|
■オープニング本文 (「結構時間が掛かりそうだぜ」) 俺は心中でそう呟く。今いる場所は都から離れた古城だ。 吹き荒ぶ城の側面を上り、窓を目指す。時間は深夜…標的の活動時間であるが、こっちにも都合のいい時間でもある。 (「それにしてもでかい城…」) 城というのは敵の侵入を防ぐ為の建物であるが、見方を変えるとそれは自己顕示欲の塊と言ってもいい。 見た目を追及して金をかけて…内装にもシャンデリアや絨毯なんかを惜しげもなく使っているとなれば、それは防御の意味はなくただ単に来客への見せつけに他ならない。この城がそうだった。昔の主とは違う様だが、今の主も自分の力に固執しているタイプと見える。 (「俺としてはやり易いけども。ま、最も安心出来る場所で眠らせてやるぜっ」) そもそも俺がここに来る事になったきっかけは二週間前に遡る。 裏ギルドからの要請だった。面倒がっていても始まらないから、まずは標的の情報確認。 以前の報告書を読み、相手の性格を判断する。いつもの事だ。相手が人間であれアヤカシであれ、知能が並み以上なら性格というのは存在する。標的の名は『ラジェルト』と言うらしかった。何でも某組織の幹部を手玉に取り、開拓者までも巻き込んであるものを狙っていた。けれど、結果から言えば彼はどちらも失った。狙っていた物はギルドでの処分が決まり、もう形も残っていない。奴が手玉に取っていた幹部とやらも開拓者との戦闘で死亡。正確には奴が幹部を眷属化し、彼自身を守る形で討伐されたと言う。 「どうでしょうか?」 その担当だった青年が真剣な顔で俺に尋ねる。 「別に…策を講じる狡賢さはあるものの、感情を抑えるのは苦手なタイプっぽいから難しくはないと思うぜ」 これが俺の率直な感想。この手のタイプは扱いやすい。但し、今回の場合少々異なる。それは相手がヴァンパイア、つまり吸血鬼であり、それなりの実力を持ち合わせているからだ。暴走してもそれが力押しでなされてしまっては彼の勝ちになってしまう可能性が高い。 「でも、まずは所在を探さないと……判るものですか?」 困り顔で問う彼に俺は息を吐く。 「よく考えてみろよ。さっき俺は何ってった?」 「難しくないと…」 「いや、違う。その前だ」 「感情を抑えるのは苦手……ってああ、そうか!」 俺のヒントを頼りに青年は気が付いたようだ。そして、早々と最近の事件の依頼や報告を漁り出す。 それから数日後、吸血鬼の犯行と思われる事件に辿りついて――後は簡単だった。 その目撃証言を元に周辺を調査し、ラジェルトと思われる吸血鬼の見つけ出し後を追う。敵は思いの外お怒りのようだったが、そのおかげで注意力も散漫になっているらしく、俺の追跡にも気付かずあっさりと城の場所を教えてくれたのだ。 (「しっかし、なんであっちのアヤカシはえらそうなのが多いんだか」) 俺にしつこく付き纏う南瓜のお化けを思い出し、思わず首を振る。今はそんな事を考えている場合ではない。 この独自の配合で作られた液体を窓枠に塗って…もうすぐ俺の仕事は完了だ。全ての扉と窓に細工を施した。 後は、連絡を入れて討伐隊を派遣して貰えばいい。残りの液体を塗り切って、手早く俺は待たせている伝令役の元まで戻る。 ――が、流石に敵もバカではない様だった。 「おまえ、開拓者だろ? あの犬はおまえのか?」 瞬間的に感じた気配に振り返れば、そこには傷だらけになっても尚牙をむく――俺が伝令役として呼んでいた忍犬の一匹――迅と声の主の姿がある。 「俺が、開拓者だったら何だって言うんだよ?」 「殺す…」 「は? 何の恨みがあって」 ズシャッ 言葉が終わる前に身体が動いていた。本能的に回避した俺は迅の元へと走る。 傷からして立っているのも辛い筈だ。俺が戻るのを待って、奴と戦っていたのだろう。 「……爽、これを。俺は迅と行くから」 俺は叢に飛び込むと、もう一匹の伝令役に走り書きを託す。 二匹は俺の里のエキスパート忍犬だった。二匹で戦わなかったのはもう一方の存在をばらさない為であるが、これだけやられているとどうにも可哀想に思えてくる。 (「くそっ、出血がひどいし手当てしねぇと…それに時間稼ぎもかよ、参ったぜ…」) 敵の足音はすぐそこまで迫っている。ここからギルドまではかなりあり、傷だらけの迅を連れていくのは不可能だ。 