【鍋蓋】逃亡者新海明朝
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/01 03:57



■オープニング本文

   がこんっ

 徐に投げ込まれた鍋蓋が床を跳ねる。
 その音の気付いて身を起こすと、そこには白紙の紙が貼り付けられた鍋蓋が一枚転がっている。
「新海さん?」
 それを見て男は呟いた。
 外では慌しく響く重い靴音――それはこの都の警備隊のものである。

「今、不審者が来なかったか!」

 問答無用で玄関を開けようとする警備隊に男は慌てて、その蓋を隠す。
(「絶対これは新海さんからのもんだ…渡す訳にはいかねぇ」)
 床に落ちた鍋蓋を即座に拾い上げると、男はそれを布団に押し込み戸を開けた。
「一体、何か?」
 時間はまだ深夜を過ぎたばかり‥‥普通なら皆眠っている時間だ。
「現在、指名手配中の犯人を追っていてなっ。今こちらに逃げる人影があったとの事で見回っている。不審者は見なかったか?」
「さぁ? ぐっすりと寝てたもんで‥‥」
「そうか‥‥何かあったらすぐに連絡しろ。いいな」
 不躾な物言いでそう言うと、警備隊はまた次の家へと聞き込みに移っていく。
(「しっかし、旦那‥‥どうしちまったんだ。全く‥‥」)
 鍛冶屋の男は無言で戸を締め、一人ごちる。
 戸の隙間から見える向かいの壁には、手配書が貼られていた。
 そしてそれは‥‥彼の友人・新海明朝を指すものだった。


 話は遡る事二日前――
 二人がいつものように通りを歩いていた時の事だった。
「逃げて! 新海さんっ!!」
 血相を変えて、走ってきたのはギルドの支給品窓口の女性である。
「どっ、どうしたさねっ?」
 それに驚いて問いかけると、彼女は矢継ぎ早に話し始める。
「今ね‥‥ギルドの方に新海さんっぽい風体の人を探してるって役人がやって来て、名前をうっかり教えちゃったの。そしたら、その役人はあなたを逮捕するっていうし‥‥殺人窃盗の容疑がかかってるって‥‥新海さんそんなことする訳ないし‥‥けど、相手は信じなくて‥‥」
「案内ご苦労」
 ――と、必死で訴える彼女の後ろ‥‥
 いつの間にか、つけて来ていたのだろう。役人らしい男が三人の前に姿を現す。
「あんた、誰さね?」
 怪訝な顔で問う新海に、
「私か‥‥私は隣町の警備隊の隊長をしている者だ。
 うむ、確かに‥‥腰に鍋蓋、快活そうな見た目二十代の男‥‥見事に当たりだな」
 男は一人納得すると、ばっと手を上げ後方に控えていた部下に合図を送る。
「ちょっちょっ待つさねっ!! 俺は何もしてないさねっ!」
 そして、縄をかけようとする部下達。
「新海明朝‥‥いや、怪盗アツベバン! 大人しくお縄につけっ!!」
『はぁ??』
 意味が判らず、すっとんきょな声を出す鍛冶屋と新海。
「ATUBEBAN‥‥異国後表記に直して後ろから読めば『ナベブタ』になるんだって‥‥」
「あぁ‥‥‥って、納得してる場合じゃないさねっ!!」
 縄をかけようとする男達を跳ね除け、後退する三人。
「現場にはおまえが考案したと聞く鍋蓋苦無とやらも落ちていた。証言に基づく容姿も一致。おまえ以外に考えられないだろう」
「そんな‥‥人違いさね‥‥」
 決めてかかった物言いに、戸惑う新海である。
「じゃあ昨日の晩、何をしていた? アリバイがあるなら聞こうではないか」
 男の言葉に新海の表情は重かった。
「旦那、ばしっと言ってやって下さいよ!」
 そう言った鍛冶屋だが、動こうとしない新海に僅かな不安が過ぎる。
「新海さん?」
 支給員の彼女も声をかけるが――

