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■オープニング本文 ●進言 「狩狂様、好機ですわ」 カツカツとヒールの音を響かせて部屋に入ってきた女が方膝を付き進言する。 「どういうことだ、氷刹。言ってみろ」 その言葉に視線だけを向けて答えた男の眼が光る。 「我々の好機だと‥‥そう申しました。世間が祭りだと騒いでいた間に酒天が解き放たれた‥‥きっと私の同族が動き出します。この混乱に乗じれば、我々の計画も楽に推し進める事が可能かと」 頭を垂れたまま言葉する女――彼女の頭には小さな角が見え隠れしている。 「失礼します」 ――とそこへ新たな来客。みれば男の片腕とも言えるまだ若き青年である。 「あら、いらっしゃい。また逞しくなって」 その青年を見つめて女が妖艶に笑う。 「氷刹さん、いらっしゃったのですか? 私まで手にかけるおつもりで?」 しかし、その青年も負けてはいなかった。 彼女の言葉に表情一つ変えることなく、軽くあしらってみせる。 「黙幽、おまえの用件は何だ?」 「あ、はい。弓弦と名乗る者からの使者がやってきておりますがどうされますか?」 「弓弦だと?」 聞き慣れない名前に眉を顰める。しかし、女はその名に覚えがあるようでくすりと笑う。それを見て、男も全てを察したようだ。 「成程‥‥おまえの予想通りと言う訳か‥‥いいだろう。通せ」 「はい」 その返事を受けて、青年は出てゆく。 「氷刹、今回の事はおまえが詳しそうだ‥‥好きにやればいい。ただし、失敗は」 「ご心配には及びません。お任せ下さい」 にこりと笑って一礼すると、彼女もまたその場を後にする。 「弓弦か‥‥どうやってここを突き止めたのか知らんが、精々利用させて貰おうか」 男はそう言って立ち上がる。 「そうだ。アレも使えるかもしれん」 ふと思い出して‥‥言葉する彼の口元は不敵に歪んでいた。 ●暗雲 神楽の都、開拓者ギルドにて。 板張りの広間には机が置かれ、数え数十名の人々が椅子に腰掛けている。上座に座るのは開拓者ギルドの長、大伴定家だ。 「知っての通り、ここ最近、アヤカシの活動が活発化しておる」 おもむろに切り出される議題。集まった面々は表情も変えず、続く言葉に耳を傾けた。 アヤカシの活動が活発化し始めたのは、安須大祭が終わって後。天儀各地、とりわけ各国首都周辺でのアヤカシ目撃例が急増していた。アヤカシたちの意図は不明――いやそもそも組織だった攻撃なのかさえ解らない。 何とも居心地の悪い話だった。 「さて、間近に迫った危機には対処せねばならぬが、物の怪どもの意図も探らねばならぬ。各国はゆめゆめ注意されたい」 所は変わってここは仁生――。 ここにもその余波は現れており、芹内王のお膝元。朝廷からの命令もあり、日夜討伐に借り出され、人手が足りない状態が続いている。 それでも彼らなりのプライドがあるようで、それらを必死にこなしていたのだがやはり限界は近いようだ。死と隣り合わせの討伐‥‥そんな事がずっと続けば、身体も心も荒んでくる。仕事を終えた彼らの癒しは、夜の街でのお楽しみに流れる事は致し方ない。 「今日は参ったぜ」 仲間と連れ立って酒場に顔を出した志士の一人が言う。 「あらお兄さん、お疲れね‥‥大丈夫?」 そんな彼らに近付いたのは見かけぬ店員‥‥ではなく、開拓者らしいの女。背には彼女位の長さのテイ刀と呼ばれる掩月刀を少し小さくしたような長武器を背負われている。 「ご一緒していいかしら?」 それに続いて天儀酒の酒瓶を抱えてやってきたもう一人も彼女の仲間らしい。同様の武器を背負いにこりと笑う。 