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■オープニング本文 ●敗れる 「おやおや…まだいましたか」 崩壊する城を背に、茂みに隠れたままの気配の主を見つめ言う。 「そうかい、ばれてちゃ仕方ないねえ」 とこれは茂みの主だ。歳は僅籠よりもカナリ上だろうか。旅装束に笠を被り、顔は確認できない。 しかし、僅籠は見逃さない。腰の下げた刀に小さな家紋が入っている。 「……成程。ギルドの次は王の配下の方で?」 その言葉に笠の男は沈黙する。 「私を無罪にしたのはあの王です。そして、残念ながら貴方方が私を捕まえる理由はない筈ですが……」 僅籠の言葉に…しかし、男は答えない。 「北面王は善良な民を監視すると…噂でも流して差し上げましょうか?」 そこで僅籠はそう付け加え、銃を構える。 「善良か…よく言う。おまえはすでに幾人…いや、もっと大勢殺しているだろう?」 「証拠がおありで?」 二人の駆け引き――だが、それはここで終わりを告げて――打ち合うことたった三度。 初手は僅籠の弾丸が笠の男の頬を掠めた。それに動じず男は僅籠の懐に飛び込み、抜刀と共に僅籠の腹部を狙う。けれど、斬り上げる様に抜かれた刀はあろう事か銃の本体で押し止められ、そこで力は拮抗する。その後、先に引いたのは僅籠だった。斬り上げ様とする力を利用し、力を抜く同時にバク転を開始。二三度跳ぶともう一度引き金を引き、撃ち出す。その銃声に再び森がざわめいた。距離を詰めに向かっていた男は回避を捨て、刀で受ける。 が、そこで決着がついた。笠の男の刀が弾丸によってぽっきり折られてしまったのだ。宙を舞う刀身に、尚も勢いを失わない弾丸は笠の男の胸を深く抉る。 「くくっ、残念でしたね…そこそこの腕では私は倒せませんよ」 僅籠が笑う。しかし、その時男の視界には森の木々しか映っていない。 「王の元まで帰れたら言っておいて下さい。私に構うなと」 僅籠はそう言って、その場を離れる。 (「そこそこの腕か……この程度で動けんとは」) 笠の男の名は菊柾といった。北面志士の指南役を昔勤め、今も王とは親しい仲の男だ。 だが、彼をもってしても何故だかこれしきの傷で動く事が出来ない。それでも彼は己の身体に鞭打って、必死に立ち上がると待たせている相棒を呼び寄せるのだった。 ●整理する 初めは吃驚した。 判っていた事ではあったのだが、戻ってきた開拓者の姿を見て心臓が飛び出るかと思った。 「あの…大丈夫なんですか!!」 見た目で判断してはいけないというが、彼にとってはコレほど傷だらけで埃に塗れた開拓者を見たのは始めてだ。それでも開拓者らは「問題ない」と答えて、事のあらましを説明する。城の事、供物の事、そして僅籠の事――。聞けば聞くほど、今回の事件が思っている程簡単なモノではないのだと理解する。そして、彼らから話を聞いた後報告書を纏める前に彼は彼なりに今回のそれを推理する。 「城に入るのはそれ程てこずらなかったって事はあの男が手引きしてくれたのかな?」 僅籠の居場所を教えてきた男――しかし、出迎えたのは男ではなかった。それに事細かに話を聞いたのだが、片腕のない男がいたという証言は得られていない。ただ、気にかかる言葉を耳にしたというのは聞いている。 『奴らがうまくやってくれればいいが』 その男の声は割と若い声だったという。姿までは確認できていない為、あの男であったかは判らない。けれど、内容からして僅籠とは別の意志を持っている様に感じる。 それにもしあの城を僅籠が管轄していたとすれば訪問した時に門前払いされるのか、襲撃を受ける筈だ。なのにそれがなかったというのはおかしい。招き入れておいて後から攻撃…纏めて彼らを排除したかったから? そうなるともう一つの言葉がひっかかる。 