「‥‥駄目さね。それだけは言えないさぁ!!!!!!!!!」

 何を隠しているのか。そう叫び出し、新海はあろう事かその場を離脱する。

「言えないけど、俺はやってないさね!!」

 こうして、彼の逃走劇は始まる。


 そして、今日はあれから一週間が経っていた。
「どこにいるんだ、新海さん‥‥」
 鍛冶屋は残された鍋蓋を握り締め、そう呟くのだった。


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
樹(ia0539
21歳・男・巫
剣桜花(ia1851
18歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
仇湖・魚慈(ia4810
28歳・男・騎
秋月 紅夜(ia8314
16歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔


■リプレイ本文

●接触

『新海明朝、指名手配につき見つけ次第通報すべし』

 都中に張られたポスターを横目に剣桜花(ia1851)と樹(ia0539)が道を急ぐ。
 新海の保護を秘密裏に頼まれた一行は、ギルドで打ち合わせを済ませ即座に行動に入る。まず目指すは鍛冶屋の元。彼の家には、新海が残した鍋蓋があり、それが彼の居場所を示すらしいのだが、白紙の紙だけと手掛かりが少なく、何処なのか全く見当がつかない。しかし、じっとしていられず、まずは現物をと彼の元へ向う。

「あの方ですわ」

 何度か会っている桜花が工房で働く彼を見つけ、歩み寄る。それに続いて、樹も鍋を片手に接近――さり気無く人の少ない方へと誘導する。
「同志。我々は同志指導者新海の救出を断行せねばならないと考えている。ついては同志の協力を得たい。具体的には明日正午、開拓者ギルドに出頭して欲しい」
 周りには聞えないような声でそう言って、同行者の樹を促す。
「詳しい場所はこちらに」
 ぼろぼろの鍋を手渡す際に小さなメモを握らせる樹。
「例の鍋蓋もその時に」
「では、明日までにお願いしますね」
 表向き普通の依頼を装って、二人の今日の任務は完了した。


 一方その頃、残りの面子は今後の動きについて計画を立てていた。
 警備隊は毎日都を巡回、場所がわかったとしてもそこまで怪しまれず行けるかが問題である。

「私が壁役を」

 冷静にそう言ったのは、仇湖・魚慈(ia4810)だった。
 対人戦では攻撃放棄の姿勢をとる彼には、ある意味適役と言える。

「じゃあ俺は囮をやるぜっ。とんと頭を使うのは苦手だしな、それに俺にはこれもがある」

 二箇所に穴の開いた鍋蓋を取り出して自慢げに笑うルオウ(ia2445)。

「それは?」
「これかっ! これは知る人ぞ知る鍋蓋仮面の変身アイテムだ!」

 誇らしげに言い切った彼であるが、ぴんとこない水鏡絵梨乃(ia0191)。言葉が続かない。

「では、私は道を塞ぐ手助けを」

 優雅な所作で微笑んでジークリンデ(ib0258)が言う。

「まぁ、そうならないのが一番だがな」
「全くですね」

 付け加えるようにそう言ったのは秋月紅夜(ia8314)と和奏(ia8807)だ。

「何にしても行き詰まり。現物を待つしかないか」

 頭の中で考えてもまとまらない一行は、明日に望みを託す。
 鍛冶屋の協力があれば何か進展するかもしれない。そんな希望を胸に一旦解散。

「あっ、お待たせしました。行きましょうか」

 和奏はその後、樹と連絡を取り酒場に足を向けるのだった。


「ここ、よろしいですか?」
 都の酒場の一角で昼間見かけた警備隊の一人を発見し、二人が近付く。
 彼らの目的は怪盗についての情報収集だ。
「ん、あぁ構わない」
 そんな事も知らずに、男はあっさりと二人を受け入れた。
 連日の巡回でかなり参っているようだ。
「毎日ご苦労様ですね。奢りますよ」
 二人は彼を挟む形で座り、酒を注文――男の杯を満たす。
「働き過ぎはよくないですよ」
「自分も何かお手伝い出来たらいいのですが」
 そう言って話し始めて数時間――。
 男の杯に切れることなく酒を注ぎ足していけば、徐々に彼の顔が赤らみ酔いが彼を支配してゆく。
「あの、怪盗アツベバンってどのような方なんですか?」
 和奏の問いに、実に男はあっさりと詳細を話し始めているのだった。



