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■オープニング本文 「迂闊だった‥‥なんという失態だ」 頭を抱えて忙しなく部屋を行き来しているのは、この都市における宝珠の管理を任された男‥‥。事態は深刻のようだ。額から流れる汗は止まらず、背中はもうぐっしょりと濡れている。 この天儀の世界において宝珠は欠かせない。しかし更に重要なのはその宝珠を使えるようにする者達の存在。数少ない人にしか技術は伝えられないからだ。今は民間にも加工できる者が増えてきてはいるが、細かな細工や技術に至っては王朝が管理している為、外に露呈していない。どのように扱えばいいのかは口承でのみ受け継がれ今に至るのは、悪用を防ぐと同時に国公認の希少価値を加えるものでもある。 その技術者達が揃いも揃って病に伏してしまったから一大事である。 事は遡る事五日前‥‥‥一人の男の咳から始まったらしい。本人はもともと気管が弱くたびたび咳をしていた為、周りもあまり気に留めなかったのがまずかったようだ。二日、三日と日が経つにつれ症状は悪化‥‥気が付けば動けなくなっていたという。そんな彼が残していったものは、閉鎖された部屋に充満、仲間達を道連れにしたようで、今宝珠を使って行われる作業は完全に停止。 このままではじきに加工業務に支障をきたしかねない。幸い病に落ちた男の診断結果は、長期安静が必要ではあるが治らない病気ではなく、移された仲間も同様とのこと。ただ、そんなに待ってはいられないのが本音ではある。 「どうしたらいい」 使者を送って他国から技術者を借りたいところだが、こんな失態が他国に知られればいい笑い者。とりあえず王に報告は済ませたものの、全てを打ち明けてはいなかった。技術者が病にかかっているので作業が遅れている‥‥そう報告しておいた。別に嘘はついていない。しかし、このままではいずれはわかること。ふと机に視線を落とせば、そこには天儀全体の遺跡を印した地図が広げられている。 (「そういえばこないだ新たに宝珠の情報を得て技術者を‥‥そうか、それだ」) 天は自分をまだ見離してはいなかった。少し顔色を回復させ、書類の山から派遣先を確認する。 「くそっ近くに精霊門はないのか。しかもかなりの僻地‥‥最短ルートにはアヤカシ出没の危険地区だと‥‥‥前途多難だがどうにかするしかないな」 男はさっと地図をまとめると足早に部屋を後にするのだった。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
当摩 彰人(ia0214)
19歳・男・サ
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
綾羽(ia6653)
24歳・女・巫
天弓 ナダ(ia8261)
28歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●交渉 「くれぐれも迅速な行動をお願いしたい。後、書簡はなくさぬよう」 仕事を受けてくれた開拓者に改めて、依頼人の男が告げる。 ここはギルド近くの馬屋の中。今回の作戦には馬は必要不可欠であると判断した男が、先に来て馬を選んでいたらしい。馬屋の中でも選りすぐりの馬を人数分選出しているようだ。毛並みも面構えもどこか他の馬とは違う。しかし、天弓ナダ(ia8261)は不満のようだ。交渉役としてここで退く訳にはいかない。 「あ〜と申し訳ないが依頼主殿。できれば何頭か軍馬を用意できないだろうか?」 敬語をあまり使わない彼ではあるが、ここは一つ。彼なりの言葉で交渉に入る。 「軍馬か‥‥この馬達では駄目だと?」 「いや、そういうわけではない。しかし、危険地区も通る故、それなりの準備は必要かと」 「う〜む、しかしなぁ」 手を顎にあて、思案を始めた男を見て、ナダは一緒に来ていた綾羽(ia6653)に合図を送る。はなから簡単にいくとは思っていない。その為に事前に打合せておいた事を実行に移すことにする。 「あの‥‥この子達って本当に可愛らしくもりりしいお姿ですね。気性も穏やかですし、とてもいい子達です」 男が選び出した馬を優しく撫でながら綾羽が言う。すると、男の表情は一変した。先程までは無愛想だった男が、わずかに笑顔を見せる。 