「あぁ、構わないぜ‥‥むしろアンタ方のような美人は大歓迎だ」 身長は女性にしては高い方であるが、それより何より彼女達の体形は申し分なかった。標準よりは大きな胸にくびれた腰、適度なヒップから彼らは目が放せない。金髪のショートと黒髪ロングを後ろで束ねた女――チラリと見える項に、男達の鼻の下は既に延び切っている。 「うふふ、そんな目で見ないでね。ドキドキしちゃうじゃない」 「ははははは〜何を今更」 男は言葉もそこそこに酒を煽る。こんな美人が自分の下に来るなど信じられないが、これは現実。このチャンスをものにしなくてはとペースも次第と早くなる。 場所を部屋に移して、飲み直そうという提案に女も快く従った。 「ねぇ、お兄さん方は警備隊の方なの?」 頬を赤くしながら、さっきより大胆になった女が問う。 「あぁそうだが、どうかしたのか?」 「ふふ、強い殿方は好きよ。私達も志士だもの、力になれるならチームを組んだって構わないわ‥‥だけど」 「だけど、なんだ?」 「私達は名も無い村の出身‥‥採用試験で弾かれてしまう」 少し悲しげな眼をして相手を煽る。 「ねぇ、どうにかならない?」 そして、懇願するようにそっと男の手を取った。上目遣いに覗き込むような仕草で‥‥自然と視線は胸元に向かう。 「う、うむ‥‥どうにかしてやりたいとは思うが、我々には無理だ‥‥規制が厳し過ぎる」 「そこをなんとか‥‥」 更に身体を寄せる女。先程からずっとそうだが、迫ってくるのは金髪の方だけだ。黒髪の方は、声をかけた時のみでその後は一向に喋らない。 「なぁ、おまえもサービスしてくれよぉ〜」 調子に乗ってもう一人が彼女に近付く。 「ふっ、サービス‥‥か」 しかし、その後彼を待っていたのは――。 ●侵食 「あれは誰だ?」 テイ刀を背負った見かけぬ顔に警備隊を管轄・管理している者が尋ねる。 「あぁ、新しく入った隊士ですよ。報告はいっている筈ですが?」 「何??」 がさがさ机を探れば、確かに登録されたばかりのメンバーが数名いるようだ。 「しかし‥‥あのような者が? ちゃんと身元は調べたんだろうな?」 「ええ、勿論ですとも。ちゃんとした出のれっきとした志士ですよ」 答える同僚は表情一つ変えず、そう言って再び仕事に戻ってゆこうとする。 ここ数日の事だ。登録されているメンバーの入れ替えが激しい。由緒正しき血筋であれば、今まで町か催しの際に出会っている筈なのだが、ここ最近登録された者達は全く見覚えがなく、心当たりさえない名前ばかりだ。 (「何かおかしい‥‥」) 言葉には出さないがこんな時期だ。どこかで確信している自分がいる。 「おい、そういえば君は左利きではなかったか?」 ふとそのことに気付いて尋ねるが、彼は返事する事なくそそくさとその場を後にする。 (「間違いない。何かが起こっている」) ここ頻繁の出撃に隊士達の疲労はピークになり、多少の夜遊びは目を瞑っていたのだが、まさかそこで何かあったとしたら? 「杞憂だといいが‥‥」 男は即座に立ち上がりギルドに向かう。公には出来ない。それでも上には一筆残しておいたのが幸いした。 「これは一大事ですぞ」 戻らぬ主の残した手紙――彼が戻らない事が一番の証拠となる。 その手紙を受け取った者が引き継いで、内密に調査が開始されるのだった。 |
■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
和奏(ia8807)
17歳・男・志
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
リア・コーンウォール(ib2667)
20歳・女・騎
藤吉 湊(ib4741)
16歳・女・弓
