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■オープニング本文 ●欠落 「僅籠か。思ったよりも容易かったぜ」 ラジェルトは静かに呟く。本来ならばもっと時間がかかっただろうが、自分の采配によってそれも最短で可能となった。唯一誤算だったのは彼がアヤカシと成り果ててもプライドを持ち続けているという事だ。見た目はそれほど変わらない。元々人間にしては色白だった。それに加えて整った顔立ちはラジェルトの一族から見ても美しいと賞賛できる。そして力も…自分にはない強さを兼ね備えていたからこそ、ラジェルトは彼に目をつけたのだ。 「なあ、なんか喋れよ? 俺はあんたの主人だぜ?」 そう声を掛けてみても僅籠は一向に話さない。彼ほどの実力があったならば、言語を失う事はない筈だ。けれど彼は黙ったまま、ただ一点を見つめて…それがある意味不気味でもある。 (「けっ、すましやがって…だが、こいつはもう俺のものだ。強いのは俺で、俺を守る為にこいつは絶対に動く」) 主従の契約はなされている。なのに、どうしてこんなに不安に思うのだろう。 「あれだ。あれがないせいだ」 黙ったままの僅籠から視線を外して、彼は窓の外の月を見る。 「忌々しい開拓者共め……あれも本来俺のものだ」 湖の底から持ち帰った供物――複数の弾丸を装備できる回転式の弾倉は画期的だ。但し、弾の制作にそれなりの技術がいる為、今の天儀で扱う事は出来ないだろう。しかし、自分ならば別のものをそこに装填する事が出来る。そう、僅籠が奴ら相手に使った時の様に――。彼らはまだ何も知らない。例えあれがあちらにあっても使えないのだ。しかし、もし弾丸を制作する技術が追いついていたとしたら? いや、その前にもしあれの存在を同属に知られたら? 「絶対に渡さねえ」 彼の瘴気が一層濃さを増す。強い者が弱いものを従える――そんな当り前の世界。自分を無能だと言った同属達に鉄槌を下す為、彼は今まで百狩につき…時に媚び諂い、ここまで来たのだ。そして彼を手に入れた。が、まだ完璧ではない。自分の力を明確にする為にはあの力は必要だ。 「…そうと決まれば行動開始だ。僅籠、ついてこい」 ばさりとマントを翻し彼は言う。その後に続く様に僅籠は静かに歩を進めた。 ●背水の… 一方、持ち帰られた供物を早速調査に出していた青年に結果が届いて、彼は言葉を失う。 彼も一時期は開拓者を夢見ていた。そして、その頃非力な自分でもなれると考えたのが砲術士であり、幾分他の者よりはその手の知識は持ち合わせている。 「連射出来る小型の銃か……このむき出しのデザインも悪くないし、何より…」 威力が凄い。弾丸がないのが惜しいと彼は思う。今や宝珠の力を借りて打ち出す仕組みが主流の中でこのアナログチックな銃はそれにも劣らない様な性能を誇っている。ともあれ、今はそれに感動している場合ではない。僅籠を追い詰めたまではよかったものの、報告では後一歩の所で新たに出てきた真の黒幕によって妨害され、更には僅籠は奴の手に落ちたと推測されている。 「吸血鬼の吸血で死に至った者はその者の配下となる…か」 話によれば、この一連の事件全てがその吸血鬼によって仕組まれていた事だと言う。ならば、こちらはまんまと踊らさせていたに過ぎず、悔しさが何倍にも膨れ上がる。 「菊柾様の容態も落ち着いたとは言うが、未だに絶対安静で近親者しか会えないと言うし…早く手を打たないと」 自分に出来る事は何か。相手が目的を達成してしまっているとしたら、こっちはどうやっても無理なのではないか? それにこちらは相手の名前も知らないのだ。手配するにも仕様がない…敵は吸血鬼なのだから姿を変えられるかもしれない。打つ手なし…そんな気持ちに捕らわれつつも、必死で打開策を探す。 「何か…奴の気を引くものがあれば…」 そこまで考えて、青年ははっと顔を上げる。 「確か、敵は…」 『ふん、負け犬風情…だが、いずれアレは返してもらうぜ』 奴が最後に吐いた言葉――開拓者が覚えていた。アレとはつまり、あの銃の事ではないだろうか。となれば、 「使える!」 もしこの作戦が失敗終われば、今度こそこちらからの打つ手はなくなってしまうかもしれない。 けれど、ここで怖気づいていては何も変わらない。 「今までの借りを返す為にも慎重に…且つ大胆に」 青年はそう言って、再びギルド長に掛け合う事となる。 