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■オープニング本文 「ほぉ、ジルベリアで戦乱の兆しか」 男は微笑を浮かべ、眼前で膝をついている男に言う。 「現在、仁生に続々と強力物資が運ばれているとか。どうされますか?」 「それを私に聞くのか? 愚問だな‥‥で、使える龍は今何匹いる?」 「五匹でございますが、如何されますか?」 「なら、それを使って襲撃せよ。あそこはアーマーとやらを扱う為に宝珠を必要としているはず。今回の大戦の為、さぞや沢山の宝珠も輸出されるだろう。我々が必要とする武器の類も集まるはずだ。頂けるだけ頂いておこうじゃないか」 手にしていた小型のナイフを手の中で弄びながら、男はあっさりと言ってのける。 「かしこまりました。して、今回は誰が指揮を致しましょうか?」 少し顔を上げて、眼前の男が尋ねる。 「私が行くまでもないだろう。おまえの好きにするといい。頼んだぞ」 「はい、あなた様の仰せのままに」 側近らしい男はそう言って、丁寧に一礼するとその場を後にするのだった。 内乱勃発――ジルベリアと呼ばれる国で、大きな動きがあったと聞いてここ北面の都・仁生には、飛空船が多く集まっている。来る戦乱に備えて、各国から支援物資が集められ、空港のあるこの都から飛び立っていくようだ。 「えらいこっちゃがなぁ〜」 ここにも一人、算盤を片手にばたつく商人がいた。 彼の名は富時(とみとき)。今回、宝珠他重要な道具類の輸送を請け負う事になったのだが、乗組員の人間がここに来る途中でアヤカシに襲われ負傷してしまい、予定していた人数を大幅に下回っている。幸い、飛空船を操縦する人間は無傷で済んだのだが、折角雇った腕利きのはずの護衛役のメンバーが見事にやられてしまい、残ったのは戦闘に不向きな人間ばかり。 「どうしましょ、富時はん?」 お供の男が汗を流しながら問う。 「どうしましょやあらへん! このお役目を辞退する訳にはいかんのやっ! 地道にコツコツやってきて、やっと頂いた大役やで!! ここで辞めたら末代までの恥やっ。目先の損より未来の儲け‥‥臨時の護衛を雇いまひょ。こないだの方々よりもっと腕利きの方々を。失敗は赦されへんのやからなっ」 富時はそう言って、部下の一人に依頼金を手渡す。 そんな遣り取りを遠くで見つめる視線があった事を、富時はまだ知らない。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
奏音(ia5213)
13歳・女・陰
汐未(ia5357)
28歳・男・弓
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
カルナック・イクス(ia9047)
32歳・男・弓
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)
15歳・女・騎
オーウェイン(ib0265)
38歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●それぞれの思惑 「おぉ、あんさんらが新しい護衛の方々かいな。今回は急で悪いけども、しっかり頼みますわ」 富時が飛行船を前にして、八人の開拓者とその相棒らの姿を見回して言う。 今回は空の旅――陸と違い、危険も高い。 富時の後ろでは、忙しなく積荷を運び入れる乗組員の姿がある。 「あの人達は、新しい船員かね?」 そんな彼らに目を付けたのは弓術師の汐未(ia5357)だった。背後には彼の相棒である駿龍の疾風が控えている。