大地主の末路
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/06 15:10



■オープニング本文

 謎の歌と共に現れる餅屋の屋台の真相が明らかになった。
 その事を知って動揺を隠せずにいたのは勿論の事。
 それを起こすきっかけとなった張本人である大地主は今、恐慌状態にある。
「相手が開拓者だったから、仕方ねぇ〜だろう」
 そう言って雇っていたゴロツキらは報告をおざなりに去っていた。
 所詮金で雇った人間などそんなもの――信頼関係など築ける筈もなく、都合が悪くなれば掌を返し、とんずらを決め込んでしまう。わかっていた‥‥はずだった。そう割り切ろうとしたが、今の彼には冷静に考える余裕などない。
「あの者らめ‥‥本当に役立たずだ」
 近くにあった燭台に八つ当ってみるが、ぱたりとそれは倒れただけ。彼のユ立ちと困惑は止まらない。
「金ならあるんだ。金で‥‥金でなんとか出来ないか」
 町の全てを押さえ込んできた己の財力――更に上に掛け合ってみるか?
 しかし、それが続けば鴨にされるのがオチだ。この町では自分がトップだったとしても、外に出ればそこにはそこのトップがいる。弱みは見せられない。いや、見せたくない。となれば、自分で出来る事はなんだろうか?
 男は焦る心を必死に落ち着けようと深呼吸を繰り返し思考する。
「証拠‥‥そうだ。証拠をなくせばいい」
 自分があの店を荒らしたという事実を消し去ってしまえば、誰も自分に介入出来ないんではないかと――。とりあえず思いついた事を実行に移す為、まだ残っている使用人に命じて、自分が閉店に追いやった店を以前のままの状態にしてこいと命ずる。
 店主は今いない。隣町の医者にかかっていると聞いている。
「店主はいない‥‥ん、いなくなればいい」
 そこで思い浮かんだ一つの答え――。
 店の証拠を消してどうなる。前回だって一人の女の言葉が仇となり、事実が露呈したのだ。知る人全てを口止めしなくては意味がない。
「口止めだと‥‥金にも限度がある。なら、いっそ‥‥」
『殺すのが一番じゃ』
 その答えを耳元で囁いたのは一人の女だった。
「どっどっから入った!! お前は誰だ!!」
 突然現れた女に動揺を隠せないまま、地主が後ずさる。
「人間など嘘をつく生き物よ‥‥いくら金を積んだとて、信用ならぬ。ならば、死の沈黙を与えればよい。そう思わないかい?」
 透き通るような肌を露に花魁のような姿をした女が続ける。
「わしが力になるぞよ‥‥悪いようにはせぬ。だからわしを受け入れよ」
「は‥‥‥はい」
 その女の瞳に魅入られて‥‥地主はぼんやりとした意識でそう答える。
「いい子じゃ。永遠に眠るがいい‥‥」
 女がそっと地主に触れると、力を失くした様にすとんと崩れ落ちる。
 そして、彼が彼として目覚める事はもうなかった。


 そんな夜が明けて、事件は起こる。
 毎夜、地主の屋敷から聞こえる悲鳴――。
 隠しもしないその声に町の警備隊も動いたが、次の日になるとある者は行方不明に、ある者は何事もなかったように詰め所に戻り仕事をしていたのだという。そして、まずは地主の使用人が姿を消した。その次は彼に関わる人間が一人、また一人と消えてゆく。
 そんな日が続いて、町全体にはある噂が流れ始める。

『地主が発狂して、町人を喰っている』と――。

 その噂を聞きつけて、再び町を訪れたのは餅屋事件を調査していた陰陽師の青年だった。
 真っ先に向った地主の屋敷で彼は目撃し、確信する。
「なんてことだ‥‥」
 地主の後ろにある瘴気の気配――アヤカシが絡んでいるのは明らかだ。
(「私だけでは無理だ‥‥」)
 青年の勘がそう悟って、すぐさまそこを後にする。
 この町には残念ながらギルドはない。隣町まで戻らなければならないようだ。
「くそっ、急がなくては」
 慌てて駆け出す彼を見つめる警備隊――。
 しかし、彼はそれに気づく事はなかった。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
焔 龍牙(ia0904
25歳・男・サ
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
滋藤 柾鷹(ia9130
27歳・男・サ
古廟宮 歌凛(ib1202
14歳・女・陰
将門(ib1770
25歳・男・サ
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
東鬼 護刃(ib3264
29歳・女・シ
ライア(ib4543
19歳・女・騎


