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■オープニング本文 もちもちぺったん うんとこせ〜 ひとつきすればコシ三つ〜 ふたつきすればコシ六つ もちもちぺったん気持ちを込めて ひとつき、ふたつき コシが出る〜 最近噂の餅屋がある。 その名は杵つき屋本舗―― 基は精米を売る米問屋だったが、今の代になってもち米一本に絞り、餅屋と姿を変える。 評判も上々で連日大盛況。行事前などは予約が殺到するほどの売れ行きで、三代目若旦那の顔が揺るみっぱなしである。 だが、今月に入って‥‥お客に僅かな異変が起きていた。 「おや、今日はい組の旦那はいないのかい?」 常連客の一人を見つけ、話しかけた三代目――その声に振り返ると同時に話し出す。 「それが聞いて下さいよ、三代目〜。あいつ夜な夜な現れる餅屋が美味いんだとかいう噂を聞いて、出て行ちまったっきり帰ってこないんでさぁ」 「夜な夜な現れる餅屋?」 その客の話によれば、隣町にその餅屋は現れているらしい。しかも、時は深夜であり、明らかに怪しいのだが、搗き立ての餅をその場で販売する事から美味いのだという。そして、売り切れると同時に販売は終了、その屋台は闇へと消えてゆくらしい。 「もちもちぺったん うんとこせ〜 ひとつきすればコシ三つ〜 ふたつきすればコシ六つ もちもちぺったん気持ちを込めて ひとつき、ふたつき コシが出る〜♪」 「なんだい、その歌は?」 突然歌い出した客に尋ねれば、この歌がその店発見の手掛かりとなるようだ。毎日場所を変え現れる屋台を見つけるには、この歌を頼りにするのだという。 「なんか奇妙な話だなぁ」 その話を聞き、三代目に不審が募る。しかし、彼の中では好奇心も生まれていた。 なぜなら自分も一代で立ち上げた餅屋だ。他店の餅に興味がないといえば嘘になる。今どれだけ評判がよくても、更に美味い餅屋が出来てしまえば客はそちらに流れてしまうだろう。 「お客さん、その餅屋‥‥隣町に出るんですよね?」 三代目はそれを確認する。 「まさか三代目、行く気じゃあ‥‥」 「そのまさかです」 心配して声をかけた客にそう答えると、そそくさと店を後にするのだった。 「なにやってんだい! 旦那ぁ!!」 問題の屋台を発見し駆け寄った三代目は、一瞬我目を疑った。 そう、そこで杵を持っていたのは常連客のい組の旦那だったからだ。 思わず声を上げて注目を浴びてしまった三代目。 しかし、呼ばれた当人は彼の声に反応することなく、黙々と作業を繰り返す。 「あなたが杵つき屋の三代目ですか?」 そこで声をかけたのは一人の青年――服装から見て陰陽師らしい。 「あなたは?」 「私は玄さんに頼まれて、あなたを探しにきたんです。そして、連れ戻すようにと‥‥うまい餅が食えなくなるから困るとかで」 くすりと笑って言う青年に、全く嫌味はない。 そうするうちにも餅は完成したようだった。その餅を見て客は喜び、我先にと買い求める。 「旦那様方はお買いにならないんで?」 そんな二人に声をかけたのは一人の翁。 「六郎さん!?」 その顔を見て三代目が叫ぶ。 その人物は、この町で三代目と同じく餅屋を営んでいる職人であり、彼に餅作りのいろはを教えた‥‥彼にとっては恩師に当る人物だ。しかし、やはり彼も三代目に気付かない。愛想のいい持ち前の笑顔で、客の相手をし続ける。 「知り合いですか?」 青年がその様子を見取って問う。そんな彼に事情を話せば、何やら屋台を見つめ考え出す。そんな彼の邪魔は出来ないと、三代目は餅へと視線を移した。やはり搗き立てとあって艶がいい。 「持ち帰りはできますか?」 そう聞いた三代目に、六郎は首を横に振る。どうやらは不可らしい。 三代目はどうする事も出来ず、餅を食べる事も忘れてその場に立ち尽くす。すると青年が一言――。 「なんだか妙な気配がします‥‥瘴気が彼らを取り囲んでいるみたいだ」 「ええっ! では、六郎さん達はどうなるんですかっ!」 それを聞き、三代目が問い詰める。 「まだ不完全なようなので、原因となるものを取り除けば元に戻せるかもしれない‥‥」 顎に手をかけ、真剣な表情だ。 