開演ってとこね」
 袖を巻くって、気合を入れる彼女。それに従って、ある者は簡易的な舞台を造り、またある者は手順の確認を始めます。
「えっと私は‥‥」
 てきぱき進む工程を眺めて春喜は昨日同様困惑しました。
『春喜さんには司会をお願いしいたと思うの。どうかな?』
 その様子を見て取って、水月が袖を引きそう書かれた紙切れと簡単な流れのメモを手渡します。
「司会ですか‥‥でも、私は」
「商売人さんなら口の上手さも大事だと思いますから‥‥苦手でも頑張って欲しいです」
 消えそうな声でそう言われては彼もやらない訳にはいきません。
 舞台の袖では人妖達も大忙し――今日披露する舞のようですが、息がなかなか合いません。
「うぇ〜〜そで、じゃまなのー」
「もう少し離れて欲しいです」
「けど、これが限界なんだって」
「悪いけど、そこ。もう一度お願いするわ」
 などと‥‥少し進んでは止まって止まっては進んでを繰り返しておりますが、皆揃って楽しそうでした。その姿を見守る主人達にも笑顔が伝染し、疲れている表情など見せません。そんな彼女達の中に入れないのは大型の龍達――昨日の飛行の疲れを癒すように、神社の影でぐっすり眠っているようです。
「お疲れ様です、染井吉野。頑張ってくれたのです! きっと成功させますです!」
 天高く空を仰いで彼女は高らかに決意します。
「そもそも桜はいいものです! なんたって私と同じ名前です!!」
 そう付け加えれば、露草も同意見の様で、
「そうですね。商売の上手下手はおいといて‥‥せっかくの開花ですもの。桜もきっと、見てもらいたがっていますよね」
 と言葉します。その後、そっと桜の幹に手を置いて、念の為瘴気はないかと探ります。

 そんなこんなであっという間に時は過ぎて――告知した時間がやってきました。
 人はまだまばらではありますが、美人巫女と人妖に会えるとあってか、町人もちらほら確認できます。開拓者であるならば、その木にアヤカシがいる云々は気配でわかるでしょうし、いたとしてもその桜を恐れたりはしないでしょう。
「えっと、あっと‥‥お集まりの皆様。この度は誠にありがたく存知上げ‥‥」
 しかし、ここで見せた春喜の司会と言ったらひどいもので‥‥視線は下を向き、しどろもどろの言葉に客をドン引き――始めるどころではありません。
「春喜っ、一旦下がれ!」
 それを見かねて、腕を引き舞台から降ろしたのは壬弥でした。
 ざわめく客席――お客に不安が広がります。
「いや、だって私こういうの慣れてなくて‥‥」
「ばかっ! 慣れて無くてもやるの!! 折角ここまでお膳立てしたのよ、覚悟を決めなさい!!」
「はっはい!!」
 いきなり朱璃に叱咤されて、慌てて背筋を伸ばす彼。
「昨日も言っただろう? 商売は事前の仕込みが大事なんだよ。自分で『風』を作れ。後は簡単に諦めるな。死ぬまでもがけ。それが商魂だ」
 その横では壬弥も諭します。それは彼が昨日酒場で言った言葉――それを再び念押しをされて、彼ははたと気付きます。自分が簡単に諦めていた事に‥‥今もそうです。苦手を理由に逃げ腰になっているではありませんか。

