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■オープニング本文 ●きっかけ ずどぉーーーーん 長屋の一角で、そんな派手な音が響いたのはいつ数分前の事―― 薄い壁に隔てられている為、その音はよく通る。 「どうしたねっ、新海の旦那!!」 お隣さんなのだろう慌てて駆けつけると、 そこには鍋蓋の生き埋めになっている新海の姿があった。 「だだだだっ大丈夫ですかい!!」 新海が事故にあったと聞きつけて、駆けつけたのは毎度おなじみ鍛冶屋の男。 そんな彼を迎えたのは普通に台所に立って、飯の仕度を始めている新海だった。 「お! 心配して来てくれたさね? けど、ほら見ての通り‥‥俺はなんともなかったりするさ〜〜」 少し優しげな笑顔を見せて、新海が答える。 「それならよかった」 それを見て、ほっと肩の力を抜く。 「ありがとさねっ‥‥と、折角来たさぁ〜。飯、食ってくさね?」 竈の上の鍋には、青菜入りの雑炊が出来上がっている。 「は‥‥はぁ、頂けるなら‥‥」 視線を上げて再び新海を見て、男は僅かな違和感を覚える。 (「ん〜〜なんか雰囲気が違う気がするんだけど‥‥気のせいかな?」) 見た目はどう見ても新海なのだが、どこか彼らしい快活さが見受けられずしっくりこない。 「あの、新海さん? 本当にどうもないのかい?」 納得がいかなくて、男がそっと尋ねる。 「どうもないさね。あんた心配し過ぎさぁ〜」 穏やかな笑みでそう言うと、雑炊を注ぎ男に手渡す。 ――が、鍛冶屋の男が感じた違和感は間違っていなかった。それが翌日明らかとなる。 ●木屑扱い 「破棄、お願いするさね」 支給品支給窓口で新海が爽やかにそう言い切って、彼を知る皆の目が点になる。 「あの‥‥新海さん? 鍋の蓋、ですよ??」 いつもと違う様子の新海に思わず、聞き返した窓口の女性である。 「そんなの見ればわかるさね。こんな木屑、貰っても仕方ないさぁ」 「木屑!!?」 「そうさね、それ以外の何物でもないさっ。前からずっと思ってたことさね‥‥いつまでこんな木屑をギルドは支給し続けるさぁ? 誰も喜んじゃいないさねっ。いい加減気付くべきさ」 新海が真面目にそう言って、窓口の中の屑篭を見つけそこに投げ込む。 「どうしたんだ?」 そんな様子を知ってか知らずか、声をかけたのはやはり鍛冶屋の男だった。 「あの、その‥‥新海さんがおかしいんです‥‥」 恐怖に震えるような仕草で窓口の女性が新海を指さし言う。 「んぁ? 何かしたのかい? 新海さん??」 それを見取って、男が尋ねる。 「別に何もしちゃいないさね。ただ、木屑が当ったんで破棄しただけさぁ」 「木屑? 何の事なんでぇ?」 訳がわからず、男が二人を交互に見やる。 「な‥‥なべの‥‥ふた」 「へ?」 「鍋の蓋の事なんです」 「ええっーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」 その答えに、仰天する鍛冶屋の男だった。 その後、数日が過ぎたが――新海の様子は変わらなかった。 いつもと同じように朝を迎え、いつもと同じように寝起きを繰り返している。 ただ、違う事と言えば‥‥鍋蓋への愛情が全くないのだ。 相変わらず支給品では鍋蓋を当てている彼であるが、全てその場で破棄を要求。家に飾ってあったはずの鍋蓋コレクションは姿を消している。鍛冶屋の男がどこにやったのだと聞いてみても、そんな事は関係ないさねの一点張りでろくに答えようとしない。飾ってあった棚には、今は何も飾られておらず、埃が積もり始めていた。 「あれじゃあ、新海さんじゃねぇ〜よなぁ」 彼の為に、新しい鍋蓋武器の案を考えていた鍛冶屋だったが、今の彼は多分聴く耳をもたないだろう。 「なんでこんなことに‥‥」 沈みゆく夕日を眺めながら、男が呟く。 そして、よくよく思い返して‥‥男は気付く。 (「あの事故‥‥そうだ、あの事故から変になっちまったんだ!!」) きっかけがわかればなんとかなるはず――男が立ち上がる。 「あんな新海さん、俺は認めねぇ!! 俺が元の新海さんに戻してみせる!」 そう決意した鍛冶屋だったが、医学の知識がある訳ではない。 仕方なくなけなしの金を抱え、ギルドに向かうのだった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
