|
■オープニング本文 ●供物 「さて、言い訳を聴かせて貰いましょうか? あそこは秘密の場所だと言っていませんでしたか?」 古びた母屋の一室で僅籠は武器の手入れをしながらラジェルトに問う。 「それは俺も知らんさ。けど、実質あんたがそれを手に入れた。それでいいだろう?」 その一方では扉にもたれた状態でいつかの青年が彼と話している。 「あんた、ですか……随分と気安くなりましたね」 「当然。俺は『あんた』を守ったんだぜ? 対等に話しても構わないでしょ?」 小さく笑って、青年はご満悦だ。 「確かに結果的には助かりました。しかし、私は別に頼んでいません。それに彼らが動き出しているとなると少々厄介です。あの男はきっと私は諦めてはいないでしょうから」 あの男とは誰の事か。言うまでもない。屈辱を味わったであろうあの王だ。 「気にする事はないだろうぜ? 今はあんたが一番だ」 「……」 ラジェルトのその言葉に、僅籠は答えない。 「まだ不満なのかねぇ…いいよ、なら試してみればいい。いい狩場がある」 彼はそう言って再び僅籠に耳打ちする。 「貴方という人は…馬鹿なのですか?」 「いいや、天才と言って欲しいね…それを試すにはこれ位じゃないと」 くすくす笑うラジェルトに冷ややかな目を向ける僅籠。 「貴方の狙いはそれですか?」 その問いに青年はチラリと視線を返して、 「だとしたら?」 「いいでしょう。但し、やった後恨まないで下さいよ」 「ご冗談を」 「やはり大人しくはしていなかったか」 北面王・芹内はギルドから上がってきた報告書に手早く目を通して深く溜息を付いた。 奴の顔は忘れもしない。表面上は実に穏やかを装ってはいるが、内に秘めたる衝動は本能に近く、奴自身もそれを抑えようとはせず自由にしているようだったからとても性質が悪い。 「で、この湖の供物というのは?」 王が問う。 「それなのですが、伝承が明確でなく…残されたメモにもそれが何かまでは判らず……けれど、ギルドの追加報告では湖の底には確かに祭壇がありまして、供物らしい物はなく」 「奴に持っていかれたと言う事か?」 「……残念ながらさようかと」 このところ少し落ち着いていた筈の芹内の眉間の皺であるが、またも一層彫を深めびくりと報告員は肩を竦める。 「では僅籠のその後の消息は?」 「そちらに関しましても今調査中で…」 「また後手か」 決して役立たずではない筈の調査員が見つけきれないとは――王の溜息の深さも更に増す。 「しかしながら、一つ新たな情報がありますぞ」 「それは何だ?」 いい情報であればいいが…と願いつつ問う。 「青年の遺体に変な傷がありましてな。もしかしたらあの男は人ではないのかも知れませぬ」 その言葉に王は眉を顰めるのだった。 ●来訪 嘆願書が受理されるとは思っていなかった。 しかし、希望が通ったのだからと青年ギルド員は張り切る。だが、場所が場所だけに溶け込めているかといえば難しいものがある。そう、ここは裏ギルドの受付だった。公には出来ない少し危ない依頼を引き受けるのがここである。従って人目のつく所にはなく、看板さえ出ていない。けれども知る人は知っている様で、人は入ってくるから不思議だ。 (「怖気付くなよ…僅籠の最後は俺が見届けるんだからな」) そんな中で彼は事務処理をこなしながら心中で呟く。 まぁ、実際の所を言えば彼自身は戦わないのだが――責任は最後まで持ちたいらしい。 「あんた、見かけない顔だね…新人か?」 そこへフードの男が彼に声をかけた。 顔は仮面で覆われている様ではっきりしない。ここにくるような者だから顔を見られたくはないという事だろうか。怪しいなと思いつつも、青年は平静を装い返事を返す。 「え、えぇ、まあ…で、どういったご用件で?」 「死んだ筈の男を見た」 「は?」 「知っているか…銀髪のある組織の幹部だった男…」 「僅っ!…ろう」 いきなりのヒットに思わず大声を出しかけて、慌てて口を塞ぐ。 「そう、その男だ……俺は見たんだ。ある青年を殺していた。