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■オープニング本文 「ん…迅と爽?」 それはギルド帰りの事だった。全力疾走で駆けて来た二匹の犬に俺は眉を顰める。 なぜかといえば答えは簡単。二匹は俺の里ではエリートで、彼らが来ると言う事はつまり何か重大な連絡を託ってきているに他ならないからだ。 『ワンワンッ』 そんな二匹はあっという間に俺の足元へと辿り着き、行儀よく首に下げている巻物を読めと催促する。 「あぁあぁ、判ったぜ。っと何々…」 筆跡からして俺の祖父の字だ。現役は退いてはいるが、未だに勘は鋭く知恵袋的存在でたまにはこの手の伝令役を買って出ている事がある。だが、そこにあった内容は信じがたく、流石の俺も目を見開く事になる。 「鳥篭、五つ。親鳥帰らず…だと」 これは一種の暗号だ。とはいえそれ程複雑なものではない。 鳥篭とは牢等の限られた空間を、鳥はこちらのシノビを指す。つまりは誰かがヘマをして未だ戻ってきていないという事だろう。そこにわざわざ『親』と明記しているという事は、俺の近親者である事に間違いない。 (爺さんはこれを書いてる時点で無事。両親に何かあったとてしても俺を頼ったり、連絡するとは考えにくい……って事はまさか、師匠?) 行き着いた先の可能性。けれど、あの師匠がヘマをするとは考えにくい。しかし、この手紙が偽物である事は更に考えられない。筆跡に、暗号の種類――何より迅と爽が来ているのだから間違いないだろう。 「駆けつけ早々だけども、直に戻るぞ」 二匹の頭を撫でて、俺は手早く荷物を纏める。 「これ、ちゃんと結んどくべきだったぜ」 未だに捨てられない凶の御神籤――この効果があるならば、一体何時まで続くのか。 「よう戻った。早速だが、あやつらの救出を頼むぞ」 里に戻った俺を出迎えて、爺さんから手渡されたのは一枚の地図だった。 「で、マジで師匠が?」 「左様。がヘマをしたのは弟子の方じゃ。お前の後に受け持った生徒が強情でのう…なかなか言う事をきかんとかで」 「はあ? 誰だよ…俺の知ってる奴かよ?」 師の言葉は、まぁ腹の内でどう思っていようと建前的には聴くものだ。そうでなければ話は進まないし、反発した所で敵わないのは明白。罠師なら好機になるまでは大人しくしているのがベストだと少し習えば判断は出来る。なのにそれもできず、突っ走るとはなかなかのじゃじゃ馬である。 「ヘキという奴じゃ。今、丁度難しい年頃で」 「んなの関係ねえぜ…で、場所はどこだよ?」 本来ならばこういう時、まず動くのは救出班だ。 だが、今は人員が足りないのか里に残っている人間は少ない。 「それがのう、ちいと困った事になっていてな…場所は西の樹海じゃ」 「樹海…なんでまたそんな所に」 西の樹海といえば方角が判らなくなるで有名な場所だ。どういった作用でそうなるのかは未だ謎であるが、磁石は頼りにならず樹も多く所々に沼の様になった場所があり、そこに足を踏み入れると身動きが取れなくなってしまうという。 「敵をまく為にヘキが飛び込んだらしい。自分の勘を過信していたようじゃが、結果は言わずと知れた事」 「けども、師匠も居たんだろ。師匠なら周囲を確認して印をつける位」 「それが運悪くアヤカシが出おったらしくて…」 「マジかよ…」 俺の御神籤の効果とは思いにくいが、とんだ災難だと思う。 「爽と迅なら匂いを辿れるじゃろうしの。しかしながら、アヤカシが出たとなるとお前達だけでは心許ない。敵の方は心配いらんじゃろうが、携帯食料もそろそろ底をつく頃じゃて」 「ああ、わかったぜ。開拓者をつけて行けって事だろ?」 今や多少は顔の知られた(と思う)俺ならば、仲間を集めるのも難しくないと踏んだのだろう。爺さんはそう言って、また別の用事を始める。 まあ、これが所謂シノビの里ではそう珍しくもない光景で――、 (心配するっても、あいつ等ほどじゃないんだよな…やっぱり) 改めて感じるここの現実。旅をしてみて、これが普通ではなかったのだと知ったが、だからどうした。 首を振って、改めて自分のすべき事を確認する。 「よし、じゃあ始めるぞ」 『ワンワンッ』 俺の声に迅と爽だけが素直にそう応えてくれるのだった。 |
