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■オープニング本文 ●参者三様 「すまん。コクリという奴はいるか?」 ギルドの窓口にて、一抹風安は面倒くさげに尋ねる。 「え、ボクの事? 何か用かな?」 その意外な探し人に目を丸くした少女であるが、話を聞けば成程…自分でなければならない事を知る。 彼女の名はコクリ・コクル(iz0150)と言った。 現在華のろりぃ隊、もとい華の小手毬隊として色々な仕事をギルドで引き受けている少女である。 「悪いが手っ取り早く用件を言わせて貰うぞ。お前が取り扱っている『ちょこれーと』とかいうものを少し分けてくれ」 「え? 別にいいけど…どうするの?」 大の男がチョコレートとは些か不思議だ。思わずコクリが首を傾げる。 「それは話せば長くなるんだが…知り合いの酒蔵が新商品には必要だとか言い出してな。全く何で俺が…」 「要するにその酒蔵のツケが溜まってるから強く出られなくて…仕方なくおつかいを頼まれたと言う訳にゃ」 「おいこら、ポチっ!」 唐突に現れた彼の相棒に内情を全て暴露されて、一抹は罰が悪そうだ。 「あはは…噂に聞いた感じの人なんだねぇ。けど、いいよ。ボクで力になれるなら」 状況を理解した彼女はにこやかに笑って、提供を約束する。 「すまんな。如何やら天武会の盛り上げイベントに使うらしい。何なら出来たものを届けさせる」 「うん、じゃあ楽しみにしてるね♪」 天儀一武道会…略して天武会。国を挙げての一大イベントに協賛出来るなら嬉しい限りと、一つ返事で交渉成立。 一抹は逸早くその事を伝える為ポチを店に走らせて、 「一杯何処かで飲んで帰るか」 相変わらずの彼であった。 さて、時を同じくして。 「マジかよ……広報担当とか聞いてないんだけども」 鈴鹿のシノビの里――罠師・キサイはある物を前に頭を抱える。 「まあ、いいじゃないか。お前の嫁は料理人なのだろう…こういう事も勉強していて損はない」 そう言うのは彼の師匠。何かにつけて彼に面倒事を押し付けてくる張本人である。 「あたしも変装して手伝うから問題ないって」 その横には今の彼の弟子・ヘキの姿があった。普段の一人称は『オレ』であるが、今日は女装をしている為か『あたし』になっている。しかし実際の性別は女であり、何ともややこしい限りだ。 「まあ、嫌だと言っても師匠はやらせるんでしょうが…何でこいつと?」 こんな依頼で半人前とペアを組むのは御免だ。が、それには訳があるようで…。 「実際の所をいえば漬物販売はおまけみたいなもんだ。本来の目的は会場の警備にある」 「はぁ? こんなご当地イベントの警備って」 「まあ、そう言うな。万が一という事もある。今は天武会の真っ最中だ。人も多く集まる」 「だから警備を徹底して欲しいんだってさ」 師の言葉に付け加える様にヘキが言い、さっさと樽を荷台に運んでゆく。 「ったく…なんであいつは俺にため口何だか…」 余り先輩とは思われていない様だが、それはさておき師匠からの依頼とあらば断われない。 彼は不貞腐れつつも陰殻特産の西瓜の皮で出来た漬物樽を前に小さく息を吐いた。 そしてまた別の場所では―― 「やっぱりこれは作り過ぎだったさねぇ」 鍋蓋神社にて新海が積まれたままの奇妙な太巻きを前に言葉する。 「そうかな…絶対いける思ったのにぃ〜」 とこれは神社で働く巫女の言葉だ。何のことなのかと言えば、それは節分の折の事。 厄除け太巻きの新時代をみせるべく発案した鰯の佃煮を飯と海苔で巻いた豪快鰯一本巻の事である。 「どうするさね…この売れ残り」 珍しさである程度は売れたものの、総定数以上に作ってしまった為か在庫がかなり出てしまった。が時期が過ぎてしまってはなかなかに販売は難しい。しかし、彼女らは諦めない。 