「すいません! この事件を解決する為にはどうしてもあの銃が必要なんです! そして、大掛かりな仕掛けも……費用はカナリかかるんですが、何卒許可を下さい!!」 深々と頭を下げて、彼が嘆願する。 「いやしかし、本当にうまくいくのか?」 「そんな事を言っていたら始まりません! 芹内様も菊柾様の件で心を痛めている。なのに、この少しの可能性を切り捨てるんですか! 奴に先手を取るチャンスなのに」 新人でありながらも上司に動じず、強気に出る彼。自分がもっと早く気付いていればという気持ちが彼を突き動かす。 「しかし、それに乗ってくる確証は」 「あります! 敵は必ずあの供物を取りに来る。だって、本人が言っていたと開拓者の皆様が言ってました。とするなら、今しかない! 相手の土俵に上げられる前にこっちが上げてやるんです!」 詳しい方法は参加者との相談になるだろう。あの銃を餌に戦いやすい場所…且つ、敵が逃げられない様な場所に追い込む。あるいはその様な場所を作り出す事が出来れば、勝機はきっとこちらにもある筈だ。 「判った。そこまで言うなら私も腹を括ろう。だが、あれは遺跡の産物……各方面の許可を取り付けるのに少々時間がかかる。早急にと願い出て必ず取り付けてやるから、お前も募集をかけ始めろ。いいな?」 「はい! 有難う御座います!」 上司の心強い言葉に一礼して、自分も負けられないと拳を作る。 全てはこの一回――この一回にかかっているのだった。 ーーー 【青年の考え】 菊柾様がやられた銃…きっと芹内様も気になっていると思うんです。 それにあの湖は北面領地だったので、芹内様に献上するのが妥当かと思います。 そこでそれを利用して、開拓者の皆さんが輸送するって言う建前で戦いやすい場所を選んで道順を設定。 道中襲ってくれればこっちのものですよね。都に呼び寄せるのも手だけど、周囲に被害が出るかもしれないし…何より隠れる場所や死角が多いと相手は吸血鬼。あっさり逃げられてしまいそうですし…いい案はないでしょうか? |
■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
九頭龍 篝(ic1343)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●蝙蝠 突発的且つ緊急的に出された依頼――。 ギルド長のおかげで人員の手配および許可の類いは思ったより早く処理が完了し、後は作戦をいつどのように実行に移すかという事になる。敵の性格も名前も判らない。手掛かりは今までの依頼で得られた情報のみ。そこから敵の心中を察し、相手が乗ってくる作戦を組み立てなければならない。 「三角州ですか…」 そこでまず提案されたのは戦闘場所だ。 三角州とは簡単に言うと川と海に囲まれた場所である。 土砂が積もり形成されたその場所は、文字通り上から見れば三角になっているという。 「この近くでその様な場所といえば…やはりここでしょうか?」 机に広げられた地図を指差し、ユウキ=アルセイフ(ib6332)が言う。 ちなみに名目は青年が提案した本筋に少し手を加えたものに纏まった。 発見された供物の銃…それは北面…つまり芹内の直轄地であり、彼の名を借り朝廷に献上前に彼が検分。その為に彼らが輸送中の警備を任されたという事になっている。とはいえ、問題の供物をそのまま預けるのは危険と見て、研究施設での調査が済んだ後は仰々しく箱に収納され、姿をみる事叶わない。開けようにも厳重に封がされており、ある決まった順で開けなければ中身が取り出せなくなってしまうというカラクリ仕様…念には念をというが、ここまでされてはこちらとて手の加え様がない。唯一彼らが手を加えたとすれば見た目だ。献上する産物である事がわかる様に、あえて目立つ白木を指定した位である。 「やれやれ、自力ではなく道具に拘るアヤカシとはね」 その箱を見つめながら、竜哉(ia8037)が言う。 「僕が持ってるこの短銃が本物の供物でした〜…なんて言っても相手には通用しませんよね」 その横では冗談交じりに下げていた銃を取り出し、ユウキが呟く。 彼らは前回も僅籠とやり合った二人だった。積み重なっている思わしくない結果に、どうにも言葉の切れが悪い。 「話は娘から聞いた。どうやら俺達は踊らされていた、という訳か。