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■オープニング本文 友情、愛情、腐れ縁――それらのどれもが彼女達の心を揺さぶる。 某所では有名であるが、カップリングとはそういうものだ。誰が誰を助けたとか、誰と誰が仲がいいとか……そんな噂を耳にしてしまえば最後。彼女達の妄想は止まらない。が、それにも限度がある。どうせならば実際にそんなシーンを見てみたいと思ってみたりもする。 「よりリアルなものを仕上げる為には本家をこの目に……」 作りかけの絵巻物の下書きを前に一人の絵師が呟く。 「ですよね〜。会場でポーズ取って貰うのもいいですけど、どうせなら生がいいですよね〜」 と、これは彼女の助手だ。多色刷りに向けて色指定をしていたが、いつの間にか手が止まっている。 「リアル戦闘とはいかなくても、何かもっとこう心を掻き立てる何かが欲しいわ……」 以前は開拓者の依頼を密かに見守るというツアーがあった。 しかしながら、危険だという事もあって主催者も捕まってしまい、今や生を見る事は襲われない限り無理だ。 「こんな時期だと武道大会も御前試合もないですしねぇ……」 冷え込むこの季節――巷では冬支度を始めて、外での催しといえば灯篭で彩る光と影の幻想位。温かい季節であればダンスイベントというのも突発で開催された事があったのだが、あれからは全くその気配すらない。 それに外を行く開拓者と言えど厚着が多くなり、彼女達にとっては悲しい限りである。 「先生……こうなれば私達でどうにかするしかないのでは?」 「どうにかするってどういう事よ?」 耳に挟んでいた筆を下ろして先生と呼ばれた女が問う。 「我々の一人一人の持ち金は少なくとも同士は沢山います! よって彼女達に声をかけて大会を開くのです!」 「大会? 何の……」 「そうですね……では、こういうのはどうでしょう?」 ひそひそと耳打ちをする助手に先生の表情がみるみる変わってゆく。 「んふっ。いいわね、それ。乗ったわ。だったら早速手配しないと!」 彼女はそう言い、早文を同士の元へと発送する。 かくて、彼女達主催のあるイベント告知がギルドの依頼掲示板にも並ぶ事となる。 『ホットかクールか、滾らせろっ、開拓者魂! 最強コンビ決定戦!』 見出しはそんなものであり、内容は二人一組……二人三脚の状態で行うというものだ。 友達との参加も自由。もし一人であれば主催者側がランダムでペアないしコンビを選定し、参加する事となる。 そして決められたコースを駆け抜けて、どの組よりも早くゴールに到着したものが優勝という訳だ。 但し、そのコースと言うのがなかなかの曲者であり、侮ってはいけない。雪山中腹からスタートし、二人乗りのボードを使って下山、途中には川やら障害物もあるだろう。そして、下山後は設置された封筒を選んで指示されたミッションをクリアする。その後、待っているのはドキドキの間欠泉エリア。温泉町を舞台にしているらしく、そこで最後の死闘(別のペアの足紐を奪うミッション)が待ち受けているのだという。 「お願い、私達の欲望の為にどうか沢山の参加者様が集まります様に」 近くの神社にお参りして先生が言う。 「結構費用かかっちゃいましたもんね……これが成功しなかったら、新刊落ちちゃいますから」 助手もその横で不吉な言葉を残しつつ、社に深く頭を下げる。 「大丈夫な筈よ。だって、参加者は参加するだけで一泊二食温泉付にしたもの…。これで来なかったら私達は……」 ごくりっ 一体幾らかかっているのか謎であるが、ともあれ彼女達の元へやってくる開拓者ははたしているのだろうか…。 |
■参加者一覧 / 梢・飛鈴(ia0034) / 叢雲・なりな(ia7729) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 草薙 玲(ia9629) / ヘスティア・V・D(ib0161) / シルフィール(ib1886) / 蓮 神音(ib2662) / 八条 司(ib3124) / 高崎・朱音(ib5430) / 叢雲 怜(ib5488) / 神座早紀(ib6735) / 八条 高菜(ib7059) |