「大丈夫です! きっと鍋蓋様がどうにかしてくれるわっ」 お社の方に向かって巫女が手を合わせる。 すると突然風が吹いて……舞い降りてきたのは一枚のチラシ。 「何かしら?」 彼女がそれを拾った。見出しには天武会を応援しようの文字がでかでかと掲げられており、その下には――。 「ご当地うまいもん祭り…さね?」 新海がそのチラシを覗き込み言う。 「これだわっ!」 彼女が声を高くした。 ●便乗バレンタイン 時は過ぎ…場所は戻って北面、一抹の知り合いの酒蔵にて。 「どうだ、調子は?」 気さくな感じの男が酒蔵の主人に尋ねる。この男――実は芹内王と深い繋がりがある。 「おう、菊柾。えぇえぇ、いい感じだよ。うまいもん祭りには間に合いそうだ」 だがそんな彼に動じることなく答える主人。何故かと言えば彼の親戚に当たるからだ。 「何、折角のイベントだ。派手にやりたいしな…では、頑張ってくれ」 菊柾は状況を聞くと踵を返す。 「ちょっと待てって。折角だから味見ていってくれよ」 そんな彼を主人は引き止める。そして焼き上がったばかりのクッキーと栗色の液体を差し出す。 「これは?」 「うちの新作だ。もうすぐばれんたいんとかいう日だって聞いて、ちょっと一抹さんに頼んでちょこれーとをし仕入れて貰ってのコラボ商品だ」 「ふむ…」 あの一抹がよく動いたなと思いつつも彼はクッキーを口に運ぶ。 さくりといい音がして、その後口に広がるのは甘いカカオと芳醇なアルコールの香り。 「ほう、甘過ぎずうまいな」 菊柾が一枚をすぐに食べ切って感想を述べる。 「だろう。こっちも同様に酒粕とちょこを使って作った。名付けてスイートショコラっ酒!」 酒粕の甘酒とホットチョコのコラボ…有りそうでなかった商品だ。 「ふむ…これもなかなか。寒い日にはぴったりだ」 こちらも一口含み、菊柾が言う。 「実はね、酒粕を使うアイデアはあのポチちゃんのアイデアなんですよ」 そうして語り出したのはこの商品の開発秘話。 「ほう、あの猫又が…」 さすがの猫又とて酒粕は食べないだろうに…大方一抹が焼いて食べているのをヒントにしたのかもしれない。 「粕って言っても栄養たっぷりだし捨てるのは正直勿体ないってな…よく出来た猫又だよ」 主人がからからと笑う。 「ふふ、確かにな」 その意見に同意して彼もすくり。 そんなやり取りがあったのはイベント開催前日の出来事で…明日、いよいようまいもん祭り開幕である。 |
■参加者一覧 / 鬼啼里 鎮璃(ia0871) / ガルフ・ガルグウォード(ia5417) / 蓮 神音(ib2662) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / シーラ・シャトールノー(ib5285) / 戸隠 菫(ib9794) |
■リプレイ本文 ●再会 店の裏に積まれた鍋蓋。鍋蓋と言っても普通のモノではなく…取っ手のついていない面は周囲を残して少し彫り下げられている。そして、搬入された太巻きを前におさげの少女と巫女が何やらこそこそ。巻き物だというのに、天つゆや油が用意されている。が、その先では更に奇妙な光景…。 「こうさねっ、それともこうさぁ?」 一体何をやっているのか。傍から見れば誰もがそう思うだろう。 会場の片隅で鰯の着ぐるみが必死にポージングの練習に励んでいる。 「違います師匠! もっとこう可愛く!」 その横でダメ出しをするのは自称・弟子ことガルフ・ガルグウォード(ia5417)だ。 「そんな事言っても尾鰭は俺からじゃ見えないさね…だから、こうと言われても」 「何を言うんですか師匠! そんな事で諦めるんですかっ!」 奇妙な着ぐるみの中の人はと言えば、何を隠そう新海明朝である。 「あはは、何か面白い事やってるねぇ」 そこに顔を出したのは巫女姿のリィムナ・ピサレット(ib5201)。 新海とは以前依頼で同行したので、面識はある。 