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■オープニング本文 ■届いた声 「暗い‥‥寒い‥‥助けてくれ‥‥」 耳元で聞えた言葉にハッとして、男は思わず上体を起こす。気付けば体中に汗が噴き出し、寝間着を湿らせている。早い呼吸を整えながら、男は近くの蝋燭に火を灯す。 「誰だっ! 誰かいるのかっ!!」 声の主を探して、部屋を見回してみたがそこには誰もいない。 「見つけてくれ‥‥‥早く‥‥‥‥俺は‥‥暗く湿った場所に‥‥」 「見つける? 湿った場所??」 訳が判らず言葉を繰り返す。 「牛車‥‥燃えた‥‥‥俺の‥‥ぎっしゃ‥‥けど、あれは‥‥」 「外かっ!!」 声のする方を辿って襖を開けた男だったが、そこにそれらしき人物見当たらなかった。 解決したはずだった――。 確かに理由までは判らなかったが、何にしてもこの都に出没していた人轢きの牛車は、開拓者らの手によってアヤカシがとり憑いていた事が判り、退治されたのである。 「そういえば開拓者の一人が何か言っていたな‥‥」 あの後眠れずにいた神主は、重い瞼を擦りながら必死で記憶を辿る。 実体――つまり、牛車自体が残っていた事から、人轢きの車と呼ばれた牛車は誰かが造ったものに間違いない。けれど、その人物の特定には至らなかったとか。けれど、一人怪しい人物の名前が挙がっていたのだ。 「む〜〜〜何と言ったか?」 「神主さ〜〜んっ、大変だで〜〜〜」 立ち止まったまま考え込んでいると、ふいに神主を呼ぶ声が耳に入る。 「何ですか‥‥――と、これはこれは源一さん」 神主を呼んだ主――源一は息を切らしながら、こちらに駆けて来る。 やっとのことで神主の前へ辿り着くと、源一は汗を拭い口を開いた。 「どうもこうもないでさぁ。昨日、あいつが‥‥あいつが‥‥」 「あいつ‥‥誰の事ですか??」 「だから、あいつだよ‥‥行方不明になってた秀造が‥‥帰ってきたみたいなんだ」 息を切らしたまま言い切って、源一が言う。 「それがどうして大変なんですか? 帰ってきたなら喜ばしいことでしょう」 「違う違う!! 直接は会ってないんですが‥‥けど、声は確かにあいつだったぁ」 「声‥‥ですか‥‥って、まさかそれは牛車がどうこう‥‥というやつでは?」 ふと、昨日の晩の事を思い出して神主が尋ねる。 「へぇ、そうですけども‥‥なぜそれを??」 「やっぱりそうか‥‥私もその声聞きましたよ」 不思議そうに見つめる源一に神主はそう言うと、事情を話し始めるのだった。 ■戻らぬ捜索隊 そして、源一と神主は話し合った末、役所に秀造の捜索願を提出する。 秀造と言うのは、源一の弟子に当たる宮大工の一人である。前回の事件で、牛車を造った人物として上がっていたのも彼であった。なぜなら、一年前から姿を消していたからだ。 そして、昨日の声の内容から、二人は確信する。あの牛車は秀造が作ったものだったのだと――。 秀造は優秀だった。元々身寄りのなかった秀造を引き受け育てた源一だが、一年間も戻ってこないのに、なぜそのままにしていたのかと聞かれれば、それにはそれ相応の訳がある。それは、秀造自身の意志によるものだった。 突然大事な話があると呼び出され、聞かされた話――それは自分の力を試してみたいというものだった。この作業場でも十分出来るだろう腕試し。しかし、秀造は頑として外の道を選んだのだ。訳はわからない。ただ、無言でそこに立ち源一に一礼すると、秀造はその日を境にぱたりと作業場に来なくなったという。 心配でなかったといえば嘘になる。 しかし、本人が決意して出て行ったこと――便りの無いのは元気な証拠。 そう信じて、毎日の仕事に追われながら、気付けば一年もの時が流れていたらしい。 こないだの事件で役所も少なからず神主らに負い目を感じていたのだろう。捜索隊を出す事を約束し、その日のうちに都周辺の捜索が始まる。牛車が現れた時間から逆算して、もし何処かで造られていたのだとすればそう遠くから来ていたのではないだろうと判断されたからだ。 そして、数日を要して――秀造の足跡が明らかとなる。 