【百狩】狩りの始まり
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/21 23:16



■オープニング本文

●把握
 蝋燭の炎が揺れる。それはとても儚く、以前の自分を呼び起こす。
 この国でならなれる筈だと抱いた希望…いや、野心というべきか。どちらにせよ、あの頃は若かった。何も知らず、ただ一心にそれを目指していた。けれど現実は残酷なものだ。それでも……全てが終わった訳ではないと、そう信じて……どこまで信じればいい? 人に頼っていては駄目だ。郷に入っては郷に従え――奴もまたその言葉に従ったのだろう。ならば、もう待ってなどいられない。奴が変えられないのなら、己の手で変えるのみ。

「狩狂様、準備全て整いました」
 静かに開いた扉の先から見慣れた青年が言う。
「そうか。しかし支部の方はどうなっている? 報告がないようだが?」
 積まれた書類には既に目を通している。そこになかった事項を青年に問う。
「そうですね、ルーベと菩提さんの両名から連絡がまだですが、僅籠さんの方は滞りなく進んでいるようですし、実動隊に加えるおつもりがないのであればこのままでも構わないかと」
「構わないだと? それで本当に良いとでも?」
 イレギュラーは認めない。少しの穴でもほおって置けば大穴に化けるかもしれない。
「すみません。確認を急がせます。で行動の方はいつに?」
「五日後の確認出来次第だ。奴らも多少は時間を稼いでくれるだろうが、万が一があっても大事無い」
「そうですね。まさかああ出るとは思っていないでしょうし」
 青年の言葉に目を細める男――彼の視線の先には一体何があるのだろう。
 そう思う青年ではあったが、言葉にする事は出来なかった。


●影の片鱗
「報告書は読ませて頂いた。百狩狂乱の仕業だとか…」
 この名を聞くと思い出さざる終えない水恋の姿。北戦の折、芹内を狙って遣わされた刺客であったが、その内にあったのは彼への恋心であり、命令は遂行出来ず逆に命を落とした女性である。そして、彼女も警告の言葉を残していたのだが、政務に追われ対策が出来ずに今に至る。
「で、現状は?」
 芹内が渋い顔で尋ねる。
「残念ながら捕まえた奴らは全員死亡した。歯に薬が仕込んであったそうだ」
 猿轡を噛ましていても食事や聴取の際は外さざる終えない。その隙を利用し薬を噛み砕いたらしい。
「そして接触があったとされる反対派の貴族達にも事情聴取してはいるが…どうにも話そうとはせんよ。おまえが暗殺を企てている等ありえんが…奴らとしては、なぁ…」
 芹内反対派…下級上がりをよく思わない貴族達の事を指し、彼らは今までに何かと難題を吹っ掛けて芹内を悩ませてきた。七草の催しもその一つ――彼らは騒ぎたいが為に表向きは慈善活動の態を装い、実の所は援助金が目的であった事を芹内も察していたし、後の報告でも強引な手口で人を集めていた事を聞き溜息を付いたものだ。けれど、芹内から見れば彼らもれっきとした民なのだ。命を奪われて黙っている訳にはいかない。
「私はそれ程器の小さい人間に見えていたのだろうか」
 精一杯努めてきてもこの結果には少なからず気落ちする。
「…まあ、それ程気にしなさんな。彼らも今は悪いと思っているからこそ恐れを抱いているのだ。そして、今彼らは板挟み状態…どっちを信じるか迷っている所だろう」
 あちらにつくか、こちらにつくか。ここが彼らの正念場でもある。
「しかしもうこれ以上の犠牲は沢山だ。私直々に聴取する他」
「まぁそう急くな。多分お前が行けば逆効果だ。ここは一つ、もう一度第三者の力を借りてみてはどうだ?」
 いつになく事を急ごうとする芹内を菊柾は宥め提案する。
「開拓者か?」
「ああ…相手は反対派。彼らは身内に近い俺にさえ話さんのだ。お前に話すとは到底思えん。武力行使をすれば百狩と同じになる。それよりは案外他人の方がいいかもしれんぞ」
 次があるかどうか判らないからこそ話せる。居酒屋や銭湯、占いなんかがいい例だ。
「しかし、内情が漏れてしまうのは…」
「信じろよ。大丈夫だ…彼らもプロだぞ」
 真剣な眼でそう返されて芹内は思案する。彼に言われるとなかなかに断りにくい。それは菊柾が彼の先輩であり、一時は訓練指導を受け、加えて今の地位に着くきっかけを作った人物でもあるからに他ならない。
「判った。この件は任せる。これでよいですか?」
 譲歩に似た承諾に菊柾が頷く。
「有難う。全ての責任は私が負う…その覚悟は出来ている。それにこれはもしかしたら私の問題でもあるのかもしれんのだ」
「あなたの問題ですか?」
 思いもよらぬ言葉に芹内が眉を顰める。
「ああ、あの狩狂とかいう男……私は彼を知っているかもしれん」
 つい先日対峙した男――その名は狩狂。名乗りはしなかったが、話の流れから彼で間違いないだろう。
「かなり昔なんだがな。小指に怪我をした男に心当たりはないか?」
 唐突に聴かれて芹内は考える。そして、記憶の糸を手繰り寄せて…はっとした。