となれば今できるのは、 「うっうわぁ〜〜、助けて〜〜!!」 俺は迅を抱えたまま、奴の城の方へと走る。 「くくっ、バカな奴だ。あっちは俺の城だっつーの…」 敵の、いやラジェルトの声が聞こえる。あの様子だと俺が細工をした事までは気付いていないらしい。 (「笑っていればいい…ピンチはチャンスだ……筋書きは変わるけども、やってやれない事はない!」) 俺はそう思い、役に入る。 そう、それは偶然に彼に出会ってしまい戸惑う開拓者――。 相棒が傷つけられて涙するひ弱な存在を装って――討伐隊が来るまで…先は長そうだった。 |
■参加者一覧
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●心中西走 「腑抜け野郎が…逃がしゃしないぜ」 コツコツと靴の音が聞こえる。ここはラジェルトの城の中だ。 奴は真綿で首を絞める様にゆっくりとした足取りで確実にこちらに近付いてくる。 幸い、城内にいる奴の部下は多くなかった。先の事件で大半を失ったのだろう。豪華な割に手もかけていない調度品には埃が被っている。 (「迅、もうすぐだからな…」) 俺の胸で早い呼吸を繰り返す相棒に目で語りかける。 敵はきっと気付いている。止血はしたものの、迅の血の匂いが彼にこちらの居場所を教えてしまっているからだ。そうでなくとも彼は生命探知でこちらの居場所を探せる筈だ。なのにそれをしないのは、彼が何処かでこの状況を楽しんでいるからに他ならない。自分が得る筈だったものを奪った相手を嬲り殺す。そうする事で彼は憂さを晴らそうとしているのだ。だからこそ、すぐには仕留めない。たった一瞬で片がついてしまったら、また怒りのやり場を失ってしまう。 (「…悪趣味もここまで来ると笑えないぜ」) 俺はそう呟きつつ、道具ポーチに手を伸ばす。 中には一時的に強烈な異臭を発生させる煙玉入っているのだが、これを使ってしまえば後がなくなってしまう。 (「これじゃダメだ…となると、あれをやるしか…」) あの伝令はギルドに届いただろうか。何もなくても一日はかかる道のりだ。爽の速さでもまだ着いた位かもしれない。 「どうしよう…なぁ、迅…どうしたらいい…」 声を震わす。奴が望む様に――まだ気付かれてはいけないのだから…。 その頃討伐隊の面々は一路ラジェルトの城を目指していた。 伝令が来たと同時に馬を借り受け、全速力で森を駆ける。 「本当に大丈夫なのかなっ…あの血、酷い量だったし」 届けられた伝令書の血が気になり、ケイウス=アルカーム(ib7387)が言葉する。 事態はきっと一刻を争う筈だ。脳裏に嫌な考えばかりが浮かんで彼を悩ませる。 「大丈夫だって。ケイウスもあいつの力量は知ってんしょ? それにここでこっちが動揺してたら、折角のお膳立てが水の泡になっちまう」 とこれは笹倉靖(ib6125)だ。流石に馬上であるから今日は煙管を咥えていない。彼とてキサイとは付き合いも長く心配でないと言えば嘘になるのだが、だからと言って焦っても仕方がない為、もう一人の友であるケイウスを宥める事に徹している。 「そうよね…キサイさんなら、あたし達が駆け付けるまで持ちこたえてくれるわ、きっと」 その近くではもう一人顔色の悪い者がいた。シーラ・シャトールノー(ib5285)だ。 笑顔を作ってみるものの、強張る筋肉が表情を僅かに固くしている。それも今までの報告書を読んでいれば仕方のない事だった。決して強過ぎるという印象は抱かないものの、吸血鬼となると面倒なのは確かである。 (「心配…だけど、不安に思っている場合じゃないよね。決着をつけよう、長き戦いに」) 馬上でも自分を落ち着ける様に愛用のアゾットに触れて、ユウキ=アルセイフ(ib6332)が心中で呟く。 ちなみに彼はラジェルトと対峙した事のある唯一の開拓者だった。蓮蒼馬(ib5707)も前回の戦いには参戦していたものの、ラジェルトがとり込んだ元幹部・僅籠の相手をしていた為、今回が初戦となる。 (「待ってろよ、キサイ…」) そう強く願い急ぐ彼らに無情な洗礼。 曇っていた空から冷たい雨が降り注ぎ、城に近付くにつれ勢いを増し始める。 (「これはまた…あいつもつくづく不運というか…って、もしかして不運が伝染してる?」) 