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■オープニング本文 「ふん、死に損ないか‥‥」 傷つき動かない身体を見て、つまらなそうに男が言う。 その男は長い髪を後ろで束ねて編み込み、首に巻きつけていた。 そして、前髪はどうするという訳でなく無造作に分け、長さなど気にしていない。 (「こいつ、殺す‥‥」) その男に冷淡に見下され俺は思う。 けれど、負傷した身体はぴくりとも動かない。それでも何かしたくて、唯一開いている目で男を睨みつける。 「おまえは人間か? それともアヤカシか?」 男の問い――。 そんな事知る由もなかった。気付いたらそこに存在した。そして、本能が語りかける。『人間を殺せ』と――。腹が減っていた‥‥始めは山のケモノを食料にしてみたが、満たされない。そこで俺は人を狩った。少し頭を働かせれば、面白いように食料は手に入った。 だが、こないだ来た人間達は違った。雷を落し、俺を窮地に追いやった。辛うじて逃げたが、最後に喰らった焙烙玉にこの有様だ。 「口もきけぬか‥‥無様だな」 男はそう言うと、背を向け立ち去ってゆこうとする。またとないチャンスだ。逃してはならない。気付けば、男の他にも数名人間がいたようだ。馬も何頭か引き連れている。 「獲物‥‥沢山‥‥」 それを目にし、俺の中の何かが動いた。 痛みで動けなかった身体が瞬間的に力を出す。まずは背を向けたあの男だ。僅かな反動で起き上がれたのは奇跡に近い。相手はまだ気付いていないはずだ。 ビュンッ かぶり振るった腕を思い切り振り下ろす。だが、俺の爪は男を捕らえはしなかった。代わりに俺の脇腹を襲う鈍い衝撃――男は俺より早く振り返り、あろう事か蹴りを入れる余裕まで見せる。 「ぐっがぁぁ」 その衝撃に耐えられなくて、俺は再び地に伏した。 無理をして動かした身体だ。今度ばかりは駄目かもしれない。 「狩狂様、ご無事ですか?」 俺に蹴りを入れた男の周りに、この男の配下だろう人間達が集まってくる。 「大事無い‥‥しかし、こいつは面白い。使えるかもしれぬ‥‥連れて帰る、いいな」 「はっ、かしこまりました」 (「連れて帰る? 誰を?」) 虚ろになる意識の中で、俺を取り囲む人間の気配がした。 何日眠ったかわからない。気付けば石壁に囲まれた場所に俺はいた。 目の前には鉄の棒が並び、俺を閉じ込めているらしい。 「気がついたか」 俺が目覚めたのを聞きつけて、あの時の男が姿を現す。 「おまえ嫌いだ‥‥俺の、敵」 そう言って睨みつけてやったが、相手は全く怯まない。 「おまえ、開拓者にやられたそうだな。報告書が出ていたぞ」 どこで調べ上げたのか、男が言う。 「俺、負けてない。あれは卑怯だ」 「卑怯? アヤカシのおまえがそんな事を言うとはな」 それにくすりと反応する男。 「アヤカシ? 俺はアヤカシなのか?」 体毛の多さと爪の長さ、そして背の曲がり具合を除けば、おれは人と変わらない姿のはずだ。 「ほう、自覚もないのか。それだけ思考できるというのに‥‥ますます変わった奴だ。気に入ったぞ‥‥」 睨み付けたままの俺を余所に、男が笑う。 「おまえ、開拓者に復讐したいと思わないか?」 そして、俺を誘うように言葉する。 「復讐? 俺、よくわからない」 「そうか。ならもっと簡単に言おう。奴らは必ずおまえの邪魔をしてくるぞ。今おまえが望むなら解放してもいいが、返り討ちに合うだけだ。いや、今度は死ぬかもな。そこでだ。おまえに助っ人を付けてやろうというんだ。私の指示に従うなら、匿ってもやれるが?」 そこまで言って、一呼吸。男の瞳が妖しい光を帯び始める。 「俺は食料さえ手に入ればそれでいい」 「そうか、なら決まりだな」 男は俺の答えに満足げに笑い――それから俺の生活は一変する。 「弱い弱い弱い!!」 男の指示に従い、人間を襲う。俺はアヤカシ――当然の行為。 今日もまた多くの人間を狩るのに成功した。ここにいれば食料にことかかない。それに野外生活をしなくてもいいのが、俺にはとても有り難い。 