GK撃退指令 K編
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/01 13:33



■オープニング本文

【注意】
 こちらのシナリオにはてかてか黒いあの害虫と灰色の綿帽子的菌が登場します。
 生理的に受け付けないという方は即座に『戻る』事をお勧めします。


●雨のもたらすもの
 恵みの雨――雨はそう称される事がある。
 降り過ぎれば害を及ぼす場合もあるが、一般的に雨は作物にとって良いものだ。
 しかし、飲食店を経営する者にとっては些か困った状況をもたらす。
 まず一つ目は客足を遠のかせる。傘を差してまで食べに行こうという者は極稀だ。
 出先で仕方がない場合を除いてはなかなかに人を呼び寄せるのは至難の業である。
 そしてもう一つは…、

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ、なんでまた発生してんだよぉぉ!!!」
「くぅっ…まだいたか、この悪魔共めッ!!」


●神出鬼没
 ここはある街の飲食店街――
 向かい合わせに建てられた店から同時に悲鳴が上がる。
 一方は火力重視のスタミナメニューを得意とする炎(エン)の店。
 もう一方は繊細料理でお客を魅了する乾(ケン)の店である。
 両店はこの飲食店街では有名な料理屋だった。
 事あるごとに二人が競い、味のレベルは低下することなく新メニューが投入される。
 であるからして、自動的にお客を飽きさせないのだ。
 しかし、今季彼らにピンチが訪れる。
「ちょっ、これ。でかくないですか……明らかに変ですよぉ〜」
 乾の店の店員が黒光りするそれを見つめて言う。
「大きいとか小さいとかいう問題ではない! これがいる時点で問題なのだ!!」
 とこれは乾。いつもは沈着冷静であるが、今日ばかりはそう言ってはいられない。
 額を流れる脂汗、料理人としては避けて通れないこの虫との遭遇。
 しかし、彼は数日前もこれと対峙していた。そして、彼特製の殺虫団子を使用し、巣ごと全滅に追いやった筈なのである。
「何という事だ…私の団子が効かなかったとでもいうのかっ!?」
 効果と配合は完璧な筈だった。それにわざわざ団子に糸をつけて、巣を辿り二度と現れない様死亡確認ののち、埋立てまでしたのだ。生きている筈がない。なのに、奴らはこちらを見上げている。
 そこは貯蔵庫…厨房のすぐ隣に併設されたそこで奴らは大事な食材を貪るつもりらしい。
「くそっ、今度こそ抹消…ってぬわぁぁぁ!」
「て、店長!!」
 奴が飛んだ。乾の顔を目掛けて――そして、視界が塞がれ、その後は容易に想像できるであろう。

 そして、炎の元には新たな来客。この商店街の組合長である。
「おいおい、炎……これはどうかと思うぞ」
 言葉とは裏腹に、何処か楽しげな表情もちらつかせながら彼は言う。
「また、よりにもよってこんな時に…」
 ぐぬぬと奥歯を噛むのは炎だ。
 裏口から入ってきた組合長の視線が捉えたのは陰に蔓延る埃の様な存在――。
 そうカビだ。厨房の水瓶の裏にびっしりと根を張っている。
「俺は確かに昨日駆除したんだ! ちょっと出来かかってたからなっ! なのに、どうして」
 本来ならば火力重視のこの店ならばカビ自体あまり寄せ付けない。
 しかし、時期も時期とあって、逆に変に空気が暖められてこうなる事もある。
 そこで彼もまたこの時期のカビには重々気を付けていたのだ。
「炎さん、これすごいスピードで広がってませんか…?」
 店員の一人が蠢く様に拡大していくそれを見て口を押えたまま言う。
「んなばかなっ、相手はただの……ってごほっ、ごほっ!」
 炎が咳き込む。大口で喋る彼に胞子が飛んで気管にでも入ったのかもしれない。
「ふむ…これはもしや、一大事かもしれんな」