やってくれるな」 だが、蓮蒼馬(ib5707)は違う。訳あって前回は娘に依頼を託したが、彼もこの件をずっと追ってきた一人である。いや、むしろ正確に言うならばこの件よりも更に前から『僅籠』という男に出会い、追いかけ続けている一人だ。であるから、実際のところ前回の詳細を聞いて驚いた。そして、胸に何ともいえない――言葉に現す事のできない感情が芽生え、今ここにいる。 「蒼馬さん、そして皆さん。気を落とさないで下さいまし。噂の方は順調に広がっているようですし、今度こそうまくいく筈です」 そこへ周囲の状況の確認を終えて戻ってきた神座早紀(ib6735)が前向きな言葉で皆を励ます。 「別に気を落としている訳ではないがな。黒幕は小物かもしれんが、悪知恵は妙に効く様だから油断は出来んよ」 三度の事件を影で操った張本人――敵の姿を思い出しつつ、竜哉が言う。 「ええ、判っておりますとも。けれど、アヤカシを退治するのが我が神座家の家業にして使命。出来る限りお役に立たせて頂きます」 丁寧な口調でそう言って、しかし彼女は彼らから少し距離をおいている。というのも彼女、どうにも男性というものにいい印象を持っていないのだ。それは以前のある事件がきっかけなのだがそれはともかく、なぜ今回参加したのかといえば彼女の友である蒼馬の娘が絡んでいる。 「すまないな。宜しく頼む」 その事情を知る蒼馬が丁寧に頭を下げる。娘がセンセー…つまり自分を助けて欲しいと頼んでいたのを、彼は聞いていたのだ。そしてそれを危険な依頼と判りつつ、快く引き受けてくれた彼女には本当に感謝している。 (「この人数で出来るか判らんが、怪我だけはさせたくないな…」) 最優先は討伐だと判っているけれど――娘と少ししか変わらない彼女も守りたいと彼は思う。 「そう言えばもう一方は?」 参加者の人数を確認していたユウキが問う。 「はぁ、それが何か事情が出来た様で…」 「となると四対二か」 ギルドから輸送に借り出す人数は戦闘要員には含まれない。 誘き出せたとしてもこの人数では、戦闘が激化するのは必至だろう。 「あの…もし、万が一敵が夜襲ってきたらどうするんですか?」 三角州での戦闘に持ち込むとしても都合よく明るい時間に来るとは限らない。野営になれば、更に供物の守りは厳しいものになる。その事を問うギルド員に、しかし彼らは答えられない。 「そういえばそうですよね。敵にとっては夜の方が有利ですもの」 一般的に夜の魔物で定評のある吸血鬼だ。考えられない事ではない。 「襲撃時危険と判断した場合の供物の対応については一つだけ考えがあります。それを付き添う者達に伝えておいても良いでしょうか?」 真剣な表情で青年が問う。 「一体どうするつもりだ?」 「それは、場所を利用します。けれどできればこの方法は使わない方が良いので」 直接的な明言をせず、そういう青年に皆が首を傾げる。 「あの、どこに耳があるか判らないので、その…」 「判った。まあ、俺達に案がない以上任せる他ないか」 「有難う御座います!」 開拓者の合意に青年はほっとした。差出がましい事とは判っていても万一を考えない訳にはいかない。何を言われても構わないと思っていたが、了承を得られたからには早速輸送に同行する者達に提案を伝達する。 「あの人も気に負ってらっしゃるのですね…」 窓口とはただ依頼の橋渡しをするだけの存在ではない。内容を聞いて時に一喜一憂し、依頼人…そして参加者の安否を誰よりも思っているものだ。 「さあ、出発に向けて準備を急ごう」 流した噂の出発日は近い。問題は敵が動き出してくれるかどうか――。 「旅のご無事を…」 厳重に保管されていた箱を乗せて、馬車はギルド職員が見守る中次第と遠ざかっていく。 馬車には幌が付けられ、内部を取り囲むように開拓者が座り、更に五名いざと言う時の運搬を担う者が同乗している。 それに加えて、彼らの進むルートは予め規制が敷かれていた。これはもしもの時一般人を巻き込まない為の処置である。時たま躓く小石に馬車を揺らしながら、彼らの緊張は続く。幸い、敵はこちらの餌にかかってくれたようだった。出発前夜の事、早文で緊急のしらせが入ったのだ。その文によると、裏酒場の一室で女性店員が殺害されたというもので、その遺体からは吸血の後が見られ…更にはその晩、見慣れぬ男が献上品の事について執拗に聞いてきたという証言も取れている。 