【鍋蓋】こいつ、動くぞ!
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/27 13:53



■オープニング本文

「新海ぃ、俺天才かもしれねぇよぉ〜」
 久方振りに顔を合わせて、目の前の男は上機嫌だった。
 ギルドに仕上がった武器を届けにきて、新海の姿を見つけた後話は始まる。ここではなんだからと馴染みの店に場所を移して、話す事数時間――外はすっかり暗くなり、けれども積もりに積もった話は終わる所を知らず、酒も入れば延長戦へと突入する。
「天才って、親父さんにでも認められたさね?」
 新海は酔いに任せて話上戸になる鍛冶屋を相手に根気よく付き合う。
「でへへへ〜違うぜ、だんなぁ〜。おらぁ〜志体でないって事は旦那も知ってるだろぉ? なのに、昨日動いたんだよぉ」
「動いた? 何がさね?」
 身体をゆらゆら左右に揺らしていた鍛冶屋であるが、その問いに口元を吊り上げて得意げに、
「ぐふふふふ〜〜、聞いて驚けぇ〜…あの、アーマーってやつだよぉ〜」
「えぇっ……まさか、それはないさね。あれは志体の練力が必要で」
「ああっ! 馬鹿にしたなぁ〜〜!! けど、確かに動いたんだよぉ〜〜、だからおらぁ〜天才だっつってんだよ!!」
 ぐははっと彼らしからぬ笑い声を上げ、残りの酒を徳利ごと煽る。
「あぁあぁ、判ったさね………はぁ、これは重傷さぁ」
 その言葉に苦笑を浮かべて、眠ってしまうまで彼に付き合い長屋へと連れ帰る。
「ほんとだよぉ〜…がこんがこんって、ありゃあ…たまげたもんだぁ〜〜…」
 帰り道、背中に背負った鍛冶屋の男の寝言。夢でも見たのだろうが、よっぽど嬉しかったらしい。
「…全くしょうがないさねぇ。しかし、そう言えばこないだ駆鎧のパーツをあの鍛冶屋が引き受けたとか言ってたさね」
 組み上げは技術者達がするのであろうが、装甲の強化は鍛冶屋に任される事もしばしばある。
「まさか…まさかさね?」
 ありえない。新海は出迎える鬼火玉に手を振って、その日はそのまま床につく。


 だが、暫くして話は急転した。
「あいつが倒れたさね!」
 長屋でのこの手の話は広まるのが早い。同じ長屋に住んでいれば尚の事――。
 慌てて駆けつけた新海の前にはあの時とは別人のように痩せ細った鍛冶屋の男の姿がある。
「どういうことさね! 何があったさぁ!!」
 医師の元、床に寝たままの彼の手を握って新海は問う。すると彼は囁くような声で、
