踊って! 私のアイドル様v
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/26 01:39



■オープニング本文

 開拓者――
 それは志体を持たないものからすれば、身近にいる英雄に他ならない。
 いざという時に頼りになるし、何でも屋という色合いも強く、身近に存在する分ご当地アイドルのように親しみを抱くものも多い。そして、一部のコアなファンは彼らの事を絵巻という形で綴り、密かなブームさえ起こしていると言う。
「はぁ…絵巻もいいけど、やっぱり私は生身がいいなぁ」
 お茶屋の一角でお気に入りの開拓者の似顔絵を手に一人の乙女が呟く。
「そうだよねぇ。面識もないから話しかけるのも気が引けちゃうし…」
 とその横でも友達なのだろう、ぼんやりと大好きな開拓者の姿を思い浮かべながら妄想に浸っている。
「きっといつも訓練とかしてるから引き締まった体してるよね。って事は踊りとかもうまそう」
「激しい音楽に躍動する筋肉……あぁ〜絶対勿体ないよぉ〜」
 ぎゅっと似顔絵を握りしめて、悶える乙女達。今、彼女達の脳裏には憧れの君しかない筈だ。通りすがりの大人達の引いた視線などまるで見えていない。
「何かないかなっ。踊り子さんの開拓者さんだったら踊ってくれると思うんだけど、その他の職業の人ってなかなか脱いでもくれないし」
 食べ残していた最後の串を口に運びながら、一人がしょげる。
「うふふっ、貴方達面白い話しているわね。私も入れてくれるかしら?」
 そんな二人に突如助っ人が現れた。
 厚化粧に鍛えられた筋肉、口調からするとそちらの気がある人らしい。
「あ、あの、貴方は…?」
 その風貌に気をされつつも、一人が尋ねる。
「んふっ、私はローザンヌ。しがないダンサーよ。私もね、貴方が持ってるこの方のファンなのよ。で、彼とお近付きになる為にいい方法を思いついたの」
「いい方法…」
「何ですか?」
 ごくりと息をのみ込み、二人は続きを待つ。
「勿論ダンスよ、ダンス。私が新しく体にいいダンスを開発してそのモニターになってもらうの」
 そう笑って話す彼女の姿は子供の様で、見た目は怪しさ満載であるが根は悪い人ではないらしい。
「でも、そんなので来てくれるかな…」
 一人の乙女が不安そうに呟く。
「開拓者って言っても人は人でしょ? 体力作りとかメタボとかで悩んでいる子もいると思うのよね。そこで私のダンスが役に立つ訳。体力作りが簡単にできると銘打ってタダでレッスンが受けられると宣伝すれば……あなたならどうするかしら?」
 人はタダという言葉にめっぽう弱い。簡単にできるというのもポイントが高いだろう。
「あのあのっ、で私達何をすればいいですか!」
 はやる気持ちを抑えきれずに乙女達が身を乗り出す。
「そうねぇ、まずはギルドに告知して貰わないと。後、チラシも作らなきゃね」
 ぱちりとウインクしてローザンヌも本気モードだ。
 ともすれば、ここからの準備は超高速。
 振付を考え、チラシ作成にも三日と掛からずやり遂げてしまう彼女達である。
「ふふっ、最終日には卒業試験って事で抜き打ちお披露目イベントを催して大通りを練り歩くのもいいわね♪」
『はいぃぃ、お姉様!!』
 ローザンヌの言葉にテンションマックスの少女達が拳を握る。
「だったらとっておきの衣装も作らないとですね! 同志も集めて臍出しの超かっこよくてクールなやつを!!」
 ふんっと鼻息荒く言い切って、乙女の一人は早々と同志に声かけに走る。
(「ふふ、これをきっかけに私のダンスがはやったら願ったりかなったりだしぃ、いい男が集まるとさらに嬉しいし、楽しみだわぁvv)
 ローザンヌもそんな密かな野望も抱いて、彼女達の計画は着々と進んでゆくのだった。


