小さな依頼人
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/24 11:28



■オープニング本文

「依頼をお願いします」
「しますです」
 声はすれど姿は見えず‥‥
 不審に思って受付から出るとそこには小さな少女と少年の姿があった。

 少女の名前は実(みのり)――通称みっちゃん、少年の名前は太郎。
 頭の両端で髪を纏めて、歩く度にそれがぴょこぴょこ揺れて可愛らしいみっちゃんは、どこか落ちつかなさげで、しきりに手元を気にしている。
 そんな彼女の横で困った顔をしているのは太郎だ。
「えぇ〜とお母さんは何処かな?」
 こんな場所に子供二人で来る訳がないと、新人の職員は保護者の姿を探す。
「おかぁさんはね、お仕事なの‥‥夜まで帰ってこない‥‥けどけどA巽ちゃがさらわれちゃって‥‥みっちゃんのせいなのぉ‥‥だからだから、助けてほしいの‥‥」
 そこまで言って、緊張の糸が切れたのか瞳に涙を浮かべ、突如泣き始める。
「たつっちがもふらさまを助けた。けど、今度は鳥にやられた‥‥」
 みっちゃんに代わって、今度は太郎が話し出す。
 けれど、今はそれ所ではなかった。
 みっちゃんの泣き声はギルド内に響き渡り、彼女に自然と視線が集まり始めていたからだ。
「あぁ〜〜泣かないでって! やだ、こう言う時どうすれば‥‥」
「どうかした?」
 まごつく彼女を見兼ねて、ベテラン職員が手を差し延べる。
 優しい物腰の青年である。
「先ぱ〜い、助けて下さ〜いよぉ〜」
 彼女の言葉ににこりと微笑むと、そっとみっちゃんの頭を撫でて二人を別室へと案内するのだった。


「わかった、ありがとね‥‥みっちゃんに太郎君。後はギルドにまかせてね」
 一通り話を聞き終えて、青年が彼女達を家に送り届け言う。
 まだ表情を曇らせたままのみっちゃん達に笑顔を返したものの、自体は割と緊急を要するものだった。


 話は、みっちゃんの大事にしていたもふらさまのぬいぐるみに始まる。
 それを空き地に忘れたことが発端だったらしい。
 すぐに気付いて取りに戻った時、そのぬいぐるみの前には野良犬がいたという。
 まだ小さいその犬はじっとそのぬいぐるみを見つめていたらしかった。それを見つけ、巽が走り出す。
 買ってもらったばかりの羽織は軽く丈夫な素材で風通しもよく、暑がりで転び癖のある巽にぴったりの一品である。
 その羽織をなびかせて近付けば、子犬は足音に驚き逃げようと駆け出す。
 しかし、そこへ巽がダイブ――ぬいぐるみと共に子犬を抱き込む。
「えへへ〜捕まえた」
 巽が満足げに笑い、振り返る。まさにその時だった――。
「巽ちゃ、危ないっ!!」
 何処から現れたのか、出現した大鷲によって巽が文字通り攫われたのだ。
 巽もろとも、子犬もぬいぐるみも全て‥‥。

 今日の昼の出来事だったらしい。
 聞き込みをすれば目撃者も多数おり、大鷲の大きさはかなりのものだったと言う。
(「そういえばここ最近、大鷲に関する目撃情報が入っていた気が‥‥」)
 アヤカシではないからと軽視していたのかもしれない。
 急いで、情報を纏めれば、かなりの数である。
「北の山か‥‥街道で商人の荷車が襲われている‥‥被害は軽いが新作の反物とは」
 他にも目を通せば、鶏、麻、布団など色々被害にあっているようだが、今回のように人間を攫ったのは初めてである。
 なぜ都に現れたのか。そして、なぜ巽を攫ったのかはわからない。
 けれど、このままでは第二の被害が出ないとも限らないし、第一巽の身に何かあっては一大事だ。
 幸い、まだ事件から時間が経っていない。早く発見できれば、助けられるはずだ。
 青年は巽の母に連絡を入れ、早急に対処しますと約束し、緊急の依頼として依頼書を作成するのだった。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
雲母坂 優羽華(ia0792
19歳・女・巫
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
ゼタル・マグスレード(ia9253
26歳・男・陰
和紗・彼方(ia9767
16歳・女・シ
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志
マリー・プラウム(ib0476
16歳・女・陰