都より一里程離れた森の奥で、独自の作業場が発見される。 その作業場は几帳面な秀造の性格が出ており、道具もきちんと片付けられていたし床の木屑もちゃんと纏められていた。そして、失敗作でさえも‥‥。 「ここがあいつの作業場‥‥」 簡素な造りではあるが、仕事は十分出来るスペースがある。 そしてそこには見事な彫刻があった――あの牛車にみられた夜桜と瓜二つの出来栄えである。ただ、少しだけ花びらが欠けてしまっているだけ‥‥。そして、その花は赤かった。染料のそれではない。それは血痕――。 作業場は森の奥にあった‥‥人から隠れるように‥‥もちろんアヤカシもでるだろう。 その血痕は真新しくもないが、そう日が経っているとも思えない度合いのもの。源一と神主に届いた言葉を頼りに更に捜して、捜索隊は洞窟に辿り着く。けれど、そこまでだった。 二度行われた洞窟内の捜索――その捜索から戻ったものはいない。 「すまないが、源一殿。こちらとしても最低限やれることはやった‥‥しかし、あの洞窟は何か違う。これ以上の犠牲が出ては困る。そこで投げやりな方法で申し訳ないが、資金はこちらで用意するので、ギルドに掛け合って貰えないだろうか‥‥」 「は、はぁ」 役所にもどうやら建前があるようで、直接行くのは憚られるようだ。 「わかりました。色々感謝します」 源一はそう言って、ギルドの方へ歩き出す。 『俺が‥‥おれで、なくなる‥‥前に‥‥‥早く、みつけて‥‥くれ‥‥』 源一の耳に焼き付いている秀造の言葉―――。 (「待ってろ、秀造。絶対に見つけてもらうかんな」) 源一は固く心でそう誓うのだった。 |
■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176)
23歳・女・巫
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
天寿院 源三(ia0866)
17歳・女・志
氷(ia1083)
29歳・男・陰
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
ヴァレン・レオドール(ib0013)
20歳・男・騎
ベアトリクス・アルギル(ib0017)
21歳・女・騎
ディアデム・L・ルーン(ib0063)
22歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ■潜入 「ここが件の洞窟ですか」 源一の依頼を見て集まった開拓者らは各自松明を用意し、洞窟を前で言葉する。 十名もの人間が戻って来ていない曰く付きの洞窟なのだが、見た目は普通のそれと変わらない。 「最近ジルベリアから渡って来た為まだまだ不慣れな事が多いですが、よろしくお願いします」 今回の依頼が初仕事となるヴァレン・レオドール(ib0013)が優雅に一礼する。 「私も初依頼であります。捜索隊も戻って来ていないとの事‥‥早く見つけないと被害が拡大するかもしれないでありますから、気を引き締めつつ急いで発見したいでありますね」 そう言って洞窟に向かい始めたのはディアデム・L・ルーン(ib0063)だ。 「あぁ〜待ちな。隊列‥‥もう忘れたのかい?」 それを呼び止めたのは前回の牛車事件に参加していた朱麓(ia8390)だ。 「アヤカシの出そうな所だったら、早々に開拓者に任しときゃいいのに‥‥」 ――と、ぼそりと呟いたのは氷(ia1083)。 「ここでいても仕方がない。早く行きましょう」 ベアトリクス・アルギル(ib0017)も初仕事らしい、決意を固めて皆を促す。 けれど、彼らはまだ知らない‥‥先に待っている悲しい結末を‥‥。 ■発見された遺体 ごつごつした岩肌の狭い洞窟――その中を一行は横二列に並び、前後に前衛を配置する形で進んでゆく。前から志士の朱麓・騎士のディアデム、陰陽師の氷・巫女の野乃宮涼霞(ia0176)、騎士のベアトリクス・陰陽師の劉天藍(ia0293)、志士の天寿院源三(ia0866)・騎士のヴァレンの順である。所々で道に迷わぬように、壁に印を付け進む。 