「成程、なかなかの成果を上げているようだな」 そんな俺の働きを男は冷静に受け止める。だが、俺にはわかる。 あいつは喜んでいるのだと――黒い瞳に朱が入って見える時、それが彼のサインなのだ。 「号外っ、号外ーーー!!」 翌朝、北面の都・仁生の橋の袂で瓦版を配る若者が走る。 「昨晩もまた芹内王への献上品が強奪されたらしいぜ!! しかも付添い人は皆殺しときてる。あぁ〜、怖いね怖いねぇ〜」 肩を竦めながら、町人を煽るのも慣れたものだ。 それもそのはず、これでもう襲撃事件は五度目を数える。 「さぁ、まずは挨拶だ‥‥」 それを傍観していたあの男は芹内王のいる城を見上げ、そう一人ごちる。 一方その頃――城内では、王の側近が慌しく動いていた。 「このままでは他国の笑い者‥‥即刻その犯人を捕まえろ! よろしいなっ!!」 志士の都であるというのに、そんな輩に好き放題されては面目丸潰れ。そうなれば、朝廷からも何を言われるかわかったものではない。 焦る側近は早急にギルドに依頼を申請、開拓者に協力を求めるのだった。 |
■参加者一覧
紅鶸(ia0006)
22歳・男・サ
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
色 愛(ib3722)
17歳・女・シ
黒霧 刻斗(ib4335)
21歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●都の目あり 「わかりました。ただ、少し時間がかかるかもしれません」 ギルドの窓口で、依頼人である側近に会いたいと言った色愛(ib3722)だったが、すぐに会える相手ではなく暫く時間を要するようで、同様の考えだった黒霧刻斗(ib4335)と真亡・雫(ia0432)と共に肩を落す。今回の五つの事件。手際の良さから見て、どこかに内通者がいるかもしれないと踏んだ彼らは、それを逆手に取って一発はめてやろうと考えているのだ。 「奪われた献上品に共通点はなさそうですね」 待つ間にこれまでの事件の概要に目を通しながら雫が言う。 「そうなのか? 物はどうあれ、やり方が気にくわんな」 強奪するだけでは飽き足らず、命を奪うというそのやり方に苛立ちを覚える刻斗である。 「敵の襲撃位置‥‥案外バラバラなのね。裏を掻かれないようにしないと」 ――とこれは愛。 「ふんっ、所詮護衛に迎撃と簡単な仕事だろ? 念入りなことだな」 すると、そんな三人を見つけ声をかけたのは雲母(ia6295)だった。いつも持ち歩いている煙管を吹かしながら、余裕といった笑みを崩さない。 「結局色々やったところで、実際相手が出てこないと意味がないだろう」 特に何をするでもなく、現場で仕事をするのみ――そう彼女は決めているらしい。事前の対策云々は仲間に任せているようだ。 「あ、皆さん。連絡がつきましたよ」 そこへ職員が現れて‥‥ギルドには煙管を噴かす彼女だけが残っているのだった。 さて、しかし‥‥今回の依頼に集まったのはさっきの四人だけではない。募集人数は八名――滞りなく集まっていたのだが、それは秘密にされている。それはといえば、勿論相手を油断させる為に他ならない。では、残りの面子は今何をしているのか。 「あなた方があの事件の生存者ですか」 「これは、ひどいな」 狙われないとも限らない為、少し隠れた場所で療養を続ける事件の生存者はたった三名。一回の襲撃で数十人もの命がゴミのように奪われ、残った彼らも未だあの日の恐怖から立ち直れていない。そんな彼らを訪れたのは、紅鶸(ia0006)、鬼灯恵那(ia6686)――目の前にいる生存者は共に包帯を体中に巻き、酷い者は腕を斬り落とされている。 「あなたは目を」 両目を一閃する様に付けられた傷‥‥それは、刃物のような痕を残している。 「辛いとは思うが、次の犠牲者出さない為だ。何か教えてほしい」 震える相手に紅鶸はそっと手を取り尋ねる。 