魔女の秘策
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/10/23 17:12



■オープニング本文

「何っ、あの隆星がやられただとっ!?」
 ギルドにざわめきが走る。
 チーム『隆星』とはここらでは名の知れた開拓者チームだった。
 と言うのも幼馴染同士で小隊を作り、レベルは中級クラスではあったが連携を密に予想以上の活躍を見せていたからだ。
 時に大アヤカシ直属の部下を彼らが仕留めた事もあると言う。しかしそんな彼らはもうこの世にはいない。
「どういう事だ? 話では魔女の噂の真偽の調査だったろう…しかも相手は一人だって」
 ここ数日、その街道を通る旅人が行方不明になると報告が上がっていた。そして、話によれば少し前から老婆がその森に住み着いたとかで…深いフードを被っている事から『魔女』と噂されていたのだ。
「さぁな。目撃証言がある訳じゃないし、魔の森に近い森だったから…」
 敵が一人じゃなかったか。魔の森に近ければ新手の出現も考えられる。しかしだ。彼はそれが腑に落ちない。
(新手が出たとて、あいつらならどうにか出来た筈だ…前衛と後衛の連携は完璧だった)
 リーダーから騎士、サムライ、弓術師、砂迅騎、魔術師、巫女の計六名。バランス型と言っていい。
 それに彼らはいざと言う時の為に一人を周囲警戒役として置き、戦闘には極力参加させない様にしている。
 であるからして新手が出たら彼が逸早く気付いただろうし、皆に報告を飛ばせた筈なのだ。
「先輩、隆星の生き残りはいないのですか! 何かあってもいい様にあのチームは」
「ああ、確かに居たにはいたんだが…傷が深くてな。今日の明け方、息を引き取ったらしい」
「そんな…」
 隆星とは馴染みのあったギルド員ががくりと肩を落とす。
 確かその役を担っていたのはチームでは最年少の少年だった。
 チームリーダーの弟で剣術の才能はイマイチであったが、その分魔法に開花したらしい。魔術師には珍しく快活な性格でチームのムードメーカー……依頼から帰って来ては、自慢げにその時の話を語り報告書の作成に付き合ってくれたものだ。
「遺体は……遺体は今どちらに?」
 ギルド員はいてもたってもいられなくなって立ち上がる。
「見舞いか……が、やめといた方がいいかもしれんぞ。きっと辛くなる」
 先に行ってきたのだろう先輩が彼に言う。
「いえ、行きます。たとえどんな姿でも…俺は家族の様に思っていたから」
 それにここで行かなくてどうする。ギルド員として彼らの仇を直接取る事は出来ないが、彼の遺体を見舞いに行く事で何か敵の手掛かりが得られるかもしれない。そうすれば、新たな犠牲を出す事を最小限にする事も出来るだろう。
 彼はそう思い、少年の遺体のある元へと向かう。身寄りのない者同士の小隊であったし、仲間も全滅とあって棺は簡素で寂しいものだった。しかし、彼らを知る者がこの悲報を聞きつけてお別れに来ているらしく、花の数は多い。
「な、何てことだ…」
 まだ十代半ばで、これからもっともっと活躍できる筈だった命――だのに、今は冷たく目を閉じている。
 幸い、顔の傷は酷くなかった。けれど、目を凝らせば無数の擦り傷が見て取れる。
 彼が街道に逃げ戻った時、既に虫の息だったという。すぱりと切り落とされた利き腕からは止めどなく血が流れ、足首の腱にも深い刀傷があったし、鏃が掠った後も無数に残されていた。そんな中彼はきっと這いつくばる様にして街道まで逃げてきたに違いない。発見した旅人は彼の最期をこう語る。

「本当に何が起こったのか判っていないようでした。ただ、口をパクパク開けて……何か見てはいけないものを見てしまったように怯えて震えていた。けれど、最後まで悲鳴一つ上げず気丈に…開拓者のプライドを守ったのかもしれない」