『一体貴方は何をしていたのですか?』 中に入れたのなら彼らの意図や存在は把握していた筈だ。何をしていたのかも部下達にそれとなく監視させれば聞く必要などない。報告が遅れていたとしても部下の事を『貴方』としかも一人称で言うのは些かおかしいし、『している』ではなく『していた』というのは開拓者に向けての言葉とは思いにくい。 「もしかして、その場所にもう一人いた?」 対峙した開拓者以外の誰か。気配はしなかったというが…。 「そういえば追加報告で青年の遺体に変な傷があったって…」 報告書の作成時には見落とされていた傷の事を思い出し彼は資料を捲る。 するとそこには青年の首元に蚊にかまれた様な紅い点が二つ残っていたとされている。 「二つの点って…それじゃあまるで」 城の窓は昼でも閉まっていた。日記にあった夜の訪問者、そして蝙蝠の出現――。 「まさか、僅籠って…」 神出鬼没で圧倒的力の持ち主。考えられない事ではないが…いや、ここで決め付けてしまうのは早急だ。まだ只の憶測に過ぎない。 「そうだ。供物は結局どっちなのだろう」 彼は一旦思考を切り替えて、考える焦点を供物へと移行する。 金属鞭と銃…隠しナイフも僅籠は所有していると聞く。しかし、これは外していいだろう。指輪に関してもそれは同じだ。最後に対峙した開拓者が初めに捉えたのは鞭と銃だったのだから。 「…となると、有力なのは銃」 かすり傷なのに痛みが残っていた。直撃ならずとも大量の出血を招いたそれが最も疑わしい。しかも連射のスピードも今考えてみれば早過ぎやしないだろうか。 青年はその事を傍らにメモしながら報告書を作成する。 「君、手紙が届いてるぞ」 そこへ彼宛の手紙が届けられて、開いた内容に再び彼は困惑する。 そう、それはあの腕のない男からのものだったからだ。 『全く…何やってんだ。失敗なんぞしやがっておかげで俺は出歩けなくなった。 だが、俺にも意地がある。もう一度チャンスをくれてやる。 僅籠を西の遺跡に誘き出す。今度はしくじるな』 殴り書きの様にそう書かれた手紙の端には血が滲んでいる。 そして、同封された地図には丸がつけられている。 「どうしよう…」 前回といい今回といい、この依頼人を本当に信じていいのか判らない。 しかしこの後、青年は裏ギルドの長に呼び出され更なる衝撃的事実を知らされる。 「王の…菊柾殿がやられたそうだ。幸い一命は取りとめたが、今も意識が戻っていないらしい」 菊柾といえば知る人ぞ知る今の北面王を陰で支えているとさえ言われる実力者だ。そんな彼がやられたとなるといよいよ持って、この事件は危険極まりない事を知る。 「悩んでいた王を知って、彼単独で動いていたらしい。偵察のつもりだったようだが…まさかこんな事になるとは…」 今でこそ芹内王の周りには協力者が増えたというが、それでも古株の…しかも大事な人物がやられては王の心労は相当なものだろう。本来なら自分が飛び出して行きたい筈だ。 「もう、ここはこれに頼るしかない」 その話を聞いて…青年は早期決着をつける為、手紙の主を信じる事とにするのだった。 |
■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰
スチール(ic0202)
16歳・女・騎