■リプレイ本文 ●序 温泉は立派なものだった。宿の雰囲気も悪くない。だけど、 「何か、嫌な予感が…」 豊満なバストを布一枚で隠して…敵はいない筈であるが、もふらの面の隙間から視線を走らせるのは梢・飛鈴(ia0034)である。 「飛鈴さん、今日のレース。頑張りましょうね」 その隣にいる八条司(ib3124)は、余り気にしていないようだ。 どちらかと言えば、飛鈴よりも更に豊満な胸を持つ女性が気にかかった。 「確か、あの人がきみの母親だったカ?」 「あ、はい。そうです」 久々の忍装束の母を見て、司は照れながら言う。 彼の母・八条高菜(ib7059)は、彼と違ってシノビだ。ただ、閨事を学んだ辺りで嫁いだ為か、余り戦闘は得意ではないらしい。だからか、はたまた彼女の趣味なのかは知らないが、彼女の衣装は色香で惑わす様な肌を大いに露呈したものとなっている。 「あら? つーくん、顔を赤らめちゃって可愛いんだから」 そんな息子に手を振って高菜はご機嫌だ。見られる快感に酔いしれながら観客に手を振る。 「ちょっと…温泉に行こうっていうから来てみたら、何よこれは…」 そんな彼女のペアは、腐れ縁ともいうべき友人のシルフィール(ib1886)だ。 高菜と一緒の時、彼女にとっていい目にあった試しがないのだが、何故だか来てしまう自分がいる。 「うふふ、いいじゃない。一泊二食付きなんだし、その前のちょっとした運動だと思って」 ちゅっと投げキッスを飛ばして、高菜が言う。 「まあ、それはそれとして…折角参加するなら勝ちにいきたいのよね。けど、この身長差」 いかんともし難い――二人のその差、実に十七cmある。二人三脚で行う競技であるから肩の位置がずれてしまうと少々走りにくい筈だ。 「大丈夫、いざとなったら何とでもなるからv」 笑顔を崩さない高菜に彼女は深く息を吐いた。気温の低い野外ではその息が白く変わる。 「成程…これはきっと俺と同類の集団だよな?」 そんな中、周囲の観客の正体に気付いてヘスティア・V・D(ib0161)が苦笑する。 (見た所…前列から半分以上がそっちの人か) 自分もその一人であるから、何となくこの大会の意図を理解してしまう。 「どうした? 何かいい事でもあったか?」 彼女のその様子を見て、ペアのリューリャ・ドラッケン(ia8037)が首を傾げる。 彼は彼女の長きに渡る相棒であり、今は連れ添う仲でもある。ちなみにヘスティアのDはドラッケンのDだ。 「いや、この勝負。色々楽しめそうだと思ってね」 苦笑を微笑に変えて―― 夫婦と言えばもう一組。この大会には夫婦がいた。 「ふふふ、皆の前で怜と合法でくっつけるね♪」 「ママのペアには負けないよ!」 まだ見た目にも幼さが残る二人、叢雲・なりな(ia7729)と叢雲怜(ib5488)だ。 歳で言えばまだまだ子供であるが、既に夫婦の契りを結んでいるらしい。ちなみにママと言うのはヘスティアの事である。 「最強に興味はないが、お前達に負けるつもりはないさ」 そんな二人を見てリューリャがやんわりと意思表明。 (フッフッフッ、言っておればよいのじゃ。しかし、最後に勝つのは我々よ) その言葉を聞き、後方でピクリと獣耳を動かしたのは高崎・朱音(ib5430)だ。 彼女のペアは友達である草薙玲(ia9629)…仲の良さは誰にも負けない自信はある。 「朱音ちゃん、寒いよー。ホント、大丈夫かなー?」 白い大地を前に玲が本音を口にすると、 「汝、始める前からそんなではいかん! 参加するからには優勝あるのみ!」 そう言って喝を入れるべく、何故か玲の足を踏む。 「ちょっ、痛いじゃないですかー! 朱音ちゃん、ひどいですー!」 「なにおぅ、言わせておけば…我に逆らう気かぁ」 何やら雲行きが怪しくなりつつあるが、これもまた一つの形という事だろう。 そして最後に会場に姿を見せたのは、蓮神音(ib2662)と神座早紀(ib6735)のペアだ。 こちらも友達同士で和気藹々と言った雰囲気である。 