「おれ…忘れられなくて……行ったん、でさぁ……あーまーの、とこ…」
「え? いきなり、またその話さぁ?」
 こんな時にと思いつつも、新海はその話に耳を傾ける。
「でね…やっぱり、動いて……楽しかったなあ〜…けど、なんか調子、悪くなって……」
「無茶したさね! 一般人が動かせる筈ないのに…」
「動かせ、やしたよ…おらぁ、天才だから…」
「ッ!?」
 そこまで言ってがくりと頭を枕に預けた彼に新海は目を見開く。
「先生! こいつはどうなるさね! 死んだりしないさぁ!?」
 握る手からも力が抜けて、縋るように医師に問う。
「かなり衰弱しとるからのぅ…後は本人の生命力次第じゃて」
「そんな…」
 ついこないだまで元気に笑っていたではないか。
 自分が天才だと自慢して酒を飲んで……そして、
「そうさね、アーマー!!」
 はっとその事に気付いて新海は立ち上がる。
 志体持ちではない筈の鍛冶屋の男が動かせたという駆鎧、そしてこの衰弱の仕方は異常。
 考えられるとすれば、その原因はその不思議な駆鎧に他ならない。
「行ってみるさね!」
 新海は決意し、鍛冶屋に走る。彼が駆鎧と接触できたとすれば仕事繋がりでの事だろう。あの時も鍛冶屋に依頼があったという事を少なからず思い出していたではないか。
「しまったさね…あの時、ちゃんと聞いていればッ」
 後悔の念が彼を苛む。しかし、今は次の犠牲者を出すまいと先を急ぐ。
 そして、彼は目にする事となる。見た目は普通の駆鎧だった。
 けれど、それに近付くと得体の知れない寒気を感じて彼は確信する。
「これにアヤカシが…」
 そう感じた時だった。敵も彼が自分に害なすものと悟ったのか、一目散にその場から逃走を始める。
「んなっ!?」
 幸い、この周囲に民家はない。
 鍛冶屋は煙も出るから少し郊外につくられる事が多く、この仮倉庫は更に離れた場所に建っている。
 だが、それが逆に瘴気あるいはアヤカシの進入を許してしまったのかも知れない。
「ま、待つさね〜〜!」
 このままでは大惨事になるかもしれない。慌てて追いかけようとして、はたと気付く。
「相手は鉄の塊さぁ…俺と相棒とでもはたして勝てるさぁ?」
 まん丸な鬼火玉の姿を脳裏に浮かべて彼は思う。『無理だ』と――。
「仲間を集めるまで大人しくしてて欲しいさぁ〜」
 新海は心の底からそう思いながら、超特急でギルドに応援を求めに走るのだった。


