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■オープニング本文 暑さが僅かに弱まり、昼の長さが短くなる。季節はもう秋である。 そして秋といえば実りの秋――北面にとっては稼ぎ時の季節を迎える。 田んぼに育った稲穂はいい具合に頭を垂れて…一面に広がる黄金色。 時たま吹く風にさわさわ音を鳴らして、夕日に輝く姿はとても美しい。 それに今年は例年にも増して出来がよく、この地域は概ね豊作と言っていい。 だが、農家としては少々困った事が起きていた。それは――、 「あんれまー、大事な時期だって〜のに夏バテかい?」 「あや、そちらさんもかい」 志体持ちでさえとてつもなく熱いと感じた今年の夏。注意はしていたのだが、やはり年には敵わない。特にこの地域では若い者は夢を追って都に出てしまい、田んぼを切り盛りするのは年配者が多く、今年の暑さはなかなかに堪えている。 「これだけの豊作だ。ほっとけば鳥にやられちまうし、ここは奮発すんべ」 「そうだなぁ。働き手は多い方がええ…どうせなら盛大にやってみるかい?」 初めはたった二人で始まった他愛のない会話だった。 しかし、侮ってはいけない。小さな田舎では隣近所も家族同然。知らないうちに話は広まり、気付けば村一丸となる程の話へと発展している。 「折角だべ。沢山人呼んで村おこしするべ」 「これはまたとないチャンスだしなぁ」 村全員の田んぼの広さを合わせれば相当なものだ。 いつもであればこれを地道に各々で刈り取るのだが、今回はそれを第三者に任せてしまおうと考えている。 「今年の米であればいい値がつくさよ。だから問題ないと思うさあ」 逸早く出来ていた新米を試食して――必要経費は概ね問題なさそうだ。 「折角の上出来な米だべ。みんなにも食べて頂く為、一つ催しを起こしてみたらどうだぁ」 とこれはもう一人。ただの稲刈りでは終わらせないつもりらしい。 「だったら手軽なのがいいべ」 「ならばおむすびはどうかえ?」 『いいねえ』 そんなこんなで話は思いの外スムーズに進み、あれよあれよという間に企画は纏まる。 「豊穣祭、いっぱい人が来てくれると嬉しいなぁ」 そうして村の代表がギルドに向かうのを見送りながら村人の一人が呟く。 かぁ かぁ そんな折遥か上空で鴉が鳴いて、 「そういえば奴らの事忘れてたべ」 彼らにとっては天敵といっていい。黒い体の利口な鳥…鴉だ。 「収穫に襲ってきたら大変だべぇ」 一人が困り顔で空を見上げる。 そして閃いたのは新たな企画――迷ってる時間はない。 「ゴンゾー、ちょっと待つベー!」 「もう一つ、追加だぁー!!」 二人は慌ててそう叫ぶと、ギルドに向かった代表であるゴンゾーを追いかけるのだった。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 明王院 未楡(ib0349) / 蓮 神音(ib2662) / 浅葱 恋華(ib3116) / 綺咲・桜狐(ib3118) / イゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138) / プレシア・ベルティーニ(ib3541) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / スゥ(ib6626) / ルース・エリコット(ic0005) / ジャミール・ライル(ic0451) / ラハブ=コックム(ic0495) / 蛍火 仄(ic0601) / ドミニク・リーネ(ic0901) / ティー・ハート(ic1019) / シンディア・エリコット(ic1045) / 嘉瑞(ic1167) / 衛 杏琳(ic1174) / 浪 鶴杜(ic1184) / 零式−黒耀 (ic1206) / 百尋(ic1207) |