九頭龍 篝(ic1343)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●心境 カランカラーン 静まり返った神殿に木霊する音、それは開拓者が放り込んだ松明だ。 僅籠が既にここに来ているか否か。それを確認すべく、彼らはその行動を取ったのだ。勿論それだけが目的ではない。松明が転がっていれば照明にも戦闘時の障害にもなる。時間はまだ朝方だとはいえ、重厚な造りの石屋根がついたこの神殿では、奥に進むにつれて闇の割合が増えてゆく。 「とりあえず、行くんだよ」 前衛の蓮神音(ib2662)が隣にいるスチール(ic0202)に目配せし、周囲に不審な気配がないが確かめながら一歩二歩。進むにつれて言い様のない寒気が彼女らを蝕む。 (「大丈夫なんだよ。神音は自分を信じる」) 今までも何度か修羅場を潜ってきた。そして勝利した。今回とて…そう思うのだが、この独特の緊張は何度経験しても拭えない。 「大丈夫か?」 額に汗が滲んでいるのに気付いてスチールが声をかける。彼女とて緊張していない訳ではない。それに場数の多さなら自分より神音の方が多い筈だ。しいていえば、彼女は騎士の中でも受けを得意とする性格であり、前に出るのは慣れている。己の防御力には絶対の自信を持っているからこそ、率先して壁になる。今回もその心づもりは変わらない。強敵と聞いて手持ちの品を売り払い、丈夫な盾を購入した。それに加えて技も新たなものを習得した。 (「何を恐れる事がある。私は私の役目を果たすのみ」) そう自分に言い聞かせて、揺ぎ無い信念でこの場に立っている。 一方後方では少し違った感情を抱き、首を振る開拓者がいた。九頭龍篝(ic1343)だ。 (「私は、あれの強さに、魅せられている…?」) 湖と城の事件で二度僅籠と対峙した彼女は、悉く彼には及ばず力量不足を痛感。その強さは圧倒的であると同時に、彼女にその様な感情を抱かせるに至った。しかし、勿論相手は敵…その点は彼女も重々承知している。 (「相対する事に迷いはない……けど、本当にあれが犯人?」) ずっと彼を見続けてきた訳ではない。けれど、彼女の中には小さな疑念が生まれている。 (「あの声…あの主は誰?」) 城の調査中に聞いた第三者の声。本当にここへ呼び出した男のものだったのだろうか。判らない。でも最後までこの依頼を見届けたい。その為には、 (「お爺様……私に力を貸して。九頭龍篝の意地、見せるよ」) 手にしている陰陽符を握り、時を待つ。懐には守刀と夜幻扇を忍ばせて。今度こそとの思いを胸に……覚悟はとうに出来ている。 覚悟といえばユウキ=アルセイフ(ib6332)のそれも負けてはいない。篝よりも更に前から彼を追っているからだ。前回の日記で得た情報が彼の中を駆け巡る。 (「あの日記の相手が僅籠の事を指しているとしたら…あのお兄さんの傷を含めて、人間じゃない事は頷けるね…けれど、スキルが使えるのはなぜ?」) 詳しく調べる時間はなかったが、開拓者のスキルを使っていた様に見えた。すると、アヤカシであるというのは些か疑問が残る。 (「能力が高いなら、獣人という可能性も…」) 兎に角彼の正体と目的を知りたい。しかし、彼自身からそれを吐かす事は出来るだろうか? 「僅籠は多対一の状況、戦い方に慣れているようだ。ばらばらに行った所で返り討ちにあうのが関の山。覚悟はいいか?」 同参加者・竜哉(ia8037)の出発前の言葉――自らの立ち位置を示すと共に、彼はもし仲間に何かあっても自分は仕事を優先し、利用するとまで言い切った。そこまでしなければ奴には勝てないと、彼は判断したのだ。だから自分も捕縛ではなく、『討伐』を目的として動く事を決意する。 (「なんだか、皆ぴりぴりしているわよね……いけるかしら」) そんな中で一人、最後方にいる藤本あかね(ic0070)の心中は複雑だった。 出発当時の雰囲気も何処となく重い空気を感じた。勿論依頼を受けた時点でその危険性と難しさは理解していた。しかし、ここまで張り詰めたものに出会ったのは今回が初めてかもしれない。そこでスチール同様アイテムを売却し、自分より相棒をと管狐の伊澄の技を強化してきた。けれど、 (「防御薄いし…前をクダに任せるにしてもちょっと不安」) 陰陽師ら術師は元々防御は低い。その為、大概は後衛を担う。今回もその点は変わらなかったが、戦況次第でどうなるか。