【猫又】驚異の大蛸
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/09 20:41



■オープニング本文

 はめられた‥‥。
 ご主人が無駄に優しかったのには訳があった‥‥。
 わかっていたはずにゃのに‥‥気付けば、海を前にしたおいらがいた。

「う〜ん、これはいかん」
 ご主人が真剣な顔つきでうなだれている。
「どうかしたのですかにゃ?」
 行儀よくご主人の前に座って尋ねると、ご主人はおいらを直視する。
 たまに見せる真剣な表情にドキリとして、少し視線を外せば‥‥ご主人はまたうなだれ始めている。
「にゃにがどうしたのですかっ、ご主人っ!」
 寂しくなって視線を戻せば、さっきと同じポーズのご主人がそこにいる。
「ん〜〜、ポチ。タコとイカ…どっちが好きだ?」
「はへ? にゃんですか、いきなり」
「いいから答えろ。おまえの好きな方にしてやる」
 言い方はぶっきらぼうにゃのだが、タコとイカといえばおいらの大好物――
 その二つで、ここまで真剣に悩んでくれているとなると、ご主人がやっとおいらの事を大事に思ってくれ出したようでとても嬉しいのだが、それは心にそっと閉まって――その問いの答えを考え始める。
「う〜んと、う〜んと‥‥ご主人、これって今夜のおかずにゃんですかにゃ?」
 タコとイカ――あの弾力がたまらない。噛み噛みする程に染み出してくる味わい。
 生も焼きも干しも‥‥どれも違った味が癖ににゃる。
「おいっ、さっさとしろっ! 早く決めないとなくなっちまうぞっ!」
 折角の至福な時間にちゃちゃが入り、はっと我に返るおいら。
 ご主人は急かすように、おいらの前で手をぱたぱたしている。
(「あぁ〜〜そんにゃとこでぱたぱたしたら気ににゃるじゃにゃいかよぉ〜〜」)

   ぱしっ
 
 そして――おいらは反射的に、ご主人の手を捕まえていた。

 ‥‥‥‥‥。

 おいらとご主人の間に流れる、微妙な沈黙――。
「で、どっちなんだ?」
 半ば呆れながら、ご主人が切り出す。
「‥‥‥タコ」
 おいらはそれにぼそりと答えた。
「そうか、蛸だな。よし、じゃあ行くか」
「え? 行くってどちらに? まだ買ってにゃいんですか?」
「ん、買う?? 誰が買いに行くって言った?」
「へ?」
 ご主人の言葉に付いていけないおいらである。
「だって、今日のごちそうにゃんじゃあ‥‥」
「何いってんだ‥‥依頼だ、依頼。こないだのおまえの勘違い事件で金使ったろ‥‥そのせいで家賃が危うい。そういう訳で仕事だ」
 よれよれの着物のまま、ご主人は無造作においらの首元を掴んで持ち上げ、歩き出す。
「頑張れよ、ポチ。おまえの大好きな蛸相手だからな」
 悪戯っぽい笑顔を浮かべて、ご主人が言う。
 そして――、おいらはにゃにも出来にゃいまま、気付けば勝手に依頼の参加申請が行われていた。

 依頼内容‥‥巨大蛸の捕獲。
 報酬‥‥少なめ。
 参加者‥‥ポチ(一抹風安)

「ご主人を信じたおいらがバカだったですにゃ〜〜」
 ギルドのその帰り道でおいらの叫びの空しくかき消され、
 その日のおかずはといえば――ちりめんじゃこだけという実に質素なものだった。


■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454
18歳・女・泰
橘 琉璃(ia0472
25歳・男・巫
ダイフク・チャン(ia0634
16歳・女・サ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
若獅(ia5248
17歳・女・泰
燐瀬 葉(ia7653
17歳・女・巫
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰


■リプレイ本文

●偵察
 蛸‥‥異国では海の魔物と恐れられ、頭の下に直接触腕と呼ばれる手をもち、その手には獲物を逃がさぬよう吸盤がついている。主に狭い所を好む習性を利用した蛸壺漁が一般的であるが、から釣り漁法と呼ばれる餌なしの釣り針に引っ掛ける漁も盛んで、樽を使って蛸の縄張りを侵し、樽に飛び付かせるといった方法も存在する。
 だが、今回のこの蛸漁――どの方法も一筋縄ではいかないようだった。