■リプレイ本文

●筒抜けの情報
「‥‥と言う事です」
 警備隊の一人が地主の屋敷の広間で報告する。
「わらわに盾突くか‥‥まぁ、よい。受けてたとうではないか」
「は‥‥はい‥‥仰せのままに」
 地主の様子を伺いながら、男は俯いたままそう言葉した。
 
 さて、所変わって――
「大勢でどうかされましたかな?」
 警備隊の隊長が彼らを呼び止めて問う。
「わざとらしいのう‥‥わしらはここの地主の件で来たのじゃが」
「何も聞いていないのか?」
 表情一つ変えずに応対する男に尋ねる竜哉(ia8037)。古廟宮歌凛(ib1202)がそれを見つめる。
「毎夜聞える悲鳴‥‥届けが出ていない筈がないだろう?」
 そう問うライア(ib4543)だが、やはり男の答えは、
「はて、何の事でしょう? 詳しくお聞きしましょうか?」
 そう言って彼らを詰所に促す。
『丁度いい、探りを入れてみよう』
 警備隊への不審を募らせたメンバーは一部その誘いに乗り、そして――。
「どうじゃ? 反応は?」
 朝比奈空(ia0086)が密かに瘴索結界を使い、彼らにアヤカシ反応がないか調べたが結果は白。薄い瘴気は感じられたが、それは人を操れる程ではない。
「そうか、では後は頼む」
 それを確認して、竜哉はいち早くその場を離脱する。
「どちらへ?」
 問う間もなく出て行く彼を余所に、残った三人は地主の屋敷について聞き込みを開始するのだった。


 一方、将門(ib1770)と焔龍牙(ia0904)は屋敷付近で張り込みを開始していた。もし、近付く者がいれば注意を促そうという考えなのだ。それに中の様子も判ればめっけもの。その近くで一般人から情報収集するのは、橘天花(ia1196)――持ち前の優しい笑顔を武器に、それとなく話を聞いて回る。
 そんな中で、違う角度からアプローチをかけたのは滋藤柾鷹(ia9130)と石動神音(ib2662)だった。
 町の酒場を訪れて雇われていた筈のゴロツキを探す。
「ここよいか?」
 適当に見つけて声をかける。
「ああぁん? 席なら他当たれや」
 そう答えた男に探りを入れる。
「そうか、ここの地主に頼まれてきたんだが」
「てめぇ〜」
「やるの?」
 すごんだ男にわって入って神音が無邪気に尋ねる。
「誰だ、お前?」
「神音だよ。でどうするの?」
 そんな彼女の登場に気を削がれる男達。
「‥‥で、あのじじいがなんだって?」
 折れた男に柾鷹は早速本題を切り出すのだった。


 そして、持ち帰った情報を照らし合わせて‥‥そこに見えてきたのは今まで以上の不信感。警備隊とゴロツキ、そして竜哉が単独で調べてきた町の大工の話。どれも屋敷の間取りについてだったのだが、警備隊から聞いたものとその他のものでは食い違いが生じている。何かあるのは確実だろうが、それ以上は残念ながら判らなかった。


●予期していなかった能力
「それではな」
 どちらが真か? 答えは出ぬまま、二班体制で行動を開始する。
 空、竜哉、歌凛、ライアは警備隊をマーク、残りの面子が屋敷へ向う。
「出入りは?」
 屋敷付近にいた将門達に尋ねるが、彼らが見張りを始めてから今まで誰一人として中に入ったものはいないという。
「さて、それでは神音、ゆくぞ」
「OK〜」
 前回の餅屋事件から関りのある東鬼護刃(ib3264)と神音が先行して中に入る。
 二人の役割、それは地主の誘き出し。勿論偵察も兼ねているが、一番は室内戦を回避する為の囮に近い。能力も判らない相手だ、出来るだけ広い場所で戦いたい。
「悪徳地主〜、お前のあくぎょーはしってるんだよ〜」
 静まり返った廊下で神音が叫ぶ。けれど、地主の応答はない。あの歌を歌ってみてもそれは同じだった。
「挑発には乗る気なしか‥‥」
 薄暗い部屋に赤い染み。まだ新しいそれは、人間の血液だろうか。死体はないものの、全体が冷たく感じる。
「ようこそ、開拓者殿」
 ――とそんな二人に突然声が語りかけた。
「何処だーー、何処にいるーー!!」
 その声を頼りに片っ端から障子を開け始める神音。乱雑に見えるが、ちゃんと部屋の数等数えていたりする。そして、何枚目かの障子を開いた時――