無論傘等持ち合わせていない。開拓者らは各々着込んでいる上着を雨避けに目的地を目指す。 窪んだ場所に位置した城は森を抜けた先に、確かに存在していた。 ●孤立古城 下ろされたままの城に続く跳ね橋――そこを討伐隊の馬が走り抜ける。 傍から見れば崩れ埋もれた様に見える城の配置はとても特殊なものだ。窪んだ大地に橋を経由してなんて、そうそう考え付くものでもない。それに周囲には何もなく切り立った崖の様になっているから橋が落ちれば敵も味方共にジ・エンド。空路を使わない限り、城への更なる進攻も脱出も難しくなる。そんな場所にある理由…それは極端な人嫌いか、臆病者。あるいは前城主も人ではなかったのか…どのみち変わり者であったのは間違いない。でなければ、こんな不便な場所に態々建てる意味がない。 跳ね橋を早々に抜けて…目の前に建つのはラジェルトが居ると思しき問題の建物。城壁に囲まれる形ではあるが、造りは頑丈だ。場所が場所だけに居住空間であるだろう居館のみ。別れた建物は存在しない。木製の扉に鉄で補強が入った両開きの扉――これが玄関にあたるらしい。 「早く入りたいところだけど念の為…」 一同馬から下り、先立ってケイウスが扉に耳を押し当てる。 そして、鍵穴から中の様子を確認する。 「どうよ?」 この後の作業用に持参した布を皆の傘代わりにして靖が問う。 ちなみに雨は激しくなるばかりだ。 「うん、今のところ大丈夫みたいだ。開けるよ」 ギギギギギッ 扉が音を立てて、眼前には赤絨毯の玄関ホール…いかにもと言った雰囲気だ。 「敵は…いないのか?」 正面玄関から入れば何かしらの『お出迎え』があると思ったが、中は静まり返っている。 「しっかし、でっけぇ扉だねぇ…」 その高さは大凡三mはあるだろうか。横幅は侵入者を食い止める目的で狭くはなっているものの、高さがこれでは余り意味がない様にも思える。 「馬、隠してきました」 そこへユウキが舞い戻り、声をかけた。 「じゃあ、ここはお願いね…こっちは先を急ぐから」 「あいよ」 「はい、判りました」 それを見取り、シーラは二人にある作業をお願いする。 勿論事前にその辺の流れも打ち合わせ済みだ。 「では、俺達はキサイを…」 「ああ、爽。頼むよ」 蒼馬の言葉にケイウスが爽に伝令書を差し出して、匂いを覚えさせる。 雨のせいで少しばかり流されたかもしれないが、エリート犬と言っていたから問題は無いだろう。匂いを瞬時に覚えるとキリッとした目付きで辺りをうろつき始める。 その後ろではユウキが鉄の壁の作成に入っていた。 玄関前に二枚、扉を挟んでもう二枚…それに加えて、靖が準備してきていた糊をさっきの布に浸し、隙間を補う。 「乾くまで暫く時間が欲しいところだけど、僅かな足止めさえ出来るば問題ないし、このまま行こうかね」 高過ぎる部分にはユウキを肩車して、これで霧化したとしても脱出は難しいだろう。そこにダメ押しのフローズ。 「氷の精霊よ、力を…」 ユウキの声に応えてアゾットから冷気が流れ出し、扉の一部を凍らせる。 つまりはもうこの城に出られる道はない。従って、ラジェルトは己の城に監禁されたに他ならない。 「さて、ほんじゃ追いかけますか?」 靖が言う。 「そうですね。そして絶対に勝ちましょう」 心機一転の白い衣装でユウキもやる気だ。 「だねえ。ダチをほっておく訳にもいかないしね」 飄々とそう言った靖の言葉を力強く思いながら、ユウキもしっかり頷いた。 一方先に動いた三人は今、三階を歩いていた。 外観から見て推測するに五階建て――一階は無数に部屋が存在しており、多分それは使用人の住居だったと思われる。金をかけているとはいえ、ただ豪華なだけでなく一応防衛の機能も備えている様で、廊下を抜けて最奥まで行かないと次の階へは上がれない。階段も右をさらす様な時計回りに造られ抜かりはない。そんな通路や壁には、そこかしこに血痕が残っている。 「見て、ここにも血の痕が…」 まだ色が鮮明で…それが迅のものなのか、キサイのものなのかはっきりせず、自然と不安も募る。 「相当酷い様だな。けど、一体何処にいる?」 交戦中であれば物音がしてもいい筈なのだが、この階に来てもまだそれらしい物音はしない。 「まさか、もう…」 「いや、それはないと思うよ。