先日のあの湖の事件、あいつの仕業なんだろう?」 何処で見ていたのか、男は前回の事件を知っている様だ。 「あの、それで僅籠は…」 「今、近くの古城に出入りしているみたいだぜ。どういう訳か、その城の持ち主は彼の言いなり…しかも、全員だ…おかしいとは思わないか?」 そう言って差し出されたメモにはその古城への道順が詳細に記されている。 「あの、貴方は一体…」 「何、俺はあいつが怖いんだ……昔、ちょっとした繋がりがあってね。さっさと如何にかして欲しい…ただそれだけさ」 「そんな…それを信用しろと?」 昔何かあったとしてもこんなに簡単に情報を掴んで、売ってしまえるものだろうか。 青年の中の不信感がじわじわと増していく。 「信じる信じないは勝手だよ…だけどね、俺はあいつのせいで」 そう言って羽織っていたマントを少しだけずらして見せる男。 そこにはある筈のものがなかった。身体の左半分肩から下…つまり左腕が…それで青年は察する。 「わかりました。書類作成に時間が掛りますのでお待ち下さい」 青年はそう言って窓口を後にする。けれど、彼が戻ってきた時にはもうその男性はいなかった。 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
零式−黒耀 (ic1206)
26歳・女・シ
九頭龍 篝(ic1343)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●訪問者 青年の母の慟哭が耳に残り悔しさが募る。 それぞれの思いを抱いて…裏ギルドに出された新たな依頼に以前の参加者は漏れる事無く集まった。けれど、その内容はとても曖昧で…彼らは各々策を練る。垂れ込みのあった古城は陸の孤島の様な場所だ。絶壁に囲まれ道は一本。しかも正面玄関からしか入れないという。となれば供物の奪還に対して、まず問題になってくるのは進入方法だ。 「俺は百狩の生き残りという態でいこうと思う。その為に少し寄り道をさせて貰う」 百狩とは縁が深い蓮蒼馬(ib5707)はそう言って早々に仕度を始める。 「寄り道というのは?」 「ああ、それは百狩の元幹部のもと…今は芹内王の管轄になっていると思うが、そこに菩提という男がいてな。できれば彼に話を聞いて協力を願おうと思う」 「左様か。拙者は直接行かせて貰うぞ」 王管轄となるとそう簡単にはいくまいが、口出しも無用だろうと北条氏祗(ia0573)はそこで口を噤む。 「相手は強敵…一人では少し心もとないな」 前回自分の無力さを痛感した九頭龍篝(ic1343)はこのままでは終われないと自分を奮い立たせ、再び彼と対峙する事を決めた。けれどやはり不安は拭えない。 「では私をお供にお付け下さい。私はからくり…あなたの相棒であるとすれば問題ないでしょう」 そこで協力体制を持ちかけたのは零式ー黒耀(ic1206)だった。 彼女は意思を持ったからくりであるが、見た目では判断出来ない為、相棒だと言い張る事はそれ程難しくない。 「じゃあ、僕は武器を隠して旅人で」 「俺は地方の伝承等の調査員でいこうか」 ユウキ=アルセイフ(ib6332)に続き、竜哉(ia8037)が自分の立場を皆に伝える。 「これで決まりですね。しかし、供物が何なのかわからないのが痛いです」 僅籠相手に奪還する物が判らない状況。彼が本当にあの城に居るのかも疑わしいが、どちらにせよこちらに不利である事に変わりはない。 「いやしかし、全く情報がゼロではないから予測をつける事は可能だ。そして青年が遺した情報から考えると供物は…」 『捧げられた』というからには貴金属を多用していて尚且つ『災い』を呼ぶという伝承から『武器』が妥当か……独自の推理を展開した竜哉が皆に伝える。 「武器、ですか…」 「ああ、長らく水中にあって朽ちていない無機質なもの。加えて水中にあった理由を人の目に触れさせない為とすると説明がつくからな。恐らくは間違いないだろう」 形状までは判らないが、判断基準はその辺に絞られる。 