やはり空の護衛とあって、龍持ちが多いようだ。そんな中、一人だけ猫又を連れているのは、陰陽師の奏音(ia5213)である。真っ黒な毛並みのよいその猫又はクロと言った。彼女の熱烈なアタックの末、本人‥‥いや本猫が根負けした形で彼女のパートナーになった経緯を持つ。 「おふね〜おそとをまもるのですよ〜〜」 ぎゅっとクロを抱きしめて奏音が歌う。 「はぁ‥‥もうちょっとどうにかならんものか‥‥」 そんな様子に脱力するクロである。 「え〜〜と、あんさんらの相棒さんは龍が七匹に、猫又一匹でしたなぁ。やっぱり大型にしといて正解ですわ」 算盤を弾きつつ富時が続ける。 「龍の皆さんは狭いでっしゃろけど、グライダーの発着場奥の倉庫で常時過ごしてもらいますぅ。いざと言う時すぐ飛び立てますし、それ以上中には大きさ的に入れませんよって」 「あぁ、わかった。ところで富時‥‥最近入った船員はどれ位いるかね?」 行き来する人を観察しながら、汐未が問う。 「新しい船員でっか? そやなぁ〜、鳶丸。どの位でっしゃろか?」 近くに居た彼の部下であろう男を呼び止め、話かける。 テキパキと指示を飛ばし、富時より有能そうだ。 「へぇ、あの人は鳶丸というんだな」 乗組員は皆把握しておく必要があると考え、脳裏に留めて置く。 「とりあえず、名簿と船内地図を頂けるでしょうか?」 ――と、そこへ入ってきたのは陰陽師の鈴木透子(ia5664)だった。 彼女の後方には、駿龍の蝉丸が控えていたが‥‥その視線は主人とは全く違う方向に向けられている。 「あの、透子さん‥‥あなたの蝉丸さんが、ずっとこちらを向いているのですが‥‥」 その視線の先には、巫女の柊沢霞澄(ia0067)がいた。 少し控えめな面持ちにハーフという事もあって、銀色の髪が実に綺麗である。 「ギャアギャア」 蝉丸がいつになく背を正し、いい所を見せようと叫ぶのだが‥‥その横で目を光らせるは、霞澄の相棒・炎龍の紅焔。ふんっと鼻息荒く割って入り蝉丸を牽制する。 「蝉丸、喧嘩は駄目ですよ」 そんな様子を知ってか知らずか。視線は手元の地図に落としたまま、透子が告げる。 そうこうするうちに、飛行船の離陸時間は刻一刻と近付いていた。 「とりあえず、出発前に一度挨拶をさせてもらえるか? 数日間世話になる訳だし、最近入った奴らと俺らは似たもの同士だ‥‥親近感湧くだろう?」 にやりと笑って見せて、その実裏には不審人物あるいは内通者がいないか探りを入れる為だったりするのだが、勿論それは伏せておく。 「富時殿、わしからも一つ‥‥積荷の倉庫の事なのだが飛行中および飛行前は確認後、施錠をお願いしたい。万一賊が入ったとして荒されては困るだろう?」 重量感のある鎧を身に纏った騎士・オーウェイン(ib0265)が提示する。 「わかりました、なんとかしまひょ」 かくて、挨拶を済ませた彼らを乗せて―― 富時の飛行船はジルベリアに向けて飛び立つのだった。 ●空の巡回 飛行中、開拓者らは二班に分れて常時警戒。半日交代で、その中でも更に二班に分け、一時間交代で空と船内を見回るようにしている。 「わしの作戦に一点の曇りなし!!」 空を相棒のソードフィッシュと共に、高速に飛び回りながら付近に不審な影がないか目を凝らすのは、騎士のナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)だ。陸では大人しい相棒であるが、一度空に出ればスピード狂と化すソードフィシュ。久々の飛行に自然とスピードが上がっていく。 「あいつら、あれでみえてるのかねえ」 そんな二人を逆サイドから見ていたのは、彼女とペアの汐未だ。