   ぱかっ

 踏み込んだ先の畳が開き、彼女を暗い闇へと誘ってゆく。
「大丈夫かのう?」
 けれど、それに気付いて落下を食い止めたのは勿論護刃だった。
「全くこの屋敷‥‥油断も隙もないのう」
 聞き込みでは得られなかった仕掛け‥‥地主にも恨みをかっている自覚はあったらしい。侵入妨害の罠を屋敷に設置しているようだ。
「全く困ったものじゃ」
 彼女はそう言って神経を研ぎ澄ます。罠回避は出来なくとも、地主がこの屋敷にいるならば、うまくいけば相手の呼吸音を拾えるかもしれない。
 だがそれを狙って、彼女が超越聴覚を発動した直後に彼女の耳に届いたのは只ならぬ女の奇声だった。


「なんだ! この声はっ!!」
 玄関先で待機していた四人が一斉に耳を塞ぐ。
 脳に直接響くような甲高い声、それは人のモノとは思えない。
「これはっ、音声攻撃!?」
 必死でそれに耐えながら天花が悟る。
「なんだって! くそっ、だからか‥‥頭が割れそうだ!」
 それでも開拓者らには抵抗がある。しかし、一般人は違っていた。その声をまともに食らえば混乱は必至――これが毎夜繰り返されていたとしたら‥‥記憶障害もありえるかもしれない。案の定、その声が響いたと同時に、それに罹った一般人らが喚き屋敷の玄関へと集まってくる。
「くそっ、誘き出すつもりがこちらが囲まれる事になるとは」
「皆様っ、正気を取り戻してくださいましっ」
 天花は頭痛に耐えながらも解除の法を試みる。相手は一般人だ。出来るだけ傷つけたくはない。
「ここは俺達が食いとめるっ! だから二人は先に!」
「貴公は天花を頼む!」
「承知した」
 後方にいた龍牙と将門が残る事を決意。この分だと警備隊にも何らかの動きがあるだろう事が予想される。
「暫くの間だ。許せ!」
 そう言って、将門が廊下に誘い込み刀を突き出す。勿論、傷をつける訳にはいかない為牽制メイン、それに怯んだ相手に龍牙の鞘の一撃。自然に出来た見事な連携――狭い廊下を利用する事で数が絞られているようだ。
「しかし女・子供ばかりだな」
 捌きながらふと将門が呟いた。


 一方その頃、警備隊を警戒していた四名も窮地に立たされていた。
「なぜそこまでして戦う! あれはアヤカシだぞ!!」
 斬りかかってくる一人を受け捌いて、剣を構え直すが数の多さに息が上がるライアである。空の瘴索結界には引っかからなかった事から、彼らはやはり自分の意思で動いているようだ。奇声を合図に動き出していた。
「おらの嫁の為じゃあ〜、許してくんろ〜」
「私は孫の為だっ」
 彼らは逆らえないらしかった。
 様子から察するに、どうやら彼らの大事な人が地主に囚われているようだ。
「くそっ、地主は俺らがどうにかするっ! だから今は引いてくれっ!!」
 そう呼びかける竜哉だが、警備隊の面々は手を止めようとはしない。
「ええぇい、うっとおしい! 悪いが、少々寝てもらう!」
 言葉が通じぬ以上、実力で黙らせる。陰陽符と刀を使いながら対応しているのは歌凛だ。彼女の符が辺りに乱舞している。
「浄炎が使えれば早いのですが‥‥そうもいかないですね‥‥すいませんっ」
 巫女である空も前に出、人々に呼びかけながら奮戦する。ばったばったと人を投げ飛ばしては仕方なく縄をかけているのは竜哉だ。
「しかし、さっきの声‥‥屋敷の方が気掛かりだな」
 目の前の敵をいなしながら、彼らは屋敷の仲間を思うのだった。


