【FD】衣装披露会【鍋蓋】
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/09 17:41



■オープニング本文

「こんばんわぁ〜、新海さん。ちょっとご相談なんですが」
 鍋蓋長屋のある部屋を訪れた巫女さんに新海は顔を上げる。
 実は彼、現在専ら開拓者と言うよりは職人と言う名の方がしっくりきてしまう状態。
 と言うのも、以前関わった依頼で鍋蓋神社を造る事となり、その後も何かとそっちの世話を焼いているからだ。
 今も手には丸く切った木の板があり、その傍には紐のつけられた完成品・鍋蓋絵馬が積まれている。
「よう、よく来さねぇ。ご相談って何さぁ?」
 そして、今ここに来たのは鍋蓋神社の神主の娘だ。
 歳は十六。ポニーテールではあるが、しっかりと纏めて清潔なイメージは崩してはいない。
「あのね、今年はうちの神社でファッションショーをやるって事になったの。それで新海さんにも出てほしくて」
「俺がさね? 俺はそういうの疎いし…」
「違うの違うの。新海さん、昔鍋蓋で鎧作ってたんでしょ? それで出て欲しいの」
 彼女が言うには、普通のファッションショーではないらしい。部門もそれぞれに分けるとか。
「まずは普通にかっこいい部門でしょ。
 次にコスプレ部門…これは他人の衣装を真似て作ったり、新海さんみたいに変わったやつね。
 で、もう一つはウエディング部門! 要するにペアでの出場って事で、どうかな?」
 元気はつらつと言った感じで彼女は瞳をきらきらときらめかせている。
「成程、そういう訳さね。俺が力になれるなら全然構わないさぁ」
 新海は鍋蓋絵馬を作る手を止めて立ち上がる。
「新海さん?」
 それを不思議に思った彼女だったが、その後がらりと引いた押入れの先にあるものを見て、
「そ、それって!」
「そうさね。あの時壊れて…でもやっぱり諦めきれなかったさぁ。だから、こっそり改良修理していたものさね」
 木製の全身鎧――肩当も兜もすべてが鍋蓋で出来ているようだ。
「凄い凄い! 本当に手先が器用なんだね〜、じゃあこれでばっちりだよ!」
 鍋蓋神社に鍋蓋鎧。ウエディング部門では希望者がいるならば婚儀も執り行えるらしい。
「沢山集まるといいさね」
 出来上がった分の絵馬と鎧を抱えて、新海は早速神社へと足を運ぶ。
「大丈夫よ。一応ね、一般の方も集めて人気投票して…優秀賞とかも決めるから」
 それって結構独断と偏見なんじゃあ…そう思いつつも口には出さない新海。
 暫くすると鍋蓋神社が見えてくる。
「は〜、いつ見ても凄いさね〜」
 今日も鳥居の真ん中で磨かれた鍋蓋が神々しい輝きを放っていた。

――

【こちらのシナリオによる苗字変更について】
 こちらのシナリオで「婚儀」を希望され、
 それに伴い苗字を変更したいというPL・PC様がいらっしゃいましたら変更が可能です
 その際はお手数ですが、プレイングにて表明下さる様よろしくお願いします


■参加者一覧
/ 佐上 久野都(ia0826) / 鳳・陽媛(ia0920) / 蓮 神音(ib2662) / シーラ・シャトールノー(ib5285) / 蓮 蒼馬(ib5707) / 神座早紀(ib6735