「さー、二人一緒に優勝目指すよ!」 寒さをものともしない様子でボードを片手に神音が言う。 「そうですね」 そう答えた早紀であったが、内心はこうだ。 (私は温泉に入れたらそれで十分なのですよね…) 以上出揃ったチームは全部で六組。いずれも個性派揃いで…今、スタートの時を迎える――。 ●滑 「位置について、よーいどんっ」 『キャ――!!』 雪山に銃声が響いて、まずとび抜けた叢雲組に観客から声援が飛ぶ。それもその筈、この二人はぴったりと身体を密着させて、重心を一所に集中させる事でバランスをうまく保っている。身長差もそれ程ない二人であるから、なお相性がいい。 (意外となりな…胸あるなぁ…) 腕に当たるその感触に怜の顔が赤くなる。 一方なりなはそんな事など気にせず、周囲の状況を大いに警戒。超越聴覚を発動し他の選手の動向を読み取り、時に忍眼を使用する事で事前に罠を回避する。 「怜、次右だよ」 「わかった」 彼女の指示に従って怜が操縦…一糸乱れぬ姿に観客の目が釘づけになる。 「飛鈴さん、もっとスピードを出してはどうでしょうか?」 その後ろに付けているのは拳士組だ。抜けそうな位置をいる司が飛鈴に提案するが、彼女には考えがあるようだ。 「いや、これでいいナ」 先頭をとるのは重要だ。しかし、追われる立場と言うのは常に警戒していなくはならない。それに一体何が起こるか判らないこの状況では、一番を取るよりも二番、三番で状況を分析し、その位置をキープし続けて期を待つ方が利口だと考える。 「思ったより、これは難しいものだな」 そして更に後ろでは大柄ペアが雪山滑りに苦戦していた。 「何、レースはこれからだ。俺はリューリャに身を任せるだけだ」 板の滑り具合を確認しながら慎重に滑ろうとするリューリャにヘスティアが身を寄せる。すると一部の観客から声が上がって、寒い筈の雪山が僅かに熱を帯びる。 (正規カップルっていうのも、悪くないのよね) 彼らを題材にもう一本。そう思いこっそりスケッチしている者が数名見受けられる。 (ふふっ、私はやっぱり断然こっちよね) そう思う女子の視線の先にいるのはシルフィールと高菜だ。 「ちょっと、胸の重みか知らないけどどうにかならないの! 板が沈んじゃうじゃない!」 滑り出そうとしたはいいが、どうにもすぐにつっかえてうまく前へ行けないらしい。 「そんな事言ったってこればかりは〜…あ、じゃあ脱ぎま」 「駄目駄目駄目っ、あんた一体何考えてるの!?」 「え〜でも、たまにはサービスしませんと」 そう言って何故か徐に相棒の服に手を伸ばす高菜。 「ちょ、嫌―――!!」 思いもよらない事態にシルフィールの絶叫が木霊する。 それはさておき、更に後方にいるのは、意外にも神音・早紀組だ。 というのも彼女達、息はあっているものの板の操縦がうまく行かずコースを脱線しているからに他ならない。 「神音さん、旗はあちらに立っているようですけど、いいのでしょうか?」 観客のいる方向からどんどん外れて行っている自分達に気付いて早紀が問う。 「これでいいんだよ。きっと、こっちに近道があるから…」 半分はったりであるが、それを聞いて彼女らをつける事を決めた者がいた。 「成程のぅ。ならば我らもあっちに行くぞ」 「わかりました。行きま…に゛ゃっ!?」 皆がスタートした直後、自分達もと思ったのはいいが同時に同じ足を出して倒れ、今しがた復活した朱音と玲が再び転ぶ。 「これ、お主はちゃんと我に合わせぬか!」 ご立腹の朱音であるが、それは玲とて同じだ。 「そんなっ、今のは朱音ちゃんが合わせるのが正解じゃないですかー!」 「正解だと! そんなもの、我のいう事の方が正しいにきまっとろうがッ」 「むーー」 始まって僅か数分で仲違い。目標である神音組が気付けばゴマ粒の様になっている。 「ああ、もう良い。こうなったら最後の手段を使うぞ」 「え?」 何か嫌な予感がすると玲は思った。しかし、それを止める術を彼女は知らない。 「立つからバランスが取れないのじゃ。が、これならば何の事はない!」 