山賊渓谷を抜けろ!
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/07 17:34



■オープニング本文

「あそこを抜ける気かい? 辞めときなって‥‥」

 立ち寄った宿屋の近くの酒場で、富時は店主から忠告を受ける。

「なんででっか? どうしてもあそこを通らなあきまへんのに、そんな事言われた行きにくぅなりますがな」

 独特の口調でしゃべるこの男――実は商人だったりする。
 でっぷりとした身体に、品の良い着物を身に付け使用人達からは『旦那』や『ご主人』と呼ばれる存在。ジルベリアの大戦で、重要となる宝珠等の運搬を任され、噂に聞く賊相手に開拓者の力を借りて被害を最小限に抑えた事から、その道ではやっニ名前が知られるようになったばかりである。けれど、その時の犠牲は大きく、建て直しには若干の時間を要した。なぜなら、信頼していた部下が死んでしまったのだから――。
 けれど、それを悲しんでばかりはいられない。コツコツ仕事をこなして、盛り返してきた矢先に、そんな事を言われては不吉極まりない。

「あそこは山賊の塒(ねぐら)なんだよ‥‥旦那ぁ。しかも、あの谷は両サイドを高い崖が聳え立ってる。山賊にとっては格好の狩場だ。遠回りするのが利口ってもんだよ」

「せやかて、遠回りしたら時間がかかってしまいますがな。期限はすごそこやし、遠回りはできしまへん」

 今回の積荷は、鮮度が命の魚介類である。
 ここまで来るのにもかなりの時間を要している。
 予定を過ぎてしまっては腐ってしまい、売り物にならなくなってしまう。

「旦那、はめられましてね‥‥」

 簡単な仕事のはずだった。
 地図上ではここからは二日あれば行けるただの一本道――。
 山賊さえ出なければこんなに楽な道はないと言っていいだろう。

「さて、どないしまひょう」

 今日の仕事の無事を喜び一杯飲みに来た筈だったのに、注文した酒に口をつける気になれない。
 労い酒が、自棄酒になってしまいそうだ。
 実際にこの仕事を受けたのは、彼ではなかった。
 今の彼の横で補佐をしている部下が受けてきた仕事――。
 こないだ入ったばかりの新米であり、人はいいのだがいかんせおっちょこちょいというか抜けている所があり、なにかとミスがつきないのだ。
 けれど、部下のミスは上司のミスでもある。自分も確認しなかったのがいけないと思う。

「鳶丸ならこんなことも‥‥って、あきまへんなぁ〜弱音なんて」

 自分が気付いてやれなかったばかりに死んでしまった部下の名を口にして、富時が自分を叱る。

「うまい仕事には裏がある‥‥けど、一度受けた仕事はやり遂げなあかん。この商売は信用第一やからなっ。高こうついてもええ。また開拓者はんらの力をかりまひょか」

 富時はそう人ごち、あの時はと違い今度は自分でギルドに足を向けるのだった。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
銀雨(ia2691
20歳・女・泰
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
伊予凪白鷺(ia3652
28歳・男・巫
からす(ia6525
13歳・女・弓
風月 秋水(ia9016
18歳・男・泰
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ


■リプレイ本文

●序・渓谷へ
「成程、荷車の中身は魚だと‥‥」
 渓谷のその一角に彼らの塒はある。
 ここは恰好の狩場――横道にそれる事の出来ない道。両側を背の高い崖が挟み込み、道行く者達の荷物は彼らのモノ‥‥大所帯の山賊の数はおよそ四十を越え、中には龍を操る者や火薬に長けた者まで――都を追われた、あるいは事情により山賊に落ちた者と様々であるが、結局ははみ出し者の集まり。カリスマ性のある統率者がいてこそ力を発揮するものである。そして、この渓谷にはそんな人物が存在した。

「おい、野郎共っ! 次の獲物が決まったぜ! 久々の魚だ、心してかかれっ」

 およそ山賊には似つかわしくない爽やかな笑顔で一人の青年が言う。その声に従うように、拳を突き出し声を上げる仲間達。彼がこの山賊団の頭を務める男のようだった。


「おや、輝夜(ia1150)はんに輝桜はんやないかいな。お久しゅう」
 富時が輝夜の姿を見つけ、彼女に声をかける。
「あぁ、汝も大変そうだなっ」
 山賊団の情報収集を済ませて戻って来た彼女は、以前も富時の仕事を請け負った事のある人物である。輝桜というのは彼女の龍の事――輝龍夜桜、愛称・輝桜。穏やかでのんびりした性格であるが、いざという時は頼りになる駿龍のことだ。