「にゃんにゃこにゃ〜〜!!」
 漁師のすすめで、現地調査に出た一行を向かえたのは海に浮かんだ蛸の群れ。
「なぜ、こんなに‥‥」
 船から身を乗り出さなくても、水面下の蛸の頭(本当は胴に当たるのだが)を目視できるこの異常状態に橘瑠璃(ia0472)が思わず、声をもらす。
「本当です、すごい量なのです」
 それに答えたのは、彼の相棒・紅雪だ。恥ずかしがり屋で大人しい性格。ここにきても片時も瑠璃の傍を離れようとはしない。今回の参加者のうち、猫又持ちは六名。それぞれに個性があって賑やかである。
「ニャハハハ、うまそうニャ!」
 甲板の近くから覗くは、ダイフク・チャン(ia0634)の相棒・綾香様だ。
「成程‥‥この大きさ、申し分ないのぅ。噂に名高い『触手プレイ』とやらが堪能できるかもしれん」
 にやりと悪戯な笑みを浮かべたのは、皇りょう(ia1673)の相棒・真名だ。
「あの、真名殿。今、何か悪寒がしたのですが」
 少し真名に苦手意識のあるりょう。控えめに尋ねるが、真名の方は全く気にしていないようで。
「いやいや、気のせいじゃろ。危なくなったら助けてやる。獲物が無く、相手を殺してはいけない状況での戦いの訓練だと思って、頑張ってくるがよい」
 と、えらそうな態度。
「しっかし、本当にでけぇ〜なぁ〜これは食べるだけありそうだ」
 蛸を見取って言葉したのは龍に乗って船を追っていた若獅(ia5248)である。相棒の駿龍・華耶に乗って、海面近くまで降下し、中を見つめている。
「蛸の大きさはおよそ足先までいれれば四メートル。わしらだけではもう手に負えねぇ数だ。明日は全部獲り尽くす意気込みで頑張ってくんなぁ」
 船を操縦していた漁師が顔を出して言う。
「全く海の男っつ〜のは熱いねぇ」
 そんな中、一抹と言えば――皆とは真逆の位置に陣取って昼寝を決め込んでいた。漁師にさえ見つからないように、こっそりと船内に潜入し、そこで身を横たえている。そんな主人であるから、ポチの異変に気付く訳がなかった。


●いざ、出港
『どうせなら全部試しちまえばいい!』
 漁師の一言に一行は日が昇らぬうちから出港し、昨日漁師が調達しておいた巨大樽を海に沈めて回る。
「さぁ、じゃあ仕掛けた罠に引っかかるまで一本釣りといこか〜」
 自慢の斧をなぜだか取り出す八十神蔵人(ia1422)。相棒の人妖・雪華も一緒である。
「あたしもやるみゃよ」
「うちもやってみたい〜」
「あたしもやろうかな」
「俺もやるぜ」
 それに答えたのは女性陣四名――
 ダイフク、燐瀬葉(ia7653)、紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)、若獅が名乗りを挙げる。
「それでは、上がった際の補助はお任せ下さい。微力ながらお手伝いしましょう」
 巫女の瑠璃はサポートに徹するらしい。
「では、私は中から‥‥」
 いつの間に水着に着替えたのか、神咲六花(ia8361)はそう言って海へ飛び込んでゆく。
「あ、そう言えばもふ龍ちゃんは泳げるのかしら?」
 釣りの準備を始めていた紗耶香が自分の相棒のもふら・もふ龍を前に尋ねる。
「もふ? わからないもふ〜泳いでみるもふ!」