■リプレイ本文

●調査
「布や羽毛の類ばかりだな。餌とは考えにくいが‥‥」
 都に出没した大鷲の情報を集めようと、一部は道具の準備に走り一部は都で情報収集に駆け回る。一刻を争う事態かも知れない為、迅速な対応が要求される。
 みっちゃんと話をしたというギルド職員に話を聞き、ついでに今までの被害についての資料を調べていた彼らは仮説を立てた。
 それは大鷲の目的について――情報から察するに鷲は、普通のケモノが欲するはずのない物ばかりを掻き集めているようだ。
「やはり巣作りと言うのが妥当な線か‥‥」
 手元の資料に視線を落とし、風雅哲也(ia0135)が呟く。
「あるいは陰陽師のイタズラか何かかもしれないアル。相当でかいクセにアヤカシじゃないのはミョーアル」
 そんな彼の横で言葉したのは梢・飛鈴(ia0034)だ。
 彼女の横にはあまり乗り気でない様子の彼女の相棒・人妖の狐鈴が控えている。
「別にわたいはどちらでもいいです。さっさと終わらせてお寿司が食べた‥‥」

   ぽかっ

 言葉が終わらぬうちに、飛鈴の拳が彼女を捕らえた。
「うぇ〜〜〜飛鈴、何するですか! いつもいつもぽかぽかぽかぽかと」
「アイヤ〜、いたアルか?」
 憤慨する狐鈴に悪戯な笑みを返して、平然とそんな事を呟く。
「あらまぁ仲がよろしいどすなぁ‥‥さてうちの収穫は、事件はここ一週間に起こっているらしいということどす。せやから、その前に鷲はんに何かあったと考えていいとおもうよしぃ」
 道行く人からの話を纏めて発言したのは雲母坂優羽華(ia0792)だ。
「何にしても現場に行ってみるしかないな」
 哲心がそう締めくくった所で、彼らを呼んだのは準備班――
 古着を抱えての登場は黎乃壬弥(ia3249)だ。
「いやぁ〜参ったぜ。もう着れないだろうに娘のやつが煩いのなんのって」
 苦笑しながら、どさりと集めた布切れを下ろし言う。
「これだけあれば、掛かってくれると思うだス‥‥しかし、ホントに妙だスなぁ〜。ワシが樵に入っとった山の鷲の巣ァ枯れ木やら枯れ草だスたし、ケモノでも変わると思えねェだス。そもそも今頃ァ作り終わっとる時期‥‥」
「だからそれを確めに行くんじゃない」
 話が長引きそうなのを察して、赤鈴大左衛門(ia9854)の言葉にさりげなく割って入ったのは、北の山に行った事のある商人らに聞き込みを済ませ、目撃情報を綴った地図を作成していたマリー・プラウム(ib0476)だった。
「よろしくお願いしますっ」
「ます」
 そこへぱたぱたとやってきたのは、今回の依頼人。
 いつもあるはずの腕の中にはもふらさまの姿はなく、ぎゅっと胸の前で両手を握っている。
「大丈夫、必ず巽君とぬいぐるみを取り返してくるから」
 二人の頭を軽くなてで、ぎこちなく笑ったのはゼタル・マグスレード(ia9253)。
「ボクが来たらもう大丈夫だよ。今回はにーちゃはいないけど‥‥ちゃんとぬいぐるみも取り戻してくるから、待ってて」
 以前から面識のある和紗・彼方(ia9767)も二人の前にしゃがみ、視線を合わせてにこりと笑う。
「そうだ、約束しよう」
「約束?」
 ゼタルの言葉にみっちゃんが繰り返す。そして、みっちゃんは小指を差し出した。
 それに照れつつも、ゼタルが指を絡める。
「あっ、ボクも‥‥と、そうだ! みんなで指きりしようよっ」
 彼方の言葉に、見守っていた残りのメンバーも加わって‥‥
 かくて、二人の依頼人との約束が皆の士気を上げるのだった。