 強い子だった。ギルド員は直接見る事が出来なかったが、それでも話を聞けばその位は判る。
 遺体を前に彼は奥歯を噛み締める。こういう事は誰にも予測できるものではない。
 こちらの推測で依頼の難易度は決められる。普通とつけても、行く開拓者らにとってはいつも危険と隣り合わせだ。
「……」
 別れを告げて外に出はしたものの、すぐにギルドに戻る気にはならなかった。
 空はいつもと同じなのに、ぽっかり空いてしまった心の隙間が彼の歩みを止めている。
「……ん」
 ぼんやりと立ち尽くしていた彼の視界がある場所で止まる。そこにいたのは一匹の鳩だ。何か首に下げている。
(あの鳩は……もしかすると)
 少し前の少年の言葉を思い出す。
「最近、俺に懐いてくる鳩がいるんだ。だから、今伝書鳩として使えないかって訓練してる」
 その鳩は、少し珍しい色の羽だと言っていた。尾羽に一本だけ茶が混じっていると…そして、目の前の鳩もそうだ。
「偶然……いや、違うなっ!」
 彼は鳩を脅かさない様に慎重に呼び寄せる。鳩の首につけられた小さな筒には僅かな血がついていたからだ。
 そうして、中身を確認して、彼は拳を握る。
「お前達の命、無駄にはしない……敵は絶対に討つ」
 伝書の中身――そこにはこう記されていた。

『テキヒトリ、ケレドソレダケニアラズ。ウバワレル…コワサレル…チュウイスベシ。ショウキカクニンズミ』


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎


■リプレイ本文

●決意
 明日は我が身――開拓者を選んだ以上は避けられない突然の死。
 報告書を読んだ羅喉丸(ia0347)は頭では仕方のない事だと判っていても、苦い気持ちを抱かずにはいられない。敵は一人とあったのに、蓋を開ければ全滅。いったい何があったのか彼らには判らないが、せめて残し託された思いを受け継ぎ、それを活かしたい。
「刀傷に弓傷? 仲間が奪われて互いに争ったってのがしっくりくるかな」
 遺体の状況を分析し、笹倉靖(ib6125)が言う。
「しかし、メモには『ウバワレル』とある。つまりは武器が奪われるということかもしれん…」
 と、これはラグナ・グラウシード(ib8459)だ。隆星のメンバーが所持していたと思われる武器での傷痕。照らし合わせた訳ではないが、職業柄持っていたであろう武器の傷が少年から複数見つかっている。
「確かに理由としてはどちらかだろうな。その事によって彼らの連携が崩された。が、もう一つ気にかかる部分がある」
「何かな?」
 ケイウス=アルカーム(ib7387)が静かに問う。
「周囲警戒役が居たにも関わらず全滅…というのがな。一番に彼が狙われたか、騙し討ちに合ったか…その辺は定かではないが、どうにも腑に落ちない」
「そうだね…武器の事は兎も角、謎が多いね」
 魔女の正体が何なのか。フードを被っていたとされているが、中身も人型だとすれば知能は自ずと高いという事になる。
「もし看破できない場合は、私が囮を務める。その為に彼を連れてきた」
「彼?」
 紹介されるままに視線を移せば、そこには青い兎のぬいぐるみ。
 ちなみに彼のいつもの相棒はピンク兎のうさみたん…今日も彼は彼女(?)を背中に背負っている。
「彼の名はうさ太郎君だ。私は奪われるの意味が分かるまでこれで戦う」
『えぇ?!』
 彼の突拍子もない発言に三人が驚く。
「しかし、それじゃあ…」
「構わん」
 彼の意志は硬い様だった。心なしかうさ太郎も凛々しく見える。
「私は大丈夫だ。いざとなれば遠慮なくやってくれ!」
 きらりっと白い歯を見せ彼が言う。
「まあ、俺も一応解術の法は準備しておく……この面子、誰が操られても面倒そうだしねぇ」
 靖はそんな彼をちらりと見ただけでいつもと変わらぬ様子で煙管を吹かす。
「情報も少ない。それで行くしかない様だな」
 羅喉丸の言葉。こうなると森に入ってからの情報収集が重要となる。
「兎に角、皆気を付けて行こう。変な胸騒ぎがするんだ」
 魔女が使ったとは考えにくい攻撃の痕に腑に落ちない結果――ケイウスの勘が警鐘を鳴らす。
「心配なのか? …ま、おまえが変になったら遠慮なく殴るからな。覚悟しとけよ」
 それを察して彼の親友兼恋敵の靖がにやりと笑う。
「はぁ! 何言ってるんだよ、こっちは本気で心配してるのにっ!」
 それに負けじとケイウスが切り返して、気の置けない仲間だからこそこんな時でも笑えるものだ。
「皆さん、どうかご無事で。あの子の…いや、あの子達の無念を晴らして下さい」
 ギルド員の切なる想い。彼らはそれを胸に…森へと向かう。