「わかるか、おぬし」 「はい、それはもう‥‥お顔が違いますもの」 にっこりと微笑んで答える綾羽に益々気をよくする男。どうやら自分の目利きを誉められ嬉しいらしい。 「あなた様がお選びになるお馬様なら間違いないと思いますが、いかんせ場所が場所。どうにかなりませんでしょうか? 素敵な軍馬さんがいてくれれば道中安全ですし」 「うむ、仕方がない‥‥なんとか手配しよう。ただし、内密にとなると三頭が限界だ、よいな」 「ええ、十分ですわ。ねぇ、天弓さん」 「あぁ、ありがたい」 二人は密かに目配せし成功を喜ぶのだった。 ●疾風の如く 馬を手にしてからの開拓者らの行動は実に早かった。 依頼を受けた直後から仲間内で隊列について打合せていた事もあり、すでに準備は整っている。他のメンバーの下に戻った二人は、すぐさま行動を開始。軍馬以外の馬には念の為、滝月玲(ia1409)の提案で布で包んだ竹を足元に巻き付け防御する――気休め程度ではあるが、無いよりはましというものである。 そして、その日のうちに出発。指示されたルートを走る。 そこは、本当に何も無い草原だった。遠くに山並みが見えるものの、木に囲まれている訳でもなく、所々腰に届く位の草が蔽い茂っているだけ。道はある程度踏み均されており、進むのに全く問題ない。大きな水溜り程度の湿地帯はあれど、少し避ければ支障はないようだ。 志士の玲と泰拳士の羅喉丸(ia0347)を先頭に、同じく泰拳士の梢飛鈴(ia0034)、中衛に馬を囲むようにして巫女の綾羽、陰陽師の四方山連徳(ia1719)、サムライのキース・グレイン(ia1248)と当摩彰人(ia0214)、後方に弓術士のナダが続く、二・一・二・二・一の隊列を崩さない。あっという間に気が付けば、目的地まで後わずかなところまで来ている。 「なにやら静か過ぎて気味が悪いでござる」 馬の上から連徳が呟く。 「まぁ、何も無いにこしたことは‥‥」 それに答えるようにキースが言いかけた、その時だった。 「前方の上空に黒い影、あれは‥‥眼突鴉かっ! 数は少ないが、降りてきそうなら迎撃頼むっ」 周りを警戒しながら走っていた玲の声が飛ぶ。 「了解した」 キースは短く返事をすると、念の為準備していたショートボウを背中から下ろし構える。しかし、眼突鴉は下りてくる気配が無い。 「帰りに襲われても困る。今のうちにしとめておく」 びゅんっ 風を切る音が空気を揺るがす。キースの矢は見事に眼突鴉を打ち抜いていた。 「おみごと」 最後方より聞こえるはナダの声。見ていたのだろう、キースの方に手を振って見せる。 そして、彼もまた弓を構えた。両手を離した状態で狙いを定め連射する。普通なら手を離すだけでも一苦労なのだが、さすがに弓術士――いとも容易くやってのける。わずか数分もしないうちにおのおの持ち寄った飛び道具によって上空の眼突鴉を殲滅、一行は目的の遺跡に辿り着き、書簡と共に事情説明を済ませるのだった。 ●長い一日 翌朝、まだ太陽が昇り始める前、開拓者達は異様な気配に気付き目を覚ます。昨日スムーズに進んだとはいえ到着した頃には月が見え始めて、技術者のいる簡易テントで休むことにしたのだ。万が一に備えて、見張りをたてて休む。そろそろ交代しようかと思ったその時だった。 「ヒヒィ〜〜〜〜ン」 馬の戦慄きに、一同ははっと視線を走らせると、そこには怪狼の群れ――馬を狙い飛び掛っている。 「しまった!」 真っ先にそれを目撃した羅喉丸が舌打ちし、馬の下へ。すでに一頭は息をしていないようだった。キースも確認に走ろうとしたが二頭目も虫の息。数頭の怪狼に取り囲まれていて安易に近づけない。近付こうとする開拓者に低いうなり声を出して、威嚇する怪狼の数は約十頭。 「もうあの馬は無理だ。残りの馬と共に動き出して下さい! 綾羽さん、連徳さんは技術者を相乗りさせて‥‥ここは俺達で食い止めます。先に出発を!! 先導はナダさんにおまかせします!」 瞬時に状況を把握して、玲が指示を出す。 「承知した」 玲の言葉に答えて、ナダは無事な馬の下に、残りは出発の準備に入る。発見が早かったのが幸いだった。 「先に出ます!」 ナダが玲に声をかけ、走り去る。 「御武運を」 「そんな犬もどき、ちゃっちゃっと片付けるアル」 「やられんなよっ」 先立つ仲間に軽く会釈を送る残りのメンバーだったが、正直なところ三対十。あまりいい状況とは言い難い。