|
■オープニング本文 「よう、一抹。加減はどうだ?」 気安くおいらのご主人の家の玄関を潜って、その人・菊柾は愛想よく手を上げ声をかける。だけどご主人の方はといえば、彼の姿を見るなり眉をしかめて視線を反らすからおいらが代わりに答えて、 「こんにちわにゃ。ご主人は相変わらずにゃよ?」 そう言うと菊柾しゃんは頭を撫でてくれた。大きな掌はご主人とそれ程変わらない。 けれど、今でも稽古は続けているらしく掌には所々マメの痕が残っている。 「何の用だ? 飲み相手なら歓迎するが、厄介事は」 「勘弁と言いたいのだろう? それは前も聞いた…だがな、これはおまえにも関わる事だぞ」 菊柾しゃんはそう言って居間に上がり、ご主人の前に座って話し始める。 「俺は聞くとは言ってねえんだがなあ…」 その態度に視線を外したままご主人はぽつりと呟くも、しかし追い出しはしない。 「お茶、用意するにゃね」 そこでおいらは台所に駆け出した。 「要するに、その賊を捕まえろという訳か…」 面倒臭げに言ったご主人の言葉に菊柾は頷く。 「今年はまたとない豊作だ。だからどこもその中で高品質の米を仕入れて、特別な酒を造ろうと躍起になっている。それはうちの親戚も例外ではなくてな…あの酒も今年は例年より多く出せるかもしれん」 「あの酒にゃ?」 一体どんなお酒なのだろう。おいらは傍でそれを聞き首を傾げる。 「あぁ、うちだけで作られてるものが二本あってな。一つは芹内…いや、現王が即位した時に記念で作ったものだ。そして、もう一つはうちの密かな人気商品と言っていい」 「ああ、あれか」 何かを思い出すように言うご主人においらも思いを巡らせる。 けれど、いつもご主人が飲んでいるものは大概が安い。達磨のような徳利に栓のしてあるものばかりで…実はあれは自前の徳利だとおいらは知っている。豆腐のように中身だけを買い付けているらしい。だから、立派な酒瓶の類いは最近見ていない筈なのだが、そういう言えば今年の夏の事――。 『やはりいい酒は悪酔いせんしうまいな』 「はっ!? あれかにゃ!?」 ふと思い出しておいらが声を上げた。 絵付けがされた綺麗な瓶だった。あれが菊柾しゃんの親戚の酒蔵製造のものだったのか。確かにいい匂いがしていたのを覚えている。 「相手が人間ならば俺が出る必要はないだろう。ポチ、おまえが行け」 「おいおい、まだ人と決まった訳ではないぞ」 さらりと言うご主人に目を丸くするおいら。そこに菊柾しゃんのフォローに入る。 「おいら一人でいけるのにゃ?」 不安げに言葉したおいらに…だけどご主人は、 「相手は川を下って運搬される米を何処かしらで襲撃しているそうだ。おまえ、こないだ川下りのバイトをしていただろう。その仲間を当たれ」 「へ?」 確かに川下りはしていた。しかし、彼らがそんな事をしている様には思えない。 「あの人達はいい人にゃ! そんな事」 そう言いかけた時、ご主人が深い溜息をついて、 「そりゃあ、百も承知だ。猫又であるおまえを雇う位だ…盗みなどできん。俺が言いたいのは協力を仰げという事だ、わかるな?」 つまりはきっと賊は川を利用しているといいたいらしい。菊柾しゃんの酒蔵は都の平地にある。仕入先の村から都まではかなり距離があり、それを運ぶのにおいて川を下るのが最も早く運搬できる方法なのだ。それに米は一旦港に集められて分類されるとも聞く。 「わかったにゃ。川下りのお兄しゃんに船を貸してもらうにゃ」 おいらはそう言って一目散に外へ飛び出す。 「いい、相棒じゃないか」 暫くして菊柾が言う。 「まあ、あれが好きでやっているだけだがな。……それよりさっきの言い方、何かアヤカシ絡みなのか?」 菊柾が持ってきた依頼だ。用心深く一抹が問う。 「さあな。私は知らんよ…その賊に遇った訳じゃない。ただ、その付近の目撃情報によれば船っぽい影を見たという事だ。しかし、川を上っていたらしいがな」 「上っていただと? でその時間は?」 「霧が出ていた朝方だそうだ。後、運搬船に関してはまだ一隻も都には着いていない」 付け加えるように言った菊柾であるが、何気に重要な事であり、ますます胡散臭さを覚える一抹である。 「全く…あんたって人は……まぁ、いい。酒、用意しとけよ」 一抹が項垂れながらも仕事を受ける事を決め荷物を纏め始める。 「ああ、米が無事届けばいくらでも」 そんな彼に菊柾は穏やかな笑顔を返して――菊柾の方が一枚も二枚も上手のようだった。 |