■参加者一覧
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
迅脚(ic0399)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●冷静 樹海に入った二人を追う為に編成されたメンバーの対策は完璧である。 靴には滑り止めの為の荒縄を巻き付けて――突然の敵の出現を考慮し、笹倉靖(ib6125)は一人一人に加護結界をかけてゆく。そして、荷物には空腹であろう二人の為に食料を持ち寄って、いざ向かうのは樹海の入り口だ。 「ワンコちゃん達はよろしくね」 尻尾を振りふり、皆を出迎えた迅と爽を前に蓮神音(ib2662)が二匹を優しく撫でる。 「けど、キサイさんの師匠さんが遭難しているなんて…」 とこれはユウキ=アルセイフ(ib6332)だ。信じられないのだろう…目を丸くしている。 「正確には弟子のせいだけどな」 それにキサイはそう付け加えて、ヘキという名を辿ってみるがどうにも顔を思い出せない。 (「里にいれば顔位覚えてそうなんだけどな」) そう思うも判らないものは仕方がない。荷物を再度確認し、いよいよ樹海へ踏み込む。 「ホント、暴走して他人を巻き込むって困るよねー」 道すがら鍋蓋苦無をアンカー代わりに木に突き立てつつリィムナ・ピサレット(ib5201)が言う。 「そうだねー。何かしらの事情があったのかもしれないけど」 とこれは神音だ。彼女は帰りの事も考慮して、木に香水をつけて回っている。 「どっちにしても難儀な弟子さんである事に変わりはないわね」 そこにシーラ・シャトールノー(ib5285)が加わった。キサイの師匠を巻き込んでいるとあっては黙っていられない。 「そういや、キサイは兄弟子として何か言葉とかあんの?」 そんな中、ふと靖が問いかける。ちなみに彼、こちらに入ってからはずっとキサイの後ろを付いて回っている。というのも常時索敵の為瘴索結界『念』を使用しており、他に気を回す余裕がないのだ。その為、その辺に気がつきそうな彼の後に付いている訳である。 「俺からの言葉ねえ…」 特に考えてなかったが、やはり暴走の理由は気になる。 「このワンコ、賢いねー。それに案外素早…うえっ!?」 そんな中、先頭を行く迅脚(ic0399)が声を上げた。脚力には自信があるのだが、正直この手の泥濘は得意ではないらしい。駝鳥の神威人という事は別として、思わぬ所で足をとられ慌てて踏ん張る。 「気をつけてね。本当にここは危ないわ」 そんな彼女にシーラが手を差し伸べる。 「あーあーこりゃあ確かに方向感覚なんてよくわからんわな」 まだ歩き始めて数分。しかし、太陽の位置は木葉に塞がれ似た様な木に似た様な蔦が絡み付いていて、既に彼らの方向感覚は奪われている。 「え〜と、確か切り株の年輪とか葉の向きで方角は分るんでしたよね?」 方位磁石が効かないこの場所では自然だけが頼りだと、ユウキが思い出した様に言う。 「あれだろ。年輪の狭い方が北だとか言うやつ」 「そうです。他にも枝振りとかでも判るらしいですね」 事前にその手の本を読んだのか。けれど現時点では方位を必要としない。 「ちょーと、たんま。なんか怪しいの発見だよ」 そんな時、突然靖が手を上げた。それにあわせて一行は彼を振り返る。迅と爽も何かを察した様に歩みを止め、ある方向を凝視している。 「何かいるのかしら?」 