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■オープニング本文 ●キサイの場合 「ふぃ〜〜」 疲れた身体を癒すには温泉が一番だと言うが、銭湯とて負けたものではない。 値段は安くともそれなりにリフレッシュできる。久々に戻ってきた神楽の都の銭湯にて、ゆっくり浸かれば、小さな悩み等どうでもよくなってくる。一時の至福な時間を終えて、彼は脱衣所に備えられている椅子で寛いでいる時、彼の耳によからぬ声――どうもこの銭湯借金を抱えている様で…それに加えて、困った事が起こっているらしい。 「金はちゃんとここにあります。ただ鍵を失くしてしまって」 「あぁん、失くした? 本当はそこに金なんてないんじゃねえのか!」 「いえ、本当に工面は付いたんです。だけどうっかりしてそれで…」 裏口の方だ。困惑気味の男の声とそれを罵る男の声がする。 内容からして鍵のかかった金庫に金を用意はしたものの、肝心の鍵を失くしてしまったらしい。 (「全く、何やってんだよ…」) 折角いい気分だったのに…これでは台無しだと、彼は重い腰を上げる。 「ちょっとその金庫貸せよ。開けてやるから」 裏口に回って、キサイが言う。不審な目を向けられたが、それでもちょちょっと道具で鍵を開けて見せればこれで万事解決だ。 「おおっ!」 それに周囲から声が上がって…その後は借金取りは早々に退散し、残った銭湯の主人はぺこぺこ頭を下げる。ただこれが全ての始まりだった。 「ねぇ、もしかしてあなた鍵師さん? でしたらうちに来て…壊れた蔵の鍵を」 野次馬の一人が問う。 「あぁ、いや違うぜ。俺は罠師だ。職業柄こういうのが得意なだけで専門家とは…」 説明しかけた彼だったが、 「あらやだ。罠師って人の心を読めるんでしょ。だったら尚いいわ。旦那のへそくり見つけて下さいな! 箪笥の裏だと思うのたけれど、重くて動かせないし」 「え、ええっ?! それはまた違…」 「いいじゃない! もうすぐ掃除なの。人手は多い方がいいわ!!」 無理矢理な感じの誘いにしかし、キサイ、断れず――。 ●一抹の場合 「今年も終わるな」 火鉢の金網の上でうるめを炙りながら一抹が呟く。 相変わらずのボロ家であるが、雨風は十分凌げるだけマシだ。但し、彼の財布の中身はカナリ厳しい。この分では御節を買う金は残っていないだろう。 「ご主人〜、漁師しゃんから尾頭付き鯛とか貰えないのにゃ?」 そんな状況を知ってポチは以前世話になった漁師を頼れないか尋ねる。 「そんな高価なもんくれる筈ないだろうが。正月は酒があれば十ぶ…」 「お酒もこれじゃ買えないにゃよ?」 いつの間にか一抹の財布を引っ張り出して、ポチは逆さに銜えてふりふりする。すると転がったのはたったの三文だった。つい最近知人の見舞いに行って、その時の手土産が残金を大きく減らしてしまったらしい。 「ったく、動かねぇで儲かる仕事はないもん…」 「あるにゃよ」 言いかけた一抹にポチが即答する。 「ご主人がそういうと思っていい仕事を見つけて来たのにゃ」 何時になく先手を打ってきたポチに一抹がちらりと視線を向ける。 「それはお留守番のお仕事にゃ」 ポチは得意げだ。 「ご近所セレブ猫の別宅で留守番をするだけにゃ。そのついでに別宅で飼ってるペットの世話もお願いするって言ってたにゃ」 「ほう、で飯は?」 抜かりなく条件を確認し、一抹はその仕事を引き受ける。それはこの仕事がとても好待遇だったからだ。婦人が里帰りする間の食費は全てあちら持ち。と言う事は御節も蕎麦もただで食べれて、しかも報酬も貰えるから至れり尽くせり。だが、彼らは知らない。別宅にいるペットの数と、その種類を――。 ●新海の場合 「それじゃあお願いしますよ。