「原因? 原因って何ですか!!」 「いや、そればかりは何とも‥‥」 口論する中、彼らを気にするでもなく販売を終えた屋台は、二人を置き去りに六郎他数名の人間を引き連れ、去ってゆく。屋台にはうっすらと六郎の店の名が記されていたようだったが、三代目はそれに気付かなかった。 そして、翌日――原因解明の為、六郎の店を訪ねた三代目は驚愕する。 自分の店以上に繁盛していたはずの店は、寂びれ果て今や見る陰もない。 人のいない店先、壊れた扉‥‥暖簾は無残に引き裂かれ、椅子や机も足が折られているようだ。 埃がたまった店内にもう人気はない。 「おや、珍しいねぇ〜‥‥けど、もうその店は潰れたよ。残念な事だがねぇ‥‥」 通りすがりの老婆が悔しげに呟く。 「どういうことですか!」 ――詳しく聞こうと問い詰めた三代目だったが、そこに偶然現れた町の警備隊に取り押さえられ事情を聞く事叶わない。 「本当に残念なことだよ‥‥わしゃあここの常連だったのにねぇ‥‥」 ぼそりとその老婆が言う。味は最高だった‥‥それは三代目も周知の事。 「六郎さん‥‥何があったんだ‥‥」 昨日の六郎の姿を思い出し、彼はそう呟くのだった。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
天霧 那流(ib0755)
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
東鬼 護刃(ib3264)
29歳・女・シ
色 愛(ib3722)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●現場は語る 「何かおかしいアル」 梢・飛鈴(ia0034)の呟き――。 三代目の依頼を受けて隣町にやってきた一行が、まず感じたのはそんな違和感だった。いつもと変わらぬ日常‥‥通りを行き交う人々に全く不審な様子はない。 しかし、六郎の店の前だけはやけに閑散としている。 「潰れたんだろ? 仕方ないんじゃあ?」 そんな空気の中、ルオウ(ia2445)が平然と答える。 「けど、潰れたにしてもこのまま‥‥というのはどうなんでしょうか? 何かしら手が入るかと」 「ん、まぁ確かに」 開け放たれたままの玄関に壊れたままの内装品。全てがその時の状態のまま残されているようだ。 「とりあえず中も見て見ましょう」 そう言って天霧那流(ib0755)が辺りに注意を配りつつ、慎重に進む。 「この壊れ方‥‥尋常じゃないですね」 じっくり見れば、自然に壊れたのではないのは明らかだった。すっぱりと刃物で一刀両断――机など真っ二つである。そして、床に残るのは無数の足跡。形状は草鞋だけでなく、硬いしっかりとした靴跡まである。 「六郎さん自身が暴れた‥‥という事ではなさそうじゃな」 それを見取って東鬼護刃(ib3264)は自分の予想がはずれだった事を知る。 「どういうことですか?」 そう問うアルネイス(ia6104)に、 「あぁ、いやわしはてっきり六郎が三代目に客を捕られて自暴自棄になったのかと考えておったのでな」 と短く答える。 「私は自分の餅に納得がゆかず‥‥と考えていました」 だが、彼女の予想も外れのようだ。 「他の皆さんのお考えは?」 そこで各自自分の推理を発表してはと提案する和奏(ia8807)である。 「ちなみに自分はあまりこういうのは得意ではないので‥‥情報が揃ってから考えようかと」 「俺もとんとダメだぜ」 それに続いて手を上げて見せたのはルオウだ。 「神音が思うに、食中毒を出しちゃったんじゃないかなっと? 問題の屋台は持ち帰り禁止だし、信用を築くのは時間がかかるけど失う時は一瞬でしょ?」 頬に立てた人差し指を当てて石動神音(ib2662)が言う。 「確かにこの有様‥‥客が暴動を起こしたような感じよね」 那流の言葉に改めて店内を見渡す一行だ。 「まぁ、とりあえ空想を重ねても仕方ないんじゃない? その推理が正しいか否か‥‥聞き込みをして見るしかないと思うわ」 自分の推理がどうあれ、確かな証拠がほしい。