のせられた料理人
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/29 15:04



■オープニング本文

 雨が降ったかと思えばかんかん照り‥‥
 さっきまで晴れていたかと思えば雷鳴が轟く。

 そんなこの季節――
 炎の料理人ことエンは店の従業員を集め、作戦会議を開始していた。

「さぁ今年も暑っ苦しい季節の到来だ! そこでこんな時こそスタミナのつく新メニューでお客様をおもてなししようと思うんだが、何かいい食材はねぇ〜かっ!!」

 豪快に机に手をつき、エンが皆にぐるりと視線を送る。
 けれど、外の湿気が店内を包み込み皆の反応はおぼつかない。
 肩を落とし、テンションは地を這うようでエンから視線をそれとなく外す始末で?る。

「おいおいおいっ、どーした野郎共っ! ここは炎の料理人の‥‥俺の店だぜっ! そんな態度でどーするっ! 隣のケンの奴の店ならまだしも、もっと元気出せ! んな態度じゃあ給料下げっぞっ!!」

「え〜〜エンさん、それはないっすよぉ〜〜」

 その言葉を聞き、近くにいた見習いが批難する。

「夏バテ防止、スタミナ料理の食材と言ったらやっぱり『鰻』じゃないですかねぇ」

 そう提案する者がいたのだが、

「あぁん、鰻だぁ? んなもん定番中の定番じゃねぇかっ! そんなもんじゃあ、客は喜ばねぇ‥‥もっとあっと驚く食材でねぇ〜と」

 筋骨隆々の腕に力を入れて、拳をぎゅっと握り締めエンは一人語り出す。
 彼の周りだけ、他とは違う何とも言えない暑苦しさを倍増させるようなオーラが出ているようだ。

「いいか‥‥こないだの勝負ではくしくもあのケンのヤローに負けちまったが、それでもあのおかげで結構な宣伝になったんだ。そして、その収益は前年度の一・五倍!! 今年はいい波がきてんだよっ! それを止めちゃなんねぇ〜。夏もガガッと客を呼び込めれば、おまえらの給料だって上げてやれると思ってんだぜっ! だからここは一つ、頑張っていこうじゃねぇ〜か!! 皆があっと驚く絶品メニューでこの夏を乗り切るんだっ!!」

『店長〜〜』

 その言葉を聞き、思いなおす従業員達。
 その声に満足げな笑顔を返すエンである。
 しかし、いきなり驚く食材を提案しろと言われても、早々出てくる筈がない。

「やぁ、エン。相変わらず賑やかだな」

 そこへふらりと立ち寄り、顔を出したのはこの区画の飲食店を仕切る組合長だった。

「あぁ、いらっ‥‥ってどうやって入ってきた!? 鍵はかけて」
「なかったぞ」
「なっ!!」

 エンの言葉に続くように返された答えに、思わず声を上げる。
「おいっ、戸締りはきちんとしろって言ってるだろうが‥‥」
 半ば呆れ顔で見習いを見つめて言う。
「いやっ、だって俺らがまだいるじゃないですか‥‥だから、閉店の札下げときゃいいかなって」
「はぁ〜〜全く、もう」
 未だ平謝りを続ける見習いに、深い溜息。

「まぁ、いいじゃないか。それより新メニューだったな。食材は決まったのか?」

 声が聞こえていたのだろう、組合長が問う。

「いや、それがまだで‥‥」
「いい食材、教えてやろうか?」

 それに組合長の不敵な笑みが開花した。
 少し顔に陰を落として、思わせ振りの態度で‥‥。
 エンは気付いていないようだが、他のものは悟る。

(『この人、またとんでもない事を言い出すぞ』)と――。

 見守る彼らを余所に、組合長はゆっくりと口を開く。

「知りたいか? エン」

 それはある意味悪魔の囁き‥‥けれど、単純なエンにはそれを判断する術がない。

「あぁ、教えてくれ」

「それは、な‥‥ケモノ肉だよ」

『えぇーーーーーーーー!! ケモノ肉っ!!!!!!!!!!』

 エンが声を上げるより先に、従業員一同が仰天した。

「ケモノってあのケモノですか! なんぼなんでもアレはちょっと‥‥」

「何を言う。ケモノは普通の動物となんら変わりはないんだ。図体が少しばかりでかいだけだと言っていい。一匹捕まえればかなりの量になるし、仕入れ値もいらん。まぁ、開拓者を雇わねばならないだろうが、それでも当れば大きいと思うが‥‥」