そんな彼の今日の一風変わった姿に興味を惹かれたらしい。 「それって、もしかして鰯?」 精巧にできた新海の着ぐるみをまじまじと見て、彼女が問う。 「もしかしなくてもそうさね。やっぱりリアル過ぎるさぁ?」 そこで彼は彼女に意見を求めた。節分用に巫女が手配して作ったコレであるが…当日の評判はまちまち。だからここで着るのも少しばかり躊躇しているのだ。 「折角作ったもんだし粗末にしちゃいけない! だからこの鍋蓋付しめ縄をつけて少しでも可愛くすればと思うんだけど」 と、これはガルフ。彼は彼なりにこの着ぐるみへの想いがあるらしい。もし数があれば、彼も着たかもしれない。 「ん〜、あたしは奇抜で面白いと思うけど〜」 リィムナは両手を頭に添えて、そう告げる。 「そうさぁ? じゃあ別に悪くはないって事さね」 首を傾げつつも新海はそう判断する。 「ですよ、師匠! 後は師匠の演技次第です!」 その回答を経て、ガルフの方は益々やる気を燃やす。 (別にあたしは「面白い」って言っただけで「可愛い」とはいってないんだけどねー。ま、いっか) 彼女はそう思いつつもそれを呑み込む。 「ありがとうさね。リィムナは何かやるさぁ?」 新海が彼女の荷物を見て尋ねる。 「ん、そうだよ。あたし泰大学の学生やってて、もう一年近くあっちの学生寮に住んでるからさ。泰料理も作れるし、屋台を出すんだ♪ 良かったら食べ来てよ」 ぱちりとウインクした彼女。蒸し器が幾つも積まれている事から蒸し物である事が窺える。 「わかったさね。頃合い見てお邪魔するさぁ」 新海はそう言うと、再び特訓に戻った。 一方、こちらも見知った顔同士が再開の挨拶を交わしている。 「あ…あんた、こいつの…ってそのお腹…」 呆気に取られた様子でヘキが彼女を見る。 「こいつってなんだよ…ってか、そんな身体でまたお前は…」 そういうのは勿論キサイだ。臨月を迎えつつある妻、シーラ・シャトールノー(ib5285)を前に頭を抱える。 「あら、心配してくれるのね? でもお祭りだって聞いて楽しそうだったからつい来ちゃったわ」 くすりと笑って彼女は楽しそうだ。彼女の隣には友人の戸隠董(ib9794)の姿もある。 「ごめんね、キサイさん。止めてもシーラ聞かないから」 ぺろりと小さく舌を出して董が先手を。きっと矛先は自分に向くだろうと思ったらしい。 「あ〜、もういいぜ。但し、店番だけだぞ。あっちの仕事は俺らがやるし」 念を押す様にキサイが言いつける。 「ええ、わかってるわ。警備本部の司令塔として、ここでどっしり構えておくから」 それにあっさりと了承して、彼女は試食用に切り分けていた漬物をぱくり。 「あら、このお漬物、結構美味しいわね」 何処までも天真爛漫な彼女だ。如何やら彼女の荷物には持参して来たお菓子の類いもある様で――。 「この人、色んな意味でちゃっかりしてるなぁ…」 ヘキが思う。 「ふふっ、あの人の妻だもの。図太くなくちゃね」 その言葉にヘキは自分が声に出してしまっていた事を知る。 「準備、整いそうにゃ?」 と、そこへ小さな訪問者がやったきた。首にお守りを下げた猫又――ポチである。 「あ、ぽちちゃん。こんにちわ」 その姿を見取って董が彼を抱き上げ、頭をなでなで。 「にゃ、董しゃん。来てたのにゃね♪ おいら嬉しいにゃ〜。…所で準備は?」 「だいたいできてるよ。こっちは漬物メインだし」 ごろごろされている彼を見つめて、ヘキが不機嫌そうだ。 「どうかしたのにゃ?」 「別に…」 そう答える彼女を疑問に思ったポチだが、深くは聞かずに確認を終えた。 「後、十五分で開場にゃ。皆しゃん、よろしく頼むにゃ」 ポチがぴょんっと飛び降りて、ぺこりと頭を下げた。如何やら彼は主催者側の代役で回っていたらしい。 「おう、任せとけよな」 「お互い頑張ろうね♪」 キサイと董の言葉にポチも笑顔で応えるのだった。 ●開幕 ぱんっ ぱんぱんっ 空に火薬玉が上がる。それが開幕の合図である。 用意された会場の広さはそれ程広くない。けれど、お昼前でも開催の告知を聞きつけて多くのお客が行列を作り、開場と同時に待っていた人々がゆっくりと流れ込んでくる。それに混じって、 「ふぁぁ、結構お店が多いですねぇ。やはり結珠さん、連れて来たかったですねぇ…」 と、まるごともふら着用の鬼啼里鎮璃(ia0871)が呟く。 ちなみに結珠とは、彼の相棒の猫又だ。猫らしい性格だとかで、気まぐれ屋さんな所がある。 であるからして、誘った所で気分が乗らなければついてきてはくれず、今日は一人で来る事となった。 「そう言えばポチさんのお店も出てるんでしたっけ? 何処かなぁ?」 結珠からポチの事は聞いて、入り口で配られている会場マップを頼りに、まずはその場所を目指す。 そこへの道のりには普段見かけないお店も多く、屋台ではなかなかお目にかかれないものも多い。 「どうだい、寒いこの季節。温かい湯豆腐食べてってよ」 作り立てなのだろう。その店の裏からは蒸気が立ち昇り、僅かに豆の香りが漂っている。 「ジルベリア名物の揚げパンだよ。外はサクサク、中はとろーり。トマト味の餡が詰まってる。食べなきゃ損っ!」 と、こちらでは異国のパンの販売が…捏ね上げ作り上げてきたパン生地にトマトベースの餡が入っているらしい。 その香りがまた何とも香ばしくて、食欲をそそられる。 「どれもこれも美味しそうだなぁ」 彼が目移りさせつつ歩いているとふと足元に気配を感じて――視線を向けると小さな少年。まだ二歳位か。 「もふらさま、もふらさま〜。うちに来てよー」 彼はそう言うと必死で脚にしがみ付いて、ある方向を指差す。 (どういう事でしょうか?) そう思うも彼は特に急ぐ事もないと少年について行く事にした。するとそこでは葛切が売られている。 しかし、どちらかと言えば冷たい食べ物のイメージがある様で、なかなかお客が足を止めてくれない。 「こら、寛太。無理矢理連れてきたんじゃないだろうねぇ?」 鎮璃の脚にしがみ付いた息子を見て、父親なのだろう店主が彼に尋ねる。 「いえ、僕がついて来たので…あの、葛切ですよね? 一つ、頂けますか?」 そこで彼は葛切を注文。すると寛太と呼ばれた少年が顔をぱっと明るくする。 「あのねー。うちのクズキリねー、てんねんすい使ってるからおいしいんだよー」 そう言い彼の隣りに座って自慢げだ。 「はい、どうぞ。味付けはお好みで。ごゆっくりして行って下さいな」 店主がそう言い彼に葛切を手渡す。 黒蜜黄粉と胡麻ポン酢と…甘味として頂く事も食事として頂く事も出来るらしい。 「では、頂きます」 キラキラした目で少年が見つめる中、彼は黄粉黒蜜をかけてちゅるりと一口。 口に広がる上品な甘さ、コクのある黒蜜と黄粉の融合…くどく思われるかもしれないが、するすると入ってゆく。 「美味しい…」 あっという間に小鉢に入ったそれを食べ切って彼が言う。 「へへっ、有難う御座います。うちは天然水で丁寧に仕上げているから…」 「父ちゃん、それもう言ったよー」 「はは、そうかい」 和やかなやり取りにくすりと微笑む彼。こんなに美味しいのに寒いと言うだけでスルーされるのは勿体ない。 「あの、もしよければ僕が宣伝して回りましょうか? 折角こういう格好をしている訳ですし、まだまだ回る予定なので」 「いいんですか! それはありがたい事だぁ」 店主と少年が喜ぶ。 「さすがもふらさまだぁ!」 少年の笑顔につられて彼も笑う。 時間はお昼前という事もあって、序盤は家族連れが多い。 従って着ぐるみというものは注目の的となる。それを狙って、鍋蓋神社側の着ぐるみ隊が始動する。 「や、やっぱりこれでいくさね?」 あれから今まで動きに磨きをかけたもののリアル鰯の着ぐるみが不安な新海が言う。 