■リプレイ本文 ●前日 「稲刈りか、懐かしいな」 晴天の空の下、黄金色の稲穂を前に羅喉丸(ia0347)が呟く。 「本当に…あたしの実家も米を作っていますし、この時期は子供も貴重な労働力。頑張らせて頂きます」 その隣では彼同様思いを馳せる礼野真夢紀(ia1144)。2人共、自前の草刈鎌を持参しやる気は十分だ。そんな姿を見取り明王院未楡(ib0349)の表情が緩む。 「あー、ミユもきてたの?」 そこに声がかかって振り向く彼女。 視線の先には十代後半の真夢紀の相棒カラクリ・しらさぎの姿がある。 「ええ、まゆちゃん達も来ていたのね。お互い精一杯頑張りましょう」 しらさぎと共に振り返った真夢紀を見つめて未楡が言う。二人はちょっとした知り合いなのだ。 「にゃ〜、これはすごいね〜。刈り甲斐があるの〜!」 一方では狐獣人のプレシア・ベルティーニ(ib3541)が広がる稲穂に感激の声を上げつつ、懐から自前のでっかいおいなりさんを取り出し食し始める。 「…いいな、あれ…」 それにつられて呟いたのはルース・エリコット(ic0005)。 「あら、ルースちゃんも食べたいの?」 それに同行していた姉のシンディア・エリコット(ic1045)が尋ねる。 「あの…えと、大丈夫…です」 ルースはそれに小さく答えた。言葉にしたつもりはなかったのだが…とても恥ずかしい。 「そう? しかし、噂には聞いていたけれど…やっぱり、聞くのと見るのとは違うのね♪」 そんな彼女にくすりと笑って――二人は砂漠の大地出身であり、見るもの全てを新鮮に感じる事が出来る。 「お祭りは明日みたいだから、少し歩きましょう」 「あ、はい…」 そんな二人の興味は尽きないようだった。明日までは参加者全員この村に滞在する事になっているので、散策を始める。 「あの、こちらの村の方ですよね…少し教えて頂きたい事があるのですが?」 そんな中、宿となる民家にて…からくりで吟遊詩人の百尋(ic1207)は村人を探し頼み事。それはお握りの作り方についてだ。だが、 「あんた、もしかして…最近見つかったって言う…」 「はい?」 当人はそれ程大層な事だとは思っていなかったのだが、辺鄙な村に意思を持つからくりが来たとなれば一大ニュース。噂は瞬く間に村中に広がり、彼女を取り囲む様に人が押し寄せる。 「あの、私も明日のお祭りに出るつもりで…だから、あの」 そういうも言葉は届かない。そんな彼女にジャミール・ライル(ic0451)の救いの手。 「ん? 女の子が困ってるじゃん…何かあった?」 村人の間に割って入り事情を聞く。 「ふ〜ん、成程。じゃあまず練習がしたいと?」 それに彼女が頷くのを確認して、 「ねぇ、彼女におむすびの作り方教えてあげてよ。からくりだったらもう一人、倉庫の方にいたしさぁ」 こちらに来る時に見ていたのだろう。彼の言葉に一部が移動。それにより百尋は練習に専念出来て、 「有難う御座います」 そう言った彼女に彼はひらひら手を振り返し、またふらりと歩き出す。 「さてっと…友達も来るんだっけ」 新たな出会いに気分上々。明日が楽しみだ。 「あの、この村に舞台はないのですか?」 その近くでは一通り村を回った狼獣人の波鶴杜(ic1184)が主催者側にそう尋ねていた。と言うのも彼含め種目に参加しない者らが応援団を企画しているからだ。それに舞台があれば場も盛り上がる。 「あらぁ、既に手配してくれてたのぉ? それは凄く助かるわぁ」 そこへ企画立ち上げの一人・ラハブ=コックム(ic0495)が嬉しげな表情を見せやってくる。 「おやぁ、こらたまげた…」 そんな彼女の姿に村人が驚いた。 「あら、やだ。私の所では普通なんだけど〜。むしろ、私はこんなに食物がある方がすっごぉ〜い♪」 それにそう返して彼女もまた異国人――田んぼが珍しいらしい。 「そうだべ? だったら明日は存分に味わい楽しんでいってほしいべ」 「えぇ、勿論。その為には舞台…」 「ああ、わかったべ。村祭りで使った小さな能舞台を用意しておくだ」 彼女の登場も相まって…村人は二つ返事でそれをOKする。 「やったわね」 「はい」 鶴杜とラハブはそう言い準備を手伝うのだった。 ●工夫 当日は見事な快晴―― 他方からも多くの人が集まり、村は今年一番の賑わいを見せている。 