「危険と分かっていても立ち向かう。なかなかの商人魂だな」

 ――と、そこへ首を掻きつつやってきたのは一見緩そうな面持ちの黎乃壬弥(ia3249)だった。災難に巻き込まれてもくじけない彼に好感を持っているらしい。

「私もそう思うよ」

 するともう一人そこに惹かれたのだろう。からす(ia6525)が声をかければ、

「拙者もそう思うでござる」

 ――と後ろに控えていた土偶ゴーレムの地術までもが彼に賛美する。
「おおきに皆はん。けどわてはそんな大層な事あらしまへん」
 そう言う彼の元に声がかかり、一行は気を引き締める。
 山賊渓谷越え――出発の時である。


●起・それぞれの作戦
 季節は夏とあってか、天候は晴天。
 これが吉と出るか凶と出るか、一行は慎重に道を進む。
 今回の同行には開拓者が十名集められ、相棒を含めれば計二十名。

「人を相手にこれ程の人数を投入せねばならないとは‥‥」

 そんな状況を客観的に見つめているのは、今回連絡役を担当する事になっている伊予凪白鷺(ia3652)だ。常に虎の被り物をし表情が読めない。相棒の龍・宵風でさえも彼の事を人と判断できているのか、甚だ疑問である。
「まぁ、用心するに越した事はないでっしゃろ?」
 そんな彼に先頭の馬車に同乗している富時が言う。
 富時の荷車は計三台。どの馬車にも二名の騎手兼従者がついている。魚を運ぶ生簀があるのは後ろの二台で、ゆっくりとしか進めない。馬の早足程度の速度で進むその馬車には、龍がパートナーでない二名が付いている。

「ん〜〜いい天気だね」

 馬車の屋根に寝転がり、ぐっと腕を伸ばし寛ぐは巫女から魔術師へ転職したばかりの鴇ノ宮風葉(ia0799)だった。
「あの、そんなんで本当に大丈夫なんですかい? 俺はなんか怖くて怖くて」
 そんな彼女の姿を見て、富時の新人補佐が疑問を投げ掛ける。
「へーきへーき。アンタも肩の力抜いたら? そーいうの、手綱から伝わるもんでしょ?」
「へぇ‥‥まぁあっしは騎手ではないんで」
「あっそ」
 素っ気無く返された言葉に彼は苦笑いを浮かべる。
「しかし、こんな天気のいい日に、何も生臭ぇもん運ばなくったっていいだろーに」
 すると今度は、風葉の横で同様に寛いでいた人妖の二階堂ましらが言葉する。自分の身の丈程ある大きな鋏を背負い、何時でも戦える状態で横になっているようだ。


 流れる雲、澄み渡った空‥‥そんな同じ空の下、着々と準備を進めていた山賊らをいち早く発見したのは風月秋水(ia9016)だった。
「あぁ、空か‥‥俺も空がよかったなぁ」
 秋水がそうぼやいたのは少し前の事である。だが彼の相棒はシノビ犬。それは出来ぬ相談で‥‥そんな主人にぶすっとした表情を返し、牙狼丸は溜息をついた。久々の主人の仕事に喜んだ自分が馬鹿らしくなったらしい。
「そんな顔するな、牙狼丸。主殿と一緒だ。頑張るでござる」
 そう言って爽やかな笑顔を返す。
 彼の言う主殿というのは、所属拠点の主であり、彼にとっては絶対的存在な風葉の事だ。彼女の役に立てるならと、進んで渓谷に踏み込んだのが数十分前――。
 しかも、下の道ではなく上の道を‥‥元シノビである経験を活かして、崖を登り上から来るであろう山賊の発見に尽力を尽くす。他にも上空を先行する者が数名存在するのだが、それは後で説明するとして、地に足を付けているのは彼らのみ。