「‥‥あれは人間じゃねぇ‥‥きっと進化した猿だ‥‥俺は、奴の爪にやられたんだ‥‥」 「人もいたみたいだが‥‥問題なのはあの猿人だ‥‥」 「爪‥‥猿人‥‥」 俄かに信じ難い事実に二人は顔を見合わせるのだった。 そしてもう一組。都で情報収集をするのは秋桜(ia2482)と竜哉(ia8037)だ。 まだ日が高いうちに次の襲撃を予想しようと駆け回る秋桜。献上品の運搬時間に始まり、襲撃に周期性があるのかなど調査に余念がない。 「一回目の事件の後、人は増やされてる。けど、全く意味がなかったみたいね‥‥けど、一体何処から? 入口付近に意味はあるのかしら?」 確認を兼ねて声にする。 「秋桜さん、次のターゲットが判明しました。先に向って下さい」 ――と、そこへ掴んだばかりの情報を持ち、声をかけたのは竜哉である。 「わかりました。潜入します‥‥後の事は」 「あぁ、了解だ」 その知らせを受けて、しゅたっと姿を消す彼女。さすがはシノビだ。 「しかし、一体拠点はどこに‥‥」 彼は商人に的を絞り、独自に敵の拠点ないし倉庫となる場所を探していたのだが、それらしい場所は全くと言っていい程掴めない。物が動けば金が動く。取られた献上品は一体何処にいったのか。そこそこの量である。一旦何処かに隠したか、あるいは換金しているものと思われたのだが、金に聡い商人でさえ察知出来ていないらしい。 「謎だな」 思案するのに疲れてふと空を見上げると同時に軽い衝撃。 「あわっ、ごめんなさい!!」 その声に視線を落とせば、そこにはまだ十歳に満たない少女の姿がある。 「あぁ、大した事じゃない。気にするな」 その言葉にぺこりとおじきし走ってゆく少女。その先には市女笠の旅人風の人物が少女同様頭を下げている。髪の長い人物だった‥‥顔は見えないが、細身で品のいい薄紫の着物が印象的だ。 「じゃあね、お兄ちゃん」 少女の声にふと我に返り見送る竜哉。彼は知らない。あの人物の正体を‥‥。 「狩狂様‥‥あの人も例の開拓者のようで色々調べてるみたいです」 「そうか‥‥だが、簡単には見つからんさ。仕込みの期間が違う」 少女の頭を撫でながら市女笠の『男』が微笑する。時間をかけているという事だろう。判る筈がない。彼の計画は遥か前から進んでいたのだから。 ●真っ向勝負 「きたわ‥‥あれね」 朝霧に包まれた街道に接近する荷車、それを愛の超越聴覚は聞き逃さない。情報から入口は判っている。秋桜が事前に相手の説得にも当っていた。車輪の音と数十名の足音を察知して、それに合流したのは顔の割れている三名と竜哉。彼らは運搬に混じって護衛に当るようだ。騎手に付いたのは愛、その両サイドには雫と恵那、後方には竜哉が控えている。都の入口まで距離はあるが、いつでも戦闘に入れるよう皆獲物から手を離さない。 そして、彼らの前に敵が現れたのは僅か数分後の事だった。 「つけられてる‥‥気をつけて」 愛の耳がそれを察知し、後方の竜哉に言う。 「あぁ、わかった」 そう答えかけた時、相手は既に動いていた。霧に包まれている為姿が確認し辛い。 都の入口までは後数メートルの所、あっちには雲母、紅鶸、刻斗が待機しているが、はたして、今の状況が見えているだろうか。 「上、相手は一体! 跳躍してくるっ!!」 そこで迷わず心眼を発動させて雫が皆に相手の位置を知らせる。 「跳躍だと!! ばけものかっ!!」 荷台を囲む人々の列を越えて前に出るなど、到底人間の出来る技ではない。 「来るわっ! あなたはここでじっとしてて!!」 愛は即座に騎手を荷台下に押しやると、辺りの物音に注意を払う。一体の筈がない。全ての荷物を強奪していくには人手がかかる。きっとどこかに伏兵がいるに違いない。 その間にも一体で現れた影は行動を開始していた。まずは雑魚をと荷台を取り囲む人間へと襲い掛かる。 「させませんっ!!」 それを庇うように間に入ったのは雫だった。手にした刀で受け止め、対峙すれば相手の顔もはっきりと確認できる。敵は――人のようだった。しかし、大きく違う点が二箇所。湾曲した背と異常に発達した爪である。飛手を思わせるそれは思いの他硬い。 