「こういう日はよからぬことを考える者もいるものよ。だから注意しておいてね」 連れであり臣下でもある嘉瑞(ic1167)にそう言い、衛杏琳(ic1174)は周囲に意識を巡らす。そう二人は見物ついでに祭りの警備をしているのだ。それも自主的に…これだけの規模になると油断出来ないと思う二人である。 「ふふっ、それにしても民がこうして賑わうのはいいな」 泰国官史の家系につき、現在当主の顔を持つ杏琳が感想を漏らす。 「確かに」 嘉瑞もそれに短く答えた。人と人が接し、笑顔を分かち合う。 己は訳あって神威人である事を隠し顔を布で覆っているが、主である杏琳が楽しそうであるから、彼としてもそれは喜ばしい。 「しかしながら殿、この人の多さ…殿も御自分の足元に」 そう言いかけた時、案の定人の波に圧されて彼女がバランスを崩した。それに慌てて手を伸ばし、転倒を回避する。 「……有難う、嘉瑞」 彼女が笑う。だが次の瞬間彼女は表情を一変させ、嘉瑞も後に続く。 どうやら二人の出番の様だった。 さて、本日一発目は稲刈り競争。 少しでも涼しいうちにとこの時間に組み込まれたらしい。ちなみに参加者は計六名。各々田んぼが割り当てられ、制限時間内にどれだけ刈り取れるかを競う事となる。 「おや、カラクリ殿も参加するのか。となると負けてられないな」 今回の注目選手・からくりシノビの零式―黒耀(ic1206)を見つけ、羅喉丸が言う。百尋と違い表情には乏しいが、そこが逆にいいと逆にいいと彼女を応援する村人は多い。 「ここにある稲を刈り取ればよいのですね。よろしくお願いします」 深々とお辞儀をして黒耀が鎌を構える。 その下の田には意外にも吟遊詩人のシンディアが参加し、ルースがそれを木の上から見下ろしている。 「それではよーい、始め!!」 その声の元、選手は一斉に動き出した。まずは育った茎の部分に鎌を当て、長さに注意しながら丁寧に刈り取るは経験者組。昔のそれを思い出して、着実に刈り取っていく。それに並んでただ黙々と腕を動かすのは黒耀だ。機械作業はお手の物とばかりに、疲れを知らない体で教科書通りの刈り取りを見せている。 「えっと、これは…予想以上に体力使うのね」 一方シンディアは苦戦していた。中腰での刈り取りは慣れていても苦しい時がある。歌で腹筋は多少鍛えられているかもしれないが、それ以上の筋力となるとやはり劣ってしまう。 「米も小麦も同じ穀物…要領は同じと考えましょう」 そこで未楡が打って出た。鎌から自身の得物である薙刀に持ち替え、狙うは頭一つの引き離し。刃先は下段に構えると彼女の目を閉じて…。 ぶわっ そこに一陣の風が吹いた。そしてそれと同時に稲穂が宙を舞う。 「おぉぉぉぉ!! さすが開拓者のお嬢さんだべ」 観客から歓声が上がる。それはサムライのスキル・回転切りだ。だが、 「きゃっ……あらあら」 水がないとは言え足元が地面と同じではない。前に進むにつれて、刈り終わった筈の稲の根元が邪魔になり踏ん張りがきき難くすてんと尻餅をついてしまう。これでは刈り取りスピードは上がっても実質は余り変わらない。 「おい、あれはなんだべ!」 「犬…いや鼠かや?」 その声に釣られて視線を移すと、そこにはプレシアがいた。彼女も一斉刈り取りを目指し、自分のスキルを活用する。 「いっぺんに刈ったら楽でいいよね〜♪」 隷役で呼び出したのはかまいたちの式――首輪のついた式は彼女のいう事を忠実に聞き届ける。名前通り鎌のようになった爪を活かして…米自体には傷つけないよう注意しつつ稲を刈り捌いていく。けれど、ここからが困った事で……。 「あれー…かまいたちって持てないの〜?」 彼らを使ってすぺぺ〜と束ね作業を終えてしまおうと思っていた彼女であるが、彼らの手の形状は鎌――下手すれば更に短く切ってしまう恐れがある。 「うにゅ〜〜、仕方ないの〜。こっちはボクがやるの〜」 稲刈りは刈るだけでは終わらない。刈った後の天日干しまでが競技の一環として、その作業も含まれている。 (「今が好機」) そこで割り当てられた稲の半分を終えた時、目を光らせたのは羅喉丸だった。 予め運び易い様手前から順に刈り取り、その都度束を作っておいた。ここでまとめて干しに行けば、時間短縮にもなり一気にトップに躍り出るだろう。その為には何よりスピードが重要。作られている干場までの距離は凡そ百m――格なる上は。 ばしゅーーん 「んあ! なんじゃい、今のは!!」 土煙を上げて、走り抜けたのは紛れもなく羅喉丸。瞬脚を使ったらしい。目にも留まらぬ速さで干場と刈り稲の間を往復する。けれど、ここにも大きな落とし穴。あまりにも速過ぎるスピードに稲が耐えられない。ぽつぽつ穂から落ちて…足元には米の道が出来ている。 「……まさかこんな弊害があるとは」 その事に気付き苦笑い。熟練し強くなる事はいい事だ。けれど、力がつき過ぎた故に加減が難しくなる事もある。程々が一番……身に染みて感じた一瞬だった。 さて、残り時間も後僅か。 干場には刈り取られた多くの稲が並び、会場の隅では御結び用の玄米ご飯が急ピッチで炊き上げられ始めている。そんな中で実は次の種目について、主催者側は迷っていた。参加希望はたった二名。一人は魔術師のユウキ=アルセイフ(ib6332)――黒猫の面を被り、片手には短銃が握られている。そしてもう一人は兎獣人で吟遊詩人のティー・ハート(ic1019)。彼の手にあるのはなんとフルートだ。 「威嚇射撃大会なんだけども…それでどうするんで?」 弓も銃も持たない彼に村人の一人が問う。 「……ん、だって俺…銃とか扱えないし…。けど、威嚇…というか、魅了して『迷惑行為』を止めさせればいいんだよな? だったらこれでできますから」 ぴくりと長い耳を動かして、彼は自信満々だ。 「あの、こちらの方はこう言ってるんですけど…いいですかい?」 そこで村人はもう一人の参加者・ユウキに意見を求めた。彼はそれに了承の頷き。 「そっ、そこまでーーー!!」 そこで稲刈り終了の声が響いた。 各々手を止め干場に集まり――結果は意外なものだ。 「一位、真夢紀選手ー!」 「え、私ですか!」 呼ばれた名前に彼女は驚きを隠せない。作業しやすい様もんぺ持参で髪も纏めて作業効率をよくした。刈り取った稲は方向を揃えて、溜まり過ぎない様バランスよく運び作業を繰り返していたのが結果的に良かったらしい。その後は式を使ったプレシアと慣れない作業に戸惑いつつもビギナーズラックなのか、逆に知識がなかった分無駄な動きをしなかったシンディアに軍配が上がる。 「シンねえ様は、やっぱり、凄い…です。私…には、まだ難しい…」 それにはルースも目を輝かせて喜んだ。その表情に彼女自身も嬉しく思う。 「次があったら今度は一緒に出ましょうね」 シンディアはそう言って彼女を撫でる。 「ふう、こんなものですか。と空が騒がしくなってきましたね」 汗を拭う仕草を見せて自分の順位に気にすることなく、空を見上げ黒耀が言う。 「さぁでは、どんどん行きましょう。威嚇射撃大会ーーー!」 『うおぉぉぉぉ!!』 その大きな喚声にユウキとティーが舞台に上がって… しかしこの時、何が起こるか予測出来た者はいなかっただろう。 ●音の力 持ち時間は一分、そこでいかに華麗に鳥達を追い払うかを見せるのがこの競技である。しかしながら、今の状態を説明した後…まずはユウキが先行した。お面は頭へと押し上げて、見据える先は勿論鳥達。いつもは見せない鋭い眼光で彼らを射抜く。 「始めっ!」 その声にユウキは意識を目に集中させ…光の加減か彼の瞳が輝いて見えた。それと同時に発射された短銃からの銃声が辺りに響く。何気なく振り返った鳥はユウキを捕らえて、びくりとした。鳥には本能的に彼から発せられた何かを感じ取ったのかもしれない。ばさばさと翼を大きくはばたかせて、引き返していく。 「何か、あったべ? 脅えてるようだぁ」 その様子に村人が目を丸くする。人には一体何が起こったのか判らなかった。 しかし、彼は気合のようなもので多分動物を牽制したのだろう。たった一回であったが、それを感じた鳥達は一目散に逃げていく。