【遺跡】罠師のプライド
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/26 00:05



■オープニング本文

 ここに一人の青年がいる。
 彼の名はキサイ――鈴鹿のシノビの一人である。
 けれど、彼は暗殺や偵察といった部門の担当ではない。
 代々続く彼の家系は罠を作る事に人生を捧げ、生きてきたと言っても過言ではない。
 標的となるアヤカシや人間をうまく誘い込んで、己の作った罠で仕留める。
 一見手間のかかる作業であるが、相手が大物であったり一筋縄ではいかない相手であった場合、相手の土俵より己の土俵――確実に仕留める為にはその程度の苦労は苦労に入らない。それになにより、ターゲットの後始末が楽だというのが、罠師の言い分である。
 そんな罠師の彼に一通の依頼が舞い込む。
 それは朝廷から直々に送られたものだった。

『栢山遺跡の発見により、天儀開拓の兆し有。
 しかし、遺跡深層部には未だ届かず‥‥。
 無数の道を辿れば、中に多くの罠があり、入る者を拒むばかり。
 そこで御主の力を借りたい。
 忍びの中では五本の指に入る名家の生まれの御主なら
 遺跡の罠の解除も容易いであろう。
 期待している。』

 文面を読んで、キサイの眼が鋭くなる。
 こんな山奥で、日々罠の研究だけに一生を費やす。冗談じゃない。
「先人の遺跡の罠か‥‥面白い」
 自分の作る罠と先人の仕掛けた罠――どちらが上か。
 それに、どんな仕掛けが施されているのかも興味がある。
 仕事では専ら仕掛ける専門であるが、それでも普通の者に比べれば構造は把握している分有利だ。解除するのも造作もないことだろう。
 手紙の最後には、出来るだけ深くまで進んでほしいとあったが、無理をするなとも記されており、行ける場所までで十分だとある。とにかくまずは後続の為に、道を切り開く事が目的らしい。
「久々にワクワクする仕事だぜ」
 キサイは口元を吊り上げ、微笑する。
 その笑みは、新しい玩具を手に入れた少年のようなものだった。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
華御院 鬨(ia0351
22歳・男・志
貉(ia0585
15歳・男・陰
福幸 喜寿(ia0924
20歳・女・ジ
更級 翠(ia1115
24歳・女・サ
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰


■リプレイ本文

●面影
 洞穴のような道を進んで、辿り着いたのは広い場所。
 地下都市を思わせる広さのそこには大小様々な建物が点在し、それ全てが遺跡の一部になっているのだという。そしてそれらは、明らかに人工的に造られたものだった。動物が作るには繊細にして巧妙‥‥彫刻が施されているものまである。
「これはこれは凄いな」
 キサイがそれを目の当たりにして言う。そんな彼の横に一人の少女が駆け寄り、しきりに彼の服の裾引っ張る。
「なんだ、おまえ?」
それに気付いて振り向けば、少し怯えながらも彼を見上げる大きな瞳――シノビの白蛇(ia5337)である。
「あの‥‥邪魔にならないようにしてるから‥‥キサイの力‥‥間近で見せて‥‥」
「うちからもお願いするさね」
 彼女のその言葉を後押しする様に言ったのは、彼女の事を実の妹のように慕っている志士の福幸喜寿(ia0924)だ。白蛇の頭を撫でつつ言う。
「お姉ちゃん‥‥恥ずかしい‥‥」
 白蛇が照れるのもお構いなしだ。
(「成程、いい目だ」)
 キサイは白蛇の瞳に昔の自分を見取り、快く承諾した。
 そして、他の仲間にも視線を向ける。
「ここから先何があるかわからねぇ。命がほしけりゃ全てに注意を払え‥‥俺は周りにまで気を配れねぇからな」
 念を押すようにそう言って、彼は入り口に手をかける。