 勢いがほしい‥‥少しだけでいい、踏み出す勇気を――。

 そう思い視線を彷徨わせれば、彼の傍には商品の一つである酒『桜火』がありました。
(「ええいっ、ままよっ!!」)
 それをぐいっと煽れば口内には優しい味が広がり、彼の心を暖めます。さっきまでの緊張をほぐすように‥‥俄かに血色も良くなったようです。
「おーい、まだかよ〜!」
 野次が飛び始めた時、彼は再び壇上に上がりました。
「先程は失礼しました。ここにある一本の桜‥‥長い時を生きてきたこの桜でありますが、一つの噂に涙を飲みました。それはアヤカシが憑いたと言う噂でございます‥‥けれど、それは遥か前の事‥‥しかしやはり気になりましょう。ならば、もう一度浄化すれば問題御座いません。こんな素晴らしい桜を放っておくのは勿体無い‥‥それではお願いいたします」
 先程までと打って変わって饒舌な喋り――酒の勢いもあったでしょうが、見守っていた助っ人達も吃驚です。目をぱちくりした彼女らですが、呼ばれた事に気付いてはっと我に返ります。
 拍手と共に舞台に上がる女性陣――ルンルンは鎧を着用し後ろで待機。巫女達が桜の幹を囲んで、皆が祈りを捧げます。それは、浄化の演出――彼女らの身体がうっすら光り桜を包み込んで‥‥それと同時に現れたのは一匹の鷹でした。それに合わせてルンルンも前へ。真紅の羽を羽ばたかせ降り来る相棒を待つ彼女。そして、

   ヴォォォン

 眩いばかりの閃光を放って彼女は相棒と同化し、身体は鎧が一層輝きます。そして、手には弓と剣――こっそり用意した商品を彼女に持たせて、取り巻く巫女達は喜びます。
 演出はさながら昔桜のアヤカシを退治した開拓者を思わせるストーリー仕立てでした。巫女達が再び祈りルンルンが剣を掲げて、

「再び美しき桜の地をこの手に‥‥アヤカシ退散!」

 そして七桜剣を振り下ろせば放たれたのは光の玉。それは朱璃の精霊砲でした。
 ルンルンに注目が向けられている隙に裏に回って、この演出の準備をしていた彼女です。それを知らぬ客達は、その光景に言葉も出ませんでした。
 僅かに間があって‥‥徐々に拍手が起こります。
 それが収まるのを待って、今度は水月が口笛を開始しました。
 それは優しい春の調べ――その中に想いを託します。誰一人見に来る人もなく、それでも咲き続けた桜へ。感謝と労わりを込めて――。
 その口笛に合わせて残りの巫女が再びスキル等を使い身体は僅かに輝きを増し、それはまさに天女の様でした。緩やかに穏やかに――全てを包み込むようなその調べに観客も引き込まれていきます。そして、さり気無く彼女達を着飾っているのはこの後商品となる桜の簪や耳飾り、手にしている扇子もその一つです。
「これはいいもんだな」
 準備を終えて場所を離れた壬弥も思わず感嘆の声を上げました。
「次はボク達の番だからね!」
 ――とその舞が終わると引き継いだのは人妖達。
 巫女達の舞とは対象的に、彼女らの雰囲気を汲み取った明るく元気な踊りです。
 こちらも獣羽織をつけて、飛んだり跳ねたり優雅と言うよりは躍動的な構成になっています。
「さ、今のうちにオークションの準備を」
 ずっと見てたい春喜でしたが、仲間に声をかけられて慌てて商品のチェックに入ります。余所に弾かれた扇子があったのですが、彼はその経緯を知らずに元に戻しました。

『有難う御座いましたっ!』

 拍手喝采、大歓声――珍しい彼女達に加えて、最後に出てきて披露した藍玉の水芸もあり、気が付けば会場は人だかりになっています。曰く付きだったとは思えない程に‥‥皆、安心したのが見て取れました。
「これが『風』‥‥」
 今ならなんでも売れそうな気がする。春喜はそう思います。
「それでは、オークションを開始させて頂きます。まずはこちらからっ」
 彼にもう始めの緊張はありませんでした。さっき登場した巫女達がそれぞれ身に着けていたものを中心に競を開始します。使用済みが希少価値を高め、値段はどんどん吊上がります。中でも人気があったのは、七桜剣と弓『桜姫』――先程の演出を見ているだけに一般人でも欲しいと思ったのでしょう。
「私は一万だそう!」
「なら、おれは一万五十だ!」
 限定数が限られている事を伝えれば、更に手に入れたいと思うのが人間の心理。
(「うぅ‥‥わたくしも欲しいです‥‥このまま持ち去ってしまいたいのです。けど、ここは春喜様のお手伝いですし‥‥あぁ、なんとかならないかしらです‥‥」)
 桜もどうやらこの商品、ほしいようなのですがなんとか思い留まって泣く泣く販売に徹します。それを察して露草が彼女の手を取りました。
「わかります、その気持ち。私もほしいものがあるんですもの‥‥」
 ひしっと手を握り、瞳で語り合って我慢する二人――売れ残っては困りますが、残ってくれれば買い取るのにと‥‥しかし、残念ながら人気は収まりませんでした。