「足場が悪いですね、注意しないと」 しばらくは平行な一本道だったが、奥に進むにつれて徐々に湿気を帯び始める。 「この不快感‥‥湿気だけで済めばいいのですが‥‥」 そんな道を歩きながら、天寿院が洩らした些細な言葉。しかし、彼女の感じた不快感は間違いではなかった。ゆっくりと忍び寄るそれにまだ開拓者は気付かない。 「何かあるぞ」 蝙蝠の人魂を先行させて、辺りを確認しながら進んでいた天藍が何かを発見したらしく声を上げる。先頭を進んでいた二人もそれに気付いていた。水場の近くに横たわる塊――。 そこは広い空洞のようなスペースだった。近くには池程の水場が存在する。 「人‥‥でしょうか?」 肉眼でそれを見取って、ディアデムが慎重に尋ねる。 「それなら早く助けねばっ!」 「いや、待て」 捜索隊の行方も気にかけていたヴァレン――だが、天藍が制す。 「涼霞、辺りにアヤカシの反応は?」 落ち着いた面持ちで、そう尋ねると涼霞がふっと目を閉じ瘴索結界を発動させた。 「いない‥‥と言いたいところですが、何かいるようです。そう、とても微弱な反応が‥‥けど、何この数?」 「どうした?」 「あの…凄い数の反応があります」 「何だって?」 見当たらぬアヤカシを警戒しつつ、距離を縮めて一行が見たもの‥‥。 それは、干乾びた捜索隊の遺体であった。 「一体何があったでありますかっ‥‥って、うわぁぁ!!」 間近まで近付いて遺体を観察したディアデムが叫ぶ。 その遺体の服の下で、何かが動いていた‥‥ごそごそと這い回っている感じだ。 「アヤカシの反応ってこの中から?」 脱力した口調ではあるが、氷が涼霞に尋ねると彼女がこくりと頷く。 「あぁ〜と、とりあえず、ほいっ」 懐から符を取り出して、スキルを発動。それを遺体に貼り付ければ、中のものが動きを止める。それを確認して服を剥ぎ取れば、そこには肌を覆い尽くすほどの蛞蝓が張り付いていた。 「えっ、これもアヤカシ?」 ここに来るまでに見かけていたのか天寿院が驚き尋ねる。 「そのようだな‥‥しかし、こんなアヤカシにどうして? 大量に付かれれば気付くだろうに」 「それは‥‥ん?」 水辺に立っていたベアトリクス――彼女の横を何かがすり抜け落下する。 「おっおい、あれ!!」 仲間と共に天井を見渡すと、そこにはびっしりと蛞蝓が張り付いていた。 「まずいねぇ〜、これは」 それが雨のように降り始めたのを見て、回避をしつつ氷が言う。 落下するそれをある者は踏みつけ、ある者は武器で必死で振り払ってみるが、数が数だけに埒があかない。勿論、サイズが小さい為、武器での対応は難しい。 「駄目だっ、ここは危険です! 秀造さんの事もあります、とりあえず先へ!!」 ヴァレンがそう言って、皆を奥へと促す。 蛞蝓アヤカシの猛攻に、開拓者らはやむなくその場を離脱するしか他なかった。 「本当にこんな所にいらっしゃるのでしょうか?」 周りの様子を観察しながら、涼霞が言う。 先程の遺体の中にはソレらしい人物はいなかったようだが、かなり深い場所まで来ている一行――人が来るような場所ではない。 「来たか‥‥」 ――が、彼女の声が聞えたのか突如男の声が木霊した。 「ん? 今のって源三さんの言ってた」 「はい?」 「あっと‥‥あんたじゃなくて、ほら探してる秀‥‥」 「秀造さんですか。あの‥‥いらっしゃる、のですか? 源一様が心配されてます。戻りましょう」 声の主を探るように呼びかけたのは天寿院だ。しかし、姿は現れない。 「源一? 知らんな‥‥そんな名前‥‥」 声だけを響かせて、男が言う。 「ここは、あたしにまかせるさね」 そこで、前に出たのは朱麓だった。真剣な表情で呼びかける。 「秀造さん、いるんだろ? あんたがどうしてここにいるか、あたしは知らない。けどさ、あたしはあんたの牛車を知ってるよ‥‥出来損ないの、アヤカシのとり付いた牛車をさ‥‥だって、あたしはその牛車を破壊した一人だからねぇ」 にやりと微笑を浮かべて、朱麓が挑発する。 「おまえが‥‥おまえが‥‥」 言葉の端に怒り秘めて、男の声が徐々に大きくなってゆく。 ザッ ザッ そして、ゆっくりとその足音は近付いていた。 