疾風と共に苦笑する。 「しかし、一面雲ばかりだな」 仁生を飛び立って数時間――ジルベリアに向かうにつれ、雲が徐々に増えている。 気候のせいなのだろうが、こちらとしては不利な状況に他ならない。 「何もなければいいが‥‥」 飛行を終えて降り立てば、そこには弓術師のカルナック・イクス(ia9047)と駿龍のドラグマグナの姿があった。 「お疲れ様です」 降り立った二人に向けて、温かなスープを差し出すカルナック。料理は得意なようだ。 「おぉ、これはこれは出迎えご苦労!」 相棒からぴょんと飛び降りて、スープを手に取り告げる。 「中は大丈夫だったか?」 交代の為、待機していたサムライの輝夜(ia1150)と奏音に向けて、汐未が尋ねる。 「今の所は‥‥透子とオーウェインも独自に動いているようじゃし、人の隠れられそうな場所は探ってみたが、特に問題なかったの」 「奏音もたいけんしたけどいじょうなかったよ〜、今もクロがたんさくちゅうだけど」 「そうか」 しかし、少し気に掛かる事があるようで、汐未の返事はおざなりである。 「外の方はどうだ?」 輝夜が相棒の輝龍夜桜こと輝桜に跨り問う。 「日が落ちてきているし、雲が多い。注意が必要だな」 「了解じゃ」 フッと笑みを浮かべ、輝夜が輝桜と共に外へ向かう。 「お気をつけて〜〜」 「奏音も頑張るのですよぉ〜」 それを追う形で、奏音も甲板へかけて行く。 「カルナック、ここの残るがよい」 スープ鍋を片付け始めた彼に向けて、言葉したのはナイピリカだった。言い方はえらそうではあるが、今飛び立った班は龍一匹での警戒になる為、十分気をつけねばならないのだ。 「わかりました。俺で良ければ」 穏やかに微笑んで答えたカルナックに、ナイピリカは満足げだ。 (「まだ幼いというのに、たいした方だ」) そう一人ごちて、相棒の方に視線を向ければドラグマグナも彼女を見つめている。 「成程、この班が手薄か‥‥」 そんな倉庫の片隅で、一人の男が聞き耳を立てているのを汐未の瞳は見逃さなかった。 壁に隠れてはいるが、搭乗前に一人ひとりの特徴を観察していた彼は、その男が下げている小さな根付を見つけ確信する。 「あれは、確か‥‥この船の副操縦士の‥‥」 出発して僅か十四時間――船内の不穏な動きを察知していたのは、彼だけではなかった。 警備時間外でもやれる事はやる。 透子は富時他乗組員の個室前通路で立ち止まっていた。 バサ バサ バサ 船内で聞き慣れない羽ばたき音に、透子は推測を立てる。 積荷の中に鳥はいなかった。第一、この船は大戦用の武器を主としているのだ。無意味な動物乗せる事自体おかしい。乗組員の食料という線も考えたが、ここは個室。ともすれば――念の為、人魂を使って音のする部屋を探ってみる。 「えぇな、ちゃんと届けるんやで‥‥さぁ、いけっ!」 言葉のその後に、再び鳥の羽ばたき音。 「あれは鳩だな」 突然声を掛けられて、振り返ればそこには奏音の猫又・クロの姿がある。 「伝書鳩‥‥という事でしょうか?」 真剣な面持ちで、透子が問う。 「だろうな。中に何人か賊が紛れ込んでいるのかもしれん」 しきりに耳を動かして、クロが辺りの個室の声を拾う。 「明日‥‥午後‥‥ぬかるな‥‥か」 クロの得た情報――透子はとりあえず部屋番号を記憶して、その場を後にするのだった。 ●内通者 次の日、襲撃は唐突に始まった。 けれど、前日に入手した透子と汐未の情報により、内部はわりと落ち着いている。 「おっと、動かんでくれよ」 操縦室に詰めていたオーウェインが出入り口の扉の前に陣取り、乗組員に声をかける。