■参加者一覧
/ 蓮 神音(ib2662) / 蓮 蒼馬(ib5707) / 霧雁(ib6739) / エルレーン(ib7455) / サライ・バトゥール(ic1447


■リプレイ本文

●目的と実行力
 鳴り止まない大歓声――目の前の景色がキラキラ輝いている。
 ここは天儀の小さな都の筈なのに、視界に捉える人々の笑顔の数は幾千にも見える。
 彼らは輝いていた。筋力アップであるとか、ダイエットであるとかそんなちっぽけな理由など忘れて、ただ聴こえるリズムに身を任せ、内なるパッションで踊る。するとそれは、光を帯びて…彼らを新たな場所へと飛び立たせる。
 開拓者であるから脚光を浴びる事もあるだろう。

 アイドル――それはカリスマ。

 彼らの中には確実にその素質が芽吹いていた。


 さて、話は一週間前に遡る。
 長閑な日の昼下がり、ローザンヌと乙女ズが手作りしたチラシを手に受講を希望した開拓者は決して多くはなかった。
「う〜ん、思ったより集まりませんでしたねぇ」
 少し落ち込みモードで助手となった女の子の一人が言う。
「ちっ、何か悟られたのかしら…」
 とこれはローザンヌだ。集まったのは五人と一匹。男三名、女二名の内訳である。
(「まぁ、でもよく考えればその分個人ケアができる訳だしぃ〜、これはこれでお得よね♪」)
 そう思い、早速皆にご挨拶。
「はぁ〜い、今回はお集まり頂きありがとねぇん。短い間だけれど、精一杯レッスンさせて貰うから宜しく〜vv」
 んちゅっと唇を寄せて、まずは投げキッス。ハートの行方が気になる所であるが、
「もふっ! 蝶々もふか!?」
 等とでっかいもふらに阻止されて、
「あぁ、もうはしたないわよ、もふもふ! なんでそんな食いしん坊になっちゃったの!」
 とご主人さんからお叱りの言葉。勿論この二人は参加者だ。
 すごいもふらのもふもふと騎士のエルレーン(ib7455)である。
「もふらは元来こういうものもふ。凄くなってもそれは変わらないもふ」
 ふぁぁと大きく欠伸を欠いて、もふもふが反論する。
「ちょっとぉ、初日からそれじゃあ意味ないじゃない!! 今日誘ったのはあくまであなたのダ…」
「ダ、何もふ?」
 即答で切り返されて口を噤むエルレーン。実は彼女、ダンス自体にも興味はあったのであるが、実際のところ相棒のメタボを気にしてダイエットを画策していたりもする。
(「ここでバレちゃまずいわ。あくまで私の連れ的流れにしておかないと…」)
 絶対に動かなくなってしまう。確信に近い予測が脳裏を過る。
「だ、だ…ダンシングもふら〜な才能を見込んでなのよ!」
「ダンシングもふら〜? よく判らないもふが、吾輩かっこいいって事もふか!」
 どや顔を作って見せて、かなり苦しい言い訳であったが窮地は脱した様だ。
「あー、センセー見てみてもふらもいるよー」
 そこへ蓮神音(ib2662)がやって来てほっと一息。注目されたとばかりにもふもふは嬉しそうだ。
「あ、あなたは…って事は二人で、ですか?」
 その後に蓮蒼馬(ib5707)が続いて、エルレーンが尋ねる。
「ああ、ダンスで体力作りとは面白いと思ってな。娘と一緒に…これは修行の一環だ」
 彼はそう言い、真剣に柔軟を始める。
「あ、エルレーンおねーさん。こんにちわ、よく会うねー」
 そこへ神音も気付いて、暫しの談笑。話す内に彼女の方の目的は減量である事を悟る。
「春はお団子とか美味しくて…これは内緒だよ」
 外見はそれ程気にならない様に思うが、女の子の悩みと言うのは実に難しい。
 けれど、それは些細な事。もっと気になるのは父に注がれる熱い視線だ。
「大変ねぇ…」
 エルレーンの言葉に神音が頷く。