もしそうだとしたら、俺らが入ってきた時に真っ先に攻撃を仕掛けてくると思うし」 過った悪い予測を状況で打ち消す。 だとしたら何処に? こうなると爽だけが頼りである。 今も懸命に右へ左へ。相当キサイ自身が歩き回っている様で特定が難しいらしい。 「頑張って」 爽にシーラが声をかけて…彼が三階半分の探査を終えた時、やっと何かを感知した。 定まったらしい方向に一目散に駆けていく。 「見つかったの?」 その様子に三人は顔を一度見合わせて――進んだ先には食堂があるのだった。 ●惨事鮮烈 向かい合わせに並べられた二台の長テーブルに結構な数の椅子…机の上には燭台も並べられている。 その最奥には大きな暖炉があり、更には部屋の両隅に扉付きのボックスのようなものが見えている。 「爽?」 その一つの前で爽は待機し、扉の方をじっと見つめている。 「何かあるのか?」 そう思いそこの扉を開く。するとそこには止血されてはいるもののぐったりとした様子の忍犬・迅の姿がある。 「ひどい…」 思わず言葉が漏れる。まだ呼吸はしている様だが、その息はとてもか細い。 「早くちゃんとした手当てを…靖さんはまだなのかし…」 「呼んだ?」 『え?』 その声に三人は辺りを見回す。けれど、そこに当の靖の姿は無い。 「靖、こんな時にかくれんぼなんて」 代わりにケイウスが呼びかけると、 「下した〜。そこ何階?」 とボックスの下から声がして階を告げると逆側のボックスから奇妙な音。 数分もしないうちに扉組の二人が姿を見せる。 「これは一体…」 「昇降機のようです。調理場に繋がっていました」 ユウキが言う。 調理場と食堂……一階で調理したものを一気に運ぶ為の箱らしい。この食堂の椅子の数から考えると、この二つがフル回転していた事は間違いないだろう。 「調理場にもう一つ、小さいやつもあったけどな。あれは大方城主の部屋行きかも…って迅!! やばいな、こりゃ!!」 解説していた靖だったが、シーラの前の迅を見つけて、慌てて閃癒を施しに入る。 「で、こいつがいるって事はキサイも…」 「いないね」 考えるに、彼は連れ回すのは危険と見てここに隠したらしい。この昇降口ならばスイッチ一つで勝手に移動し、尚且つ閉鎖的である為匂いが漏れにくい。それに既にキサイ自身にも迅の大量の血がついている筈であるから、彼が動く事で分かれている事を悟らせないでいられるかもしれないと踏んだのだろう。 クゥ〜ンと兄弟に等しい迅を見つめて、爽が鼻を鳴らす。 「でも、よく調理場なんかに入ったね。印付けてなかった筈だけど…」 扉組の為に印を残しつつ進んでいたのだが、一階は廊下しか通っていない。 「あの…声がしたんです。シーラさんの声が。だから変だなって」 靖に代わって、ユウキが説明する。 「何はともあれ、こっちの合流は成功だねぇ。けど問題のキサイの方がまだ…」 「その必要はないぜ、うじ虫共…」 男の声――突如ボックスから大量の蝙蝠が飛び込んでくる。 そしてそれは形を成して、 「ラジェ、ルト……」 ユウキの目が見開かれる。彼の腕の中には胸を深く抉られたキサイの姿がある。 「うそ、でしょ…」 それを見取って、シーラがぺたりとへたり込む。 「まさか、そんな…」 流石の蒼馬もこれには動揺を隠せない。 「おまえらが探してるのはこれだろう? たかが、犬一匹守る為に自分の命を差し出したんだよ、こいつは」 くははと笑って、次の瞬間ラジェルトが更にキサイを切り裂き始めて、ゴフッと咳き込むキサイはまだ辛うじて生きている様だ。 「くそっ、何やってんだよ! 早くあいつを助けねぇと」 「おっと、やめた方がいい。一歩でも近づいたら、こいつ殺すぜ。いや、眷属化してお前らと戦わせてやろうか?」 仲間が彼自身を見捨てられない事を知っていて、ラジェルトが言う。 「俺らをどうしようって言うんだ…」 辺りは暗い空気に包まれる。 「そうだなぁ…折角だから俺を楽しませろよ? あんたらで適当に殺し合うとか?」 冗談なのか、はたまた本気か。 あえてできない事を提示し、彼は開拓者らの反応を見る。 そんな中でケイウスは変な違和感を覚えていた。 (「あれ、俺、確か…食堂にいて……ここは何処だっけ?」) 