●互角以上
『キィエェェェェェェイ』
 声が消えたというのに、未だなお響き続けるように感じられるその声に表情を歪める護刃。その横で、神音も苦しそうだ。そんな二人の前にやっと地主が姿を現した。でっぷりと太った身体に豪華な着物を身につけて‥‥けれど、着物は鮮血で汚れている。
「ほう、わらわの声でもまだ動けるか」
 にたりと笑うその顔に生気はない。動く死体‥‥白目を剥いた地主が血に染まった刀を携え、二人近付く。
(「これ位で動けなくてどうするの!」)
「殺された人の恨み、思い知るんだよ!」
 神音は自分を叱咤して、近付く地主に箭疾歩で接近し拳を繰り出した。けれど、その拳は空を切る。体格の割に俊敏な動きを見せ、その刀の腹でなんと拳を受け止めて見せる。
「ふんっ」
 そんな彼に今度は護刃が陰陽符を投げだ。しかし、これも当らない。
「大丈夫かっ!」
 ――とそこへ駆け込んできたのは柾鷹と天花だ。
 天花の瘴索結界を頼りにここへ駆けつけたらしい。少し服が破れているのは、屋敷の罠によるものか。
「お主の相手は拙者だ!!」
 そう言って走り込む柾鷹。鍔迫り合いに持ち込み、動きを封じに入る。
「とりあえずお二人はこちらへ」
 天花に促されて、二人にも解術の法。ぼやっとした光が包み込む。
「玄関のお二人は突如現れた一般人の対応に回っています! 警備班はまだきてないようですし、ここは私達で切り抜ける他ありません!」
「そうか、なら頑張らねばのう」
 苦笑する護刃、少しは痛みが治まったらしい。
「さて、楽しもうぞ」
 地主はそう言って、再び奇声をあげに入る。
「させんっ!!」
 だがそれを止めに入った柾鷹が地主の一閃をまともに受けて、後方へと弾け飛ぶ。

   がたたたんっ

「んっ!?」
 そして、彼は龍牙と将門のいる場所まで飛ばされていた。
 障子諸共‥‥二人も屋敷内に後退しつつ進んでいたからだろうが、意外と奥まで来ていたようだ。目の前にいた残りの一人を気絶させ、加勢に入る。
「遅くなったな」
 倒れた彼を起き上がらせて先にいる地主を見据える二人。
「油断いたすな‥‥アヤカシがついてるせいか思いの他、力もある」
『了解』
 その助言に二人の声が重なった。


 その間も勿論、地主への攻撃は続いていた。
 神音と護刃が接近し、ダメージを与えようと試みる。
 だが、そこそこのレベルの二人をもってしても思うようにゆかない。
「邪魔じゃ、どけっ!」
 二人を刀を水平に振り回し遠ざけると、地主の瞳は天花へと向う。
 『間に合わない!』と誰もがそう思っていた。しかし、
「畳返しじゃ!!」
「こっちだ悪党!!」
 護刃がスキルを発動。天花の前の畳でカバーに入り、将門は咆哮を上げ走り込む。その間に龍牙は炎魂縛武を準備し、将門の咆哮にかかった地主を横から斬りかかる。
 炎を宿した刀は地主の身体を確かに捉えた。モノを斬った時の重い感覚――地主の着物には火が移り、一二歩後退する。それに続いて、将門の新陰流の斬撃‥‥それを纏めて食らうと、さすがの地主も刀を取り落とした。
「く‥‥ばかな」
 死んだ体から流れる血――それにもはや勢いはなかった。ぱちぱちと音を立て着物に火が燃え広がってゆくが、地主は一向に動かない。
「やったか?」
「これでこの方は成仏できるのでしょうか?」
 悪人といえど初めからそうという訳ではない。慈悲深い天花は手を合わせている。
「とりあえず、鎮火を」
 まだこの屋敷に誰か残っているかもと、このまま屋敷に燃え広がるのを防ぐ為龍牙が近付く。