外には数頭の敵の龍が飛んでいるようだが、それは外班の面子が何とかするだろう。動揺する乗組員達を押し止め、状況を見守っている。 「どういうことだっ! これじゃああんたが賊みたいじゃねぇ〜かっ!」 オーウェインの行動に食って掛かったのは、舵を握っていた男だ。 「悪いがこの船に賊が紛れ込んでいるらしいんでな。それを炙り出すまでは、ここを動く訳にはゆかぬのだ」 「なんだって! 賊が!!」 「そんな馬鹿なっ! 俺らの中に‥‥」 「いや、確かな情報だ。あまり煩く言うならおまえさんも敵扱いしなくてはならなくなるが‥‥」 その言葉にぐっと舵を握り締める男。額には尋常じゃない汗が噴出している。 (「こいつは、黒か?」) 乗組員の様子を注視し、不審人物を探り出す。 「あの、富時‥‥富時さんは?」 一人の乗組員の言葉。その頃、その本人と言えば――。 「なっ、どういうことやっ鳶丸!!」 透子の仕掛けた自縛霊によって、身動き出来ずに蹲る男・鳶丸を前に富時が叫ぶ。 部屋番号からそれが鳶丸だとわかり、透子はあらかじめ対策を練っていたのだ。ありとあらゆる事態を想定――富時を人質にされる可能性も考慮し、睡眠時間を削ってまで警戒していた甲斐があったというものである。 「はぁ? おめでたい奴やなぁ、全く。この状況見てわかるやろ‥‥俺はあんたの敵っちゅ〜訳や」 富時を嘲笑うように言い放つ。 「なんで、なんでや‥‥だって、あんさんは」 「はっ! 煩い人やなぁ、おまはんは‥‥俺は元からあんたの事は気に食わんかったんやで。俺の方が有能やのに、あんたは若旦那ってだけで、店も金も人もみんな手に入れて‥‥仕事だってほとんど俺が切り盛りしてやってるのに、結局評価されるのはいつもあんただけ‥‥もう、うんざりや。アヤカシに襲われた時はせいせいしたわ。これで面目丸潰れ。なのに、金にものを言わせて建て直してつまらんやないか‥‥だから、今度はおれ自身の手で‥‥」 「そんな、わては信じて‥‥」 「はっ、信じる? ただのいい駒としてか? そんな人生もういややねん!!」 顔を上げて、きっと睨んで――。 「あんたなんか、死んだらええ」 「え?」 「どうせもうお終いや。この船はあの方々に目ぇ付けられてる。逃げられる訳あらへん」 苦笑を浮かべて、鳶丸が言う。 「あの方々とは誰ですか」 それに透子が問い質すが、鳶丸は答えようとはしなかった。 ●不審な攻撃 「それ以上は傷付けさせんぞ!!」 輝桜に跨り、輝夜が前方の一体に長槍を突き出す。 人龍一体――金色の槍となって、敵の炎龍に襲い掛かる。 駿龍主体の開拓者らはスピードを生かした戦い方で応戦していた。近付けば攻撃力の高い炎龍の方が上。もとより、龍の撃破が目的ではない。船の積荷・および船を守る事。それがメインである訳だから、こちらは船から賊の龍を引き剥がすよう勤める。 賊の出現の知らせを受けて、別班のナイピリカも参戦。 船底をしきりに攻撃してくる賊の龍に向かって、猛スピードで突き進む。 「ゆけ、ソードフィッシュ! 賊どもに遅れを取るなっ!!」 二匹の炎龍の間をすり抜ける形で、高速で駆け抜けると、回避の為二匹はばらばらの方向に移動する。 「逃がしません!」 そこを狙ったのは意外にも巫女の霞澄だった。 彼女の相棒は敵と同じ炎龍。一歩も引けをとらない。鋭い爪で一匹を薙ぎ払い、すぐさま後方に回避する。 「しかし、なぜここを襲う?」 積荷目当てでの襲撃なら何かと便利な甲板から突入を試みるはず――けれど、この龍達の狙いは船底のようだ。始めの一撃で少し破壊され、穴ができている。 「どういうことじゃ?」 