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■オープニング本文 暦の上では夏が過ぎて、今は秋――。 秋と言えば実りの秋であり、食欲の秋。 食べるものが美味しく感じるこの季節を料理人達が逃す筈がない。 調理場で今日も腕を振るう男が一人――彼の名は乾(ケン)と言った。 「お〜、やってるな」 そんな店に我者顔で姿を現したのは、この地区の組合長。 この男、かなりの曲者であり、この飲食店街で口出し出来るつわものは今のところ存在しない。 「今日は何か御用ですか?」 彼に視線を向けるでもなく、ただ黙々と調理を続ける彼に、組合長は悪戯な笑みを浮かべ、それを見つめている。 「あの‥‥やりにくいんだが‥‥」 乾はそれに居心地の悪さを感じて言葉する。 「なぁ、おまえこないだの炎(エン)のスタミナ料理。お忍びで食いに言ったんだってな」 ガッ その言葉に乾はあからさまに反応した。 炎と言うのは、彼のよきライバルであり、今年の夏――ケモノ肉をメインに据えたスタミナ料理を打ち出し、大盛況を収めた料理人である。その裏にも組合長が絡んでいたのだが、彼は知らない。 「そ、それがどうかしたのか? 興味があった‥‥それだけだ」 出来るだけ平静に努めて、乾が言う。 「いや、意外だと思ってな。それでどうだ? 旨かったか?」 探るような視線を向けて、楽しげな組合長。 「‥‥まぁ、あんなものだろう。私なら更にうまくやるが‥‥」 「へぇ、それならいつかご馳走目願おうか‥‥。まぁそれはいいとして、おまえは何もしないのか? もう秋だぞ?」 乾の様子を見て取って、さりげなく本題を混ぜ始める。 今日来た目的――それは彼にこの秋、一働きしてもらおうというものである。 「しかし、まぁまだ‥‥」 「はぁ」 のんびり構えたその言葉に、組合長は深い溜息。 「な‥‥なんですか、その溜息は」 あからさまなそれに、乾が尋ねる。 「いや、別に。悠長なものだと思っただけだ。もうすぐ月見だというのに」 「ん? それはそうですが、それが何か?」 特に何も考えていなかったのか、彼が問う。 「おまえ‥‥もっと儲ける事を考えたらどうだ。月見は魅力だと思うぞ?」 「しかし団子ででは、たかがしれ」 バンッ そう言いかけた乾に、突然机を叩く組合長。身を乗り出し乾に詰め寄る。 「甘い! そして‥‥発想が乏し過ぎる!」 「へ?」 月見=団子の在り来たりな公式。その発想に呆れ顔だ。 「では何をしろと?」 「それはおまえが考えろ。もっと斬新且つ皆が食いつくようなモノを。それが出来なきゃ時期炎に負けるぞ」 「何っ! 私は負け‥‥」 「いや、負ける」 絶対的な組合長のダメ押しに怯む乾。 「まぁ、日はまだある。じっくり考える事だ」 そんな彼を捨ておいて、言うだけ言うと店を後にする組合長。 数日後、乾の店の前には月見点心開催のお知らせが貼り出されている。 どうやら齧骭タ定の企画として一定額での食べ放題を実施するようだ。 そして、それを見取った組合長はと言えば――、 「成程、点心か。乾らしい」 細工の繊細さに、種類の豊富さ――皆を楽しませるにはうってつけだろう。 「しかし、これはうまくいったな。これで更なる活性化が見込めそうだ」 にたりと笑って、彼は口笛雑じりに去ってゆくのだった。 |