■参加者一覧
ダイフク・チャン(ia0634)
16歳・女・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟
海原 うな(ic1102)
12歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●乗り込む前に 船の消失…その原因を突き止めるべく集まった開拓者がまず初めに取った行動。それはやはり聞き込みである。今判っている情報はたった二つ。川を上る船らしきものの影を目撃したという証言と、合流地点付近で何かが起こっているという事だけだ。 「余りにも材料が少な過ぎるな」 依頼書にもう一度目を通しながら竜哉(ia8037)が言う。 人だけが消えているのなら話は早い。だが、今回の案件は船自体がなくなっている事が気にかかっている。 「もし霧に出た上る船が本物なら話は簡単だよ。荷物が乗っていない状態なら相棒か誰かに引っ張らせる事で川上りは可能だし、合流地点で待ち伏せているとしたら説明がつくんだよ」 とこれは海原うな(ic1102)――名の通り海でのお仕事を多くとる彼女であるが、魚ある所彼女有。今回は旬の川魚を求めて…事件解決に挑む。 「ふっふっふ、ポチくん。私がいればお魚天国だよ〜♪ さっさと片付けて川魚を楽しもうねー」 そう言いポチを撫でて、彼女の相棒ミズチのウニも瞳を輝かせる。 「魚もいいニャが、それよりもここには酒の匂いがするニャ!」 そんな中鼻を効かせて一抹に近寄ったのはダイフク・チャン(ia0634)の仙猫・綾香様だった。 「ほう…おまえ判るのか?」 「もちろんニャ! あたいを誰だと思ってるニャ!!」 そう言って早速酒瓶を探し始めるが、残り香だけで現物はまだない。仕方なく持参した瓢箪を取り出す。 「綾香様〜、それは仕事を無事終えてからの楽しみにするみゃよ〜」 だがダイフクにそう言われて、残念そうに仕舞い込む。 「とりあえず全員の準備が整うまで、俺は事前調査でもしておくとするよ」 竜哉はそう言い、川周辺の噂集めを迅鷹の光鷹と共にかってでる。 「ならば、あっしはちょいと気になることがありやしてね。そっちを当たってみまさぁ」 それに続いて、つるりん頭にぎょろりとした眼の少しヤクザ風の雨傘伝質郎(ib7543)が別行動を申し出る。 「だったら、僕は上流で何か見つけてくるじょ♪」 更にはリエット・ネーヴ(ia8814)も…言うや否やさっさと出て行ってしまい、残されたからくりのおとーさんはたまらない。 「全くあの小娘が…何処まで面倒をかけるんだ」 端整な顔立ちであるのに何処か悪人顔なのが勿体無い。加えて言葉遣いが彼の印象を悪くしているが、それを本人は気にするでもなく愚痴を零し振り返って、 「ぬわっ!?」 彼は仰天した。行った筈のリエットがそこにいたからだ。 「おおっとおとーさん忘れてた! さあ、いくじょー!! 僕が肩車すれば上流に行けるじぇ!」 彼の存在を思い出して舞い戻ったのだろう。しかも突飛な意見のオマケ付である。 「アホな事言うな。そんな事無理に決まってんだろーがよ」 そう彼は突っ込んで、逆に彼女を自分の肩へ。 「わー、高いじぇ〜♪」 そう喜ぶ彼女に口元で笑いつつ彼らも歩き出す。 残された面子は一呼吸置いて、 「さて、それでは私達も準備に入りましょうか?」 人妖の朱雀を頭に乗せ、杉野九寿重(ib3226)が言う。 「そうですわね。私達は運搬船と交渉するつもりですので、位置を確認いたしましょう」 鬼火玉の戒焔を連れたマルカ・アルフォレスタ(ib4596)はそう言って地図を広げる。 