■リプレイ本文

●頼み事
「あ、いたさねっ」
 鍋蓋神社でのファッションショーの告知にギルドを訪れた新海は、一時長屋に間借りしていたキサイを発見。
 先に参加者の一人から頼まれていた件で声をかける。
 しかし、彼はいつになく真剣で…普段とは違った雰囲気を醸し出している。
「どうかしたさね?」
 彼が開いていたのは一通の手紙――
 勿論彼宛の様だが、新海が覗き込むと慌てた様にくしゃりと握って内容までは確認できない。
「ちっ、勝手に覗くなよなッ! 吃驚するだろうが!!」
 シノビの彼なら新海以上に警戒心は強い筈なのに、傍に来るまで気付かないとはよっぽどの事だ。
「それは悪かったさね。けど、あんたに用事があったさぁ」
「用事?」
「これさね。鍋蓋神社の衣装披露会…それに出て欲しいってある人から頼まれたさぁ」
「ああ、その事なら俺も聞いてる。だけど、俺は…」
「出ないさね?」
 意味深に途切れさせた言葉に新海が首を傾げる。
 そんな折、彼らの後ろでも早速告知を見て興味を持った者達がいる様で…、
「これ、出たいな…」
 たまたま義兄の佐上久野都(ia0826)と共にギルドを訪れていた鳳・陽媛(ia0920)が小さく呟く。
「何なに…衣装披露会か。いいんじゃないかな?」
 それに気付いて、視線を辿った久野都が彼女に優しい微笑みを返す。
「え、本当ですか…兄さん」
 その言葉に彼女の顔がぱっと明るくなる。
「ああ、素敵じゃないか。陽媛の可愛い姿が見れるのは嬉しいよ」
 しかし、彼女は知っている。その笑顔は恋人に向けられるものじゃない事を…どんなに切に願っても、彼は義兄…。
 彼自身の心の内がどうであるかは判らないが、陽媛はもう彼を兄と見るだけではいられなくなっている。
「あの、兄さん……だったら、私と、出て頂けますか?」
 表情を読まれる事を恐れて、少し俯いた形で彼女が言う。
「私と…かい? でも、それは」
「出ては、頂けないのですか…?」
 下げたままの手をぎゅっと握る。
(「やっぱり、ダメなのでしょうか…」)
 恋人となれないのならせめて、偽りであっても彼の横を歩きたい。
 鍋蓋神社の催しにはペア参加が義務付けられた『ウエディング部門』が存在する。
 だから、彼女はさっき出たいと思ったのだ。久野都はそんな思いを察したのか、ふぅと短く息を吐き出して、
「わかったよ。どうしてもと言うのなら、私が付き添おう」
 苦笑気味にそう言って彼は彼女の頭を撫でる。
「……あの、有難う御座います」
 彼女はまだ俯いている。しかし、なんとなくさっきとは様子が違う様だ。
(「本当は陽媛が恋人と出るのを見届けたかったけれど、ね…」) 
 久野都が心中で呟く。
「そうだ、もしよければ私が衣装を見立てようか?」
 義兄の言葉に陽媛がやっと顔を上げた。目じりはうっすら濡れている様だが、あえてそこは突っ込まない。
「はい、ぜひお願います。私、楽しみにしていますから」
 彼女はそう言って慌てて袖で顔を拭う。
「では、早速探しに行かないとね」
 彼はそう言って彼女の手を引いた。陽媛の鼓動が早くなる。
「兄さん、その前に手続きをしませんと…」
「ああ、そうだね。うっかりしていたよ」
 こんな時間がずっと続けばいいのに…それは叶わぬ事。でも、今は今だけを彼女のものだ。
 参加の手続きを済ませて、二人は街へと消えてゆく。
 そして、もう一組も――似た様な立場で同じ様に出場を決める者達がいた。
「ねぇ、神音さん。この機会に本当に結婚したら?」
 親友である蓮神音(ib2662)がある告知で固まってしまったのを見て、気持ちを察しずばり彼女に神座早紀(ib6735)が言う。
「えっ、何言ってるの、早紀ちゃん!? そ、そんなの、はや、早過ぎるよ――!?!?」
 と慌てるのは神音。けれど、心の中ではそうできたらと願っているのは確かである。
「では、とりあえず蒼馬さんに頼んでみてはどうですか? これに出たいのでしょう?」
 そこで気持ちをくみ取り、彼女は神音と蒼馬のペアでの参加を促す。
「う、…うん。それは、いいと思う……だって、いつかは、神音もおヨメさんになる訳だし……」
 顔を真っ赤にして……横に並ぶ義兄であり今は義父兼師匠である蓮蒼馬(ib5707)の姿を思い浮かべる。
「でも、聞いて、くれるかな…?」 
 いつもなら積極的な彼女であるが、やはり乙女。こういう時は少し揺らぐものだ。
「そんなの簡単ですわ。予行練習だとでは言えばいいのです! 神音さんの気持ちが伝わればきっと承諾して下さいますよ」
 自分は男嫌いであるから、正直そこまで想う気持ちは判りかねる。
 けれども、大事な親友を応援しい気持ちはある。たとえそれが義父であっても、神音の頑張りをずっと見てきた彼女にとっては、強ち無理な事ではないとさえ思える。
(「戸籍上は親子でも、血は繋がっていないのですもの…」)
 後は蒼馬の気持ち次第か。ここもどうしても越えがたい壁があるのは確かであるが、一時の喜びをと思うのはいけない事ではない筈だ。
「さぁ、そうと決まれば説得に行きましょう」
 早紀が言う。
「う、うん。わかった。神音、頑張るんだよー!」
 ふんっと息を吐いて、神音も気合を入れる。
 六月は異国の言葉に『ジューンブライド』と言うのがあり、この時期の結婚は特別なものになるそうだ。
 だからなのか、あちこちでそんな話が持ち上がっている。それに便乗したのが鍋蓋神社の『婚儀』であるが――。
「妻にして貰えないか…なんて、唐突過ぎるぜ……」
 手紙を握りしめて…でも、本当はずっと判っていた。そして、ついにここまできたのだと悟る。
「狡いぜ…皆、勝手過ぎる……って俺もか」
 自嘲の笑いの後に生まれる葛藤――けれど、時間はもうそれ程残されてはいない。