■参加者一覧 / 柄土 仁一郎(ia0058) / 井伊 貴政(ia0213) / 柄土 神威(ia0633) / 白拍子青楼(ia0730) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 拾(ia3527) / 平野 譲治(ia5226) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / ラヴィ・ダリエ(ia9738) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 明王院 未楡(ib0349) / 琉宇(ib1119) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 蓮 神音(ib2662) / 藤丸(ib3128) / 蒔司(ib3233) / 夜叉姫(ib4443) / 蒼井 御子(ib4444) / 姫澪(ib4458) / Chisato Manaka(ib4459) / 那智(ib4462) |
■リプレイ本文 ●設営 「乾さんは今店で仕込み中です。設営班の皆さんはここの設営をお願いします」 何か催しがある度に使われる大きな広場。 そこには六名の開拓者と乾さんの店の若い衆が数名。 この何もない場所に簡易的な調理場を設置するらしい。幸い、以前使った際の機材が残っている為、組み立てるだけで良いというのだが‥‥。 「なかなかに重いな」 パーツもさることながら、今回は机と椅子の組み立てもあり、数が多い。一人でそれを組み立てるのは大変である。 「では、自分も手伝いましょう」 困っていた琥龍蒼羅(ib0214)に手を差し伸べたのは、こちらも一人の和奏(ia8807)だった。金槌を片手に構えて見せる。 「そうか。なら、よろしく頼む」 「承知しました」 自然とできたペアではあるが、そこは開拓者であり協力作業は慣れたものだ。 一方中央では調理場の組み立てに勤しんでいる者達がいた。 「よいしょっと、次はこれかしら」 土台の柱を組み終えて板張りに入ろうとした巫神威(ia0633)が長い板に手をかける。そこへすっと現れたのは長身の男――柄土仁一郎(ia0058)だ。 「手を貸そう。力仕事はまかせてくれ」 そう言って軽々と板を持ち上げ、所定の場所へ運んでゆく。 「まぁ、仁一郎ったら‥‥」 あまり顔には出さなかったが、照れているらしい。耳が赤い。そんな彼を見取ってくすりと笑う。 「兄ちゃん、次こっちだよぉ〜」 「ああ、了解や」 ――と、その向こうでは獣人ペアの藤丸(ib3128)と蒔司(ib3233)が調理場部分にかけるテントの設置の為、柱を囲うように足場を組んでいるようだ。背の高い蒔司に肩車され藤丸はご機嫌である。 「本当は接客がよかったんやないのか?」 上ではしゃぐ藤丸にぽつりと尋ねる。 「えっ、なんで? 俺こっちでいいよ。だってほら‥‥俺絶対皿ひっくり返すし」 苦笑しつつ耳まで伏せる藤丸に、蒔司は内心ほっとした。自分の性格上、接客は似合わないと思っていたからだ。 「今日はきっといい月見になるな」 そんな中で、場所を提供した組合長が彼らの様子を眺めつつ、そう呟くのだった。 一方その頃、接客班がお客への対応の講習を受ける中、乾の店の調理場は慌しく仕込みに追われていた。 「すまんが、そのキャベツを全部刻んでくれ」 乾から手渡された笊を前に井伊貴政(ia0213)が目を丸くする。 都内の料理屋で助っ人をする彼であるが、渡された量はそこで知る量の数倍はあったからだ。 「気合入ってんなぁ」 それを見て、思わず苦笑を漏らす彼に助っ人参上。 「確かにこの量はすごいですの。私もお手伝いいたしますの」 「私も出来る限りの事をやらせて頂きますわ」 彼とは知り合いである礼野真夢紀(ia1144)と明王院未楡(ib0349)が現れ、交代で刻みにかかる。そんな二人に助けられて、この分だと早く終わりそうだ。 「小母様、貴政様、ご存知ですか? 十五夜というのは別名芋名月と言うそうですよ」 踏み台に乗って、食材を刻みながら真夢紀が楽しげに言う。 「へぇ、まゆちゃんは物知りですのね」 それを聞き、優しく微笑む未楡。 