■参加者一覧
サーシャ(ia9980
16歳・女・騎
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
スチール(ic0202
16歳・女・騎
ジェイク・クロフォード(ic1292
22歳・男・騎


■リプレイ本文

●龍と駆鎧
 駆鎧が動き出せば自ずと目立つ。新海がギルドに駆け込んだ時には既に一部で騒ぎ始めていた。
 そこで緊急に依頼は作成され、今直ぐ出発が可能な者達がその依頼に召集される。
「暴走アーマーを止めてくれる開拓者はこっちに集まって欲しいさぁ」
 戻り際に長屋によって自分の相棒・鬼火玉のたまふたを連れて来た新海は、その相棒を目印に素早く集まった者達と共に現地に向かう手筈を整える。
「鍛冶屋さん、大丈夫かなー? 新海さんも心配だよね」
 事件のあらましを聞いて、蓮神音(ib2662)が新海の親友を案ずる。
「まあ、アーマーに何かが取り付くという展開は偶に発生しますが、戦力的にも風潮的にも物凄く迷惑ですよね〜〜」
 ふくよかな胸は母性の象徴なのか、こんな時でもにこやかな笑顔で言うのはサーシャ(ia9980)だ。
「一般人が乗った時に異変に気付かないとなると、アヤカシが乗り込んでいるんじゃなくて、付喪神とかの系統だよね。憑依か同化かな?」
 とこれは戸隠董(ib9794)――彼女なりの推理は一般的にも妥当と思われるものだ。
「何が憑いているにせよ足をとめんとな」
 そこへ重厚なアーマーケースを携えてジェイク・クロフォード(ic1292)が現れた。
 中には彼が特注したオープントップ型の『火竜』、ラフ・ライダーが収まっている。
 本来、火竜といえば操縦者が剥き出しになっているのだが、彼のは違うらしい。なんでも防御を重視して操縦者は内部に、手のパーツも武器が持ちやすいよう小さなパーツへと変更されている。その代わりに足はしっかりと大地を踏み締められるものに置き換えられ、胸には対人威圧用の仮面が取り付けられているとか。
「顔触れからして駿龍持ちが先行して足止め。後続部隊は着き次第進路妨害、街に向かわない様注意しつつアーマーの鎮圧…これでどうだろうか?」
 そこでスチール(ic0202)が先陣を切って今回の作戦を提案する。
「異存ないよ。普通に考えたらこっちの方が速度は速い筈だからね」
「俺もそれでいい」
 その意見に駿龍相棒同士、神音と宮坂玄人(ib9942)がこくりと頷く。
「じゃあ決まり。アーマー持ちは甲龍持ちに乗せて貰う?」
 ふと現地までの足がいる事を思い出して董が聞く。サーシャとジェイク、二人であれば丁度甲龍持ちが二人いる為、速度は落ちるものの便乗は可能だ。
「俺は歩きさぁ?」
 が、そこにもう一人、大事な人を忘れていた。新海だ。
「では馬を借りましょうか? 用意はすぐ出来ますか?」
 窓口に向かい、サーシャが問う。だが二頭までならと言う窓口に、はてさて。
「じゃあ、こういうのはどうさね?」
 そこで新海が案を出す。時間もない為、それに同意し動く面々。
 しかし、ここで問題発生。
 約一名、いや、正確に言えば約一頭。いやいやをする龍がいる。
「なんだ、どうしたベリー! 今日は龍装をつけていないではないか!?」
 そう、それはスチールの甲龍・モットアンドベリー…もともと大人しい甲龍であるし、主人との絆は強い方……なのだが、何が気に食わないのか首を振り、彼女の騎乗を拒んでいる。
「どうかしたさね?」
「いや、それがだな…どうにもあれで…」
 背中に乗ろうとするとついついっと前進し、されげなく拒否されてスチールは苦笑する。
「悪いが先に行くぞ」
 それを横目に玄人は義助と共に颯爽と飛びたった。その後に神音・アスラ組が続く。
「なぁ、どうしたベリー…頼むからぁ」
 彼女がモッドアンドベリーの前で必死で手を合わせる。
 実は彼女、実利主義であり相棒を駒の様に扱う事がある。そして自分の甲冑への偏愛から重い鎧を装着させ突撃する事もしばしばだ。だが、それは信頼しているからこそ出来る事。自分も相棒に命を預けて――見事にうち果たしたかどうかは別として、共に戦ってきた戦友でもある。なのに、今日の彼女の相棒はご機嫌斜めで…その理由が皆目見当がつかない。
「あの〜もしかして、アーマーケースが嫌なのかも」
「え?」
 董の言葉にはっとする彼女。新海の提案でベリーには二人分のアーマーケースを積んでいる。それが結構な重量になっているのかもしれない。
「そうなのか、ベリー?」
 顔を覗き込む形で彼女が問う。
 ちなみにもう一頭の甲龍・鞍馬の背には新海が便乗する事となり、馬にはサーシャとジェイクがそれぞれ騎乗予定だ。スチールの言葉にベリーは申し訳なさげに首をすくめてみせる。
「ならばやはりそれぞれが持つか?」
 馬の負担になるが、これでは一向に出発できないとジェイクが馬を下り始める。
「いや、待つさね!」
 そんな時またもや新海が閃いた。