皆はキサイの事で頭が一杯のようだが、彼は周囲がさっきと違う状況になった事が妙に気になり始める。 暗くて、ぼやけて…机が見当たらない。椅子もそうだ。 まるで手品にかけられたようだと思った瞬間、彼ははっとする。 (「あれは…キサイじゃない? だって、さっき確か蝙蝠で…だと、するとこれは」) 彼はラジェルトに気付かれない様にそっと立琴に指を添える。 そして自分の判断を信じて、一発かましてみる事にする。そうして掻き鳴らす様に奏でたのは激しくも澄んだ楽曲だった。狙いは勿論ラジェルトに設定。それは自動命中をもつ原初の曲であり、魂に訴えかけるそのメロディーの原曲は本来は十分を要するが、ここではもっとも心に響く部分をメインに紡ぐ。 「お前、何を…ぐ、ぐわぁ!!?」 それを受けて、ラジェルトがキサイを手放した。 すると同時にキサイは地面へ落下する。が、いつまで経っても床へ叩き付けられる音がしなくて、 「やっぱりね。って事はこれで」 さっきまでの曲調から一変、続いての演奏はゆったりとした安らぎの子守歌。 彼は今ので、それが幻覚であると確信したのだ。 「ん、あれ…キサイが…」 まだぼんやりとした頭の仲間が呟く。 「皆、惑わされないで! あれは只の幻覚だ!」 「げん、かく…? って事は、あの…キサイ、さんは?」 「偽物! 幻だよ!」 ケイウスの術とその言葉に皆が正気を取り戻す。 どうやら気付かぬうちに、ラジェルトの幻覚にはめられていたらしい。ラジェルト自体は実際に存在した為、一層幻覚のリアリティが増していたようだ。さっきの蝙蝠からして、昇降口から彼の侵入を許したのだと考えられる。 「どう、さっきの少しは効いたんじゃない?」 ラジェルト自身への非物理攻撃…しかも逃れられない類となれば、それはさぞ苦痛で屈辱的だっただろう。 「は、あと少しだったってのに。まぁいいぜ…群れなきゃ戦えない奴に俺が負ける筈がない」 そう言ってラジェルトは自信満々に彼らの方に突っ込んでくる。 「それはこっちの台詞よ。人間を手玉に取らないと戦えないあなたが聞いて呆れるわ」 とこれはシーラ。瞳からいつの間にか零れた雫を拭って、キッと奴を睨みつけ剣を構える。 けれど、まだだ。キサイがいない今、ここは攻撃より引付けを優先する。そこで彼女は盾を突き出して、ラジェルトと接触。勢いに負け、後方に弾かれて見せる。 「ほら、みろ。俺は強い…お前らなんかより、ずっと、ずっとだ!!」 そう言い次々と開拓者に攻撃を加えてゆく。だが、決定打には至らなかった。 それもその筈、今回の討伐隊のギルド登録レベルは皆三十以上を誇り、さしもの吸血鬼とて苦戦を強いいられる事は必至だ。それに彼は今、冷静を欠いている。というのも、開拓者側の適度な挑発が彼を刺激しているからだ。 「さぁ、俺達の仲間は何処か、教えて貰おうか? それともまだ見つけられていないのか?」 蒼馬の言葉に眉を吊り上げる。 「あなたが相手にしていたのは鈴鹿一のシノビですからね。捕まらなくて当然です」 とこれはユウキだ。短銃で奴の行動を制限しながら煽り立てる。 「はっ、冗談! あんな臆病者のどこが……っておまえ達、あの時の…」 ラジェルトが何かに気付いて、動きを一層速くする。 そう彼は思い出したのだ。目の前にいる男が僅籠を殺った奴らだと――。 正確にはユウキが止めを、蒼馬がその要因を作ったのであるが、今のラジェルトにとってそんな細かい事はどうでもいい。 「おまえら、また俺の邪魔をするのか? あの時命拾いしたのを忘れたか?」 「自分は逃げたくせに…」 ぼそりと紡がれた言葉に、更に怒り出すラジェルト。 彼はあくまでそれを認めない。いや、認めたくないのだ。 「だったらセコイまねしないで、仲間の場所教えてよ? お強い吸血鬼様ならあんなの必要ないでしょ?」 靖が言う。 「そうですよね。配下の方々も連れ出さないで戦う勇敢な吸血鬼様なら、さぞ強い筈ですし」 とこれはユウキだ。本当はもう配下がいないなどと言える筈がない。そんな痛い所を突いてくる。 「あの、もしかして話で時間稼ぎとかしてないよね?」 ケイウスのそれでラジュルトの怒りは頂点に達して、 ドゴォォォン それはまるで彼の怒りに同調したかのような雷鳴だった。 その後、窓を激しく雨粒が打ち付ける。 