袁 艶翠(ib5646)
20歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●潜む者 目の前には縄で縛られ、床に転がる哀れな男――。 彼の命の灯火も後僅かといった所だろうか‥‥食事も与えられず、体中にまだ真新しい複数の傷跡が見受けられる。 「あなたがいけないのよ。私達のいう事を聞かないっていうんだから」 その横では彼を今まで嬲ってきた張本人の姿があった。 「あなた管理人なんでしょ? もっと注意しなきゃ‥‥」 くすりと笑ったその女の手には短刀が握られ、血が滴り落ち床を汚している。 「遊ぶのもいいが、この後どうするつもりだ?」 窓から夜の都を眺めながらもう一人が言う。 「さぁてね、折角だから川にでも流しましょうか? この都を混乱させるにはいいスパイスでしょう‥‥」 「そうは、させ‥‥ない。お前達、は‥‥必ず、捕ま‥‥がはっ!」 顔を覆われ僅かに言葉を発した男だったが、すぐさま蹴り飛ばされ後が続かない。 「まぁ悪くない味付けだ‥‥ただ、鼠が紛れ込んだようだが‥‥」 くくっと喉で笑って、窓の軒下には一匹の蝙蝠がぶら下がっていた。 「生きているといいのですが‥‥」 今回の依頼は極秘裏に出されたものであり、表立ってその依頼内容は公開されておらず、依頼人に会うにしてもそう簡単なものではない。ギルドに呼び出す訳にもいかず、かといって待ち合わせするにも場所を吟味しなければならない。依頼人から話を聞きたい彼らだったが、全員で向かえば当然目立ってしまう為代表を立てて接触を試みる。 その代表に選ばれたのは和奏(ia8807)だった。何でも無難にこなせる彼はうってつけである。そして、その後にはリア・コーンウォール(ib2667)と藤吉湊(ib4741)が続く。彼女らの役目は話を記憶し、内容をメモする事――。 (「しっかりと聞き取らなねば‥‥」) 和奏の裏に席を取り耳を欹てる。じっとしていてはまずいと、湊は料理を取りに行った様だ。ここは人気の飯屋であり、店内は広くセルフサービスとあって客がひしめき合っている。そんな場所であるから、いちいち他人を気にする者等いない。各々それぞれの時間を過ごしている。 「ここ、よろしいか?」 ――とそこへようやくやってきたのは依頼人。和奏の姿を見つけ隣に相席する。すると同時に、彼らに独特の緊張が走る。何処に目があるかわからない。自然と慎重になる。 「手短にお聞きします‥‥メモに残された事以外にも何か不審な点はありましたか?」 箸を運び辺りを警戒しながら、早速本題に入る。彼は以前別の仕事で警備隊を相手にしており、その時あまり開拓者の事はよく思われていなかった為、その溝が気になっているようだ。ギルドに依頼を出すに至った経緯にもまだ何かあるのではと考えているらしい。 「そうですねえ‥‥負傷者が増えたかもしれません」 「負傷者ですか。その方々の傷は本当に任務で?」 討伐が増えているとはいえ、仮にも警備隊である。志体の有無は別にして、腕利きが選抜されている筈だ。 「さあ、言われてみれば直接傷を見てはいなかったですな。けれど、何人かで向かっている訳ですし、まさかそんな‥‥」 苦笑を浮かべていた男であったが、内部にいるとすれば人員を入れ替える為、万が一そういう事もあるかもしれない。みるみる顔が青褪めていく。 「一応確認してみます。後これを」 男は食欲を無くした様で箸を完全に下ろしメモを差し出す。そこにはわかる限りの隊員達のスケジュールが書き込まれていた。 「あの最後に一つ‥‥最近の隊員さんに変わった点などは?」 もう引き上げてしまいそうな男を引き止めて、和奏が問う。 