●先制パンチ
「なんだありゃあ…最新の技術でもつんでんのか?!」
「うわっ、今スキップした?!」
 郊外の一角で暴走する駆鎧『遠雷』を見て外野が呟く。
 新海が駆け出してから後、暴走遠雷は逃走を続けている。しかも某玩具の様に機械的な動きを見せるのかと思いきや、金属の組み合わせとは思えない様などこか愛嬌を振り撒いた動きで丘をかけて、更なるギャラリーを増やしている。
「危ないから近付いちゃ駄目なんだよー」
 アスラと共にそんな野次馬の上空を飛び神音が注意する。
「全くひょうきんな奴だぜ…」
 その隣では耳に下げたてるてる坊主の耳飾りを揺らし、玄人が呟く。
 その言葉に静かに首を縦に振り、瞳を細めたのは義助だ。
(『あのふざけた動き…なんか腹が立つ…』)
 別に義助自身が怒りっぽい訳ではない。ただ、玄人と共に活動をし始めてからストレスがたまりやすいのだ。その原因はこのお転婆主人とそのもう一人の相棒の喋り声に他ならない。決して傍にいる事が嫌ではないのだが、多少は静かにして欲しいと思う。
「義助、食い止めるぞ」
「グオォォォ!」
 玄人の言葉に義助が大きく咆哮した。
 そして、弓で狙いをつける主人を乗せたまま、大きく羽ばたき前進して、
「くらいや…ってええ!」
 そこで先に打って出たのは義助だった。
 ぐっと加速すると相手に隙を与える前に体当たり。構えていた玄人だが必死にしがみつく。
「おいおい、なんだかやる気だなあ…」
 はね飛ばした遠雷はススキの丘に転倒し、義助はそれを気にする事なくすいっと空へと舞い上がる。
「ナイス、義助ちゃん! 神音達も負けてられないんだよ!!」
(『義助ちゃんっ!!!???』)
 この呼び方に目が点な義助はさておいて、今度は神音が追撃するように現れ、ひらりとアスラの背から飛び降りて、まずは渾身の紅砲――狙った先は搭乗ハッチだ。
「これ以上お前の好き勝手になんかさせないんだよ!」

 ドゴッ メキメキメキッ パーーン

 接触、伝達、そして崩壊…目の前でその一連の状態を目視して、壊れた装甲の中は、やはり空だった――。
「董おねーさんの言う通り、操縦者はいないみたいだねー」
 それを確認して彼女は内心ほっとした。
 だが、その間も遠雷は機能を停止しない。立ち上がろうと機体を起し始める。
(『あの子を守らねば…』)
 そこでアスラが動いた。
 アスラは神音が小さい頃から…彼女の父親と共に見守ってきた龍である。今は彼女だけになったが…いや、だからこそ自分が彼女を守っていかねばと、半ば母心を抱いている。
 そこでハッチから落とされそうになる彼女の元へと高速移動し、遠雷を蹴り飛ばすと弾かれた彼女をしっかりと背で受け止める。
「有難う、アスラ」
 神音のその言葉にアスラが穏かに頷く。

「またせたさねー!!」

 そこへ聞き慣れた声がして、二人が振り向く。
『遅いん…でえっ!!??』

 だが振り向いた先にははっきり言ってふざけた光景が広がっていた。

「ねーねー、あのおじさんブランコしてるよー」
「えっ…あれは見世物じゃないのよ」
「すっげぇ〜、オレも乗りたいー♪」
「もう、危ないから駄目よ」

 彼の登場により聞こえてきた会話……関わっている者達が静かに目を逸らす。
 逸らす事が適わないのは鞍馬とベリーだった。二匹はそれぞれ新海を支える縄を口に咥えているからだ。ちなみにその縄の先には大きな鍋蓋が括り付けられており、その鍋蓋を椅子代わりに新海は、文字通り『空中ブランコ』で現場にやってきたのである。
「これって本当に意味があるものなのか?」
 スチールが真剣に考える。
「ま、まぁ…新海さんがやりたいって言うんだからいいんじゃないかな」
 とこれは董。咥えさせられている相棒達はカナリの不満顔だ。
「さぁもう少しさね…ハッチは開いているみたいさぁ。だったら、ここは俺が!?」
 そんな呟きがされいるとは露知らず、新海は眼下の様子を捉えて鍋蓋ブランコに立ち上がる。そして、またも奇抜な行動に出る。