「判りました。そこに重点を置いて探してみましょう」 ユウキの言葉に残りの者達も頷く。 「その前に一つ。前回の事がある。所有者の家族にも注意をする様肝に銘じておいてくれ」 情報ではいいなりになっているとの事だが、万が一の事を考えて氏祗が忠告する。 そして彼らは時間をずらして潜入を試みる。けれど彼らは大事な事を忘れていた。もし相手が僅籠ならば、前回対峙した者は面がわれているという事に――。 「やっと来たか」 窓辺に立つ青年が静かに笑う。正面に二人、茂みに一人…恐らく開拓者だ。 そしてあいつは今、地下に潜っている。 (「丁度いい。いや、完璧だ」) 彼が心中で呟くと同時に控えていた者に指示を出す。訪問者はそれを知る由もなかった。 「すいません…途中で主が体調を崩されてしまいまして」 篝を担いで黒耀が扉を叩いた。すると間をおかずに扉は開かれ、二人は中へと通される。外から見た時より高い天井に豪華な絨毯、重厚な造りの柱や扉。しかし、手入れは余り行き届いているとは言いがたい。ロビーのシャンデリアにしても蜘蛛の巣はないものの僅かにくすんで見える。 「それはそれは…すぐお部屋をご用意いたしましょう」 メイドはそう言って二人を二階の部屋へと案内する。 黒耀は超越聴覚で、篝は陰陽師としての感覚で不審な瘴気が感じられないかを探る。城内での足音はそう多くなかった。使用人が二十名程と資料にあったが、それ程居る様には思えない。 「あの、こちらのご主人様はどちらに?」 篝は部屋に通されベッドに横になり、演技を続けながら問う。 「ご主人様は部屋に篭られておりますので。来客の旨は私が伝えておきますわ」 だが、メイドはそう言ってぺこりとお辞儀をし出て行こうとする。 「あ、待って下さい。ただ泊めて頂くのは忍びないので、うちの黒耀にも何か手伝わせて下さい」 そこで篝は黒耀が動き易い様提案。するとそれはあっさりと受理されて…普通ならばお客様ですからと断るだろうに、どうにも腑に落ちない。それにさっきからメイドは一度も瞬きをしないし、瞳孔の奥に何か得体の知れないものを感じ身震いする。 (「やはり彼女らも…」) 既にアヤカシに成り果てているのかと疑念が浮かぶ。それを視線で黒耀に伝えて、黒耀も小さく頷くとメイドに案内されるまま彼女の担当・調理場へと向かう。 「本当に広いお屋敷で。何人くらい働かれているのですか?」 その途中でそう尋ねたが、答えはとても呆気なくて、 「今は多くありませんよ。十名位かしら?」 (「十人? 本当に…」) そんな気配は全くないのだが…先を歩くメイドの表情は読み取れない。 その後も続々と開拓者は城を訪れた。 夕方訪れたユウキも先の二人同様、あっさりと通され拍子抜け。氏祗は闇に紛れ先に入った者の協力を経て窓から中へ。翌日の朝来た竜哉に関しては何処か歓迎ムードであったから驚きだ。 「成程、そういう事なら是非ともゆっくりしていってくれたまえ」 四十過ぎの主人だと名乗る男が彼にハグをする。 「それはどうも。では早速ここの成り立ちを」 そう尋ねて、昼が来るまで延々と話を聞かされた彼である。それに彼が警戒する程、目立った罠もない様だった。普通の城に普通の部屋…気になるのは少しの汚れと窓のカーテン。昼間でも閉じられた場所が目に付く。 「これでは空気の入れ替えが十分に出来ないのでは?」 それとなく自然を装い彼が問う。 「いやぁ、うちの娘は肌が弱くてな。閉めとかんといかんのだよ」 そういう主の肌も確かに白かった。使用人達もそうだ。 そんな話をする中、最後の訪問者として蒼馬が門を叩いた。どんな対応が待っているのかと、扉が開くまで緊張する彼であったが用件を告げて返ってきたのは、 「畏まりました。奥の間でお待ち下さいませ」 とただそれだけ。メイドは眉一つ動かさず彼を客間に案内する。 (「どういう事だ?」) 彼がいぶかしむ中、背後の扉に錠がかかる。人数は揃った。ここからが本当の始まり…。 ●探せども 天井裏を走っていた鼠が歩みを止める。