さんださんと二匹の龍
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/22 13:51



■オープニング本文

「うわぁ、いっぱいだおぅ」
 久方振りにやってきた少女・みっちゃんこと実が呟く。
 ここは開拓者ギルドであり、この手の子供が来るのは珍しい事であるが彼女にとってはそうではない。以前何度か開拓者に世話になっている事から、ここに来るのは他が思うほど珍しい事ではないのだ。
 しかし、今日は彼女の見慣れた光景と違ってギルドには人が溢れている。
「すまないが、薬はまだなのか!」
「もう何時間も待たされているのよ」
 腕に相棒の猫又を抱えた開拓者が窓口に問う。
 もう一方の彼は外で待たせている龍の薬を求めている様だ。
「すいません。こちらも順番に処方しているのですが、その今追いつかなくて…」
 そんな彼らにオロオロしながら対応するのはギルド窓口。
 しかし、彼は依頼担当ではないようだった。白衣を着て、手には草の入った箱を抱えている。
 そして、もう一度開拓者の相棒に視線を移せばその猫又はどうやら病気らしかった。
 目の上に視界を遮るような大きなタンコブが出来ており、どこか元気がない。
「あれ、さっきのお爺さんの龍にできていたのと同じだ!」
 それに気付いてみっちゃんが言う。
「え〜と、君達はどうしたのかな? 迷子ならあっちで」
 そんな彼らを見つけて、近くにいた開拓者が声をかける。
 しかし、彼らはれっきとした依頼人――。
「おれら迷子じゃないぞ。裏山に龍が落ちてきて、お爺さんが看病してるから」
「だから助けてほしいのぉ」
 はっきりと言い切った彼らの言葉にその開拓者は一瞬目を丸くしたが、その後は窓口の方へと案内してくれた。そして、そこで聞かされたのは彼らがさっき出会った老人と龍の事だ。
「あのね、裏山で雪遊びしてたら龍が落ちてきたのぉ」
 それは今日の昼前の事だという。
 不時着するように雪原に落ちてきたのは一匹の龍とそれに跨った白髭の老人――その後ろにももう一匹、龍がいて…そっちは大きな荷物を運んでいたとか。だが、主はその白髭の老人だったのか彼を追いかける様に降り立ったそうだ。
「でね、落ちた龍さんに大きなこぶがあったんだよ。ほら、あんな感じの」
 そう言ってギルドにきている相棒の中から目元に瘤のできているものを探して指差す。
「成程、それはもしかしたらタンコンブ病を突然発症したんだね」
「たんこんぶ病?」
「そう、あの瘤が出来る病気さ。でその龍と老人は今何処に?」
 首を傾げた子供達に窓口は易しく説明してから、問題の相手の位置を確認する。
「この近くの裏山だぞ! 一緒にこようってお爺さんに言ったんだけど、ほっておけないって言って頼まれたんだ」
 とこれは巽。いつもにまして使命感を感じ、胸を張って言う。
「名前はさんださんって言ってた。龍はカーイだって…」
 みっちゃんもそれに続ける。唯一一緒にいるのに、声を発しないのは太郎だ。
 何か気になるのか、じぃーとあるものを見つめている。
「そうか、わかった。救出に人を向かわせるよ。しかし、タンコンブ病となると問題は薬だな」
「くすり、ないの?」
 ぽろりと言ってしまった窓口にみっちゃんが不安げに見つめ返す。
「あ、え〜と…その薬草が足りなくなってしまっててねぇ」
「マジで!! あのお爺さん急いでるって言ってたんだ。大切な用事があるからって…だから、早くしないと!! 薬なかったらどうすんだよぉ!」
 その言葉に食って掛かるように言う巽。窓口もそれには困り顔だ。
「もしかして、薬草ってあれ?」
 そこで初めて太郎が言葉した。さっきの白衣の青年の木箱、そこから覗く草を指差す。
「あぁ、そうだけどどうして?」
「ぼく、あれしってる」
「え…」
「ぼく、あれ裏山で見た。沢山あるとこ知ってる」
「ええーーーーー!!!」
 その言葉に窓口が思わず叫ぶ。
「あの、そこってここじゃないよね?」
 そして慌てて地図を取り出し、場所を確認する。
「地図むずかしいけど、多分ちがうと思う」
 その太郎の答えに窓口が慌てて白衣の青年を呼ぶ。
 ちなみにこの手の薬草については栽培されているものもある。しかし、今回の薬草に至っては栽培が難しく場所を調査し毎回採取してきたものを使っていた為、供給が追いつかなくなったそうだ。今も調査隊は出しているが、生息環境がはっきりしない為運任せとなり、何度も失敗して帰ってきているのが現状である。
「本当にこの草なんだね?」
 木箱から一つ取り出して見せて、青年が言う。
「うん、まちがいない。巽もみたよね…秋に行った時」
 見せられた草を太郎が巽に渡して確認する。
「あ、あれか……確かにみたぞ!」
 そこでその薬草の存在の有無が更に信憑性を増してくる。
 窓口と白衣の青年は顔を見合わせて、彼らに詰め寄る。
「その場所を教えてくれるかな! 今、君達だけが頼りなんだ!!」
 二人の大人に言われて、今度は太郎と巽が顔を見合わせた。
 大人に頼られる…こんな機会はまたとない。しかし、地図で示そうにも感覚で覚えている彼らにとっては口頭で説明するのはとても難しい。一筋の希望がここにあるのに、掴めないもどかしさに青年が項垂れる。
「ねえ、だったらみっちゃん達といこう。案内だったらできるよね?」
 話を聞いていたみっちゃんが二人に言う。
 薬草のあるという場所は老人の不時着したらしい裏山だ。一応、アヤカシの報告は受けていない場所であり、雪山となっているのを除けば安全な場所と言えなくもない。
 さて、どうしようか…窓口が悩む。しかし、迷っている暇はなかった。残りの薬草は後僅か。このままでは確実に足らなくなってしまう。唯一の救いはこの地域だけで流行っているという事だが――それでも苦しむものがいるのには変わりない。
「わかった。親御さんに話して許可を貰ってから案内を頼むよ、いいね?」
『うん、わかったー!』
 その言葉に子供達が笑顔で答える。
 開拓者の役に立てる。それだけで彼女達は嬉しいようだ。
「まだかのぅ、あの子達」
 裏山では彼らに救出を頼んださんださんが相棒の龍と共に彼らの帰りを待っている。