●今だけは
 鍋蓋神社当日、多くの観光客が詰めかける。
 どの部門にも各地から参加者が集まったのだが、特に注目を浴びたのはやはりウエディング部門である。
 参加者は朝早くからメイクに着付けに大忙しだ。中でも着物をチョイスしたシーラ・シャトールノー(ib5285)は大変である。
 いつもはなかなか手にしないし着なれている訳ではない為、どれから着たらいいか判らない。
 それに出場は決めたものの相手がまだ来ていない。ただ、一言『判った』と書かれた早文が返され、現在に至る。
「やっぱり里の事情もあるだろうし、あんな事書いたから来てくれないのかしら…」
 しかし、彼も彼女の気持ちは判っていた筈だ。でなければ、今年の正月とて初詣になど誘ったりはしなかっただろう。
 そう、この神社へ――彼、キサイと共にこちらの風習に習って一年の恵を願ったのだから。
「あたしは貴方を信じるわ…」
 彼女はそう自分に言い聞かせて、神社の巫女さんに着付けを手伝って貰う。

 一方、その頃控室前ではこんなやり取りが行われている。
「また手伝って貰う事になるが、娘をよろしく頼む」
 蒼馬だ。二人の説得に根負けしたらしく、出場する事になったらしい。
 衣装である荷物を抱えてきたが、ここからは男女別室とあって神音の事を早紀にお願いする。
「いえいえ気にしないで下さい。私は好きでやっているので」
 それに早紀はそう答えて、にこりと笑う。
「そうか。それは助かる」
 蒼馬もその言葉にほっと肩を下す。
「あの、ウエディング部門の控室はこちらでよろしかったでしょうか?」
 とそこへ久野都達もやってきた。抱えられたドレスは淡いピンクでとても綺麗だ。
「ああ、ここだ。っと、そちらもなかなかの歳の差だな」
 蒼馬が久野都と一緒の陽媛の姿を見て言う。
「ええ、私の義妹なもので…」
「成程。俺は義娘だ」
 類は友を呼ぶ――似た者同士、どこか通ずるものを感じたらしい。
「兄さん、後は自分でいきます」
 そんな会話に陽媛は逃げるように控室へと去っていく。
「やはり、最近の若い子は難しいな…」
「え〜と、全くですね…」
 やはり似ている。二人は顔を見合わせ苦笑した。