●大鷲
 大鷲の目撃が確認されている北の山――。
 その上空には四体の龍――囮、偵察班のメンバーである。
 まずは大鷲が辺りにいないか空を翔る。
「この辺りで目撃されているようだが‥‥ゼピュロス、何かわからないか?」
 駿龍ゼピュロスに跨り警戒するが、そこに広がるのは澄んだ青と点在する雲。晴天とはいかないが、視界は良好だ。見渡せる範囲を何度か旋回するが、問題の鷲の姿はない。
(「出かけているのか? それとも巣の中か?」)
 無言で思考する彼に相棒が首を傾げる。
「あぁ、すまない。少し考えていた」
 ゼタルはそれに気付き相棒のタズナを引く。
「おや、ゼタルはんはあちらに向ったご様子‥‥うちらはこちらを探しまひょか?」
 そんな様子を眺めていた優羽華・倚天組は彼らとは逆の上空へと向う。 
 龍の中で速度はピカイチの駿龍であるが、こういった場合は眼下や周囲に注意が必要だから速度を落とさざるおえない。
「堪忍なぁ。鷲に会えば思い切り飛んでえぇから今は我慢どすえ」
 少し不服そうな倚天を宥めて、彼女が言う。
 けれど、こちらにも大鷲の姿はない。
 実は林のその中に一体の鷲の遺体があったのだが、針葉樹に紛れてそれは発見されず――。
 彼らは当初の計画を実行に移す。


「ほれ、宜しく頼むぜぇ」
 相棒の定國と共に、用意してた布を木の上へと引き上げれば、そこには飛鈴と狐鈴が待機している。
「本当にこれでうまくいくのですか?」
「こら、黙ってやるアル。上手いこといけば寿司食わしてやるから気張るアル」
 また拳を振り上げた飛鈴だったが、さすがの足場に手を戻す。
「あら、怖いのですか?」
 丁寧語で茶化す狐鈴に、上体を乗り出す飛鈴。
「あ〜〜お二人さんよぉ。いい加減、布‥‥受け取ってもらえねぇか?」
 苦笑しながら見守っていた壬弥だが、その場を維持して飛び続けるのも楽ではない。定國の様子を見取って声をかける。
「どうかしただスか?」
 そんな上のメンバーの様子が気になり、上がってきたのは大左衛門・田吾作組だ。田吾作の性格からか、いやに浮上に時間がかかっていたようだが彼らは別段気にした様子はない。
「下のもんが心配してるだス」
 その言葉に視線を落とせば、そこには彼らを見上げる仲間達――救出・警戒班だ。彼方・天舞組、マリー・鉄閃組そして、哲心・極光牙組。それぞれ個性の強いぺアばかりである。彼方の天舞は老齢ながら黒い翼は強靭で硬いが、性格は気さく‥‥彼女の世話をまかされている手前面倒見がいい。マリーの鉄閃は温厚ではあるが、一度戦闘を始めれば勇猛果敢に立ち向かう黄金の髭を持つ甲龍。哲心の極光牙に至っては、その容姿は白騎士そのもの。洋風の甲冑に身を包み、マリーの鉄閃同じく多少の事には動じないタイプなのだ。
「あぁ、わりぃな。大したことねぇから‥‥」
 そう言って、壬弥が布を預ける。
 ここは大鷲の縄張りと目される地帯――
 まだ鷲が布を欲しているのならば、奴は必ず現れる。彼らはそう信じてじっと鷲の登場を待つ。飛鈴が狐鈴を支え、狐鈴は手にした布を振り回す。
 そして――、日が沈みかけた頃奴が姿を現した。


「来たみたいだぜ」
 壬弥の目がそれを捕らえていた。まだ遥か先ではあったが、夕日を背に浮かび上がったシルエットに皆息を呑む。その大きさは龍と同等――優雅に翼を羽ばたかせ、一直線に向ってくる。
「あわわわっ、気をつけるアル」
 その姿を見取って、狐鈴に呼びかける。布ごと持っていかれてはミイラ取りがミイラになってしまう。手を止めて、待ち構える二人。
「あれが例の」
「すごい大きさ」
「ワシもびっくりだス」
 飛び来る鷲に感嘆の声――そんな彼らに見向きもせず、鷲は彼らの餌に食いついた。
 布直前で両足を突き出し、しっかりそれを捕らえて羽ばたき数回。踵を返す。
「よし、追うぞ」
 巣に戻るであろうその鷲を見逃さぬように、待機していた面子が一定の距離を置いて尾行を開始する。
「待ってほしいアル〜〜」
 唯一龍持ちでない飛鈴組に助け船。救出班の二人が相棒にロープを持たせ、彼女らをそれに捕まらせる。
「しっかり捕まっててね」
 マリーがそう言って、龍の速度を上げた。