●頼みの鍛冶屋は

「おまえ達、一体何をしている?」

 個室の相談室を借りて、中に入ろうとしていた彼らを呼び止めたのは、紛れもなくあの隊長だった。鍛冶屋をつけていたのか、計ったようなタイミングである。彼は一般人――気付けなかったのかもしれない。

「何か御用でしょうか?」
「ああ、大有りだ。そこにいる男は現在指名手配中の容疑者の知り合いだ。念の為、家宅捜索させて頂く事になった…渡して頂こうか」

 丁寧ではあるがどこか棘のある物言いで男がそう言うと、控えていた部下がさっと鍛冶屋を挟む形で連行にかかる。

「ちょっちょっと待ちなさいよ。この人は今私達と話を‥‥」
「何の話だ?」

 知ってか知らずか、曖昧な態度で止めに入った絵梨乃を興味深げに見つめる。

「まさかと思うが、おまえ達の中に新海明朝と共に仕事をした経験のある者はいるのか?」

 明らかに疑ってかかっていた。聞き方に嫌な空気を帯びている。

「それがどうかしましたか? 開拓者同士、一〜二度は顔を合わせていることもあるかと思いますが」

 答えようが答えなかろうが、綻びを探すつもりなのだろう隊長に、うまく切り返したのは和奏である。
「そうですわ。私はこの方に鍋の修理を依頼しただけですのに」
 心外だと言わんばかりの素振りで桜花も話をすり替えに入る。
 机に置いたままの鍋を差し出してみせる。
 所々年季が入っている事から使用済みである事は明らかだ。ご丁寧に、鍋蓋もセットされている。
「ほう‥‥まぁいい。では、用件は済んでいるようだし、連れて行っても構わないな」
 引き止めれば疑われる‥‥その問いに皆は同意するしか他なかった。



●解読の糸口は

「さて、これが問題の鍋蓋か」

 鍛冶屋の男を呼び出したまではよかったが、警備隊に連れ去られてしまった打撃は大きい。彼を頼りにしていた者はすでに八方塞がりである。

「あんたならきっとわかるはずさね‥‥かぁ」

 鍋蓋の淵に残されたメッセージ。

「さっきの話からするに鍛冶屋も心当たりがないようだったな」

 警備隊が来るまでの僅か数分間――
 彼と話したメンバーだったが、結局彼は何も突き止められてはいないらしい。

「HAKUSI‥‥KAJIYA‥‥あい? う〜ん、読めない」

 アツベバン方式で解読を試みようとした絵梨乃だったが、言葉に詰り思案する。

「むむむ、同志でありながら情けないですわっ」

 鍋蓋による世界革命‥‥今回はそういう設定らしい――桜花が嘆く。

「自分の考えもハズレみたいです」

 はぁと困ったように溜息をついたのは和奏だ。物品のイメージから鍋蓋は支給品、板に紙で掲示板と連想。その二つが示す先がここギルドと予想した彼だったが、さすがにこんな目立つ場所のはずがない。

「白紙は八九四。何かの番地とかかしら?」

 それぞれの思考が絡み合う中、観点を変えたのは魚慈だった。

「皆さん言葉に拘っているようですが、コレ自体に何かあるのでは? 例えば、この紙を上から擦ったら何かが浮き出てくるとか?」
「あぁ、成程」
「確かに一理あるな」
 
 相槌を打った樹に紅夜が続く。

「鍋蓋に紙とくれば灰汁取り。灰汁を取ってみるというのはどうだ?」
「いいですねぇ〜それ」

 突然の提案に魚慈が同意する。

「あの〜それはちょっと‥‥」
「あぁ、冗談だ。間に受けるな‥‥ってそこ、準備しない!」

 鍋を片手に出て行こうとしたルオウと魚慈を止め、こっちへ促す。
 魚慈はただボケに乗っただけの様だが、ルオウは本気だった様だ。

「徹底分析‥‥もう、これしかないだろう」

 そう言って紙を鍋蓋から剥がしにかかる。四隅を米粒でつけていただけのようで、思いの他簡単に剥ぎ取れる。紙の方は少しよれているようだった。表面が僅かに波打っている。鍋蓋の方は特に問題なさげだ。