『ふふっ、噂以上だ。初めてだよ…俺に傷を負わした者は』

 遥か前、それはまだ彼が下級志士の身分であった頃の事だ。訓練の手合わせで怪我させてしまった記憶が蘇る。
「いる…いや、いた。しかし、彼はもうこの場を去っているが」
「百狩の資料は読んだのだろう? 奴は元志士だ…そして彼ならこの城の内情を知っていてもおかしくない」
「そんな、まさか…」
 元同僚の犯行?――理由が判らない。あの後も幾度となく刃を交えて、寝食を共にした仲だ。芹内が養子になると決まった時も、彼は笑って見送っていたのに…なぜ?
「確かに彼は力に執着していた所はあったが、それが理由になるとは…」
「深い理由は判らん。だがな、私の見立てでは多分おまえの思った相手と同じだ。しかし、そうであればこちらも活路は見出せる…あいつの性格は覚えているか?」
 訓練指南役の折に稽古をつけた一人を思い出しつつ菊柾が問う。
「好戦的で曲がった事を嫌う性格。実力があるからこその絶対的な先手主義…」
 愛想がよかった訳ではない。むしろ口数少なく、本物で訓練に出る為周りには恐れられていた。けれど、決して悪い奴ではなかったと彼は記憶している。
「あいつはあの時、私を生かした。斬り捨てる事もできたのにだ。それはつまり、奴は我々を試しているのではないだろうか?」
 今まで忘れていた自分を思い出せと言わんばかりに――数々の事件を起して、何かを訴えている様にも見える。だが、
「どんな理由があれ、もうこのままでは終われない」
 芹内が言う。昔の同僚とて、許される範囲は既に超えているのだった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
和奏(ia8807
17歳・男・志
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
バロネーシュ・ロンコワ(ib6645
41歳・女・魔
刃香冶 竜胆(ib8245
20歳・女・サ
佐藤 仁八(ic0168
34歳・男・志
白瀬 譜琶(ic0258
14歳・女・シ
庵治 秀影(ic0738
27歳・男・サ