「変った‥‥ですか? そうだなぁ、なんとなく雰囲気が変わった奴はおる。前任の方が言うように、姿は以前と変らないがどこか別人のような」 「その方の目は虚ろだったりとかは?」 「それは無い。受け答えはしっかりしておるし、瘴気の影はなかった。それは入隊時、および定期的に確認しておる」 そう答えて、男はほとんど料理に手を付けず去ってゆく。 (「やはりこの事件、洗脳されているのではないみたいですね‥‥すると残るは‥‥」) 彼の中で纏まる答え――けれどまだ確証はなかった。 場所を移して――素早く仲間に内容の簡易メモを配り終えると、湊とリアは新人隊員の調査に入る。写真がある訳ではないので、先に提出された名簿に書かれている容姿についての詳細と先程和奏が受け取ったメモを元に、人物の特定に入る。 「あ、きはったで。あの人がよさそうや」 路地に身を隠し警備隊の巡回経路で待ち伏せしていた湊が言う。 「あ、あの短髪の殿方ですな」 「そうや、情報では新婚さんで子供もいるらしいけど、ホンマかどうか」 じっとターゲットを見つめて‥‥どうやら彼女は的を絞って調査をするようだ。一か八かの賭けになるが、やってみる価値はある。 「では、私は周辺の聞き込みに参ります。何かあったら合図を下さい」 ペアで行動する事を決めていたリアは、そう言って視界内で聞き込みに入る。 (「しっかし穏やかやあらへんね〜」) 湊はそう心中でひとりごち彼の尾行を開始する。 だが、行動は至って普通だった。昼の巡回を終えて仲間と共に詰め所に戻り、その後は鍛錬を始め外には出ない。二回目の巡回では、いちゃもんをつけた客と店の仲裁に入った位でこれと言って不審な行動は見受けられない。 (「うちの的外れかいな?」) 収穫なしに落胆する彼女‥‥そのまま、彼の帰宅にまで同行する事となる。 がらりっ 引き戸を開けて中にはいる青年隊員――無言の帰宅である。それに彼女は違和感を覚えた。 (「新婚で子供もいる筈やのに、無言?」) ぽんぽん そんな思考の途中に肩を叩かれて、驚き振り返ればそこにはリアの姿がある。 「ちょっと吃驚するやん‥‥」 「あ、すまない。けど、面白い事が聞けたのでな」 「え?」 その話に耳を傾けて、ますます怪しさが募る。中へ入ってからも、全く人の気配を感じない。任務中ならまだしも、家でそんな行動はしないだろう。 「あ、また動き出したで」 すると再び青年が外へ。それを見送る女がいる。しかし、何処か余所余所しい。 「やっぱり噂通りだな。新婚とは思えない‥‥怪しい限りだ」 二人はそれをじっと見つめ、再び追跡を開始するのだった。 ●探す者 一方その頃、もう一つのペアは行方不明になった管理者の捜索をまだ続けていた。 「‥‥急にとーさんが帰ってこなくなっちゃったの‥‥」 もう何件目かわからない店の戸を叩き、涙ながらに町娘姿のリエット・ネーヴ(ia8814)が訴える。けれど、なかなかまともに取ってもらえない。場所柄もあってか、話は別の方へと移行する。 「あら、可愛らしい‥‥父親がいないなら困るでしょう? うちで働けば」 そうここは歓楽街――十一の少女が一人となれば商品としても価値もあるというものだ。言葉巧みに引き込もうとする輩もいない訳ではない。勿論そんな店ばかりではないし、場所にもよるが今いる場所は大人向けの店が多いようだ。 「悪いが、その必要はない。それより、こんな感じの男を見なかったか?」 そんな彼女を見取ってペアの竜哉(ia8037)が割って入る。女はちっと舌打ちをし、差し出されたメモに視線を送った。 「これがこの子の父親の特徴かい? けど、これだけじゃねぇ‥‥名は何ていうんだい?」 