ぐいっと肩を掴まれて、用意された板に玲は抱き合う形で座らされたために足首が痛い。それに玲は進行方向と逆向きなので… 「うに゛ゃーーーー!!」 今度は玲の恐怖の悲鳴が木霊した。 ●魅 そんなこんなで、第二エリアに突入である。 このエリアではあからさに並べられた封筒の指令をクリアしなくてはならない。 一番手で到着の叢雲組が手前にあった青い封筒を手に取り、中身を確認する。 『メイド服に着替えて観客に向かい、セクシーポーズを五つせよ』 「…」 なりなはともかく怜の目が点になる。女装をした事が無いと言えば嘘になるが、やっぱり抵抗はある。 「やったね、こんなの楽勝だよ。怜も早く着替えて」 衣装の入った籠が二人の元に届けられる。フリフリリボンがふんだんに使われたメイド服は割と生地の量が少ない。 「えっと…俺もこれ着ないと…なのかな」 手に取った服――何故だか知らないが、採寸がぴったりに仕上げられている。 「きゃ――、早く来て見せて――♪」 「絶対違和感ないから大丈夫だよ〜」 それは果たして声援と言っていいのだろうか。ともあれ彼は意を決する。 「なぬっ、これを着て。それを食えというのか!」 一方どういう訳か二番手に躍り出ていた朱音と玲に新たな試練が立ち塞がる。 目の前に用意されたのは血の池地獄を思わせる煮えたぎった一つの鍋。しかも具材は唐辛子はもとより、何故だか一般的な食材に混じって高野豆腐に油揚げなんかも入っている。これをもふらの着ぐるみを着て完食せよとの事だ。 「嫌です。こんなの食べたら死んじゃいますよー」 煮え立つ煙に涙しながら玲が言う。 「何を言う…食物を大事にしなくては、罰が…当たるでは、ないか…」 そう言い朱音は恐る恐る小鉢にスープと具材を取り分ける。立ち昇る湯気は寒さを凌いでくれるが、それ以上に鼻と目にダメージを与えてゆく。 「どれ、一つ…味見を…」 箸にとったのは油揚げだった。たっぷりとスープがしゅんでとても熱そうだ。 (主催者側め…これが狙いか) どうあってもスープを飲まねばならないらしい。箸と口の距離を詰めるにつれ、香辛料の刺激は気管を侵す。 「怜、汝先に毒見せよ」 朱音は溜まらずに油揚げを友の口に頬り込んだ。すると、 「ヴ、うーーーーーー!?」 怜が口を押えたまま悶絶する。これを見せられては尚更食べ辛い。 がそんな彼女らを羨ましく思う組もいたりする。それは身長凸凹組である。 「なに゛考えでるどよ…ごの、主ざい、じゃは」 がたがたと肩を震わせながらシルフィールは目の前に聳え立つかき氷を口に運ぶ。 そう、彼女達に課せられたのはこの真冬に身長程の高さのあるかき氷を食べきれと言うものだ。 「あ゛んだが、ひんぶいてぐれだお蔭で…寒いっだら…」 第一エリア攻略の為に脱がされた服。さすがにその姿では開拓者とて厳しいという事で温泉街の羽織を羽織ってはいるが、寒い事に変わりはない。 「いいわねー、あそこメイド服でセクシーポーズするだけですってぇ」 そんな彼女を尻目に高菜は周囲に目を向け、手と口がお留守になっている。 「良゛いと、思っでるどは、あんだだげよ」 ぼそりとシルフィールが言う。この氷の山は暫くは無くならないだろう。 そこでちらりと彼女も視線を移せばコスプレ組がもう一つ目に入る。 ドンッ 「ちょっ、待てよ…」 男装した神音が離れていこうとした早紀の行く手を阻む様に壁ドン中。 「退けろよ…わた、いえ。僕はお前の事なんて」 「好きじゃないとは言わせないんだよ!」 同じく男装した早紀が振り払おうとして、しかし神音の手によってそれは阻まれる。 そう、この茶番がこの二人に課せられた指令なのだ。 「神音、知ってるんだから…早紀ちゃんは神音の事…好きなんだろ?」 真剣な眼差し――けれど、突然課せられた芝居と恥ずかしい台詞に頬が自然と赤くなる。 「何言っているのですか。訳が分かりません…だって、君は僕をいじめてばかりで…」 一方、早紀の方は意外と冷静だ。大嫌いな男の人役と言うのは些か腑に落ちないが、それより先にさっさと終わらせたい気持ちが勝り、彼女を落ち着かせている様だ。 