襲撃者の正体――彼女達はそれが何であるかまだ知る由もなかった。 さて、現場に向かわなかった伝質郎は何処に行ったのか? それは彼の推理が導き出した答えの合否を確認できる場所に他ならない。 「ここらでいいでやす。質流れはここで待っててくれや」 相棒である駿龍にそう言って、ひとっ飛びしてきた場所は日の当たらぬ裏路地道。こういう場所にははみ出し者が自然と集まる。とくれば、公には出来ない仕事を持ちかけてくる輩もいる筈だ。そんな場所で耳をすませて…探すのは米の輸送の人員募集だ。 (「米が豊作で困るのは米を金に変えてる連中だぁ。よもや流通量をセーブなんて考えてる者がいるかも知れねぇ」) 豊作と聞けばいい事ばかりを連想しがちであるが、実際はそうでもない。物が増えればその物の価値は当然下がる。沢山あるのだからと安く叩かれてしまい、俗に言う『豊作貧乏』というやつが発生する。 彼はその事が一番に頭を過って――運搬船の依頼主および船乗りが量をセーブする為、船を消していると考えたのだ。片手には酒瓶を持参して、それとなくその手の募集をしていないか探りを入れる。 「あぁ、あっちの川の方で人員は募集してたぜ。けど、その後姿を消しちまったみたいでくわばらくわばら…給金がよくても命には代えられんよ」 「へぇ、そんなに危険なんで?」 既に消船の事については噂になっているらしい。相手が肩をすくめる。 「じゃあ、あの噂は本当で? 出発後、乗組員の姿を見た者は?」 「いねえよ。都まで探しに行った者もいたようだが、間の宿でも見つけられなかったと言っていた」 「そうでやすか。確かに妙でやすね」 自分の推理が当たっていれば事が収まるまでどこかに乗組員を隠している筈だ。しかしよく考えれば、その都度口止め料を払って隠すのはどうにも効率が悪い気がする。 「まぁいいやね。あっしにもその場所教えてくれやしませんかね?」 頭で考えても仕方ない。現場に行かなくてはと、男に酒を注ぎ愛想笑いを浮かべる。 「いいぜ。しかし、どうなっても知らんからな」 男の言葉に偽りなし…伝質郎はそう感じて、教わった場所に行ったものの噂の影響なのか既に船宿は閉まっており、声をかけても出てくる様子は微塵もなかった。 川の合流地点を始点にリエットは上流を目指す。 いつもと違い視界が広いのは、おとーさんの肩の上だからだ。 「綺麗な川だじょー。お魚もくっきり見えるじぇ」 歩くたびに髪を揺らしながら、彼女は周囲を観察する。 「おい、金髪。探すのは魚じゃねーだろ。さっさと仕事しろ」 とこれはおとーさん。時間は日中、これといって不審点は見当たらない。とても長閑な河川の風景が二人の前に広がっている。 「あー、あそこに加工されたっぽい木の板があるじぇ!」 川の半ば…到底そこに行く事は出来ないが、目敏く見つけてリエットが言う。 「もしかしたらあれは、船の残骸…」 遠過ぎて確証はない。けれど、確かにそれっぽいものが見える。 「あれ、拾えないかなー?」 じぃーとおとーさんを見つめて彼女が言う。 「そんな眼で見ても俺はいかんぞ」 だが、さすがに彼にも拒否権はあった。何よりからくりであるからして潜るのは…色々大変なのだ。 「ん? 確かに何かあるようだな…コウ頼む」 そこでその代役を買って出たのは竜哉の相棒だった。川周辺の聞き込み途中でリエットの姿を見取って――鷹は本来潜ったりはしないが、海面の魚を狙う時飛び込む事はたまにする。うまくいけばそれを取って来る事も出来るかもしれない。光鷹はその指示に従って角度をつけたまま川に突入。それを何度か繰り返して、持ち帰ったのは確かに船の残骸と思しき木の板だった。くみ上げの加工が端にされているから間違いない。 「まさか、沈められた?」 残骸があると言う事はその可能性が高い。他にもあるかと尋ねるとギャアと一声。残りの確認は後からうなの相棒に任せるとして…霧が出ていたのは朝だと聞く。とはいえ周囲に気付かれずに、船を壊す事は可能だろうか。霧が出ていたとしても音はする筈だが、水音に掻き消されたら? 