「ん〜…確かに僅かな音もするねえ」 シーラの問いに今度はリィムナ。アンカーのみならず、彼女は超越聴覚にて周囲を探っている。 「どっちから来るかな?」 「これは……左前方かな。地を這うような音」 「数はざっと三つさね」 二人の報告に彼らが警戒する。 「どうしますか? 逃げるという手も」 「確かにありだけども、野放しにして後から不意打ちされても面倒だしな。やっとこうぜ」 『了解』 キサイの指示に従って気配のある方に視線を向けると、そこに現れたのは一体の粘泥だ。 「一匹なら何の事はないねー。私の足技で一発です!」 そう言って逸早く迅脚が駆け出す。 「ちょっと待って下さいっ! っと仕方がありませんね!」 それを止めようとしたユウキだったが、既に彼女は粘泥の前まで接近しており、慌てて呪文の詠唱に入る。 「あのままじゃダメージ吸収しちゃうんじゃない?」 神音の予想にユウキが先に対応した。迅脚の打撃攻撃がヒットする前に、アイシスケイラルで粘泥を氷漬けにする。こうする事で相手を固体化し確実に敵にダメージを送り込む事が出来る訳だ。 「わ、ちょっ! 変なのがいる!!」 が彼らを襲うのはそれだけではない。しゅるしゅると幹を伝うのは蕾の様な膨らみを持った植物で…彼らの足元を縦横無尽に這って行く。そして、ここぞとばかりに近寄るとぱかりと蕾が開いて、中から飛び出したのは十cm前後の太い針だ。 「もう、悪趣味ね!」 おぞましい色の開いた内部にシーラが感想を漏らす。 「この匂い…気をつけろ! 毒があるかも知れない!」 キサイの忠告に彼らが頷く。 「毒があったって当たらなければ一緒だよ!」 が彼女らの方が速い。這い寄る蔦を踏みつける。しかし、地盤が湿っているのがクッションになり、一思いには殺せない。針には針をと言う訳でもないが、リィムナは暗器を取り出す。 「今は構ってる暇なんてないのよねっ! 黙ってて頂戴!」 だがそこで一番効果を発揮したのはシーラだった。手にした剣で切り刻めば、流石の蔦も再生が追いつかない。 「ホアタァ!!」 そして粘泥の方は一発だ。氷になって砕け散った氷柱を迅脚がじっと見つめ息を吐く。 『ワンワンワンッ』 だが、そこでワンコ達が吠えた。何かを察知したらしい。振り向いて皆に何か訴えかけている。 「なあ、あいつら何て言ってんの?」 「あれは多分、二人が近いって…あっちもあっちで動いているのかもしれない」 そう言ってキサイは指笛を吹く。すると何処からともなく、同種の音が返されて、 「…案外簡単だったぜ」 キサイが言う。しかし、あちらに彼程の余裕はなった。 ●困惑 「しっ、師匠!? どうしよう、オレのせいだ…」 青褪めていく顔色にヘキは成す術がない。この樹海に入ってからもう何日だったか。まさか自分を追いかけて、師匠までやってくるとは思わなかった。失態は自分で如何にかする。それが一人前だとヘキは思っていた。だから、巻き込むまいと自分だけここに飛び込んだ――筈だった。しかし、結果的に自分は更なる事態を招いたに過ぎない。目の前で横たわる師匠は今、明らかな毒に心身を蝕まれている。ついさっきの事だ。師匠が自分を庇って、突如現れた蔦の毒を受けたのだ。その結果汗は止まらず、徐々に早くなっていく鼓動が危険な状態である事をヘキに知らせる。 「ッ…何やってるんだ、オレは」 早く一人前になりたくて焦り過ぎたとでも言うのか。いや違う。失敗の理由はもっと別の所にある事を自分はもう気付いている。 「死なないで…師匠」 目尻から涙が零れる。まさにその時だった。 耳に届いたのは里で使われる指笛――吹き方が特殊だから判る。 「待ってて下さい、師匠! 応援を呼んできます!」 それにほっとして、合図を返しヘキが走る。それとほぼ同時に向かいから開拓者が現れて、中には見覚えのある顔…キサイだ。 