積荷は確かに今、攻撃を受けている付近にあるが、穴を開けた所で運び出す術がないように思われる。 (「何を狙っている??」) 輝夜が考えようとしたのだが、敵はそんな余裕を与えてはくれなかった。 そして、ここでももう一つの戦闘が行われていた。 場所はグライダー滑走路に当たる倉庫前――そこの迫るは駿龍二匹。 「シロちゃん、やっちゃって〜」 相手をするのは奏音と、カルナック、汐未の三人である。 蛇神を呼び出し、隷役で強化すれば龍に一歩も引けを取らない。真っ白な大蛇が、近付く龍を牽制する。その間、弓術師の二人も矢の雨で応戦。二人の相棒も滑走路に歩み出て接近を防いでいる。 「いいかげん、諦めなさい!!」 カルナックが降下してくる二匹に向けて連射する。相手は何かを待っているようだった。本気で降り立つ気は無いらしい。近付いては離れ、離れては近づきを繰り返している。 そんな状態が続いて――約三十分。 「奴らしくじったみたいだな‥‥作戦【ろ】に変更か‥‥」 龍に乗っていた賊が呟いて、二匹の龍は諦めたように後退を始める。 「何だったんだ?」 違和感を覚えながら、汐未は弓を下す。 ――それと同時に、船内から大きな爆音が轟くのだった。 ●狙いは 「この音は倉庫か!!」 船内に響いた爆音に、クロが言う。 「富時さんっ! 倉庫の鍵は!!」 「え?! はぁ、ここにありますけども」 「お借りします! クロさん、ここはお願いします」 さっきの爆音が気にかかり、透子が倉庫に向かう。 必死で走って、行き着いた倉庫――音がしたはずなのだが、扉は閉ざされている。 (「とにかく中へ」) はやる気持ちを押さえ、鍵を差し込む。 (「積荷の中に予め‥‥いや、それとも飛び立ってから?」) 中に人の気配があるのを感じ取り、脳裏で呟く。 常時倉庫を観察していた訳ではない。隙もあっただろう。鍵を掛けた事で安心していたのかもしれない。鳶丸なら合鍵などすぐに作れただろうに‥‥。飛び込んだその先を素早く見回せば、倉庫の一角の壁が崩されていた。そして、そこに三人の見知らぬ男達――手ごろな宝珠を掻き集めている。 「逃がしませんっ!」 透子は空かさず、飛苦無を投げ放つ。壁が壊されている事もあり、気圧の影響も強く、思うように当たらない。けれど、そうだからといって、ほおってはおけない。 「女一人か‥‥気にする事はねぇ〜続けろ」 苦無が届かないのを悟って、男は二人に指示し、一人は短刀片手に透子の元に接近する。 だが――。 ドスッ 男は透子の手前で膝を付いた。 「遅くなったな」 その声に振り返れば、そこにはオーウェインの姿がある。 「操縦室はいいのですか?」 持ち場を離れて来たらしい彼に尋ねる。 「外の龍が引いたみたいでな。怪しい奴はふんじばっておいたから大丈夫だろうさ」 「龍が‥‥退いた?」 賊から目を離さないまま、尋ねる。 「あぁ。ってことで‥‥おまえらは見捨てられたようだが、どうするんかね? まだやる気か?」 先程の男にもう一発打撃を加えて、大剣クレイモアを片手に歩み寄る。 「ふんっ、見捨てられちゃいねぇ〜よ」 男はそう言って、にやりと笑うと手にした宝珠ごと開いた穴から身を投げた。 「まさかっ、血迷ったか!!」 その後に続いてもう一人の男も空へ。駆け寄るがもう遅い。 壊された船底の穴から飛び出した二人は、遥か下に姿を消し、今見えるのは彼らの背負っていたらしい落下傘だけ。 「やられたな‥‥」 さすがにそこまでは予期しきれなかった開拓者。 透子とオーウェインはそれを呆然と見送るしかなかった。 ●被害は微量 賊の襲撃のその後に、残されたのは鳶丸他数人の内通者と思しき乗組員と、無傷の積荷。