●第一のトラップ
 まず、出くわしたのは長い通路だった。
 大人が二人並んで通るのがやっとのその通路は、どこまで続いているのか先が見えない。
「なんやいかにもって感じやな」
 その通路を見つめながらサムライの斉藤晃(ia3071)が呟く。
「用心に越した事はないですわ‥‥」
 そう言ってその通路の壁を見回し慎重に手を当ててみれば、そこには妙な模様が描かれており、所々に丸い窪みが存在する。
「狭い通路に、意味深な穴‥‥わくわくするさね」
「うちもなんや楽しみどすえ」
 そんな中、緊張感より好奇心が先んじているのは喜寿と志士の華御院鬨(ia0351)だ。可愛らしい容姿である閧だが、彼女ではなく彼であり女形を勤める役者な為、日頃から女装をしているのだという。そんな二人の間には、遠足に来たかのような雰囲気が流れている。
「うふふ、ここの罠とやらはどう私を楽しませてくれるのかしら」
 一方では、うっとりと自分の世界に浸るのは更級翠(ia1115)。
「おいおい、遊びじゃねぇんだぜ、まぁ面白そうだと思ったのは否定しないが」
 キサイが通路前を調べている隙に残りのメンバーがそんな話にはなを咲かせる中、少し離れた場所で一人何かこそこそしているのは、陰陽師の貉(ia0585)だった。
(「全くおめでたい奴らだぜ」)
 皆の目を盗んで、彼は通路の前に立つと符を取り出し人魂を発動――蝙蝠に姿を変え、どこまで続くか判らない通路に解き放つ。
(「‥‥‥結構なげぇな」)
 その目を借りて、先を調査すれば通路の長さはざっと見積もって百メートル。両方の壁にもずっと模様が描かれているようだ。
「穴という事はさしずめ何か吹き出てくるやろか?」
「矢ってことも考えられるんじゃねぇか?」
 喜寿の推理に意見したのは、泰拳士のブラッディ・D(ia6200)。けれど――。
「正解はお姉ちゃんの方‥‥みたい‥‥」
 一通り調査を終えて、キサイと共に戻って来た白蛇がみんなに向けて言う。
「どういうことどす?」
「こういうことだ」
 と、そういうが否や、晃が床探索の為持参した棒を引ったくり通路手前の床に振り下ろす。すると同時に、窪みからは高熱の炎が噴出し、通路を吹き抜ける。
「床にスイッチがあるのか?」
目を凝らして、突いた棒の辺りを調べれば、僅かながら浮き上がった部分が見て取れる。
「この通路‥‥この手のスイッチがずっと続いているらしいな。しかもこっち側からは解除できない仕組みだ。面倒だが安全な床に印をつけて進むんかねぇ‥‥距離はわか‥‥」
「百メートルだ」
『え?』
 キサイの言葉に被せるように答えた貉に、一同の視線が集まる。
「なんだ、驚く事じゃない‥‥調べただけだ」
 咄嗟に答えてしまった貉。動揺を仮面に隠したまま続ける。
「遊びに来た訳じゃないだろう、それくらいするさ」
 その言葉に、他のメンバーは改めて気合を入れ直すのだった。


●第二に続く道
 そして、地道な作業で通路を進む一行だったのだが、通路先に次の扉が見え始めた時、先を進んでいたキサイの動きが止まった。
「どうかしたんどすか?」
 彼の後ろをつける形で進んでいた閧が尋ねる。
「ない」
「はぁ?」
「ないんだよ、この先‥‥安全地帯が」
「なんやて?」
 その言葉に他の者も声を上げた。
 慌てて白蛇も忍眼でキサイの先を調べれば、確かにその先には落とし穴となる罠が床一面にあるようで、足場となるような場所は存在しない。念の為その先にも注意を向けるがやはり落とし穴となり、通常で行ける場所に行き場がない。
「なぁ、あれは?」
 そんな中、天井に注意を向けていたブラッディが指差す先には何かを引っ掛けるような鉤爪状のフックが見える。
「ロープならうち持ってますのやけど、使われますか?」
 差し出されたロープを‥‥しかし、キサイはそれを手に取る様子はない。
「まぁまちいな。なんかあれあからさま過ぎへんか? 落とし穴を仕掛けて落ちればそれでよし、あれに気付いて行ったはいいが、その先に本命ってこともあるかもしれんやろ?」
 考え込むキサイをフォローするように、晃が意見する。
「では、どうすればよいのでしょう‥‥?」
 隊列の中盤に位置した場所で、巫女の柊沢霞澄(ia0067)が思案する。
「成程、やるじゃねぇか」
 ――と、キサイは何か閃いたようでにやりと微笑した。
「わかったの?」
「ああ」
「で、どうす‥‥」
 そう問いかける前にキサイがまた動いていた。自分の前の床に軽く体重をかける。すると、勿論床は崩れ、穴が露になる。こういう場合の為、鬨の提案で皆の身体にはロープを巻きつけてある。落ちそうになるキサイを咄嗟に、縄を引き食い止めるメンバー。
「血迷ったか」
 そう呟く貉。けれど、キサイは至って冷静だった。
「いや、落として貰っても良かったんだぜ。結局皆降りる事になるんだからな」
 そう笑って見せて、キサイは話し始める。
 罠とは基本、かけられる側としては回避する事が前提であり、仕掛ける側もかける事を目的に設置するのであるが、そこをついてこの遺跡の罠師は裏の裏をかいたらしい。
「と言う事は、罠の下に本家ルートを隠したと‥‥」
「多分な。灯りかなんかねぇかな」
 そう言って穴を覗くと、再び貉が前に出る。
「やれやれ、あんま働かせてくれんなよ?」
 そう小言をぼやきつつも、夜光虫を出現させ穴の中を照らしながら、下へと向わせる。
 その奥には一般的にある棘やら槍やらのトラップは見つからなかった。床が見え、そこには絨毯のようなものまで敷かれている。
「キサイ、すごい。当ってる‥‥」
 白蛇が下に罠がないと見取って感心している。
「よくわかりましたなぁ。その先かもとは思わんかったんどすか?」
 先の落とし穴でも良さそうなもの。鬨が疑問に思い問う。
「まぁ、俺ならどうするか考えただけだ。罠師の勘もある‥‥」
 手前の部屋に隠し通路はなかった。
 別ルートがなかったとして、作った本人もいけないようにはしていない。どこかしらで自分に都合のいい道筋を作る。それがあのフックだった。穴より少し奥に設置する事で、奥へ向わせるものと思わせて、あれはこの穴を安全に下りる為のものに過ぎない。
「さて、じゃあいくか」
 キサイはそう言って、先に飛び降りる。腰のロープは個人からは簡単に解けるようにしてある。素早く解いて飛び込むキサイ。
「あっ、待っ‥‥」
 霞澄が声をかけたが、それは一歩遅かった。