『この子と待っててねぇ。ちゃんと呼んでくるから』

 そう言って寂しくないよう手渡されたもふらのぬいぐるみを胸に…。
 もう一匹の龍もしきりに瞼を瞬いて、タンコンブを発症するのも時間の問題のようだった。


■参加者一覧
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰
昴 雪那(ic1220
14歳・女・武
九頭龍 篝(ic1343
15歳・女・陰


■リプレイ本文

●発病
 この付近にやってきたのが運の尽き…相棒達はたちどころにタンコンブ病を発病し気落ちする。
 それは今回の依頼を受けた者達も同様で…唯一、異常がないのは駆鎧『人狼』型所有のハッド(ib0295)のみだ。
「さすが我輩のてつくず弐号。病気なぞものともせんな」
 アーマーケースから展開して、我が機体を見つめながら彼が言う。
 まあ、実際の所を言えば機体であるのだから病気にかかる筈がない。だが、こちらはそうもいかない。瘴気から出来ている人妖であってもどういう作用か、この病気は発病してしまう様で、
「うえ〜ん。これじゃあイケメンさんが通っても前に出られないよー」
 蓮神音(ib2662)の肩で顔を隠す様にしながら彼女の相棒・カナンがぐずる。
「あぁ、ほらほら泣かないの。今、薬草を採ってくる依頼を受けたからねー」
 そんな彼女を宥めて、今日はどうも神音の方がお姉さんらしい。いつもならどっちが上だと喧嘩になる二人であるが、言い返す力さえ今のカナンには残っていない。
「ほら、布団被ってじっとしてる」
 一方ではクダの筒を覗いて、藤本あかね(ic0070)が管狐の伊澄に助言している。
「なんでい! 言われなくても判って…って馬鹿! 管の上に布団かけてどうする!!」
 だが、伊澄は案外元気そうだ。あかねの天然ボケにツッコミがさえる。但し、いつもであればここで必殺の爪が彼女を捉えているかもしれないが、瘤のせいかそこまで激しくはない。
「くそっ。早く採って来い! べらんめー!」
 彼はそう言いうなり、早々に管の中に戻っしまう。
「それ本当に狐か?」
 それをじっと見ていた巽が問う。
「あははっ、伊澄はおこじょなの。よろしくね…ところで君達が道案内の?」
「そうだぜっ。俺、巽。あっちにいるのがみっちゃんで…あれ、太郎は?」
 あかねの言葉に巽が二人を紹介しかけて、ふと太郎がいない事に気付く。
「あいつ、何処行った?」
 みっちゃんが昴雪那(ic1220)の忍犬・白月に励ましの言葉をかけているのを見つめながら、彼は首を傾げた。