その後は普通に銃弾を四方に飛ばして…彼の持ち時間は終了となる。 (「今何か浮かび上がったのかな…自分では見えないのが残念だけど…」) 不思議な感覚だった。拍手を貰い下がる中、彼はふとそんな事を思う。 「よく判らないけど…もう一度、本格的に、銃を取ってみようかな…」 試したかった事はできた。その手応えがあったかといわれれば曖昧なものだが、それでもそう思えたのは事実である。 「まぁ、いいや。ゆっくり考えよう」 彼はそう呟いて、上げていたお面を再び顔に装着する。さて、問題はここからである。 笛を片手に上がったティーは観客に丁寧にお辞儀をして、まずは一言。 「ティー・ハート。自慢のフルート、奏でさせて貰います」 さっきの銃声が止んだのをいい事に一部戻り始めていた鳥達。それを見計らって彼の演奏は開始する。 (「今日はとっても気分がいいんだ。なんたってこう言う催し事は好きだし、ホントにワクワクしちゃうな」) そんな気分を内に秘めて、そっとフルートを唇へ。優雅な動き――まだ若い村娘等は彼のその動作にさえ見とれている。だが、 ピィーぴょろ、ブオオオーン♪ そのフルートから紡がれた音に誰もが度肝を抜かれる。 フルートと言えば高い音が魅力であり、低い音は構造的に出る筈がない。なのにどうしてかよく判らない音が発せられ、聴いていた観客の脳裏に木霊する。それは忘れえぬ旋律――誰も聴いた事がないその音楽に皆が悶えているが、演奏者自身はそれを全く介さない。 (「皆、俺の音楽に感激しているんだね♪ 嬉しいな〜」) そう彼は極度の音痴無感覚なのだ。大きな耳が感知しているのは紛れもない自分の『素敵』な演奏。だが、曲が終盤に至る前にそれは中断される。 「いっ、痛てっ! あぁん?…なんで落ちてくるんだ???」 その原因は空の鳥――それが彼の頭に落ちてきたのだ。それも尋常な数ではなくて…流石の彼も困惑する。 「え、え〜と…これ死んでないよね? ってか、俺のせいじゃないよね??」 ルールでは動物の殺害はアウトだ。笛を下し主催者に尋ねる。 「えっと、あ…はい…あの、どうも有り難う御座いましたー! ハートさんの演奏でしたー」 それに慌てて幕を引かせる村人。拍手が疎らになっているのは内緒だ。 「?」 ティー自身は首を傾げたが、時間が来たのだろうと納得し用意された席に戻る。 その後会場はなんともいえない空気に包まれて……そこで応援団ははっとした。 『この空気を変えるには自分達しかない!!』 「今日は豊穣祭なんでしょ。ならば神に祈りを…一座に入っていた私だもの、任せてちょうだい♪」 そう言ってまずはラハブが舞台に上がる。 それと同時に楽師が曲を奏で彼女はスキルを使い身体を薄ら輝かせる。 「お、いいじゃん。じゃあ俺も…」 そこにジャミールも加わった。躍動する肢体に情熱的サウンド…ラハブが獅子と牛の獣人であるからかもしれない。彼女とは又違う肌の色で異国情緒が一層増す。 「ふふ、収穫祭での神楽。懐かしいわね…師匠に『未熟者ーっ』って起こられてばかりだったけど」 それに釣られて今度はドミニク・リーネ(ic0901)。ジャミールが友達であるという事もあるが、何よりお祭りが好きなのだ。盛り上げる目的以上に自分も楽しくが一番だと彼女は思う。 「だったらスゥ(ib6626)も。祝うは豊穣、精霊に感謝しなきゃ…ね♪」 更にもう一人。飛び入り参加のスゥが加わる頃には、舞台は一気に活気を取り戻している。 「…俺は、どうしたら」 しかし、何気にそこに入りそびれた者もいた。鶴杜だ。彼の得意とするのは神楽舞・速だ。ステップが速いからあの場に入っても浮かないとは思う。思うのだが、異国の衣装を纏ったあの四人の中に白装束の自分が飛び込んで果たして、本当に浮かないのか言われれば自信がない。 「鶴杜は出ないのですか?」 とそこへ今駆けつけたらしい彼の幼馴染・嘉瑞が声をかける。 「あ、いや…出ようと思っているんだが」 「じゃあ早く行かないと!」 困る彼に杏琳が背を押せば後は心配は無用。巫女であっても舞台に上がれば同調も出来る。