   ぐるるるるるぅ

「どうした? なにかあったか?」

 そんな場所で呻り声を上げる牙狼丸に気付いて、見る先に視線を向ければちらつく視界。目を凝らすとぱたぱたはためく布の下、無数の足が見える。
「あれは、人か?」
 どうやら上空からの偵察をカモフラージュする為、岩肌と同色の布を用意。それに隠れて何かを運んでいるようだ。
「初歩的だが、意外と判らぬものだな」
 秋水に牙狼丸に苦笑する。
「よし、早速主殿のいる本隊に連絡を」
 まだ向こうはこちらに気付いていないはずだ。それでも音を立てないよう注意して、相棒に伝令を託す。だが、

   ざっ

 突如現われた気配に彼はなす術もなかった。


 一方その頃、空の先行班――
 輝夜・輝桜組、銀雨(ia2691)・駿龍組、トカキ=ウィンメルト(ib0323)・ヴァイス組は前方に敵を捕らえていた。

「現われたか」

 それをもっと遥か後方で荷車の護衛についていた琥龍蒼羅(ib0214)も察知し呟く。
「前方班、接触。様子を見てくる」
 すると、すぐさま白鷺が確認に向う。彼の宵風は駿龍であり、速さに自信がある。
「動きがあったようだね」
 それを察してこれはからす。
「龍が三体こちらに向ってくるのを、先行班が捕らえたようだ」
 声が届くように低空飛行をし、殿の風雅哲心(ia0135)が解説した。そして、すぐさま彼は心眼を発動させる。さっきの数では荷車を襲うには少な過ぎる。別働隊がいるに違いないと――。

『確かに襲撃には適した地形だが、どこからくるかある程度の予測はできる』

 辺りに死角になるようなものがあれば別だがそれもないとすれば、隠れられる場所は限られてくるからだ。
(「どこだ、どこからくる?」)
 くまなく探すが生体反応はあちこちに点在しており特定が難しい。

「どういうことだ?」

 ――と、同様に心眼を発動させて逆サイドを定國ともに飛んでいた壬弥が一人ごちる。
(「反応はあれど姿は見えず‥‥これは一体?」)

   わんわぉーーん

 そこへ牙狼丸の叫びを聞き、彼は思考を中断、声の方へ翔けるのだった。


「なんだなんだぁ〜、おまえらも龍持ちかよっ」
 こちらは先行班――対峙した賊の一人が話しかけてくる。
「ぎょうさん龍引き連れて、そんなに大事なもん運んでんのかぁ?」
 遠目で確認できたのだろう、開拓者側の龍の数は七体。そう思われても仕方がない。
「何とでも言えばいい」
 それを聞いても冷静を崩さなかったのはトカキだった。
「あぁん? やりたいってんなら相手になるぜ」
 それとは逆に前に出たのは銀雨である。相手は三組、こちらと同等。なれば力量の勝るものが勝つ――それを瞬時に判断し、

「右だっ、右側へいくのだ!」

 ぐっと上体を倒した銀雨だったが、その指令とはうらはらに体重は全く逆にかけられており、未だに名もない駿龍の表情は困惑する。

『度し難い‥‥』

 付き合いはある程度長いのだが、未だによくわからないと駿龍は思う。
「仕方ない、馬車に付かれても厄介だ。我らも行くか」
 輝夜は冷静にそう言うと、手にした弓を刀に持ち替え、荷車の位置を気にしつつそれに続く。
「あぁ、やるか」
 トカキもヴァイスと共に、そこへ参戦するのだった。


●承・彼らの狙い
「動くんじゃねぇ〜ぜ」
 秋水を囲むように現われた数名の賊と、頭らしい男を前に彼は苦笑する。油断したつもりはなかったのだが、この状況――失態のなにものでもない。遠方のそれに、気を取られていた隙に近くの地面を掘って潜んでいたらしい彼らに気付けなかったのだ。至近距離から投げられた分銅付きの縄に足を取られ、この有様である。唯一の救いは牙狼丸は逃げ切っているという事――伝令はすぐに伝わるだろう。