「あんた、釣り人…には見えないけど、何しに来たんだい?」 川に水を汲みに来たらしいご婦人が竜哉に問う。 「いや、船が消えた件を調査していて…最近この辺で何か変わった事はなかったか?」 「さぁねぇ…そういえば今年はまだアレが来ないねぇ」 「あれ? 何の事だ」 「ふふ、あれだよあれ。この辺の名物さ」 ご婦人が嬉しそうに言った言葉に彼は仮説を立てる。 (「まさか…ありえん。しかし関係があるのかもしれないな…」) 詳しく聞けば霧というのも何やら黒味ががかっていたとか、最近になってちらほら見かける様になったとかで徐々に怪しくなってくる。 壊れた船に黒い霧。それらから導かれる答えは――。 ●川に潜むは 調査を終えて戻った彼らは早々に床につき、明日を待つ事となる。 ちなみに川底にはあの破片以外にも米粒らしきものも見つかり、船が壊された説が有力となった。そして後は現場あるのみ。翌日、太陽が昇らぬうちから彼らは動き出す。 「貴方がいて助かったわ」 戒焔の明かりを頼りに川へと向かう中、マルカがそっと戒焔を撫でる。 「ほら、ワンコ。ぐすぐすしないっ! 急がないと見逃しちゃうわよ」 一方では九寿重の耳をもふもふしつつ、朱雀が彼女を急かす。 「あの、急かすのでしたら…そのもふもふを…」 少し止めて欲しいと言いたいのだが言葉が続かない。この先、彼女と事件を解決できるのか、一抹の不安が彼女に過る。 「ちょっ何よ? あの時も立派にやって見せたでしょ! だからアタシにどーんとまかせなさい!」 だがその表情を見取られて、気まずげに小さく頷く彼女。ここまできたら自分の相棒を信じるしかない。 「まあ、どうにかなるだろうよ」 そんな彼女に珍しく一抹が声をかけたが、彼から漂う酒の匂いに更に不安が増大する。 「ここにゃ」 そうこうするうちにポチ手配の船のある場所へと辿り着いた。船の数は三隻。交渉に向かう者達も一旦この船で運搬船の出現を待つ。結果、一抹の船には竜哉とうなが、九寿重の船にはマルカとリエット&おとーさんが、ダイフクの船にはポチと綾香様が乗船。ちなみに伝質郎はといえばまだ戻ってきていない。しかし、質流れがいるから合流は可能だろう。 「さて、何が出るか…」 暫くして運搬船の影が見えて、一行は船を動かした。先に交渉班を行かせ、残りの船は周囲を警戒しながらそれを見守りつつ川を下る。早々に運搬船を捉えると、早速マルカが声をかけて、 「突然失礼しますわ。お米を運搬する船が次々行方不明になっているのはお聞き及びと思います。国は違えどわたくしも貴族の端くれ…罪なき民を守るのが義務と心得ております。ぜひとも護衛につかせて下さいませ」 戒焔に姿を照らしてもらいつつ、彼女はそう訴える。 すると船長なのだろう男が顔を出して、 「そりゃあ助かるが…あまり広くはねぇし、いいのかい?」 仕事とはいえ噂は勿論彼の耳にも入っていたのだろう。首に掛っている御守りがそれを物語っている。 「ええ、構いませんわ。わたくし達はその為に来ているんですから」 彼女の申し出を神の助けとばかりに、船への乗船はあっさりOK。そこで早速中を確認。船底には米俵が所狭しと積まれ、船員の寝床は一人一畳もない。 「私達は並走しますのでご安心を。絶対に守って見せます」 九寿重の言葉に船長がぺこりとお辞儀する。 「はっ! 寝過ごしたか!?」 その頃、宿にいた伝質郎は今まさに寝床から目覚めたばかりだった。 あの後文を貰うも他を探して…近隣の村を飛び回ったが、闇雲な捜索では見つかる筈もなく戻ったのがついさっき。少しの仮眠をと思い、今に至る。 「やっぱり貫徹で行くべきでやんした…って事で質流れ。超特急でいくでやすよ」 「ぐおお」 彼の言葉に答えた相棒であったが、やはり何処か眠そうだった。 そうとは知らずに護衛の前を先行して一抹とダイフクの船が川を下る。 ダイフクはバイトで船を扱っていたからお手の物だ。船体を揺らさず静かに下る術を心当ており、綾香様は呑気に酒を飲んでいる。 「ちょっとちゃんと警戒してくださいみゃ」 舵を操りながらダイフクが言う。 