「ルートについての情報も向こうは手にしている筈です。問題はいつ襲ってくるかですね」 ギルド員の話によれば殺害された酒場のある街から輸送ルートまではそれなりの距離がある。つまり三角州まで先に辿り着いてしまうと、待ちの一手を考えなければならない。 「ただ相手はアヤカシですから、人の匙加減は必要ないでしょう」 飛行に疾走――こちらとは別の手段で急いでくるであろう事は目に見えている。 彼らはそんな事を考慮に入れつつ、その間に各自戦闘の立ち回りを復習し時を待つ。 回復は勿論巫女の早紀が担当。黒幕には竜哉とユウキが当たる事になっている。そして僅籠には蒼馬が立ち向かう。問題は供物の入った箱だ。放置する訳にはいかない為、襲撃が起こったと同時に奪われないよう逃がすつもりではいるが、果たして思惑通りにいくかどうか。 「さあ、皆さん。こちらで休憩に致しましょう」 やはり敵はまだ追いついていないのか。三角州に辿り着いた一行は一旦馬車を降りる。 時はもうお昼を過ぎていた。辺りにはこれといった障害物はない。石ころの隙間から雑草が見え隠れし、時折野鳥が給水と羽休めに降り立つ。そこで早紀が調理セットを下し焚き火を始めた。 神経をすり減らすこの手の仕事においては食事というのはとても大事だ。鼻歌交じりに何か精のつくものをと荷台に積んでいた食料で調理をし始める。 「では私が水を汲んできましょう」 開拓者が離れるのはまずいと、運搬補佐の青年が水汲みに走る。 ばさばさばさ そこへ黒い影――三角州の川向の木陰だ。彼らを見つけて、様子を観察し始める。 (「おいでなすった」) それに気付いて開拓者らはアイコンタクトで自然を装う。 「しかし、さっさと食べて次にいかないとな。予定より遅れている」 蒼馬が言う。 (「フッ、遅れているか。運も俺の味方をしているって事か」) その言葉に黒幕はほくそ笑む。全力でこちらに向かった甲斐があったというものだ。そのせいで子分を集めきれなかったが、こちらには僅籠がいるのだ。何の事はない。 「頼りにしてるぜ、僅籠様」 冗談めかしてそう言うと、彼は木から飛び降りる。勿論目指すのは開拓者の下だった。 ●即行 「御機嫌よう…諸君。ここまでの運搬ご苦労」 伝説と違い日の光を物ともせず、ただ不気味な程に肌の白い吸血鬼が姿を現す。 「やっときましたね」 「ここがお前の墓場だ」 ユウキの呟きに、竜哉の言葉。開拓者はさして驚かない。 「ほう、待っていたと? こんな場所で俺を捕まえられるとでも?」 がその言葉を気にするでもなく、彼は子分達に命令を出す。すると何処からともなく現れたのは蝙蝠の群れ――ざっと見て二十は超えている。それに続くように地を駆ける足音に振り向けば、そこには屍狼が四頭。四方から彼らを囲みにかかる。 「ちっ、オマケも引き連れてのご登場か」 その数に竜哉が舌打ちした。そして魔槍砲を構え直して…けれど、あちらの方が早い。 現れた人影に慌てて臨時の運搬役達が箱を遠ざける。が、そちらには僅籠が向かっていて、 (「まずい!」) そう悟り、竜哉は準備していた戦陣『龍撃震』を蒼馬を起点し発動した。 その効果でぐっと瞬度が上がる蒼馬。僅籠との距離を詰める。だが、自分達はどうだ。接近してくる屍狼と視界を遮る様に群がる蝙蝠達によって思う様に動けない。 「なんだ、つまんねぇなぁ〜折角、俺が直々に遊びに来てやったのによぉ?」 その様子に青年吸血鬼は溜息を吐き、小馬鹿にした様子で箱の方へと歩み寄る。 「くっ、距離が取れればあれが打てるのにっ」 ユウキはそう言いつつ、携帯した銃を翳し蝙蝠を一時的に払い除けると黒幕吸血鬼に照準を合わせる。だが、 ガルルルルッ 「うわっ!?」 蝙蝠を散らしてもまだ屍狼が彼のそれを許さない。隙有らば噛み付こうとする彼らを避けながらでは、本職でもない彼にはそれがままならない。となると格なる上は供物は仲間に任せて距離を取るのが妥当かもしれない。なんせ得意の魔術の発動するには広さが必要だ。活性化してきた攻撃魔術は全部で二つ。一つは自動命中スキルであるエルファイヤー。もう一つは広範囲攻撃が可能なメテオストライクだ。しかし、これをはここで発動すれば仲間を巻き込んでしまう可能性がある。 「おうおう、どうした? 綺麗な顔の魔術師さんよぉ」 何処かのゴロツキを思わせる様な安っぽい台詞の挑発。それに言い返す余裕さえない。 