 その頃太郎はギルドの裏手にいた。
「義助、すまない……俺が無人島に行っている間に」
 いつもに増して大人しくなってしまった駿龍・義助の傍で宮坂玄人(ib9942)が言葉する。そんな彼女にグオォと一言。それを太郎が通訳する。
「この子、気にするなって言ってる」
 勿論龍語がわかる訳ではない。けれど彼女は、
「そうか。有難うな」
 そう返して、更に相棒の頭を撫でる。
 周りにも他の開拓者の龍が所狭しと駐屯していた。そしてまたもう一人、降り立つ影――。慌てて周りが場所を開ける。ばさばさと翼を力強く羽ばたかせて…辛うじて墜落は免れたが、龍の方は必死である。
「どうしたの? 何かあ……なに、これ?」
 騎乗していた九頭龍篝(ic1343)が飛び降り前に回って…相棒の状態に目を見開く。
「これ、タンコンブ病…相棒がなる、病気」
「タンコンブ病…しらない、病気」
「この子、何て言う?」
 立ち尽くす彼女に太郎が問う。
「えと…名前はまだない、んだよね……つけてあげないといけないかな…?」
「まあ、あった方がいいだろうなぁ」
 労わるにしても名前がなくては…玄人の言葉に彼女が思案する。
 そんな折、視界に入ったのは一輪の花――。
「ん、椿、にしよう」
 顔を伏せている炎龍に彼女はそう名付ける。そして、
「この病気、治してあげたい。薬はあるの?」
 彼女の問いに太郎と玄人は依頼の話を持ちかけるのだった。