 一方、舞台の袖では比較的手に入りやすい商品を販売しています。
「この桜です。お花見をしていかれてはどうでしょうか?」
 その言葉についつい足を止めるお客達――朱璃お手製の団子のおまけは好評で、桜餅も酒も飛ぶように売れてゆきます。扇子や簪も一部こちらで販売中のようで、やはり女性陣に人気です。
「よかった、これ頂きます」
 最後の扇子を手にとって嬉しそうな青年です。
「贈り物ですか? いいですね」
 にこりと笑って桜香が手渡せば、照れた表情で受け取り去っていきます。
「私もこれ欲しかったんですもの‥‥ふふ」
 自分用にも一つ購入を決めている彼女。始まる前に避けていた扇子を思い、残りの商品の完売を目指して気合を入れます。
「‥‥?」
 そんな彼女を見つめ水月は首を傾げます。
 そして、日が暮れる頃には商品は全て完売し、いよいよ売り上げのチェックです。


●成せば成ると言う事
「五十、百‥‥やったーー!!」
 緊張する手で数えた売り上げはなんとか彼の借金を上回り、黒字を出していたとあっては自ずと声を上がります。
「よかったなっ」
「頑張った甲斐がありましたね」
 口々にそう言って、彼におめでとうの言葉をかければ、瞳に大粒の涙を浮かべる春喜の姿がそこにありました。
「本当にありがとうございますっ! こんな私に力を貸して下さって!! 私は幸せものだぁ〜〜」
 わんわんと声を上げて泣く彼に、周りは暖かく見守ります。
「けれど、舞台の道具費とか考えると皆さんに渡せる給金はなくて‥‥本当申し訳ない」
 しかしながら、高めに売ったとはいえ利子も相当だったらしく材料費を考えると精一杯。
「いいえ、構いません。お金が欲しくてやった訳ではないですから。それに亡くなるような事にならなくて良かったです」
 家族を亡くした経験のある乃木亜は沈む彼をそう慰めます。
「こんな素敵な夜桜を仲間と見れただけでも幸せです‥‥って水月も言ってるよ」
 と今度は水月の言葉を代弁しコトハが言います。
「とりあえず飲みましょう。春喜さんの飲みくさしになってしまうけど‥‥一応、少しだけお団子も取ってあったしね」
 ――そう言ったのは朱璃でした。
「やっと一緒です」
 その横では嬉しそうな紫水の姿もあります。
「なっない!」
 けれど、そこで桜香が声を上げて、皆の注目を集めました。
「どうしたのよ、そんな顔して」
 素っ気無く問う桃香に、彼女はこそりと耳打ちします。
「あの‥‥とっておいたはずの扇子が無くて」
「取っておいた?」
 声に出して繰り返した桃香の言葉に回りがぴくりと反応します。
「もしかして、桃香さん自分用とか考えてました?」
「抜け駆けは駄目なのです」
 それをじと目で見るのは勿論露草と桜です。
「あの、けど、無いので‥‥抜け駆けではないでよね、きっと」
 それを弁解しながら、あわわと後退する彼女。そんなやり取りで盛り上がりながら、夜も更けて‥‥女性陣は先に神社で宿を取りました。
 そして、春喜と壬弥は二人酒――。
「いいか、次からはちゃんと考えて動くんだぜ? 家庭用に五十人前の壷はいらねぇ」
 春喜に釘を刺すようにそう言って、その言葉に彼も頷きます。
「肝に銘じておきますよ。今回は皆さんが立ててくれた風に乗っただけでしたが、次は自分で『風』を起こしたいと思います」
 そう決意して彼は朝早くに借金の返済を終えて、次の目標を目指します。
 そして、神社の方には花見客が訪れるようになり、一際艶やかに花を咲かせる桜の名所として賑わう様になるのでした。