ユウキは奥歯を噛みつつ、雑魚を払い除ける。 (「今回は逃げないって決めたんだ。命を懸けて戦うって…だから、僕はッ!」) 群がり噛み付いてくる蝙蝠のそれを無視して、彼は走る。屍狼に追いつかれそうになりつつも彼が目指すのは箱だ。彼の最優先事項である。 「ちっ、援護する!」 そこで竜哉も捨身で武器を構えに入った。 今回彼が戦闘に選んだ魔槍砲は鎌のような刃を持つ全長180cmの大物だった。それは彼自身の身長とほぼ変わらない大きさであり、重量はそこそこであるがリロードに時間がかかってしまう。スキルでその時間を短縮できても、視界を妨げる様羽ばたいてくる蝙蝠に砲撃を繰り返せば多大な練力を消費してしまう。しかし、今はそれをいっている暇はない。ユウキと同じく、雑魚の攻撃は止む終えず受けて、狙いを黒幕に絞る。 ドゴォォン 発砲と同時に轟音が響いた。しかし、弾道には既に敵の姿はなく消し飛んだのは数匹の蝙蝠のみ。それでも多少数は減らせたとポジティブに考え、鎌の部分で数を減らしにかかる。が、悠長にしてはいられない。気付けば青年はくるりと宙で回転し、降り立ったのは供物の入った箱の側。供物を避難させようとしていた者達を軽くのすと、箱を手に取る。 「簡単過ぎてつまらないぜ。一体、ここが誰の墓場だって?」 優雅にさえ見える動きで青年は箱に手をかける。 漂う絶望、踊らされた上一矢さえも報いれないのかと……。 だが、手にしたとて簡単に開く代物ではない。力任せにすればする程、開かぬ仕掛けだ。それに気を取られる彼を開拓者らはチャンスと見る。 襲い来る蝙蝠の爪を鍋とおたまでカバーしていた早紀。しかし、勿論の事それでは守る一方で意味がない事は承知している。武器として持ち込んだのは精霊の加護があれど言ってしまえばただの巫女服であるから、応戦の仕様がない。但し、普通よりは丈夫に出来ている。ならば、自分も支援役としての勤めを今全うしなければならない。 (「怪我など恐れはしません…私の舞で活路を開けるならばっ」) そこで早紀が腹を括って、鍋とおたまを掴んだまま神楽舞『縛』を敢行する。すると巫女装束が彼女を淡く照らし、精霊が彼女に力を与える。すると彼女の舞うその場所からは光が溢れ出し、素早く軽やかな舞で雑魚が手を出す隙を与えない。それで暫し凌ぐと、その対象をあえて僅籠に定めて、 「そうはさせん!!」 蒼馬がいつになく吠えた。 冒頭から僅籠の相手をしていた彼。しかし、箱に接近した吸血鬼に気付いていなかった訳ではない。そこで彼は思い出す。僅籠がよく使うあの戦法を。複数の相手をする時、少しでも実質向き合う数を減らす為、彼はしばしば敵を巻き込む形で弾き飛ばしていた。それを今まさに使う時、早紀の縛が僅籠のスピードを僅かに緩める。そこを彼は見逃さなかった。 ゴゴォーン 一瞬、彼の足を龍が走り雷雲の如き音がした。すると同時に、彼の右足が僅籠のボディを捕らえ、吹き飛ばす。その先には奴がいて、一緒になって折り重なる二人。手放す箱。駆け出していたそれをユウキが飛び込みキャッチする。そして倒れると、傍には運搬役の一人の姿。打ち付けられている様だが、死んではいないらしい。うっすらと瞼を開きユウキを見る。 「お役に…たてなく、て…すいません……もしもの、時は…それを…あそ、こに…」 微かな声で男はそう言い、川を指差す。 (「成程、そういう事ですか」) ギルドの青年の最終手段――しかし、それを確実に成功させるには暗くなくては。 ●変貌 「アル=カマルであの地主を手玉に取ったお前が、今度は手玉に取られたとはな」 土煙の先にいるであろう僅籠に向けて、蒼馬が言う。 「残念だよ…出来れば人であった時にケリを付けたかった」 そう言いつつも歩みは止めない。手応えはあったが、まだ決まっていない筈だ。 案の定、ふらりと立ち上がる僅籠の傷は徐々に再生されてゆく。 「もう、全てはアヤカシなのだな」 彼はそう言って、再び駆け出す。 おかしいと思ったのは初手から数手交えた時だった。 青年の出現、雑魚の猛襲――けれど、蒼馬が相手にしたのは僅籠という男。誰より彼を知っているからこそ感じた違和感。初めは自分の気のせいかと思った。けれど、どうしても解せないものある。 一手目、奴は中段の蹴り。それ払い、踏み込んで拳を打ち出す。それを僅籠は受けたのち反転し、自分の腕を取りに来た。確かに僅籠は体術も出来る。