そう言って暖簾を潜る色愛(ib3722)。 「なら、わしも手伝おう」 するとそれを追う形で護刃も出てゆく。 「じゃああたしは夜までここの従業員を探してみるアル」 「私はもう少しここで調べるわ」 とこれは飛鈴と那流。 「では私は三代目の会ったお婆さんを探します。もしかしたら彼女が危ないかもしれないので」 気にかかっていたのだろう。アルネイスが足早に出て行くのに続く和奏。彼も目撃者を当る予定だったらしい。 「俺らはどうする?」 「警備隊の詰所へ」 残ったルオウの問いに神音はそう提案するのだった。 ●状況は語る この町の警備隊の詰所を訪れた神音とルオウだったが、その対応は意外な程ぞんざいなものだった。神音が必死に訴えているのに、その場にいる男達は何かしらの理由をつけて彼女らの相手を断っている。 「なんだよ〜子供だと思って馬鹿にしてんのか!」 見た目は子供な二人――しかし、仮にも開拓者。調査協力の義務はないにしても、無下に扱う事も無い筈だ。 人が行方不明になっていないか? そう聞いた直後から、彼らの対応は急変し、更に六郎の名を出すや否や明らかな拒絶を見せ始めている。 「一体何があったんだ??」 そんな彼らに首を傾げるルオウ。 「あの事には関われねぇ方がいいんだよ。さっさと帰んなっ」 通り縋った一人が周りに聴こえないようそう警告するのだった。 そして、町の聞き込みも難航していた。 「全くどうなってるアル」 道行く人を呼び止めて話を聞こうとするのだが、六郎の名を出すと同時に怪訝な顔をし、口を閉ざしてしまうのだ。 「まるで誰かに口止めされているようですね」 合流した那流がぽつりと呟く。 「里の爺様がこの町の餅を食したいとわがまま言っておるのじゃよ」 そう言ってアプローチを試みるは護刃だが、紹介されるのは別の店。 出てくる店に六郎の店はない。三代目に聞いた知り合いを尋ねてみたが、残念ながらその知人は引っ越したとかで会う事叶わない。 「全く持って解せない話ね」 愛が納得いかない表情で言う。 そんな彼女らを見つめる影があった事を二人は知らない。 そんな中、唯一進展を見せたのはアルネイス班だった。 三代目に同行を願い例の老婆を探索する。六郎の店から暫く歩いて‥‥奥まった路地の向こうの長屋に、彼女はいた。 「隠れてねぇ〜で、出てこいよ。婆さん」 「あの時なんか言ったんじゃねぇ〜のか? 余所者が嗅ぎ回ってるみてぇ〜なんだが」 立て付けの悪い玄関戸を叩いて、男達は脅しをかける。 「わしゃ〜何の言ってないけぇとっととお帰り下せぇ」 その中から聴こえた老婆の声に三代目が反応した。 「あの声に間違いないです!」 それを聞いて、二人が動く。 「おやめなさい」 男達を呼び止めるようにアルネイスが叱咤する。 「なんだぁ、おまえら」 「その家の方に用があるのです。邪魔をするなら自分がお相手しましょう」 腰の獲物を引き抜き近付く和奏。男達もそこそこ出来るらしい‥‥和奏が構えれば、その立ちに力量の差を悟り舌打ちをし、その場を後にする。 「案外簡単に退きましたね」 そんな彼らを見て呟く和奏。 「ゴロツキの皆さんは追い払いました。少しお話をお聞きしたいのですが‥‥」 「お婆さん、お願いします」 三代目がそう言うと閉ざされた扉が僅かに開かれる。 「あんたは六郎さんとこで修行していた若さんだね‥‥覚え取るよ」 老婆は静かにそう言って、三人を中へ招き入れるのだった。 ●餅は語る 「もちもちぺったん うんとこせ〜」 歌を頼りに集まる人々――それに対抗するように、 「かえるぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ」 などと歌を口ずさむのはアルネイス。屋台の発見は思いの外簡単だった。と言うのも相手は別に彼らを避けている訳ではない。むしろ自分の居場所を知らせるように従業員らが、歌を口ずさんでいるのだから見つからない訳がない。 「まずは私がいくわ」 愛がそう言って客を装い、その屋台へ近付いていく。 