「はっ、言葉では何とでも言えるんだよ…だったら、力づくで教えてやるんだよ」 ぐっと早紀に近付き、神音がキスをする。そのシーンに一部の観客からは黄色い悲鳴。が実際の所は腕を刺客にして唇同士が合わさったりはしていない。 「神音・早紀組クリアですー」 その言葉に二人はほっと息を吐いた。 早紀は別として神音には好きな人が既にいる。ファーストキスは取っておきたい。 「神音ちゃん、師匠さんともそうなればいいねー」 そこに私情を見知ったファンから声が飛んで、再び顔を赤くする神音。 「え、え…そんな、ここで、言わなくても〜」 「あ、噂をすれば…」 「ええッ!?!?」 冗談で言ったつもりであったが、すっ転んだ神音にくすりと笑う早紀であった。 さて、キスといえば…もう一組。その手の指令があったのだが、それをあっさりとクリアした者がいた。飛鈴だ。 『ぎゅっと抱きしめて、互いにほっぺに三十秒キス』 その指令を受けて、飛鈴は迷う事なく司の頬に唇を重ねたのだ。 「もっとお色気系が来ると思っていたガ、この程度楽勝ダナ」 何の抵抗もなくやってのけた彼女はある意味強者だ。が、司は少しの躊躇を見せる。 (友達…? 師匠? そんな関係でこういうのって…) されるのは嬉しい。そこはやはり男の子――けど、気持ちのないそれに意味はあるのだろうか。観客が喜べはそれはそれでありなのだが、なんか違う気もする。 (けど、や、やらないと…駄目、なんですよね…) 「何やってるカ? さっさとする、ヨロシ」 「え、あ、はい…」 さばさばしていると前から思っていた司であるが、ここまでとは正直驚きだ。 けど、指令であるからして…彼は意を決し、密着した飛鈴の温かさを感じながらそっと唇をつける。三十秒がやけに長く感じた。そして腕を解いてほっとしていると母からの視線を感じで茹蛸状態に陥ったり。 残るは山滑りに苦戦していたリューリャとヘスティア組であるが、実は封筒の指令で意外な追い上げを見せる。 というのも彼らに課せられた指令は『浴衣に着替え、目隠し二人羽織で次のエリアを目指せ』というものだったからだ。 「当たりか、外れか…微妙なラインの指令だな」 食べ物系は主に物理的に、コスプレ系は精神的にこちらの気力をそいでくる。 ではこれはどっちだといえば中間かもしれない。 「今度は俺が前に行こうか?」 前という事はリューリャを背負う事になるのだが、ヘスティアが提案する。 「いや、俺が前で構わない。おまえの指示に任せるよ」 そう言うと早速浴衣に着替えて彼女を背負う為、その場にしゃがみ込む。 ちなみにこの指令の詳細は次の通り。一人が相棒を背負って、背負われた方は相棒の目を塞ぎ、その代わりに目となり指示を出すというものだ。 「まあ、他のチームに比べて前進できる部分は大きいよな」 ヘスティアはそう言いつつ、彼の背に身を預ける。そしてしっかりと前を見据えて、人に当たらない様丁寧に道筋を指示する。 (片翼歴は半端じゃないんだ。こんなの簡単過ぎるぜ) 浴衣を通して相手の鼓動が聞こえる。それまでもが同調している様にヘスティアは感じた。 ●奪 第二エリア一位は、意外にも玲・朱音組だ。激辛鍋に苦戦するも周囲の雪で鍋と舌を冷やして満身創痍ながら間欠エリアに突入する。 続いて抜けたのはリューリャ・ヘスティア組。移動出来ていたのがものを言う。その次に来たのは神音・早紀組。第一エリアとは順位が大きく異なっている。 ただ実際の所、この間欠泉エリアでの逆転は十分可能だ。そして観客は依頼で見せる真剣な姿が見れたらいいなと期待する。 「先に到着したとて奪う相手がいなくては余り意味がないな」 二人を繋ぐ足の紐――それをしっかりと結び直してそれぞれ牽制する。 「そう簡単に渡しはせ…うわっと!」 そう言った朱音だったが、またも縺れ転んだようだ。がむしろその息が合わない事による予期せぬ動きが返って相手を翻弄する。であるからリューリャ組は神音組に狙いを定める。 (あそこの間欠泉はさっき噴射したし、暫くは出ないかもしれないな…) 吹き上がるタイミングを見計らい、ヘスティアが距離を詰める。 「神音さん、ここは危ないです。