何度か拳を交えているからそれは知っている。が、こんなに積極的だっただろうか。 彼の目は確かに自分を捕らえてはいるが精気はなく、何も感じない。打ち合う拳も冷たく、時に何度かヒットする自分の攻撃は確実にダメージを与えているのに、虚しささえ覚えてしまう程だ。 (「なぜだ…どうしたんだ、一体…」) 敵に情けをかけるつもりはないが、この気持ちの悪さの正体が知りたくて蒼馬は一層手を早める。八極天陣で彼の動きを見切りつつ、半拍ずらしの執拗な攻撃。肉弾戦を嫌がると踏んでいたのだが、彼は眉一つ動かさずその状況のまま交戦を続けている。 パシッパシッパシッ 歯切れのいい音――まるで同職を相手にしている様だ。 (「同職…だと」) そこではたと気がついた。この違和感は僅籠が以前と違う戦い方を展開しているからだ。それに彼はこの戦闘で武器を使おうとはしない。腰にはいつもの鞭と銃があるにも関わらずだ。それを使えば、自分の攻撃を受けなくとも済むというのに、なぜ? そんな事に一瞬気を取られた隙にぐっと踏み込んでくる僅籠。 「蒼馬さん、気をつけて下さいまし!」 その様子を見て取り、早紀が叫ぶ。 (「そうだ。今はその疑問を追及している場合ではない!」) 自分を捕らえ、向けられた拳に全力で応えるのみ。力比べでは負けない自身はある。 ダンッ 蒼馬は拳を受け止める。直接掌で受けるのは初めてであったが、確かに彼の力は予想を超えて重い。びりりと伝わる骨への衝撃、この細身で何処からそれだけの威力を捻出しているのだろう。が、感心している場合ではない。受けた拳から掌を滑らせて、手首を掴むと蒼馬はそのまま彼を引き込む。その流れに僅籠は逆らわず更に身体を反転し蒼馬と背中合わせになるよう移動する。 (「くっ、なんて事を!」) その行動に蒼馬が焦る。それは無茶な動きだった。 腕を掴まれたまま、そんな事をすれば下手をすると手首がやれらる可能性がある。 けれど、僅籠はそれを躊躇する事無く行使する。 (「俺が離すとでも思っているのか!」) それを悟り、蒼馬は手に力を込め離さない。すると更に僅籠は動いて、耳に届いたのは鈍い音。骨と腱が無理矢理に捻じ曲げられての悲鳴――だが、その音に驚いたのは僅籠ではなく蒼馬だ。気付けば腕ごと吹き飛ばされていた。正確には機能を失い千切れた手首を握ったままだ。 「……」 僅籠が視界の先で佇む。右手をなくし、それでもやはり平然と――。 「いかんな…その姿に惑わさせてしまうとは」 受身でダメージを抑えて、僅籠の右手を捨て直に立ち上がる。 奴はもう人ではない。中途半端に知性を残した屍鬼だ。あの頃と同じ戦い方をしないのもここに来て納得する。彼はきっと今の自分を理解しているのだ。 生ある者は必ず何処かで生存本能が働き、自分が傷付かない様な立ち回りをとる傾向にある。だがしかし、回復能力が高ければ、多少の傷を恐れたりはしない。むしろそれを利用して優位に立とうと考えても可笑しくない。つまりは、そういう事なのだ。 「やはりお前は凄い奴だよ…」 構え直し蒼馬が言う。 「蒼馬さん?」 「いや、問題ない。続けてくれ」 早紀の言葉に蒼馬は静かにそう呟いた。 「これで…全部か」 魔槍砲の鎌を振り下ろして、竜哉が言う。 「はい…そのようです…」 とこれはユウキだ。 「へえ、俺と部下達を両方相手に持ち堪えるとはな。名乗ってやるぜ、俺の名はラジェルトだ」 二人の連携で雑魚を殲滅した事を認める様に、黒幕吸血鬼が己の名を明かす。 だが、二人としてはそんなものどうでもよかった。本命はあくまでラジェルト本人だ。 「もう疲れたんだろう? 辛いよなぁ、だったら大人しく供物を渡せ。その妙な箱から出してなっ…そうすれば命だけは助けてやる」 息の上がっている二人を見て彼が言う。箱を守りながらだから無理もない。 「冗談でしょう? これは人間のものです」 日が傾き始め闇の割合が増していく中、ユウキはきっぱりと言う。 「はあ? 使う術をないのに…宝の持ち腐れだろ?」 「それはお前も同じだと思うが?」 「何?」 突然割って入ってきた竜哉にラジェルトが眉を顰める。 「お前、なぜ自分でいかなかった?」 唐突に切り出された質問に更に怪しむラジェルト。 「あの供物の事だ。場所は判っていたのだろう? 僅籠に成済まし、あそこを調べていた青年を殺した。僅籠の力が欲しかったとしても銃をあいつにとりに行かせる意味はないだろう。