■リプレイ本文

●説得と経過
「お願いだよー! 神音はどうしても狩狂が許せない。だから教えて!」
 反対派の貴族の下を訪れて蓮神音(ib2662)は精一杯頭を下げる。
 彼女を動かすのは水恋への思い――その主の思いに答えるべく、彼女の隣では人妖のカナンが甘え上手を発動する。しかし、風向きは余り芳しくない。なぜなら、彼女の必死さが少しばかり裏目に出てしまっているらしい。
 襲撃日まで後二日…しかし、彼女の必死な態度は貴族達を困惑させはしても口を開かすには至らない。
 そこで彼女が持ち出したのは七草事件の容疑者の手配書だ。その二人と先日接触したらしい菊池志郎(ia5584)に顔を確認して貰って、彼らに危機を訴えてみる。が彼ら自身は七草の宴には出席しておらず、勧誘してきた人物はその二人ではなかった為か確証を持てずにいるらしい。
「七草事件では反対派の貴族の方が亡くなっていますし、その後の襲撃事件では賛成派だけでなく多額の用心棒代を払えない反対派も殺されたと聞いています。しかも頑是無い子供まで手にかけたと……惨い話です」
 そんな中で実際に自分が関わり得た情報を武器に聴取を行うのは志郎だ。
 しかも彼は狙いを反対派の中のそれ程裕福ではない者達に絞っている。彼らはきっと敵からの交渉の折に迷った筈だ。金額がどれ程のものだったのか、はっきり聞いてはいないがそれなりに多額である事を察し、板挟みに血涙を流す率の高い者を対象に回る。
「それにこちらにはまだ幼いお子さんがおられるのでしょう? ご家族の……一門の皆様を守るために無理をされているのではありませんか?」
 志郎のその言葉に男はどきりとした。
 よくみれば彼の草履はかなり擦り切れているし、着物も香で誤魔化している様だが結構長く着ているのか皺も目立つ。

『私はそうでもないんだが…貴族というのは建前を気にする者も多いからな』

 菊柾に会った時に聞いた話。やはり自分の代で衰退させるのは恥と思っているだろうし、周りからの陰口は評判に関わる。いつも煌びやかにとはいかなくともそれなりの身なりは整えておかなくては面子が立たないのだ。
「……王は思いやりの深い方。きっと力になって下さいます」
 志郎はもう一押しと彼に柔らかな笑顔で微笑む。
「…すまない。少し、考えさせてくれ」
 男はそう言って俯いた。時間は余り残されてはいなかったが、それでも志郎は無理強いはしない。
「わかりました。また来ますので…その時までもう一度考えて見て下さい」
 彼はそう言って立ち上がった。そんな彼の腰にはいつもの武器はなく、その代わりに礼儀正しさを前に出す。
「志郎、あっちもまだ梃子摺っているみたいじゃ」
 そこへ人魂から姿を戻して、彼の相棒・雪待が報告する。
「そうですか…やはり難しいですね」
「そうじゃ。ならば腹ごしらえをしよう」
「えぇ! またですか?」
 相棒の言葉に苦笑する志郎。雪待と一緒になってからの食費が気になってはいるのだが、今はそれどころではない。
(「菊柾さんに後から怒られないかなぁ」)
 今回の仕事では城内にいる事が多くなる為、食事は二の丸にある志士達と同じ場所を利用しており、それは菊柾管理の経費で賄われている。
「さあ、ゆくぞ」
 そういう雪待を志郎が追う。ついた先では志士達に混じって自然に話す庵治秀影(ic0738)の姿があった。
「へぇ、あんた結構長いんだなぁ。最近の新人はどうだぃ? チラっと見たところ真面目そうに働いていたがちゃんと息抜きをしてんのかねぇ」
 仲間の中では最年長、古株志士とは話も合いやすい。そこで秀影は門の監視の傍らで新人志士の動向に気を配る為、少しでも周りと仲良くなろうと試みる。寝食を共にすれば打ち解けられる――昔からよくそう言われるが、あながち嘘ではない。
「そうさなぁ、愛想はないがちゃんとした奴も多いよ。但し、坊ちゃん系は少し歯応えが足らんがなぁ」
「歯応え…というと?」
「プライドばかり高くて、実力が伴ってねぇのよ。十人に一人位はいるんだがなぁ…ぶっちゃけ、大きい声では言えないが、お家の云々でこっちにくる特権階級の奴らよ」
「へぇ」
 ここに来てやっと手に入れた情報だが、役に立つだろうか。
「しかし、そんなのを置いてちゃ城は守れねぇだろう? いいのかぃ?」
「まぁな。だから大体が外回りになるんだが…それもそれで困った事が」
 困った事とは何だろう。更に小声になった男の言葉を秀影は注意深く聞き取るのだった。