今年は新海さんが班長という事で」 年の暮れ、冬の夜長に聞こえるのは拍子木の音――それは火の元注意のアレである。 しかし、今年は少しその音が違うようだ。というのも叩いているのが鍋蓋であるからに他ならない。隣には彼の相棒・たまふたを連れて、今晩も見回りする。 「あー、鬼火だー」 その明かりと奇妙な音に近所の子供達が顔を出す。 「そうさぁ。こいつはあったかいだけさねが、家の竈は気をつけるさね」 新海はそう言って子供達に言い聞かせていると新たな声。 「俺たちも火の用心やりたいー」 「ぼくもぉ」 「わたしもぉ」 言わずと知れたお子様ズの巽、太郎、実の三人だ。 「お久し振りさね。こっちに遊びに来てるさぁ?」 以前顔を合わせている彼らにそれとなく尋ねる。 「今年はね、鍋蓋神社にお参りするのぉ。その為にこの近くにきてるのぉ」 とこれはみっちゃん――真っ白なもふらのぬいぐるみが今は少し小さく見える。 「そうさね。じゃあ、一緒にやるさぁ?」 年末は新海がずっと任されている。おっさんだけでやるより、彼らがいた方が効果は上がるだろう。 「いいんですか?」 彼らの母親が後からやってきて彼に問う。 「勿論さね…それに今こっちにいると言う事は御節は?」 「こちらで作るつもりなのですが…まだ少ししか出来ていなくて」 年末の主婦とは大変なものだ。こちらに親戚がいる様だが、子供達の相手をしつつは進む筈もなく…。 そこで少しでも手助けになればと、新海はある提案をする。 「もしよかったら鍋蓋長屋で年越ししないさね? 長屋の皆も御節は作っているから、一緒にすれば少しは楽できていいと思うさぁ」 その言葉に母親達が互い顔を見合わせる。今年もここは賑やかになりそうだった。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 氷那(ia5383) / 蓮 神音(ib2662) / シーラ・シャトールノー(ib5285) / 蓮 蒼馬(ib5707) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 紫ノ宮 莉音(ib9055) / オリヴィエ・フェイユ(ib9978) / 紫ノ宮 蓮(ic0470) / 九頭龍 篝(ic1343) |
■リプレイ本文 ●遭遇 「おい、キサイじゃないのか?」 銭湯裏での一件、そこに見知った顔を見つけて声をかけたのは蓮蒼馬(ib5707)だった。彼もまたこの銭湯にやってきていたらしい。 「え…おまえは蒼馬! いい所に来たぜ、手ぇ貸せ!」 そこでキサイは彼の腕を取る。別にそこまでしなくともと思う彼であるが、声には出さない。 「あれ、センセーどうしたの?」 そこへ彼の養女、蓮神音(ib2662)が姿を現した。どうやら一緒だった様だ。 「あら、神音さんがいるからもしかと思っていたけれど、よくよく縁があるわね」 と更にはシーラ・シャトールノー(ib5285)まで。世間は案外狭い。 「うわ……まあ、いいや。こうなったら一緒に来い!」 「え、ちょっと…もう、強引ね」 シーラを見るやそう言う彼にくすりと笑う。 「あの…センセー?」 「すまんな。これからキサイを手伝う事になった。鍋蓋長屋だったか? 大晦日迎えに行く」 そう言い残し、蒼馬は彼に連れ去られてしまう。 「もう、センセーたら…いいんだよ。神音も鍋蓋長屋に行っちゃうんだから」 少し拗ねつつもさっきの約束を楽しみに、歩き出す。 「ねぇ、君。今鍋蓋長屋って言ったよね? もし手伝いに行くんなら、買い込んだ荷物運び手伝ってくれないかな?」 蒼馬とは対照的な桃色髪のすらりとした青年――彼が声の主の様だ。 「え、いいけど…おにーさんも鍋蓋長屋に?」 「そ、弟とその友達とだけどね。あぁ、俺は紫ノ宮蓮(ic0470)。よろしく〜」 柔らかく笑って彼が言う。