「おい、師匠はどこだ!」 「え、その…あっちに」 「ほってきたのかよ! 何かあったのか?!」 怒鳴る様な声にビクつくヘキ。それでも師匠の元に案内すると後は、 「靖、後を頼むぞ」 「あいよ」 判断の早さに呆気に取られた。着いた他の開拓者らも現場を見て、即座に状況を理解する。 「あなたがヘキね。敵は?」 「え、あのっ一時的に煙幕で追い払って…」 シーラの問いにヘキが答える。 「でしたら、まだ近くにいる可能性がありますね」 「いるっぽい?」 「いるね、複数」 そしてその後、残りの三人が確認を取って構えた先からやってきたのはさっきと同じ顔触れ。けれど数が違う。粘泥の数は三体、蔦の植物も彼らを囲む様に四方から姿を現し、逃走を許さない。 「全ては片付いてからのようね」 「そういう事だな。俺はあの針を食い止めるから後は頼むぜ」 キサイの言葉に皆が頷く。それ程の強敵でもないが、滑りやすい足場では一瞬のミスが命取りとなる。そこでまずはシーラが盾を構えて前へ。粘泥と蔦からの針を防御する。その後ろに隠れて神音と迅脚が前進。機を待つ。その間、キサイは高く飛んで木の上に移動すると、蔦の動きを見極めて…蕾の軸を狙って手裏剣を打つ。幸い、蔦の数は多くない。彼の手持ちの手裏剣でも何とか間に合いそうだ。 「いきますよ!」 そして、後方でももう一度タイミングを見計らってユウキが氷魔法を発動。粘泥の動きを止めて、後は簡単。 「ねばねばは嫌いなんだよー!」 固まり損ねた一体を神音の紅砲が抉る。 「形が残らなく位に砕いて上げるわ」 とこれはシーラだ。剣への振動を物ともせず、力押しで固まった一体を破壊し、キラキラと破片が砕け飛ぶ。 「ホアタァ!!」 そしてもう一体は二度目の迅脚のケリが炸裂した。ふさりと肩の飾りを靡かせながら彼女はご満悦だ。そして、問題の蔦はリィムナが受け持つ。 「言っとくけど、あたしのこれは中級も一発で倒した事があるんだよ♪」 何処からともなく取り出した呼子笛を使って、奏で出したのは精霊を沈静化すると言われる『魂よ原初に還れ』。その曲に蔦の茎は張り裂け、瘴気らしいものが自然と空気に溶けて消える。 「これで全部かな?」 「ん、ああ。みたいやね」 ユウキの問いに靖がそう答えて、取り残されているのはヘキのみだ。 あっという間だった。自分は助けを求めた挙句に何も出来なかった。する前に全てが終わって…自分の考えの誤りを痛感する。 「さて…じゃあ、まずは何から聞こう?」 一段落ついた開拓者らが思案する。 「その前に食事じゃないかしら? ほら、キサイさんの師匠さんも疲れているみたい…ですし」 何故だか彼の師匠を意識してしまい、顔を赤らめたシーラが彼女らしからぬ言葉で言う。 「ん、まあそうだけども……まず、先に言っとかなきゃな。師匠、もういい加減使ったらどうですか? 悪趣味過ぎます!!」 唐突にしかも敬語で切り出された言葉に、皆訳が判らず顔を見合わせる。 「悪趣味ってどういう…?」 そう問う迅脚に、静かにキサイは視線を師匠の腰のポーチへと向かわせて、 「おいおい、まさかとは思うが…おっしょさん、もしかしてあんた」 「ああ、持ってるぜ。解毒薬」 『ええーーーー!!』 キサイの言葉に靖他、誰もが声を上げずにはいられなかった。 ●自覚 ともあれ、食料が底を尽きていたというのは本当らしかった。 そこで持参した食料を提供し、一服した後彼らは早速来た道を戻る。アンカーしたおかげで帰りはワンコ達が出るまでもない。リボンもつけたがその針金を頼りに、慎重に戻ればいいのだから案外楽なものだ。樹海とはいえ、目印ならぬ道標つきなら迷い様がない。 ちなみに何故解毒剤を使わなかったかの理由を聞けば、師は平然とこう言った。 「腹に何もない状態で使うと胃が荒れる」 とはいえ、実際の所は多分あの弟子に灸を据えるつもりだったのだろう。