   ざっぱ〜〜〜ん

 言うが早いか、海へ飛び込むもふ龍。しかし、結果は‥‥
「もふ〜〜〜もふ〜〜〜!!」
 じたばた手を動かして、のたうち回る始末である。
「もふ龍ちゃん!!」
 飛び込もうとした紗耶香だったが、中にいた六花に救助され肩を下す。
「何、やってるんだあいつらは」
 それを遠目に一抹は、近くにあった竿を片手に溜息をついた。
「お、一抹さんもやるんかいな」
 意外そうな面持ちで蔵人が問う。
「ん、あぁまぁ仕方無いだろ‥‥相棒があんなだしな」
「あんな?」
 一抹の視線の先に目を向ければ、そこには青くなったポチの姿がある。
「ポチ、大丈夫かぁ? 気分が悪かったら休んでていいからな?」
 それを見つけて、若獅が声をかけている。
 彼女の相棒はといえば、重量オーバーの為、陸で待機しているようだ。
「ありがとにゃのですにゃ。けど、おいらも‥‥」
「さて、じゃあまぁ始めんで。雪華かも〜ん」
「はい?」
 大斧の柄にロープを巻きつけて、蔵人はそれを竿代わりにするらしい。
「あの、旦那様? これはどういうことでしょう??」
 自分にロープを巻き付け始めたので、雪華が尋ねる。
「あ〜と、後は釣り針‥‥もとい羽刃はちゃんと持ってんな」
「旦那様?」
 嫌な予感が彼女の全身を駆け巡った時にはもう遅かった。
「そらいけ、雪華! 蛸がいたらぐさっとやで!」
 爽やかな笑顔でそう言い切って、雪華を海へと放り投げる。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ旦那様の鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 
  どぼんっ

 雪華の悲鳴は空しく遠ざかって消えた。
「お、兄ちゃんわかってるねぇ〜蛸は白いもんに興味を示すんだぜぇい」
 操縦席から顔を出して、感心する漁師。
「あ、そうなん? なら丁度ええわ」
 雪華は銀髪‥‥服は白を基調としていたはずだ。
「紗々〜たこの餌になってみる気あらへん?」
「断固お断りや」
 それに習おうとした葉だったが、きっぱりと断わられしょんぼりしている。
「成程、餌か‥‥そうだ、ポチ。ちょっと」
 一抹が何か閃いたらしく、ぽんっと手のひらを打ち呼ぶ。その声にふらふらしながら近寄るポチである。
「船の上にいるから船酔いになるんだ」
「うにゃあ?」
「なら、船から下りれば問題ないはずだな」
「へ?」
「って事で、おまえもいって来いポチ」
 蔵人が雪華にやったように、ぐるぐるとロープを巻き付け、ポチを海に投げ放つ。

「うんにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「おぉ、よう飛んだな」
 飛びゆくポチを目で追って、蔵人が言う。

   ぽちゃん

 そして、それは雪華の横に着水した。


「ごっ、ご主人〜〜」
 遥か先の船を見つめて、ポチが弱々しく呟く。
「うう‥‥ポチさんも苦労されてるのですね。そのお気持ち、雪華はわかるのですよ‥‥」
「雪華さん‥‥って、にゃあ〜〜〜〜」
 言葉が終わらぬうちに、ポチが目の前で引き摺り込まれて――。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
 雪華の必死の叫び――けれど、肝心の主はと言えば。

「一抹さん、わし酒も持ってきたけど一杯やらん」
 ――と、呑気な様子。
「あ〜いや、やりたいが‥‥引いてるんだ、これが」
 一抹は苦笑しながらぐっと重みを増したロープを握りしめている。
「いやぁぁぁぁぁきてますから、早く引いてぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 続くように蔵人にも当たりがあったようだった。