「別に俺らは殺すつもりはねぇ。ただ、荷物を置いていってくれればいいだけだ」

 青年はそう言って、彼に言い聞かせる。

「さぁ、どうだか? それが本当って保証がどこにある?」

 足を捕らえている縄は絡まってはいるが抜け出せない程ではない。うまく話を延ばして、チャンスを伺う。

「保証? そうだなぁ〜」

   わんわぉーーん

 そこで彼の相棒の遠吠えが木霊した。それに一瞬緩む山賊達。
(「さすが相棒!」)
 彼はこれを好機と見て縄を外し、駆け出す。
「野郎〜逃がさねぇ!」
 それに気付いて賊が追う。
 その間にも、賊が運んでいる何かは崖の際へと近付きつつあるようだ。

(「これはまずい」)

   ピィーーーーー

 秋水はそれを察して、指笛で危険を知らせる。
「これは風月?」
 それを聞き、風葉は馬車から飛び降り警戒態勢に入った。相棒のましらも続く。
 その時彼はと言えば、背拳を巧みに使い賊の攻撃を回避、所々で撒菱を撒き、時間を稼ぎながら逃走をはかっている。

「待たせた! これに捕まれ!」

 そこへ牙狼丸を乗せた壬弥が定國と共に登場、彼に八尺棍を横に突き出せば、それに捕まって、その場の離脱に成功。残された賊が悔しそうだ。
 そこへ、一陣の風が吹き荒れる。それは‥‥後方より援護に来た蒼羅の相棒・陽淵のソニックブームが発生させたものだった。突風を巻き起こし、追い来る賊の歩みを遅らせる。それと同時に、地表付近で羽を羽ばたかせれば、賊を隠していた布が飛ばされ、中のものが明らかとなる。

「投石機か、厄介だな」

 それは、大きな匙をつけた装置だった。匙の部分に岩の類が乗っており、そこから岩を飛ばせるらしい。蒼羅はすぐさま指示を出し、陽淵をそちらに向わせる。
 そして、中空から急降下。その装置を蹴りとばせばあっさりと横転してしまう。
「これで安心‥‥」
 そう思いかけた彼だったが、まだ全ては終わっていなかった。


「上空三組は交戦中、左にも賊がいる、注意が必要だ」
 淡々とした様子で、白鷺が言う。
「全くどうなってんのよっ! 風月は無事なの?」
 全てが上で起こっている為、苛立ちを隠せない風葉。やはり心配なようだ。
「まぁ、落ち着け。大丈夫だ」
 それを宥めるように哲心が言う。
 本来であれば飛び出したい所だが、目的はあくまで護衛。我慢の時である。
「私らは私らの役目がある。それをやろう」
 と今度は同じく地上にいたからすがにこりと告げる。
「わては皆さんを信じてますぅ〜〜だから、きっと大丈夫や」
 開拓者らに言ったのか、はたまた自分に言い聞かせたのか。
 その言葉を聞きながら、哲心は思考する。彼が動かないのには訳があった。
 それはさっきの心眼での反応――皆には告げていないが、壬弥も感じ取っていた事から、間違ってはいない筈だ。

(「なら、どこから?」)

 そう思い、再び周囲を見回す。

「くらいなっ!」

 その直後だった。二人が見つけていた反応の正体が牙を剥く。
 声の先をたどれば、崖の側面――今までなかったはずの横穴が出現し、そこから顔を出す山賊の姿がある。どうやら岩盾等で穴を隠していたらしい。手には鞠程の火薬玉が握られている。

「なんだとっ!」

 哲心がそれを見取って極光牙に指示を出し、そこへと向かう。そして、

   ぶぅんっ

 場所が場所だけに大技は使えない。彼は極光牙の尻尾を使い火薬玉を弾き飛ばしていく。けれど、数が多過ぎた。白鷺も対応に当るが、間に合わない。弾き損じたものが地面に転がり、煙を上げる。

「目晦ましか? それとも‥‥」
「眠っちまいなっ、ぐっすりとなっ」

 不敵な笑みで賊が言う。

「ちっ、睡眠ガスかっ!!」

 袖で口を塞ぐが、咄嗟の事で対応が遅れてしまう。

「ふ、不覚‥‥地術に命ず。騎手を護れ‥‥ただし、死人は許さん」

「御意」

 意識の遠退く中、追い討ちをかける様に投石に失敗した者達が弓を取り、上より矢の雨が降り注ぐ。

「大丈夫かっ!」

 そこへ身体を輝かせた定國に乗り壬弥が戻り、羽ばたきで煙を吹き飛ばす。

「主殿、お怪我は?」

 ふらつく風葉に駆け寄る秋水。だが――、

「冗談、アタシはそんなやヤワじゃないわ」

 眠気を払うように頬を叩いて、意識を取り戻し答える。

「もう少しだから、踏ん張ってくれっ」

   ぐおぉぉぉぉ

 蒼羅は弓隊の対応に回っている。壬弥がそう声をかければ、定國は叫び一層身体を輝かせた。霊鎧――防御を強化するものの降り注ぐ矢に辛そうだ。しかし、眠ってしまった騎手を殺(や)らせる訳にはいかない。荷車の下に避難させる仲間達。