「ん? なんだろう‥‥この香り」

 鼻先に近付いた紙に敏感に反応し絵梨乃が呟く。
 その言葉に慌てて、皆意識を集中する。

「ん〜〜これは、みかん?」
「蜜柑だと? なぜそんな‥‥まさか!」
「どうしたのですか? 紅夜さん?」

何か思い当たったらしい紅夜がばたばた動き出す。

「どういうことです?」
「炙り出しだ! 柑橘系の汁を使って書けば見えない文字が書ける。鍛冶屋は火事や‥‥つまり火だ!!」
「あぁ、そういうことか」
 種を明かせば簡単な事――けれど、その発想に至らなかったメンバーである。
 早速試す為にギルドの許可を得て、蝋燭とバケツを持ち込み火をつける。
 それに紙を翳せば、じわじわと文字が浮かび上がってくる。

『河原の小屋』

 この都に河は一箇所しかない。

「よし、急ぐ‥‥」
「号外〜号外〜〜!! 指名手配犯が捕まったぞ〜〜!!」

 それが判明した直後の事だった。外の様子が騒がしくなり、その内容に愕然とする。

「くそっ、遅かったか!」
「とりあえず急ぎましょう。指導者新海の元に」

 桜花の一声に一同駆け出すのだった。


●最後の手段
 河原を見つめる人だかり――新海を取り囲む形で進む警備隊。事態は最悪だった。
 このままでは、依頼は失敗‥‥新海は犯罪者にされてしまう。
 彼らは、やむなく発見された時用に用意していた作戦を実行に移す。

「キャ――、何あの人っ!?」

 野次馬に紛れて叫ぶは、女性陣。その声に人々に動揺が走る。

「何事だ!!」

 警備隊のその声に、屋根の上の影が応えた。

「ふははははは、能無しの役人どもよ、よく聞け‥‥俺が怪盗アツベバンだっ!! 」

 和奏と樹が昨日の晩、巡回班の男から得た情報を元に、それらしく変装したルオウが高らかに宣言する。ただ、身長がいかんせ足りないので、接近は禁物。顔にはあの鍋蓋仮面を装備している。

「なっ何なんだっ? そこの兄さんは怪盗じゃないのか?」
「うそぉ〜誤認逮捕?? 怖ぁ〜い」

 集まっていた野次馬が口々に思った事を発する。誤認逮捕と聞いては警備隊も黙っていられない。そんな混乱を待っていた彼らは空かさず、次の一手を打つ。千鳥足で酔っ払いを装い絵梨乃が警備隊に接近。既に隊列は乱れ始めている。魚慈も彼女を支える振りをしながら近付ゆく。そして、

「新海さん、あっちの路地逃げ込んで」

 彼の耳元に囁いて、さり気無く彼を縛る縄を解けば、察したようで新海が頷き、走り出す。ここはその路地と今歩いていた道の二本しか道はない。

「あっ、こら待て」
「ええ〜〜何ですかぁ〜」

 逃げ出した新海を追おうとした警備隊だったが、彼女得意の酔拳の動きと野次馬の波に阻まれ思うように進めない。

「くそっ、なんてことだ!!」
「あぁ〜〜すいません、すいませんねぇ」

 そんな彼女をフォローするように、魚慈も自然を装いつつ彼らの進行を阻んで、新海がジークリンデの待つ場所へ辿り着くのを見届ける。そして、それが完了するとすぐさまその場から離脱していく。そしてダメ押しの一手。

「ストーンウォール!」

 ジークリンデの魔術で細い路地の真ん中に石の壁を作り出せば、時間稼ぎには十分な効果を発揮する。

「遅い、遅すぎるぜ! 警備隊って奴はよぉ〜〜」

 上では頃合を見計らいつつ、ルオウが派手に存在をアピールした後、持ち前の隼人を使って警備隊の翻弄し逃走する。

「よく戻ったな、指導者よ」
「お疲れ様です」

 桜花と和奏の声に迎えられて、新海が疲れながらも笑顔を見せる。
 かくて、とりあえず彼の救出は成功するのだった。


●怪盗の正体

「もう駄目かと思ったさね‥‥」

 一息ついて、ここは都より少し離れた森の中――
 警備隊からうまく逃れた一行は、辺りを警戒しつつ彼を囲む。樹が持参した握り飯を齧りつつ、落ち着いた新海は先程よりずっと顔色がよくなって見える。