●組合長命令
 そして翌日、炎と乾は町医者にかかる事となる。
「害虫と菌にやられたとはいえ、ここまで体力が落ちるのは稀ですねぇ…」
 主治医の医者が事情を把握しに付き添った組合長に告げる。
「となるとやはり考えられるのは…瘴気か、はたまたアヤカシか。どちらにしても早く対処せねば」
 稼ぎ頭のツートップの店が臨時休業となれば客足はますます遠のいてしまう。
 それだけでもまずいが、もし別の店にも飛び火してはそれ所ではない。
「よし、二人共この件については私に任せて貰う。店の鍵をよこせ」
「でえぇ!!」
 突然言い出した組合長に炎は掠れた声で叫び、乾は頭を抱える。
「敵は店にありだ! 今ならば袋のネズミ…しかも、普通じゃないときている。意味は分かるな?」
 だから自分に任せろと。しかし、彼はただの組合長だ。志体持ちではない。
「さぁ早く! 悪い様にはしないから私を信じろ!」
 ぐっと拳を握って僅かに怪しく光る瞳が不気味であるが、彼の言葉は絶対命令。
 この人、心の底で楽しんでいるのではと思いつつ、二人は彼に鍵を預ける他ないのであった。


■参加者一覧
神座早紀(ib6735
15歳・女・巫
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓


■リプレイ本文

●Kへの対策
 乾の店が解決した次の日、炎の店を担当する事になった開拓者は炎の病室を訪れる。
「胞子を吸い込んで具合が悪くなったみたいですね……一応、解毒をかけさせて下さい」
 男性は苦手であるが、お仕事となれば話は別だ。しかも病人とあっては放っておく訳にはいかない。
 これも巫女の性か神座早紀(ib6735)が術を展開する。
「す、すまでぇ…」
 炎の喉はまだ不調の様だが、咳き込む回数は減っている様でそれ程酷くはないようだ。
「こっちに来た時は僅かに瘴気の気配があったらしい…まぁ、この男の事だ。あっさりはやられんがな」
 そんな横で組合長が涼しい顔で言う。
「とは言っても彼は志体持ちではなかろう? 無理はいかんでござる」
 その発言に霧雁(ib6739)は真面目に待ったをかける。
「それはそれとして、今の話からすると乾さんの所と同様に瘴気が絡んでいるのは間違いないみたいだよね」
 その話を聞いて、Gから続投する戸隠董(ib9794)が推測する。
「でしたら、私にお任せ下さい。相手が瘴気とあらば、私の浄炎でいちころですから」
 早紀の言葉――しかし、カビもまた侮ってはいけない。奴らはGと違い攻撃性は少ないが、その分しつこいで有名だ。
 ある程度成長すれば目は見えるが、初めは目にとまる確率は低い。木目の隙間や床の隅に密かに根付いて…実体を見せるまである程度の時間を要する。それと同様に駆除するにも根気が必要だ。
「何にしてもまずは見えている部分からだろうな」
 その横では董同様に続投の草薙早矢(ic0072)が真剣な顔で告げる。
 あの死地を切り抜けた彼女にとって、カビ等どうという事のない筈なのだが、何故か表情はあまり優れない。
「大丈夫?」
 董の問いに頷いて、彼女は前回とは違い頭をフル回転させ何やら語り出す。
「ゴキブリは御器かぶりが語源のように残った米を夜中にかじりついたりするから、その名がついた。だから食品類…いや、野菜くず、汚れた皿などは一切無い様に…」
 が、それは終わった方の情報で、
「本当に大丈夫でござるか!」
 霧雁が心配し彼女の前で手を叩いて、気付けを試みる。
「あ、いや…すまない。なんというか、あれを思い出してしまって……顔を洗ってくる」
 早矢が病室を出る。相当あの光景が目に焼き付いているのだろう。次の修羅場を耐え切れるか不安である。
「ですが、やらねばなりませんし…頑張りましょうか。その前に詳しいお話をお聞かせ下さい。見つけたカビの場所とかそういう事を」
 そうして、まず敵の位置を特定して――ギルドに戻ると作戦会議だ。
「胞子は目に見えないレベルだし、炎さんのあれからしてもマスクは必要だと思うの」
 突入の際にも細心の注意を払う為、董が進言する。
「そうですね、手拭いしかありませんが…これで何とかなるかと」
「拙者はこの防塵マスクがあるでござるよ」
 早紀と霧雁は準備万端らしい。董も罠師の手拭いを持参している様だ。
 しかし、早矢は持っていない様で…ギルドで借りる事にする。
「それよりもだ。真面目な話…浄炎でどうにかなるだろうが、前回の件からして実際のカビ自体も発生していると見えるが、どうする? 普通の長屋の類いの家屋なら多湿に対する対策はなっている筈でよっぽどだという事になるが」
 戻ってきた早矢が言う。
 それでも発生しているという事は立地、あるいは構造か。そうは言っても建て替えを進言する訳にもいかない。
「とりあえずは今あるのを駆除しましょう。何かいい案はありますか?」
 そこで早紀が間に入って、皆の提案を聞きに回る。
「その辺は拙者、調べてきたでござる」
 そこで手を上げたのは霧雁だった。
 何でも泰にある彫金の学び舎に在籍、金属を彫るだけでなく、加工や表現技術の模索にもチャレンジしているらしい。
 その学び舎の図書室で彼はカビに関する文献を漁ってみたのだという。
「カビには海藻の粉が有効らしいとあったでござる。誠かどうかは判らぬが、試してみる価値はあるでござるよ」
 真意は謎だ。それに海藻の粉と言ってもどんなものか判らず、海藻土と干し昆布をすり鉢で擦ったものを用意してみた彼である。
「私は経験上、アルコールが有効でした。あ、毎年私も姉と一緒に格闘しているもので…それでですね。ちょっと聞いて下さいよ。妹ったらちっとも手伝わないんですよ!」
 ふと去年の事を思い出して、愚痴を零す早紀。はっと口元を抑えたが、もう遅い。
「あの、失礼しました。なので、これを」
 取り繕う様にそう言って、彼女はヴォトカを差し出す。
「あたしもアルコールに賛成かな」
 董も考えは同じ様で酒瓶を数本出して見せる。
「ふむ…では、仕方がないでござるがそちらでいくとしよう。床を不確かな情報で汚しても悪いでござるし」
 よって、対策はアルコール作戦に決定した。それに加えて、胞子の拡散を防ぐ様目張りも実施。最終的には拭き取る形で取ったカビ達を燃やす事で落ち着く。
「くれぐれもアルコールを扱う以上、火気厳禁。持ち出す際は袋に詰めて迅速に」
 Gの時もそうであったが、目張りはきつい。精神的にも肉体的にも追い込まれるが、この方法しかないだろう。
「滅入るが…しかし、いい妻である為には、この手の対処の仕方を知っておかないとな」
 早矢が言う。彼女は主婦が向き合うべき敵をこの依頼で確認、対処法を勉強しているのだろうか。