「さぁ、皆さまお待たせ致しましたー! 残るはウエディング部門です!」
 開拓者のみならず一般の人々もこの披露会に参加している。
 それぞれ思い思いに着飾って男女が参道を笑顔で歩いてゆく。
 裾の長いエンパイアラインのドレスなどはやはり階段は危険スポット。
 そこで男性が抱え熱々っぷりをアピールするペアもいたりする。
「あうぅ〜、緊張してきたよー」
 実は主催者側の粋な計らいで新郎役と新婦役は直前まで互いの姿を見る事は出来ない。
 従って、否応なしにドキドキが高まってしまうという訳だ。早紀を隣に神音は半ば泣きそうだ。
「大丈夫ですよ、凄く綺麗ですから。それに白が多い中、淡い黄色のチョイス、悪くないと思います!」
 元々神音の服は暖色が多い。髪色が赤であるからどうしても合わせてしまうし、それがしっくりくる。
 案の定、衣装選びに行った際店員も彼女にそっち系の色を進めてきたのだ。
 頭にある小さなティアラは向日葵の細工の施された物にした。その理由は太陽の笑顔という、彼女が以前貰った称号に合わせたものだ。元気一杯にいつも明るく照らす。そんな太陽に向かって咲く向日葵は彼女のイメージにぴったりだ。

 ザッ

 そうして、ついに二人が出会う場所へとたどり着いて……思わず互い目を見張る。
「せ、センセー…」
 蒼馬の着用していたのはグレーのタキシード。白寄りの灰色でベストも統一している。
 唯一違うのは首のタイと胸ポケットから除くハンカチ。
 少し大振りのタイは特殊な結び方で…神音とドレスと同じクリームイエローだ。
(「か、カッコいい…んだよぉ〜〜〜」)
 神音はそれに直視していられなくなって、思わず俯く。
「さーて、次は蓮ペアです。お二人は親子ながら今日は恋人に扮します。どうぞー」
 アナウスが聞こえる。けれど、足が動かない。
「お、おい。どうした? 緊張してるのか?」
 こないだ通ったダンス教室でのお披露目では全く動じていなかった娘が急に黙ってしまって、蒼馬が声をかける。
(「あうぅぅ、どうしよう…なんで動かないのぉ〜」)
 焦る気持ちと恥ずかしさと……綯交ぜになった感情が心の中で渦を作る。
「神音さん、しっかりー!」
 参道の方に移動しかけていた早紀がそれに気付いて声援を送る。
「何か知らないけど、頑張るさね――!」
 そこへ新海も駆け付けて、いつの間にか周囲から彼女への頑張れコールが。
「そら、行こう。勇気を出して…何かあっても俺がついてるから大丈夫だ」
 差し出された蒼馬の手――その手と声に彼女は気を取り直して、
「うんっ!」
 顔を上げる。目の前に広がるのは自分達を見つめる多くの人々。だけど、大丈夫。自分には蒼馬がいる。
 神音は蒼馬と腕を組んで、
「ごめんねー♪ もう大丈夫なんだよー♪」
 彼女がとびきりの笑顔を見せて歩き始めた。それに静かな笑顔で蒼馬が答える。
 元気に飛び出したものだからクリームイエローのミニ丈ドレスの裾がふわりと揺れた。
 普通ウエディングドレスと言えば裾の長いものが主流であるが、快活なイメージがあり尚且つスタイルが良ければ身長がどうあれ、こういう短い丈も悪くない。胸元にはカーゼの様な生地を幾重にも使用したフリルが施され、腰で一旦しめた後、また優しい素材のスカートでボリュームと可愛さを演出している。
 そして、胸元にはいつも髪につけている花飾りをあしらって、いつもは三つ編みは解いているから自然なウェーブができており雰囲気ががらりと違って見える。
(「神音も義姉上に似て来たな」)
 蒼馬は参道脇の観客達に手を振る娘を見ながら、そんな事を思う。
 そして、何時か自分ではなく、好いた男と歩んでいくんだろうと……亡き師兄らの為にもいい婿を探す事が自分の使命であると再認識する。
「えへへ〜、センセー。もしかて見とれて…ってうにゃ!?」
 首を向けて冗談めかして言った神音だったが、その直後彼女ががくりとバランスを崩す。
「お、おい!」
 幸い、腕を組んでいたから大事には至らない。蒼馬はふぅと息を吐く。
「大丈夫か?」
 さっきは大人びて見えたのに、やはりまだ幼さも残る。履きなれないヒールで躓いたらしい。
「ありがとー、センセー。神音は絶対諦めないよー」
「え?」
 神音の言葉にはっとする。しかし、彼女はそれ以上は答えない。
(「今日はショーだけど、いつか本当にしてみせるよ!!」)
 彼女は心中でそう決意を新たにして、二人の思惑はまだ平行線であるようだった。