●巣の在処
 大鷲の巣――それは北の山の最奥の岩肌がむき出しになった断崖の裂け目にあった。
 鷲というのは一般的に木の上や崖の横穴に巣作りするのだが、極稀にこういった亀裂部にも巣を構える事がある。それは、天敵から子を守るのに最適であるからだ。だが、そうそうそんな恵まれた場所が見つかる事はない。それを達成しているのだから、この大鷲は幸運に思える。
「無事のようですわ」
 巣の所在が明らかになったが、巣には今先程の鷲がいる。マリーが人魂を飛ばして、中の様子を伺う。そこにいたのは、無事な姿の巽と子犬。それを聞いた一同がほっと肩を降ろす。
「今は巽君、眠っているようです。もふらさまのぬいぐるみを抱える形で‥‥子犬もその後ろに隠れているみたい。後‥‥巣には大鷲一匹みたいですわ」
 栗鼠の形態と取らせて、巣穴の様子をくまなくチェックする。
「持ち去られたと思しき反物も沢山あります‥‥凄い数だわ。一体何のために‥‥って、あれは‥‥あっ!」
「どうしたの?」
 突然の声に彼方が尋ねる。
「御免なさい、気付かれたみたいで‥‥何か布の下に見えたのだけど」
「そっか、でも巽君が無事でよかったよ。今日はもう暗いし、明日鷲が出てったら救出に向おう」
「そうだな、今動いても夜戦ではこっちが不利だ。夜明けを待とう」
 一同異論はないらしく、その晩は野宿をし夜明けを待つのだった。


●救出
 鷲が飛び立つのを見届けて、彼らは各々配置につく。
 昨日同様、囮班は鷲を尾行し、巣に戻る気配があれば時間稼ぎに出る。
 そして、救出班は早々に巣穴への侵入を試みる。隙間と言っても、龍程あるあの大鷲が入れる程のものであるから、人間は造作もない。引き上げの為マリーは上に残り、天舞も万が一の為待機。飛鈴組もそこで辺りを警戒する。
 そして、下には彼方一人が向った。シノビであるから、この程度の傾斜はなんてことはない。数分もしないうちにロープ片手に巣穴に到着し、来た道を見上げる。そこには心配そうに覗き込む相棒の姿があり、思わず彼方は苦笑した。
(「本当に心配性だなぁ〜、天舞は」)
 そんな事を思いつつ、更に上を見れば哲心と大左衛門も相棒と共に上空を旋回し、いざという時に備えている。
(「よし、急がなきゃねっ」)
 彼方はそう言い聞かせて、振り向けばそこに巽の姿があった。
 羽織は脱いでしまったのか着ていないようだが、ぬいぐるみは抱えたままだ。
「巽君、助けに来たよぉ〜」
 驚いたように見つめる巽に駆け寄って、ぎゅっと抱きしめれば巽の瞳にじわりと涙が浮かぶ。
「大丈夫? 巽君、怪我してない? 怖かったよねっ」
 そう優しく告げると、巽は嗚咽を堪えながら言葉を返す。
「べつに‥‥怖くなんて‥‥なかったぜ‥‥」
 けれど、それは強がりで――震える肩がそれを物語っている。
「そだね、巽君強いもんね。さぁ、早くみんなの所に帰ろう」
 抱きしめる腕を緩めて、顔を見れば慌てて涙を拭う巽である。
「マリー、巽君確保したから引き上げよろしくっ」
 さっき下りてきた崖には彼方が下り切ったと同時に、持参した大き目の籠が下ろされている。それに巽や子犬を乗せて引き上げようという考えなのだ。奪われた反物も出来る限り回収したい。何回かに分ける必要があるかもしれないが、龍にも限界があるから仕方が無い。
「大左衛門さんもお手伝い頂けるかしらっ」
 上で待機している彼にも呼びかけて、マリーも騎乗。鉄閃の上に乗り浮上する。
ゆっくりと息を合わせて浮上すれば籠はみるみるうちに天舞のいる場所へと上がってくる。引っ張ってもよいのだが、万が一岩肌でロープが切れてはと、この方法にしたのだ。それに、この方が安定感がある為、巽を怖がらせないで済む。飛鈴が合図を送りながら慎重な作業が続く。
「おぉ! すげぇ〜本物だぁ」
 天舞に近付くに連れ、巽のテンションは上がりさっきの涙が嘘のようだった。そんな彼に近付いて首を伸ばし、巽にこっちへ来いと促せば巽も汲み取って天舞の側へ向う。
「次は反物ね‥‥降ろすわよぉ〜〜」
 巽が下りたのを確認し、再び籠を下ろすマリーの声に、彼方がハッとする。
「どうかした?」
 遠目でその様子を見取って、マリーが問う。
「あっ、うん‥‥ここの布‥‥もう使えそうにないのは残しておいてもいいかなぁ?」
「えっ、えぇ‥‥使えないなら構わないと思うけど」
「そうか、よかった」
 彼方はそう言うと、まだ真新しい反物や布団を籠にのせ始める。
(「何かあったのかしら?」)
 疑問に思いながらも作業は続く。
「どう思う、鉄ちゃん?」
 その問いに相棒は答えない。
「やっぱり判らないわよねぇ〜」
そんな横で大左衛門は、心眼を発動させていた。
 昨日の報告では一匹しかいないという事だったが、今日も同じであるとは限らない。
「こういう事は何度も確認すのに限るだス」
 意識を集中させ、近辺を探索。
 すると、彼らの丁度下――彼方の辺りに生物反応が確認できる。
(「これはなんだスか?」)
 不審思った大左衛門だったが、彼方の様子から害はないと判断して、こちらも作業に集中するのだった。