「なんだ、しぶとい奴らだなっ」

 先程の逃走といい、今までの相手とは訳が違うと頭は思う。
 しかし、退く事はできない。もう八割方進行している。後一押しすれば、根を上げるに決まっていると‥‥。
 しかし、その予想は崩される。


●転・帰還
 いつの間にか戦線を離脱していた白鷺が、交戦中の三人の元を訪れたのは僅か数分前に遡る。賊の龍は駿龍らしい。巧みに身を翻し、のらりくらりと彼らの攻撃を回避する。嫌がらせの如く、幾度となく矢を飛ばしても、辛抱強く避け続けるのだ。それと同時に、気付かれないように渓谷から引き離しにかかっている感がある。

「囮…という訳か」

 それを早くに察したのは輝夜だった。事前に調べていた事もある。

「これでは埒が明かぬ。あっちが心配だ、一旦戻るぞ」

 白鷺の連絡を聞き、二人にもそう告げると踵を返す。

「仕方ない、戻るのだ」
「俺は元々そのつもりだったが‥‥」

 銀雨とトカキも各々見切りをつけたように、引き返す。それに慌てたのは賊だった。
 多分時間は稼げたはずであるのだが、まだ足りない。今戻られては荷車の運搬を妨害されてしまう恐れがある。

「背を向けるとは‥‥馬鹿にされたものだぜっ!!」

 賊はそう言って手にした武器を投げ放つ。それは小型のダガー‥‥ある意味、自棄にも近い行動。そんな攻撃に掛かる開拓者ではない。ひらりと避けて、振り返り――

「輝桜、ソニックブーム!!」

   ぶぅん

 空を切るように、輝桜の風が彼らを襲う。直撃は免れたのだが、そこには銀雨とトカキが詰めて‥‥銀雨は拳で、トカキはヴァイス命じ騎手に攻撃を仕掛ける。
「殺すつもりはない。じっとしておれ」
 遠退く意識の中やられた賊達は辛うじて地上に降り立つが、
「‥‥お頭ぁ、すまねぇ〜」
 役目を全う出来ず、苦虫を噛むのだった。


「まさか、やられたのか?」
 遠目でそれを見取って、頭の表情が曇る。予想外だった。動揺する心を押し留め、平静を装う。あと少し、荷車を奪えば終わる。見下ろす先には、眠った騎手や鈍った護衛の開拓者達。ゴリ押し出来ると彼は思う。

「こうなったら、総力戦だ!! 野郎共ッ、後ひとふん張りだぜっ!」

 頭も交戦する為、そう言って龍と共に降下を開始。
「いかせるかよっ!」
 それを妨害しに哲心と極光牙が雷鳴剣で手向かえる。
「くっ」
 頭他それでも彼らは意地を見せる。
 荷車を奪う為に、横穴や崖上から下りてくる者や、彼らなりの秘密ルートがあるのか、荷車を挟み込むように地上班の賊が前後道から押し寄せる。
 もうここからは乱戦だった。

「いくよっ、ましら!」
「あいよっ、風葉!!」

 水をかけ正気を奮い立たせると、さっきのお礼とばかりに腕を奮う。

「くらえっ、アークブラスト!!」

 風葉が覚えたばかりの大技を発動させれば、群がる賊を一網打尽――数が多い程当たり易く、彼女の雷が駆け抜ける。それをうまく避けた者はましらが、小さいながらも攻撃仕掛け、見事な連携を見せている。その一方で、