●攻防

  ザパパーーーン

 釣り班のメンバーの釣竿が引っ切り無しにぐいぐいと引っ張られ、次々と甲板に蛸が上がっていく。それはまさに入れ食い状態――糸‥‥もとい、頑丈なロープを垂らせばものの数分もしないうちに引きがあり、集中していないとあっという間に海に引きずり込まれそうになる。開拓者とはいえ、女性陣は一人の力では支え切れず、同行した漁師が力を貸りてやっとのことで引き上げに成功すると言ったありさまだった。
「はっはっはっ、なかなかの大漁じゃなぁ!!」
 漁師の一人がその光景に喜びの声を上げる。
 しかし、開拓者らはそれを聞く余裕すらない。
「うらぁ〜〜、もういっちょ」
 ポチを餌にした一抹が、いつになく張り切ってロープを引っ張れば水辺から勢いよく飛び出すは自分より数倍はある大蛸である。
「ぎぶぎぶですにゃ〜〜」
 蛸に絡みつかれて必死で抵抗しつつ、ポチは引き上げられながらもがいている。
「いゃあぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜」
 その隣りでは、やっぱり餌にされた雪華も苦戦を強いられているようだった。
 白いものに反応する‥‥漁師の言っていた事は正しいらしい。蛸は色や形も認識出来るらしく、彼女を追う様に触腕が延びている。
「旦那様も何とかしてぇ〜〜〜」
 必死で羽刃を振り回しているが、相手の手は八本――些か‥‥いや、かなり分が悪い。
「大丈夫かニャ!」
 そんな彼女を見かねて、飛び込んできたのはダイフク・綾香様ペアだ。
 他の猫又達も身軽な動きで、触腕を避けつつ、船の生簀に誘導していく。
「お主のぬるぬる姿もそそるのぅ」
 冗談なのか本気なのか、春画鑑賞が趣味の真名が雪華を見つめ、にやりと笑う。
「真名殿! そんなこと言っている場合ではありませんっ!」
「あぁ〜わかっておるとも。あくまでお主が本命‥‥せいぜい頑張ってくれ」
「はぁ?? 真名殿っ!!」
 二人の掛け合いもさることながら、初の大蛸戦に戸惑いながらも果敢に立ち向かっているのはりょうだ。ぎこちない手つきではあるが、蛸の足を捕らえ、引っ張る。
「あぁ〜くれぐれも傷つけねぇ〜でくれよぉ!!」
 てんやわんやの船上を前に、漁師の無茶なお願い――
 それでも開拓者らは、出来るだけ傷物にしないよう努力する。
「もふ龍ちゃん、そっちいったよ!」
 陸でもある程度の時間であれば、活動できる蛸。けれど、やはり海がいい様でにゅるにゅると触腕を伸ばして、海に戻ろうと必死だ。
「行かせないもふ〜」
 もふ龍は渾身のジャンプを見せ、頭に蹴りを入れてみせる。
 ――だが、相手は弾力のある身体を持っているものだから、効果の有無がいまいち判断できない。
「もっもふ??」
 ぼよんっと弾かれたところを紗耶香がキャッチ。
 様子を見れば、蛸はまたじわじわ活動を開始している。
「これじゃあ切りがないもふ〜〜」
 困ったようにそう言って、後退する二人。
「生きがいいのも困りもんですね」
 と、そこへ助っ人に入ったのは瑠璃だった。
 持参していた扇子を片手に、蛸の目を攻撃すれば一瞬怯む蛸。そこを狙って、
「とりゃっ!」
 泰拳士である若獅が掴み上げ、生簀に放り込む。
「助かります」
「何、お互い様だっ‥‥って、危ない!」
「え?」
 振り返りかけた瑠璃に他の蛸の墨が飛ぶ。
「瑠璃〜危ないのぉ〜」
 だが、紅雪がとっさに飛びついたおかげで直撃は免れた様だった。
 けれど、服は墨で真っ黒である。
「ニャハハハハ、真っ黒だニャ! あたいはそんなドジふま‥‥」

   ぶしゅ〜〜う

 二人の姿を見て、笑い飛ばしていた綾香様だったが油断大敵。彼女も墨の餌食となったようだ。
「綾香様は元々黒だからわからないみゃよ!」
「なにを〜〜」
 主人の一言に綾香様が食って掛かる。
「一体、六花はどうしているのでしょうか」
 そんな中一人で奮戦するのは六花の相棒・リデルだ。
 戻ってこない六花を思い、心配そうだ。
「きゃあっ」
「危ないでっ!」
 こけそうになった葉に体当たりしてカバーしたのは、勿論紗々だ。
「ありがと〜」
 にこりと笑う主人に紗々もふっと表情を緩める。
「ひとつ貸しやっ」
 などと言って照れ隠し。

「ご主人のばかぁ〜〜」
「ぬるぬるもういやぁぁぁぁぁ」

 船尾では、再び二人がが海へ投げ込まれたようだ。
「なんや楽しいなぁ、一抹さん」
「だな。釣りもなかなか乙なもんだ」
 そんなこんなで、蛸樽引き上げまで大騒ぎな一行であった。