「どいつもこいつも言わせておけば…あんな腰抜け、殺す価値もねぇんだよ! だから、おまえらを先にやるって決めて」 「そりゃさんきゅーだぜ。おかげで俺は仲間が来た事を知り、合流する機会を貰ったんだからな」 『キサイッ!!』 ふいに発せられた彼の声に、一同振り返る。 「お前っ、一体どこに!」 彼を見失っていたのだろう、ラジェルトは驚きと苛立ちを露にする。 「悪いな…俺は『臆病者の怖がり』だから、『消える』術には長けてるんだよ」 にやりと笑って、キサイが仲間の元に歩み寄る。 どうやら彼もまた昇降機の空間を利用し、こちらにやってきたらしい。 ともあれ、これで全員集合。後は目の前の敵を仕留めるのみ――。 ●傲慢無知 何もかもがムカついた。自分の存在を呪う程に、これまで散々だった。 けれど、チャンスは訪れたのだと確信しアレを手に入れた。しかし、絶対などないのだと思い知らされたあの時、彼の中で何かが壊れた。思い通りにならない存在、術は確かに効いていたのに…それは自分の力量が彼を上回っていなかったからなのか? 自分より下等な筈の人間の心を支配できないとは何とも腹立たしい。 生まれた時点で力など決まっている。努力等する意味もなく、上と下は永遠に変わらない者だと教えられて、ならば利用すればいいのだという結論に達したのだ。なのに、この有様……許せない。許せる筈がない。それは自分に対してか、はたまた全てを奪い去った者達に対してなのか。もうそれさえも判らない。 「扉は一応塞いで迅も治療済みです」 逆上したラジェルトを皆で捌きながら、隙を見てキサイの状況を伝える。 「了解。じゃあ、場所を移すか」 そこでキサイは動き辛そうにしている仲間達を察して移動を提案する。 「ああ、そのつもりだったけど、大広間って何処かわかる?」 神楽舞『瞬』での支援の合間に、靖が問う。 「勿論だぜ。俺を誰だと思ってるんだよ?」 「ふふ、頼もしいね。じゃあ、さり気無く開始しよう」 それを聞いて、ケイウスも準備へ。 琴の音が食堂に響く。それは泥まみれの聖人達という楽曲だ。 軽快なリズムで仲間の攻撃と知覚を上げるものである。 「さて、じゃあ俺らは用事も済んだし、帰りますか」 靖はそう言い、食堂の扉を開ける。勿論、本当に帰るつもりなどない。 けれど、それさえも見抜けないラジェルトは、 「何だと…この城から逃げられると思っているのか?」 見境なく繰り出す攻撃に――しかし、彼は前衛二人が食い止める。 「あぁ、思ってるぜ。だってこっちは六人いる。あんた、正直俺らに勝てないだろう? あんたこそ逃げたきゃ逃げていいんだぜ?」 「馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁ!!」 その言葉に怒声一発。二人を押しのけ、後衛部隊を追跡に入る。 「なんだか逆になってるけど、まぁいいわよね」 作戦では前衛が挑発を担当する予定だったのだが、誘い出せるのであれば至って問題ない。 続く二人を爽は見送り彼はその後、迅に寄り添い彼らの帰りを待つようだった。 大広間は最上階にある。 追われる側というのは変わらないものの、今までとは訳が違う。 仲間がいるだけでキサイとしては心強いものである。 (「あと少し…もってくれよ…」) 螺旋階段を駆け上がり、彼は一直線に目的の場所へ。扉を開いて入った先の天井はとても高い。来客があれば、ここで何かの催しを行っていたのだろう。壁面には細密な絵が描かれ、照明も一階のものとは比べものにならない程の贅が尽くされている。 「は〜すごいねぇ」 こんな状況でなければ見とれてしまうだろう壁画。手入れされていれば更なる神々しさを放つだろう。 「うん、ここならいける!」 ユウキもこの広さにあの術の発動の準備に入る。 「上に逃げるとはバカか、おまえらっ!」 その後ろから飛行を駆使して、距離を詰めたラジェルトが飛び込んできた。 勿論、窓が塞がれている事は知らない。後続の二人が大広間に入った。それを確認してからキサイは扉に回り、これがここでの最後の仕事だとばかりに道具を取り出し、扉の封印に入る。 「掛かったわねっ!」 そこでシーラが吼えた。 もう手加減をくわえる必要はない。机という名の障害物もない。思う存分戦える。 