そのバランスが保たれたまま進むのは稀な話だ。強敵とあらば尚の事…腹を括っていても溜息が零れてしまうのは仕方がない。 「おい、来るぞ…」 彼女の肩で伊澄が言う。その真剣な声に彼女も気を引き締める。 ●初手 開始に何かの切欠があったかと言えば、答えはノーだ。 何の前触れもなく、ただ突然影は動き出した。始めに届いたのは耳に付く羽音――何処に隠れていたのかは知らないが、先頭を行く二人の元に左右の天井の隙間から突如蝙蝠の大群が飛来したのだ。それと同時に地を蹴る足音に二人は背中合わせに戦闘態勢をとる。 「前回の方々は逝きましたか?」 羽ばたきに混じって聞こえた声――僅籠のものだ。 それを察知して竜哉は瓦礫に身を隠しながら静かに声の方へと前進する。 だが、その前に立ちはだかるのは形を成した蝙蝠の集合体。 (「くそっ、奴の元に行かせない気か!」) ばさばさ集まったそれに竜哉の銃が唸る。だがしかし、個を成したかに思われたそれは、またも複数に変化し弾丸に堕ちたのはたったの数匹。後方部隊の元にも多くの蝙蝠群がり援護を阻む。 「ちょっ、伊澄。雷撃をお願い!」 あかねは早速相棒を頼る。勿論彼女自身も陰陽刀を振り翳すが、素早い蝙蝠達に追いつかない。 「全く、世話かけさせんなよなぁ!」 ぎりっと奥歯を噛み、伊澄の目が光った。その直後雷撃が走って、霧散する前に捉えた一体はぷすぷすと焦げ姿を失くす。 「さっすがやるじゃ」 「いってんな! 次が来るぞ!」 喜ぶ彼女に喝を入れる伊澄。彼は本能で相手が危険だという事を悟っているようだ。 (「だったら私も…」) 出し惜しみ無用――練力消費は大きいがやるしかない。 「来たれ、白狐!!」 掲げた刀が光りに包まれ、皆が目を細める。その後に現れたのは九尾の狐だ。 「また厄介なものを出しましたねぇ」 (「どこだ、何処にいる?」) 僅籠の声――位置さえ特定できれば、この際袋叩きにしても仕留める。そう思う竜哉であるが、未だ特定できない。 「うわぁぁ!!」 そこで声がした。これは多分神音だ。そちらに僅籠が向かっていたのだろう。 「おのれぇ!!」 とこれはスチール。前衛組が襲われていると見える。現れた狐はその巨体とスピードを生かして、蝙蝠達に喰らい付く。 「雑魚は任せて、あれを追って!」 あかねの言葉。しかし、 ズキューーンズキューーン それは一瞬の出来事だった。体が大きければ標的とするのは容易い。僅籠の弾丸が召喚した狐を射止めて……たった二発でその狐はその場から姿を消す事となる。 「え…」 「残念でしたねぇ、お嬢さん」 びくりと肩が揺れる。その背後には紛れもなく僅籠の姿があって、繰り出されたのは重い衝撃。握ったままの銃ごと脇腹を打ちつけ飛ばされる。が、そのままでは終わらない。 「あの時の方々もご一緒ですか。あそこで死んでいれば宜しかったのに」 後方の顔触れを確認して、彼はくすりと笑うと再び銃を構える。 「そんな事、させないんだよーー!!」 それに気付いて神音が駆けた。泰拳士お得意の瞬脚だ。 「私だって、やられてばかり、じゃない!!」 標的にされた篝であるが、冷静に判断し術を展開。僅籠に暗影符を投げつける。 その横ではユウキが彼女を守る様壁を出現させ、フォローに入る。そこへ隠れていた竜哉が接近。挟み込む形で神音と竜哉が黒い霧に視界を奪われた僅籠を捉える。 ドッ ガッ 神音の拳は僅籠の肝臓を深く抉り、竜哉の暗器靴が彼の手首を切り裂く。 「ガッ、ハッ…」 ここで初めて僅籠から声が漏れた。追い討ちをかける様に竜哉はウィマラサースを発動し心臓を狙う。が、 ガウンッ 発射された弾丸はその場で弾けた。僅籠は痛みをこらえて、彼の弾丸に自分の弾丸をぶつけ見せたのだ。その爆発に思わず二人は後退する。その瞬間にも竜哉の相棒・鶴祇は彼が背負っていた盾から姿を現して、呪声を僅籠にお見舞いする。