「待って下さい、私の‥‥と、しまった」 呼び止めて人魂を出そうとしたアルネイスだったが、活性化をし忘れたようでクールな彼女らしくない表情を見せる。 「すいません。私としたことが‥‥」 「大丈夫よ、私はシノビだもの」 そんな彼女にそう返すと、再び屋台に向き直る。 「自分もお供します」 「俺もいくぜ」 「私もいくわ」 そう言って屋台に向うは計四名。何食わぬ顔で近付き、各人さり気無く屋台と従業員に目を配る。 屋台自体はラーメン屋のそれと同様の大きさで、そこで働く人間は六郎含め五名らしい。三代目の話によれば、餅を食べた人間がどうこうなるという事はなかったと言う。ただ、従業員だけが作業を終えるとゆっくりと去って行ってしまうのだ。 屋台には竈らしいものもあるようで、移動中に餅米を炊き上げるて来ているようだ。取り出されたそれは熱々の艶々である。 「うまそ〜」 それを見て思わず一言。 「あら、あれがアヤカシかもしれ」 「それはないわ」 愛の言葉をすぐさま那流が否定する。 「どういうこと?」 「私の心眼に餅は反応していない‥‥人とそして、あの杵と臼のみよ」 「やはり‥‥ですか」 数名が当初から怪しいと睨んでいた餅搗き道具。そこから案の定何かを感じるらしい。 「あら、つまんないのね。まんまじゃない」 それを聞いて、がっかりの愛である。 「とりあえずモノはわかったわ。後はアレがどう動くかね‥‥」 今のままでは部外者が多過ぎる。ここはひとまず様子見に入る。 「さぁ、搗き上がりましたよ」 そこで餅が完成した。その声に客がわらわらと群がり出す。 「俺も俺も〜」 ルオウはそう言って、餅を買い求めぱくりと一口。 「ど、どうですか?」 そんな彼に尋ねた和奏だったが、次の瞬間彼の叫びに尻餅をついた。 「うっうっまーーーーい!! むちゃくちゃうまいよ、これ! つるんともちっとまじうまっ!! こんな餅初めて食ったぁ〜〜!!」 手にしたお椀を高々と掲げ、瞳を輝かせる彼である。 「そんなにおいしいのかな」 その様子を後方で見つめて、神音は生唾を飲んで恨めしげだ。 「ほほぅ、それは有難うなぁ‥‥その言葉が一番嬉しいぞ」 そう言ってにこりと笑ったのは誰であろう六郎だった。 アヤカシに操られているとは思えない、とても純粋な笑顔である。 「じぃちゃん‥‥」 (「絶対元に戻してやるからなぁ!」) それを見取って残りの餅を掻き込むとそう決意するのだった。 ●拳が語る そして、販売は僅か一時間で終了し屋台はゆっくりと動き出す。 「多分、ここね」 那流が居残って探した甲斐あって見つけたチラシ――それには餅神を祭った社の位置が書かれていた。そして、屋台は彼女の予想通り、その朽ち果てた社に向ってゆく。 「もういいよな! いくぜぇ!」 道の開けた場所でルオウが咆哮する。 しかし、相手は臼と杵――返事が返ってくる筈もない。けれど、取り巻きには有効だったようだ。臼と杵を護るように、操られた人々が徐に刃物を取り出して、彼の方へと向ってくる。 「俺がじいちゃん達を‥‥だから本体頼むぜ!」 「了解よ」 「承知した」 それに答えて杵と臼には護刃と愛が向う。シノビの素早さを活かして、一気に間合いを詰めるようだ。しかし、杵も黙ってはいなかった。ふわりと浮くと、あろうことか六郎に握らせ、武器と成す。 「全く小賢しいマネを」 「む〜〜どうしたらいいですかぁ〜」 それを横目に神音は従業員の一人を組み手で押し留めている。けれど、このままでは手の出しようがない。 「彼らがまだ取り込まれていないのなら瘴気を一旦取り払う事で、少しの間支配下から引き剥がせるかもしれません」 そこへ後方支援に徹していたアルネイスの声が飛ぶ。 「では、自分が」 それを聞いて、駆け出したのは和奏だった。 白梅香――ほのかな梅の香りと共に刀を淡く輝かせ、そして、太刀が煌いた。 峰討ちで次々と従業員らを打ち据えれば、取り巻く瘴気の一部が浄化されてゆく。そんな彼らを杵と臼から遠ざけるように、飛鈴が威力を調整した空気撃を飛ばし、崩れる彼らを神音とアルネイスが受け止める。 「じいちゃん、ちょい辛抱なっ」 そういうと、ルオウも一歩踏み込んだ。