武器に付加する事ができる小さい宝珠は少し持ち出されたようだが、それは全体のわずか数パーセント。重要な武器類に関しては無傷であり、それよりもダメージが大きかったのは富時の精神的な面の方である。信じていた鳶丸の裏切りに、ふくよかだった顔が若干やせこけて見える。 「富時さん、大丈夫でしょうか?」 次の襲撃を警戒して、未だ空の巡回を続ける開拓者達。 鳶丸らは今、船の一室に監禁している。 巡回から帰ってきた者や乗組員の為にと、透子は持参した甘酒を配り空へと旅発つ。 「これ、透子さんからです」 戻ったばかりのカルナックがたまたま倉庫に来ていた富時にその甘酒を手渡す。 まだ温かいそれを一口口に含み飲み下して、富時は深い溜息をついている。 「時間‥‥かかりそうだなぁ」 心の問題は、本人がどうにかするしかない。 「辛いよな、こういうの‥‥早く元気になってくれればいいけど」 ドラグマグナを気遣いながら、呟く。 「クゥ〜〜」 ドラグマグナもそれに答えるように、声を出す。 そんな姿を輝夜・輝桜も見つめていた。 彼女は巡回以外でも時間の許す限り、相棒の傍にいようと決意し、今日もここに来ていたのだ。 出発から今日で五日目――明日にはジルベリアに着くだろう。 「蝉丸、あと少しです。頑張りましょう」 蝉丸の首を優しく撫でて透子が言う。しかし、蝉丸は無反応。 ただただ飛び続けている。 けれど、それが彼女と蝉丸のいい関係。今に始まった事ではない。 「やはり空はいかんな」 雲の絨毯が綺麗であるが、オーウェインは落ち着かないようだ。 けれど相棒の方はといえば空を満喫するように悠々と飛んでいるのだった。 ●叶わぬ思い そして、長かった空の旅は幕を閉じる。 ジルベリアは既に大戦が開始され、どこも慌しい。 都に着いたと言うのに、ゆっくりしている暇などない。 積荷は、ジルベリアの兵士らが受け取り、城へと輸送していくようだ。 「色々ありましたが、おおきにですわ」 まだ落ち込んだままだが、富時が一礼する。 「いや、無傷で運べなくてすまなかったな」 船が一部が損傷、宝珠が少し持ち去られた事が悔やまれるのか謝罪する開拓者。 「何をいうてますのや、アレくらいで済んだのはあんさんらのおかげです‥‥捕まえた内通者だった者の話によれば、船ごと占拠して奪う算段だったとか。それに比べればこれくらい大したことおまへん。それよりも、わては‥‥」 鳶丸の事を思い出し、涙を堪える富時。 「そういえば鳶丸殿は?」 「役所に引き渡しました」 賊に加担したのだから仕方がない。 「わては何処で間違ったんでっしゃろなぁ‥‥」 富時はそう言って、ぼんやりと天を仰ぐ。 「戻ってきたら、もう一度話してみたいと思ってますのやけど‥‥」 しかし、それは叶わない。 関わった者、失敗した者には死を――。 富時の船を襲った者達の掟―― 鳶丸他、今回の襲撃に絡んで役所に送られた乗組員は役所に着いて三日後に独房の中で殺されてしまう。 「申し訳ありません、狩狂様‥‥やはり俄仕込みの者達には荷が重過ぎたようです」 深々と頭を下げたまま、側近が言葉する。 「で、結局収穫は?」 「武器用の宝珠を少しだけ。思いの他、頭の切れる開拓者らが乗っていた模様です。当初の計画通りに事は進まなかったとか。けれど、被害はほとんどありません。龍もダメージがあるものの、数日休ませれば問題ないかと」 「そうか。まぁいい、下がれ」 静まり返ったその部屋で、男は灯りも点けずそれを聞いていた。 彼の名は狩狂――この組織を束ねる男である。 「開拓者か‥‥」 男は懐かしむようにそう言って席を立つのだった。 |