 一方推理する者達は…狩狂についての見解から独自の分析を始めている。
 和奏(ia8807)は外に相棒の鷲獅鳥・漣李を留まらせて、羅喉丸(ia0347)とバロネーシュ・ロンコワ(ib6645)に菊柾を交えて襲撃門の特定に入る。
「自分が思うに…彼は曲がったコトがお嫌いとの事ですが、そこそこ画策されるのはお好きなご様子…一の丸へは遠いのですが東北の門が怪しいと思います。理由は付近に山があったり川があったり…伏兵、船による大量輸送の他、襲撃後の逃げ道まで確保できるのはここだけなので」
 机に広げた地図を軽く指差し彼が言う。
「確かに…しかし、狩狂は反対派の貴族を懐柔していた……となると利用者が少ないが重要な所まで直通の西北の門ではないだろうか? ここならば彼の組織体制…つまり偽士のそれを利用して、貴族に化けて入る事も可能だろう?」
 とこれは羅喉丸。朝廷からの呼び出し等に使われる門であり、限れた者達しか使わない道だ。しかも貴族の名を出せば芹内も動かざる終えないのではないかと考え、ここを推すようだ。
 ちなみに残る門はもう二つ…東南と西南の門でありどちらも城下町が近く、東南に関しては流通でもっとも使われる門だ。櫓の数も多く奥まった所に門が設置されているし、西南もなかなかの流通量で一の丸へ続く門への距離はどちらもそこそこある。
「あんたはどう思うんだい?」
 そこでずっと資料の山に埋もれていたバロネーシュに視線を向けて菊柾が問う。
「え…あ、はい。私は巧緻で拙速と思われる性格により東南と見定めます」
 開いた資料を彼らに差し出して、彼女は言う。そこには彼らが知っている事件の他にも百狩が関わっていると思われる事件が抜粋されていた。それは古いものは神乱の折に遡る。
「まさか、そんな前から…」
「この事件で捕らえた者達は皆死んでいます。彼らの掟では失敗者は不要というのがあるみたいですから、この事件もそうだと思われます。そして、貴族の積荷を狙った事件では人外の者まで巻き込んでいる節があります」
 もう一つの資料には猿の様な姿のアヤカシがその襲撃に加わっていたと記され、その後は警備隊関係の失踪事件、水恋の事件へと続く。
「となると相手は志体持ちだけではないと…」
「更に厄介な事だな」
 先の事件で宝珠が奪われているし、龍に乗っていたと報告がある。となると地から来るだけとは限らない。
「意見もそれぞれ分れたままか…」
「彼は一体何がしたいのでしょうか? やはり王を?」
「さあな。俺は暗殺だと思うが、これだけの大事になってくると暗殺と言うには何処か違和感があるな」
「今は、少しでも被害を抑えて守る事が先決です」
 集まった四人が顔を見合わせる。そしてその後、羅喉丸は滑空艇・紫電槍の整備にへと向かうのだった。


●襲来
 そんなもどかしい時間はあっという間に過ぎていく。
「何処だ…何処が本命だ?」
 その後聴取によって聞き出せた方角は実に曖昧なもので、彼らを更に困惑させる。それはなぜかと言えば、皆方角が違うのだ。やっと聞き出せたと喜んだのも束の間…仲間とすり合わせてみれば、 一人は西南だと言い、もう一人は西北だと言う。結局のところその言葉に偽りはないようでそれぞれが違う場所を教えられているようだ。
「はなっから貴族の言葉は陽動なのか?」
 尽力を尽くしていたのに…これではあんまりではないか? だが菊柾は諦めない。
「あいつの性格からしてきっと何か手掛かりを残している筈だ」
 師として筈かな間ではあったが、彼の傍にいた菊柾がそう断言する。
「そう言えば確かに謎かけのような言葉も添えられていたな。地を這う者の命を受け、炎の宝珠を携えて我は下り来る…とかなんとか」
「炎の宝珠とは何の事でしょう?」
 貴族が彼らの組織から言われていたのはそれだけだ。金は既に徴収済みであったし、この後の動きは追って伝えるとしか言われていなかったらしい。兎に角最後まで考えつつも答えには至らず、それぞれ防衛に向かわなければ…もうすぐ日が昇る。
「各々思う所で待機せよ」
 菊柾の言葉に頭脳を働かせていた者達が武器を得物に持ち替えて配置につくのだった。