「続いては佐上、鳳ペアです。お二人は義兄妹関係とか……ドレスは佐上殿の選定だそうです、どうぞー!」
 拍手の中へ二人が一歩、足を踏み出す。
 久野都はシンプルでベーシックな黒のタキシードにグレーのタイ――
 主役はあくまで陽媛だからと、彼は自分のそれは即決し、彼女のドレス選びに相当な時間を割いたらしい。
「ねぇ、兄さん」
 陽媛が参道を歩きながら小さな声で言う。
「何だい?」
 それに答えて…けれど、久野都の視線はあくまで観衆の方だ。でも、これでいいと彼女も思う。
「私、幸せだよ。兄さんに会えたから。兄さんがいてくれたから」
 彼女にとって彼は青春そのものだった。たとえ、思いは届かなくても、この人を好きで良かったとさえ思っている。
 だって…衣装選びの時もとても真剣で嬉しかった。一緒にいる時間がたまらなく愛おしかった。
 それだけじゃない。今まで歩んできた時間全てが、彼女の…彼女だけの宝物なのだ。
「うん、有難う」
 彼が静かに返す。彼女の気持ちに答えられないからなのか、気付いていないからなのかそれは判らない。
 ただここで視線を合わせたらいけない気がして、彼は丁寧に彼女をリードしたまま歩を進める。
「おおっ、流石にセンスがいいなぁ」
 誰かの声――陽媛はその声に少し嬉しくなる。兄も衣装屋で試着した時点でこう言ってくれた。
「うん、可憐で美しいよ」と――。その言葉だけで自分は生きていける。
(「愛してる…兄さん。誰よりも」)
 兄が、いや久野都が選んでくれたドレスに身を包み心から呟く。一番声に出したい言葉であるが、それは出来ない。
 もし言葉にすれば、きっと彼を困らせてしまう。気持ちは届いていると信じているが、受け入れられはしないから…。
 兄が選んだドレスはプリンセスラインのロールカラーでシンプルなものだった。
 見た目でとても清楚な感じがして、彼女は一目で気に入った。
 それに滑らかな艶のある絹製で着心地がいい。身体の弱い彼女であるから、余り締め付けたりしないのを選んでくれた様だ。
背面に並んだ小さなクルミボタンが少しクラシカルでもあるが、背後の大きなチュールリボンが可憐さを演出し、大人過ぎたりはしない。それに色合いが極淡い桃色だから尚更だ。
(「今の私にぴったりのを選んでくれたのですね、兄さん」)
 彼女は穏やかな笑顔で参道を歩き切る。そうして、二人の出番はあっという間に幕を閉じる。
 本当に短い時間、けれどこれも新しい彼女の宝物だ。
「次選ぶ時は多分、華やかで女性らしい衣装になるのだろうね…」
 久野都が言う。
「そうですね。次も選んでくれますか?」