「俺をあそこに投げる感じで落として欲しいさぁ!!」
『ハァッ!?!?』

 その言葉に周りの誰もが驚かずにはいられない。
「まさかあいつ、あれに乗るつもりか!」
 馬に乗って到着したジェイクが言う。
「そのまさかのようですよ〜」
 とこれはサーシャだ。
 到着と同時に先に届いているアーマーケースを手早く開き、早速起動に入る。
「あぁ、もう無茶言うなぁ〜鞍馬、できる?」
 それに応えようと董は鞍馬に尋ねる。鞍馬はまだおせいじにも強いとは言い切れない。おっとりした性格の持ち主で、大人しい事からこんな荒事にははっきり言って不向きだ。けれど、素直でいい子…彼女のいう事であれば黙ってチャレンジしてくれる。少しだけ首を縦に振って、鞍馬が董に意思を伝える。
「スチールさん、そっちはOK?」
「あぁ、今度は問題ないぞ」
 それはスチールの方も同様だった。
 渋った出発であったが、重さの事が解決し手綱が握られてからは実に忠誠的になり、頑張ってくれている。
「まあ依頼を受けたい以上はやってやるさね。しかし、すぐには起動できないからしばらく任せるぞ」
 そう言って起動準備中のジェイクを横目に二人と二匹は息を合わせて、

『せーのっ、とりゃああああ!!』

 新海は飛んだ。その時遠雷はといえば、玄人と神音に挟まれてオロオロしている。
「あいつに出来て、俺に出来ない筈ないさね〜〜〜」

 スポッ

 
 新海が搭乗ハッチに滑り込む。

「やったー!」
「さすがは私だな」

 それを見届けハイタッチをかわした二人だったが、

 ゴツンッ

 背後で嫌な音がした。明らかに無事ではないと主張する音である。
「え〜と、あれは…中で激突したのか?」
 思わず手を止めジェイクが言う。
「あらあら、うふふ〜」
 その隣では相変わらずサーシャが笑っている。
「けれど乗り込み完了と言う事はつまり」
「これで中から止められる?」
 新海の行動の意図する所を推理して仲間が口々に言う。
「だとしたら意外と名案かもね。出来れば壊したくないし」
「ふむ、確かにその手があったか。気付かなかったさね」
 新海の飛び込みと同時にぷしゅーーという音がして停止した遠雷を前にそれぞれ感想を漏らす。
 確かに暴走駆鎧とて鍛冶屋の倉庫にあったという事は借り物だ。出来る事なら傷つけ壊さない方がいいに決まっている。しかし、よく考えて欲しい。あの遠雷は今、普通ではない事を――そして、今派手にぶつかった新海はおそらく……けれど、彼らはその重大さに気付いてはいない。
「しかし呆気なかったな。この『荒くれ機兵団』のジェイク・クロフォードの出番がないとは」
 起動完了したラフ・ライダーの中でジェイクが言う。
「きゅ〜〜」
 そこへ遅れて到着したたまふたは見た。見てしまった。
 和む仲間の奥で更なる力を発揮しようとしている遠雷を…。


●パワーチャージ

 ゴ、ゴゴゴゴゴッ

 新海を乗せた駆鎧は眼前の敵を捕捉する。
(『マダダ、マダヤレルゾ…』)
 もし、彼が喋れたのならそんな言葉を呟いていただろう。
 そして前に見えているのは自分とは形態の違う二つの駆鎧と四匹の龍、後はちっこい丸いのがふわふわしているが、それはまあいい。圧倒的不利な状況――しかしながら、何故だか力が漲る。
 操縦席に雪崩込んできた人間…こいつのおかげだ。
(『奴ラガ気付カナイウチニ…』)
 そして遠雷は立ち上がる。だがしかし、それは別の目にしっかりと目撃されていた。
「あー、起き上がったー」
 傍観者の子供の声に開拓者が振り向く。
「なにっ! どうなっているさね!」
 先程完全な沈黙を見せたかにみえた遠雷が息を吹き返している。
「そういえば新海さんは中にいて大丈夫でしょうか?」
 アリストクラートに乗り込んだサーシャが言う。
 アヤカシは人を食う。正確には精気だけの場合もあるが、つまりあの中はもしかして魔の森状態かもしれない。それに遠雷全体から感じる瘴気がさっきより強い気がする。
「不味いな」
 ジェイクが言う。サーシャもアリストクラート内で思案中だ。 
 ちなみに彼女の駆鎧・人狼タイプは人型を模して作られている為、とてもスレンダーで美しかった。外装はサーシャの趣味なのだろう白と黄金色を貴重に騎士らしい気品と荒々しさを持つデザイン。所々に使われた紅い宝珠が目を引く。
「くそっ、これではミイラ取りがミイラじゃないか!」
 あの雰囲気からして遠雷を動かす何かは新海が気絶したのをいい事に、彼から生命力を奪い糧としている。一時は停止したかに見えたそれが動き出したのも、この説明で合点がいく。
「そのまま眠っていればいいものを…こうなれば、動けんように足でも壊すか」
 立ち上がった遠雷目掛けて、ジェイクが槍を突き出す。
 けれど、敵もさっきとは一味違った。重量をものともしない動きでひらりと後方へとかわすと、早期決着を試みようと苦肉の策に打って出る。