「来るぞ」 念の為、体制を低くして一同警戒する。 間隔の開いていた足音が小刻みに変わり‥‥。次の瞬間、 ザンッ 狭い筈の洞窟で跳躍して、男は朱麓の横に着地した。手には小刀が握られている。 血で染まった着物を身に纏い、生気の色は感じられない男――けれどそれは確かに秀造だった。源一から聞いた特徴と一致している。 「許さない、絶対に! 絶対!!」 血走った目付きに、凄まじい殺気を宿して秀造が小刀を振り回す。 闇雲に振り回されるそれに、朱麓は寸でのところで回避していた。戦闘の経験がない秀造であるから、逆にやりにくいことこの上ない。 「朱麓さん、ここは不利です。場所を移動しましょう!」 隣りにいたディアデムがそう言って、隙をついて秀造にスマッシュをお見舞いする。 それで怯んだのを見取って、一行は再び駆け出した。蛞蝓地帯に戻る訳にはいかない。ともすれば、行く道は更に先――そこに今より広いスペースがある事を祈るのみである。 先程ほど広くはなかったが、それでも戦闘出来る位の場所に出て、一行は改めて秀造と対峙するのだった。 ■秀造の鑿(ノミ) 八人の開拓者と元宮大工の一人の男―― 圧倒的に開拓者の方が上であるはずなのだが、戦いは防戦一方だった。 それは、対峙出来る人数の問題もあるが、一番の要因は相手が秀造である事に他ならない。アヤカシにのっとられているのか、もうアヤカシそのものに成り果てているのか。そこの判断が難しく、決定打を打ち込む事が出来ない。 「どうにかわからないものでしょうか?」 天寿院が攻撃を受け流しながら、誰にともなく問う。 「そう言われましても、私にはどうしていいものやら‥‥」 ガードで再び振り下ろされた太刀を受け止めて、ベアトリクスが答える。 「おいっ、これを!!」 ――と、そこで天藍が何かを前線に放り投げた。それを受け取ってヴァレンが前へ。 天藍が投げたもの――それは、一本の鑿だった。 使い込まれているらしく握りの部分が手の形に窪んでいる。 「あれは何でありますか?」 「あぁ、あれは親方さんが秀造に贈った記念の鑿だ‥‥まだ、意識があるなら反応するかもと思ったんでな。借りてきておいた」 「成程、そうでありますかっ」 秀造の元に向かう背を天藍がサポートする。 「了解しました! この大役、しっかり務めさせて頂きますっ!!」 今だ朱麓に執着を見せている秀造の元に突き進む。 「秀造さん、これを覚えてらっしゃらないのですか!!」 呪縛符で動きの止まった彼に、鑿を見せヴァレンが叫んだ。 するとその瞬間、秀造の目付きが一瞬揺らぐ。 そして――鑿を奪い取ると、なんと彼は自分にそれを突きつけた。 「なっ! どうし‥‥」 ドスッ 一瞬だった‥‥秀造は、その鑿で自分の腕を貫き蹲る。 その予期せぬ出来事に、一同言葉を失っていた。 「‥‥俺を、殺し‥‥て‥‥今なら、まだ‥‥くっ、ぐうぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」 地面に膝を付いたまま、顔だけをこちらに向けて言いかけた秀造だったが、悲鳴に近い叫びにかき消されたかと思うと、また殺気に満ちた表情に戻ってゆく。 「くくっ、やっと手に入れたぞ‥‥」 秀造の口から紡がれた言葉――それはもう本人のものではなかった。 ■託された手紙 「くそっ、なんて事だ!」 目の前で聞いた言葉に、やりきれない思いが残る。だが、これではっきりとした。 もはや目の前にいるこの男に手加減をする必要はないという事だ。 「秀造さんの願い、しかと受け取りました。天寿院、参りますっ!」 先程の言葉を受けて、彼女がダッシュをかける。ぐんぐん近付いて、刀を大きく振り下ろすと一旦後退。その隙に別の仲間が攻撃に移る‥‥先程までの悪条件が、今は好条件に転じている。逃げるに逃げられない状態――アヤカシとなった秀造は手も足も出ない。媒体となる身体に傷を負っている為か、動きも若干鈍い。 「小ざかしい人間共に私がやられるというのかっ!!」 そう言葉した男だったが、状況は一向に変わらなかった。 開拓者の想いが男を着実に追い詰めて――数分もしないうちに、男の中から瘴気が溢れて消えてゆく。