「主殿、お見事でござる!」

 命じられたまま地術は騎手と馬車を背に刀で応戦。自分の身体を硬質化し、弁慶の如くその場を動かずに捌く彼。ここぞという時に繰り出される両断剣は効果的だ。
 それにゴーレムを見るのも初めてな者が多いのだ。何処をどう狙えば倒せるかなど皆目見当が付かない。土の塊相手に手ごたえのない当たり――否応無しにでも戦意が削られていく。
 そんな彼らにからすは、少し高い位置に移動し心毒翔と乱射をうまく組み合わせ数を裁いてゆく。そこへ銀雨も参戦――相棒より飛び降りて彼女得意の肉弾戦を開始していた。

「これは分が悪いですぜ、お頭ぁ〜〜」

 それでも必死で戦う仲間の声に、頭は判断を迫られる。

(「このままでは仲間が傷つくばかり‥‥やむ終えねぇ」)

「ちくしょ〜、納得はいかねぇ〜がこのままやっても無駄だ。仕方ねぇ〜撤退、撤退するぞ!!」

 彼のその言葉に皆、異論にないようだった。傷ついた仲間を支えつつ、ある者は来た道を‥‥ある者は崖を垂らしたロープに捕まり登っていく。

「見逃すでござるか?」

 そんな彼らを前に開拓者らは動かない。警戒を強めて、彼らを見守る。

「殺す事が目的ではない。山賊とて人は人だ」

 無駄な血を流す事はない。

 「んっ、んん‥‥」

 ――と、そこでやっと目を覚したのは富時だった。
 周りを見回し、ぼんやりした意識を立て直す。
「ど、どないしたんや?」
 去り行く山賊とそれを見つめる開拓者に、開いた口が塞がらない。
「決着がついた‥‥ただ、それだけだ」
 そんな彼をフォローしたのは偶然そばにいたトカキだ。
「あぁ〜〜魚、くいたかったなぁ〜」
 情報が筒抜けだったのか、賊らしからぬ井出達の男がぼやいている。他にもよく見れば、思うほど人相の悪い人間が集まっているようには思えない。

「すまんな。俺の作戦ミスだ‥‥」

 そんな仲間を元気つけるように頭らしい男が声をかけている。

(「なんや、普通の方々やないか‥‥と、そうや!」)

 そんな遣り取りを目にし、富時の脳裏の算盤が玉を弾いた。
 そして内容が纏るや否や恐れることなく、頭の下へと近寄っていく。

「富時殿、何を‥‥」

 止めに入りかけたからすだったが、彼は構わず彼に近付き、そして――

「あの‥‥おたくはんら、魚ほしいんでっか?」

 突拍子もない質問をぶつけ、その場にいた一同が目を丸くする。

「そりゃ〜ほしいが‥‥なんだ。負けた俺らに情けでもかけてくれるって言うのかい?」

 苦笑しつつ、それに答える頭である。

「それはちゃいますぅ。けど、条件次第ではかまわしまへん」
「条件??」

 いぶかしみ首を傾げる彼に、富時の営業スマイルが炸裂した。

「取引しまひょ、お頭はん」

 商売の繁盛の神様のような満面の笑顔で富時は交渉を開始する。そして――。


●結・大きな収穫

「いやぁ〜何はともあれ、災い転じて福と成す。本当に助かりましたわ」

 ご機嫌顔で富時が開拓者を前に言う。

「さすがは商人‥‥行く前も思ったが、大物になるぜぇ」
「大物? もう十分大物じゃないのよっ」

 壬弥の言葉に、悪戯な笑みを浮かべ風葉が付け加える。
 どうやら、体格の事を指しているようだ。

「いや、しかし本当に何を考え出すかと思えば」
「山賊と交渉、彼らを雇うとはね。どういう神経してるんだか」

 ――と、今度はトカキの言葉に続ける形で蒼羅が問う。

「せやかて、あの道が使えるようになれば商売がやりやすぅなるさかい。彼らも見た限り好き好んで山賊やってない感じでしたし、丁度ええ思うて‥‥」
「たいした奴だ、全く」

 そんな話に華を咲かせ、輸送成功の宴はまだまだ続く。
 それは龍達も同じらしかった。富時よりそれぞれの好物が贈られたらしい。
 そうやって夜が更けて‥‥。

 その後、山賊を手懐け新たな道の開拓に貢献した富時の名が、商人の間で再び噂されるようになったのは言うまでもない。