「その辺わかってるニャよ。けど、今はポチが見てるから問題ないニャ」 そう言って再びゴクリ。何処にいてもこれだけはやめられないらしい。 「ご主人を見ているみたいにゃ」 その姿に流石のポチも苦笑い。その声が聞こえたのか一抹がちらりとポチを見る。 「さぁ、ウニ。ここはあなたの出番! 竜哉さんの仮説が正しいかどうか見てきて」 そんな中真面目に動いていたのはうなだった。ミズチならば水の中は得意だ。ウニに頼んで水中を警戒させる。彼女の指示通り、ウニはお利口だ。彼女と一緒に素潜りをする辺り、とてもこの仕事は向いていたといえる。くねくねと尻尾をくねらせれば、速度は増し海とは違う水の感じが心地いい。ウニの好きな魚が沢山見える。ご機嫌だった。水温が低いのを除いて…そして、それを見るまでは。 (『大きい。アレなんだろう?』) 遥か先に見えた影にウニが首を傾げる。 (『お魚だけど…何かちがう、なに?…けはい…禍々しいけはいが…いっぱい!?』) 「ピィーーーー」 その違和感と数に堪らず川から飛び上がるウニ。 それに舵を取る者達が気付き、船の速度を落とす。霧が水面を隠しているが、彼らは悟る。その奥にある独特の気配には心当たりがあった。ばしゃばしゃ飛沫を上げ接近するそれは、もはや生物ではない事に。 「前方複数…きます!」 九寿重の心眼による探査結果を聞き、誰もがそれを警戒する。 しかし、目の前に現れたそれは予想をかなり上回った状態だった。 「えっ、ちょっ、マジで!?」 脅威の跳躍、度肝を抜くスピード、かなり凶悪になったその姿に朱雀が目を見開き言葉する。けれどそれは誰もが知る魚で――そうこの時期、川を上る魚といえば? 「鮭にゃーーーー!!」 ポチが船へと飛び込んできた一匹を蹴り飛ばしながら言う。 その体長は二mを越え、重量はポチより遥かに重い。ズシンと船に飛来すると船体を揺らす程に鰭をばちばちさせる。 「うわー、魚さんいっぱいだじょー!!」 そんな中、リエットからは呑気な声。 覗き込もうとする彼女を必死に抑えるおとーさんの姿は何ともコメントし難い。 「鮭って産卵時期は食事しないと聞いたが…こうなればもう関係ないのか」 「瘴気のせいだろうが、しかしこれは厄介だな」 と一抹は冷静言葉し、竜哉も何気に見解を述べる。 「ワンコ! 操縦下手過ぎっ、もっと川べりに寄せてよね! 舟、押されてるし!」 「そんなこと、言っても…舵が聞かなくて」 一方、朱雀と九寿重組はてんやわんや。バランスをとるのに四苦八苦している。霧の影はこうやって押された船だったのかもしれない。 「これは大漁ニャ! サケの肴とはよく言ったものニャ! 全部捕まえて食べるのニャ!」 だが、何処にもつわものはいる。巨大な鮭を見て綾香様、食べる気で居る様だが…しかし、勿論それは無理である。 「そんな事言ってないで応戦するみゃ! このままだと転覆みゃ!!」 「ニャぬぅぅ」 そう一喝されては言葉がない。ポチ共々自慢の爪と技を使い弾き返す。 けれどこれではキリがなかった。しかも運搬船は水中に浸かっている船底面積が大きく、従って鮭からの体当たりのいい的になる。それに人がいると知っているのだろう。瘴気を帯びた鮭達は船底を破り船を沈めようと必死だ。歯も発達して居る様で、齧る行動を繰り返す鮭までいる。 「戒焔、あれを!」 「きゅ〜」 魚に目くらましが効くのかは判らないものの時間は稼げるかとマルカが指示を出して、辺り一帯が一瞬火炎閃光に包まれた。その光を見て、慌てた者がいる。そう、伝質郎と質流れだ。 「もう事が起こってやすね」 現場に急降下し、状況把握に努める。 「やっと来たか。丁度いい、運搬船を岸に寄せろ!」 それを見取り一抹から指示が飛んだ。 確かに敵の姿に驚いたものの、実は竜哉の仮説から魚である事は想定済みだ。それ用の準備はしてきている。 「ウニ、もう一度頑張って!」 あらぶる鮭の群れの中、行かせるのは正直辛いが仕方がない。自分も潜りたいがこれでは齧られる恐れがある為、うなはウニに言い聞かせる。