「一体どうして見つかった? もう少しで我慢していれば」

 ここまで大事にはならなかったのにと思う紅夜である。

「仕方なかったさね‥‥もう三日も寝てなかったし、注意力も落ちてたみたいさぁ」

 逃走から一週間を越えて、新海の顔をよく見れば目の下には深いクマが刻まれており、それがいかに過酷だったかを物語っている。

「しかし、‥‥お食事はどうされてたんですか?」

 和奏の素朴な質問――蜜柑の調達も気になる所である。

「それは‥‥後からお返しにいかないといけないさね‥‥」

 言い辛そうに言う新海に、一同に浮かぶ疑問。

「一体何をしたんだ?」

 皆を代表してルオウが尋ねると、

「仕方なかったさねぇ〜〜盗んだら本当に犯罪者になってしまうさぁ。だから、お地蔵さんのお供え物を」
「あぁ、それもどうかと思いますが‥‥お辛い思いをされたのですね。さぁまだまだあります。好きなだけどうぞ」
「ありがとうさねっ。あんたいい奴さぁ」

 樹の差し出した握り飯をもう一つ掴み、にこりと笑う。

「ところで、なぜ鍋蓋を? アレに貼っていたものだから色々深読みしたじゃないですか」

 単純過ぎた答えに文句の一つも言ってやろうと、和奏が問う。

「ん? それはゴミだと思われたら困るからさね。それに紙だけじゃ風で飛んでいくかもしれないさぁ」
「はぁ〜真面目に考えた自分が馬鹿らしくなってきた」

 鍋蓋自体に深い意味はなかったのだと知り、苦笑するメンバーである。よくよく考えれば、逃走中の身で出来る事などたかがしれている。

「我らが指導者は単純だという事を忘れていましたわ」

 桜花もぼそりとそう呟いている。

「ところで新海、一番聞きたいのはそこではない。なぜ逃げたんだ‥‥事件があった夜、おまえは何をしていた?」

 鍛冶屋の男の不審を呼んだ行動、彼の逃走劇が始まったきっかけの部分――。
「‥‥それは‥‥順を追って話していくさね」
 新海はそう言ってぽつりぽつりと話し始めた。


 事件当日――新海の家に届いた一通の手紙。それは鍛冶屋のものだったらしい。
 新しい鍋蓋武器が出来たから見てほしい‥‥指定時間が深夜だった事と遠い場所であった事が気にかかったのだが、誰にも見られたくないのだと書いていたし、彼と新海の仲である。あまり疑わずその場所へ向うと、そこに彼はいなかった。その代わりにいたのは、血塗れの男――目を凝らしてみれば、その姿はどこか自分似ている。手には新海自作のはずの苦無が握られており、ゆっくり彼が振り向いて新海は言葉を失った。

「俺がもう一人いたさぁ‥‥そして、言ったさね。『おまえにも追われる者の苦しみを』と」

 驚く程不気味な微笑を浮かべた自分がそう言って、すぐさま闇に消えたと言う。よくわからないまま、彼のいた場所に視線を落とせばそこには動かなくなった人間の死体‥‥怖くなって、新海は家に戻る。一夜開けて、鍛冶屋から貰ったはずの手紙を探したが、それはなく昨日の事は夢だったのではないかと思い直したのだが、後日警備隊の出現に焦り、思わず逃げ出してしまったらしい。

「正直に言えばよかったのに?」

 その事を聞き、絵梨乃が言う。

「言っても信じてもらえないだろう‥‥我々だって信じがたいと思っているのに」
「だよな。自分がもう一人なんて‥‥新海さん、兄弟は?」

 思い当たるのは兄弟説――とりあえず聞くルオウ。

「いないさね‥‥恨まれる心当たりも特にないさぁ」
「けど、恨みなんて本人の気付かない些細な理由だったりしますからね」

 思案顔の面々――暫くの沈黙。

「で、新海さんはこれからどうするんですか?」

 逃走生活を続けるのか否か。

「もちろん無実を晴らす為、その怪盗を探すさねっ!」
「指名手配されたままで? さっきのはあくまで一時凌ぎ‥‥背格好も違いましたし、警備隊も時期気付くと思います。そうすればまたあなたは‥‥」
「それでもやるしかないさねっ」

 新海の決意は固いようだった。