「大丈夫ですって。俺を信じて下さい!」 そう言うのはガルフだ。諦めの悪い師匠を叱咤する。 「二人共頑張ってきてね〜♪」 そんな二人を中から見送るのは、蓮神音(ib2662)だ。 彼女は鍋蓋神社建設から携わってきており、今回の出店を聞きつけて馳せ参じてきた。 そして、節分の折の残りと聞いては少し食品に不安が残る。そこで提案したのが太巻きを揚げるという大胆な作戦。確かに火を通せば、食中毒の恐れをぐっと低くなる。巫女の同意もあって、彼女は揚げ係としてひたすら油と向き合う事となるが、彼女はそれだけでは終わらない。 「寒いけど…でも、熱っ! けどけど、頑張るんだよっ」 ぴょこりと揺れたのは頭の上のうさ耳カチューシャ。彼女、調理担当であるにも関わらず更なる集客を求め衣装はなんと上衣付の赤いレオタード。お尻にはふわふわの尻尾も完備しており、キュートな井出達。ただ、その衣装が災いしてかけしからんお客もいる様で…。 「いいなぁ、あのバニーちゃん…かわいいなぁ」 店から少し離れた所で鼻の下を伸ばしてよからぬ視線。どう見てもいやらしい事を考えている。 「ちょっとそこの人。いい加減にした方がいいよ〜」 何処から現れたのか、董がたしなめる。 「え、何…君。ボクに何か用?」 が、相手も引かない。むしろ今度は董に興味を持ったらしい。けれど、彼女は開拓者。男が敵う筈もない。 「こっちはこういう者です」 ちらりと見せたのは会場警備中の腕章。公に見せて歩いている者もいれば、伝家の宝刀宜しく隠し持っている覆面警備係もいる。ちなみに彼女は後者だ。 「え、ええ…ボク、何もしてないけど」 「うん、だから注意だけ。子供も多いお祭りだからね。余りいけない事は考えない様に」 彼女はそう言ってぱちんと男にでこぴん一発。 呆気に取られた男であったが、可愛い女の子に言われたら仕方ない。そんな彼に今度は別の声。 「肉まんあんまん、チョコまんにチーズまん♪ あったかふわふわ超美味しい♪」 それは少女の声だった。その声に男は振り向いて、しかしそこにいたのは少女ではなく小さな子パンダだ。 「何これ、可愛い〜」 「え、どうして。なんでパンダさんがお店だしてるのー♪」 周囲にいた可愛いもの好きが子パンダのもとに殺到する。 「あたしの蒸し饅頭食べてってー♪ 心も身体もあったかになるよー♪」 パンダはそう言ってぴんっと跳ねる。実際のパンダならばのそのそ動くのがやっとであろうが、実はこのパンダ。見た目はパンダであるが、それは術の効果であり、実際はリィムナなのである。 「買う買う。私にパンダまん、三つ頂戴」 「こっちは二つ。餡子とチーズな」 それに加えて饅頭の形もパンダとあっては売れない筈がない。 生地を練る時に黒ゴマを練り込み、色づけして形成している為一つずつ顔も違い、それがまた可愛い。 「ありがとー。いっぱいあるから並んでねー♪」 パンダの彼女はそう言って、蒸し器からそれぞれ取り出し売り捌いてゆく。 「あ、そこのお兄さんはいくついるの?」 それに目を奪われていたさっきの男。パンダから声を掛けられて思わず購入。美味しさに邪な心は何処へやら。 「凄いさね…」 「負けてられないですね」 そんな客引きの凄さに新海とガルフは圧倒されていた。しかし、このままでは終われないと、首を振って声かけを始める。 「鰯の太巻きに天ぷら! 食せば梟苦労無し! 試食もあるよー!」 「あー、今度はふくろうさんだぁ」 そんなガルフを見つけて小さな子が駆け寄る。ガルフはこの売り文句の為、自前で梟の着ぐるみを用意していた。 「おう、そうだぞ。フクロウさんだ♪ 鰯の太巻き天ぷら食べてかないか?」 そこで透かさず彼は視線を合わせる様に屈んで、あの彫り下げた鍋蓋皿に乗せた試食品を彼女に差し出す。 「お魚…生臭くないの?」 「ないない、天ぷらにしてるし鰯も佃煮になってるし」 そう言って大丈夫だと言う様に自分も頬張ってみせる。