そんな彼に神音も挨拶していると、 「もう、兄様またナンパですか! いい加減にしないとお遣いが進みませんよ!」 とこれが彼の弟だ。名を聞けば紫ノ宮莉音(ib9055)――同じ桃色の髪とおっとりした話し方がよく似ている。神音は本来なら見回りをと考えていたが、これも何かの縁だ。 「じゃあ、行こう。あっちでオリヴィエ様が待ってるし」 「オリヴィエ様?」 「うん、僕の友達。紹介するから…まだまだ買わなきゃいけないものが沢山あるんだよね」 莉音がそう言って、神音の手を取り友達の元へ急ぐ。 「あぁ、なんかすっかり置いてけぼりだ…」 残された蓮は微苦笑した。そして、荷物を抱え直すとゆったりとした足取りで追いかける。年の瀬とあって店は何処も活気に満ちていた。蟹に鱈、冬の食材が目白押しだ。 「よう、そこのかわいこちゃん! 鯛、いらないかね! 今なら安くしとくよ!!」 「え…」 そんな中、店に並ぶ食材を眺めていたオリヴィエ・フェイユ(ib9978)に店主が声をかけて…彼は思わず俯く。 (「やっぱりボク、女の子に見えちゃうのかな…」) 悪気はないのだろうが本人もそこを気にしているから、尚更その言葉に敏感になってしまっている。 「おじさん、この子男の子だからね。間違えないで欲しいな」 そこへ莉音が戻ってきて、そっと彼を庇う。 「で、鯛…安くしてくれるんでしょ? いくらまで下がるのー?」 とこれは神音。家計を守る者として、この交渉は外せない。 「え、あぁ…そうだねぇ。悪い事しちまったからお詫びも兼ねて一匹オマケってのはどうだい?」 「でしたら、こちらの鮑と数の子というのも頂きたいので更に何かお願いします」 そこでそれに便乗して、オリヴィエも値切りを試みる。 「ん〜〜、まぁしゃあないな! こうなりゃもってけドロボーだ!!」 彼らの値切りはあっさり成功。幸先のいい滑り出し。 一方、時を同じくしてポチ一行は例の屋敷を目指す。 「一抹さんとポチも参加したのか。よろしく頼む」 そう律儀に挨拶したのは羅喉丸(ia0347)だ。これから挑む依頼になぜか神妙な面持ちである。 「緊張する事ないにゃよ。お世話とお留守番にゃ」 そう答えるポチであるが…正直な話、羅喉丸はそうは思わない。 (「この仕事…簡単な話のように見えるが、そうは問屋が卸さないんだろうな」) ただの警備と動物の世話にしては待遇が良過ぎる。化け物は出てこないだろうが、貴婦人が元高名な志体持ちで猛獣をペット扱いしていたら? かなり危険である。 「初めまして。私は氷那(ia5383)。ところで相手方のペットの数や種類は判るのかしら?」 そんな彼と同様に、既に仕事モードで話すのは氷那。できれば付く前に把握しておきたいのか詳細を尋ねてくる。 「いや、それがポチが聞いていなくてな。知っているのは饅頭猫だけだ」 「饅頭猫?」 聞きなれない言葉にかくりと首を傾げる。 「聞いたか、うさみたん。饅頭猫だとさっ。もう少しでたぁくさんおともだちができるかもしれないお」 だかそれに終始にやけ顔を隠すことなく、背中に背負った兎のぬいぐるみに話しかけるのはラグナ・グラウシード(ib8459)だ。うさみたんは彼の良きパートナーであり、現在絶賛友達募集中――今回のそれで増えたらいいなと思う。 「ついたぞ」 一抹が短くそう言い、大きな門を開く。 とても広いお屋敷だった。ジルベリア調で統一され、屋敷に続く庭はよく手入れされている。そして扉の先には小さな犬。茶碗に入りそうな大きさで、来客を察しお出迎えなのか尻尾を振って駆けて来る。 「確かにこれでは番犬にはならんな」 その様子に一抹が呟く。続いてぴょこりと顔を出したのは兎だ。 「はぁあああああ、かぁいい! かぁいいおー!! ほら、うさみたん。同族のおともだちだおー」 それに反応してラグナは逃げる暇も与えず、素早く抱えて頬擦りを始める。