彼女はそう思い、さっきの憂さを彼にぶつける。 「正直、あんなもの見せられて不愉快だったのよね!」 ずしりと剣の重みを感じながら、彼女が駆け出す。 またぴかりと空が光り、高い位置にあるステンドグラスの窓が色を帯びる。 彼女の剣がラジェルトと交わった。彼は咄嗟に取り出し短剣で、なんとかそれを押し留めている。 「その短剣、まさか…」 その剣に見覚えがある蒼馬。心の奥にこみ上げる感情…そう、あれは以前僅籠が使っていた物だ。 「それを持つ資格は、おまえにはないっ!!」 敵であっても一目置いていた蒼馬が二人の間に踏み込む。 それを悟って、先にラジェルトがむき出しの翼のまま跳躍し、そのまま宙へと舞い上がる。が、 ドゴーーン ふわりと地を蹴り飛び立とうとした瞬間、彼の翼は裂けていた。靖の白霊弾だ。 「悪いね。もう一枚も削がせて貰うよ」 そこに間髪いれずケイウスが再び原初の曲を奏でる。 そして、見えない波動が彼のもう一つの翼を無に返す。 「ぐっ、がハッ…」 それには流石のラジェルトも耐えられない。 どちらも直撃……回避も、分散も間に合わない。 「お、俺が…何をしたって言うんだ、よ……」 瘴気を立ち昇らせ、よろよろと立ち上がりながら彼が言う。 もう彼にいつかの余裕は残っていなかった。羽織っていたマントも、クラシカルな衣装も……もはや気品の欠片もを無く、肌が晒されている。 「今更命乞いなんてしませんよね?」 けれど、その態度にユウキ他、皆が厳しい視線を向ける。 「何をしたかだと? おまえは罪もない人を手にかけたのだろう? 僅籠とてお前に操られる為に生まれた訳ではない」 ぐっと拳を握りしめ、蒼馬が言う。 「そうですよ…あの人も、湖の青年も…あなたの玩具じゃない!!」 アゾットを握りしめて、ユウキも言う。 「だったら、俺だって被害者だろ。おまえらに大事なものを奪われ…」 「見苦しいぜ…」 喋り始めた彼をキサイが一刀両断した。扉に身体を預けたまま言う。 「皆、聞く耳なんて持たなくていい…あいつは今、再生を狙ってるだけだ」 吸血鬼の自己再生能力は尋常ではない。少しの合間でもそれなりに回復してしまう事を思い出す。 「けっ…つくづく腹の立つ奴等だぜ」 そこでラジェルトも時間での回復は無駄と悟って、再び動き出す。 狙われたのはシーラだった。大きく口を開いて、吸血の体制――けれど、油断する彼女ではない。 「甘く見ないでほしいわっ!」 乙女の心を傷つけた罪は重いとばかりに盾で捌くと、ラジェルトは標的を変える。次は楽器持ちもケイウスだ。けれど、それをユウキのフリーズが阻んで凍結する足先――すると、無事なもう一方で深く沈んで前へと跳び出し、後方部隊・支援組の靖の元へ。だが、 「そんなに噛み付きたきゃ噛み付けばいいさッ!」 ラジェルトの前方に回り込んで、左手を差し出したのは蒼馬だった。 食い込む八重歯…しかし、それはラジェルトの動きを封じる為にわざと差出したものだ。 「…あいつの無念、晴らさせて貰うぞ!!」 蒼馬は彼をゼロ距離に捉えて、まずは肝臓に暗頸掌。ラジェルトの身体が弓なりになり、腕から外れる。 そこへシーラも駆け込み、放ったのはパビェーダブリンガーなる高度な技。武器に集中していた気を、接触と同時に敵の内部へと撃つ込む。それを掬い投げの様に炸裂させて飛んだ空中には既に構築された火炎の弾!! 「これで終わりです!!」 それはユウキのメテオストライクだった。 この熱量であればラジェルトの大再生も追いつかない。 目の前に迫る火炎弾にラジェルトは笑っていた。霧化しようにももう体力が残っていない。 それ故の自嘲――おごった自分の末路を確信する。 彼は悲鳴を上げることなく、押し潰される様にして炎に包まれ消えていた。 そこには塵一つさえ残らず、爆発の後にはただの静寂…。天井をも破壊して雨が彼らを濡らす。 「ふぅ〜、終わった…っておいぃ!!」 ほっとして息を吐く一同の視線がある場所で止まる。 それはそれぞれの無事を確認しようと視線を走らせて行き着いた場所だ。 扉前…そこには扉にもたれ蹲るキサイの姿がある。 そんな彼に慌てて駆け寄る一同。しかし彼は深く瞼を閉じて動かない。 「え、まさか…このシミって」 彼の服に触れて、ユウキが言う。 