 さて、ここで櫓で防衛の準備をしていた者達について説明せねばならない。
 まずは西南の門――ここには既に二名の開拓者の姿がある。
「えぇよし? 基本的な事でありんすが騒ぎが起きても安易に動かぬように…陽動の可能性を考えやして、小生ら開拓者が動きますよって、よろしんす?」
 常勤志士を前にしても引けを取ることなく刃香冶竜胆(ib8245)が櫓の下に駿龍の祷諷を待たせて彼らに忠告する。
「私からも宜しくお願いしますー」
 とこれは白瀬譜琶(ic0258)だ。彼女も同じく駿龍の巌を待たせて、外堀の内にある櫓を周って来た後、彼らに狼煙についての説明に入る。
「上空には仁八さんが待機しています。敵襲来時にはそれぞれに色分けした狼煙が上がる事になっているので、それで敵の位置判断をして下さいー」
 彼女自身も一丁、背中に背負う形で携えて言う。
「確か…赤が東南、青が西南、白が西北でよろしおしたか?」
「はい、それで間違いないです。聴取の方でははっきりした場所は判らなかったので…」
「そうおすか」
 余り気にも留めないという様子で竜胆は答え、祷諷に元に下りて行く。
 元々修羅である彼女は余り多種族の者が好きではない。深く関わる等考えた事もなく、今回はこの場で事が起これば大きな混乱は必至。それだけは避けねばと剣を取ったのだ。
(「別に人の悪党が何を想うかに興味はありんせんが…悪党とは言え、なかなか豪胆な策をとってくることで」)
 半ば呆れとも関心とも言えぬ感情を抱きつつ、彼女は心で呟く。
 そんな事を思ったのは、実は彼女だけではなかった。
「志体持ちがわんさといる城に攻めてくるたぁ、馬鹿があたし一人じゃねぇと見えるねえ。嬉しくなっちまわあ」
 上空警戒に出ている佐藤仁八(ic0168)が少し風変わりな炎龍・熊の背に乗って笑う。
 彼はここに入ってから城内の志士達には心眼を徹底させ、今日に備えていた。それと言うのも進入の際に、敵の位置把握は被害を減らすにも打って出るにも大事な事だ。そして、当日の今日は…譜琶が言った通り、肝心要な役を担っている。
 そうして、暫くの時間が過ぎて――彼の目に留まったのは同時に起こった爆音と共に立ち昇る煙だった。


●王道の奇策?
 これは少し前の事…煙が立ち昇る数十秒前、
「おや、あんたら妙に緊張してるが何かあんのかぃ?」
 東南の櫓にて秀影は怪しい動きの新人志士に声をかける。
 人数は僅か四人であるが、彼らは時間を確認すると同時に、櫓の上へと移動し始めたのだ。
「ちっ、なんでもなんさ…おっさん」
 志士の一人が言う。
「じゃあ、その懐にあるもんはなんだい?」
 その問いに志士が仲間に視線を送って…すると残りの面子が駆け足で上がり始める。しかしそれに秀影は待ったをかけた。剣気だ。一人にしか効かないが、それでも十分である。上の一人の足を止めれば多少の邪魔にもなる。そこで近付いて懐を探れば出てきたのは火薬玉。
「あんた、スパイだねぇ」
 その言葉に他の者達がざわめく。が全員は阻止できず事が起こって――
「な、なんでぇ?」
 上空の仁八が反応した。これは狼煙銃によるものではない。するとアレは? 即座に考え、彼は察する。同時に上がったこれは敵による物だ。菊柾が警戒していた新人志士――本丸には入れれないが人員不足もあってか、まだグレーゾーンな者が起したに違いない。