むしろ自分で取りに行って、それをだしにあいつと交渉すればよかったじゃないか? それをしなかったのは、お前には過ぎた産物だったからじゃないのか?」 わざと挑発する様に彼は巧みに言葉で誘導する。 「ククッ、そんな事も判らないのか…さすがに下等生物だぜ」 だが、ラジェルトはそれに答えない。罵りの言葉を述べ、笑い出す。 「では、何だ? 場所か」 吸血鬼が水嫌いというのは聞いた事がないが、考えられるとすればそれしかない。 実はこの場所を提案したのにも、そんな理由が含まれている。けれど、 「俺が水を恐れると? いいぜ、特別に教えてやる…あれは神殿の封印のせいだ」 「封印…」 「お前達は時に精霊の力を借りる。それが厄介でね…俺らアヤカシを受け付けないんだよ。さあ、お話はこれで終いだ。狂いなっ!」 突如動き出したラジェルトに、けれど先手をとったのはユウキだった。 完成済みのエルファイヤーを発動する。 「来たれ、炎!」 その声に応えて、ラジェルトの頭上に渦巻く炎が出現し、そこで竜哉が砲撃の構えに入る。 「さっきから学習しねえ奴だな」 だが、彼はそう言って自身を蝙蝠に姿を変え、ダメージの分散にかかる。 が、実は竜哉は構えだけで別の準備中だった。狙うのは一撃必殺のとっておき。具現化した時にかませる様準備する。 「何言われても渡さない! 命に代えても、ねっ!!」 それまでは自分が頑張らなくてはとユウキが新たな炎の渦を出現させる。それに苛立ちを覚えたのか、青年は姿を構築しつつ彼の元に向かって、 (「急いては事を仕損じる。逃げられると思うな」) 竜哉が間に割って入り…零距離からのセフル・ザイールが炸裂して、 ドゴォォォォン 天地を引き裂くような轟音だった。 放出された熱量、弾け飛ぶ肉片…いや、肉片はたったの一部だ。 完全に構築されたと思われていた身体であったが、どうやら少しばかり早かったらしい。 ラジェルトは再び蝙蝠と化し四方に飛び後退していく。 (「まさか、避けられたッ…」) この距離でそれをやられては…絶望的な未来が過り、反動を堪えられず膝をつく。 「ククッ、危ない危ない」 だが、奴も無傷ではなかった。再び距離を取って姿を現す彼であるが、些か先程とは様子が違う。マントは引き裂かれ、礼服を思わせるスーツは所々破れている。そして、牙と翼を露に――本来の姿を露見させているといった感じだ。けれど、彼は一部自分を蝙蝠に代えて、狙うは箱を持ったユウキの方。たが、さっき居た位置にユウキはいない。視線を左右に彷徨わせて、川縁に彼を見つけて、 「ちっ、なんて事しやがるッ! 人間風情がッ!!」 箱が流されていた。水流も速い。 「残念だったな。あれが奪えなくて」 魔槍砲を構えたまま竜哉が煽る。ユウキは振り返り、新たな詠唱に入っている。 「ああ、本当に。八つ裂きにしてやりだいぜ」 ラジェルトの瞳が真っ赤に染まった。 ●離脱 怒りを露にしたラジェルトだが、その感情とは対照的に行動は精細を欠く。本能とでも言うのだろうか、ただ闇雲に突っかかってくる相手の行動を読むというのは案外容易い。だが、それはまだ視界に箱があればこそだった。川の流れに呑まれて箱が確認出来なくなると同時に、ラジェルトも次第に冷静さを取り戻す。そしてあろうことか、 「なんかもう面倒だ。僅籠、後はおまえに任せる」 彼はそう言って上空へと羽ばたいた。闇に紛れる様に…それ、すなわち逃走を意味する。 「皆さん、あれを発動します! 逃げて下さい!!」 そこでユウキが最後の策に出た。彼がもし逃亡は企てるなら、行うつもりだった魔法。周囲に多大な影響を及ぼすそれには注意が必要だ。脳裏に一言一句間違えずに術を展開して、その時には彼のアゾットは輝き、更に上には炎の集合体が出来つつある。がそれを阻む者がいる。僅籠だ。さっきの言葉に反応し駆け出している。が、それは蒼馬も同じだった。瞬脚で先回りすれば、已む無く下がって別ルートを模索する僅籠。だが、そこに奇襲の一撃――。 「これで終わりだ」 気力も思いも何かも込めて放ったのは絶破昇竜脚。人でないが故の判断の鈍り。それをこの技は許さない。ガードが整う前に入った一撃により僅籠は大きく空中に身を投げ出す。その間も逃走を封じる為、早紀は再び縛を行使するが、届かない。けれど、メテオの範囲には十分な筈だった。が、僅籠は最後にやってのける。 