その真剣な眼にウニも答えて、取り出したのは目の細かい網だ。 「朱雀も行って下さい。アレを始めるみたいですので」 「おっけ〜わかった! 皆頑張ってね!」 それを遠目で見取って朱雀が動く。そうして、ウニの持った網に朱雀が近付いて始まるのは大捕り物――網の長さは川幅よりは勿論短い為、鮭達を寄せる必要がある。片方を川縁に予め打っておいた杭にかけて、もう一方はウニがタイミングを計る。 「食べられない鮭なんて興味もないニャ! いくニャよ、ポチ!」 「わかったにゃ!」 ダイフク船からは二匹の猫又がばばーーんと先頭に立って、発動したのは必殺のかまいたち。 しゅばばばばっと空気の刃が水面を駆け、丁度飛び上がっていた鮭を打ち落とすと共に、音で魚達を網へと追い込む。九寿重の船は兎に角運搬船を優先し、運搬船を守る形で立ちはだかると、リエットとおとーさんが地味に鮭を網の方へ叩き落としている。だが、鮭も負けてはいなかった。どれだけ傷付こうとも、まだ本能が残っているのか執念で前へ前へと進ませる。この勢いに負けて今までの運搬船は沈んだのだろうか。けれど、こちらがそうなる訳にはいかない。一抹が咆哮で船自体に鮭を引きつけ、網の方へと誘導する。 「大体入ったら指示を頼む」 「わかりました!」 後は九寿重の合図だけだった。 ウニがそれに合わせて蓋を閉じるように杭の元へと向かい鮭達を追い込むのだ。 「くっ、もつか!」 船が先か、追い込むのが先か――軋む船を気にする余裕はない。 「今です!」 「ウニ、ごー!!」 九寿重の声にうなも叫んだ。それを知って、水中を必死で駆け抜け泳ぐ。しかし、杭の近付いてもかけられるのか。だが、そこには水蜘蛛で移動したリエットがいて――。 ●霧が晴れて 「つ、疲れた〜〜」 皆の心から出た第一声はそんな言葉だった。 網で一網打尽にした後で川岸に寄せて…しかし、そのままにしておく訳にはいかない。付近の協力も仰いで引き上げた後、一匹一匹成敗して回ったのだ。瘴気が抜けた鮭の身は普通でしかし腐っていた。これから考えるにこれらは川上りの途中力尽きた鮭達だったのだろう。それがたまたま何処かの瘴気に当てられて変化してしまったと思われる。 「このまま放置すると匂いが出てしまいますし、戒焔お願いしますわ」 そこで彼らは近隣の許可を取り、それらを焼いて処理する事にした。腐敗が進んでいる為、決していい匂いとは言いにくい。しかし、中にはまだそれ程でもないものも存在する。 「く〜、匂いだけとはやってられないニャ」 その様子を横目で見つめながら綾香様が呟く。 「けれど、これで運搬は可能になるでしょうから仕事は完了。皆様の待っているお酒は作られるようになるのでは?」 その九寿重の言葉に酒好きの面子は眼の色が変わった。 光鷹もどうやら酒を嗜むようで首を上げじっと竜哉を見つめている。 「…とにかく仕事は終わった。のみたい奴はついて来い」 そこで気前よく言った一抹だが、辿り着いたのは勿論菊柾の親戚の酒蔵で、 「これは先に仕込んでおいたものらしいが…勝手にやってくれ、だそうだ」 菊柾不在の代わりに残されていたのは彼のところのとっておき。噂通りの綺麗な瓶に入ったにごり酒だった。酒に興味がなくとも、その瓶に心魅かれて買い求める客もいるという。 「成程、これは確かにうまいな」 光鷹にも少し分けてやりながら竜哉が言う。 「いやー、あっしまで頂けるたぁ有り難い」 とこれは伝質郎。一抹は珍しくマルカから酒を注いでもらいながら、平然と数を飲み干していく。 「とったどぉぉ!」 そこへ遅れてうな到着。手には取れたてのヤマメが掲げられている。 こうして、彼らの活躍により滞っていた米の流通は回復した。 念の為、あの後何度か川は調べられたが鮭達が隠れていたのらしい場所は見つかったものの捕獲処分した鮭で全部だったらしく、その後あの場に瘴気反応は見られなかったという。 酒の材料が鮭により妨害されていた珍騒動。 しかし回復した今、新酒が店頭に並ぶのも時間の問題にて、ポチの苦労はまだまだ続きそうだった。 |