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■オープニング本文 「ご主人! 怪我が治ったなら海に行きたいのにゃ〜」 去年作った波乗り板を引っ張り出してきておいらが言う。 「ああ? 海だぁ? また性懲りもなくそんな事言っているのか」 けれど、ご主人はやはり乗り気じゃない。 背中をかきつつ面倒臭げに答えると、近くにあった煮干にもしゃりと齧り付く。 「行くのにゃ! お魚も新鮮で美味しいし、海は気持ちいいにゃよ? ご主人も海に入れば涼しくなるのにゃ」 上目使いでじっと見つめて――これは最近覚えたおいらの甘え技。 勿論本家のスキルと違って効果はない。けれど、魚屋のおじしゃんや団子屋のお姉しゃんには意外と有効だという事が実証されている。 「…そんな目で見ても俺はいかん。第一、金がない」 「え…」 久方振りに聞いたその言葉においらの目が点になる。 「聞こえなかったか? 金がなくては出かけられん」 「そんな…だって、こないだ菊柾しゃんの依頼でがっぽり入ったんじゃないのかにゃ?」 命まで張って成し遂げた仕事だ。貴族だと知った時は吃驚したが、それと同時に報酬も少なからず期待してしまったおいらである。 「貰いはしたがな…今はない。やはりいい酒は悪酔いせんしうまいな」 声を潜めるわけでなく、ただ平然とそう言って空の酒瓶を見つめるご主人。 それに釣られて、おいらの視線が酒瓶を追うと土間には複数本の空瓶が転がって、 「ご…ご主人……まじで、本当に、全部、使っちゃったのにゃ?」 いつもと違う酒瓶においらは察する。 (「きっとこれ、高いやつにゃ…今までのと違って、いい匂いがするし…」) 「……そういう事だ」 おいらの心を読んだように、絶妙なタイミングでご主人はそう言って…手をひらひらする。 その様子においらの堪忍袋の緒がぶち切れた。 「ごごご…ご主人のバカーーーー!!」 おいら渾身の猫キック――けれど、残念な事にそれはご主人の左手で受け止められていた。 「そういう訳でお仕事が欲しいのにゃ…」 ギルドの窓口に飛び乗って、おいらが窓口のお姉さんに声をかける。 しかし、普通に考えて猫又一人で依頼が受けられる筈もなく……苦笑が返ってくるばかり。 どうしたものかと途方にくれて数時間。けれど、そんな時…神はおいらを見放さなかった。 「ねえねえ、今年も川下り始まるってよ」 「あ、いいよね〜あれ。川の水は気持ちいいし、景色は綺麗だし」 「それに最後の下りは少しスリルもあるよねぇ」 川下り――川の先にはきっと海がある。 とすると、もしお手伝いできればタダで海までいけるのではないだろうか。 「その川下りって何処でやってるのにゃ?」 そう思い、おいらは早速その場所へと走る。 幸い、その場所はそれ程遠くなかった。その日のうちに川下りの営業所に辿り着き、交渉に入る。 「おいら、何でもするにゃ! だからバイトさせて欲しいのにゃ」 「ん〜、そう言われてもねぇ…猫又一匹じゃあ…それに船酔いとか大丈夫かい?」 冗談なのか本気なのか判らない対応で、営業所のお兄しゃんが問う。 「それは大丈夫にゃ! 波乗り出来る位大丈夫にゃ!」 「ほう…だったらいっちょ試してみますか、親分?」 そう言って目の前のお兄しゃんが更に上の人にかけ合ってくれる。 そうして話は進んで――おいらはある条件付で採用となった。それは、 「いいかい。もっと仲間を連れてきてくんなぁ。客が喜びそうなやつがいい」 「喜びそうな?」 「おうよぉ。実はな、毎年コースは変えてるんだがどうにもマンネリ化しててなぁ。少し趣向を変えてみようと話ししていた所だったんだよ。そこにおまえさんが来た……だったら、やるのは一つ」 「何かにゃ?」 もったいぶった言い方をするお兄しゃんにおいらが首を傾げる。 「そらぁ、おまえさんらを目玉にするんだよ! 開拓者の相棒がガイドする川下り…なかなか出会えるもんじゃねぇぞ、これは」 一般の人から見れば確かにおいら達は珍しいかもしれない。ご主人の傍が長いから判らなくなっていたが、自分がそういう立場である事をはたと思い出す。 「わかったにゃ! 声かけてみるにゃ、だからよろしくなのにゃ」 「いやぁ、こちらこそ宜しく頼むぜっ、チビじゃなかった…えと…」 「ポチにゃ」 にこりと笑っておいらが答えると、お兄しゃんは早速今年の川下りの宣伝に走っていく。 「おいらも負けてられないのにゃ」 おいらはそう思い、ギルドの掲示板を借りに再び戻るのだった。 |