 従業員に解説すると見せて、狙いはエンただ一人である。彼さえ説き伏せてしまえば、後は従わざる終えないのだから‥‥エンに近付き言葉を続ける。それはさながら催眠術師のようだった。

「それに、意外性は今の反応を見ればわかるだろう? それとも何か? 炎の料理人ともあろう者が、普通の食材しか相手に出来ないと? 所詮はそれまでの人間だとでも?」

 後半は彼を挑発する言葉を並べ、彼のプライドを刺激する。

(『あの人、店長の性格知り尽くしてらぁ〜〜』)

 傍観する従業員達の心の呟き――。

「あぁーー、わかった。やってやろうじゃねぇ〜か! このエン様の腕、とくと見せてやらぁ!!」

 組合長の言葉にまんまと乗せられて‥‥。
 エンは早速ケモノ肉調達の為、ギルドに依頼を提出するのだった。


■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454
18歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
ルーティア(ia8760
16歳・女・陰
フラウ・ノート(ib0009
18歳・女・魔
藤丸(ib3128
10歳・男・シ
蒔司(ib3233
33歳・男・シ


■リプレイ本文

●狙いは共通
 ギルドから貰った地図を片手に一行は二班に分かれ茹だる様な暑さの中、片方は草原を、もう片方は山岳地帯へと向う。

「すげえ料理人二人と一緒だからな! 片っ端から捕まえてやるぜっ!!」

 まだ午前中というのに、暑さに負けずそう豪語するのは赤髪少年サムライのルオウ(ia2445)である。その後を二人の料理人――お団子泰拳士の紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)と彼と同い年らしい魔術師のフラウ・ノート(ib0009)が続く。紗耶香は店を持つ身であるし、フラウは若いというのに腕は確からしい。三人はスネア――いわゆる狩猟用の虎ばさみや縄、円匙片手に草原を行く。

「ここら辺で一つ。罠を仕掛けてみましょうか」

 担いでいた大型のスネアを降ろし、紗耶香が言う。

「やっぱり狙いは猪かしら。お肉が一杯とれるもの」

 少し照れながらもフラウもそう言い、予め用意してきた仕掛けの設置を開始する。
 辺りは見晴らしのいい草原――少し行けば森林がある。

「そうと、決まれば俺が偵察に行ってくるぜ! それまでに仕掛け頼むなっ。見つけ出したらこっちに誘き出すから」

「わかったわ、お願いね」

 にこりと笑ってフラウが答える。

「あまり無茶は駄目ですよ。ケモノと言っても油断は禁物です」

 とこれは紗耶香。張り切るルオウに釘を刺す。

「わかってるって! じゃ、言ってくるかんなっ!!」

 大手を振りながら駆けて行く彼だったが、見送る二人は何かに躓く彼の姿を決して見逃さなかった。
 


 一方、山岳地帯を行くはサムライのルーティア(ia8760)、獣人弓術師の藤丸(ib3128)、そして獣人シノビの蒔司(ib3233)だ。こちらは、木が立ち並んでいるという事もあってか、比較的涼しい。とはいえ、直射日光を防いでいるだけで、山道は険しく疲労度は下を行くメンバーとあまり大差ない。

「にっく♪ にっく♪ にっく♪ ごっちっそー」

 鼻歌交じりにご機嫌なのは、猟師の出である藤丸だ。

「熊に山羊に鳥‥‥猪肉も外せないなぁ〜」

 もうすでに食べる時の事を想像ながら自称・焼肉王のルーティアが呟いている。
「蒔司、それ使うのか?」
 蒔司の片手にあるスネアを見て、藤丸が尋ねた。
「あぁ、一応あって損はなきぃ思ぅてな‥‥」
「そうだねっ、けど気をつけてよ。美味しい部位傷つけちゃうし‥‥後、今日はよろしくっ」
「あぁ、こちらこそよろしゅう」
 いざとなれば連携しようと打ち合わせている二人だ。

「おっ! 居たぞ!! 早速獲物だ!!」

 そんな二人を余所に何かを発見したルーティアが一目散に走り出す。

「あっ待ってよ〜〜」

 どちらも狙いは猪らしいが、狙う側にも猪タイプがいるようだった。


●お約束?