まずは蹴り、そして間髪いれず刀を振り下ろす――タイ捨剣というものだ。勿論狙いは杵、六郎に当らぬように細心の注意を払う。 ザンッ そして、それは見事成功した。ぱっくりと両断された杵からはどす黒い瘴気が吹き出していく。 「こっちもお終いネ」 ただ浮遊するだけの臼の動きは至って単調。それを見窮め駆け出す飛鈴をシノビ二人が支援する。臼を二人掛りで押し留めればそこへ彼女の極神点穴が決まっていた。 ピキッ それは将に一瞬の出来事。突かれた瞬間、亀裂が全体に走り弾け飛ぶ。 「さぁ、仕上げといくかの」 「そうね、念の為屋台もやっとく?」 「そうじゃの」 「OK」 その言葉と同時に、二人の火遁が全てを焼き尽くし、微塵になった臼は勿論、杵も屋台も音を立てて燃え上がる。 立ち昇る煙に瘴気が交じり、夜空を更に黒く染めてゆくのだった。 ●全てを語る 謎の餅屋は消えた。 開拓者らの活躍によりアヤカシと化した杵と臼は跡形もなく焼かれ、操られていた人々は今療養の床についている。和奏が瘴気を取り払ったとはいえ、ずっと瘴気を纏わせた身体は一時的な体力の低下を呼び、回復に数ヶ月かかるようだ。 「全部聞いたよ‥‥なんで相談してくれなかったんだい」 目を覚ました六郎に三代目が怒ったように言う。 あの老婆から聞かされた真実――それはあまりにも酷いものだった。 『この町はどうかしている』 それを聞いた開拓者もそう思った程だ。 真相は、町の大地主が彼の店を訪れた事に始まる。六郎の店の評判を聞きつけて、餅を買いに来た地主は、それを持ち帰り暫く放置。五日後食べたら腹を壊したらしい。五日も置けば質も落ちる。しかも、この気温だ。管理していなかった相手が悪いと言いたい所だが、相手が相手でそうもいかなかった。 後から判った事だが、直接の原因は餅ですらなかったらしい‥‥けれど、この手の噂は広がるのが早い。権力という笠を被り、六郎は一方的に悪者にされた。それでも、一部の客は彼に落ち度はないと営業を切望――その声に応えて再開したのだが、地主はそれを許さなかった。ゴロツキを送り込み店を破壊、警備隊にまで根回しをしたらしい。こうなってはどうする事も出来なかった。 「なぜあの杵と臼を?」 那流の問いに六郎が答える。 「ゴロツキが来た時道具一式も全て壊された‥‥買いに行っても根回しされて買えない。途方に暮れていた時、あの社の事を思い出したぁ」 「餅神神社‥‥ですか」 チラシを取り出し彼女が言う。 「あの地主になってからだよ。あの社があぁなったのは」 「成程。あの餅搗き道具も恨み有りか‥‥瘴気が集まる訳ですね。あ、けどあの屋台は?」 ふと思い当たった疑問に神音が問う。 「あれはうちのもんだぁ。駆け出しの頃は店なんてなかったから」 「へぇ〜しかし、じいちゃんすげーよ! アヤカシに取り付かれてたのに生還だもんなっ」 普通の人間なら取り付かれた時点でジ・エンド。けれど、彼らは無事である。 「ん〜それは恐らく取り付かれていなかったんじゃないかな?」 医師と共にやってきた青年陰陽師の言葉に皆が顔を見合わせる。 「それはどういう‥‥」 「つまり操られていただけという事さ。現に、皆生還しているしね。あの杵と臼は地主に恨みがあったようだし‥‥彼を誘き出す為に六郎さんを利用したんじゃないかな」 「利用‥‥杵と臼に意思があるとは思えないが? まさか餅神様が?」 「さぁ? けど、それだと納得でしょう」 餅を食べた人が害されない理由もこれなら合点がいく。 「あぁ、ちなみに材料の調達は六郎さん以外の人が日中動いてたみたいだよ」 彼も独自に調査を行っていたのだろう、詳細に詳しい。 「じゃあ、これで地主もお縄につくだろうし万事解決?」 この結果を報告すれば、地主の悪行が公なり、なんらかの処分は免れないだろう。 「う〜ん、そう願いたいね」 六郎の事、あの老婆の事もある。 町の為にも捕まって貰うのが最適ではあるのだが、相手が相手だけに既にまた策を講じているとも限らない。 「とりあえずは無事でよかった」 けれど、今は彼らの無事を喜びたい。 三代目のその言葉で、ひとまず謎の餅屋事件の幕は下ろされるのであった。 |