●さんださん
 そうして集まった開拓者はまずさんださんの元へ。
 二匹の龍は兎も角、雪山は老人には堪える筈だ。幸いまだ時間は昼過ぎであるが、それでもこの後三時を過ぎれば徐々に冷え込んでくる事は間違いない。彼らは防寒グッズを手に彼の元へ急ぐ。
「ねぇねぇ、そのおじいさんの名前さんださんって言ったんだよねー?」
 道すがら神音が子供達に声をかける。
「うん、そうだよぉ」
「しかも相棒龍の名前がカーイでしょ…ジルベリアのサンタと関係があるのかな?」
「僕知ってるサンタは紅い服…けど、さんださんはごわごわした着物。違うと思う」
 太郎が言う。
「サンタって去年開拓者さんたちがやってたやつでしょ? あんなじゃなかったよ〜」
 みっちゃんは去年の事を思い出し発言する。実は彼ら、去年長屋で行われたクリスマス宴会とやらに出ているのだ。そして、そこで開拓者扮するサンタクロースを間直で見ており、そのイメージが頭にこびりついているらしい。
「う〜ん、あれはまぁ…サンタもどきかもだけどね」
 そういえばそんな事もあったっけ…と神音がくすりと笑う。
「あ、あそこ。さんださーん、連れて来たぞー!!」
 そうこうするうちに彼らはさんだの元へと辿り着いた。
「あなたがさんださんですね。物資を持って参りました。こちらで暖を取っていて下さい」
 逸早く彼の元に駆けて、雪那が持参した物資を渡す。
「おやおや、そなたはからくりさんかね」
「はい。主を失くしまして…今は開拓者をしております」
 礼儀正しくぺこりと頭を下げて、彼女が言う。
「毛布ならここにあるから使ってくれ」
「私の分もどうぞ」
 ごそごそと取り出して…玄人と篝が提供する。さんだはそれを受け取るとまずは相棒の元へ。気のよさそうな老人だ。寒かったろうに笑顔を崩さず、行動も何処かてきぱきしている。
「あ、これ。待ってる間に食べてねー」
 神音はそんな彼に寿司折と花湯、天儀酒を差し入れする。
「おぉ、こりゃまた豪勢に…ありがたいのう。しかし、肝心の薬草は?」
「それはまだ…」
 そこで彼らは事情を説明した。
「そうかそうか…わしは後でもええと言いたいが、そうもいかなくてすまんのう」
 皆を見つめ、彼が言う。
「なんの! 俺たちにかかればすぐだから安心だぜ!」
「後、もう少し待っててほしいのぉ」
「場所、判ってる。だから簡単」
 その言葉に子供達がそれぞれ意思表明する。
「勿論、私達もいます、から…安心して」
「そうだぞ! 我輩がおれば鬼に金棒! 王として大変な民を助けるのは当然の事である!」
 それに続いて、篝とハッドも言葉する。
「うぅ、けどこのままだと冷え込んできそうだし、急ぎましょ」
 遭難はしないだろうが、雪が降り出したらたまったものではない。
 あかねの言葉に頷き、一行は太郎を先頭にいざ薬草の元へと向かうのだった。


●道程

 サクッ サクッ

 人がまだ踏みしめていない真っ白な大地に足跡をつけて歩くのは子供でなくても心が躍る。
 雪国育ち…あるいは山育ちであればそんなものは見慣れたものなのかもしれないが、そうでない者にとっては楽しく思ってしまうものである。
(「転ばないとよいのですが…」)
 はしゃぐ子供達に目を向けて、篝が心中で呟く。
 ちなみに彼女は後者であるから、この手の道は歩き慣れている。
(「私もあんな時代がありましたよね…お爺さま」)
 もう天命を全うし傍にはいない祖父の事を思い出しながらも…彼女は子供達からは決して目を放さない。
「ふふふっ、はしゃいじゃって可愛いんだから」
 その様子を微笑ましく思っているのはあかねだ。子守のつもりで引き受けたが、手がかからないのはありがたい。けれど、そこで思わぬ奇襲を受ける事となる。
「そーれ、皆遅いぞ!」