   ドドドドドドドッ

 森林地帯に踏み込んで偵察に出たルオウは巨大猪を発見。普通のものより遥かに大きいそれを見取り、早速作戦を実行に移す。

「入って早々見つかるなんて俺ってセンス有るかも‥‥」

 そう独りごちてざっと茂みから飛び出せば、その音をいち早く察知し、彼を警戒する猪の姿がある。

「逃がさねぇって! こっちだぜっ!!」

 大きくそう叫んで、ルオウが駆け出した。
 すると、今の言葉に反応して猪の目の色が変わる。実は、さっきの言葉には咆哮のスキルが掛かっていたのである。ルオウを見つめる目が鋭くなり、駆け出した彼を一心不乱に追い駆けてくる。地響きを立てながら、茂みを蹴散らし、土煙まで上げているようだ。

「うわっ、ちょっと意気がよすぎたかも‥‥」

 それに若干怯みつつも、二人の待つポイントへと走る。

「あ、来たみたいですよ」

 罠を仕掛け終えた紗耶香がそれを見て取り、フラウに告げれば、

「そのようですね‥‥なんか凄い形相です」

 くすりと笑い、手を振るフラウ。それを発見しルオウはそこへと向う。

「さぁ、では退避いたしましょう。細工は流々です」

 そう言ってその場から離れる二人。
 そこには大きな落とし穴。手前には念の為縄を仕掛けてある。

「うっし、いくぜぇ〜〜〜つてうおっ!!」

 しかし、それに引っ掛かったのはなんとルオウ本人だった。縄の罠を飛び越えようとしたのだが、タイミングが合わなかったらしい見事に引っ掛けつんのめる。後ろから来る猪もやはり止まれずそれに掛かって、一人と一匹が盛大にバランスを崩し、そして――。

   ずどぉ〜〜〜〜〜ん

 盛大な音をたてて、もろとも地面に激突。落とし穴へまっさかさまだった。
 後には、濛々と立ち昇る土煙――。

「あぁ、貴方の犠牲は無駄にしないわっ!! ちゃんと‥‥だから安らかに」
「コラッ! ごほごほっ‥‥俺はまだ死んでねぇ!! ごほっごほっ」

 中を覗き込みもせず、十字を切って祈り始めた彼女に、咳き込みながらも彼が突っ込む。ルオウは遥か下、猪に下敷きになりながらも無事のようだ。必死で這い出す。

「ってか、さっきの間にどんだけ深い落とし穴掘ってんだよ」

 上を見上げて、その深さを実感する。地上の二人は思いの他小さかった。

   ドドドドドッ

『んっ』

 その音に気付いて、上の二人がその方角を見ればどこかにいたらしいもう一匹の巨大猪――よく見れば、兎を追いかけているようだ。

「これは、一石二鳥かも」

 それを見取ってフラウが呟く。進路はそう離れた場所ではない。うまくこちらに誘導できれば、兎と猪を一網打尽に出来るチャンスである。

「あの、なんか嫌な予感が‥‥」

 穴の下で聞いたその音にルオウの額に汗が走る。

「ルオウさんはそこで待っててねっ」
「チャンスなんです」
「えっ?」

 そして、数分後――

   どぉ〜〜〜ん

 ルオウのいる落とし穴に新たな客。兎に続いて、再び猪が落下してくる。
「あっぶねぇ〜〜‥‥また下敷きになるとこだったぜ」
 落ちてきたケモノ達に止めを刺して、彼がそう呟くのだった。


●パワーと連携

「うらうらうらぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 自分より数倍はあるかと思われる熊相手に、真っ向から立ち向かうのは二刀流のルーティアである。多少の攻撃は二天で軽減し、ひたすら切り込んでいく。
「あわわ、危ないよぉ〜! ルーティア〜」
 その動きが素早過ぎて、弓をひくタイミングが計れない。

「出番やな」

 蒔司は担いでいたスネアを後退しつつある熊の進路に仕掛ける。本来なら仕掛けた場所に誘い込むのだが、こんな時でも役に立ちそうだ。素早く設置し、彼も加勢に入る。

「こっちは自分一人で大丈夫だけど!」
「まぁ、そう言うなぁ。手早く終わらせるに限るき」

 ルーティアが食い止めている間に蒔司が攻撃、それを繰り返せば熊はさらに後退し――。

   がちゃん

 そして、見事スネアが本領を発揮した。足に食い込むぎざぎざの歯‥‥熊は悲鳴を上げて、暴れ出す。そこへ藤丸の矢が飛んで‥‥のけぞるようにひっくり返り、熊は活動を停止した。
「やったねっ」
 藤丸は無邪気に喜び、その場でぴょんぴょん跳ねている。
「よくやったな、藤丸」
 そんな彼をわしわし撫でる蒔司。