それを見て彼女も少しだけ齧ってもぐもぐ。 「どうだ?」 「…おいしい」 少し照れながら美味しそうに食べる少女に何だか温かい気持ちになる。 「そかっ、そりゃよかった。まだまだあるからよかったら買って行ってくれな」 そこで彼女の頭を軽く撫でてやると、彼女は大きく頷いて母の方へと駆けてゆく。 「へへっ、可愛いな…師匠もそう思いま…ってえ゛」 ガルフは同意を求めて振り返った先、そこでは新海 vs 男の子達の死闘が繰り広げられていた。 「くらえ、鰯のお化けめー」 「おれがやっつけてやるー」 リアル過ぎる鰯、格好の遊び相手に(笑)。開拓者ごっこをするガキんちょの相手に勝手に抜擢されたらしい。 尾鰭やら胸鰭に子供達のパンチやキックが飛ぶ。 「く、こうなったら俺も黙っちゃいないさね。いくぞ、鰯嫌いな悪い子はいねーがー」 そこで新海も反撃開始。何処か何か違ってしまっているが、これもまた有り。 鰯の太巻きも順調に販売を伸ばし始めているのだった。 ●快調 (ふむ…もう落ち着いてきた事だし、俺はそろそろ…) 酒蔵が出しているテントにて、一抹は客を出迎える店主達の姿を後方から見つつ、頃合いを窺う。 店頭では今、こちらの助っ人にやって来たマルカ・アルフォレスタ(ib4596)が笛の演奏を始めている。 なぜ演奏に至ったかと言えば…… 「やはり午前中に甘味の類いの売れ行きはよくありませんわね」 三度の飯よりもお菓子が好きという者であれば別だが、大概の人はご飯を好む。御飯屋も多数出展している為、お握りや焼きそばの屋台に人を取られて、新作とはいえ甘酒とクッキーを売りにするこの店には些か不利だ。 そこで彼女が客寄せの為に考えたのが、笛での演奏だ。 彼女自身はメイド服に着替えて、自前のフルートを口に当てる。そして、一呼吸の後にしなやかな指使いで奏でるは明るい曲。皆がわくわくしてきそうな楽しくなるようなメロディー。 「おいらもお手伝いするにゃ」 そう言ってポチはその曲に乗せて即興で踊り出す。 すると客足は一人、また一人と店の前で止まり…気付いた時には大勢の人が彼女と一匹に釘付けとなっている。 そこでマルカは演奏を終え、ここぞとばかりに口上を。 「お集まり頂き有難う御座いますわ。こちら、酒粕とチョコがコラボしたお酒になっております。わたくしの曲とポチ様の踊りの様に、天儀とジルベリアの見事なマリアージュ…両国の交友の為にもぜひともお買い求め下さいませ♪」 スカートの裾を軽く上げて丁寧にお辞儀をし、彼女が言う。 「へぇ、そりゃあ凄いな。で、こっちのは?」 そこに有難くもクッキーに目を付けたお客からの質問が飛ぶ。 「こちらも同様。酒粕とチョコを使ったクッキーですわ。どちらもお子様も頂けるよう工夫していますので御安心を。それに」 「それに?」 「本日はバレンタインですわ。愛しき人に贈ってみるのもよいかと存じます」 優雅な佇まいでの丁寧な説明にお客は好感を持つ。 「よし、じゃあ一つ貰おうかな」 「寒いし、温かいのを頼むよ」 「ええ、勿論ですわ」 彼女の演奏で酒蔵ブースに光が灯る。ポチも店主も、慌ただしく立ち回っている。 (今だな) 一抹はその期を逃さない。自分への監視が緩んだ今こそトンズラ、もといサボタージュの絶好のチャンスである。 「……っと」 どっこいしょと掛け声をかけたい所だがそれを辛うじて堪え、彼はテントの脇へと移動する。 「一抹様、どちらへ?」 が、そこにストップがかかった。マルカだ。 「あー、いや、ちょっと厠へ」 「でしたら、ついでに倉庫にあるクッキーを二箱持って帰って来て下さいまし。その後は酒樽を一つ」 いつ気付いたのか、彼女は極上の営業スマイルのまま、一抹にお願いする。 (そういや、こいつ園遊会の時にえらいオーラを放っていた様な…) 記憶が確かならば彼女は『オーラバースト』という技を使い、敵に見立てた人形を跡形もなく破壊した人物だ。