●落とし穴
「おう、皆の衆。そろそろ壷‥‥ならぬ蛸樽の引き上げに移動するかっ」
 時間を見計らって漁師の一人が叫ぶ。それに気付いて皆騒ぎの収拾に入る。
「さぁ、じゃあ戻るぜぇ‥‥‥って、おぉ?」
 男は張り切って言葉したのだが、船は一向に動かない。舵を回してみても全くびくともしないようだ。
「どうなってやがんだ?」
 漁師が呟く。
「ふふふ、ここは私の出番かな」
 そこへ出てきたのは、自称探偵の六花だった。皆が船上で格闘する中、彼は一人海に飛び込み中から蛸の動向を観察していたのだ。水着の上に探偵ケープを羽織った形で、登場し得意げに話し始める。
「皆、聞いていたでしょう‥‥蛸は白に反応する。この船の色は白――おびき寄せる為にそうしたのでしょうが、誤算がありましたね、漁師さん」
「はい?」
「まだ、お判りにならない? 蛸がこの船にくっついているのですよ。しかも一匹ではない。私が水中で目視した数は約十匹。しかも、舵をとる部分に吸着している為、これがなかなかに難しい」
「六花さん、おらへんと思ったらそんなことしてたんやねぇ〜」
 葉が感心したように言う。
「煽てても何もでないよ、お嬢さん。僕はやれることをしていたまでだしね」
 にっこりと笑って、六花が答える。
「となると、どないするんや?」
 船底についた蛸の引き剥がし――そう簡単に出来るものではない。
「ん〜〜そうだなぁ。うまくいくかはわからないけど僕に考えがあるよ」
「それは、なんでしょう」
「初歩的な事さ。自然界の摂理を利用させて貰うまで‥‥漁師さん、蛸の天敵は何ですか?」
「ん、そらぁ〜やっぱりウツボやサメだろうな」
「そうですか。ではサメでいきましょう」
 六花はそう言って、準備を始め、早速行動を開始した。他のメンバーが見守る中、彼は意識を集中し、人魂を魚に変え海に放つ。その間に、船の周りにはさっきの釣りで釣れた魚類をぶつ切りにしたものを投げはなっている。
(「さぁ、鮫君はどこかなぁ〜」)
 広い海中を見回して、探索すれば蛸に匹敵する程の大きさの鮫の姿を発見する。
(「よし、この子に決めた」)
 六花はその大きさを確認して、人魂を鮫の前へと移動させた。
 すると、鮫もそれに気付いて本能的にそれを追い始める。
(「こっちだよ〜〜、こっちこっち」)
 地道にそれを繰り返して、六花は鮫の誘導に成功した。
 船からでも見える位置に鮫の持つ背びれが確認できる。
「成程な」
 今更に彼の思惑に気付いた一抹が一人納得する。
「どういうことで?」
「ん、あぁ〜つまりな。あれをこの船に近付かせて蛸を驚かせて船から離れてもらうつもりなんだろうさ。違うか、六花?」
 悪戯な笑みを浮かべて、一抹が問う。
「ご名答。そういう訳でもう一度僕は人魂を飛ばしてタイミングを見計らいます。合図したと同時に舵をお願いします」
「わかった」
 六花の言葉に、男がはっきりと答える。そして、
「今です」
「おうよっ」
 見事蛸を振り切って、蛸樽地点へと船は進む。

●引き上げ作業

   ピィーーーーーー

 蛸樽地点に辿り着いて、目印の浮きからロープを取り外せば、いよいよ引き上げ開始である。沈ませている樽は普通のものよりかなり大きい。穴を開けてはいるが、水が流れ出るまでに時間はかかるし、浮力があるとて船に上げる際には、かなりの重さになると予想される。そこで登場するのが、若獅の相棒・華耶である。
 指笛で待機していた華耶を呼べば、それを察知して陸で翼を休めていた華耶が一直線にこちらに向かってくる。
「昨日、飛んでおいて正解だったな」
 若獅は昨日の事を思い出し、満足げだ。
「んじゃ、俺は華耶に騎乗して引っ張るぜ」
 そう言って、接近してきた華耶に飛び乗る若獅。
「ほな、これよろしゅう」
 それを確認して、蔵人が華耶にロープの端を突き出せば、華耶はそれを器用に口に挟んで受け取っている。
「よし、じゃあ引き上げ開始だ」
 漁師の一声に、みな手にしたロープに力を込めて、体重を後ろに乗せて徐々に引き上げてゆく。

   がこん がこん

 一つ一つ慎重かつ大胆に、息を合わせて引き上げれば樽から見える蛸の足。
 こちらも大漁のようだった。
 仕掛けられた樽を引き上げ切る頃には、夕日が空を染めている。
「海の恵みに感謝ですね」
 一仕事どころではない。
 大仕事を終えて港に向かう船の中で、リデルが情緒たっぷりにそう呟いた。