ふわふわもこもこ、さすがに毛並みも申し分ない。至福の時とばかりにもふもふに専念する。 「放し飼いなのですね…なんだか、吃驚です」 次々現れる小動物を撫でてやりながら氷那が言う。 「ここに冊子があるにゃ」 そんな彼女らにポチがその束を差し出した。表面には『飼育マニュアル』と書かれている。 「成程、これを見て世話をすればいいんだな…何々、種類は全部で十四種類。結構多いな」 早速羅喉丸が読み始める。内容は一日に与える餌の量やら時間やらが事細かに記されており、それを実行するのはかなり骨だ。だが、それよりも先に気をつけなければならないのは、 グルルルルゥ 喉を鳴らすその音に皆が自然と視線をずらす。するとそこにいたのは巨大な虎で、 「あ、もしかしてこの虎って…」 尋常じゃない大きさに脳裏を過るのはケモノの存在。ケモノとは一般的な動物が更に大きくなったもの達を総称する。従って瘴気を元としない為、手名付ける事が出来るというが…それはとても稀な話である。 「どうしてこんなものを?」 奥のは猪か。更には蛇っぽいものも見える。 「犬、兎、虎…ふむ、干支か」 その猛獣達を見取り、一抹が冷静判断する。 「ご主人! そんな事言ってる場合じゃないのにゃ! このままだとラグナしゃんが!!」 「どうする一抹さん! あれは一応ペットだが」 もしラグナが食われでもしたらと、羅喉丸が飛び出せる様待機する。 「マニュアルです。マニュアルには何と」 慌ててページを捲る氷那であるが、思う様に該当のページが出てこない。その間にも虎がラグナの元に駆けてくる。 「危ないにゃーー!」 ポチが叫んだ。その声に気付いて振り返るラグナ…至近距離には虎の口が迫っている。だが、 グルルルルゥ 『え…』 虎は彼を食べるつもりはない様だった。手前で座り頬擦りする。 「えー…と何々、うちの子達は贅沢な餌をあげている為人を食べません。但し、お酒は禁物です。お酒は野生を目覚めさせます。…だそうです」 肝を冷やしながらも、やっと見つけたページを読み上げ氷那が言う。 「はぁ…なんと、ケモノも贅沢なもんだ」 とこれは羅喉丸だ。息を吐き出しほっとする。 「なんだ。いい子じゃないかー。よしよし、私が可愛がってやるからなぁ」 目の前ではラグナが虎と戯れている。だがしかし、この飼育に一番適さない人間がここにいる事を彼らはまだ気付いていない。 ●関係 「よし、これはここでいいな。で、次はどれを運ぶか」 へそくり探しだと言っていたのだが、行った先で待っていたのは大掃除。中でも畳干しには打ってつけの天気が続き、キサイと蒼馬はフル回転で作業を命じられ、もう幾日目か。 「全く…こんな事だろうと思ったけども…つき合わせて悪い」 切欠があれで貴重な年末を消化させたとキサイは謝罪する。 「ははは、ご婦人は時に強引だからな。だがこの手の困り事を解決するのも俺達の仕事だ。それに本当に嫌なら断っている」 とこれは蒼馬。何が入っているのか、かなり重い箪笥を二人で運びながら言葉する。 「けどもおまえ妹の誕生日、今日だろう?」 「ん、ああそうだな」 そういえばそうだった。プレゼントは用意しているのだが、キサイに言われるまですっかり失念していた。 「で、どうなんだ? へそくりとか溜めてんだろ?」 キサイがニヤつきながら問う。 「ああ、まあな。しかし、へそくりといえば女とはげに恐ろしき…だな。隠してもどうやってか見つけ出す。うちの神音もそうだ」 「へえ、で何処に隠したんだよ?」 興味本位で問えば箪笥の裏だと聞いて、甘過ぎだと返す彼。 「箪笥の裏が目に付かないと思ったら大間違いだぞ。あれは逆に見つけて下さいって言ってる様なもんだ。どうしてもそこにしたいなら二重にするんだな」 「二重?」 「そうだぜ。