 その頃、囮班は‥‥奮戦していた。
 何をどう奮戦していたのかという鷲から街道の幌馬車を守る為である。
 別に警護の依頼を受けた訳ではないが、鷲の狙いが街道に向けられ、その先には幌馬車があったのを見取って、ターゲットはそれなのだと判断出来た彼らは、みすみすそれを見逃す訳にはいかない。
 滑空を始めかけた大鷲の前に飛び出したのは優羽華だった。
 炎で牽制を試みようとしたがラグが出来る為、それを諦め進路を邪魔するように突撃をかければ大鷲は邪魔者排除に意欲をみせる。
「こっちどすえぇ〜」
 半ば挑発するように彼女が言う。
「そうだぜ、おまえの相手は俺らがしてやらぁ」
 その横を通り抜けて、壬弥もそれに加わる。
 彼の武器には昨日の残りの端切れが結ばれており、それを見るや否や鷲の目がきらりと輝く。
「お、食いついたな‥‥こりゃ」
 にやりと笑って、壬弥が定國と共に翔ける。
 まだ、下を行く幌馬車は見えなくなる位置ではない。いつ、またそちらに興味をしめさんとも限らないのだ。
「さぁ、少し遊んで頂きましょう」
 ゼタルもそう言って、戦線に加わる。三対一‥‥結果は明らかだった。
 大鷲といえど、龍と開拓者相手には荷が重すぎる。執拗に壬弥の布を狙っていた大鷲だったが、無理だと悟ったのかいきなり進路を変更し、三体の龍に背を向け駆け抜ける。疲労しているはずなのだが、その速度は尋常ではない。
 そして、その方角は巣穴のある方向で‥‥。
「いけないっ! 追います!!」
 それをいち早く察知したゼタルがスピードを上げた。けれど、どうしてか追いつけない。


「おいっ! まだか!!」
 上空待機していた哲也の目が鷲捕らえて、下のメンバーに声をかける。
 けれど、まだ時間がかかりそうだ。思いの他、布類が多いらしい。
「もう、少しなんだけど‥‥どうしたの?」
「戻ってくるんだ、奴が」
『ええっ!!』
 作業している仲間が声を上げる。その間にもぐんぐん鷲は接近。その後ろにはゼタルがいるようだが、回り込むことはままならない。
「仕方ない!食い止めるぞ!! 極光牙、硬質化!!」
「ぐおぉぉぉ」
 巣へと猛スピードで向ってくる大鷲に真っ向から立ち向かい、哲也と極光牙が鷲を体ごと受け止め、横へ払う。そこへ、
「食らえ、呪縛符!!」
 ゼタルの符が鷲を捕らえた。
 自由を奪われた大鷲は下へと落下。さっきの戦闘で疲れていたのだろう。それを交わせず、着地も上手くできずに巣穴のある崖の上に肢体叩きつける形となる。地面に轟音を響かせて、土煙を上げる。そして、大鷲は意識を手放したようだった。
 その間に残りの回収終え、一行の目的は完了する。


「おまたせっ、後は帰るだけだね」
 巣穴から戻って来た彼方が集まっている皆に向けて言う。
「ん? まだ残っているようだが」
「あぁ、あれはいいんだ。必要そうだから」
 巣穴に残ったボロ布を見つめ、彼方が言う。
「さて、どうする? あの大鷲‥‥まだ息はあるようだが」
 横目で鷲の方を見取って、今度は哲心。
「殺さないで」
『え?』
 その問いに答えたのは、意外にも巽だった。
「あいつ、お父さんなんだ。必死なんだ」
 どう言っていいか判らないようで、わたわたしながら説明する。
「どういうことどすか?」
 そう優羽華が尋ねた時、一同に届いた甲高い声――。それが答えだった。