そして――そこに残ったのは、傷ついた秀造の亡骸だった。 「これでよかったのですよね?」 修造を前に手を合わせて涼霞が呟く。 残りのメンバーも思い思いに彼の前に立ち、黙祷を捧げている。 「結局、何も出来なかったな‥‥」 捜索隊も全滅、秀造もアヤカシと成り果てたという結果に、落ち込まずにはいられない。 「遺体を運び出したいですが、やはり無理でしょうか」 ベアトリクスが、蛞蝓地帯の事を思い出し呟く。 「そうだな。捜索隊の遺体にしたってあの状態では運び出すのは無理に近いだろう」 辛辣な表情で答えたのは、天藍だ。 「では、せめて秀造さんの遺品だけでも‥‥」 そう言って、先程の鑿と秀造の使っていた小刀を拾い上げる。 「鞘は何処でしょうか」 ベアトリクスが鞘を探して秀造の懐に手を入れると、そこには一枚の手紙があった。 必死で書いたのだろう。薄れゆく意識の中で、筆があるはずもなく、指で書かれた血文字の手紙‥‥それは、秀造が親方に残した最初で最後の手紙だった。 ■天の悪戯 『親方へ この手紙が親方に届いていたら俺は幸せです いきなり飛び出してすんません けど、迷惑かけたくなかったから 実は俺、病気だったんです 後、数年の命だって言われて‥‥いきなりで どうしていいかわからなくて‥‥なら最後にいいもん造りたいって思って 折角完成しかけたのに、何でなんでしょうね、魔が挿したのかな 日に日に作業できる時間もなくなって、気付いたら恨んでた 俺は何も悪くないのに、なんでこんな病気に罹らなきゃならなかったのかと 天を、自分を、全てを憎んで‥‥罰が当ったのかな 俺の牛車が勝手に動き出して‥‥追いかけたら人を‥‥轢いてました‥‥ 俺の造った牛車がですよ 親方にはもう会えないなって正直思いました だってそんな殺人牛車を造った弟子なんて世間に知られたら一大事だ 御免なさい こんな弟子で本当に御免なさい もう短い命 それなら死のうと洞窟に入りました けど、何処までも俺は駄目な奴です 気付いたらアヤカシに取り込まれて‥‥ 人でなくなってあなたの前に姿を現す事になったらまた迷惑がかかる 結局助けを求めてしまった、俺を許して下さい 最後にあなたに会えてよかった 本当にありがとう 不出来な弟子ですんませんでした 秀造』 洞窟から持ち帰った手紙――震える手で書かれた文字を見つめながら、源一は必死で涙を堪える。開拓者らの手前もある。しかし、込み上がって来るものを我慢しきれず、瞳は潤んでいる。 「ちくしょうが! 秀造の奴っ、謝ってばかりじゃねぇか!」 首にかけた手拭いで涙を拭い怒鳴る。 「おっと、すまねぇ‥‥皆さん、本当にありがとうごぜぇやした。秀造もきっと満足でしょう。人を襲う前に決着がついたんだから。皆さんには辛いお役目を申し訳ありやせんでした」 手紙を握り締めたまま、源一が深々と頭を下げる。 「いえ‥‥私達はそんな‥‥」 「いや、いいんです。俺があいつの悩みに気付けなかったのも一つの要因だ。あの時止めてれば‥‥なんてことは言っても仕方ないことでさぁ。けどこれだけは言える! あいつは、立派な俺の弟子であり、息子でさぁ!」 目の下を赤くしたまま、源一がそう言い切った。 あの後、開拓者らは早々に洞窟を引き返した。 蛞蝓地帯は強行突破――相手は足が遅いので、追いつかれる心配はない。上からの猛襲だけに集中し走り抜けたのだ。そのせいで、捜索隊の遺品の回収は出来なかったが、このばかりは仕方がない。 今後の事も考慮してヴァレンは役所にあの洞窟の閉鎖するよう進言すると、早急に対応がなされたという。 「なんかやっぱりやりきれないであります」 源一の工房を他後にして、ディアデムが呟く。 「そうですね、助けられなかったのは悔しいです」 涼霞もぼんやりと空を眺めて答える。 「しかし、人生ってのはいつもハッピーエンドとはいかないからな。たとえそれが辛くとも生きている証拠なんだ、やれることはやった。彼も恨んじゃいないだろう」 これは天藍の言葉――。 (「どうか、今回の犠牲者達に安らかの眠りを‥‥」) ベアトリクス他、皆そう心の内で祈っているのだった。 |