囮のへそくりを隠す様に仕掛けておいて、更にその奥に本命の金を隠すんだ。そうすれば囮を見つけた相手はそれで満足して、本命に気付かない」 「ふむ、成程な」 「あら、そんな隠し方しているの?」 「え?」 二人の会話を聞いていたのかシーラが畳を運びつつ、彼らの間に割って入る。 「言っとくが、俺じゃないぞ。俺は更なる方法でだなぁ」 「できれば隠さないで欲しいけどね」 対抗するキサイにシーラが言う。実は彼女二人のやり取りをとても羨ましく思っていた。 (「家具の移動は男仕事だと判っているけれど、折角傍にいるのに残念よね」) 胸にあるは彼への想い――何度か告白しているのだが、どうにもはっきりした答えが返ってこない。焦るつもりもないがやはり気にはなる。まだ掃除は終わっておらず、必然的に庭に移動した彼女は畳を叩きながら、はあと溜息を付く。 「もしかして、あの子が好きなの?」 今までの彼女の行動を見ていたらしいご婦人が尋ねる。 「え…えぇ、好きというか、あの人は私の旦那になる人だもの」 ドサッ 「大丈夫か!」 その答えと同時に届いた音。どうやらキサイ達のいた方だ。音からしてどちらかが何かをやらかしたらしい。その後に続いた声でそれが蒼馬でなかった事を示している。 「あらあら、この分だと私の出る幕はなさそうね」 それを聞いて婦人が笑う。 「あの、どういう…?」 「いえね。今ので判ったじゃない。きっと脈はあるわよ…後は心の問題」 「心、ね。もしよかったら、その心をしっかりと繋ぐコツを教えて貰えないかしら?」 経験豊富そうな奥様を前に、彼女はストレートにお願いする。 「そうねぇ。もう貴方は出来てると思うけど…彼の胃袋って大事よね」 胃袋――そういえば今日は大晦日だ。 (「昨日はキサイさんの好みかと思って、ポトフをやめてほうとうにしたけれど…今日はあれしかないわね」) 婦人の助言に彼女は閃く。 「おかみさん、ここを任せていいかしら?」 そう言う彼女に婦人は頷くのだった。 「おねーちゃん、行って来るねー」 負傷中の九頭龍篝(ic1343)に手を振って、たまふたを先頭に神音、エルレーン(ib7455)、新海の順でそれぞれの子供につき見回りを続ける。勿論途中の鍋蓋拍子木も忘れない。 「何もなくてよかったねー。まぁ、何かあっても私の心眼があれば不審者も一網打尽だけど!」 拳を挙げて見せてエルレーンが言う。 「俺だって負けないぞ! みっちゃんや長屋のみんなは俺が守る!!」 とこれは巽だ。正義感の強い彼と彼女は何処となく息が合っている。 「こっちも負けないもんねー」 「ねー」 とこれは神音・実組。何にしても火事や事件がないのはいい事だ。が、 ドドドドドー 突然きた不審な音に皆が慌てて警戒する。これはカナリ近い。しかもこちらに近付いてくるようだ。 「前に出ちゃ駄目よ。私が先に調べるわ!」 そう言って早速心眼発動。やはり大きな生命反応だ。しかもその前後に人と思われる反応が複数ある。 「一体何なの?」 接近してくる影に彼女が目を細める。まず捉えたのは緑の髪、そして次にピンクの襷。背中に何かファンシーな物を背負っている。 「え、ラグナ…」 それに見覚えがあって、口からその名前が零れる。そう、それは間違いなく彼女の知り合いだ。 「うわぁぁぁ、おちつけ! ジョセフ! 私が判らんのか!」 そう全速力で走りつつ、背後の大猪を説得する。 「駄目にゃ! 完全に意識を失ってるにゃ!」 とこれは彼の肩にいる猫又だ。その後ろには更に開拓者の姿がある。 「あぁ、騒がせてすまない。すぐに如何にかするから」 後から来た一人・羅喉丸が傍観する人々にそう言って回る。 「えと、暴走を止める方法は……あれページがない!」 その後からやってきた氷那は飼育マニュアルを片手に対処法を探す。がどうやら肝心のページが何かに齧られているらしい。 