■参加者一覧
ダイフク・チャン(ia0634)
16歳・女・サ
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
からす(ia6525)
13歳・女・弓
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
ウルグ・シュバルツ(ib5700)
29歳・男・砲
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●緩やかに 「おし、来たな…蛙に猫に羽妖精。それにこれは…ぬいぐるみ?」 ポチの広告をみて集まった中に大きな熊のぬいぐるみを見つけて船頭の一人が首を傾げる。 「あはは〜違うんですよ〜。この子、テディと言いまして…カラクリなんですけど恥ずかしがり屋で…ほら、顔だけでも見せてあげて」 その主であるアーニャ・ベルマン(ia5465)が慌ててフォローに入る。 「だってこれが僕自身の姿だし…なんで見せなきゃならないんだよ」 だが、テディは断固としてそれを拒否した。彼曰く、着ぐるみの中の姿は骨に値するらしい。 「どこニャ! あたいの鮎はどこにあるニャ!」 とその近くではポチにけしかける黒猫又、名前は綾香様。ダイフク・チャン(ia0634)の相棒である。 「鮎はないにゃよ…ここは川下りの営業所にゃ」 「ニャぬ!? ダイフク、どういうことニャ! 鮎が食べられる依頼じゃないのニャ?」 「ぽちのお手伝いをすれば多分貰えるみゃ」 「はぅ!?」 騙された…そう思うが、ここまで来てしまっては仕方がない。諦めて潔くバイトの遂行に着手する。そこで折角だからとポチと掛け合いを行う事が決定。他の者達はそれぞれ考えてきた趣向を川下り側に提示し、準備に入る。 「大丈夫よ、戒焔。あなたならきっと出来ますわ」 どこか不安げにうろうろ飛ぶ鬼火玉にマルカ・アルフォレスタ(ib4596)がそっと声をかける。一方では、 「アタシに任せとけば間違いなしよっ。大船に乗ったつもりでいればいいからっ。あ、でも船自体は案外小さいんだっけ?」 と従業員の前にふわりと浮かんで、胸を張ってみせる羽妖精の朱雀がいたりで。 (「あぁ、本当に大丈夫でしょうか?」) ぴんと張った耳を伏せ主の杉野九寿重(ib3226)は不安を隠せない。 ともあれこの依頼は朱雀自身が見つけた依頼――その辺の責任はきっと持ち合わせているだろう。場所が川という事もあって、九寿重は小袖に袴姿の軽装だ。 「ワンコ、何やってんのっ。下調べにいくよー」 「あ、はい」 さてはて相棒ガイドの川下り…如何なりますか。 初日は船の操り方やルートを確認、各場所の注意等の説明を受けて日が暮れた。 そして次の日は予行練習――宣伝の効果もあってか明日からだというのに、川を下る彼らの姿を見つけて手を振ってくれる人もいたりで何とも有り難い。その翌日はいよいよ今で言うプレオープン。天気にも恵まれ、朝から多くのお客が詰め掛ける。 「皆さん、今日は。今日はお日柄もよく、心地よい風が吹いていますね。今回、お供致します案内役は私、羽妖精の桜です。宜しくお願いしますね」 柔らかい微笑を浮かべて彼女が一礼。いつもならば彼女の顔には不思議な呪文が書かれた布が巻かれているのだが、さすがに不気味だという事で主であるユウキ=アルセイフ(ib6332)が説得。なかなか聞いて貰えなかったが、船頭からも一言注意を受けてしまっては従わざる負えない。彼女は黙ったまま、それを解いたという経緯がある。 「お姉さん、小鳥さん?」 そんな彼女の姿を見て、一番前に座っていた少女が彼女を見つめる。 (「小鳥か…確かに僕も初めはそう見えたっけ」) ある蛍の沢山飛ぶ夜の事、訓練の帰りの森の中で彼女を見つけた。初めはアヤカシかと思ったが、わたわた必死で自分は違うのだと訴える言葉に耳を傾けて、 「私は桜と言います。本当に羽妖精なの! 信じて下さい!」 巻きつけられた布がなければすぐに信じられただろうに…今ではユウキにとって懐かしい思い出だ。しかし少し気になるのは彼女の名前――桜には若干の抵抗がある。それは遠い過去の思い出。悪いものばかりではない筈なのに、ふとした機会に蘇る。 (「結局、過去を完全に忘れてしまう事は、出来ないんだね…」) 「ねーねー、宜しくねー」 そんな事を思っていたユウキだったが声に視線を戻すと、どうやら桜がユウキの事を紹介してくれたらしい。お客の視線が自分に集まっている。 「あ、ごめんね……ユウキです」 慌ててぺこりと頭を下げて、それを終えると桜は腰に下げていた笛を取る。 「実は、ユウキさんは横笛を吹く事が出来るんですよ。私も毎日教わっているんです。今日はその笛を持ってきました」 羽妖精用であるからかなり小さい。後ろのお客が目を細める。 「そこで今日はこの心地よい風に合う一曲を披露しようと思います。よろしかったらお聞き下さい」 そう言ってそっと唇を笛に当てて、紡ぎ出したのはとても緩やかで優しい調べ――。笛が小さくともその音色は人が使うものと大差ない。比較的流れの穏やかな場所を下っていた船に曲のメロディーが重なり一時の安らぎを提供する。 「我々も負けてはられないね」 その調べを聴いて、微笑を浮かべたのはからす(ia6525)の船。船の縁にはひょっこり使用で小型化したジライヤ・峨嶺の姿がある。 「えーまずは皆さん。この川の水深は八尺三寸。並の人間では溺れてしまうじゃろうから、どうか船から落ちたりせんように…おおっとぉ!」 出発早々にまずは注意事項とデモンストレーション。からすが僅かに船を揺らして峨嶺が川へと落ちる。 「ねー、落ちゃったよー」 そのハプニングに不安な瞳で見つめる子供に、 「ご安心召され…彼はなんたって蛙だからね」 とからすがくすりと笑って…峨嶺はと言えばぴょこんと跳ねて舞い戻り子供の頭に着地。思わず拍手が集まる。 「ま、こうなるからの。心配有難うのぅ、坊主。まぁワシはカエルじゃから落ちても無事帰る。ワシの船では皆安心してくれてかまわんがの。あ、ついでに御守り代わりのカエルのぬいぐるみも宜しく」 ジョークを交えた言葉に今度は笑顔が広がる。こうなると掴みは上々だ。予め教わった昔話を交えつつ船は進み、途中からは峨嶺が元の大きさに戻り川へ。からすは自慢の冷茶を皆に振舞うと、船に準備していた琵琶を抱き抱えて、 「もうじきこの船旅を終わる…けれど、この船旅が心に少しでも心に残るように…一曲奏でようか」 「ワシの歌を添えての」 水の激しい場所を越えて…二人は歌う。それは夏の澄みゆく川に溶け込んでいく様だった。 ●個性的に 試験運用も中日となって、バイトの面子も調子を掴み始める。 ガイドの基本は口八丁とばかりに絶好調なのは九寿重の船だ。時に大袈裟に表現して巧みに笑いと興味をとるやり方は素質ありと営業所の船頭が太鼓判を押している。今日も船の上を飛び回り、ジェスチャーも交えて朱雀は頑張る。 (「アタシ、もしかして天職を見つけたかもっ」) 注目を浴びての高揚感、射抜くような視線にテンションが自然と上がってくる。 「みてみてー、あそこの岩〜。実はあれ昔はどろどろあちちの溶岩だったんだよ〜」 山の縁に出来たごつい岩、しかしよくみれば確かに流れて出来たような形状をしている。 「もしかしたらまだどこかでくすぶっているかもね〜、こわーい♪ 続きましては、今度は逆。あの先には鍾乳洞があるんだ〜。アタシの船はあそこには行かないけど、もしあそこに行きたい人は淡明光神秘奏号に乗ってねー」 そして別の船の宣伝も忘れない。ちなみに全ての船に愛称は付けられ、行く場所も多少変えてあるから何度でも楽しめる仕様となっている。 「へぇ、いいなぁ」 その紹介にカップルが呟く。 