「くっ、なんて力だっ!!」 迫り合いでは歯がたたないと見て、雫が一旦後方へと下がる。 ――と、そこへ誰かの咆哮。一迅の風となって走り込んできたのは紅鶸だ。 「逃がしません!!」 速度を緩めることなく、そのままの振り被ってどこまでも豪快に槍を突き出す。 「ちっ」 敵はそれを見取っても動じる事はなかった。ただ舌打ちすると、突き出された槍を軽々とバク転でかわす。そして後方の荷台を気にもせず、バク転を繰り返して荷物の上を飛び越えてゆく。 「きたわねっ!!」 そのチャンスを秋桜は逃さなかった。ずっと荷台の壷の中に隠れていた彼女。彼女もまた超越聴覚を使い、辺りの様子を探っていたのだ。異変には気付いていた。ただ、まだ期ではないと姿を出さずにいたのだ。 近付く音に意識を集中――丁度自分の上辺りに来るのを見計らい奇襲をかける。手裏剣を放ち、隙を狙って捕獲に。だが、相手もそう甘くはない。 「新手だ! 気をつけろ!!」 彼を庇うように現れた矢――今の声は援護に回っている雲母のもの。どうやら、新手は都内部から出現。今は顔を隠しているが一般人に扮している為、気付けなかったのかもしれない。雲母と刻斗が応戦しているようだが、霧の出現もあり思うようにならないらしい。 「くっ、雑魚は引っ込んでなっ!」 押し寄せる新手を相手に、そう言うものの敵もなかなかの腕前。雲母の援護があってそこ数人を相手に立ち回れるというものだ。荷台に敵を向わせないように所々で咆哮しつつ、引きつけて狭い路地に誘い込んでは数を減らしていく。 (「へぇ〜、しかし‥‥俺もまだまだってことかっ」) 踏み込んできた一人の刀を長巻で受け止めながら彼は思う。強い奴と戦いたい‥‥そう思ってこの仕事を受けた彼。いつも一対一とは限らない。数で押された時、どうにも出来ないようではまだ未熟であると認めるしかない。ただ、相手もそれは同じのようで、慣れない者も混じっているらしく、切っ先に迷いが見える。 「隙ありっ!!‥‥ってな」 刻斗はそれを察知し腕を一閃すれば、恐怖に慄く敵もいる。 「迷いは死を生む‥‥常識だぜ」 刻斗はそう言って再び刀を構え直す。 「貴様らじゃあ相手にならん‥‥といいたいが、多いな」 そんな中相変わらず煙管を銜えたまま、弓引くのは雲母だった。 霧の視界を補うように鷲の目を使い、次々と射抜いていくが殲滅には至っていない。なぜなら、できるだけ捕獲という要望に答える為だ。機動力を殺ぐ様四肢を狙ってはいるが、手が使えれば他の援護に回る可能性も否めずキリがない。 「全く、厄介な事だ」 ふぅと紫煙を吐き出して彼女が言う。 「しかし、あれは‥‥なかなか素早いねぇ〜」 横目で荷台にいる例の敵を見つめてにやりと笑う。 アイツとやり合いたい‥‥好敵手になるかどうかはわからないが、興味はそそられる。 「それには、早く片付けんとな」 彼女が微笑を浮かべ、そう言った。 ●彼らとの違い 仲間の援護で秋桜の奇襲を回避した敵――猿人アヤカシとの攻防は続いていた。 一対六の筈なのだが、人外の動きで巧みに翻弄する猿人とその驚異の跳躍になかなか決定打を決める事が出来ない。疲労と小さな傷が徐々に増えてゆく。しかし、彼らに勝機はあった。目が猿人の動きに慣れてきたのである。 「ここは数で攻めるまで」 相手は一体だ。どうにか出来ない筈はない。 (「まずはこれで」) ひゅんっ 対峙していた猿人目掛けて、竜哉が苦無を放つ。連続して相手を追い込むように‥‥相手は悟っているだろうか。彼の本当の意図を。 「秋桜様」 「えぇ、いきます!」 それを見て愛と秋桜も打ち合わせたように動き出す。 「あははっ斬らせてくれないとつまらないよ♪」 そう言って前に出たのは恵那だ。その後に紅鶸も続いている。一斉に動き出した彼らを前に猿人は本能を研ぎ澄ませる。しかし、考えたとて答えが出る筈もなく‥‥大きく上に跳び、様子見に入る。しかし、そこには秋桜。 「いらっしゃい」 にこりと笑って彼の身体を背後から捕まえると、そのまま落下を開始。それをもがいて振り解いた彼であるが、着地位置には愛が先回り。 