「だから言ったのです‥‥」
 瘴索結界で穴を覗いていた彼女。微量のアヤカシ反応を感じて止めようとしたのだが、先に下りてしまわれては仕方がない。
 一行が下りた先、そこは四角い部屋だった。
 やけに天井が高く下りてきた穴がかなり小さく見える。後続はロープをあのフックにかけて下に来たのだが、どういう仕掛けか皆が下り切ったと同時に穴には塞がれ、その代わりに部屋にあった暖炉らしき場所から四匹のワニ似た形のアヤカシが出現したのである。短い足だというのに、意外と素早い動きで彼らに飛び掛ってくる。その牙は鋭く、その餌食になれば軽症では済まない。唯一あった正面の扉に向おうとするのだが、なかなか通してはもらえない。だが、そんな中歓喜に震える者もいる。
「来たわね‥‥退屈していたのよ‥‥さぁ、かかって来なさい!」
 朱刀『阿見』を抜き放ち、好戦的な微笑には狂気に近い色が浮かぶ。
「ははは、なんかすげーやる気だな、あいつ‥‥しかし、やるしかねぇか」
 ブラッディもそう言って前に出る。
「キサイはんは扉を。扉まではうちらがサポートしますさかいっ」
「おうよ、これが主な仕事やからなっ」
 キサイと白蛇を庇うように囲みながら、じわりじわりと扉へ進む。
 そんな折、白蛇は何かを感知していた。
(「この音‥‥なんだろう」)
 不思議に思って、密かに超越聴覚を使えばさらさらと流れ来る音が耳に届く。
(「部屋の左右から‥‥」)
「あれ、やばくないさね?」 
 そちらに視線向ける前に、喜寿が叫んだ。
 すると、そこには小さな窓が開き、そこから大量の砂が流れ込んできているではないか。
「どこまで用意周到なんだよ」
 その追い討ちのトラップに一同に動揺が走る。だが、彼らもプロである。各々状況を見極め、立て直す。床に砂が溜まる前にとアヤカシの殲滅にかかる。
「あはっ、まだ足りないわ。もっと私に痛みを!」
 自ら囮をかって出て、咆哮で注意を向けたと同時に多少の傷を覚悟の上で翠が刀を振るう。そんな彼女にばかり攻撃がいかないよう背拳を使い、彼女をサポート。喜寿も後方より手持ちの武器を投げて応戦している。
(「やはり、楽にはいかねぇな」)
 とりあえずキサイをサポートしつつ、貉が心中で呟く。出来るだけ彼らを利用、楽をして深層に向えればと思っていた彼であるが、次から次へと息つく暇がない。
 そんな彼らに守られながら扉に辿り着いたキサイ。焦りからか額には汗が滲み出ている。扉を触り何か探しているようだが、目当てのものが見つからないようだ。
「落ち着いて、キサイ‥‥大丈夫、お姉ちゃん達は‥‥強いから‥‥」
 白蛇の言葉にはっとさせられるキサイだった。知らぬうちに緊張していたのだと悟る。
「そうです。私が居ますからいざとなったらお助けします‥‥キサイさんは自分の仕事を全うして下さい‥‥」
 巫女である霞澄もそう言って彼を励ます。
「あぁ、そうだな」
 キサイはそう言って、再び扉に眼を向けた。