僅籠は思わず耳を塞いだ。彼だけにしか聞こえない悲鳴が今、彼の脳内に木霊している。しかし、それでも僅籠は倒れない。 「このまま畳み込むぞ!」 その声に頷いて、篝はもう一度暗影符を投げつけ、ユウキは氷の槍で彼をその場に繋ぎ止めにかかる。 「…畳み込む? ほざくな」 だが、僅籠とて黙ってはいない。接近する彼らに大技を発動。一瞬にして吹き抜ける風の刃。神殿の瓦礫もろとも吹き飛ばし、彼らは押し戻される。 「私がいる事も忘れるなぁぁ!!」 そこにスチールが盾を構えて飛び掛ったが、ひらりとかわされて…しかし、これでいい。かわした先には勾玉の形をした冷たい炎。神音の相棒によるものだ。それは接触と同時に、彼を拘束する。 「ちっ、まだいましたか」 僅籠が苛立ちを露にする。 (「そろそろ俺の出番かねぇ…」) 僅籠の立ち回りが鈍って来たのを察知して、青年は一人ごちる。 自分の部下には適当に立ち回れと指示を出しているが、アレは気付いているだろうか。まぁ、今の状態に持ち込めたのだから問題ない。 (「やっときたぜ。あと少しだ」) ●持久戦 「調子に乗らないで頂きたい」 内臓をやられているであろうに僅籠は応戦を止めない。プライドもあるのだろう。逃げる事はせず、ここで朽ちるならそれもいいと思っているのか、彼の戦いっぷりは狂気と混沌に満ちている。 「ほらほらどうしたのですか? さっきの意気は?」 弁慶の様にその場を微動だにせず、鞭だけを使って彼らを捌く。 その速さは尋常ではなく、まるで鞭自体が意思を持っているかの様だ。蝙蝠達をも巻き込んで、彼らの接近を許さない。 「ッ! だったらこれで!」 そこでユウキが再び魔術を行使する。近付かせて貰えないのなら強引に行くしかない。ユウキが手に馴染んだアゾットを掲げて、次々と鉄の壁を構築する。その傍から壊されていくが多少の時間は稼げる。 『あ゛ーーーーーー!!』 それを鶴祇が呪声でサポート。僅籠の集中力を掻き乱しにかかる。加えてあかねも何とか立ち上がり、伊澄との同化を経て神経蟲を飛ばし、僅籠の感覚を奪おうと試みている。 (「こうなればアレを使うしかないが…一体何なんだ、この違和感は」) 飛び回る蝙蝠の数を着実に減らしながら竜哉は思う。実は篝も同じ感覚を抱き始めていたが、それが何なのか判らず目の前の事に集中して…それが判るのはこの後、数十分後の出来事だった。 次々と破壊されていく壁を盾に前衛二人が援護を受けつつ走る。 竜哉の銃弾は的確であり、更に危なくなればユウキの氷の槍が妨害に入り、大きな被害には至らせない。そしてようやく僅籠に到達して、 「とったァァァァァ!!」 スチールが叫んだ。盾を前に翳して、シールドノックと呼ばれる格闘術で僅籠を真正面から捉える。 「甘い」 だが、またしてもそれはさらりと交されて…けれど、彼女は終わらない。スキル強化した剣で彼を狙う。だが、振り向いた先――彼女の思う所に彼はいない。 (「ッ! 一体何処っ!?」) 気付いた気配は彼女の後ろ――あっさりとバックをとられて、来たる痛みに備える。だが、 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 更にその背後に仲間の影――勿論神音だ。身体全体から凄まじい気を立ち昇らせて、表情はいつもの彼女の面影はない。阿修羅の如く目を見開き、僅籠を捉えにかかる。 「行けっ!」 「えっ!?」 ドドドドドドドドッ 彼女の最終奥義が炸裂した。どさりと僅籠が倒れ込む。それに続いて神音も全てを使い果たし脱力する。それは詩経黄天麟という技だった。気力をも使い切るそれで終わらせるつもりだったのだろう。しかし、状況は少し異なる。 (「さっきの声の主、あの時の……」) 奥義が発動するほんの一瞬に聞こえた声、それに篝は聞き覚えがあった。 