●花嫁と花婿
「さて、次はがらりと変わって和装の登場。少し変わった騎士とシノビのペアだよ〜」
 シーラは目を閉じていた。隣にキサイがいる事を願って、合流地点に来るまで信じると決めたものの気が気でなかった。
「悪い、時間かかった」
 何処かいつもと違うキサイの声。緊張しているのだろうか。それよりなにより、彼女は彼が来た事にほっとする。
 そして彼の手を取って、
「いえ、いいの。来くれただけで…」
 正直な所を言えば嘘だ。今にも心臓が飛び出しそうだし、抱き付きたい衝動を必死に抑えている。
「いくぞ」
 ぶっきらぼうに言われて、彼女も一歩踏み出す。名前が呼ばれた…眩しい位の光が彼らに差し込む。
「ほう…これまた古風な」
「今時着物とはやるねぇ」
 二人の姿は純和装。黒の紋付袴のキサイに白無垢のシーラだ。角隠しまできっちりとしているから年配に受けがいい。
「わしゃあも昔はあんなだったのにのぅ。それにしても綺麗な白じゃて」
 頬を染めて老齢のご婦人が言う。
 けれど、よく見るとシーラの白無垢は無地ではない。透かす様にあしらわれた月と鶴の文様。目立ち過ぎないその細工には気品が感じられる。そして、角隠しのその下の簪も特注性。それの入手の経緯は知らないが、ある人がとある店で購入したものらしい。月桂樹を模った銀と銅の飾りが印象的だ。
「あの、どうかしら…?」
 黙りこくったままのキサイに眉を潜めて、平静を装いながら彼女が問う。
「……そんなの、知らねえ」
 キサイは明らかに動揺していた。表面上には出していないが、シーラの目が見れない。
「そう…残念ね」
 その対応に彼女が目を伏せる。
「え、あ……ちがッ。この後の事、考えてて…それで」
 どうしたらいいか、判らない。参道がもっと長ければと思ったキサイである。
「ん? もしかしてあの二人…」
 そんな二人を見つけて、蒼馬は思う。今まで幾度となく仕事を共にしてきた彼であるから、自然と察しはつく。
(「あの感じだと、シーラが踏み切ったか…」)
 彼の予想は的中していた。


 ウエディング部門のお披露目が終了して、全ての部門の投票に入る。
 そんな中で希望者には奥の間で一般・開拓者含めて順次婚儀の儀式が執り行われる事となる。
 その中にさっきの二人もいた。そう、シーラとキサイである。
 シーラ自身はお色直しとして大きな月下美人と月の刺繍の入った赤打掛に着替え直している。
「ここにいるって事はつまり、OKって事でいいのよね?」
 終始落ち着かないキサイに彼女が問いかける。
「き、聞くなよ。こういうの、慣れてねぇし…いきなり過ぎて、混乱してるっつーか、里の許可は得たけども…あんなあっさりと」
 許可されるとは…それが予想外だったらしく、いつもの彼はどこへやら、半ばパニック状態である。
 そんな彼を彼女はしっかり見つめて、
「キサイさん…役目もあると思うし、束縛は出来ないわね。でも、さっき思ったの…傍にいてくれるだけで本当に幸せだなって…だから、もしあなたがいいなら」
「…よくなかったらここにはいない。って何言わせんだよ!」
 その言葉にキサイはぼそりと呟いて…声になった言葉にはっとする。
 そして、隣に座ったままの彼女の頬に唇を寄せる。それはほんの一瞬だった。
 しかし、意外な行動に今度はシーラが目を見張る。
「くそっ、仕返し、だ、からな…。何でも決めて先に進めた罰だ。俺にも相談位して欲しかったぜ…ったく」
 照れ隠しに視線を上部に向けたまま言う。
「じゃあ、本当にいいのね?」
「お、おう…師匠に言ったらなんかばれてた。里に行った時見られてたっぽい…だけど、一つだけ条件がある」
「条件?」
 急に神妙な面持ちになった彼に彼女が首を傾げる。
「あ、いや…条件っていうか、お願いってか……とにかく、俺が罠師である事に変わりはない。だからこの仕事は辞められない。お前の店、手伝ってやれないから言えた義理じゃないけども…まだ俺は未熟だ。だからこれからもできれば手伝ってほしい」
 とても真剣な眼差しに、シーラは応えられるだろう。それはこれから先の事で、完璧主義な彼女にとって明確な答えを返す事は出来ない。
「その、でもお前の事情もあると思うし、あまり深く考えなくていい…あの、好きなのは事実で、本当は、言ってくれて嬉しかったから」
 彼はそう言い、彼女の手を取る。彼らの番が来たのだ。
「さあ、早く済ませるぜ、シーラ。俺の…」
 素っ気なく言った言葉、辺りが眩しく見える。
 最後がちゃんと聞き取れなかったのは残念であるが、きっと大丈夫。心が繋がったはずだから…。