「ぐおぉぉぉぉぉ」
 砂が皆の膝上に来る頃、四体目のワニが悲鳴を上げ、瘴気へと還ってゆく。それと時を同じくして、キサイは砂のトラップの解除を終えていた。流れ落ちてくる小窓は硬く閉じられ、部屋に溜まった砂も床に予めあった排出用の穴を開放する事で、徐々に部屋から排出していく。
「お疲れさんやな」
 晃が彼を見て言う。たが、肝心の扉はまだ硬く閉ざされたままだ。
「これは? まだ開いてないんか?」
それを疑問に思って尋ねたが、キサイは答えない。けれど、彼は作業を終えているようだ。不思議に思いつつ、手をかける。がっしりした二枚の扉――しかし、そこに取っ手となるようなものはなかった。ただ、重そうな風体を皆に晒している。
「まさかと思うが‥‥押しても引いても駄目なら横にってね」

   ゴゴゴゴゴッ

 冗談半分に扉を横に引けば、みごと的中。あっさりと扉がスライドする。
「ここの作り手は人の心理を付く事が趣味らしい」
 苦笑してそう言うキサイに、彼らもふっと笑いが零れるのだった。


●第三のトラップ、そして
 その後は思いの他、ちゃちな仕掛けが続く。迷路のようになった道を進めば、進んだ先に大玉が設置されており彼らを襲って転がってくるだの、足元に張られた線を踏めば発動する矢のトラップだの。明らかに子供だましのようなケモノ向けのものまで存在した。そんな道を進んで、どのくらい経っただろう。再び扉に差し掛かる。
「この扉の向こう、また罠の気配‥‥」
 本日何度目かの忍眼を使った白蛇が言う。
 大きな怪我はしていないが、皆所々擦り傷やら切り傷が見て取れる。
「では、入る前に私が‥‥」
 そう言って、閃癒をかける霞澄――
 彼女の身体が淡く光ると同時に、皆の傷を癒していく。
「ありがとうどすえ」
 口々に彼女に感謝の言葉が向けられて――、一息ついた後扉に手をかけた。
 今度はスライドではなく、押し開く扉‥‥それをゆっくりと開けば目の前に広がるのは巨大な斧だった。部屋中に吊り下げられたそれはそれぞれ違う速度で振り子運動を繰り返している。そして、その部屋には一本の狭い道が続くのみ。一人がやっと通れるその道には勿論柵等なく、もし踏み外せばジ・エンド――下には、針山が続いており、串刺し必至である。
「こらまたえぐいなぁ」
 晃がそれを見て思わず呟く。
「あら、ゾクゾクするじゃない‥‥面白そうよ」
 そう話す彼らの後ろで、じわじわりと閉じられる扉。ゆっくりとではあるが閉まっていく。
「そうはさせまへん」
「んなこったろうと思ったよ」
 それに気付いて、鬨とブラッディが動いた。扉の手前の地面に鬨は楔を打ちつけ、ブラッディは扉の隙間に石を挟み込むことで完全な閉鎖を食い止める。それと同時に、僅かな変化が振り子に見られた。何か一瞬動きに違和感が生まれたのだ。それを見逃す彼らではない。
「何が繋がりがあるのか」
 貉がそう言って、扉と振り子を交互に見る。
「すまないが、扉を全開にしてみてくれ」
 キサイの言葉に、力のある晃とブラッディが両方の扉を押し開く。限界の所まで開くと、それは一目瞭然だった。振り子運動が止まったのだ。全ての振り子が、この扉となんらかな形で連動しているらしい。
「そのままにしておいてくれ」
 キサイはそういうと即座に扉の付け根付近や枠となる部分を調査し始める。
「つくづく面白い‥‥ずっと動かし続けるのは無駄だと思ったのかねぇ」
 作業中もそうぶつぶつ独り言う彼であったが、実に楽しそうだ。
 ものの数分で連動部を解除、振り子運動を停止させて見せる。
「もう、離しても大丈夫だ。問題ない」
 いとも容易くそう言ってのけて、一本道をゆっくりと渡り出す。
 それに白蛇が続いてゆく。
「なんか、あの二人本当のコンビみたいさね」
 後ろで喜寿がそう言いながら、今までの道筋を紙に起こして地図を作成。
 この後も出来る限りの罠を解除し進んで、彼らのおかげでぐっと遺跡調査は進展したようだった。その後もキサイは連日解除に借り出されているらしい。
 新しい儀に続く道を求めて――開門の宝珠の探査はまだ終わらないようだった。