「白だ! 西北の門だー!!」

 一部の志士の声が櫓内に響く。熟練した者達はいいが、今回初陣の者はそうはいかない。特に特別待遇の成上がりは逃げ腰だ。

「えぇい、動くな! 持ち場を動けってえ野郎ぁ裏切りもん、動く奴ぁ腰抜けだと思いねえ!!」

 そこで仁八は腹の底から声を出して、全域に聞こえるよう叫ぶ。
「お、ここで登場たぁ…って何ッ!?」
 そこで煙が上がると同時に現れた影に彼は仰天した。
 それは四方向全てに渡り、外掘りに程近い家から突如現れるスピードに定評のある相棒達。各方面でそれぞれ、走龍、霊騎、鷲獅鳥、そして山側からはアヤカシである大怪鳥の姿もある。
「こりゃあまた派手にやってくれらぁ! 通達! 全方向警戒せよ!!」
「敵は全て三体ずつですー!」
 仁八と譜琶の通達が飛ぶ。だが、門の前で発生した煙は一向に止まる気配はない。これでは敵に煙の中に入られては対処が難しくなる。格なる上はその前で叩くのみ。幸い、全ての方向に敵は小数だ。うまくすれば開拓者のみでも太刀打ちできる。そこで、

「櫓上から弓、放てー!!」

 当たらずどもいい。相手の勢いを牽制できればそれだけで効果はある。弓を取った志士達が迫り来る敵目掛けて弓を放ち、残りは裏切り者の拘束に入る。
 それにまず動揺を見せたのは霊騎に乗った西北の部隊だった。
「俺はただの武侠だ。故に、我が魂に従いて動くだけだ」
 門の前に立ちはだかり羅喉丸が言う。彼を前に霊騎部隊は各々騎乗を止め、彼と対峙する。気迫からして相手の力量はそこそこだ。
(「ここはハズレだったか…」)
 狩狂に会った事は多分ない。が、この程度の気迫ではないと彼は思う。
(「ならば早期決着をつけるまで」)
 神布が巻かれた拳をぐっと握り直して、彼は駆け出す。
 三対一、それでも彼は引けを取らない。今までの経験値が彼を後押しする。複数相手でも身体の捌き方一つで何とでもなる。それに、敵に術者はいないようだ。
「人の心を弄んだ外道にかける情けはない!」
 ここにもまた水恋を思って力を尽くす者がいた。

 続いて、ハズレを悟ったのはアヤカシを相手にする事となった東北の和奏である。
「残念そうですねぇ…私はそうでもないですが」
 大怪鳥からひらりと降りてきたのは漆黒の服を身に纏った男。彼の両サイドには二匹の鬼蝙蝠が羽ばたいている。
「ハズレと判っていても、ほっておく訳には行きませんから」
 和奏は節目がちに小さく息を吐いてから静かに答えて…漣李は大怪鳥を追ったようだ。
「助太刀するんだよっ!」
 とそこへ神音もやってくる。どうやら襲撃が全方向から来たのを見受けて、近かったここに瞬脚を使いやってきたらしい。
「おやおやレディもいらっしゃるとは…楽しみが増えました」
 くすりと笑って男が言うと同時に、煙幕の方へと駆ける。
「させませんっ!」
 和奏が繰り出したのは瞬風波。だが、相手は早かった。鬼蝙蝠もまだ明るいというのにそれを避けるように飛び、二人に怪音波で応戦する。それで怯むのを待って猛突進。煙の中へと誘う。これでは心眼があれど、弓での援護は難しそうだ。
「頂きますよ、あなたの血を…」
 背後に感じた気配に慌てて神音が裏一重を発動する。
「ふふっ、チャンスはまだある」
 男は吸血鬼のようだった。視界不良で苦戦する神音に和奏は何とかこの煙を払おうと鬼蝙蝠の攻撃を避けつつ、瞬風波を連発するのだった。
 