「危ないっ!!」

 ――と、その時だった。ぴくりと動いた指の動きを見取って神音が叫ぶ。
 間一髪――再び活動を開始したように見えた地主であるが、実際のところは地主より抜け出た女アヤカシの爪が龍牙の前髪を散らしたに過ぎなかった。
「ふっ、運の良い事よ」
 女はそう言って、彼らと対峙する。
 白い肌に白い髪‥‥全てが白の女の紅が色を添えて、鳥の様な羽はないが、しなやかに抜け出して浮遊する女に彼らは目を奪われる。
「わらわにひれ伏せ」
 女はそう言ってすっと手を伸ばし微笑した。
「いけませんっ、知覚攻撃ですっ!」
 それを察して叫ぶ天花――魅了にかかりかけていた仲間がはっと我に返る。
「すまん、助かった‥‥が、あの女」
 天花の言葉に舌打ちし、女は外へと逃げ出してゆくのだった。


●最後の時
 誤算だった。
「集え、精霊の力よ‥‥その力を私に‥‥浄炎!!」
 庭に出た彼女を待ち受けていたのは警備班。町人の処理を終え、駆けつけたらしい。
 なんとか浄炎をかわしたものの、寸でのところにさすがの女も蒼褪める。
「おまえが憑いていたアヤカシか。地主の体はどうした?」
 ライアがきっと女を睨み問う。
「ふっ、ふん。あんなもの‥‥ゴミに過ぎぬわっ」
 その言葉に苦虫を噛み強がって見せる女である。
 形勢は十対一――数の差は明らかだ。けれど、彼女にはまだあの攻撃が残っていた。
「聞くが良い、わらわのこ」
「させわせん!」
 すうっと息を吸いかけた女を見取り、歌凛が式を召還。炎の輪が彼女を襲う。それを回避する為、少し下へと下がった所を挟み込むように竜哉とライアが駆け寄って、ゼロ距離へ。直閃とスタッキングが彼女を捕らえた。そして、間髪入れず将門と龍牙――戦塵烈波と炎魂縛武、そして白梅香の連続攻撃。もう彼女に回避する術等ない。
「おのれっ、口惜しやぁ〜〜〜!!!」
 さっきまでの勢いは何処へやら‥‥窮地に押しやられ、女が叫ぶ。
「もう、いいでしょう。お眠りなさい!!」
「非道が過ぎたな、女」
 そこへ止めの刀と拳――柾鷹と神音が命を絶つ。
「許さぬぞ、わらわは‥‥わらわは必ず戻ってくるからな‥‥」
 それが彼女の最後の言葉だった。白い身体が煙のように消えてゆく。
 しかし、屋敷を包む澱んだ空気はいつまでも消えず、一向に晴れる気配はない。
「生存者はもうおらん様じゃ」
「こちらも他のアヤカシの反応はないようです」
 念の為確認した護刃と空は静かにそう告げる。屋敷には多くの遺体が地下に押し込められていた。新旧問わず、もう誰のものであるかさえわからない。女アヤカシの食料とされたのか、それとも地主の手によるものかは今に至っては判断のしようがない。死臭がこびりついた壁や床――それらの全てが澱みの原因だろう。
「もう、この後この屋敷には誰も住まんじゃろう‥‥片をつけようと思うが、良いかのう」
 護刃の問い、それに誰も反論する者はいない。
「弔い火になる事を祈る‥‥」
 そう言って、護刃は屋敷に火遁を放ち‥‥屋敷が燃え尽きるのを彼らは見届けるのだった。

 そして、次の日――地主に囚われていた人達は各家庭に戻る。屋敷内で襲ってきた者達がそうだったようで、警備隊の面々の妻子にあたったようだ。すでに殺されていた者を除いて、無事再会を果したという。
 町を仕切っていた地主もいなくなり町は少しずつ平穏を取り戻しつつあるようだ。まだ、時間がかかりそうだが、脅える事のない生活に笑顔が増えてきているのは確かである。
「お疲れ様。よくやってくれました」
 依頼人である陰陽師が町の者達に代わって礼を言う。
「よかったです。もしかしてあなた様も‥‥と思っていたので。大事なくて安心しました」
 地主のみならず、関わった全ての人を心配していた天花が笑う。
 澄み渡る空の下、事件は無事の幕は閉じた。