「どうしましょう、殺す訳にはいきませんし」 「そうだな。こうなったら力尽くで止めてみる他ないが出来るだろうか…」 あれを傷つけないで止めるとすれば相当至難の業だ。組み合い、投げ飛ばすか。 ちなみに何でこんな事になっているのかといえば、あの酒飲みのせいに他ならない。 彼は正月目前にして酒を飲まずにおられるかとこっそり購入。普通に買えばよかったのだが、欲を出してミルク缶につめて貰ったのが仇となった。そう、それをあの猪が飲んでしまったのだ。匂いに敏感である筈なのだが、今のジョセフは花粉症中だ。 「エルレーン、俺達も行こうぜ!」 「なんか面白そー」 『あ、ちょっ!?』 暴走猪に興味を持って駆け出す子供に大人組の言葉は届かない。仕方なく後に続く。 「あぁ、もうラグナの奴! なんで巻き込むかな!」 怒りのやり場を失くしてエルレーンがぐちる。 「まぁ、アクシデントはつきものさね。俺もあれは体験した事があるさぁ」 とこれは新海。あの状況を経験しているとは。 「でももうすぐ、行き止まり。どうする?」 『えっ!?』 太郎の言葉に一同唖然。対決の時は近いようだ。この際壁に激突してくれればいいが、ぶつかったのはラグナの方で…ブレーキが利かなかったらしい。 「まさか、こっちこないよね?」 ラグナの離脱と前方の壁。振り返るのは必死だ。それに猪は未だ元気だった。巨体をうまくいなして、彼らを振り返り闘牛さながら前足で地面を掻く。 「ぶたさん、メッなの!」 みっちゃんが叫んだ。それに一度びくりとした猪だったが、また鼻息を荒立てる。 「皆は危ないから下がっておこうね」 「そうさね。言葉が通じる相手じゃないさぁ」 見回り組がそう言って子供達を端に寄せる。 (「なんだ? なんでさっき怯んだ?」) その間も羅喉丸は次の策を打つべく考える。 自分達になくて、彼女にあるもの…それは、 「氷那、あの子のぬいぐるみ」 「え?」 突然の言葉に戸惑う彼女。そうだ、確かに…みっちゃんはアレを持っている。 「ここはアレで凌ぐ。その間にシドリオンを連れて来てくれないか!」 彼の言葉に彼女も察して…猪攻略法。それは意外なものだった。 「栗きんとんってこんな味でよいのでしょうか?」 初めて作る料理に苦戦しながらもオリヴィエは楽しげだ。次の機会があれば仲間達にもご馳走したいと、調理と並行してメモを取りつつ、蓮に味見を頼む。 「どれどれ…うん、完璧。うまいよ」 それを口に運んで正直な感想。オリヴィエはこの手の料理作りにも素質があるかもしれない。 「ねぇねぇ、僕のは? これ、食べてみてよ?」 そこへ莉音もやってきて…彼は二人の口に作り立ての昆布巻を押込む。 「ン…むぐむぐ、こっちもうまい。二人共よく出来てるよ」 そう言って、今度は蓮の黒豆を二人へ。程々にしないとと思うが、この位はいいだろう。 「さて、じゃあ次は伊達巻を作ってみようか?」 一から作る伊達巻。焼き加減にもコツがいるし、難易度は高いが彼はやる気だ。 「あの、その伊達巻とはどういったものでしょう?」 が、ここでオリヴィエから質問。聞きなれない名前だった様だ。 「あぁ、甘い玉子焼き…と言ったところかな? はんぺんと山芋も使うんだ」 「そういえば伊達巻って何の意味があるのかな?」 続いて今度は莉音から。御節に詰める物には意味があるというが――流石にこれは難問だ。そこで彼は周囲を見回して、桶に水を張って小芋を洗っている篝に目を付ける。 「あのそこの嬢さん。伊達巻の意味って知らないかな?」 突然声をかけられてびくりとしたが、 「伊達巻、ですか?……多分、巻物だったかな」 「巻物?」 「はい。巻物に似ている、から。文化的な、繁栄を願って」 「へぇ、そうか。有難う。君、物知りだね」 彼女の言葉を素直に信じて礼を言う彼。最後の言葉に彼女も嬉しく思う。