一旦下がった方が得策かと」 が早紀も負けていない。体力派の神音を頭脳派の早紀がカバーする。 そこへ後続組がやって来ると場は更にカオスと化す。 「あらあら、ここ温かいわねぇ…生き返るわぁ」 さっきまで氷と格闘していた高菜が喜ぶ。 (早く終わらせて温泉に入らないと…) 一方シルフィールはお腹が下り坂にならないか心配でならない。そんな二人を見つけてしめたと思ったのは拳士組だ。 (母さんには悪いけどこれは勝負だし…情けは無用ですよね) 見知らぬペアを相手にするよりはやり易い。飛鈴にこそりとそう囁いて、彼らは高菜組に忍び寄る。その間も他のチームへの妨害も忘れない。 「近付いたものは容赦しないアル」 そう言いつつ、飛鈴は敵に身体をぶつけて間欠泉の方へと追いやる。 「ほらほらどうしたネ? それじゃあ、一向に勝てないアルな」 そんな挑発に乗る者やら乗らない者やら…が上には上がいるもので、 「だったら…飛んで火にいる夏の虫ってな」 ヘスティアは彼女が脇を通過するのを見逃さない。 「あらよっと」 彼女は飛鈴の背を押そうと間欠泉のタイミングを見計らいつつ手を伸ばして、ひらりとかわされたがそれも作戦のうちだ。 「甘いね。そんな攻撃であたしが…ッ!?」 飛鈴が避けた先、突如で足元から勢いよく湯を噴き出す。 『うおおっっっっ!!』 主に男性客から声が上がった。宙を舞うのは一枚の布…よく見れば飛鈴の胸のそれである。 「子供は見ちゃいけません!」 慌てて母親達は我が子の目を塞ぐ。 が、ポロリなその醜態を完全に目撃した者は少なかった。なぜなら、水と湯気が邪魔をしていたし、何より相棒の胸を守る為司は咄嗟に彼女に抱き付いたのだから。 「司…君ってやつは…」 助けられた身であるが、その行動に何とも苦笑の飛鈴である。 「あらっ、あらあらあらあらあら♪」 この光景を高菜の嬉々とした表情で見つめている。 「何見てるの。今がチャンスよ!」 シルフィール、今ならば相手も動けまいと飛鈴組に接近する。しかし後一歩のところで、 ぎゅるるるるぅ〜 下り龍――三分の二、いや四分の三のかき氷を食した彼女であるから当然かもしれない。 「まあ、お腹冷えちゃったのね…大丈夫?」 蹲る相棒に高菜が言う。 「一体誰のせいで…」 「しからば御免、ダナ」 隙を見せたが最後だった。司の服を胸に巻き付けて、復活した飛鈴が二人の紐を奪い去る。 高菜・シルフィール組…ここで脱落。別のペアを狙う気力はもうシルフィールには残っていなかった。 一方ちびっ子組はちびっ子同士やり合っていた。 「ちょっと、いい加減我の動きに合わせぬか!」 「嫌ですよ! さっきの御鍋だって、不意打ちであんな事…今度ばかりは許せません!」 対峙したまでは良かったが、何につけて息の合わない玲と朱音の口論が始まって、呆気に取られる神音と早紀。 「えと…ホントに戦う気あるのかなぁ?」 神音が呟く。 「しかし、喧嘩する程仲がいいとも言いますし…けれど、敵を前にしてこの喧嘩。余裕なのでしょうか?」 困った様に早紀が首をかくりと傾げる。 「もういいですよ! だったら、私あちらの方と組みますから」 びしっと指差して玲は強行手段に出る。結ばれていた紐から足を抜いて、早紀の隣りへと移動する。 この大会ではペアの略奪は許可されていた。つまりここでペアを解散し、別の人と組んでも大丈夫という事になる。 「ああ、ならば我はこの元気娘を頂くとしよう」 売り言葉に買い言葉。朱音は神音をペアへと引き入れようと神音の逆足に己の紐を結び始める。 「えっ、ちょっ、困るよ〜」 突然の出来事に神音は困惑した。これでは三人四脚になってしまうし、そもそも自分は朱音と組むつもりはない。 「つべこべ言わずに我のペアとなれ」 そういう朱音に腕を握られて、 「ど、どうしよう…早紀ちゃん〜」 助けを求める友に、しかしいい案が出てこない。その間に、 「御免なさい。頂いていきますね」 「え…」 それは一瞬の事だった。寄り添う振りをして神音の動きを奪っている間に玲がこっそり神音達の紐を奪ったらしい。 「すまぬの。