異なった種族、異なった踊り――彼も独特のセンスを持つが、それも自然と調和して一つの作品の様にも見え始める。それに人々は一時、魅了されていた。 そして曲が終わりって舞台を下りるスゥに不埒な手が伸びる。 「きゃっ!」 スゥの驚きの悲鳴――けれど、彼女もキャラバン出身であり、その手の客の相手は慣れている。 「踊り子に手を触れるのはマナー違反なんだからね!」 そうぺしんと手の甲を叩いて、はいそれまで。 「ふふ、さすがね…」 ラハブはその対応に感心の声を漏らしていた。 射撃競技は審議の結果、ドローという事になった。 元々規定の銃か弓を使っていないティーは選手としてカウントするに至らなかったが、それでもあの実績を見せられては無碍に扱うのも忍びなくて、こういう結果となったらしい。そのアナウンスが行われ、御結び競技の準備が整う間は自由時間。踊り子達がその場を盛り上げる中、事務所には杏琳と嘉瑞が捕まえたこそ泥を連行している。 人混みを利用しわざとぶつかり偶然を装って財布を抜き取る。うっかり落としたのが彼の運の尽きだ。杏琳があの時見取った男がそれである。 「嘉瑞、行って!」 「はい」 山側に逃げる男を見逃さないよう注意して、砂迅騎である彼女が地形を把握。即座に的確な指示を出せば彼に勝ち目はない。前に回った嘉瑞からこそ泥は逃げられる筈もなく――今に至る。 「あの所で、その雉は?」 コソ泥と共に下げてきた雉を前に村人が問う。 「これですか。これは空から降ってきた天の恵み」 『……』 村人は知っている。多分その鳥はあの曲の…。 ●御結び 並べられたのは大きな釜。選手各位に一個ずつ割り当てられて、蓋を開ければ甘い香りに立ち昇る湯気。そして選手は塩と手を濡らすボールを確認し、開始の合図を待つ。 「おかーさん、おなかすいたー」 そんな折、観客の中から声が上がり…近くにいた蛍火仄(ic0601)がくすりと笑う。子供でなくともこの匂いに当てられて、お腹を鳴らす者は多い。 「すぐに美味しいお握りを沢山食べられるようにしますから、もう少しお待ちくださいね」 割烹着の姿の彼女はそう言って少年を諭す。そこで開始の合図が鳴った。 それぞれ熱々の玄米を掌に乗せ一斉に握り始める。握る手の力加減や塩加減、そして手の濡らし具合によっても味は僅かに変わってくる。手に取り握って味付け盛る。この一連の動作をいかにスムーズに行うかがこの勝負の鍵だ。 (「家事全般は心得ていますが…お百姓さん達の心意気に応えて少しでも美味しいお握りを握りましょう」) そう心に固く誓って、手馴れた様子で仄は丸いお握りを増やしていく。その横でも手早く蓮神音(ib2662)が数を稼ぐ。 「お結びはいつも作っているからお手の物なんだよ〜♪」 そう言って鼻歌交じりにリズミカルに。時折、塩加減を調整して…彼女は食べる相手への配慮も忘れない。稲刈りをして疲れた人には塩多め、年配の人には少な目と後の事を考えているようだ。 「うわっ、ちょっとこんなのホントに握ってるの?」 そこにまたもや飛び入りしたのはドミニクだった。美味しいものにつられて…見様見真似でやってみるが、手に乗せた米の熱さに仰天する。 「おいおい、作った事は?」 傍にいたジャミールにそう聞かれて、 「え、そんなのないわよ。お料理は指を怪我するから家では禁止だったもの!」 と彼女。この分だと一つ握るのにも時間が掛りそうだ。 そんな展開を見せているのはここだけではない。知り合い同士で仲良く参加している浅葱恋華(ib3116)、綺咲・桜狐(ib3118)、イゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138)の獣人娘達もそうである。 「うえ〜、食べてしまうそうです…」 くんくん鼻を利かせてお米の香りに堪らず、齧り付いてしまいそうな桜狐。その横で握ったお握りをチラつかせているのは恋華だ。 「ふふふ、食べてもいいわよ〜。油揚げも持ってきてるし〜」 「油揚げ!?」 