 ぼすっ

 突如感じたのは冷たい衝撃――視線を前に移せば巽が雪玉を拵えて、彼女に投げつけたのだ。
「おいおい、遊びに来てるんじゃないんだ…」

 ぼすっ

 注意しかけた玄人にも…巽は全くもって容赦ない。
「面白そうではあるけど、先に薬草を」

 ぼすっ

 神音の言葉が終わらぬうちに、どうにも一度火がついたらとことんやらねば気がすまない。
「このすぐ近くだから大丈夫だって! やーい、ここまでおいでー!!」
 その言葉に突如雪合戦が始まった。こんな事をしている場合ではないのだが、知っているのは子供達だけで。付き合うかどうか迷う所ではある。
「もう、いいわ。じゃあ、ここで私達が勝ったらすぐに薬草のところに案内してよね!」
『わーい!!』
 朝、遊んでいた筈なのに…子供達はまだまだ元気だ。
「よーし、おっきいの作っちゃうからねー!!」
 そんな横で神音が本気を見せる。近くにあった木に気を込めてハァと打ち出せば、積もっていた雪がどさりと落ちる。
「防御壁確保。反撃開始ー!!」
『おーーー!!』
 その声が引き金に両者雪を投げる。
「えっと…これはどうしたら?」
 そんな状況に雪那は困惑した。意志を持ち合わせてはいるが、目的は薬草なのにこんなことしていては…真面目な彼女はこの状況をすぐには受入れられない。
「何、いざとなったら我輩のてつくずがおる。今は楽しむのがよかろう」
 そうハッドは言うけれど、今その騒ぎに混ざるのは難しくて……彼女は手帳と羽ペンを取り出し、何か書き始める。
「ふむ、それは?」
「今後の為にと」
 さらさらと書き付けられるそれに彼は、
「良い心掛けだのう。我輩も時間があれば発病した者達に状況等聞いておきたかったが」
 急ぎだったのだから仕方がない。それに多分その辺はギルド窓口が調査しているだろう。
「ハッドも手伝ってよー!」
「俺ら負けちまう〜」
 そんな会話の最中に山の方に逃げ出す子供達から声がかかって、
「何、では我輩の凄い力を見せてやろう」
 にししと笑い、彼は秘密兵器を開く。それは勿論、
「いいか、展開まで時間を稼げ! そうすれば、我輩らの勝利は目前」
『わかったー!!』
 元気よく答える子供達に彼はてつくず弐号の起動を急ぐ。
「あ、ちょっずるくないー!」
「それは、無理…」
「本気なんだよー」
「いや、あれはやりすぎだろ!?」
「てつくず弐号起動完了であーる。いざ、超ド級雪球地獄!!」

 ゴゴゴゴゴーー

 そういうと同時にハッドは周囲の雪を巨大シャベルの様に掻き集めて……。
 勿論結果は目に見えていた。


「おねーちゃんたち、真っ白だー!」
 超ド級雪玉を受けた四人の末路は…言わずと知れている。
「あはは〜、結構疲れたぜ」
 みっちゃんのその言葉にぎこちない笑顔を返す玄人…子供達を舐めていてはいけないと肝に銘じる。
「薬草、あそこだよー」
 そんなこんなで走り回りうちに、気付けば皆は問題の場所にやってきていた。
 太郎が指差す先、しかし今は雪に埋もれているのか緑の葉がはっきりとは確認できない。
 身を乗り出そうとする彼を慌てて篝が後ろから支える。
「駄目。乗り出しちゃ、危ないから…」
 山からの風が緩やかではあるが、彼らの元に吹き付け何時煽られるか判らない。
「こりゃ、下りて見ねぇと判らないかもなぁ」
 玄人の言葉――さてここはどうするか。
 木に持参した荒縄を括り付けたいが、少し距離があり見えている場所までは届かないだろう。
「人で支えるにしても限界があるしねぇ」
 神音もその場所を覗き込みつつ思案する。
「何、安心したまえ。さっきと同様に我輩のてつくずがあれば造作もない」
 ハッドが胸を張り、再びてつくずをケースから取り出そうとして……が、よく考えてほしい。アーマーの重量は――。
「待って下さい! もし、木の代わりにするにしてもここでは危険な気が致します。面倒でも引張って支えて、誰かが下りた方が無難でしょう」
「あ、じゃあ…私が先に人魂を使う、よ。それなら危険もないし」
 そこで篝が早速人魂を鳥に変えて、問題の場所へと急ぐ。
 崖の中腹、羽ばたきながら降下するとそこは只のでっぱりではなく、奥は空洞になっている洞穴だった。雪は出っ張っていた部分だけに積もり、奥まった所には溶けた水が流れ湿っている。
(「あそこの草を一つ、ちぎって戻ろう」)
 彼女はそう思い、嘴を器用に使って見えた草を引き千切る。
 そして、すいーっと仲間の下へと舞い戻る。
「あ、これ…」
 草は確かに例の薬草だった。野草図鑑を見たから間違いない。
「お手柄だね、太郎君! よく覚えてたもんだよー」
 神音が彼をわしゃわしゃ撫でる。
「じゃあ、摘みに行かないとだけど…一番軽いのは…」
「もしかして、私?」
 ハッドを除いて、残りは皆女性。その中で一番身長が低く体重も少ないのはあかねである。けれど、
「あー、ごめん。私、力ないんだよね…実はさっきのと久々の雪山歩きでへとへと〜」
 きっとここに伊澄がいたなら「情けない奴めッ」と突っ込まれていた事だろう。
「となると、神音か雪那おねーさんかな?」
 身長は少し雪那の方が高いが、体重はほぼ同じようだ。
「この際、二人で根こそぎにならない程度に採れる分だけ採りましょう」
 雪那のその提案に彼らは皆同意した。
 俺たちだったらもっと軽いのに〜という子供達の声も上がったが、流石にそれは危険過ぎる。洞穴の先に何がいるかも判らないと説得して…早速腰に縄を巻きつける。
「気をつけてね」
 みっちゃんの言葉にこくりと頷く二人だった。