ベッドに横たわったままの篝であったが、別に彼女は寝てばかりいた訳ではない。人魂を使い城の探索をし、不審な点や供物と思しき物がないか探っていたのだ。そして今、気になる発言に耳を澄ます。 「フフッ…俺の目に狂いはなかったね。後は奴らがうまくやってくれればいいが」 何処か嬉しそうな声の主に疑問が浮かぶ。がそこで立ち上がる靴音がして、篝の鼠も慌てて彼を追う。 だが、そこで新たな音がした。それも大きな音だ。人魂を解除し廊下に出る。するとそこには彼女を呼びに来た黒耀の姿もある。 「篝さん、一階奥の方で激しい戦闘の兆し。参りましょう!」 (「お爺さま……篝は、頑張ってみる事にするよ」) 彼女は心中でそう呟き駆け出す。 その頃、ユウキは書斎を調べていた。壁一面に並んだ本の中からここに関するものや供物に繋がるものはないかとフィフロスで探すが、これといった収穫はない。但し、一つだけ気になる日記があった。書かれた日付は三十年も前――そこには色白の訪問者が彼の妻を誑かし、その後何かが狂い始めたと記されている。 『彼は夜やってきた。宿を借りたいと言って…あれがいけなかった。 まさかここにあんな化け物がくるなんて…あぁ、私は馬鹿だ。すまない…』 化け物という事はアヤカシだろう。ならば今ここにいるのは? あの時の青年同様操られている人間? はたまた僅籠の手下? しかし、これが書かれた頃から僅籠がここを使っていたというのは些か考えにくい。 (「でも、もしあの人が人間でないとしたら?」) 見かけは二十歳過ぎではあるが、アヤカシならば話は別だ。歳をとらず三十年生きていても不思議はない。 「何だ、何事だ!」 音と共に遠くで竜哉の声が聞こえる。異常事態を察して大袈裟に声を出したのだろう。 「僕も行かなきゃ」 ここにいたら怪しまれる。どさくさに紛れて戻ろうと忍び足で動き出す。 だがそこで蒼馬と出くわして、 「何をしている?」 立場上、何処に目があるか警戒し蒼馬がユウキを見つけ戦闘態勢に入る。 「え〜と、その……ごめんなさい! 失礼しましたー!!」 ユウキはそう言って、いつもの蔦でその場を凌ぐ。 「あ、待て!!」 蒼馬はそれを追う形で駆け出し、事の確認に向かう。 けれど、供物の所在はまだ不明…となると残る可能性は? 一方、時間は少し遡って――氏祗は夜のうちに二階の探索を終え、一階へと場所を移していた。潜入して判ったのは次の二つ。まず一つは使われている部屋が少ない事。こんな場所では住み込みの筈だが、生活した形跡はなく使用人の数とまるで合わない。そしてもう一つは部屋の形。この手の城ならば左右対称の設計が主流なのだが、何処だったか広さに違和感を覚えた場所があったのだ。 (「確か、あれは…」) ズキューーーン それを思い出そうとした時、彼は思考を中断せざる終えなくなった。音と同時に掠めた弾丸――彼の頬が一筋の朱に染まる。盾を構える暇さえなかった。前回彼と対峙していない氏祗が改めて敵の強さを知る。 「おやおや、来客とは……一体貴方は何をしていたのですか?」 微塵も足音をさせずに彼は優雅にこちらに歩いてくる。 「一人で潜入とは大したものです。しかし力量を弁えないと…」 「ぬかせッ!」 そこで唐突に始った激しい戦闘――接近戦に持ち込もうとする氏祗に対して、僅籠はあくまで中距離を狙って銃を鞭に持ち替え応戦に入る。霊剣と金属鞭の攻防…斬り込む氏祗の剣は悉く鞭が受け止め僅籠を傷をつける事叶わない。それどころかなぜか急速に体力が消耗されていくのを感じる。 (「この屋敷のせいなのか? あるいは…」) 先程から感じる頬の痛み。ただのかすり傷であるのに、彼にはそれが深手の様にも思える。 「ふふっ、上の空では勝てませんよ!」 そんな隙を僅籠は見逃さなかった。鞭を操る手が突然発光し、出現したのは炎の玉。きらりと光った指元には指輪が輝いている。 「くっ!!」 氏祗目掛けて放たれたそれを辛うじて盾で防ぐが熱量は半端なく、ベイルをもってしても全てを防ぐ事はままならず。 「ッ!?」 