 一方ではその様子に別の何かを悟る二人組がいた。
「先生。もしかして、これって…」
 たれ耳で物静かそうな少年のサライ(ic1447)が言う。
「ああ、サライ君。そのようでござるな」
 その横では弟子が思う事を感じ取り、同意の言葉を返す霧雁(ib6739)の姿がある。二人はシノビであるから、この手の勘はよく働く。ローザンヌ達のそれを見て、今回のモニターの裏の目的の予測に入る。
「一つ、試してみるでござる」
 それにサライが頷く。そして、
「あぁッ」
 彼は躓いた振りをした。すると三人の視線は即座にこちらに移って、
「おぉ、大丈夫でござるか、サライ君…」
「え、あぁ…はい。先生…」
 駆け寄った霧雁がサライの肩に手を添えれば、ローザンヌが「まぁ」と頬を赤らめる。
「師弟で尚且つ凸凹…最強過ぎる」
 ごくりと助手の一人が唾を呑む。
「ギャップ萌え…ってか、サライ君可愛すぎv」
 とこちらは少年萌えの様だ。
「さぁ、皆さん。それぞれも知れた事だし、まずは身体測定をさせて頂くわね。目に見える結果があった方が頑張れると思うから」
 そこで早速の身体測定が始まって、
(「あぅぅ…これは拷問だよぉ〜」)
 それは神音の心の声。けれど、これは実の所最終日の為の採寸チェックに他ならない。
(「これで服のサイズはばっちりですぅ〜」)
 乙女達の野望は着々と進んでいる。


 一日目は日程と今後のプログラムの解説。そして、基本の準備運動のレクチャーで終わりを迎えた。
 そして次の日からダンスの基本。まず始めに指導されたのはアップと呼ばれるリズムを取る動作だ。
「いーい。軽く体を弾ませてカウントを取りながら、いっち、に、いっち、に!」
 盆踊りや舞踊とは全く違う。軽やかに跳ねながらの動きはそれだけで全身運動となる。
 横に腕を上げたり、頭上で手を打ったり…交互に織り交ぜながらテンポの上げ下げ自在だ。
「ん〜、なんか気持ちいいかも」
 早速伸びを実感する。
「この程度余裕でござる」
 とこれは霧雁。シノビのカリキュラムにも少なからずダンスの項目があるらしい。
「できたら今度は下方向に。腰を落として…これはダウンよ。拳を胸に寄せて、肩を上げると恰好いいわね」
「ふむ、泰拳士の構えに通ずるな」
 指示を出さなくとも感覚で掴めるものはある。前屈みになり過ぎずに出来ているのは彼の職業柄だろう。
「神音なんて、こんなに速く出来るよー」
 そんな師匠に対抗して、神音はアップダウンをハイスピードでやってみせる。
 だが、ここに約一名……脱落しかけている者もいる様で、
「吾輩、人間じゃないから出来ないもふ〜」
 リズムはなんとなく取れていた。けれど、四足歩行のもふらに両手を上げは至難の業だ。
「ほらっ、もふもふもやるんだよ!!」
 そう言って急かすエルレーンであるが、ふてくされ気味の彼は動くのを止めてしまう。
「わ、吾輩の手足じゃ無理もふよ〜!」
 それを言い訳にサボタージュに入る。だが、
「あらあら、そうよね。じゃあ、こういうのはどうかしら?」
 それに気付いて、ローザンヌが新たな提案。
 アップの際は首を上げ、ダウンの際は首を下げる動作に変更して、のそりと渋々動いた彼に救いのエンジェル。
「ねえねえ、あのもふら。とぼけた顔してて可愛いよねっ」
「やっぱりとろんとしたあの顔が魅力だね」
(「可愛いもふ? 吾輩がモテモテもふか!」)
 それで案外あっさり復活。やる気も充電完了だ。
「吾輩やるもふ! キュートでプリチーなもふらを目指すもふ!」
 彼女達の為、短い脚で頑張るもふもふ。
「わー、ありえないわー…」
 そんな彼に少し呆れるも、まぁいいかと思うご主人様であった。