「ひゃっほ〜」 待ってましたとばかりにとび蹴りを繰り出され、バランスを崩す。 そこへ再び恵那が迫る。 「やっと斬れるのねっ」 渾身の力を込めた両断剣――猿人の着込んでいたらしい鎧を真っ二つに切り裂いていく。 「くっ」 その初めての一撃に、奥歯を噛んで耐え忍ぶ。やられたままでは終わられない。恐怖は感じないが痛みはある。仰け反る形だった身体の勢いそのままに手を付き、恵那の頭部目掛け蹴りを繰り出す。 「避けろ!」 それに気付いた紅鶸が声をかけ、危うい所を回避。入れ替わるように今度は紅鶸が前に出る。 「うざい」 猿人はそう呟いて、再び距離を取ろうと跳躍の体勢。 「させるかよっ!!」 しかし、そこで紅鶸が猿叫を発動、間髪いれずに両断剣を繰り出す。 「ぐっ、がはっ!!」 それが見事彼の大腿を捕らえていた。深々と突き刺さった槍が彼の動きを封じる。 「どんなもんです、散々手こずらせてくれ‥‥っておおっ!!」 けれど、やはりそれでも諦めない。刺さった槍をそのままに跳躍をみせる。これには思わず、自分の武器から手を離してしまった紅鶸である。 「その根性だけは褒めよう。ただ、まだ甘いな」 声に気づくがもう遅い。竜哉が彼の背後に迫っている。戦場全体に気を配っていた彼。チャンスと見るや、今度は自分から直接手を下しに向ったらしい。 「まだやれる」 ざくっ それを本能で察知して、猿人が渾身の力で身体を捻り、自慢の爪を竜哉の方へ振り下ろす。その爪は完璧に肩に食い込んでいた。けれど、竜哉は動じない。 「こういう戦い方もあるんだよ‥‥これで終わりだ」 ざくっ 肉を切らせて骨を絶つ――背水心。自分を犠牲にして相手の動きを止め、止めを刺す。 彼の手には針短剣が握られ、それはもう片方の大腿を貫く。 「ぐがぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」 獣の雄叫びに似た悲鳴を上げ、猿人は必死にそれを抜こうともがく。けれど、思うように力が入らずそれを断念。もう片方の腕で彼を引き剥がしにかかるが、 ざしゅっ 雫の紅椿がけの一撃に腕を切り落とされ――腕からはドス黒い瘴気を立ち昇らせる。 「こ‥‥ろせ」 それは猿人の言葉。 「おまえもにきっと生きの‥‥」 そう言いかけた竜哉だったが、 どすっ その言葉が終わらぬうちに、何処からか飛んできた矢によって胸を貫かれ、猿人は一瞬にして瘴気に返ってゆく。 「一体誰が? まさか、雲母?」 そう考えた一同だが、後から聞けば彼女ではなかったとか。 「なんだ。あれは死んだのか‥‥つまらんな」 少しの期待を寄せていたのかそう呟いた彼女である。 しかし、彼女は霧が晴れる中怪しい人物を目撃していた。旅人風の男とも女とも付かぬ人物を。彼女が弓を取ろうとした時にはもう姿はなかったらしいが‥‥。 かくて、荷台は無事奪われずに済み、若干護衛が新手の流れ矢に当たり傷を負ったものの、死者はおらず雲母と刻斗の活躍により捉えられた敵の数は十数名。もっと数はいた筈なのだが、うまく脱出したらしい。霧やら路地やらを利用したのだろう。そして、捕らえた彼らから聞き出せた情報は余りにも少なかった。 「百狩狂乱‥‥そういう名だそうだ」 刻斗が聞いてきた事を皆に話す。何でも中には元開拓者もいたらしい。どのような事情があるかは口を割らず、ただ『これは初まりに過ぎない。覚悟しておけ』と言い残し、皆謎の死を遂げたという。 「謎の組織ですか」 ひとまず事件は収拾。今のところ襲撃は起こっていないらしい。 「とりあえず後の事はあちらが調べるそうだ」 今回の事を受けて、側近は内密に探る‥‥と言う事だろう。 (「しかし、俺もやりあってみたかったな」) 遠目でしか確認出来なかった猿人アヤカシ、相当な腕だったと聞いて刻斗が心中で呟く。 「もう少し生かすべきだったか?」 手を下した本人とはいえあの能力に少しの惜しい。 「いいえ。あんな小物、必要ありませんわ」 男の呟きに、側にいた一人がそう言葉するのだった。 |