朝倉 影司(ia5385)
20歳・男・シ
ガルフ・ガルグウォード(ia5417)
20歳・男・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
木花咲耶姫(ib0831)
21歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●出会い頭のお約束? ガタンッ 勢いよく戸を開いて、わらわら入ってくる鍛冶屋の男とその仲間達。 仲間達とは言っても、今回の依頼を請け負ってくれた開拓者であるのだが、そんな事情を知る由もなく‥‥。 「ちょっちょっ何やってるさねぇ〜〜」 徐に部屋を物色し始める開拓者らを見取って、止めに入るのはごく自然の反応。そんな彼に――。 「ごきげんよう、新海さん。最近少し調子が悪くなられたそうで、この白薔薇(ロサ・ギガンティア)の騎士が治して差し上げます」 挨拶するなり新海に歩み寄ったのは、以前依頼を共にした剣桜花(ia1851)だ。 「別に調子なんて悪くな‥‥」 「いえいえ良いのです。遠慮なさらずに‥‥いきますわ! 白薔薇奥義・斜め四十五度!!」 狭い室内、天井を突き破って高く跳躍した桜花。手には、持参した槍『白薔薇』が握られている。そして最高点に達すると、その槍を技名の通り斜め四十五度に構え投擲する。 「ななな、何事さねっ!」 その槍が自分のすぐ横に突き刺さって、新海は慌てていた。そんな彼の横に着地して、桜花の猛襲は続く。 「こっちが本命ですよ」 にこりと笑って、彼の顎を捉え四十五度に打ち上げアッパー。 それを避ける術を新海は持ち合わせてはいなかった。 「なっなんでさねぇ〜〜〜!!」 虚しい悲鳴と共に、さっき出来たばかりの穴から外へと飛ばされていく。 「相変わらずすごいですね」 彼女を知っている和奏(ia8807)が呟く。 「あら、こういうのはショック療法が基本ですからね。これでうまくいけば万々歳でしょう?」 その言葉聞いていたのか、桜花が答える。こうして、新海の鍋蓋愛を取り戻せ作戦は開始されたのだった。 ●感化された開拓者 「あ〜俺よくわかんねぇんだけどさ。そんなすごかったのか? この人?」 気絶してしまった新海を余所に、今回初めて彼と会うルオウ(ia2445)が、鍛冶屋の男に尋ねる。 「あ、私も聞いてみたいです」 それに賛同したのは、同じく初見の木花咲耶姫(ib0831)だ。他にも初見の人間は二人――天津疾也(ia0019)と神鷹弦一郎(ia5349)である。弦一郎は彼の噂を聞いていたらしく、少し残念に思い力になれればと参加したらしい。 「鍋の蓋なんてさ、みんなあーあって思うだけだと思うんだけど‥‥」 家主の静かな間にと、そう広くない部屋を総出で家探ししながら言う。 その目的は、勿論新海の鍋蓋コレクションの行方である。 「それは普通の人ならそうかもしれやせんが、旦那はなんていうか違うんですよ。誰よりも鍋蓋を引き当ててる分、少しずつ愛着が湧き出して‥‥あ、すごいんですぜ! 新海さんは蓋を見ただけで、どこ産の木を使ったどこ製の鍋蓋か、判ってしまうんですから」 鍛冶屋の男がさも自分の事のように話している。 「そういえば匠の件では身体張って頑張ってたなぁ〜」 何度も彼とは仕事を共にしている和奏の言葉。 