●基本とお約束
 リズムと簡単なステップを覚えると次はダンス特有の動きに入る。
「これは柔軟みたいなものだけど、重要だからちゃんとやってねぇん」
 そう言って指示が出たのはアイソレーションという各部位を動かす動作だ。主に首、肩、腕、腰、足に分けて、これが出来ると駆鎧チックなカクカク動きや逆に滑か過ぎる動きを表現でき、目を惹くのだと言う。
「ふむ、心技体全部を使えと言うのに対して、これはバラバラか」
 武術、特に拳法の類いは身体の全てを使う事が多い。その正反対の指示に蒼馬は興味深く思う。
「他の部位は動かさない意識で、まずは胸からね」
 前に後ろに、まるで鳩が歩いている様に彼女の鍛えられた胸が前後する。
「一体どうなっているんだ?」
 繋がっているのに繋がっていない様な動き。固定されて見えるのは肩だけではない。
「んふっ、意識としてはあばらを前後させる感じかしら?」
 そんな助言と一緒にウインクを飛ばして、ぞわりと蒼馬に悪寒が走る。
「成程、これは拙者も知らなかったでござる」
 そんな二人を余所に霧雁は感心していた。有機物なのに無機物的に見せる。そこに面白味を感じている様だ。隣ではサライも黙々と練習に励んでいる。
「こ、これ…もしかしてバストアップにもなるんじゃあ!」
 そしてさらに奥ではエルレーンが奮闘していた。決してぺったんこではないのだが、気になる部分ではある。
「えっ、ばすとあっぷ! だったら神音も負けられないんだよっ!」
 それに続いて神音も開始だ。
(「早く、立派なおよめさんになるんだからっ!!」)
 そういう思いを瞳に炎を宿す。
「あらあら、皆全力投球ね。だったら次はよりセクシーに」
 そう言って次は腰。上半身を動かさず腰だけを振る意識だ。フラダンスのそれに近いかもしれない。
「あうぅ、なかなかにハードです…」
 顔を赤くしつつ、サライの尻尾が揺れる。前後に揺らす動きはやはり初めは少し抵抗もある。
 それに実はこの教室は川原で行っているのだ。ローザンヌ曰く、『リラックスするには自然に囲まれてなきゃね。水辺は何でもその効果が高いらしいわよぉ』との事で太陽の下、日光を浴びつつここでやっている訳だ。
「何言ってるの。これって凄く大事なんだからぁ! それにこの動きさえあれば」
 そこで言葉を切って、ローザンヌはサライの耳元で囁く。
「男はイチコロよv」
 いや、僕男ですから。そう言いかけたが、勿論冗談である事は明白だ。
「が、頑張ります」
 そう返して、また練習に戻る。
「腰が出来たら次は膝。内回しと外回しね。後、首なんだけど…これはかなり難しいから明日やりましょう」
 手拍子でリズムを取りながら彼女はとても楽しそうだ。その近くでは乙女ズも終始見とれている。
 が彼女らも助手としての役目も忘れない。休憩時間には蜂蜜レモンを持参して、みんなに配る。
「あ、あの…蒼馬さん。これ」
 俯いたままにさし出されたコップ。氷まで入っていて至れり尽くせりだ。
「ん、あぁ有難う」
 そんな彼女に爽やかな笑顔を返して受け取る彼。厳しい目がある事を彼は気付かない。
(「むむむ〜、センセーでれでれしちゃって。鼻の下のばしすぎなんだよぉ〜」)
 わなわなと震える手の中の竹筒。それは神音のお手製ドリンクだ。彼女も疲労回復にとレモン水に蜂蜜を入れて作ってきていたらしい。
「もふ〜、いい匂いもふ。吾輩にくれもふ」
 それにつられて更なるドリンクを求めてやってきたもふもふだったが、
「もう、あげない!! これは神音の分なんだから!!」
 そう怒鳴られてしょんぼり顔。
「どうした神音? 怒鳴る事ないだろう?」
 それに気付いて言う蒼馬にべーをして立ち去る彼女なのだった。