「むむむ〜、あっちもいいけど今はこっちで。アタシの船だって損はさせないんだから〜、ねぇワンコ。あのスポットに」 「は、はい」 いきなり指示を出されて、慌てて舵をきる九寿重。 そのスポットというのはスリル満点な流れの速い場所――思わず悲鳴を上げてしがみつく彼女に彼氏の頬が朱に染まる。そして子供連れの家族はそのスピード感と上がる飛沫に楽しげな声を出す。 (「ちょ、ちょっとやり過ぎてはしないでしょうか…」) そう思う九寿重だったが、一時間のコースを緩急つけながら下り終えたお客達の顔には笑顔が溢れていた。 「どう、ワンコ。アタシのお客さん皆喜んでたでしょ〜。凄いよね〜♪ だーかーらー」 「だから何でしょうか?」 「もふもふさせてよねー♪」 「ふわぁぁぁ!!」 がしっと九寿重の耳に抱きつく朱雀。何時までも突然のそれには慣れないが、頑張っている朱雀の為、九寿重はじっとしている。 そんな彼女達と同時刻、戻ってきたのはマルカの船。乗船していたお客に頭を撫でて貰いつつ別れの挨拶し見送る戒焔。全てのお客が下り切るとマルカが労い、そっと抱きしめる。二人が一体どんなガイドを展開していたかと言えば、 「この子は戒焔と申します。船を燃やす心配は御座いませんのでご安心を…この子は喋る事が出来ませんので、わたくし、マルカが代わってご案内させて頂きます」 貴族らしく丁寧にお辞儀をして彼女が船を漕ぎ始める。そして、暫く進んで見えて来たのは洞窟の入り口。 『キューキュー』 そこで戒焔が鳴き声を上げて、緩やかに頷き通訳を始める。 「この先、あちらに見える洞窟に参ります。なんでもあの洞窟の天井には綺麗な鍾乳石があるそうですわ」 「ふぇ、鍾乳石って?」 「あそに入るの? こわい…」 その解説に思い思いの反応を見せる乗客。子供にはやはり暗いだけで恐怖が伴う。 「ふふっ、大丈夫ですわ。きっと素敵な事が起こりますから」 『キューキュー』 それを戒焔が擦り寄り慰める。そして入り口に近付くと淡い光で先を照らし、船を先導する。 「ほら、鬼火さんがいるから怖くないわよ」 その様子を見て母親も子供を宥め、船は中へ…中は当り前ながら空洞になっている為、普段より音が反響する。そう水を漕ぐ音さえ…その中では木霊し、暫し幽玄な雰囲気を醸し出す。更にそこで唯一の灯りは戒焔のみ。川面に温かな光が反射して誰ともなく呟いた言葉は、 「蛍みたい…」 光の色は違えど蛍のそれを思わせたのだろう。その光を追いかけるように進んで見えて来たのは、 「うわぁ…」 思わず声が漏れた。 天井から垂れ下がった無数の鍾乳石。氷柱状になったものやら上下繋がった不思議な形のものまである。それに加えて一部天井に隙間がある場所は日光が差し込みなんとも神秘的に様相を呈している。一行はその自然の芸術に目を奪われて…言葉を失っていた。その後は洞窟を抜けある場所へ。彼女達の取ったコースには歴史を感じるものが多い。 「あちらに見える石舞台は古代多くの芸能が行われていたとの事です。そこでこちらで一つ、戒焔のダンスをお楽しみ下さいませ」 そう言って、船を岸へつけると準備に入る。 マルカはフルートを取り出し、合図を送ると戒焔もやる気十分――穏やかな曲調のマルカの演奏に合わせてキラキラ光り愛嬌を振り撒く。元々戒焔はダンスが好きなのだ。出会った時も笛を吹いたら、同じように踊ってくれた事を覚えている。 (「あの時も、今も…とても素敵ですわ」) 彼女はそう思いながら演奏を続けて…乗客もそれにうっとりと酔いしれた。 一方、別の船は違った意味での盛り上がりを見せている。 「そっちに行ったニャ! なんとしても捕まえるのニャ!!」 「そうは言っても船の下に逃げたようなのにゃ。飛び降りる訳にもいかないにゃし…」 「行ってくるのにゃ!」 どーーん 綾香様の体当たりで川に突き飛ばされるポチ。わぁと乗客から声が上がる。 川下りを始めて数分後の事――順調に掛け合いの漫才ガイドが進んでいたのだが、ふと川面に視線を落とした少年が鮎を見つけてしまったからさぁ大変。この依頼を受けるに当たって綾香様は『鮎』につられてやってきた。