そこに仲間が到着した。 だが、弾かれた氏祗を避けられずもみくちゃに三人は転倒する。 「ほう…やはりギルドの犬でしたか。よくここが判ったものです」 その中に篝の姿を見つけて僅籠は言う。 「こないだの借りは、返す…」 近付いてくる彼に彼女は見習いの符で接近の阻止に入る。けれど、投げられた符は一瞬にして引き裂かれ、前回同様紙くずと化す。 「ならば私が!」 そこで黒耀が鑽針釘で打って出た。たった五cmの釘ではあるが、呪文の効果で殺傷力は高い。 「甘いですよ」 だが、これも僅籠の前に一人のメイドが割り込む形で阻まれた。 「くっ、やはりか…」 予想はしていたが、ここの住人は既にあちら側の人間…気付けば廊下を挟んで、ぞろぞろと彼らに敵対する者達が姿を現す。 「どうしましょう、これでは…」 逃げ場がない。三人の額に汗が流れた。 ●崩壊へ ユウキと蒼馬の追いかけっこ…それが意味をなしたのはこの時だった。 騒ぎの先には使用人達の姿。そこでユウキは再び蔦を出現させ進路を確保。その後ろでは蒼馬がつかず離れずの位置を保って、時折ユウキに攻撃を仕掛ける振りをして邪魔者を排除して回る。そうして到達した先には傷だらけの三人と僅籠の姿があって、しまったと思うがもう遅い。 「まあ次から次へと困ったものです」 二人の姿を見取り、僅籠の銃が唸る。 発射されたのは二発。自分を守る様に展開した蔦であったが、その弾丸は蔦を貫き彼らに直進する。そこで蒼馬が咄嗟に八極天陣でユウキを庇いながら回避行動を取る。が限界もあった。完全には庇い切れず、二発目の弾が二人の肩をひき裂き、大量の出血に至らしめる。 「ククッ、馬鹿な人達です。後は彼らに任せるとしましょう」 その様子を一部始終見取って、僅籠は踵を返し歩き出す。 すると残った使用人達は目の色を変え彼らに襲い掛かる。 『クッ、させはしない!』 蒼馬と氏祗が前衛の意地を見せたが、早く打開策を考えなくては……。 体力の限界が来るのは時間の問題――。 一人の僅籠を狙って、ある開拓者は不意打ちを仕掛けた。 ぴんっと張った鋼線が巻き取るは僅籠の得物――一方は鞭を、もう一方は銃に巻き付いている。けれど、それを察知して手繰る鋼線には僅籠が手をかけ、引き戻す事を阻んでいる。 「知らないぞ。そのままでは腕を落とす事になるが」 竜哉が腕の宝珠を光らせ僅籠を牽制する。 「いやぁご立派ですね。仲間を見捨ててまでこれがほしいと?」 「いや…見捨てたつもりはないが、仕事なんでね。やることはやらんと」 きぃと少し鋼線を手繰り寄せると僅籠の手から血が流れる。 「成程。貴方とはさっきより楽しめそうだ」 が僅籠もそう簡単には譲らない。再び指輪を光らせて、発動させたのは氷の刃。 どうやら、あの指輪は精霊武器でもあるらしい。 「何のっ!」 竜哉は鋼線を延長し後方へ下がる。しかし、そこで思わぬ誤算――。 「私が後ろしか出来ないとお思いで?」 氷の刃を放つと同時に彼は竜哉の懐に飛び込んで、隠し持っていたナイフで彼を斬りつける。狙われたのは鋼線を操作する腕だ。突如襲われた激痛に思わず、鋼線が緩む。 「これは渡しませんよ。誰にもね」 僅籠はそう言って、彼を横凪に蹴り飛ばした。竜哉はそれでも受身を取り衝撃を抑える。そして素早く視線を戻したがそこに奴はいなくて、 「もし又があれば、その時という事で」 窓を割り、振り返り様に僅籠は術の展開を開始する。 (「まずい!」) 竜哉はそこで彼を諦めざるを得なかった。手元で作られているのは火炎弾だ。しかも普通のサイズではない。奴の攻撃対象がこの城だとすると仲間が危ない。供物の形態は先程の発言からほぼ絞り込めた。奪還は叶わなかったが、命優先である。 「城がやばい…急いで脱出を!」 彼の声が交戦中の黒耀に届く。窓にはいつ現れたのか蝙蝠がいて固く閉ざされている。そこで黒耀の忍眼が役に立つ。一か八か氏祗の記憶を頼りに違和感のあった部屋に飛び込めば、そこには隠し扉と地下への道があって…彼らは間一髪の所で下敷きを免れたのだった。 |