●Kの実態
 翌朝――天気が晴れである事を確認し、開拓者らはカビの巣窟へと向かう。
「どういう事でしょうか?」
 裏口の戸に手をかけた霧雁を前に早紀が言う。
 先程から瘴策結界『念』を発動しているのだが、これと言った個体がある訳でなく、どちらかと言えば店自体に瘴気が充満している感じだったのだ。

 キィ

 鍵を使い、戸を開く。木の軋んだ音と共に彼らの前に見えたのは悍ましい光景。

「こ、これはさながら、小さな魔の森だな」

 視界が灰色の霧で閉ざされていた。そして、床にはびっしりと広がったカビ。もう、それは店全体に近い。
「く、入るでござるよ!」
 濛々と立ち昇る埃の様なものを逃がすまいと、後続の仲間に呼びかけ彼らは中へと入る。
 そして、ガチャリ…と重い金属音と共に閉ざされた店内――マスクをしていても息苦しさを覚える。
「まずは目張りから、だよね…」
 うんざりする中でも董は冷静だった。靴には布をかけ床に蔓延るカビを慎重に踏みつつ、窓の隙間を塞いで回る。
 幸い、空気中を漂ってはいてもまだ天井や壁の上部には浸食していない。
 しかしながら、一応この後の事を考えると念には念を…である。
「そう言えば…でござるが、カビってどれをどう見て一個と数えるでござるか?」
『え…』
 作業をしながら呟かれた言葉に残りの三人の目が点になる。
 考えて欲しい。
 もし、あの綿毛の細かいの一つが一個と数えられるならば…早紀は一体何回スキルを使えばいいのだろうか。
「え〜〜と、その…深く気にしちゃいけません」
 脳裏に浮かぶ絶望的な予想。もしそれが当たっていたら、自分はもう耐えられないかもしれない。
「もし、今あたし達が想像しているのが当たっていたとしたら…申し訳ないけれど、この店ごと燃やすのが一番になるんじゃあ」
 炎には悪いが、手遅れであればそれも許して貰えよう。これもすべて瘴気が悪いのだ。全力を尽くしたと言えば組合長も公認であるし、建て替え費の一部は組合から支給されるのではなかろうか。
 しかし、幸運な事に彼らの絶望は推測のままで終わる。