ぬちゃりとした感触――黒装束で分かりにくいが、彼も血だらけのようだ。 「え、ちょっ…これって大丈夫なの!?」 先程までそんな素振りを見せていなかったから、その分動揺も大きい。 「あ…ぁ、問題、ないぜ…ただ少し、血を流し、過ぎた……」 そう答えて、再び彼は瞼を閉じる。 「おいおい、マジかよ…しゃーねーな。俺が手当てして、それで…」 『あ…』 閃癒をかけている間に気付いたこと。それは彼が最後に施した扉の封印の事だ。 敵の脱出防止とはいえ、何か頑丈な針金が複雑に噛み合わせられ、打ち付けらた扉は殊の外堅牢だ。 「えっと、これは…壊さないととれない、かな?」 施した本人がこの有様では解除方法が判らない。それに闇雲に引き抜くのは危険そうで、一刻を争うかもしれないのにと額から汗が流れる。 「屋根がなくなったのに、皮肉なものですね…」 こんなに外を感じているのに出られないとは。しかし、空中でそうしなければ城自体も崩壊していたかもしれない。 「いいわ。じゃあ、あたしに任せて!」 そこでシーラが剣を振り被って―― その一振りはなぜだかさっきより破壊力があるように見えた。 ●有終之友 吸血鬼ラジェルトが百狩狂乱という組織にどれだけ関与していたかは判らない。 ただ、彼がこの世を去った事は紛れもない事実で――長きに渡った狩狂を含んだ事件はここで終末を迎える。 が、そんな事はともかく、キサイはと言えばあの後医務室送りとなった。その理由は彼の作戦に由来する。 「この阿呆が。時間稼ぎとはいえそんな無茶するたぁなぁ」 寝台に横たわったままの彼にチョップを入れて、見舞いに来た靖が煙管からぷかりと煙を吐く。 「いや、だって仕方ないだろうが! 迅の血の匂いを隠すには更に強い俺のが必要で…煙玉を使えば爽が来た時の捜索に影響が出るしで…」 「だからって自分を犠牲にしてどうする!」 命あっての物種と言うが、本当にその通りである。貧血で倒れていては意味がない。 「まあまあ、生きて帰れたんだし」 その間に入ってケイウスが宥める。 「道理であちこちにの痕が残っていた訳ね…けど、本当に心配したんだから」 その横ではシーラが苦笑交じりに言う。 「それは……悪いと思ってるぜ。だけども、あの時はマジでやり様がなくて」 木を隠すなら森の中。では血の匂いを隠すのは…そういう事だ。匂いに敏感であるならば、逆にその匂いだらけにしてしまえば撹乱できると踏んで彼は己の血を囮にしたらしい。そのおかげでラジェルトはキサイを見失った。しかし、逆にキサイも大きな代償を背負ってしまったのは言うまでもない。 「貧血には人参だけれど、やっぱりこういう時はこれよねっ」 謝る彼にシーラは手慣れた手付きでリンゴを剥いてさし出す。 「何はともあれ、みんな無事でよかったよ」 そんな仲間達の労を労う様に、ケイウスは窓辺で緩やかに琴を奏で始める。 あれから二日が経った。外は晴れ晴れとした爽やかないい天気である。 ちなみに迅も回復が間に合って、今里で療養中だそうだ。今日みたいな日は駆け回りたいだろうが、仕方がない。 「そういえば今回の報告は、芹内王様の元にも行ったらしいですよ。キサイさん、また有名になってしまいますね」 何となく嬉しく思いながら、ユウキはやっと終わったのだと実感していた。 本当に長かった。発端の事件から考えれば…もう、かなり経つ。 「別に俺は主を決めてる訳じゃないから関係ないけども、前の事件で関わってたんだってな。あの王さんも大変な事だぜ」 そんなユウキを余所に、キサイはまるで他人事のようだ。 「っと、そう言えば蒼馬は大丈夫かよ? 傷口から感染とか」 それよりも最後のあれが気になって、窓際で空を仰いでいた蒼馬に問う。 「え、あぁ…問題ない。これしきの事で俺はやられんさ」 それに彼はそう答えて――実はこの事件に関わり命を落とした者への黙祷をささげていたのだが、声がかかりそこで終了。もう治りかけている傷口を上げてみせる。 「ま、終わりよければ全て良しってね。みんな、お疲れ様〜」 そう言って一層明るい曲を奏で出したケイウスに盛り上がる一行だったが、 「ちょっと病室では静かにして下さいませね!!」 看護婦の注意に一同固まる。そして、徐々に笑みが零れる。 あの時の緊張感は嘘のように――ここは至って平和なのだった。 |