 ダンスと一概に言っても色々ある。
 ローザンヌが得意とするのは社交ダンスの様な気品にあふれたものではない。
 どちらかと言えばアル・カマルで踊られるカジュアルで激しいもので、時に地面に頭をつけて回転したり、逆立ち等を取り入れたアクロバティックなもので独自のスタイルを構築したものであるから…筋力と体力、全身全霊を込めて踊るいわばソウルダンスと言っていい。フラメンコの様な情熱とサンバの様なリズミカルな動きが彼女の心情なのだ。
「さぁ、今日はその場走りをやってみましょうか?」
「その場走り?」
 地面が動く訳でもないのに? 皆の頭に疑問符が浮かぶ。
「ワンで足を上げて、ツウで上げてない方を弾ませ気味で後ろへ。次は入れ替えて同じ動作よ」
 足を交互に滑らせて…成程これがその場走りか。
「なんかこれ、面白ーい♪」
 それはいたく気に入ったのか神音が結んだ髪を揺らしている。
「これは簡単、造作もない事」
「こうですね、センセー」
 二人声を掛け合ってニコリ笑えば、周りはくらりと…乙女心は判らない。
 さてなぜ周りに乙女がいるのかといえばこの教室が始まって早四日。都では噂が噂を呼び日に日に多くのギャラリーが詰掛けている。
「う〜〜、目立つの嫌いなのにぃ」
 その目を気にしてエルレーンが小さくなる。
「何言ってるもふ。堂々とすればいいもふ」
 とそれにもふもふは何かを頬張りながら答えて、
「それはそれ、これはこ……って、あんた何食べてるのよぉ!?」
 目を離した隙にどこで手に入れたのか、彼の前にはお菓子が積み上げられている。
「ギャラリーさん達からの差し入れもふ。エルレも食べるもふ?」
 食べかけの苺大福を差し出し、彼が言う。
「そんな食べかけ…ってちがーーう!! ダメよ、没収!!」
 彼女はそう叫び、彼から前のお菓子類を取り上げる。
「ダメもふ。吾輩のお菓子〜、これだけは渡さないもふ――!!」
 だが、もふもふも負けていなかった。幾分素早くなったのか、それとも食い意地を原動力に火事場の…が発動したのか彼女の手に飛びつく。そして、

 ドーーンッ

 ダイビングキャッチは失敗した。その拍子にお菓子達が川の方へと弾かれる。
「んまぁ、どうしましょう!」
 その光景にしかし、二つの影が飛んだ。
 ひらりと身軽い動きで黒い尻尾と桃色髪が靡く。そうして投げ出されたお菓子を余すところなくキャッチして、最後には決めポーズ。いつ打つ合わせてたのかは判らないが霧雁がサライを抱え、優雅に着地してみせる。

 パチパチパチパチ

 一時の間の後、拍手が零れた。
 だがそこへ再びもふもふが駆け込んで、

 ドーーン

 彼はすぐには止まれなかった。二度目の接触――今度は霧雁とサライが弾かれ、曲線を描き、水面に落下する。水飛沫が盛大に上がった。幸い、今日はまだ気温が高い。
 ただ流れていくお菓子達にもふもふから涙が零れる。小さな犠牲だった。