一応、釣り人にも釣れたら分けて欲しいと頼んではいるが、見つけたなら逃がす手はない。 「どこにいるのニャ!」 見つけた少年の元に駆け寄り、目を凝らす。そこへポチも駆けつけて…今のやり取りに至る。 「ポチ、ポチは大丈夫みゃ!!」 慌てて舵を置いて落ちた場所に駆け寄るダイフク。例え一抹の相棒とてやはり心配である。だが、 「あ、あそこ〜」 「捕ったにゃーー!!」 少し離れた場所で顔を出して口に銜えているのは天然ものの捕れたて鮎。何処かで聞いた事のあるようなセリフを誇らしげに叫び皆一安心。船に引き上げると、再び二匹の猫又による漫談という名の愚痴が始まる。 「よく無事に戻ったニャ! さすがあたいの見込んだ雄猫ニャ」 「こういうのは慣れてるのにゃ。だっておいらのご主人、意外と不意打ちが多いのにゃ…昨日も朝起こしにいったら、寝返りで危うくぺっしゃんこ」 はぁと溜息をつくポチにお客が笑う。 「成程ニャ…あたいの所も似たようなものニャ。ダイフクはいつもなかなか起きないから毎日一苦労で」 「そんなことないみゃ! 今日だってちゃんと…」 「起きたとは言わせないニャ…あたいは見たニャ。時計は九時を回ってたニャ」 じと目でいう綾香様に再び舵を置いて、ばたばた近付くダイフクの顔は真っ赤だ。綾香様の口を塞ごうと駆け寄り船が揺れる。ちなみに九時といえばこのバイトが始まるぎりぎりの時間である。 「後々、いつまでたってもお酒やめないのにゃ」 「ダイフクは片づけが…」 「お互い苦労するにゃね〜〜」 会話は概ね自虐ネタ。しかもどこか井戸端の奥様を思わせるもので、変なギャップが笑いを誘う。話の内容にはその都度恥ずかしい思いをするダイフクであるが、お客の為だ。知らぬが花の一抹が羨ましく思えてしまったのは秘密である。 「この鮎、今晩のおかずにするのニャ」 ポチが銜えてきた一匹をご機嫌で見つめる綾香様。いつも間にか脇には酒瓶が用意してある。 「あたいも食べていいみゃ?」 その様子を傍でみていた主が尋ねると、 「仕方ないニャ。ダイフクもご苦労だったにゃ! だから特別に許すのニャ」 と有り難いお言葉。やはり何だかんだいっても相棒だ。 そんな二人を見てちょっぴり寂しくなるポチだった。 ●事件も演出に 吃驚発見狐号…そう名付けられた船を漕ぐのはウルグ・シュバルツ(ib5700)と管狐の導だった。彼らの船は主に周囲に生息する野生生物や四季の植物を紹介して回るのを売りにしている。というのも元々導はそういう観察が好きなのだ。今回の依頼の目的も主に興を得る為…報酬はついでであると語っている。 「今はこの辺は緑が多いがの。別の時期にここを訪れれば花弁や紅葉と共にゆくのも、乙なものよのう」 秋の季節を想像し、悠長に喋る導にウルグは全てをまかせっきりだ。 「そうそう、運がよければ大層愛くるしい親子連れの野生生物を目にすることもできるそうでの。流れの増す下りの川岸であるからして、しかと見渡しておらねば逃してし…ん?」 そんな解説をしていた導だったが、皆の視線が強張っているのに気付いて、導もそちらの方を見る。するとそこには二匹のもふら。野生のもふらとは珍しい…そう言いかけたのだが、どうやら様子が少し違う。 それに気付いた船は他にもあって――、 「見てみてーあそこの巨岩はここの名所なの」 さっと飛んでその岩に近付き説明するのは戸隠董(ib9794)と羽妖精・乗鞍葵だ。 「これなんか擂鉢の中心に見事な球形になった岩があるんだ」 より解りやすくをモットーに彼女は碧の髪を靡かせて、朱雀同様身振り手振りでとにかくアピール。自身の珍しさと可愛らしさを武器にして評判はいい。その姿に主である董も鼻が高い。 「あ、次はあそこー! あの黄色い岩に注目だよ! あれはね、色を付けた訳でもないのにあんな色なの。なんでかわかる?」 時に問題も交えて、やはり子供客が多いとこういうのは受けがいい。 「えとえと…元々?」 一人が必死に考えて出した答え。その回答は間違いではない。 「うん、そうだね。実はここ巨大な黄色い岩が天災かなんかで刳りぬかれて渓谷になったような場所なんだ。