「ちょっ、おい、あれは無しだろ!」

 突如剣を引き抜いて、そのまま回転を始めた暴走遠雷。これでは近寄る事ができない。
「あぁ、もう新海さんは何やってるんだろう…」
 威勢よく飛び込んでいった彼の事を思い出し、仲間が言う。
「仕方ないが、ああなってはスクラップも覚悟してもらわにゃならんさね」
 ラフ・ライダーの中でジェイクが言う。
「ジェイクさん。私が足止めしますからその隙を狙って下さい!」
 そこでサーシャは共同戦線を申し出た。そして、前方に盾を構えると突撃する。
 そこで残りのメンバーも独楽と化した駆鎧に立ち向かう。
「アラスは逆からのソニックブームで回転を弱めて! 神音は地上から攻めて見る」
 再びススキ野に降り立って、神音が走る。
「憑き物を払うのはあたしの担当なんだよね。だから道さえ切り開いて貰えば」
 とこれは董。神音の後に続く為、鞍馬には空で待機を命じる。
「ベリー、硬質化の後接近。あいつを止められないか?」
 スチールは相棒の操縦に専念する構えで指示を出す。
「俺らは地味にでも嫌がらせをしてやろうぜ」
 その近くでは玄人が矢を射続ける。
「ではいきますね〜」
 そこで右から風に煽られ少し勢いを減少させた隙に、サーシャが回転の合間に入って剣を盾で受け止めた。多少遠心力のせいで弾かれそうになるが、そこは何とか持ち堪える。
「さあ、本職の動きをみせてやろう!」
 ジェイクが止まった遠雷目掛けて槍を旋回させ足払いを試みる。
 また、跳ねて避け様とした遠雷だったが、そうは問屋が下さない。
「グォォォ」
 ちまちま攻撃の玄人と義助ペアが高速移動で遠雷の頭上…そして肩へ。これでは重量オーバーで跳ぶ事もままならない。

 ドゴォォォォン

 そこに足払いが決まって、再び遠雷は転倒した。
 けれど、開拓者の攻撃はこれでは終わらない。
「悪いけど、起き上がられちゃ困るから足潰させて貰うんだよー」
 神音が間接部を狙って拳を叩き込む。
「え〜とはっきりとは判らないから、兎に角とりゃああ!」
 その後には董がアヤカシが憑依している事を前提に心悸喝破を叩き込む。
 一撃一撃が重く、遠雷は電気ショックを受けた様にびくびくと胴体が脈打つ。
「ふわっ! 何ごとさね!!」
 その衝撃に気を失っていた新海も中で目を覚ました。そして、慌てて搭乗ハッチから顔を出そうとする。だが、身体が思うように動かなかった。それでも一応は開拓者――本来の役目を果たさんと適当に内部のボタンやらレバーやらを弄り始めて、