●技習得
 レッスン五日目、ここに来るとローザンヌは知り合いの楽師を呼んで曲を流し始める。
「ただの筋力アップの健康ダンスだと思ったがさすがだ」
 何事にも手を抜かない。とてもいい事だ。しかし彼らはまだ知らない。最終日に訪れるあの試練を――。
「今日は今までの動きをおさらいがてら曲に合わせて纏めるわよ。しっかり覚えてついてきてね」
 幕開けを思わせる笛と琴の音。この曲はギルドで聞いた事があるかもしれない。開拓者とこの世界をメインに作られたとされる曲だ。
「んふっ、貴方達にはこれが一番だと思ったのvv」
 そう言って――けれど、曲が始まるとローザンヌもプロの顔を見せる。リズムを肌で感じて、一つ一つに集中する。
「す、凄いんだよ…」
「伊達じゃないでござるな」
 一回目彼らは動けなかった。それ程までに彼女のダンスは凄かったのである。
「あれ、突っ立ってないで動いてよね〜。本番に間に合わないじゃない」
 彼女が言う。うっかり滑らせた『本番』という言葉であるが、幸い彼らは気付かない。
「…あんなの本当にできるのかな…」
 本音が零れる。
「勿論よ! 通しながら追加の技も教えてくから覚悟してね」
 その言葉に皆ドキドキする。今までは個々の動きをなんとなくこなしてきたが、一つになるとやはり見栄えも感じ方も違ってくる。
「サライ君…」
 まだ幼い愛弟子の高揚感を感じて、霧雁も真剣な目になり技の習得に入る。

「新しい動きはこうよ。ワンで前に足を上げて、ツウで横にキック。スリーで戻してきて着地と同時に逆足をはじく形で横へ。フォーで弾かれた足を前に引っ張ってきて下ろす。これね!」
 技と言うには規模は小さい。
 けれど、戦う彼ららしさを表現すべくこのカンフーキックを繰り込んだらしい。
「内股にならないようにするのがコツね」
 その指示に従うと、
「うん、これは楽勝ー」
 と神音から声が上がる。
「あら、神音ちゃん上手ね。じゃあ、そこから大技に行ってみる?」
 人差し指を唇の前に立てて、ローザンヌが問う。
「もしかしたらこっちの方が貴方には簡単かもね。開拓者さんだし」
 彼女は言ってさっきのそれから一つステップを挟んだ後、寝そべった様な形でくるくる回転して見せる。具体的にはとび込み半逆立ちっぽい体勢から体を捻って、遠心力を利用し背中と肩から胸辺りを交互に地面につけ回転しているのだ。そして最後は筋力にものを言わせて、
「ふんぬぅ!」
 再び立ち姿勢に復帰。ぴたりとそこで止まってポーズしてみせる。
「どうかしら、これ。豪快に動くから皆のの受けはいいのよね〜」
 平然と砂を払って彼女が言う。
「へー、でもこれすごく大変そうだけど」
「だけど?」
「やってみるんだよー!」
 そんなやり取りを挟んで積極的にトライする彼女から一つ提案。
「勝負なんだよー!」
 競争心が上達を促す…誰が先に覚えられるか競おうというのだ。
「まぁ、いいわね。だったら一番の人には私からとっておきをサービスしちゃうv」
『えーー!!』
 とっておきとは何なのか、苦笑する一同にムッとするローザンヌであるが、
「まぁ、いいわ。ちゃんと聞いててね。まずは第一段階…三段階まである頑張って」
 そう言って技の説明が始まり、その後実践あるのみであるが、
「う、うう…難しい」
「この程度の事、拙者にかか…ぬわっ?!」
 飛び込む時のコツが掴めなかったり、髪を巻き込んだり…各自苦戦する。
「手首、気をつけてね。変な感じがしたらすぐやめて」
 それを見てやはり彼らでも習得には時間がかかるかと覚悟するローザンヌであったが、やはり彼らは志体持ち。身体能力の高さがここでも発揮され、夕暮れに次々と第二段階までクリアしていき、
『おおっ!?』
 声が上がった。第三段階…着地、復帰まで出来た者が出てきたのだ。
「んまぁ、さすがね。感激しちゃう!」
 ほろりと一粒の涙を流し、成功した神音の腕を取る。
「やったーー、センセーやったよーー!」
「ああ、俺の完敗だな」
 弟子が師を追い越した瞬間だった。そして次の日、蒼馬もこの技をものにする。