そう、あの城で囁かれていた怪しい第三者の声だ。しかし、目の前にあるのは僅籠と神音と…もう一人。二人の間に挟まれた謎の男――スチールと竜哉が慌てて神音を保護にかかる。 「よくやった、上出来だ」 手を打つ音に振り返って、目に入ったのは一人の青年。眼鏡を掛け、身体を包み込む様なマントを羽織っている。 「あなたは誰ですか?」 アゾットを掲げたまま、ユウキが問う。 「本当の依頼人…だぜ。よく俺の為に働いてくれた。感謝する」 下品な笑みを浮かべながら、何処から現れたのか彼らのすぐ近くに歩みくる。 「ちょっと待て。それ以上来るなら撃つぞ」 それを不審に思って竜哉が警告した。が次の瞬間、竜哉は宙を舞う。 眼にも留まらぬ速さで青年は彼の腹にアッパーをお見舞いしたのだ。 「敵!?」 それに慌てて、皆が身構える。だが、青年は更に彼らを驚かせる行動に出るのだった。 ●激情 「クッ、がはッ…!?」 まだ息のあった僅籠から苦悶の声――間に入った男を無造作にほり投げると、僅籠を軽々と引き上げ、あろう事か痛んだ腹部に爪を立てる。 「っ、貴方と…いう人は…」 かすれた声で僅籠が言う。 「人ぉ? あんたと一緒にしないで貰いたいねぇ」 とこれは青年、なぜか楽しそうだ。 「どういう事だ?」 状況がよく呑み込めず、開拓者から声が漏れる。 「どういう事って見て判らないかなぁ。さっき言っただろ…俺はお前らの依頼人だ。こいつを弱らせる為に俺が仕組んだんだよ」 「何で、そんな事?」 依頼人は片腕のない男ではなかったのか? だが、ふとさっき投げ出された男に視線を向ければ、彼には腕がない。 「そうあれを使ったんだ。誰でもよかった…たまたま通りがかったから利用させて貰った」 くくっと笑いながらも僅籠を捕えたまま彼が言う。 「ッ、貴方の狙いは、これでしょう?」 悪足掻きは逆に体力を奪うと悟ったか、静かに僅籠が青年に銃を向ける。 「フフッ、確かにそれも欲しいとは思っていたけどねぇ…本当の狙いは」 「ッアッ!?」 言葉が終わらぬうちに青年は僅籠の首筋に歯を立てて…一同、困惑した。 (「まさか、この人が吸血鬼……とするとあの傷は」) 巻き戻される記憶、湖の事件の時、ユウキは青年の部屋を訪れ不審な引っ掻き傷を見つけていた。あれが蝙蝠による引っ掻き傷だとしたら? 今、目の前にいる僅籠からは真っ赤な鮮血が流れている。つまりそれは彼が人である事に他ならない。それによく思い出せば湖の戦闘時に僅籠は何と言っていたか。 「誘拐? 何の事でしょう?」 あれをはぐらかしの言葉と判断したが、本当だったとしたら? 彼も利用されたに過ぎないのではないか。 「考えている暇などない。あれを止めるぞ!」 竜哉の声に皆我に帰る。今、青年が行っている行為はすなわち、化け物を作り出す可能性がある。戦闘不能な神音を彼女の相棒・くれおぱとらに任せて一斉に青年に飛び掛る。 「もういいぜ、下僕共。容赦はいらない…好きなだけ遊べ」 『グォォォォォォ!!』 その一声に更なる新手が集結する。神殿の外、森の向こうからも更なるはばたき。外には龍と馬が待機しているがどうなるか。事態は一気に急変した。 「くっ、格段に動きがよくなったな」 接近する相手を蹴り上げながら、竜哉が言う。 「これじゃあ、あの敵に届かない!」 とこれはユウキだ。魔術師ながらも奮戦するが回復も間に合わず、周囲の雑魚を捌くので手一杯だ。 「くっ、なんとかしてあそこに行かねば…」 吸血行為を続ける青年にスチールが足掻くが、前には出れない。 (「せめて、アレだけでも…」) そんな中、篝はあるものに注目していた。そう、それは僅籠が握っている銃だ。 さっきの会話から銃があの時の供物である可能性が高い。こうなれば僅籠は駄目でも供物だけは奪還せねば――鬼に金棒を与えたままでは後々面倒である。 (「どうしよう、私だけじゃ…近付けない」) 吸血鬼の吸血により死んだ者は完全な支配化に置かれる。 つまりは今、あれは僅籠自身を下僕に仕立てようとしているのだ。 「もう少し、もう少しで俺のものだ…フフ、クハハハハ」 青年が笑う。僅籠は既に意識を失くしている様だった。だが、それでも銃を離さないのは執念なのだろう。こうなれば自分も一か八か。前衛に混じって、彼女はひたすら青年の元を目指す。進む度に傷を負うが気にしない。それに気付いて、残りの仲間が援護に回る。 「私が前を行こう。但し、策はあるのだろうな」 スチールが彼女に寄り添い問う。 「多分、いける」 「だったら話は早い。怖がらず進め!」 とこれは竜哉だ。砂迅騎時代に習得した早撃ちと鞭術で彼女の背後をカバーする。 「ッ! これじゃあ治癒さえ間に合わない!?」 そう言いつつも、あかねは伊澄と連携して仲間のサポートに。だが、激しさを増した蝙蝠達の猛攻に回復さえ追いつかず、従って彼女は序盤の傷を抱えたまま、不得意な接近戦を強いられ、今も立っているのが不思議な位だ。 「もう遅い…これは俺のもんだ。これからは俺の時代だ」 突っ込んでくる二人に青年は僅かに微笑んで、僅籠のナイフを投げつける。だが、 「悪いが、効かんよ」 それを竜哉が阻んだ。背負っていた盾に攻撃無効化のスキルをかけたらしい。それに続いて、篝が新たな符を飛ばす。狙いは勿論青年だ。 「ッ!」 がそこで青年は僅籠を盾にした。既に吸血は済んでいるし、形振り構っていられないと思ったのだろう。彼女の砕魂符が炸裂する。 「はは、あぶなかっ…」 ドスッ そう言いかけた青年に思わぬ衝撃――彼女が放った符は僅籠が受けた筈だ。しかし、その衝撃は更に後ろ、彼にとっては死角となっていた場所から放たれたもので…氷の刃が彼の胸を捉えている。 「今です、アレを!」 「判った!!」 篝の指示でスチールは抱えられている僅籠の腕を切り落とす。 「俺の…俺様の身体に傷なんて付けやがって…お前らただじゃおかねぇ!」 そこで青年が切れた。一旦僅籠を手放すと、素早い身のこなしで次々と開拓者を襲う。吸血鬼らしからぬ行動であるが、それだけ彼の怒りに火をつけたという事だろう。 「調子に乗ってんじゃねえぞ、女ぁ!!」 「っあッ!?」 胸倉を掴まれて、次に走ったのは肩への激痛――吸血とはいえ、本の中でみる様な生易しいものではない。相手に苦痛を与える事を目的とした噛み付き方で、篝の生命力を奪い去る。 「やめろぉぉ!!」 続いて来たスチールも、ここで返り討ち。鎧が邪魔で出来ないと見るや、彼女を天井まで引き上げたのち蹴り落とす。しかしその激情が仇となった。竜哉は僅籠の銃を腕ごと回収している。 「返しな」 がそれを彼も見逃さない。傍にいたユウキを軽々と投げつけ、竜哉は転倒。ごろりと床に腕が転がる。 (「いかん!」) そう思ったが、開拓者らは皆満身創痍だった。傷は深くこのまま続けては命を落としかねない。ただ、このままでは引き下がれない。せめて、あの銃だけでも持ち帰らなくては。 「鶴祇、やれるか」 「何を聞く。当り前じゃろう」 相棒の返事に竜哉が飛び出す。鶴祇と並んで、しかし先に出たのは鶴祇の方。青年の攻撃を交すと腕を駆け、耳元で呪声を発動する。それに怯んだその瞬間にウィップで腕を引き寄せる。そして、 「皆、走れ!!」 竜哉が叫んだ。外にいる大型の相棒の力を借りれば…いや、ここは一旦退くしかない。神音を担ぎ、各々仲間を支えつつ外に出る。 「ブルーウォーク、彼女を頼む!」 「椿、火炎!」 「カルマ、風焔刃を!」 それと同時に各主人が指示を出して、 「ふん、負け犬風情…だが、いずれアレは返してもらうぜ」 神殿の奥から聞こえた声――その声に苦虫を噛みながら…彼らはその場を離脱した。 |