駆け出す馬達に怪狼が飛び掛る。 「させねぇ〜よ!」 羅喉丸が手にしていた長槍を振り回す。それを合図のように残りの二人もおのおの応戦を開始した。 どのくらい走っただろうか。食事も摂れぬままの出発から、早数時間が経過している。太陽で時間を確かめたいが生憎、今日は曇り空。全く時間がわからない。残してきたメンバーはまだ合流できていなかった。それだけに不安が隠せない。たいした強敵ではないのだが、油断できる相手でもない。 すると、その気分に追い討ちをかけるが如く、空が泣き出した。ぽつりぽつりと雨が開拓者達を襲う。 「少し休まねぇ〜か。これじゃあ馬も俺等も持たねぇ〜よ」 すでに徒歩と変わらない速度になっている馬の歩調――それに気付いて彰人が提案する。 「しかしここはアヤカシ危険‥‥と、アレは何だ??」 先頭を任されていたナダの目に映ったもの。それは禍々しい色の気体‥‥こんな開けた場所で、見間違うはずはない。初めはぼんやりとしていたそれが、徐々に形を形成していく。 「あれは、瘴気の塊‥‥でござる。でも、まさか‥‥こんな」 陰陽師の彼女でさえ、その現場を見るのは初めてだった。みるみるうちに形成されたそれは、身の丈十尺はあろう熊の形を成してゆく。 「ぐぉ〜〜〜〜〜〜〜〜」 実体化をし終えたソレは大きく叫んだ。その声に再び動揺が走る。 馬が暴れ出し、開拓者を振り落とさんばかりだ。 「馬さん、落ち着いて‥‥」 ぐっと手綱を引いて、技術者を落さぬように綾羽が対処を試みる。 しかし、一向に落ち着きそうにない。 「なんだよ、次から次へと‥‥わかってはいたが、ここまでひどいと涙が出そうだぜ、全く」 彰人がぼやきながらも、うまく馬から飛び降りると腰の刀を抜く。 「この状況じゃあ前には進めねぇ。あいつとやり合うしかねぇ〜みたいだし、馬が落ち着くまでいってくる」 言い終えると同時に、前方の熊に向かって走る。 「何、かっこつけてるアルか。でも、そうするしかないアルから私もいくアル」 続いて、飛鈴が飛び降り追いかける。 「綾羽殿、四方山殿、技術者の保護と馬達を頼む」 怯え切っている技術者達を見てナダは二人を残すことを決意し、自分も熊の元へと走り出す。 「うぉりゃあーーーーーー!!!」 先制攻撃をかけたのは彰人だった。地弾撃で熊の動きを牽制する。体が大きい分当りも大きいと踏んだのだが、熊は割と頑丈のようで僅かにふらついたもののあまり効果がない。 「ならば、これはどうだ!」 後方より放たれた矢がざくっという音と共に、熊の膝に命中する。 「ぐぉ〜〜〜〜」 そして響く咆哮。刺さってはいるのだが致命傷には至っていないようだ。膝に矢を刺したまま突進してくる。 「おわぁ、なんて頑丈な熊アルか!」 自分に向かってきた熊を寸での所でかわして、飛鈴は自分の拳に意識を集中。着地と同時に駆け込み、一撃を食らわす‥‥はずだった。 ずしゃっ しかしそこに残ったのは空しい水音――。 雨のせいでふん張りがきかず、ぬかるんだ地面に足を捕られたのだ。 熊が飛鈴の前で大きく手を振り翳す。 (「やばいアルっ」) 避ける時間はない。次にくるであろう衝撃に目を閉じる。 「させるかぁ〜〜〜!!」 ――と、そこに飛び込んできたのは玲、その人だった。 服はぼろぼろではあったが、大きい傷はないようだ。飛鈴と熊の間に滑り込み、泥だらけになりながらも手にしていた刀で一閃する。すると、ものの見事に胴と片足が分断されていた。さすがにもう一方の足は切り落とせなかったがそれでも切り口からは瘴気が吹き出している。 「遅くなってすまない」 残りの二人も馬から飛び降り、熊を取り囲む。 「けがは?」 「ないアル」 「よかった‥‥」 玲はそれを聞き、ほっとし脱力する。さっきはわからなかったが彼女を助ける際足を怪我したのか、僅かに血が滲んでいる。 「きみ、このまま休むよろし。今度こそあたしが仕留めてみせるアル」 すくっと拳を握って立ち上がると、飛鈴は再び気合を込める。 その間も開拓者達の攻撃は続いていた。片足を失くした熊とはいえ、相手はアヤカシ――動きは鈍ったもののまだ戦う意志はあり、闇雲に鉤爪で攻撃を仕掛けてくる。接近を試みようとすれば咆哮で押し戻す。合戦での影響がまだあるのか、いつも以上の奮戦を見せているようだ。 それに比べて、開拓者側は雨に打たれながらの戦闘――体力は思いの他消耗が激しい。