どこから出したのか桜狐の好物であるそれを取り出し誘惑する。 実は彼女の目的は競技よりこちらである。 「ちょっと二人とも! 別にチーム戦じゃないけど、やるからには勝つつもりでいきましょ!!」 そんな二人に喝を入れるべく、声を張り上げたのはイゥラだ。両手に米を乗せて合体、適度な圧力をかけつつ回転させて三角を形成していく。 「うー、私のは上手く三角形にならないです…。がぅー…」 その手際と打って変わって桜狐のものは水が多過ぎるようでぐちゃりとした塊に――気持ちばかりが焦ってしまっている。 「あぁあぁ、これじゃあやり直しね。その手の取ったげる♪」 涙目になった彼女ににやりと笑って、恋華は彼女の手首を取ってぱくりんちょ。流石にそれには周りがどよめいた。 「ちょっ! 恋華、何やってるのよ!! 恥ずかしいでしょ! 桜狐も固まったままでいないのッ!!」 その様子にイゥラが焦り、二人を舞台裏へと引張っていく。 「何、イゥラもしてほしかった〜?」 恋華の言葉にイゥラ赤面。これではもう競技所ではない。 「ち、違うわよ…変なコトしてないで真面目に二人も……んむぅ!?」 言い返しかけた彼女だったが、恋華の指が口を塞ぐ。汗を拭った時に着いた米を摘んで、口に押し当てられたらしい。 「あー、この油揚げ入れても美味しいかもです。外じゃなくて中に…ってあれ?」 そんな気恥ずかしい空気を破ったのは桜狐だ。慌てて離れたイゥラにくすくす笑う恋華。彼女達のじゃれ合いは終わりそうになく……従ってお結びの数もなかなか増えてはいかない。 「ここをこうして…やはり私には三角は難しいですね。俵型に切り替えましょう」 そんな中で周りの選手の握り方を研究しつつ、その結論に至ったのは百尋だった。昨日の練習でも微妙な力加減に苦戦した。丸形も彼女にとっては難しくて…そこで提案されたのは俵型だ。あの横長の形ならば、他の二つに比べて作りやすかったのを覚えている。 「よいしょ、よいしょ」 掌で転がしてから両側を軽く押さえる作業。熱さを感じない分、速度は衰えない。だが、これでいいのか彼女は判らない。おいしくできていればいいがと祈りつつ、今は懸命に握るのみ……時間はあっという間だった。 そして握られた御結びは数を数えつつ、集まった者達に配られていく。 「おれ、おねーちゃんの貰う」 始まりの時に空腹を訴えていた少年は仄の列に並んで、早速がぶり。満面の笑みで租借するのを温かく彼女が見つめる。 「えと、おじーさんはこっちだよ」 神音も作り分けたものを間違えない様注意しつつ、それぞれに配っていく。 そうして集計された結果、トップはなんと百尋だった。 「おめでとう御座います。優勝者にはこちらの祝い酒も贈られます!」 拍手喝采の中で彼女は困惑する。なんといても初めての体験なのだ。 ちなみに二位は神音、三位はあんな中でも奮起してイゥラがもぎ取っている。 その後は各時お食事タイム。秋空の下で食べる御結びに後から添えられた御新香もいい味を出している。 「あ、おいしい…」 御結班の面子が集まって、百尋が感想を漏らす。 「でしょ。お米がいいものあるけどやっぱり私のは愛があるから」 「愛ですか?」 恋華の言葉に彼女が繰り返す。 「そうだよ。お握りには握り手の気持ちが詰まってるんだよ」 とこれは神音。 自分の為だけでなく誰かの為に――旅先で食べて元気が出るのは握り手のそれがあるからかもしれない。 「そういえばお握りではなく御結びという呼び方をするのも素敵です」 仄は百尋の作ったものを齧りつつ言う。 「御結びが人を結ぶ…今の私達みたい!」 桜狐は耳を立ててそう言った。 ただの言葉遊びかもしれないが、あながち間違ってもいないだろう。 (「おしいく作るコツ、判った気がします…」) 百尋が心中で呟く。 約一名訳あってお握りのお持ち帰りをしている者もいるようだが、それもまたよし。 「これが御結び…このようなご飯を頂いたこと、感謝いたします」 黒耀も律儀にそう言って、稲刈組とそれを頬張る。 こっそり雉鍋が作られていたのはご愛嬌…何はともあれ、実りの秋に感謝――。 |