●環境
「じゃあ、俺は周りに何かいないか確認しておこう」
 二人が取りに行く前に玄人は周囲を心眼で確認する。
 ギルドの話ではアヤカシの出現報告は出ていないが、それでもケモノの類いがいないとは限らない。現に子供達はこの山で野生の兎を見つけて遊んでいたと聞いている。
「兎ならいいが、冬眠前の熊とかだと危険だしな」
 もう冬眠しているとは思われるが、念には念を――それに越した事はない。
 幸い、彼女の目にはその手の類いは探知されなかった。時折、多分栗鼠なのだろう。木の中で小さな反応を見せていたが、あれはさして問題ではない。
「じゃあ、おろして下さい」
 まずは雪那から。残り面子で彼女を支えつつ、その場所までゆっくり下す。
 さくりと積もった雪に足跡が付いた。地面を感じて、彼女は上に合図を送る。そして、その場の雪を払うとその下にも逞しく育った薬草が顔を出す。
「こんな場所に不思議です…」
 とても草が生えるのに向いている場所とは思えない足場であるのに…養分は何処にあるのだろう。これ程までに育っているという事は何処かしらから養分を引き込んでいるに違いない。
「詳しく判ればよいのですが…」
 調査員の経験はないが、出来る限りの事を調べておかなくては。周囲の状態にも目を向ける。そこに僅かな手掛かりはあった。少し先に何かの巣跡の様な物があるのだ。それも一つや二つではない。
「どうしたの? 雪那おねーさん?」
 後から来た神音が籠を背負ったまま問う。
「これ…」
「何かの巣?」
 はっきりとは判らない生物のそれが、この草には関係しているのかもしれない。
「ねぇ、だいぶ冷え込んできたから急いだ方がいいよー!」
 上からあかねの声が聞こえる。振り返れば遥か先に見える太陽は、もう地平線近くへ差し掛かっている。
「ね、急ごう!」
 その言葉に彼女も調査を中断し、手早く摘み取りを開始する。