「まずは一匹っ! まだまだこれからだっ!!」

 ルーティアも満足げな表情で、自慢の刀を鞘に戻している。
「次は鳥。鳥を狙おうよ‥‥蒔司、肩借りていいかなっ」
 背の高い彼に乗り、藤丸が辺りを見回す。

「あっ、みっけた! ふたりとも、あれがいい? それとももっとでかいの狙う? あっと‥‥でもあれは駄目だ」

 鷲の目を行使して発見した獲物だったが突然除外する藤丸。

「どうしてだ? 発見したのだろう?」

「うん‥‥けどさ、あれは子連れみたいだから‥‥。猟師の鉄則‥‥僕らが生きられるのも彼らのおかげ。だから乱獲は駄目‥‥お母さんがいなくちゃ育たないでしょ?」

「なるほど。道理やな」

 狩るものと狩られるもの、食物連鎖。このバランスを崩してはいけない。
「あっ、あの鳥にしよっ」
 そう言って、再び弓を構える。
「ケモノは、迷惑なだけだと思うけど‥‥まぁ、いいかっ」
 ルーティアがそうぼそりと呟くのだった。


●収穫は

「おうおう、こりゃすげぇ〜な」

 店の前で待っていたエンが感嘆の声を上げる。
 それもそのはず、開拓者らが仕留めて持ち帰ったケモノは猪に熊、野鳥に兎と大きさは様々であるが、どれも一般のそれより遥かに大きい。

「おお、なかなかの収穫ではないか」

 見物に来ていた組合長もそれを目にし、感想を述べる。

「さぁ、ここからはエンの腕の見せ所や。楽しみにしてるきな」

 担いでいた熊を降ろして蒔司が言う。

「腹減ったぁ〜〜〜早急に頼むぜっ」

 ――と言葉したのは、疲労困憊顔のルオウである。
 台八車から手を離すと、肩を落とし店の中へと進む。

「いやっ、ご苦労だった!! 新鮮なうちに何か作ってみるぜ!!」

 エンはそう言って、手近にあった兎を掴み上げる。そして、

「ほらっ、ぼさっとしてねぇ〜でおまえ達も肉を運べ!!」
『あ‥‥了解です、店長!!』

 呆気に取られていた従業員達に喝を入れ、早速調理を開始する。
 捌くだけでも一苦労だった。特注の出刃包丁を使ってもなかなか切れたものではない。
「あたしも手伝いしましょうか」
 四苦八苦する見習い達に紗耶香が申し出て、手には持参した山姥包丁がきらりと光る。
 そして、それを華麗に振るってまるで旋律を奏でるが如く次々とケモノ肉を捌いていく。兎ならまだしも、巨大な熊まで皮を削ぎ落とし部位別に、あっという間だった。

「やるなぁ〜アンタ。こないだも思ったがいい腕してるぜっ」

 猪を捌く手を止めて、エンが言う。実は以前も彼を手伝っているのだ。
「それはありがとうございます。エンさんこそ志体もちではないのにおみごとです」
 捌き終えた猪肉を見つめ、彼女が言う。

「しかし、匂いが酷いな‥‥」

 そんな中、ぼそりと呟いたのは組合長だった。当たり前と言えば当たり前である。通常の猪でさえ、匂いはある。それが巨大で獰猛なケモノのものとなると尚更だ。集まっていた従業員皆が鼻を摘んでいる。

「まさかここまでとはな」

「大丈夫です‥‥方法はありますよ。味噌とか香草などで臭みを消しつつ焼くとか煮るなどをするといいのではないでしょうか? 肉を牛乳に漬けて臭みを消すというのをジルベリアの方の調理法であるとか聞きましたが‥‥やってみると良いかもしれませんね〜」