それに食事を摂っていなかったことが、今更に痛い。戦いは長期戦に突入しつつあった。 「大丈夫でしょうか?」 遠くから仲間の戦いを見つめることしか出来ず、もどかしい思いを抱いている綾羽が呟く。 「そうでござるね‥‥でも、大丈夫。拙者達は拙者達の出来ることをやるでござるよ」 馬を宥めながら、連徳も気が気ではない様子だ。手にはいつでも投げられるよう符が握られている。 「四方山さん‥‥」 それを見取って、綾羽もぐっと我慢する。 信じること――それが自分にできる唯一の事。 ぐがぁ〜〜〜〜〜〜〜〜 何度目かの攻撃が入った時、熊がついに怯んだ。片足が無い状態でよくもったものだが、それも限界がある。それもそのはず、すでに片目は潰され体中に傷を負っている。開拓者側もそれなりに傷を作りながらも、持ち堪えている。 「これで最後アル!!」 飛鈴が叫び、宙を舞った。高く跳躍した彼女は熊の肩に着地すると、骨法起承拳を頭上に叩き込む。それは見事に炸裂した。地面を振るわす程の叫びを上げて、熊のアヤカシがゆっくりと倒れながら、気体へと戻ってゆく。 「やった‥‥のか」 大地に臥したままだった玲がぼやけた視界でそれを捉えていた。 ●野営 熊を倒したはしたものの、すでに開拓者達も限界を感じ早々に野営の準備に入っていた。危険地区を離脱し、近くの目に付きにくい場所にテントを張る。 「さぁ、いっぱい食べて、明日で都に帰るでござるよ。こんな場所さっさと抜け出すに限るでござる」 疲れているメンバーを気遣い、連徳が炊き出しを終え皆に出来上がった野菜汁を配る。 「いっただきまーーす‥‥って、うっ、これ辛過ぎ!!」 一口口に入れて、感想を述べたのは彰人だった。みるみるうちに顔が赤くなっていく。 「当然でござるよ。汝この後見張りでござろう。眠気覚ましに唐辛子を入れといたでござる」 「はぁ? まじかよ。これじゃあ目は覚めても体力奪われるって!」 二人の掛け合いに、一同が苦笑する。こうして、波乱の長い一日がなんとか幕を閉じたのだった。 ●任務完了、そして‥‥ 昨日とうって変わっての晴天。雲一つない空が開拓者の昨日の頑張りを賞賛しているようだ。一行は行きと同じ隊列で、都を目指した。雨でぬかるむ地面ではあったが、それにさえ気をつければなんということはない道のり。予め行きにルートを確認しておいたので、どこが湿地になっているのかも把握済み。一日目と同様快調に進む。 「見えた! 都はもう目の前だ!」 先頭の羅喉丸の言葉に、一同の目も輝く。後、少し‥‥そう思うと気持ちも軽い。 ――が、その時ナダよりも更に後方‥‥煙を放つ竹筒が一行の前に投げ込まれた。広がる煙に視界を奪われ慌てて手綱を引く。 「ご苦労だったな」 そこにはガラの悪い男達。いわゆる野盗という奴らのようだが――。 「邪魔でござる」 連徳の行動は実に速かった。 相手が馬に乗っていない人間だとわかるやいなや再び馬を走らせる。 「皆もかまっていてもしょうがないでござる。相手にしても百害あって一利なし、進むが吉でござる」 先に駆け出した連徳が、振り返りながら告げる。 「確かにな」 くすっと笑いキース他、一同次々と無視を決め込んだ。残された野盗達はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。 「とりあえず、皆無事でなにより‥‥そして、お疲れ!」 無事期限内に戻って来た一行は、依頼人から少しばかりの謝礼を貰い、労をねぎらおうと酒場に集まり杯を掲げる。仕事の後の一杯というのはやはり格別である。思い思いの表情を浮かべながら、今日を含めた三日間を振り返る。そんな彼らがまったりしている一方である人物は‥‥硬直していた。 「今‥‥なんと申された?」 目の前にいる男に大量に汗を掻きながら問い返したのは、依頼人だった男である。 「いや、だから君は無断で軍馬を持ち出したでしょ。あれが上にばれてね‥‥私用での軍馬の持ち出しは禁止だから、今月の給料はなしだってさ」 涼しい顔で対応する男とは対照的に、依頼人だった男の顔は真っ青である。 「は‥‥はぁ? 無断などではない! ちゃんと手続きは取ったぞ! もう一度確認を」 「しましたとも。理由‥‥重要な荷物の輸送だって? 何を輸送したのかも書かないで、これで通ると思うの?」 「うっ‥‥」 男は内情を話すこともできず、涙をのむしかないのであった。 完 |