「だからだからお芋のお粥はどうでしょう? 角切りじゃなくて面取りにして丸くすれば、お月様に見えませんかしら」 「粥に浮かぶ芋の月か‥‥薩摩芋ならそれらしくなるかもな」 「確かに、面白い案かもしれん」 にこりと笑って答えた貴政に続いて、突如現れた乾である。 「現に、甘い汁に団子を浮かべて見立てる甘味もあるからな」 どんっと音を立てて、手にした笊には大量の卵。 「その案は採用しよう‥‥だが、その前にこの卵を全部割ってくれ。よろしくな」 「はいっ!!」 まだキャベツが残っているのだが、自分の考案した料理が採用されたとあって満面の笑みで即答する彼女である。 「ではっ、神音の案もぜひっ!!」 と、そこへ詰め寄ったのは石動神音(ib2662)だった。 抱えているボールには何かの生地が仕上がっている。 「それは? 普通の生地とは違うようだが」 それを見取って問う乾に、 「見ただけで判るとはさすがですねっ! そうです、これはとうもろこしの粉を入れて作った春巻き用の生地なんです。きっと普通のより薄くてサクサクになるんです。だから、このまま作らせてほしいのです!」 既に出来ている生地――しっとりしているが、なかなかに弾力もある。 「いいだろう‥‥この際品数は多い方がいい。だが、一度出来上がりを試食させてもらうからな。そのつもりで納得のいくものを作れ。いいな」 「はいっ、ありがとうございますっ!」 乾の許可が下りた喜びにそそくさと具作りに入る彼女。とっておきの秘策があるらしい。そうして粗方指示を出して終えると乾自身は、得意の細工を開始する。点心と言えば小量ずつ提供するものであるから、それら一つ一つに細工するなど無謀極まりないのだが、手を抜きたくはないらしい。包丁で花やら動物の形を作っていく。 「さすがだな‥‥乾殿の集中力は」 それをそっと横目で見ていたのは、以前彼の依頼で調理を手伝った事のあるからす(ia6525)だ。自分も負けてはいられないと、焼売作りにも力が入る。 「お料理は芸術‥‥素晴らしいです」 するとそこへもう一人――出来上がっていくそれを見つめ目を輝かせているのはカフェを経営中のラヴィ(ia9738)だ。感嘆の声を漏らしている。そして、乾のその作業は実に会場の設営が終わるまで続くのだった。 ●開催 時は夕方――月が顔を出し始める頃、 『お待たせしました〜これより月見点心食べ放題を開始致します〜』 接客班の声が会場に木霊して、店はオープン。待っていた客達を迅速に机へと案内して行く。調理場からは蒸し器の蒸気が立ち昇り、それと共にいい香りが会場を包んでいく。 「いらっしゃいましっ! 月見点心へようこそっ!」 入口付近で出迎え微笑むのは、平野譲治(ia5226)だった。支給された大人用の前掛けが可愛らしい。 「え?? 食べるだけじゃなかったの??」 「アーニー、私もそう思っていました‥‥」 ――とその横には今来たばかりの琉宇(ib1119)とモハメド・アルハムディ(ib1210)が驚きそれを見つめている。 「二人とも遅いなりっ! 働かざるもの食うべからずなりっ。さっ、食べたいなら働くなりっ!」 そんな二人に店員用の前掛けを押しつけて、彼自身はお客の対応に走る。 「承知いたし申したっ! 少々をばお待ちをっ!」 などと、少し変わった言葉遣いではあるが必死に接客をこなしている。 「あぁ〜、僕らもやるしかないみたいだね」 「アーヒ、ええ。仕方ないようです」 譲治の頑張る姿を見て、二人も前掛けを装着する。 「あ、そういえば僕聞いたんだけど天儀ではお月見のお団子は盗っちゃっていいんだって聞いたことがあるんだけど、本当なのかな?」 ふと、そんなことを思い出し琉宇が問う。 「アー‥‥そんな風習があるのですか? アーニー、私は知りませんが」 少し考えた後、モハメドが答える。 