 ぞわぞわぞわっ…

 何かが這い寄る様な奇妙な音。早紀が逸早く振り返る。それを悟られた事に気付いて、それは更に動いて、

「きゃっ!?」

 どすーーん

 早紀が転んだ。それと同時に床の胞子が舞い上がる。
「なっ、面妖な!!」
 その光景に霧雁が叫ぶ。そう、彼は見てしまった。
 群生していたカビが意志を持った様に移動しているのを――。
「まぁ、こっちとしてはやり易いけどね」
 董がそれを見て、スキルの発動に入る。が、それを手で制したのは転んだ早紀…いつの間にか体勢を立て直して、

「ふっふっふっ、私を怒らせてしまいましたね!」

 顔がマジだった。いつものおとなしさは消え、怨敵を見る様な目つきで顔を真っ赤にし、動くそれを睨みつける。

「喰らいなさいッ!!」

 そして、彼女は浄炎を連発した。浄炎と言えば、自動命中。確かに彼女のそれは当たっていた。
 が、敵はヒットするたびに弾け飛び、個体を拡散し質量を小さくしつつ増殖していく。
「くっ、これじゃあキリがない!」
 董も修羅道を発動し、精霊の力を借りてみるが全く手応えがない。
「敵は不死身か……いや、そんな筈はない!」
 霧のアヤカシが相手とて、倒す事は可能なのだ。きっとどこかに奴を倒す手がかりはある。
 弓では太刀打ちも難しいと、早矢はひたすら逃げ考える。
 しかし、逃げる一方では時間が過ぎるだけで何の解決にもならない。
「ん…」
 そんな折、ふと目に入ったのは早紀と董が持参したヴォトカだった。
 なぜだか知らないが、カビはその近くを避けている。
(「まさかこれは…」)
 早矢の視線に霧雁も気付いた様だ。そうして、同様にこれが切り札になると予測する。
(「もし、さっきの考えが正しいという事でござったら、おそらくこれとあれで…」)
 ちらりと見取ったのは暴走中の早紀の姿。さっきのすってんころりが相当頭に来ているらしい。
 しかし、ここでは彼女の能力が必要不可欠となる。彼はそう判断して、彼女の元へと駆ける。そうして、

「落ち着くでご…」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 彼女を止める為彼女の手に触れて……彼を襲ったのは鋭い一撃――。
 それはカビの妨害ではなく、凄まじい殺気と共に早紀自身が繰り出した抉る様な右ストレート。

(「な、何故に……」)

 霧雁には意味が分からない。それを考える間なく、

「ぎゃびりーーん!!」

 ズバーーン

 派手な音と共に頭は天井に食い込み、宙ぶらりんとなる。
『え、ちょっ! 早紀…さん?!』
 その思わぬ事態に董と早矢が目を丸くする。
「え……あの、私は、何を……きゃあ! どうされたのですか、霧雁さんっ!!」
 が当の本人は無意識だったらしい。実は彼女、男性に触れられると、拒否反応から反射的に攻撃してしまうようだ。

「お、落ち着いたのならよいでござる! それより、早くあれを」
「あれ、でございますか?」

 天井からすっぽ抜ければ、穴から胞子を逃がしてしまうかもしれない。そのままの状態で彼は言う。
 案の定カビの一部は天井へと移動し、彼に群がり始めている。

「きっと瘴索結界だ! 後、董さんはこっちを手伝って!」

 そこで意図に気付いた早矢が彼を代弁。そうして、彼女自身はヴォトカをカビの方へと振り撒いて、
「に、逃げた?」
 その様子に董ははっとした。Gと同じだ。やはりカビ自身の性質は受け継がれているらしい。
 彼女もそれを知って、持参していた酒で追い込む様に努める。 
 そして早紀も指示に従って見えてきたのは、さっき程までと違う光景――。
 入る前は屋外からであったし、瘴気が部屋に充満した状態であったから特定は難しかった。
 しかし、個体として形成されている今ならば、瘴気の強く集まる所を特定できる。