彼女は祖父と暮らしていた為、こういう年末は初めてなのだ。皆でわいわい…これも子供達のおかげだ。 「お礼のつもりできたのに、楽しいな。あの子達に感謝だ」 怪我をしなければ見回りにもいけたのに…それは言っても仕方がない。今出来る事を…彼女はそう思い、美味しい御節作りの為下処理に励んでいる。 「あら、凄く丁寧にしてくれたのね。こっちの牛蒡もいいかしら?」 「はい。喜んで」 牛蒡という事は叩き煮だろうか。確か地に根をしっかり張る事から、家の安泰を願う意味を持っていた気がする。 (「皆が平和で、いられるといいな」) そんな思いを込めて…彼女は再び作業に戻るのだった。 「やりぃ! 海老天入りだぜ!」 一方先に仕事を終えて、キサイは年越し蕎麦を前に満面の笑み。茄子や竹輪、南瓜の天麩羅に目が輝く。 「ふふ、でしょう」 とこれはシーラだ。実はこの蕎麦は彼女の手によるもの。掃除の期間中も手を変え品を変え美味しい物を提供していたのは彼女である。 「うん、確かにこれは有難いな」 神音には悪いが、冷えた身体にこれはとても有難いと蒼馬は思う。 「あ、それとこれも受け取ってね」 そんな彼らに奥様達から渡されたのは御守りだった。『恋愛成就』と書かれている。 「え…これって」 「今回のお礼よ。娘達に買ったんだけど数間違えちゃって」 そう言うがそれは嘘だとキサイは見抜く。 「俺はい…」 そう言いかけた時、鐘がなった。除夜の鐘だ。 「おっと、いかん。ご馳走様。俺は娘と約束があるので」 蒼馬が駆け出す。残された二人はなんとなく気まずくて…。 「あの、シーラ。毎日さんきゅー」 キサイの言葉。 「料理、お前が作ってたんだろ。なんとなく判った。だからもし初詣とか行くなら、つきやってやるぜ」 「もふらさま、すごーい」 羅喉丸がみっちゃんからぬいぐるみを借り受けて、猪に差し出してみればやはりこれが気になるのか、明らかに動揺を見せる。 「どういう事なの?」 それに首を傾げるエルレーンだったが、よく考えて欲しい。もふらはあれでも精霊なのだ。しかも天儀においては神聖な生き物として祀られている事もある。そんな存在であるからこそ、一般的な動物は一目置いているのかもしれない。 「お待たせしました。シドリオン、お願いします」 「もふ」 その場をそれで乗り切り数分後、氷那が本物のもふらを連れきて事態は収束する。もふらも勿論屋敷のペットだった。だから猪にも動じない。逆に猪が後退して…もしかしするとさっきの考えとは別に、この猪ともふらの間に何かあったのかもしれない。猪は蛇に睨まれた蛙の様に縮こまってしまう。よくみるともふらから涎が…つまりそういう事か。ともあれ、動かなくなった猪を前にもふらはドヤ顔。俺のおかげと言いたげだ。 「なんでぇ、猪、全然強くないじゃん」 巽が言う。 「やっぱりもふらさまが一番なのー」 とこれはみっちゃんだ。シドリオンに駆け寄りもふもふする。 「ふぅ、これで一件落着か」 成り行きになってしまったが、これはこれだ。固まってしまった猪を担いで羅喉丸が言う。 「本当にお騒がせしました。よいお年を」 氷那はそう言い、気絶したラグナをもふらに乗せ帰っていく。 『またねー』 背後では子供達が彼らが見えなくなるまで見送っていた。 ●初詣 「さぁ、じゃあ今度はおねーさんと初詣に行こう」 いつの間に着替えたのか、新品の晴れ着に身を包んだエルレーンが子供達を促す。 「篝おねーちゃんは?」 そう問うがまだ傷は癒えず、残念がるみっちゃん。あの時同様、今度は篝にもふら様を預け歩き出す。 「鍋蓋神社ってどんなだろー?」 初めて訪れる神社に皆期待を膨らませる。だが、ここには二人。その神社に詳しい者が存在する。 「あのねー、屋根も鳥居の額も鍋蓋なんだよー」 神音の自慢――それもその筈、彼女はこの神社建設に携った一人である。 