●お披露目
「あ〜…なんだ、これは…」
 レッスン最終日の朝、手渡された衣装に蒼馬が言葉する。
 男性陣に渡されたのは長めの陣羽織にゆったり目のズボン。そしてなぜだか眼鏡だ。
「何言ってるの〜、折角修得したんだもの。お披露目しなきゃ罰が当たるわぁ」
「いや、罰って…そんな目的で来たんじゃないんだけど」
 と今度はエルレーンだ。ぴったりとした素材のショートパンツに、こちらはノースリーブのチャイナ風の臍出し赤のトップス。頭には花の髪飾りがつけられている。
「いや〜ん、よくお似合いよぉ。まだ独身ちゃんなんでしょ〜、今日のお披露目で卒業かしちゃいましょうよ?」
 その言葉にぴくりと眉が動く。が、
「わ、私は剣! 私は盾!!」
 恋に現を抜かすなど以ての外だ。自分は騎士だ。人を守る事こそ最上…その他は何もいらない。
「似合っているでござるよ、サライ君」
 そんな中、何の躊躇もなく着替えてやってきたのは霧雁だった。今日はマスクを外し、素顔を晒している。
「あの、それは嬉しいですけど…なんで僕のは女物〜」
 理由は陣羽織だと裾が長過ぎるからとかで、あの御免なさい。
「私は別に服は関係ないの! 問題はなんでこんなにギャラリーがって事よ!!」
 慣れたつもりだったが、この人数は聞いてない。川原の二倍、いや三倍はいる。
「キャー、蒼馬様! またデートしてねーv」
「サライくーん、こっち見て―!」
 集まった観客に思い思いの言葉を投げかける。
 更にはそれぞれ応援したい開拓者の名前の入った団扇を持てアピールする者まで。
「さぁ、サライ君。ここはサービスだ」
「はい、先生」
 その声に答えて、霧雁とサライが二人寄り添い見つめ合えば、それだけで一部の観衆どっとが沸く。
「ああ……まぁ、あの催しよりはマシか」
 蒼馬がそう思い覚悟する。絵巻販売の会場よりは…多分マシなのだ。
「センセー、ちょっと…」
 そこへ神音がやってきた。着替えはすでに済ませているが、表情は固い。
「どうした? 緊張でもしているのか?」
 その言葉にぷぅと頬を膨らませて、
「さっき聞いたんだけど、センセーデートってどういう事?」
「はぁ?」
「観客の一人が言ってたでしょ。『またデートして』って…どういう事ぉ?」
 じろりと睨まれて蒼馬が窮地に――そう言えば昔依頼でそういう事になったがそれは秘密だ。
「あ、え……すまん。俺は着替えてこないと」
 そこで彼は咄嗟に逃げ出して、
「もぉぉぉぉぉ、センセーったら。後から絶対聞き出すんだから―!」
 メラメラと神音の目が燃える。
「おいしいもふ〜♪」
 その奥ではおめかしもふらが新たな差し入れを口に運び、そう呟いていた。


 舞台は整った。楽師が頭を見合わせる。
 そして慟哭の様な出だしに開拓者らは脈打つ様に胸でリズムを取る。それは始めに習ったアイソレーションだった。それと同時にせり上がる床、ここは野外ステージ。本来は都の劇場を借りる予定だったのだが、人が多く急遽舞台が作られ、今に至る。