「あぁそれは」 「きくすい‥‥花の菊に、彗星の彗」 竜哉より先にリエットが答える。 「菊彗ってもしや、警備隊の?」 「うん」 力強く答える彼女に女は表情を曇らせる。 「変だねぇ、あの人は独身のはず?」 そう疑う女に空かさず竜哉が耳打ちした。そう、彼女は隠し子なんだと――。それを聞いて女は悪戯に笑う。この手の商売をしていれば、こういう話はいいネタになるのだ。 「へぇ、あの人が‥‥けどあの人は堅物だからここらでは見かけないねぇ‥‥」 秘密のネタを頂いたとあって、女は上機嫌だ。 「そうか、有難う」 そう言って背を向ければ、軽く手を振り見送りまで始めている。 「ねぇ、竜哉にー本当に言ってよかったの?」 彼の横をリエットが問う。 「ああ、名前の事か? あれでいい‥‥多少派手に動けば案外『あちらから』来てくれるかもしれんしな」 橙に染まり始めた空を見ながら彼が答える。――と、その時だった。 ひゅん 「あぶないっ!!」 何かを察知したリエットによって突き飛ばされて竜哉が転倒する。 「敵か!」 「うん! けど‥‥あそこだから」 苦々しく見つめる先は遥か上空、龍に乗っている人影がある。 「ちっ、早速お出ましって訳か」 竜哉もそれを見つめ毒付く。 「竜哉にー、これ‥‥」 そんな彼に差し出されたのは一枚の紙。さっき竜哉を狙って放たれた矢に付いた物だ。そこには真っ赤な字で『探しのものに辿り着ければ返してやる』とだけ書かれていた。 ●発見する者 時は夜、場所は酒場に移される。 「お客さん、お替りは?」 グラスが空になっているのを察知して和奏に声がかかる。 「そうですね‥‥適当に何か下さい」 「はい?」 「おススメを‥‥それで構いません」 そう愛想なく告げる彼に店員は何かを察したらしい。 「お客さん‥‥もしかして誰かお探しで?」 店員がさらりと問う。 「‥‥やはり客商売の方は鋭いですね」 それに少し驚いた彼であったが、その眼力は頼りになる。和奏は彼に用件を告げた。 「成程ねぇ‥‥確かにうちには沢山の隊員に贔屓にして貰ってるからなぁ。人の行き来は多いでさぁ。けど、新顔の奴らは長くいないんだ。すぐ何処かに移動しちまう‥‥それに釣られて古株連中も持ってかれて商売上がったりでさぁ」 「新顔? どんな方ですか?」 古株とつるむ辺りが気になって和奏が問う。 「そうだなぁ〜、あそこにいる姉ちゃん位のべっぴな女達だよ」 そう言って指差した先には、いつもの姿の艶翠(ib5646)がいた。彼女もここで情報収集をしていたらしい。 「達‥‥という事は一人ではない?」 「ああ。それに、うちは個室はねぇからなぁ。仕方ない」 そう言って店員が苦笑する。 「あら、あたしに何か用だった?」 ――とそこへ艶翠が現れて、店員の意識がそちらに向かう。 「いやいや、すんません。ちょっと例え話にね‥‥あんたみたいな美人が他にもいたもんで」 「他にも? 聞き捨てならないわねぇ。会って見たいわ、その人と‥‥今、何処にいるか知らない?」 さり気無く絡んで、実はさっきの話聞いていたらしい。彼女が聞き出しに入る。 「多分、あそこじゃないかな〜」 店員は鼻の下を延ばしながら場所を教えるのだった。 そこは路地裏の小さな店‥‥ 北面には似つかわしくないジルベリア風の内装をした隠れが的存在‥‥ そこには先に到着したらしいリアと湊の姿があった。 「どうして入らないの?」 そんな二人を見つけ艶翠が問う。 「ああ、艶翠殿。入りたいのはやまやまなのだが門前払いを食らってしまって」 「そうなんよ、子供はお断りとかいいよって客を選びよるんよ、ここ」 その横では少し膨れ顔の湊がいる。 