自分が窮地に立たされれば、否応なしでも自分の失態が明確になる。そして、過ちの重大さを身を持って知る事となる。実際、へキはあの後一度も話さない。里に戻ると姿を眩ます。しかし、師はヘキの居所に心当たりはある様で、 「まあ、いいじゃないか。戻ってこれたのだし、あいつもあいつで反省はしているよ」 そう言って探しに行こうともしない。 「本当に大丈夫かしら?」 仕事自体は終了であるが、なんとなく心配になってシーラが呟く。 「そうだねー、けどヘキさんはお師匠様の事嫌いなのな? 神音はセンセーの事好きだからいう事は何でも聞きたいけどなー」 とこれは神音。本気ではないだろうが彼女は暴走理由をそう考える。 「多分、それは違うと思うよ。あたし聞いたもん。師匠に死なないでって、祈る様に言ってたの」 超越聴覚は伊達ではない。離れていながらもちゃんと聞き逃してはいなったらしい。 「師匠、いい加減何があったか教えて下さい。ってかあのヘキってまさか」 何かを思い出したキサイと仲間を横目に、リィムナはこっそりその場を抜け出す。 そして、もう一度耳を研ぎ澄まして…ヘキの声はしないかと探りを入れてみる。 「駄目だ、こんなじゃ全然…」 声は里の池の方――湖面に自分の顔を映してヘキが呟いている。 「こんばんわ。何してるの?」 そこへそっとリィムナが近寄って、ヘキの顔を覗き込めば顔を真っ赤にして、 「ちょっ! 何でここがッ!?」 「声がしたからさ。あ、あたしもね…お姉ちゃんに素直になれない時あるんだ〜」 慌てるヘキを余所に彼女は笑顔で…唐突ではあるが話し始める。 「悪いってわかってるんだけどね。なかなか切り出せなくて…ヘキはどうなの?」 そしてさり気無く隣に腰を下し問う。 「オレはそんなんじゃないから……だって、あの人は師匠でオレは弟子だし」 「じゃあ何?」 むすっとした表情のヘキに尋ねる。 「そ、それは…」 「それは?」 「抱いちゃいけないものを抱いちまったんだよーー!!」 「ん、お前達は気付いていなかったのか? ヘキは女だぞ」 『えーーーーーー!!!』 「…やっぱり」 約一名・キサイを除いて、残りのメンバーは本日二度目の仰天事項に声を上げる。 「オレって言うし、胸がないからつい」 「おいおい、あの子はまだ十二だ。これから成長するだろう」 「って事はつまり、難しい時期ってのは…」 「そういう事だ」 一体どういう事だ。しかしながら、男女での師弟関係の場合はたまにある事らしい。 「あいつは物心ついた時から俺に憧れを抱いていた様でな。好いてくれるのはいいが、恋愛はまずい。最もあれの場合は恋と錯覚している様だが…」 平然と語る師に開いた口が塞がらない。他人の恋愛は犬も食わない。そんな諺があったようななかったような…この手の問題となると当人が如何にかする他ないのだ。 「そうなの? 何で駄目なの!?」 神音としては境遇的にその言い分は納得いかない様で師匠の言葉に食って掛かる。 「まあ、どうあれ弟子の段階でその辺教えるのはいいんじゃない? 俺は仕事をきっちり出来ない奴は信用できないから」 ぷかりと煙管の煙を吐いて、これは靖だ。厳しい様だが正論である。 「まあ、そういう訳だからこの件に関しては時間解決するという事で。ご苦労だったな。一応礼を言う」 キサイの師はそう言って、報告やら今後の方針やらを決めに戻ってゆく。 「ああ言われていますし、これでOKなのですよね?」 なんとなくまだスッキリしないが、彼らは任務を追えてギルドへの戻り支度を始める。 「なんかまだまだだぜ」 キサイが静かに呟く。それは誰への言葉か判らない。 しかし、その横顔が気になってシーラは静かに彼の肩に手を置きそっと微笑む。 言葉なきメッセージ…ヘキから師へ送られた様に、沈黙で伝わるものもあるのだと改めて知るキサイだった。 |