 ドーーンッ

 そして、曲が早まるのに合わせて皆でジャンプ。一列に並んだ彼らが一斉にステップを踏み始める。まずは左右に、手の振りを加えてつつボックス呼ばれる動きへ移行する。その後にはスマートなモデル歩きでセクシーさを演出。更に新たな旋律が加わるとカンフーキック。全員の動きが揃う事で一段と恰好良く見える。
「うわぁ、キレッキレだぜ…」
 それは経験者の言葉か。彼らの努力――一週間の成果だ。
 時に激しく、時に緩やかに。メリハリのついたダンス、真剣でいて楽しげな表情が乙女のみならず観客の心を奪い去る。助手達が頑張って作った衣装も効果があった。羽織の裾がたなびき、彼らのダンスに色を添える。
 そうして曲は中盤に進むと個々の見せ場へ。まずはエルレーン・もふもふ組だ。
 五人の後ろでリズムを取ってきたもふもふであるが、ここではここぞどばかりに中央へ。エルレーンが恥ずかしさを堪えもふもふの背を馬跳びし、捻りを入れて着地する。もう一度逆から駆けて、今度は跳馬の様に背に手をついて高く跳ぶ。くるりと回って空中で見えたのは、やはり人の多さ――。
(「いや、ホント、こういうの苦手なんだって!!」)
 逃げ出したい気持ちを抑え、演技に戻る。
「エルレーンおねーさん、観客は南瓜だよ!」
 そんな彼女とすれ違いざまに神音が助言。その言葉にもう一度前を向いて、
「かぼ、かぼちゃ…って、やっぱ人だよ――!!」
 思い込みたかったのだが、やはり無理だ。けれど、次は蓮親子のターン。
 バク転で両側から現れてまずは蒼馬。昨日で出来たばかりのあの大技を披露する。
「キャーーー、知的なのにそんな踊れるなんて反則よぉ〜〜!!」
 とそれに黄色い悲鳴多数。眼鏡の効果は抜群だ。それに流し目まで加えるものだから、悩殺され女子続出である。
 続いて神音は側転三回からの床回転――蒼馬と同じのではつまらないと、立ち上がりをリズムとステップでうまく繋いで…トリのシノビペアに託す。
 ちなみにシノビの彼らは初日よりこうなる事をどこかで予測ていた。
 であるから昨日ローザンヌの元を訪れて、もしこんな事をするなら自分達が考えた技を取り入れたいと志願していたのである。蓮親子がはけると同時に、またも左右から飛び出す影――勿論、霧雁とサライだ。彼らは三角跳で跳び出し、壁をけって空中へ。舞台中央で足裏を合わせると同時に互いにバク転。二人が鯱の様に身体をのけ反る。
 だが、次の瞬間サライは投げられて――霧雁の夜だった。
 観客は何が起こったか判らなかっただろう。気付いた時にはサライは霧雁に横抱きにされて、うっとりとした表情で彼に頬ずりしている。
『いやぁ〜〜んv』
 そんな二人から目が離せない。サライが夜春を使った様だが、しかしその必要もなかっただろう。
 曲が止んだ。一時の間の後、盛大な拍手が起こる。
 一旦舞台を降りた彼らだったが、アンコールの言葉にローザンヌと共にこの後即興ダンスまで披露する事となる。
「ブラボーー、みんなぁ!! 有難う、お客様〜〜vv」
 ローザンヌが手を振る。
 皆、それぞれに清々しい気持ちでフィナーレを迎えて…彼女のダンス教室は終了となる。
「あれ、そう言えば最後の結果測定なかったねー」
 帰り道、神音がふとそんな事を思い出す。
「よく考えると、どの辺を鍛える動きだとかそういうのも聞かなかったな」
 とこれは蒼馬だ。けれど、ローザンヌはとても満足げだった。それでいいとさせ思える。
「私、決めたわ! やっぱりこの仕事が大好きよ。もっともっとみんなにダンスを教えて、煌めいて貰える様なダンスの先生になってみせる!!」
 乙女心全開に彼女が皆の前で決意した言葉だ。

 開拓者はアイドル? そう言う人もいるだろう。
 けれど、それは一つの側面に過ぎないのてはないか?
 なぜなら、誰もが誰かのアイドルであるはずだから――。