即ち、ここはいう事を聞いておくのが得策である。 「……あ、あぁ判った。行ってくる」 一抹は仏頂面のままテントを出てゆく。 「お、一抹。またおつかいか?」 そんな彼を見つけ、菊柾はにやり。ムッとしつつも真面目に倉庫に向かった。 「あ、ここはお漬物なんですね。あれ、でもお菓子もあるのか」 まるもふを着込んだままの鎮璃が、鈴鹿の漬物店を訪れて言う。 「えぇ…って、あなたは一応お客さんよね?」 そんな彼の姿を見て、思わず聞き返したのはシーラだ。何故なら彼の首にはいくつもの宣伝札が掛けられている。 「あはは…なんか成り行きで動く広告塔になりまして」 人がいいのか、行く先々のお店で頼まれてしまったらしい。新海の所の看板も見える。 「冷やかしだったらお断りだからね」 そんな彼に冷たく言ったのはヘキだ。余り接客は向いていないらしい。 「いえ、冷やかしだなんて…結珠にお土産を買いたいし…ってもう色々ありますが」 腕には下がったいくつもの包み…これらは実は宣伝費の代わりにと頂いた物ばかりだったりする。 「まぁ、ゆっくりして行ってちょうだい。うちのはおかずだからここで食べていく人も少ないし」 シーラはヘキに代わって明るく対応する。 「身重なのに大変ですね。もうすぐですか?」 そこで鎮璃はその場に腰を下ろして、彼女と少し世間話。 「ええ、あっそれよりこれどうかしら? 鈴鹿の新名物にしたいと思っているのだけれど」 彼女が勧めたのはジンジャーブレッド。彼女のお手製で爽やかな生姜の臭いが漂っている。 「成程、美味しそうですね」 彼はそう言って試食をパクリ。試食だけでもこれならお腹いっぱいになりそうだ。 「大した事件もなさそ…っとお客だったか」 そこへ巡回していたキサイが帰還。ぺこりと頭を下げる。それと入れ替わりに今度はヘキが外へ。 が、そこで事件発生――。 「スリだ―! そいつを捕まえてくれー!」 人が多ければ紛れ逃げられると思ったか。犯人が店の前を駆け抜けていく。 「はっ、警備隊の前をいくとは上等だぜ」 キサイの瞳がきらりと光る。 「いくの?」 その問いに、 「一応な。すぐ戻る。これやるよ」 彼はそう言って彼女に買って来たばかりのスイートショコラっ酒を手渡す。 「あら、あたしがショコラ隊って知ってたのかしら」 彼女がそれを受け取りくすりと笑った。 ●閉幕 (何だよ、いちゃついちゃって腹が立つ…) 師匠に恋心を抱くヘキはシーラとキサイのそれに当てられて拗ね気味だ。 しかし、この仕事をちゃんとこなせば褒められるに違いないと信じ、彼女は時間が過ぎるのを待つ。 そんな折に聞こえた悲鳴に彼女はハッとして、しかし周囲にいる人の多さに幾分走り出しが遅れた。 「あぁ、もうついてないッ」 彼女が愚痴る。早駆を発動しようにもこの人では余り意味をなさないだろう。見失いそうで気持ちが焦る。 「ヘキさん、こっちだよ」 そこに董が合流。彼女を引っ張り道を反れる。彼女はスリの逃亡先を知っているらしい。 「何で判るの?」 そう問うヘキに、董は答える。 「実は巡回最中に怪しい動きをしている人達を見つけてたんだよね。だけど、なかなか実行に移してくれなくて…でも、合流地点は知ってる。さっきの人相…間違いないの」 そう言って先回り。そこは主催者本部から一番離れた場所。 店のテントの死角となっており、そういう事をする人達にとっては絶好の場所だ。 「アニキー、やりやしたぜっ」 下っ端だったのか周りを少しだけ警戒した後、すぐに物を取り出し言う。 「おい、大きい声出すなって。周りに聞こえるだろ」 「そこまでだよ!」 そこで二人は彼らの前に姿を現し、あっさり御用。 「おとなしくしててね、そうすれば刑も軽くなるから」 董が言う。ヘキはその手際の良さに目を丸くした。