 一方、逆に有利に事が運んだのは西南の門。
 彼女らの前には走龍部隊が来たのだが、竜胆と譜琶の連携プレイより相手を討ち取る事に成功する。まずは乗り物破壊とばかりに、竜胆の回転切りで走龍の足を傷つけたのだ。初っ端の短銃での威嚇もあり、それは安易に成功する。そして、煙に逃げ込んだ敵には譜琶の聴覚が龍胆をサポートする。
「次、右から来るよー…後は跳躍、前から」
 その指示に従って竜胆が動くのみ。不要な動作はいらなかった。切り込んでくる相手よりも先手を取って踏み込み、隼襲で斬りつける。焔陰で正確に敵を貫けば、相手は悲鳴さえ上げる事はない。
「なんや、聞いていたのとは違いやすなぁ…」
 三人目の敵を貫いた剣を引き抜いて、竜胆が血を拭う。
 その時上空の仁八の手によって狼煙銃が打ち上がった。その色は『青』だ。
「どうやら本命は西南の門のようですね。急ぎましょう!」
 巌の背に跨り譜琶が言う。
「せやかて、またここに後続がくるかもしれんよし…小生はここに残りやす。加勢が必要ならもう一度狼煙で」
「判りました。だったら私が行ってきます!」
 彼女はそう言って慌てて飛び立っていく。祷諷は少し不満げに主を見つめながらも待機を続ける。
「くっそ…」
 が、一人の敵にまだ息があったらしい。最期の力を振り絞り放たれたのは一本の棒手裏剣。竜胆に向かう。それに気付いて祷諷は間に入るのだった。

(「なんて荒唐無稽な…」)
 打ち上がった色を確認して南側中央付近の櫓にいた志郎が西南へと向かう。
 四方向からの同時攻撃…仁八が城を落とすには三倍の兵力が必要だと基本を説いていたが、これは何だ? 確かに好戦的な作戦ではある。第一、一番流通が多い場所が本命というのも今考えれば、挑戦的であり力を誇示する意味ではそうなのかもしれないが…。
「ッ?!」
 そこで志郎は思考を止めざる終えなかった。
 西南の門の横、秀影の甲龍・高弦丸は外堀に敵の鷲獅鳥を追い込んで睨み合いを続け、残りの二体は常勤志士らの弓が何とか中への進入を防いでいる。そして、門前では煙の量が秀影の阻止により多くは無かったらしい。薄い煙の中で交戦している秀影とバロネーシュの相棒、からくりの黒竜王・伊達が見える。その相手が…信じられなかった。一人は狩狂、もう一人はあの時見た青年・黙幽だ。だがもう一人いるのは…深紅の鎧を身に纏い細身の刀を携えた女…。
「まさか、水恋さん…?」
「おや、知り合いでしたか? しかし邪魔はしないで頂けますか?」
 動揺する志郎を捉えて、黙幽が動く。櫓まで三角跳で軽々と昇ると彼の鳩尾を短刀で斬りつける。それはこないだの比ではなかった。前回は力をセーブしていたようで、動きが全く違う。けれど、ここで倒れてはと踏み止まり、
「あれは誰なのですか!」
 水流刃で応戦しつつ、志郎に問う。だが、彼は答えない。
 彼が櫓上に来たと言う事はつまり、門を開ける為に違いない。
「閂を…そこを死守して下さい!!」
 黙幽を行かせまいと立位置を考慮しつつ、志郎は奮戦する。さすがの彼とて単身櫓内では厳しいだろう。常勤志士達も抜刀している。が彼は表情一つ変えずただ目の前の敵を排除していく。さりとて時間の問題だろう。
「くっ…ちったぁ、手加減してくれやぁ」
 下では深紅の鎧の刀を受けて秀影の呟き――。伊達はカラクリらしく無感情な様子で狩狂に食い下がっている。櫓上からのブリザーストームとの連携がうまくいっている様だ。狩狂は回避ばかりを余儀なくされている。
「くくくっ、あの様子じゃあたしの出番はないかねえ。なあ、熊公…って、どわっと!」
 そう言った上空の仁八だったが、彼も悠長にしては居られなかった。大怪鳥が漣李から逃げながらも彼を攻撃してきたのだ。避け切れなかったのか、肩に血が滲んでいる。
「大丈夫ですか?」
「すまねぇなぁ。かっこ悪いところ見るられたぁねえ…」
 飛び来た譜琶に苦笑して、彼はあくまで天守閣の守りに移る。
「てやぁぁ!」
 その後は譜琶が大怪鳥を仕留めて…戦局を見下ろせば、神音は傷を追ったようだが、カナンの回復スキルで治癒を行い大事には至っていないし、他ももうすぐ片付きそうだ。
「おやおや、さすがに桂馬の高上がりは無理があったかぁ?」
 仁八が言う。

『流れはこちらに向いている』

 そう誰もが思っていた。