 そしてそれが終わる頃には、外では一番星が煌々と輝き始めていた。
「む〜、寒いの〜」
 山の気温はぐっと下がる。やはりあの時雪合戦などしなければ…などと後悔してももう遅い。
 防寒対策はしているものの、それでも風に煽られてくる雪はとても冷たい。
「もう、少しだから…頑張って」
 篝がぶるぶるしているみっちゃんを後ろから包み込むような態勢で庇いながら、歩き励ます。
「甘酒、お味噌汁、お鍋〜」
 とこちらは太郎。暖かい物を想像して気を紛らわせる作戦の様だが、どうも逆効果らしい。
 欲しいのに手に入らないこの虚しさ……家までの道のりは遠い。
「頑張れよぉ! もうちょっとなんだってうわっ!」
「巽さん!?」
 そこで振り返り様に喝を入れかけた巽だったが、足が縺れて…けれど、雪那の天狗駆のおかげで転倒は免れる。
「大丈夫ですか?」
「あぅ〜、これは子供でなくても堪えるよねぇ」
 あかねの呟き。
「我輩はてつくず内であるからして問題な…くしゅん」
 とこれはハッドだ。風避け兼雪避けの為、再びアーマーを起動し彼らの壁としてペースを合わせて歩く。本当は子供達が疲れたら、毛布を使ってゴンドラの様にし運ぶつもりだったのだが、この雪でゴンドラ作戦は中止となった。
「おいっ、あそこ!!」
 それから暫く歩いて――彼らの前に火の光が見えた。
 そして、目を凝らすとそこにはさんださんがかまくらの前で手を振っている。
「ただいまー!!」
 それを見つけて、子供達は一斉に走り出した。開拓者らも後に続く。
「それどうしたんだ?」
 結構な大きさのかまくらだった。一人で造るには大き過ぎる。けれど、さんださんは笑って、
「いやはや、何かしとらんと寒くてのう…暖を取りついでに身体を動かしていたら出来てしもうた」
(『マジで!?』)
 誰もが心中でそう呟いたに違いない。
「さあさあ、お疲れ様じゃった。スープを作ったから入っていきなされ」
 そのお言葉に甘えて、彼らはかまくらへ。中は思いの外暖かい。
 そこには何処から取り出したのか、大き目の七輪に鍋が据えられ、いい匂いを漂わせている。
「おじいさん、本当に何者?」
 神音が問う。
「ふぉふぉふぉ、ただの隠居じゃて」
 彼はそう言って、皆に野菜たっぷりのスープを振舞う。そのスープが絶品で冷えた身体を優しく包んでゆく。
「あ、そうだ。薬草…」
 一服を終えて…太郎がはっとし薬草を差し出す。
「おうおう、これか。助かったよ…有難うのう」
 そういうさんださんに照れる子供達。
 寒くはあったが、道のりは楽しかった。開拓者らからも笑顔が零れる。
「早く食べさせてあげて。あの子達、待ってる」
 みっちゃんがそう言い、彼を促す。それに頷いて、さんだは外へと出て行った。
 そして、外からは龍達の声が少し聞こえて……その後は、どういう訳かさんだは戻ってこない。
「ん?」
 気になって顔を出した一行は、その近くに置かれた箱とメッセージカードを見つける。

『心優しき者達へ
 世話になったお礼に心ばかりの甘い一時を……
 メリークリスマス☆

 追伸・可愛い相棒はお返しするぞ さんだ&トーナとカーイより』

 柊の絵のついたカードだ。
 そして箱の中にはみっちゃんが預けていたもふらのぬいぐるみと人数分のクッキーが用意されている。
 
 シャンシャンシャン

 その後に耳に入ったのは鈴の音だった。先程まで吹いていた筈の雪がいつの間にか止んでいる。
「あ、あれー!!」
 みっちゃんが何かを指差した。月をバックに通り過ぎる影。皆の脳裏にある答えが浮かぶ。
「なぁ、早く戻ろう! 皆待ってる!」
 トーナとカーイが元気になったから彼は去って行ったのだろう。
 ならば、自分達も行かなくては。まだ薬草を待っているものは沢山いる。
 七輪の火を消し、かまくらにぺこりと頭を下げて…彼らは軽い足取りでギルドを目指す。

 そして、翌日――仕事を終えた筈の開拓者の一人がギルド窓口を訪れる。
 ギルドは既に以前の雰囲気を取り戻し、待合室に混乱は見られない。あの薬草が発病していた相棒達に行き渡ってくれたらしい。ふらりとやってくる者もいる様だが、ピークは過ぎた様である。
「あの、これ…」
 そんな中、雪那は相棒の白月と共に窓口に一枚の紙を提出する。
「えっと、これは」
「今回採取した薬草の生息場所を記してあります。後、発育条件かと思われる事も…気付いた事ですので、あっているかどうかは判りませんが」
 彼女が手帳にまとめていた事。それはこれに他ならない。
 採ってくるだけでなく次に活かす。その為に彼女はこれを作成していたのだ。
「これはこれは有難う御座います! 春になってもう一度確認に…なんて思っていたのですが助かります」
 その地図を受け取り、窓口は何度も頭を下げる。
「いえ、お役に立てるなら幸いです。さ、いこ…白」
 彼女はそう言うと照れたのか、小走りにその場を後にする。
 裏山では今日も子供達は遊んでいるだろうか。あの人は無事仕事を終えたのだろうか?
 あのかまくらも子供達へのプレゼントだったかもしれないと思いつつ、彼女はまた歩き出すのだった。