『おおっ! 成程っ!!』

 彼女の提案に納得し拍手をする従業員。

「てめぇ〜〜ら、何感心してんだっ! 基本中の基本だろうが!!」

「香草を使うなら燻製にするのも一つの手‥‥ちゃうかな? 硬さ対策としては酒やタレなどに漬け込んで柔らかくするのもいいと思うき?」

 そこへ香辛料を片手に提案したのは、蒔司だ。

「おうおう、色々提案が出てんな!! ありがたいぜっ!! ここは本気で俺の力を発揮しねぇ〜〜だなっ。うぉ〜〜〜〜、燃えてきたぜぇぇぇぇ!!」

 瞳に炎を燃やしながら、エンが腕を奮う。
 そして、全ての試作品が出来たのはそれから数時間後の事だった。


●魅惑のケモノ料理
 机に並べられた料理は数知れず‥‥さすがは炎の料理人といった所か。
 強烈な匂いを放っていたはずのケモノ肉だったが、出来上がった料理からはそれが全く感じられない。
「うまそううまそう、食べていいか?」
 待ちきれないとばかりに身体をうずうずさせているのは、ルオウその人である。
「くっくっく、この焼☆肉☆王ルーティア様が生半可な料理で満足すると思うなよ‥‥」
 箸を片手に、そう呟いたのはルーティアだ。
「焼肉だぁ〜、しゃぶしゃぶだぁ〜、これは肉団子?」
 タレのかかった小判型の肉の塊を見つけて、藤丸が尋ねる。
「いや、それジルベリアで言う『はんばーぐ』とかいうもんだ。初めて作ったんだが、なかなかうまいぜ! 臭み消しに味噌使ったんで味噌味だがな」
 豪快に笑ってエンが言う。
「さて、それでは頂くとするか」
 ちゃっかり席を確保して、組合長のその言葉を合図に皆の箸が動き始める。
 どうやって臭みを消したのか、さっきの言葉を参考にしたらしいのだが、企業秘密らしく詳しくは語らないエン。オーソドックスに鍋や焼肉は勿論の事、細切りにして炒めたいわゆるチンジャオロースー的なものやパンに挟んだバーガーもある。そのどれもが、硬いと思われた肉が思いの他柔らかく食べやすく仕上げている。

「どれも美味しい。さすがだわっ」

 ゆっくりとしたペースで箸を運びながら、フラウが言う。

「これも意外といけるぜっ」

 ひたすらに料理を口に運びながらも、皿を差し出したのはルオウだった。その皿には薄切りにしたこんにゃくのようなものが乗せられている。
 不思議に思いつつ、それを掴み口へと運ぶフラウ。ふにふにとした弾力のあるそれは、こんにゃくに見えてそうではない。ダシがしっかり沁み込んで舌に乗せれば、コクのある味わいが広がってゆく。

「これは‥‥何のお肉かしら?」

 隠し包丁のおかげで柔らかく簡単に噛み切れるそれ。

「あぁ、多分それ『熊の掌』じゃないでしょうか?」

 それを見取って紗耶香の言葉に、フラウは一瞬硬直した。

「て‥‥掌? これが?!」

 意外な部位に若干引き気味である。

「泰では高級食材ですから、気にする事ないですよ。あっ、これ美味しい」

「どれどれっ」

 ぱくりと摘んで口に運んだ紗耶香の春巻きの感想を聞きつけ、ルーティアもそれに手を伸ばす。そして、それを何気なく口に運んでいく彼女。だが、一齧りして彼女の動きが一変した。ぶるぶると肩を震わせ、俯いたまま更に咀嚼を続けごくりと飲み込む。

「どっどうしたの? ルーティア?」

 一同見守る中、恐る恐る尋ねた藤丸に彼女ががばった顔を上げ―――

「うーーーまーーーいーーーぞーーー!!」

 何かが取り付いた如く彼女は立ち上がり叫んでいた。瞳からはビームでも発射せんばかりの形相である。

「うまい、旨過ぎる‥‥この春巻きと肉の絶妙なコラボレーション。ぱりっぱりっの皮の中に閉じ込められた旨味のある肉片っ! 肉だけじゃない‥‥バランスを考慮して入れられた野菜には適度な熱が入って三つの食材がそれぞれの食感を作り出し、一つに纏っている‥‥これはまさに食材の三重奏‥‥トリオ・ザ・春巻きだぁ!!!!!!!」

 一息にそう言って、再びがつがつと残り春巻きを食している。

「トリオ・ザ・春巻きか‥‥角切り肉と挽き肉。肉の種類も一つじゃないな」

 組合長もそれを食べ、にやりと笑う。どうやら、これが一番人気のようだ。

「食べやすいし、長目に作ればボリュームもある。後は食欲をそそる工夫があるば面白いと思うぞ」

 全ての料理を食してみたらしい。それが組合長の感想だった。

「うっしゃ、ならこれをメインにすっか!!」

 まだ食べている開拓者らを余所に、早速改良に入るエン。
 そして、数日後――ケモノ肉を使った異色の春巻きに改良が加えられ、ピリ辛味となって店頭のおススメメニューとなり、客の興味を引いて連日大盛況。夏戦線の滑り出しも好調、今日も店には笑顔が溢れている。