 ガコ ガコガコガコッ

 それに合わせて奇妙な動きを見せ始める。
「新海さん、お願いだからじっとしてて!」
 それに気付いて誰かが叫んだ。
 倒れてなお片足で立たんと暴れる遠雷。使える両手足をばたばたさせてもがく。
「あぁもう、じっとしろ!!」
 その無作為な動きを押さえ込もうとラフ・ライダーで圧し掛かった。
 その衝撃に地面が揺れる。空にいる者も加勢に入りたいが、こうなると手の出しようがない。
「ここ? それともここ? あ〜もう面倒臭くなってきた」
 取り押さえられた機体を巡って董が暴走の発生源を探す。
 けれど、探知が出来る訳ではない為なかなかはっきりしない。
「なあ、こうなったら預かり物だか何か知らないが、破壊するしかないんじゃないか? 中途半端にして、また動き出して街に被害でも行けば、それこそ取り返しがつかんし」
 はが苛めにしてばたばたしている遠雷を前にジェイクが言う。
「でも、それでは鍛冶屋さんが…」
「なあに、ぶっ壊したらまた直せばよいだろ?」
 その言葉に皆が頷く。出所が鍛冶屋、不幸中の幸いとはこの事だ。
「では、気が引けますが仕方ありません…私も協力いたしましょう」
 うふふっと付け加えて、サーシャがアリストクラートの剣を遠雷の腕に振り下ろす。
 最後までじたばたしていた腕であったが貫かれると同時にぷしゅーと黒い霧が宙へと消え、動きが止まる。
「だったら任せてよね! 神音ちゃん。やっちゃおー」
「OK♪ 董おねーさん!」
 その後は開拓者達の独壇場だった。
 パーツがバラバラになるまで破壊もとい解体し……部品の山ができる。
 その頃には夕日が辺りを染めその雄姿と労力に外野から拍手が送られていた。


 翌日、鍛冶屋には勿論全てのパーツが引き渡された。
 念の為と瘴気が残っていないか点検して貰い、浄化作業も施して貰えば事件は万事解決である。
 それに後から聞いた話では、倉庫にあったあの暴走駆鎧のほとんどは鍛冶屋所有のものだったという。どういう事かと言うと、修理や鍛えに出されたのは一部のパーツのみだったらしい。しかし、勿論の事出来上がってもちゃんと装着できるかは付けてみないと判らない。そこで付け具合等を一旦判断出来る様ノーマルタイプの駆鎧があそこに保管されていたらしい。ちなみに今回の場合は頼まれていたのは脚部のみ。傷は入ってしまったが、思った程破損はなく、期日までには何とかなるだろうとの事だ。
 そして、例の彼はといえば――案外けろりとよくなっている。
「いやぁ、心配おかけしましたぁ」
 うんうん床で唸っていたのが嘘の様に、鍛冶屋の男は回復をみせて今回担当した開拓者らに頭を下げる。
「いや、元気で何よりだよー」
「しかし、今度はあの人が寝込むとはね」
 神音の言葉の後にサーシャが言う。
 彼女の言うあの人とは勿論、ここにいない新海の事だ。
「まあ、自業自得といえばそうだがな」
 ジェイクがくすりと笑う。それにつられて仲間からも笑いが零れる。

「へ〜〜くしゅん…きっとこれは噂されてるさね…」
 その頃新海は床についていた。
 そう新海はあの後、瘴気に当てられたのか鍛冶屋程ではないが寝込んでしまったのだ。たまふたに看病されながら……しかし、彼はこれでよかったと思う。
(「街もあいつも無事。万々歳さぁ〜」)
 鍋蓋記録が伸ばせないのは残念であるが、元気になってまた引きにいけばいい。
(「それにあいつの夢も叶ったみたいでよかったさね」)
 動くあの大鎧は男の浪漫――昔、鍛冶屋が動かせるなら動かしたいと言っていたのを新海は覚えていた。そして、それが理由はどうあれ叶った事を喜ばしく思う。
「きっとあいつが一般人で初めてさね…」
 新海はそう思いながら、今はゆっくりと目を閉じた。