「師匠は‥‥誰よりも鍋蓋を愛してる」 ――とそこで静かな情熱を秘めて、言葉したのはガルフ・ガルグウォード(ia5417)だった。彼との出会いが印象的だったらしく、以後新海の事を『師匠』と慕っており、この事件を聞き酷く動揺した一人である。 「師匠は鍋蓋を通して色々教えてくれた。物を大事にする心、人との出会い、俺はそんな師匠を尊敬してたのに‥‥なんで、なんで‥‥」 握った拳を震わせて、ガルフは辛そうだ。 「そうですね。自分も趣旨替えならそれで構わないなと思いましたが、道具を大事にする姿勢まで失われてしまったというのは残念かも‥‥」 あまり人に執着しない和奏であるが、今回ばかりは別のようだ。 「なぁ、あんたらさっきっから色々言うてるけど‥‥結局、そこにおる人を鍋蓋好きに戻してやればええんやろ? なんか拘り過ぎとちゃうかな?」 人懐っこい笑顔を見せて、輪に入ってきたのは疾也だ。 「じゃあどうするんだ?」 近くに居た弦一郎が問う。 「せやから、鍋蓋の良さをもう一度教えてみたらどないやろか? 嫌いになったんなら、また好きにすればええ‥‥簡単なことや。まぁ、まかしとき」 疾也はそう言って、弦一郎が持参した鍋蓋を手に取り、横になっている新海の元に歩み寄る。すると、丁度目を覚まし、新海が辺りを見回しているところだった。 「なぁ、あんた。これ何かわかるか?」 目覚めたばかりの新海に鍋蓋を差し出し問う。 「ギルド支給の不用品‥‥木屑さね‥‥」 まだぼんやりとした頭のようだが、新海は『鍋の蓋』と呼ぶ事さえ、拒否しているようだ。 「あんた、わかってへんなぁ〜不用品? とんでもない! 鍋の蓋程、便利なもんはないんやでぇ!」 大袈裟にそう言って、疾也が語り始める。 「そもそも鍋蓋はその名の通り、鍋に蓋をして鍋の料理の旨味を中に閉じ込める為のもんや。せやけどその形状から、他にもいろんなことに使えるんやで。手に持って盾にしてもよし、外で地面においてちゃぶ台のようにしてもよし、振り翳してどついたりしてもよしや!! もうこんな便利なもんは他にないっ、一家に一台の必需品や!」 まるで主婦に売る込むが如く、はっきりした声音で畳み掛ける。 「さぁ、お客さん。今手に入れなきゃ損なんやで! 今こうたら、更にもう一個オマケ付けたる。これはもう買うっきゃない!」 ずいっと顔を寄せ、ここぞどばかりに詰め寄る疾也。 「‥‥‥買う、俺が買うぜっ!!」 だが、声が上がったのは新海からではなかった。 その声の先に視線をやれば、そこには瞳を輝かせたルオウの姿がある。 「俺‥‥俺、鍋の蓋を『なんだこんなもんガラクタじゃん』とか言って捨ててきたのが今、猛烈に恥ずかしいぜっ! 俺は目が覚めた! これからは鍋の蓋を大事にするっ! だからそれを売ってくれ!!」 「あ〜それは俺のなんだが‥‥」 新海の前に差し出された鍋の蓋を取ろうとするルオウを見て、呟くは弦一郎である。 「なんや、なんや! えらいもんが釣れよったでぇ!!」 疾也は苦笑しながら、鍋蓋に飛びつこうとするルオウを手を上げ回避している。 「俺はそんな物、いらないさね」 新海が低い声で呟いて――。 ごつんっ その言葉を聞きうっかり鍋蓋を取り落とし、それは偶然疾也の頭を捕らえるのだった。 ●デスマッチ 「もう我慢できねぇーー! 師匠、勝負だ!!」 ガルフが突然立ち上がり叫ぶ。 「決闘、面白そうですね」 「私も賛成ですわ」 ――と、煽り立てたのは桜花と咲耶姫だ。 ガルフの言葉に訳が解らぬまま、庭に連れ出される新海。 「それではルールを説明します。勝負はガルフ殿の提案により、鍋蓋デスマッチ。お互いが鍋蓋を手に殴り合い、相手の鍋蓋を壊すか相手を倒した方が勝ちです。準備はよろしいですか?」 対峙する二人を確認し、咲耶姫が問う。 ガルフは至って真剣そのものであるが、新海の方はそうでもない。手にした鍋蓋を心地悪そうに構えている。 (「鍋蓋、師匠を戻す為にも、くず鉄に散った奴らの分まで持ち堪えてくれよ‥‥?」) 祈るような心の声に、磨かれた鍋蓋がきらりと輝く。 「行くぜーー!」 ガルフの一声に決闘の幕が切って落とされた。 ●鍋蓋探索中? 「なんだろなぁ、この光景」 部屋の中と外――弦一郎は交互に視線を走らせながら呟く。 庭ではガルフと新海の仁義なき戦いが繰り広げられているし、中は中で鍋蓋捜索が行われていたはずなのだが、気付けば若干趣を変えている。 「あ、まだ埃が残ってる。なかなか難しいものですね」 掃除をしたはずの場所に埃を見つけ、和奏が言う。彼は鍋蓋を探すというより、掃除を楽しんでいるようだった。天井・押入れ・そして棚――皆が捜索を終えた場所を追いかける様に、適材適所な対応を施していく。到着時開けられた穴もいつの間にか塞がれているようだ。 「楽しそうだな」 弦一郎が優しく声をかければ、 「はい、実家ではやらせてもらえなかったので」 ――と、和奏が答える。 「井戸、川‥‥共に異常なしだ」 すると、そこに突如姿を現したのは朝倉影司(ia5385)だった。 床下から頭を出して、そのまま何事もなかったように中に入ってくる。 「その草は?」 そんな彼の腕に抱えられている草に気がついて、 「あぁ、これか。これは雑っそ‥‥いや、里秘伝の薬草だ。効くかもしれないと思ってな。鍋にしてみようかと思う」 表情を変えぬままそう言って、水場に向かう。 「あ、じゃあ自分も手伝います」 料理もやってみたいらしい。和奏の声は明るかった。 ●乱入者、現る (「戻れ、戻れ、戻ってくれぇ〜」) 闇雲に鍋蓋で攻撃しながら、ガルフは心中で呟く。そんな彼の攻撃を防戦一方で対応しているのは、新海明朝その人である。そんな彼に、にわかな変化が現れ始めていた。 (「この感覚? 何か懐かしいような‥‥この木の板の温もり‥‥手に馴染んできている? そしてこの感じ? 何さね?」) 両手で鍋蓋を掴んで盾代わりにし、後退する中で新海が感じた不思議な感覚。 (「この板の感触‥‥これを突き出せば、何か目覚めそうな‥‥」) 「うぉりゃあ〜〜〜!!!」 飛び掛るように踏み込んできたガルフを見取って、新海の身体は反射的に動いていた。 ぐっと上体を落とし鍋蓋を突き出せば、ガルフはそれに弾かれ遥か後方に着地する。 「しっ師匠っ!? その技は!!」 鍋蓋アタック――以前新海が編み出した技である。 「隙ありぃーーー!!」 ――が、それを確認する前に突如現れたのは仮面の少年。顔を鍋蓋で隠したその少年の手には、ガルフと同様鍋蓋が握られている。 「だっ誰さね?」 その少年をまじまじと見て、新海他誰もが停止した。 「‥‥ルオウ殿?」 レフェリーをしていた咲耶姫がぽつりと呟く。 「ちっがぁ〜〜〜う!! 我が名は鍋蓋仮面!! そこの新海とやらを成敗‥‥違った、正気に戻す為に遥々鍋蓋星からやってきたのだぁ!!」 腰に手を当てて大声で否定しているが、背格好や声から彼が誰なのかは明らかだ。 「やっぱりルオウやな」 「そうですね」 それを傍観していた疾也と桜花も呟く。 「何ぃ、鍋蓋仮面っ!! そんなもんいたのかっ!!‥‥ってか、師匠は微妙に戻りかけてるし、後少しっぽい気が‥‥」 「なっ、それは本当か!!」 二人の呟きを無視して、鍋蓋仮面ことルオウがガルフの言葉に耳を傾ける。 「その証拠にさっき鍋蓋アタックを‥‥」 「なぬ! 鍋蓋アタックだと!! 俺も見たかったぁ〜〜」 どうやらさっきのそれを見逃したらしく、ルオウが嘆いている。 「まぁいい、そこの人。俺と共に彼を正気に戻すのだ!!」 「おう」 突如現れた鍋蓋仮面に動揺することなく、ガルフはそう返答し再び新海と対峙する。 「行くぞ!!」 そう言ってルオウが跳んだ。さっきまでは気付かなかったが、足にも鍋蓋が装着されているようだ。まるでかんじきのように、足の裏の部分に丸々一枚の鍋蓋が据え付けられている。 