「ラーキン、しかし月と言えば古の王が氏族の象徴として定めたとされるもの‥‥。それにお供えするものを盗っていいのでしょうか??」 自国の文化が雑じっているようだが、当人たちはあまり気にしていない。 「すいませーん、ここいいですか?」 そんな彼らにかかる声――どうやらお客のようだ。 「ヤー、ちょっと待って下さいねー‥‥アフワン、すみませんが、その話はまた後にしましょう」 「うん、そうだね」 琉宇も呼び止められて、二人は仕事を開始するのだった。 「ええ! 食べる前に手伝え?」 店の前の広告を見て飛び込んだ蒼井御子(ib4444)。 口一杯にあんまんやらお団子やらを詰め込もうと料理を持ち上げたのだが、店員にも回っていた和奏に止められしょんぼり顔を見せる。 「う〜〜点心、おあずけぇ〜〜」 目の前にあるのに食べれないとは‥‥未練たらたらの視線を向ける。 「‥‥はいはい、わかりました。ではこうしましょう。先に頂いて下さい、その後働けば問題ない筈ですから」 それを見兼ねて提案した和奏。彼も近くにあった焼売に手を伸ばす。 「うん、美味しいです‥‥と、食べられないのですか?」 そんな彼に驚いて固まっていた御子だったが、ふと我に返り早速料理を口へ運ぶ。そして、 「うんま〜〜い♪ この粽も、餃子も、饅頭もサイコー」 幸せげに平らげていく彼女を前に和奏は苦笑する。 そんな中、うまく立ち回りを見せていたのは鴇ノ宮風葉(ia0799)だ。 支給された前掛けをしてはいるが、客と共に机を囲んで会話を楽しんでいる。 「アンタ、なーにしけた顔してんのよ? ほら、こーんな可愛い子が来てあげたんだから、それだけでご飯三杯はイケるでしょ? あ、あたし動物製品は駄目だから‥‥それ以外でお願いねっ」 そしてちゃっかり居座って、別の店員に自分の注文まで済ましている。どうやら、座っているためか、意外と彼女が店員とは気付かれていないようだ。 「お待たせしま‥‥ってうわぁぁ」 そこへ注文の品を運んできたのは白拍子青楼(ia0730)。見た目は大人な彼女であるが、まだ十三歳――この手の仕事は初めてのようで、手も足もおぼつかないようだ。今にも盆をひっくり返しそうである。 「あぁ〜もう、見てられないわねっ」 そんな彼女のふらふら歩きを前に呆れ顔の風葉。そして、案の定事件は起こる。 「わきゃあ!!」 足が縺れたのか豪快にすっ転び、手にした盆が宙を舞う。 「まずいわっ!」 それを目にしてさすがの風葉も動いた。盆の上にはまだ料理があり、それが客へと向っていたからだ。さっと飛び出し、見事お盆共々料理を受け切って見せる。 『おぉーーー!!』 そんな彼女を見て、思わず拍手喝采。注目の的だ。 「あはは〜どうもどうも」 「うわぁ〜、すごいのですぅ〜」 すると転んでいた彼女も立ち直り、彼女のそれに目を輝かせている。 「もうっ何言ってんのよ、アンタは。気を付けなさい‥‥って胸!」 「はい?‥‥って、きゃあ」 転んだ拍子にはだけたのだろう露になった胸元を急いで隠す。 「はぁ、全く‥‥仕方ないわね。さ、やるわよ」 そんな彼女に苦笑を返し、風葉は料理を運んでいくのだった。 ●お楽しみ 月が顔を出して早数時間――会場は大盛況。 調理場は相変わらず忙しそうだが、仕込みのおかげで回転率もそこそこで、設営班や役目を果たした者達は、片付けまで各々月見を楽しみ始めている。 そんな中横目で乾の作業を盗み見ながらラビィは小龍包に手をかけた。そして何気に口へと運ぶ。 「あちっ‥‥でも、美味しい」 中から飛び出す肉汁に火傷するかと思われたが、そこは乾の配慮だろう‥‥うまく調整を入れているようで、火傷に至らない温度の肉汁が舌へと広がり、ほっと心を包み込む。 (「料理とは人を温かくするもの‥‥ジャンルは違ってもそこは変わらないのですね」) カフェに出せるデザートになる点心はないかと研究しながら、甘味のみならず色々な種類を食しているようだ。 「お待たせですよ〜」 そこへ出来上がったばかりのエッグタルトを持ってきたのは、先に食べ終えた御子だった。なぜだかハープを持ったまま、接客をしているようで、あちこちでぶつけている。 「ねぇ、そこの‥‥誰さんか知りませんが、それおいてやった方が」 そう助言するラヴィに振り返った御子。ハープの大きさは八十cm。背負っているようだが、その分を計算に入れていないらしい。 「あっ、はい。なんでしょう‥‥っておわっ」 振り返り様に机の角にそれがぶつかり転倒する彼女。思い切り顔を強打したようだ。 「あ〜〜と、御免なさい。呼び止めて‥‥大丈夫?」 そんな彼女に駆け寄り問う。 「あはは〜大丈夫です。やっぱり危ないですよね〜」 「だから、言ったじゃないですか。下ろした方がいいですよと」 そこへ再び和奏が現れ、彼女に言葉し去ってゆく。 どうやら、お客の対応の最中にそれを目撃。通り縋ったらしい。 「む〜〜いけると思ったんだけどなぁ〜〜」 何を思ってそれを持ったまま、接客をしようとしたのか‥‥彼女以外は理解できないのだった。 「うむ、確かに美味だな」 その横では蒼羅とからすがまったりと茶を啜りながら、月を眺めていた。 「この茶には何が合うのだろうか?」 茶に映り込んだ月に視線を落とし、穏やかに問う。 「そうだね‥‥胡麻団子がいいかもしれないよ」 それに答えてからすが手を上げ、運ばれてきたそれを一口。 「うん、やっぱり」 「そうか、では俺も頂こう」 黄金色にカラッと揚がった胡麻団子。その油分をすっきりとした黒茶が軽減し、食欲を促す。癖はあるが黒茶には脂肪燃焼の効果もあるらしい。 「去年は普通の月見だったが、こういうのもいいもんだな」 と、別の場所では小振りのどんぶりのラーメンにゆで卵を浮かべて、二人の世界に浸るカップルがいた。 「はい、仁一郎あーん」 にこりと笑って、恥ずかしがりもせず箸を上げたのはチャイナドレスに着替えた神威である。あつあつのスープをふぅふぅと冷まして、そっと彼の口元へと運ぶ。 「あぁ、ありがとう」 そんな彼女に顔を少し赤らめながらも応じる仁一郎。ラーメンは塩味だが、二人の関係は何処までも甘い。 「来年も楽しみだ‥‥とあぁ、今から言うと鬼に笑われるかな?」 食べさせてもらった麺を味わいながら、月を見つめ言う。 「私も楽しみよ」 そう答えて、再び彼にあーんの構え。 「今度は、俺が食べさせる番だ」 それを留めて、次は仁一郎が箸を上げる。それを啜って、 「美味しい‥‥素敵な味‥‥」 などと微笑んで見せる。 もはや、近寄りがいた雰囲気を漂わせて、二人の世界はまだまだ続く。 「うむ、なかなかいけるな」 「お芋のお粥、大成功ですの〜」 とそことは反対側の机では、調理班の三人組が卓を囲んでいた。 「おっと、これもどうかな」 すると、いつ取ってきたのか桃饅を差し出す貴政。 実はこれ彼が成形したものだったりする。 「うわぁ、可愛いのですぅ」 それに喜んで齧りつく真夢紀。こしあんの上品な甘さに笑顔の花が咲き誇る。 「まゆちゃん、ほっぺに餡子、ついてますよ」 そんな彼女の頬のそれを拭う未楡はもはや世話焼きお母さん。 「そうか、それはよかった」 その笑顔を前に彼も自然に笑みが零れる。 端から見れば、若干親子のようにも見えなくもない。 「杏仁豆腐も頂きたいですね」 そう言った未楡に空かさず貴政が対応し、料理を運んでくる。 一般客と違い、彼らはある程度作り置きしているものならを自由に取ってくることが許されているのだ。百を越える点心の数々に舌鼓を打ちながら、更に夜は更けてゆく。 ●月明かりの下で 「兄ちゃん、あれもあれも〜♪」 「はいはい、わかったわかった」 客が落ち着きを見せ始めた頃――未だ一際元気なのは藤丸だった。 