●地雷
 森に終始霧が立ち込める中、彼らはまずは少年発見現場に足を運んだ。けれど、残っていたのは血の痕のみで魔女に繋がる何かは見つけられない。
「不気味な位静かだね。けど僅かに音がする…そっちに行ってみよう」
 超越聴覚で聴覚を研ぎ澄まして、ケイウスが仲間を先導する。
 魔の森が近い事もあり、秋だというのに糧となる植物の自生は見られない。それどころか、小動物さえも近付くのを嫌がっている様で進むにつれ、生命の息吹が感じられなくなってゆく。
「ああ、やだ……こんなとこ、俺なら一日も持たねぇ」
 澱む空気の中、靖が言葉する。心なしか眼が乾燥し喉がイガイガし始めている。
「あ、あそこに刀が落ちてるぞ」
 そんな折、前を歩いていたラグナが一振りの刀を発見した。刃こぼれの様子からして相手は剣だろうか。刃先に大きな交戦の跡が残っている。
「遺体はないのか?」
 そこで周囲に目を向けて、靖は隆星の仲間を探す。
 彼はこの討伐の後、出来る事なら隆星のメンバーの遺体を回収できたらと思っていた。面識はないが、家族の様な小隊だったと聞く。弔うなら一緒に、と考えたからだ。
「残念ながら…けど」
「何かあるのか?」
「この先で…足音がするんだ。それにこれはきっと生活音」
 こんな森で生活? 彼が言うにはぐつぐつと何かを煮込んでいる音がするらしい。
「森に入るまでははっきりとは判らなかったんだけど、これは間違いないと思う」
 その言葉に従って彼らは更に深くに足を踏み入れる。
(生活だと? まさか敵はここに暮らしているのか?)
 人に化けているのならカモフラージュは必要だ。しかし、こんな森でそれが必要だろうか。街道には既に危険情報が流れ、人々は注意している。もし間違って迷ったとしても、のこのこ相手について行ったりはしないだろうと羅喉丸は思う。
 そんな事を考えながら進むとそこには、
「家…」
 そう、それは小さな家であった。童話に出てくる様な煉瓦造りで、煙突からは煙が昇っている。
「まさか、住んでるのか?」
「多分。中に誰かいるのは確かだよ」
 ここが敵の本拠地…しかもアヤカシの住みかとすると逆に不気味でもある。
「じっとしてても始まらん。私が尋ねてみる」
 うさ太郎を片手にラグナが戸口付近へ向かう。
「気を付けろ。何か罠が…」
 羅喉丸がそう言いかけたその時だ。
 ラグナが歩くと地面からカチリと音がした。その瞬間大地から膨大な熱が放出される。気付いた時にはもう手遅れだった。目の前を行っていたラグナが盛大に吹っ飛ぶ。それに続いて迫ってくる衝撃――後方にいた三人もそれから免れる事は出来ない。腕を前に出し、いくばくかダメージの軽減を試みる。
「クッ!」
 羅喉丸は咄嗟に瞬脚を発動した。それにより直撃は免れたが、後の二人はそうはいかなくて…。

 キィィ……

 その直後ドアの開く音。それに気付いた羅喉丸は慌てて家の方へと戻る。だがしかしそこには、
「おやおや、あれを回避した者がおったとはの……しかし、これで終わりぞ」
 フードの影が手を掲げる。更に瞬脚を重ねるが間に合わない。
「ゆっくり眠るといい…次に目が覚めた時、お前はきっと絶望するのだから」
 小さく魔女が笑う。羅喉丸は彼女の不意打ちには抗えない。
「く、そ……」
 睡魔に耐え切れず彼は膝をついた。その後焼けつく様な痛みを背に感じたが、意識は既に闇へと囚われていた。