 衣装披露会と言う名の祭りが終わる。最後に発表されたのはそれぞれの部門での優秀賞だ。
 ちなみにウエディング部門では一般のカップルが受賞した。その勝因は手作りという点……一か月かけて不器用ながらに作り上げてドレスに心打たれた者が多かったらしい。新海の受け狙いアーマーもなかなかの得票数であったが、やはり一押し足らない部分があったとか。
「お疲れ様さね〜」
 鍋蓋神社の参道脇の灯篭に火を灯しながら、新海が言う。
「いえ、こちらこそ有難う御座いました」
 とこれは早紀だ。丁寧にお辞儀をし、彼に別れを告げる。
 彼女の片手には大判鍋蓋煎餅を下げられていた。何でも手伝ってくれた者達への感謝の印らしい。
 実際に参加したメンバーには鍋蓋絵馬が配られ、一部の者達は早速それに願いを託して帰って行ったようで、朝とは比べものにならない数の絵馬が奉納所に下げられている。なお、婚儀ペアにはまた違った品が贈られていたのだという。
「ねぇ、折角だし夕ご飯も一緒にどうかなー?」
 すっかりいつもの服装に戻って調子を取り直した神音が早紀と蒼馬に問う。
「それはいい考えだが、早紀はいいのか?」
 夜が近いとあって念の為、蒼馬が彼女に確認する。娘と同じ位の歳の子を預かっているのだから当然と言えば当然だ。
「私は大丈夫ですよ。楽しそうなので、ご一緒させて下さいませ。それに…」
「それになんだ?」
「正直な所を申しますと、蒼馬さんに聞きたい事もありますし」
 思わせ振りにそう言って、くすりと彼女が笑う。勿論その聞きたい事とは、今日の神音の印象である。
「ふむ、ならば行こうか。っと、そちらもどうだ?」
 そこで蒼馬は残りの者達も誘ってみる事にした。
 こういうのも何かの縁――打ち上げついでに、交友を深めるのも悪くない。
「え、私達かい? そうだねぇ、どうしようか?」
 不意に話しかけられて、久野都が陽媛に問う。
「私は構いません。兄さんといられるなら…」
 最後の方は聞こえない程度に彼女はそう言い、彼らも合流する。
「あれ、キサイ達は…っとそこか。お前達も来るだろう?」
「おう、行ってやってもいいぞ。なあ、シーラ?」
「え、ええ。勿論よ」
 蒼馬の誘いに些かぎこちなく答える二人。まだ実感もなく、変な意識が働いているようだ。
 ともあれ、彼らはこの後飯屋兼飲み屋に繰り出して、大いに今日の話で盛り上がる。
「いいなー、神音も先生に選んで貰えばよかったよー」
 陽媛の経緯を聞いて、神音が言う。
「そんな…神音さんのドレス、とても素敵でしたよ。そしてシーラさんのも」
 とこれは陽媛。さすがにミニ丈は自分には無理かもと思うが、もし着てみてと兄さんに言われたら、来てしまうかもしれないし、白無垢は憧れだ。まだまだ着物の方が神楽では多いし、子供時代は尚更であるから『お嫁さん』といえばあの姿である。
「ふふっ、有難う。あたしは可愛い花嫁さんの姿を見れて楽しかったわ」
 順が後であったからゆっくり見る機会はなかったけれど、それでも待ち時間に目にする機会はあった。
 それに白の多い中でやはりカラーは目立ったのだ。
 そんな女子トークの隣りでは男三人、酒などくみ交わしている訳で……。

 何でも丸く収めるとの謳いの鍋蓋神社。円で縁を繋ぐともいう。蓋だけでは意味がない。鍋あってこそだ。
 それぞれの愛の形はさまざまで、それは今後のちょっとした動きでどう転ぶかは判らない。
 出会いも、別れも巡るもの…そこに何かがあるからこそ、人生は面白い。
「明日も円満であります様に…」
 最後まで残っていた新海はそう願って、またいつもの長屋へと帰って行くのだった。