「判りました。あの裏です! 本体はきっとあの水瓶の裏!!」

 トカゲの尻尾切りよろしく、カビアヤカシは本体を隠していたらしい。
「場所が判れば話は早いの!」
 董がそう言い、瓶の方へと駆ける。そして、二人のサポートにより瓶がずらされて、

「終わりよッ!!」

 再びの修羅道が大元のカビを一喝すると分散し形を取っていたものも消え、埃の様なものだけが床へと落ちていく。
「こっちもやはり元あったものに瘴気が取りついたものだったか…」
 早矢が言う。
「これからが一番大変なのだけれど…ね」
 董の言葉に仲間は項垂れるのだった。


●K予防
 瘴気が力を貸して、カビは急速に増殖した。炎が処理した量よりもかなり広いスペースに再びそれは出来ている。
 カビ菌自体が死んでいるとはいえ、このままではいけない。
 埃ともカビとも判らなくなってものを彼らは総出で掃除し始める。
「沢山用意しておいて正解だよ」
 董が掃き出した後の床をアルコール拭きしながら言う。
「あの、先程はすいませんでした」
 とこれは早紀だ。不可抗力とはいえ霧雁に申し訳なさを覚えて、彼女が謝罪する。
 そんな彼女に霧雁は笑顔を返して、
「拙者こそとんだ無礼を。気にしないでいいでござる」
 そう言い、率先して店の家具の運び出し等の力仕事をかって出る。
「男子然としていてよい男だな」
 それに思わず、そんな感想を早矢が漏らす。
 そうして埃を掃き出した後麻袋へ。こびりついたカビは束子で念入り落とした後、全体を消毒し換気に入る。
「よし、これで完璧だね」
 董が言う。もしまたカビが生える様であれば、床石等の交換が必要だろう。
 兎に角後は実際見てみなくては――何とも言い難いと思う早矢なのだった。


 そして後日、炎の退院を待って店を訪れた時皆と共に進言する。
(「成程。会った時も思ったが、あの身体つきでは仕方のない事か」)
 ご馳走するという炎の姿を間近で見て、早矢は理解する。
 駆除しても完全にならなかった原因は彼自身だ。そして、この店の造り……残念だが、熱気が店を温めている。
「炎さん、雨でも吹き込まないのであれば、窓を開けておく方がいい。後、その汗も原因の一つかもしれない。小まめにふき取った方がいいと思うぞ」
 カビの栄養は何も湿度だけではない。こぼし油や人の汗もその対象となる。
「お、おう。すまんなっ」
 それを聞き、流石の炎も肩をすくめた。まさか自分が餌になっているとは思わない。
「保存箱も工夫が必要かもしれないよ。面倒かもしれないけど、水受けを増やして毎日交換。水瓶付近は高めのすのこを引くか、梁が頑丈そうなら吊るしてみるのもいいかも」
 再発防止の為、董も考え出した対策を提案する。
「ふむ…成程な。おい、皆聞いてたか?」
 そこで炎は弟子達にそれをメモらせて、早急に対処する様言い渡す。
「いやぁ、本当に世話になったな。結構苦労しただろう? 疲れた分、どんどん食ってくれ」
 炎は照れつつそう言って、彼らの前に作り立ての料理を運んでくる。
「わぁ、良い匂いですね。これは黒酢ですか?」
 それに早紀が目を輝かせた。実は彼女、この依頼の密かな楽しみとして炎の料理に期待していたのだ。
「おうよぉ。なんたってカビにもいいって聞いてな。……とそうだ。なんなら、疲労回復にも打ってつけってんで、今年は酢を効かせた料理を打ち出すのも悪くねぇなぁ」
 がははと豪快に笑って彼が言う。

 梅雨が明ければ、本格的な暑さの到来だ。
 が、この分であれば今年もこの界隈は賑わいそうだった。