そういう事だから悪く思うなて」 それを見取ると朱音がぱっと神音から距離を取る。 「や、やられた…」 神音がぺたりとその場に座り込む。 「やっぱりあのことわざは間違いではないのですね…」 早紀も呆気にとられたまま、彼女達を見送る。 「神音からとったんだから優勝して欲しいんだよー!」 その言葉に、朱音と玲は頷いた。 ●決 「ほう、俺達に勝負を挑む気か?」 ヘスティアが怜を見据えて言う。 「ここまできて負けたくないし…」 それに怜が答える。くしくも実現してしまった親子対決…これは見物である。 「ここで引けばさっきのそれは見なかった事にしてやるけど?」 母の提案――確かにあの恥ずかしい姿は忘れて欲しい。もしかしたら、そのうち絵巻物になっている可能性もあるが、流石に身内の作ったのは見たくない。けれど、 「そんな脅しに負けるもんか」 今は勝負優先と玲が雑念を振り払う。 「そうか。なら、仕方ないな」 ヘスティアはそう言い臨戦態勢。もうこうなってはやるしない様だ。 「大丈夫、考えはあるから」 そこでなりなが怜にこそりと呟いた。接近戦は不慣れであるから怜は彼女に身を任せる。 「行くぞ」 リューリャが動く。間欠泉の穴を掻い潜り、二人三脚をしているとは思えない速さでこちらに接近してくる。 「やるよっ!」 なりなもそれに合わせて、予め考えていた策・敵前逃亡を実行に移す。 (一体何の真似だ?) リューリャが眉をしかめた。負けを認めたか。いや、そうはお思えない。 そこで彼は余り距離を詰めず様子見に入る。相棒には回した手で無言のまま意志を伝えている。しかし怜となりなはそのやりとりを知る筈もなくて。 (よし、今だ!) 雪のまだ残る場所まで移動して、ずささっと反転するとなりなの指示で怜が木を蹴飛ばす。木には雪が積もっていた。当たり前だ。間欠泉地区から少し離れれば、そこにはまだ雪が多く存在する。 「今だよ、なりな!」 「わかってる」 『成程、そういう事か』 が、大人組が一枚上手。即座に雪を回避し、更なる加速でなりな達の後ろに回り込む。 そして、ヘスティアが紐を引き抜いて…雪に埋まるのは、怜となりなの方だった。 生き残ったチームはゴール地点を目指してラストスパート。 その頃には会場の熱気は最高潮――スケッチしていた者達の手も止まり、自然とレースに心を奪われる。そんな中で一番にテープを切ったのはリューリャ・ヘスティア組だった。やはり第二第三と移動を続ける形となり、それがゴールに近付く結果を齎していたと推測される。 「まさか、優勝できるとはな…」 拍手に迎えられリューリャが言う。 「俺達の右に出るものはそういないって…ッ〜…」 嬉し気に続けたヘスティアに不意打ちのキス。勿論それはリューリャからのものだ。 それに応える様に彼女も腕を回し抱きしめる。 「かぁーー、お熱いあるナ」 飛鈴は片眼を閉じつつ、手を内輪に扇ぐ仕草をして言う。 「僕もいつかそんな相手が出来るのかなぁ…」 とこれは司だ。憧れがあるのかもしれない。 「む〜、あと少しで優勝だったものを〜おしおきじゃ」 そう言って玲の胸を揉もうとするのは朱音だ。なんとなくセクハラ臭がするのだが、女同士だから無問題、なのだろうか? ともあれ大会は終了した。お色気イベントもきっちりと頂き、主催者側はエネルギー満タン。大満足である。 そして参加者達もそれぞれ楽しんでいる様で、 「はぁ…やっぱり今回も散々だったわ」 シルフィールが露天温泉に浸かりながら言う。 「なんで、楽しかったからいいじゃない。それにしてもいつ見てもすべすべよねぇ」 とこれは高菜だ。自分も十分すべすべであるが、ここぞとばかりに彼女の肌を堪能する。 「良いお湯です…一時はどうなるかと思いましたが、やっぱりいいですねぇ」 その湯船には早紀もいて…彼女はお目当ての温泉にご満悦だ。 「ホント、負けちゃったけど楽しかったよねー。早紀ちゃん、また来ようね〜」 神音はそう言い、受け付けで頼んでおいたジュースを持ち込み早紀と分ける。 分け合える喜び…どんな形であれ、心を許せる相手がいる事は何より幸せ、だよね♪ |