そっちの崖も黄色いでしょ。それに川の底も」 澄み切った川だからこそ解る事。確かにその場所だけ黄色い。 「うわっ、すっげぇ!」 「川底までとは知らんかったなぁ」 口々に上がる感想ににひひっと笑って、さてここで一服。そう思った時だった。 「あれ、もふらだー!」 「もふもふ様ー」 遠くに見えた白い影――しかし、そこにはウルグの船ともう一隻。 それはアーニャの船だった。 照れ屋のテディの船は船頭から教えられた基本ガイドを丁寧にこなす。どちらかと言えば優等生タイプの船である。しかし、熊のぬいぐるみが案内するという摩訶不思議な構図がもふもふファンにとってはたまらないらしく、挨拶の時だけ本来の顔を見せるだけでもお客はさして怒りはしない。 それにほっとしつつ日を重ねて――やっと明日で終了だと思った時にそれは現れた。 「何かおかしいですね…」 土手の先にいたもふらの様子を見取り呟く。 それは一匹がもう一匹に突進の構えを見せていたからだ。アーニャがその異変を察し、船を止める。 (「あのもふら…ちょっと目付きが変だし、耳の形もおかしいし……さてはあれは」) 「ふらも!?」 もふら好きであり『あいらぶもふら』の称号は伊達じゃない。念の為、鏡弦でチェックをすればビンゴ。やはり片方は偽物だ。 「あれ、もふらじゃないの?」 眉が僅かにつり上がり、不穏な殺気を出しているのだが、一般人には見分けがつかず、首を傾げている。 「皆さん、ふらもを発見しました! でも安心してください、僕が見事しとめて見せましょう」 そんな中テディは冷静に対応し、徐にビーストクロスボウを構える。 (「弓なら私の方が上だけど、今日は花を持たせなくっちゃね」) アーニャはそう思い手を出さない。代わりに集まりつつある仲間の船に事態を伝えて、 「ほほう、あれはふらもというらしいの。今からあそこの熊が仕留めるというから必見だ」 導はそう言うと援護には回らず、代わりに紙と筆を取り出す。 (「こんな機会滅多にないのだ。折角だし、絵に残そうぞ」) そう思い器用に筆を口に銜える導。ウルグは念の為弓を準備したが、 「主、心配し過ぎだぞ」 と窘められて、そうかと弓を下す。 「私が引きつけるからその間にバッチリ狙ってなの♪」 すいーと二匹の方に近付いた葵が本物のもふらに跨り声をかける。 「あれは敵なの…分るよね? だから、私のいう事を聞いて」 その声に脅えていたもふらだったが、彼女の言葉にタイミングを窺って、 ドドドッ ふらもの突進をうまく交して――その直後に飛び着た矢にふらもが脚を折る。当たったのは丁度脛辺り。立ち上がる隙が与えず残りの脚も射抜いて、最後は――。 「もっふーー!!」 危機を察して野生もふらが頑張った。 葵の掛け声に合わせ突進しふらもを瘴気へと返す。それにわぁと拍手が起こった。テディの矢に、葵の援護に、そして野生もふらの頑張りに――それと時を同じくして、 「我が最高傑作ができたのだ!」 流れるような筆捌きで描き切ったのは三名の勇姿。その絵を見たお客達から別の拍手が起こる。だが、声はしたのに導の姿が無くて…辺りを見回すお客達。そんな彼らを脅かすように、ひょっこりで船中央に現れて、 「何、川下りとて危険はつきもの。しかしこういうのもまた楽しみの一つぞ」 と導が飄々とした様子で言う。 「さて危機は去りましたし…また川下りに戻るんだよ」 とこれはテディ。熊のぬいぐるみで表情は読み取れないが、きっと照れている筈だ。 「吃驚させちゃったね…けどもう大丈夫なの。あのもふらさまにもお菓子をあげたいし、あそこで休憩に決定だよ♪」 葵はそう言って、董に船を寄せるよう指示を出す。 「全く…けど、あたしも賛成だよ」 その言葉に董も従い船をつける。 そして、予め用意していたお茶とお菓子を配り、景色を眺める。 そんなこんなで試験期間は終わり、 「なかなか風流だったよ」 からすが言う。皆も仕事であった事を忘れて満足げに頷く。 夏本番、今年の川下りは盛況だろう。そしてポチも、 「やっと海だな」 ウルグの言葉にポチの目が輝いていた。 |