「ぴぃーぴぃーぴぃー」
 
 声を辿ればそれは巣穴の中からの元気の良い雛の声。
「やったぁ〜、かえったんだぁ!!」
 それに喜んで巽が巣穴の方を覗き込む。
 距離はあるものの、そこには確かに雛の姿がある。声に気付いて親鷲も目を覚まし、巣穴へと戻ってゆく。
「和紗さぁ、卵の数いくつだっただスか?」
「一個だけだけど? どうして?」
「なら、問題ないだス」
 彼方の疑問に答えず、一人納得する大左衛門であった。


●真相
「はいっ、これで元通りよっ」
「おねいちゃん、すっごぉ〜い」
 無事救出を成功させて連れ帰ったもふらさまだったが、巣の中は汚れており所々解れていた為、マリーが修繕をかって出る。彼女、実は雑貨屋に勤めておりこの手の作業はお手のものなのである。けれど、それを知らないみっちゃんはすいすいと直していくマリーを見つめ、まるで魔法にかけられた様に驚いている。
「大事にしてあげてね。今度は忘れちゃ嫌もふよ〜」
 みっちゃんに手渡す際に言葉を添えて返せば、彼女は自分の失態に頬を赤らめつつもこくりと頷く。
 ここは事件の発端となった空き地――すぐにでも母の元に泣きついて行くかと思いきや、巽はどうしても先に二人に会いたいと言い出し、開拓者らを半ば強引にここへと案内したのである。
 割と広さのある空き地だった為、龍がいても狭くは感じられない。一応、ギルドの許可は得て借り出しているし、主人が同行している為問題はないらしい。
「しかし、よく食われなかったなぁ〜雛が孵っていなかったとはいえ、あの鷲にとっては餌同然だったろうに‥‥」
 子供達のはしゃぐ様子を眺めながら話す壬弥。
 それを聞いていたのか太郎が答える。
「それはたぶんもふらさまがいたからだ」
「なぬ?」
 突拍子もない発言に思わず目を丸くする。
「母ちゃん言ってた。もふらさまは神様だって。だからたつっちをまもってくれたんだ」
「そんなまさか‥‥」
 その言葉に苦笑する壬弥に、
「いや、あながち間違ってねぇかもしれないだス」
 ――と、それを真面目に受け取ったのは大左衛門だ。
「どういうことだ?」
 いぶかしんで問う哲心に、彼が記憶を辿り話し出す。
「たしかぁ、米蔵にもふらさまの人形おいてたらァ、ねずみが寄り付かなくなったぁてぇ話を聞いた事があった気がするだス」
「ほう、しかし鷲と鼠は違うと思うが」
「まっ、なんにしても無事でよかったよ」
 巽の羽織の修繕も終えて、巽に着せているマリーを見ながら、彼方が言う。
 そして、直ったばかりの羽織を羽織って天舞の背に乗りはしゃぐ巽。どうやら、二人は仲良くなったらしかった。天舞も嫌がる様子もなく、巽をあしらっている。元々子供は好きなようだ。それは田吾作も同じなようで、太郎が尻尾に触れようが背に登ろうが、のんびり構えている。
「ほんまに‥‥よろしゅうおした。あの鷲、雄だったらしいですのに、育児熱心なこと。感心どすわぁ」
「つがいの雌はどうしていなかったのかな?」
 ふと疑問に思い、誰にともなく言う。
「さぁ、そればかりはわからないアル。けど、多分二匹は仲良かったと思うアル‥‥でないと、あそこまで必死に卵を孵そうとしないアル。な、狐鈴?」
 そう言って話を振ったのだが、肝心の狐鈴は目の前の寿司に夢中だ。
 そんな彼女にやはり一発。それを見て、皆が笑う。
 鷲の子育ては普通雌が行うものなのだが、雌のいないあの巣では代わりにあの雄が世話をしていたらしい。どうして、雌がいなかったのかはわからないが、無事生まれた雛を甲斐甲斐しく育てているはずだ。残してきた布を役立てて――。
 そして、この事件後あの大鷲が都に現れる事はなかったという。