「なら、おばさんの出番ね」 そう言って扉を開ければ、その中はぼんやりとした灯りが包む小さな空間が広がり、カウンターには厳ついマスターが睨みを効かせていた。客は離れた席でグラスを傾け談笑し、その中にはさっきの店員が言っていた女達の姿もある。取り巻く他の連中も警備隊の面子のようで一人は湊の追っていた青年である。 「いらっしゃい‥‥鼠さん」 金髪の女が彼女を見取り立ち上がった。 「あら、どういう事? 私は鼠じゃないんだけど」 やはりばれていたかと思いつつ、そっと得物に手を回す。 「じゃあ、色々嗅ぎ回っている犬かしら?」 女の挑発――けれど、艶翠の意識はそちらには無かった。さっきから感じる異質は空気。それはもう一人から発せられたものだ。黒髪の女‥‥全くこちらを見ようともせず、ただ黙々飲んでいるが何処か危険な感じがする。 「大丈夫だろうか、艶翠殿」 じっと対峙する彼女を外から見取りリアが呟く。夕方の件もある。念の為、彼女をサポートする様、店の周囲に仲間が待機。いつでも踏み込めるようにしている。 「‥‥そうね、犬かもしれない。けどあなたはそれ以下でしょう‥‥こそこそこそこそゴキブリみたいに?」 「何をぅ!」 その言葉が引き金となった。金髪が隠していた短刀を投げ放つ。 けれど、それを銃身で弾いて後方に下がり、 どすっ それまでだった。気付いた頃には首に手刀が入り意識が遠退く。それは黒髪の一撃だった。いつ動いたのかさえ判らない。薄れ行く意識、煙る店内で仲間の声だけが耳に木霊していた。 ●推理する者 「すまない。取り逃がした」 裏口を張っていた三人だったが、窓から屋根伝いに逃げられ相手を捕まえる事は出来なかった。店内には煙玉がまかれ、入口から入った二人は艶翠を引き上げるので精一杯。中の面子を追う処ではなく、煙が晴れた時にはもう連中の姿はなかったという。 わかった事をまとめて提出し、そこで依頼はひとまず終了となる。 彼らが突き止められた事はあまり多くはなかったが、進展しなかった訳でもない。 「今日確認にあの店にいったらもぬけの殻だったそうです」 折角見つけた隠れ家と思しきバーであったが、あの店自体があちらのものだったらしく、残されていたのは行方不明になっていた管理人の遺体と小さなメモ。 『おめでとう これは約束通り返そう』 そう書かれてあったらしい。遺体はかなり酷い状態だったという。 「結局わかったのはあの女を軸に、複数の不審者がいるかもしれないという事だけか」 なんとも消化不良の結果に落胆する。 「とりあえず現状取れる対策は進言しておきました。後は待つしかないでしょう」 相手の証拠が掴めない以上動き用がなく、解雇するにしても理由付けが必要だ。不審者とはいえ仕事はこなしている。適当な理由では、逆に悪い噂を立てられかねない。 「しかし難しい問題やね‥‥尻尾出すまで動けへんって事やろ?」 それまで得体の知れない人物を抱えていないといけないというのはなんとも困った話である。住民を危険に晒す事でもあるのだから‥‥。 「そういえば利き腕の件は?」 ふと思い出したように問う湊に再び和奏が答える。 「これは推測ですが、変装かと‥‥初歩的ミスでしょう。雰囲気が変わったと言っていたのは中身がそっくり変わっていたらとかだと思います」 あくまで推測であったが、この推測は的中する。しかし、残念ながら取り調べの際に自ら死を選び彼らは口を閉ざしてしまった為、実際の人物の消息は闇の中となってしまう。 北面を蝕むように暗躍する影‥‥それが一体なんであるか、謎は深まるばかりだ。 一方、その仕掛け人は―― 「さて、芹内王はどう出るのか見ものだな‥‥しかし、あの者。いや判るまい」 今の状況を楽しむように、ある場所から城を眺めほくそ笑むのだった。 |