修行の最中は里から出ないが通例だった。依頼があっても師についているうちは師と共にあり、行動は大概夜中が多い。警備とはいえ人の多さにかまけて、細かい部分を見落としていた事を知る。 (一人前にはまだまだかな…私) 董を手伝いながら彼女は思う。嫉妬している場合ではない。それよりも知らないといけない事が多過ぎる。 「お、俺が行くまでもなかったかよ。二人共ご苦労だぜ」 「…う、うん」 二人を見つけて言うキサイにヘキが小さくそう答えた。 祭りも後少し、夕日はもうすぐ地平線へと消えてしまいそうだ。 その頃には多くの店が完売し、菊柾からは寒い中頑張ってくれたと各店舗に労いのスイートショコラっ酒が配られる。 「やった〜、これで最後だよ!」 神音の機転のお蔭で二種類になった事もあり、太巻きも無事完売だ。鍋蓋皿も彼女の発案…珍しさもあってか欲しいと言ってくれた人までいたとか。何はともあれやり切った達成感を巫女と分かち合いながら神音が腕を伸ばす。そんな二人を見つけてほっとする新海だったが、はたと思い出したのは冒頭の約束――。そう言えばまだ行っていなかった。 「もう、終わったさね?」 静かになってしまった店の前、パンダ姿を解いて片付けを始めているリィムナに彼が声をかける。 「あぁ、新海さん。そっちも忙しそうだったねー♪ けど、こっちも負けてなったでしょ」 そう言って彼女は悪戯っぽく笑う。 「もう来ないかと思ってたけど、にしし…取ってあるよ、パンダまん。食べに来てくれるって言ってたもんね♪」 彼女はそう言って、彼に最後のそれを手渡す。 「ありがとうさねっ」 彼はそう言ってそれを半分に割り、ぱくり。成程、確かに…少し冷めてしまってはいるが、味は抜群である。 「鰯太巻きは完売してしまったから…これをあげるさね」 そう言って新海は彼女に酒粕クッキーを渡した。今回の目玉商品という事で彼も購入していたらしい。 「ありがとー、後から頂くね」 彼女が笑う。 「師匠、片付けまだですよー」 そこにガルフの声がかかって、慌てて手を上げる彼。 「もしよかったら、この後鍋蓋神社で打ち上げするさぁ。一人なら遊びに来るといいさね」 「ふふふっ、ありがとー♪」 彼の言葉に彼女は微笑む。姉妹が多い彼女であるから今日の一人の出店は正直寂しかったのだ。 一方こちらは元々その気だった様で、 「え、鍋蓋神社で! それは願ったり叶ったりだ。行きます!」 ガルフがパンダまんを分けて貰いつつ嬉しげに言う。 「神音もいいのー♪ 実は仲良くなってきたからお話ししたいと思ってたんだよー」 とこれは神音だ。お昼を過ぎた辺りから巫女と彼女は意気投合し、恋話で盛り上がり始めていた所だ。冷えた身体を貰ったショコラっ酒で温めつつ言う。 そしてこちらもこちらで――、 「お疲れ様にゃ! 今日は御主人もちゃんと働いてくれたし大成功にゃ♪」 影でマルカの眼光が光っていた事とは露知らず、ポチは純粋にそれを喜ぶ。 「俺らも混じって良かったのかよ」 とこれはキサイだ。一応警備を依頼したのは菊柾という事で打ち上げはこちらに纏まる事になったらしい。 「お前のとこの漬物、酒のあてになるそうだしな。俺が許す」 一抹はそう言い、いつの間に購入していたのか西瓜の漬物を持参した壺に確保している。 「あぁ勿論だとも。まあ、無理にとは言わんが」 菊柾はそう言いちらりとシーラを見た。しかし彼女はお構いなくと、話を進める様促す。 「菊柾様の所の打ち上げとなりますと、少し期待してしまいますわね」 ふふふっとマルカが微笑む。 「じゃあ早速向かうんだよっ!」 董の言葉――ヘキも会った頃よりは幾分打ち解けて歩を進める。 たった一日のお祭りだったが、それぞれに収穫はあった事だろう。 何はともあれ美味しいものに国境無し。それは人も動物も同じ筈…。 鎮璃はそう思い、お土産を引っ提げて相棒の元へ急ぐのだった。 |