●蛸で宴会
「いやぁ〜〜しかし、ちっさい身体でもさすが開拓者だなっ!!」
 もう何杯目かわからない酒を煽って、同行とした漁師が言う。
「見直したみゃか? これでもあたいはサムライなんだみゃよ」
 胸を張りつつ、ダイフクが答える。
「ふふ、まぁまだまだ半人前だがニャ」
 それを聞いて、綾香様がツッコんでいる。
「いやいや、半人前でもたいしたもんだ。恐れ入ったぜ」
 港の一角にある組合で、大漁を祝して今まさに宴会が執り行われていた。
 開拓者らが頑張ったおかげで、傷物になった蛸は思いの他少なかったという。
 商品として出す前に、味を確かめる――それを口実に、漁師の妻や腕に自信のある開拓者らが蛸を捌き、その料理が長机を埋め尽くしている。
 定番の蛸刺しは勿論の事、煮付けやら唐揚げやら蛸飯やら――ありとあらゆる調理法を用い豪華な料理のオンパレードだ。
「やっぱり蛸といえばこれやねぇ〜」
 爪楊枝に刺した丸い球体――たこ焼きを口に運んで、幸せな表情を見せる葉。
「紗々もすきやんねっ。はい、あ〜〜ん」
 隣りに座る相棒にもそれを食べさせようと、そっと新しいの手に取った葉だったが、
「ばかっ、そのくらい自分で食べれるわ」
 紗々は顔を赤らめふいっと首を背けて拒否している。
「もう、素直やないなぁ〜」
 そんなほのぼのした場面があるかと思えば一方では――
「旦那様、さぁ食べて下さいまし」
 雪華の料理を前に固まる蔵人の姿があった。
 雪華の自作の蛸料理――それは黒い塊。甘すっぱ辛い匂いを漂よわせながら、よくみれば本体の一部に何かの足らしきものまで存在している代物である。
「いや‥‥餌にしたのは悪かったって。だからこれだけは勘弁してぇなぁ‥‥」
「駄目です。食べていただきます」
「あっははは、はは‥‥」
 ずいっと皿を押し付けられて、蔵人は意を決するしか他なかった。
 料理をかきこみ、数秒後には意識が遠退くのを必死で耐える。
「はい、追加お待たせです」
 また別の場所では、紗耶香が注文に応じて腕を振るっている。
「もふ龍ちゃんも美味しい?」
 そんな中でも、相棒のもふ龍を気遣う姿勢を忘れない。
 幸せそうに頬張るもふ龍を見て、笑みを零す。
「はぁ〜しかし、みなさんよく食べますねぇ‥‥これは作りがいがありますよ」
 机から次々と無くなっていく料理を目にし、瑠璃は苦笑している。
「動いたから、美味しいかも。瑠璃も食べよ」
 紅雪がそっと足元擦り寄って、そう促す。
「魅力的だったぞ、あの姿は」
「真名殿〜〜〜」
 部屋の隅では茶化されてるりょうがいる。
「おまえもありがとなっ」
 そんな中で、外で華耶に蛸足を渡して撫でているのは若獅だ。
「うん、リィ。お疲れ様だね」
 ティーカップを片手に六花が優雅に言う。
「六花もご苦労様でしたわ」
 同じく紅茶を楽しみつつ、リデルが答える。
「どうだ、ポチ。仕事の後の食事は」
 一抹とポチもその席に混じって、いつになくいい雰囲気だ。
「む〜〜ご主人‥‥そんにゃ事言っても忘れにゃいですからね。放り投げるにゃんてあんまりですにゃ」
「なんだなんだ、そのくらいでぐちぐちぐちぐち。おまえオスだろうが!」
「だけどぉ〜」
「ほらっ、ポチ。おまえの好きな蛸だ。それを好きなだけ食っていいんだぜ、幸せだろうが?」
 大きな手のひらでぐいぐい撫でて一抹が言う。
(「いつもずるいですにゃ」)
 ポチはそう思うが、言葉には出さなかった。
 目の前に差し出された蛸刺しを口に運び咀嚼する。
「次はイカだぞ、ポチ」
「にゃ?」
 突然の発言に、思わず声を上げる。
「ほら、折角だからな。さっき申請してきておいた。ちなみに出発は明日だ」
「にゃにゃ‥‥にゃんですとーーー!!」
「そういう訳で、今晩中に戻るからな。準備しとけよ」
 平然と言ってのけた主人に、ついていけないポチであった。