弾かれるその前に鞭を密かに抜いていたのだ。そしてその鞭はユウキのアゾットを捕らえ、狙いをずらす。それでも構築された魔術が僅籠と周辺を襲う。 三角州が炎と化した。草木は燃え、地面が抉れる。それ程までに強力なこの技にあっては、僅籠の再生も追いつかない。着弾と同時にぶわっと吹き抜けた風に髪は舞い上げられ、シルエットを残したまま焼かれていく。 「やっ…た?」 その人影を見つめてユウキが言う。但し、吸血鬼の方は離脱した様で姿は確認できない。 「それより供物は? あんな事をして大丈夫なのか?」 追いかけるにしても彼らにその手段はなく、出来る事を優先する。 「問題ありません。手筈通りらしいので」 「そうか」 運搬役から聞いた事だと告げれば、皆ほっと胸を撫で下ろす。 「僅籠…」 そんな中、ただ一人まだ戦場に視線を向ける者がいた。蒼馬だ。焼け跡に残された骸を前に彼が呟く。 最後には結局抗えなかったのかと――誇り高き男であっても、アヤカシの術というのはそこまで影響力が強いのか、ラジェルトを庇い逝った僅籠の骸を前に悲しく思う。 「俺が倒してやりたかったが、これでお前も自由だ…好きにするといい」 眼を閉じて、好敵手に贐の言葉を紡ぐ。彼にとっては最高と呼べる数少ない敵だったのだ。あんな形でなければ、よき友として出会う事もあったかもしれない。 「狩狂達も地獄で楽しくやっているそうだぞ」 そう付け加えて、彼は仲間を振り返る。 「蒼馬さん、大丈夫ですか?」 早紀が問い――それに応えて、今一度戦場を顧みる。 星が輝く空であったが、彼らの気持ちに輝くものは存在しなかった。 そうして数日が過ぎて――報告書は芹内の元にも渡り、僅籠死亡と共に供物の処遇が決定される。 建前としては朝廷献上であったが、執着する吸血鬼の動向を危険と判断し、川から回収後銃は早々に解体処分が決定した。そしてあの銃に関する詳しい情報を削除され、この事を知る開拓者およびギルド員にも口止めがされる事となる。 「どうせ弾丸がなければガラクタですが…」 青年は惜しいと思う。 けれど、これだけの被害を及ぼした物はあってはならないのだと言い聞かせる。再生不能に砕かれたそれにもう価値はない。けれど、懸念材料はまだ残っている。あの吸血鬼だ。これに執着していたし、僅籠が倒された今、彼は一体どうするのだろう。 「お互いに逃がした獲物は大きい…か」 こちらはあの吸血鬼、あちらは銃と僅籠。天秤にかけたらどちらが大きいだろうか。 そこまで考えて、その前にこの両者を天秤にかけること自体間違っているのではと悟る。 「もし、この報告者の担当は?」 そこへ一人の男が現れて――手隙だった彼が顔を上げれば、そこには五十前後と思われる男が自分が仕上げた報告書を手に自分を探しているではないか。 「えと、あのどちら様でしょうか?」 それに手を上げて恐る恐る尋ねる。 「ちょっとここを出ようか。ここでは話しにくい」 そこでチラリと見せられたのはある貴族の家紋――それに驚きつつ、彼は従う。 そして、連れて行かれたのは小さな茶屋だ。 「私の為…王の為、尽力を尽くしてくれた事感謝している」 そこでそう言い頭を下げられて、青年は思わず立ち上がり恐縮する。 「いえ、止めて下さいっ菊柾様! 私はどうしてもこの真相を知りたくて…それで……あ、あの、お怪我は! もうこんな所にいても大丈夫なのですかっ!?」 雲の上の人だと思っていた相手が目の前にいて、青年は半ばパニック状態だ。 「ああ、もう随分よくなったからな。皆に心配をかけた。であの銃は解体されたんだってなぁ、あいつから聞いたよ」 そんな彼を宥めつつ、菊柾はゆっくりと話す。 「あの、それが最善かと」 「そうだな、確かに。あれは危険だ。私の傷もあの銃の力なのか、相当長引いたようだ」 まるで他人事の様に話しているが、面会謝絶だった事から苦しんだに違いない。 なのに、もうけろっとしているとはさすがである。 「何はともあれ、ご無事でよかったです」 青年は言う。 「有難う。まだまだ私も頑張らんといかんということだな」 菊柾はそう言い、頼んでいた団子を頬張る。そんな彼に励まされて、青年は思う。 自分には力はないけれど、出来る事はまだある。と――。 そして、ギルドに戻った彼はまた窓口に立つ。 今度は名の判った吸血鬼ラジェルトを見つける為に。 開拓者とは別の立場から手掛かりを探し始めるのだった。 |