目移りする程の品数に、あれこれとついつい頼んでしまう。自然と蒸篭の数も増えてゆき、気が付けば幾つもの山が出来上がっているようだ。 「兄ちゃん、この水餃子もおいしいよ〜♪」 耳をぴこぴこ動かして嬉々として言う。 「うわぁ〜〜すごいなりっ! おいら達も負けてられないなりっ!」 とそこへやってきたのは接客を終えた譲治達。 琉宇は友であるが、なんとなく流れでモハメドも一緒のようだ。 「ヤッラー、こんな所にお山出来ています」 それを見取ってモハメドは驚きを隠せない。 「負けられないなりねっ」 「えぇ〜〜張り合う事ないんじゃないかなぁ〜‥‥けど、確かにいっぱいあると迷うよね」 机に並べられた料理を前に琉宇が呟く。 「あぁ、よかったら食べていってくれな。頼んだはいいが、量が多くなり過ぎてな‥‥わしはもうある程度食べとるし、藤丸は‥‥ん?」 そう言って問いかけようとした蒔司だったが、気付けば満腹になったのか彼の膝を借りて、いつの間にやら藤丸は眠ってしまったようだ。 「じゃあ、遠慮せず頂くなりっ!」 まずは近くの皿の春巻きを一口。琉宇も続く。 「んん‥‥これは甘いんだね。中は梨ジャム?」 しっかり咀嚼して琉宇が言う。それを見取ってモハメドも手を伸ばす。 彼の習慣上、酒と豚は禁忌なのだ。 「ヤッラー! 確かにさくさくですねー。梨の甘みが存分に引き出されていて美味しいのです‥‥!」 一口齧って、蕩け出す梨のジャムに感激する彼。 実はこの催しに参加する前に、色々あったらしく甘いものに飢えていた為、感動もひとしおの様だ。 「ふふふ、そうでしょうとも。神音の特製スイーツ春巻は完璧なのです!!」 すると突如製作者の神音が現れ、自作である事を自慢げに告げる。 「美味しいなり〜♪ 甘い春巻初めてなりぃ〜」 「でしょでしょ、いけるでしょ。乾さんにもお墨付きを頂きました。とてもとても嬉しいのです〜」 そう言うと彼女の元には、どれ試食にと他のお客も集まってくる。 「まだまだあるから沢山食べてね〜」 そんな彼らに気を良くしたのか大皿に盛られた春巻の山を置いて去ってゆこうとする彼女。 「これも美味しいのですよ〜」 ――とそこへ駆けて来き、彼女の口にマンゴー風味の蒸しパンを放り込んだのは青楼だった。後ろには風葉も空心菜の餡かけを食しつつ、それを見守っている。 「いきなりなにって、もぐもぐもぐ‥‥ん、んん。こ、これは‥‥」 そこまで言って一旦間を置き、そして――。 「う〜ま〜い〜ぞ〜〜!!」 どっかで聞いたようなお約束の言葉を叫ぶと、一同からどっと笑いが零れる。 「どうだ、やって良かったろう?」 そんな彼らを見つめていた乾に、声をかけたのは勿論組合長だった。 料理人なら味を褒められるよりも、もっと嬉しい事がある。 中央に作られているから、乾からは周りがよく見えているはずだ。 月光に照らされながら、食事を楽しむ人々の表情に、彼も自然と笑みが零れる。 「あぁ、私はやはりこの仕事をやっていてよかったよ」 何を思ったのか、そう言って再び作業を開始する彼。 そして、閉店の時間が訪れ会場の解体と共に一夜のイベントが幕を閉じる。 「今日は皆有難う。これは礼だ、受け取ってほしい」 最後の最後まで作業していた乾――彼が作っていたのは通常より少し大きな月餅だった。 「おや、ありがとう。あなたもお疲れ様だ」 それを受け取って、代わりに茶を差し出すからす。 「あの、よろしければこれを」 それに習ってラビィはおしぼりを差し出している。 「今夜の点心、想い出に残るエエ料理やったわ。また機会があったら寄らせてもらうな」 ――とこれは蒔司。眠った藤丸を背負い一礼する。 「あぁ、いつでも来てくれ」 乾はそう言って爽やかに笑い、沈みゆく月の下‥‥皆を見送るのだった。 |