(ここは?)
 あの場所から一体どれ位離れてしまったのだろう。
 まず皆を探さないと…ケイウスはそう思い口を開くが、うまく声にならない。
(何で急に?)
 手を当て喉を確かめる。声帯は確かに機能しているが、何度やっても駄目だ。
(まさか、これも魔女の仕業?)
 自分達の知らぬ場所から彼女はこちらにスキルをかけてでもいたのだろうか。試しに安らぎの子守歌を発動しようとして、彼はハッとした。
 声が出ない。それすなわち彼の思うスキルが発動できない事を意味する。普段であれば楽器を所持しているのだが、今回の依頼において武器を無害なものしてきたのが仇となった。
(しまったなぁ〜、この音で気付いて貰えるだろうか)
 自分には聴覚があるが、仲間に居場所を知らせられれば合流は容易い。そこで彼は首に下げていた聖鈴を手に下げ揺らす。

 リーン リーン

 僅か過ぎる音――けれど、ないよりマシだ。現にそれを聴いた者がここにいる。
(この音は鈴か?)
 そう、それは直撃を食らったラグナである。
(っと、うさ太郎は何処だ? 何処にいるっ!?)
 がばりと上体を起こして、彼は必死で周囲に視線を走らせる。しかし、残念な事に彼は見つからない。
(くそぉっ、何という事だ! すまない、うさみたん…私が不甲斐無いばっかりに……)
 結構な深手を負っているのだが自分の傷を二の次に、彼は血涙を流さんばかりに号泣する。
(きっとあの爆発で手放してしまったのだ……が大丈夫! 彼に限って死ぬ筈がない!!)
 死ぬとはつまり焼失の事を意味するのだろうが、彼は頑なに焼けていない事を信じ辺りを捜索する。
(うさ太郎くーん、うさた…ってあれ?)
 そこで初めて彼は自分が声を出せない事に気が付いた。それと同時に仲間の姿がない事にも今更はっとする。
(むぅ…動揺で冷静さを失っていた様だが、これはまずいぞ…とそう言えばさっきの鈴!)
 彼の記憶が確かならばあれはケイウスの下げていたものだ。
(急がねばっ!)
 彼はそう思い駆け出す。しかしそれより先にケイウスは友を発見し、ほっと息を吐き出す。
 見慣れた赤髪、靖に間違いない。向こうもこちらを見つけると同時に小走りで駆けてくる。
 しかし、そこではたとある事を思い出す。彼は果たして正常だろうか。もし既に魔女の手にかかっていたら? 手っ取り早い確認方法は今の自分には不可能だ。となると格なる上は、
(靖、君ならきっと許してくれるよね)
 靖との距離が縮まる。近付くにつれて速度を落とす靖、ケイウスは慎重に彼の行動に視線を向ける。
 そして、歓迎の拳をお見舞いした。じゃれ合う子猫の様に、しかし拳はマジだ。
 悲鳴も上げず、それをもろに喰らってよろける靖。反撃してこないのを見取って彼は靖を覗き込み、

 ドッ

 不意にわき腹に食い込んだ刃に目を見開く。靖は携帯していたナイフを手に取り、彼に突き刺したのだ。じくじくと広がって行く痛みに耐えながら無意識に安らぎの子守歌を口遊む。けれど、やはり無声での発動はあり得ない。その間も靖は刺したままのナイフで患部を抉る。
(いいんだ、これで…俺は、誰であっても反撃しないと決めてたじゃないか…)
 滲む汗、しかしこのまま終わる訳にはいかない。せめて、今自分が出来る事を…。彼がどうであれ、このまま行かせては別の誰かを傷つけるかもしれない。ならば、自分がここで彼を捕まえていなくては…そう思い、靖の手を必死で掴む。
 そんな折、ラグナ到着。それを視界に捉えた時、靖の行動は迅速で…ケイウスを乱暴に振り払うと一目散に森へと消えてゆく。