「くらえっ、鍋蓋インパクト!!」 落下速度を利用して、ルオウが上からガルフが下から襲い掛かる。 げしっ 「ぬぁっ!!」 その攻撃をまともに受けて――。 「勝負ありっ」 新海は再び意識を手放す。 「どうだ、鍛冶屋発案の鍋蓋アイテムは!」 自慢げに笑うルオウ――けれど、咲耶姫の視線はそこにはない。なぜなら、長屋の屋根に目を奪われていたからだ。新海宅の屋根の一部が異常に夕日を反射している。 「あれはもしかして‥‥」 輝くそれは丸い板――そうそれは鍋蓋だった。 ●発見、そして復活 「皆様、お疲れ様です」 水場から鍋の仕度をしながら声をかける和奏。 「あ、新海さんも大丈夫でしたか?」 「ん‥‥あぁ‥‥って、おお!! なんか部屋が綺麗になってるさぁ〜」 二回目の気絶から目覚めて早々、自分の部屋と思えぬ美しさに驚愕する。 「さて、それではまず確認ですね。新海さん、これは何ですか?」 そっと鍋蓋を取り出して桜花が尋ねる。 「ん、何のクイズさね? 鍋の蓋さぁ」 『おぉ!!』 普通の答えなのだが、普通じゃなかった時を知っている一同。新海の反応に声を上げる。 「はっ! そういえば俺の鍋蓋干しっぱなしさぁ!!」 ふと思い出したように、言葉した新海を見て、一同今度は顔を見合わす。 「今、言ったよな」 「あぁ、確かに言った」 「俺の鍋蓋‥‥だって」 「し、師匠ぉ〜〜」 その言葉が彼の復活を物語っていた。 「ちゃんと取り入れてますよ」 咲耶姫が笑って、棚の方に視線を向ければ、そこには綺麗に磨かれた鍋蓋達が陳列されている。 「大変でしたわ‥‥ずっと放置されていたようでしたから、汚れが酷くって」 「しかもこの枚数やろ? 苦労しなかったといえば嘘になるわ」 新海の鍋蓋コレクション――それは屋根の上にあった。人通りのある方ではなく、逆側に並べられていた為、周りは気付かなかったようだ。 「しかし、なんで? ってか、どうして生き埋めになったんや??」 今更ながらの問いに新海は少し考えて――。 「いや、その‥‥ここ数日雨が続いてたさね。だから、蓋も湿気を吸って重くなってたから屋根に干してたさぁ〜。で、屋根に上るにはあの棚を足がかりに上って天井板を外して出ないといけないさぁ〜〜‥‥その時に足を踏み外して転倒したって訳さね」 頭を掻きながら、新海が答える。 「当たり所が悪かったのかな? けど、そんなことで鍋蓋嫌いになるとは‥‥らしくないですね」 「鍋蓋嫌い? 誰の事さね??」 和奏の問いに新海が真顔で尋ね、一同の目が点になる。 「まさか新海殿、覚えてないのですか?」 「え? そこから落ちた直後じゃないさね??」 「まじかぁ〜〜〜」 あれだけ数日普通に生活しておいて、覚えてないとは不思議な事もあるものだ。 「まぁ、いいじゃないか。元に戻ったようだし」 「なにかあったさね??」 弦一郎の言葉に新海が尋ねる。 「まぁまぁ、それはさておいて‥‥鍋、出来ましたよ」 ――と、先程から作られていた鍋が完成したらしい。和奏が運んでくる。 「おい、ちょっと待て‥‥それは」 「さぁ、食べましょう」 影司の言葉を余所に皆にそれを取り分け、手渡していく。 具は草ばかりだが、香り・見た目共に悪くない。けれど、影司は知っている。 この鍋がただの雑草鍋だという事を‥‥言い出しにくくなって、そのまま調理してしまったが、本来は新海を戻す為に思いついたショック療法の一つであり、普通に食べるものではない。 「あ、いや、待て‥‥みんな‥‥」 ぱくり 影司の言葉虚しく、皆はそれを口にして―― ちーーーん 皆の脳裏に響いたのは、まさにそんな音。 (「まさか、これでまた変に‥‥いや、考えないでおこう」) 影司はそう自分を納得させ、その場をそそくさと後にするのだった。 翌日、皆の体調がどうだったかは定かではないが、無事復活しギルドから鍋蓋を持って帰ってくる新海が居た事は確かだった。 |