「狛犬は犬じゃなくて鴨さね」 と今度は新海。暇な時には自宅で神社で扱う鍋蓋絵馬を作成しているのは秘密だ。 「おー、思ったより賑わってるんだよー」 参道まで続く列を見つけて神音が喜ぶ。隣には蒼馬がいるから尚更だ。 そんな解説を交えつつ、時にぐずらない様に飴を配って彼女は気配りも忘れない。 「さあ、みんなおいのりしてー…」 やっと来た番にエルレーンが子供達を言う。それに素直に従い、ぎゅっと目を瞑ってお願いする姿が愛らしい。 「さて、じゃあ私も…」 (「…今年は、強くて格好良くて頭のいい、すてきな恋人ができますように」) 齢、十七――まだまだチャンスは多いであろうが、彼女にとってはとても切実らしい。何度も何度も心の中で呪文の様に繰り返す。 「エルレ、長い…」 「え、あぁゴメンね。次はそう、おみくじひこうねー」 太郎にそう言われて、慌ててその場を空け向かうは社務所だ。串の入った筒を軽く振って、出た串番号を巫女さんに告げる。 「さーて、何が出たかな」 注目すべきはさっき必死で祈った恋愛運。 「何々、待ち人身近にいる……開運アイテム、うさぎのぬいぐるみぃ!?」 兎のぬいぐるみといえば思い浮かぶ顔があるが、いやあれは違う。あれが自分に幸運をもたらす筈がない。 「どーだった?」 ブンブン首を振る彼女にみっちゃんが尋ねる。 「ん、まあまあかな。みっちゃんは?」 「私は吉。友達大事にって書いてあったのぉ。だから、あれいこー」 「ん?」 そう言って指差された先には屋台が一つ。鍋からは甘い香りが立ち昇っている。 「あぁ、甘酒ね。うん行こうか」 「うん、持ち帰りも出来るかな?」 彼女はそう言い走る。多分それは居残った彼女へのお土産…。 「うぅ、これじゃあ、ボ、ボク…もうお婿に行けない…」 蓮の用意した晴着に身を包み、オリヴィエが困惑する。日が昇るまではそうでもなかったが、日光によって色合いが変わる生地で注目の的になっているからだ。 「なんでそんなに気にするかなー♪ いいじゃん、僕とお揃だし似合ってるよ」 「そうそう、似合ってるんだから堂々としような」 とこれは紫ノ宮兄弟。莉音自身は赤だろうが花柄だろうが、気に入れば問題ない人のである。 「ほ、本当ですか?」 恐る恐る尋ねる彼に、婿が駄目ならきっとお嫁でいけるよと心中で呟きつつ、ああと蓮が答える。 「うぅ、とにかくお参りを済ませるのです。そして早く帰りましょう」 オリヴィエはそう言って早々と手を打ち目を瞑る。そして、 「お願いします。格好はこんなですが今年こそ新海さんみたいな男の中の男に」 「オリヴィエ様、願いが声に出ています」 「ええ!!」 そこで更なる赤面。年明け早々、堪らずその場にしゃがみ込む。 「ふーん、男の中のか…今のままでもいいと思うけどね」 それを宥めつつ蓮は、弟と友がよい年でありますようにと静かに祈る。 一方あの二人は、 「ええ、センセー覚えててくれたんだ! ありがとなんだよー」 参拝を終えて蒼馬から包みを受け取り神音が言う。 「一日遅れてしまったがな。おめでとう」 「いいんだよ、そんなこと。ねえ、今つけていい?」 「あぁ」 中身が首飾りと知って、彼女は蒼馬にそれをつけて貰う。 今だけは恋人の様に…そう思うと自然と顔が赤くなる。 「実はね、神音もセンセーに用意しているものがあるんだ。だからこの後、鍋蓋長屋で一緒に新年会。いいよね?」 彼女が言う。新年会はきっと賑やかになるだろう。その時に『嫁』という名のお酒を贈るつもりだが、彼は気付くだろうか。新たな年、皆それぞれの思いを胸に……時間は止まる事無く進んでゆく。 「ちょっ、ご主人! その缶のはお酒なんじゃ」 「む? すまん、忘れて」 『ギャーーーーーーーーーー!!!!』 某所ではまた惨事が繰り返されている様だったが、それもまたよし? |