●狙い
 一方、遅れて目覚めた靖は森を彷徨っていた。
(しっかし、やってくれたねぇ……アヤカシのくせに爆弾かよ)
 弾かれた先の木への当たり所が悪かった。左肩を脱臼、それを庇いつつ彼は仲間を捜索する。
(それに声が出ないとか…ま、十中八九これも魔女とやらの狙いだったんだろうけど)
 アゾットで解術を試したが、効果がなかった。つまりはこの症状、スキルでどうにかできるものではないらしい。
(打ち所が悪くてこうなるとは考えにくいし…となるとマジで厄介な相手だな…)
 何をどう用いたかは判らないが、こうする事でそれぞれの孤立を計る。
 メモのウバワレルとはこの事を指示していたのだろう。とすると後のコワサレルは?
(やっぱり同士討ち的な…)
 靖はそこまで考えてぴたりと足を止めた。そして、くるりと振り返れば木の影に羅喉丸の姿を捉える。
「ッ!?」
 がその姿に靖は唖然とした。あの羅喉丸が全身大火傷を負い、息も絶え絶えに木に身を預けているからだ。
「ッー、ッ…」
 声にならない声で羅喉丸が彼を呼ぶ。
(どっちだ? これは芝居か?)
 苦しむ仲間を前に靖は考える。混乱、幻覚、それとも洗脳…ケイウス同様殴ってみるのも有りだが、重傷者相手にそれは酷だ。従って彼はアゾットを掲げ意識を集中し、目の前の相手に解術の法を行使する。
 淡い光が羅喉丸を包む。が、それまででその光は何事もなかった様消えてゆく。
(ふぅ、反応なし……だったら早くしねぇと!)
 術の有無を確認して、彼は続けざまに回復に入る。が、その油断が命取り。蹲ったままの羅喉丸が密かに靖のナイフに手を伸ばす。しかし、彼は幸運にもそれの餌食を免れる。何故なら傷だらけの羅喉丸に直撃したのは桃色兎。それと同時に聴こえた鈴の音。慌てて羅喉丸が距離を取り、振り返ればそこに重傷のケイウスとラグナの姿。ラグナはケイウスを下ろすと同時に剣を構える。
(うさ太郎君の仇―――!!)
 彼はそう心で叫び、気迫を剣に込めて羅喉丸に放出する。
「ちっ、ぬかったわ!」
 姿とそぐわぬ声が羅喉丸から発せられ、森へと逃げてゆく。
(逃がさん!)
 それに食らいつく様にラグナが羅喉丸を追う。靖は状況を理解した上で、友の回復を優先した。無理しやがって…そう言葉をかけてやりたいが、今は叶わぬ事だ。無言のまま回復を施すと彼に肩を貸しつつ、先に行った二人を追う。指で音の方向を示そうとしたケイウスであったが、

 ピィーーー

 森一帯に笛の音が響いた。きっとラグナだ。携帯していたのを覚えている。
 急がなければ…何が起こるか判らない。


(ラグナが二人だと?!)

 目覚めてすぐの事だ。火傷の痛みに耐えながら羅喉丸は些か困惑する。
 仲間を見つけたはいいが、二人いたのだ。てっきり魔女は混乱や魅了で仲間を奪ってゆくのだと考えていたが、どうやら違ったらしい。二人のラグナに手出しを躊躇する。
「ッー!」
 そんな彼に右のラグナが身振りで呼びかける。すると左のラグナも同じような動作を繰り返す。見た目はほぼ同じだった。声も聞けないとなると、判断材料がまるでない。
 そうこうするうちに残りの二人も合流し、三人で顔を見合わせる。ここはもうどちらも殴ってみる他ないのかもしれない。

『遠慮せずやってくれ!』

 彼は確かそう言っていたではないか。二分の一、一か八か勝負だ。
 靖は右のラグナ目掛け、自動命中の白霊弾を発動した。
 羅喉丸は瞬脚で左のラグナに接近し、己が編み出した奥義・真武両儀拳を繰り出す。
 どちらも慌てていたのだが、最後の最後で違いが現れる。右のラグナは無言のまま、仁王立ちを貫いた。
 しかし、左のラグナは軽く沈むとその場から驚異の跳躍を見せて、
「わしを追い込むとはのぅ。だが、まだやられぬ!」
 屋根に着地した彼女は天を仰いで、作り上げたのは巨大なエネルギーの塊――。その莫大な力が一気に収束し、それが彼らに矢の様に降り注ぐ。
 彼らは動けなかった。踏み込むタイミングさえ与えては貰えない。けれども、魔女もここは分が悪いと察してその攻撃を足止めに、屋根を離れ身を隠してしまう。残ったのは焦げた大地と傷だらけの彼等のみ――魔女を追う事も出来なくはないが、看破失敗となれば出直した方が良いだろう。
「大丈夫か? おまえ…」
 鈴の音がしなくなった事に気付いて靖が問う。
「あ、うん。仕方ないよ…」
 思い出の品だったが、覚悟はしていた。有難うと心で唱え、彼は街道へと戻る。
「うさ太郎君…」
 隣りではラグナが意気消沈気味にそう呟く。
 彼らが声が戻っている事に気付くのはギルドに到着してからの事だった。