【罠師】二通の手紙
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/10 11:07



■オープニング本文

●少女と男
「決ーめた! あのお兄さん、やっちゃおう」
 髪を揺らしながら一人が言う。
「けれど、いいのでしょうか? まだ以前の報告も…」
「報告? 失態だよ…御殿は兎も角、洞窟の訓練場が駄目になったしきっと怒られちゃう。だったら、それをちゃらにする功績を上げないと……それには原因であるあの人をやる。それがうってつけじゃない?」
 はたして事はそう簡単なものだろうか。やる気の一人とは別に、もう一人は冷静である。
「ね、やろうよ。きっと褒めて貰える♪ いつも私達はすみっこばかりで嫌だもん。やれるんだって証明しようよ」
 彼女の言葉にもう一人は弱い。それもその筈、彼女はまだ子供なのだ。
(「…掟に従うならば最悪殺されかねない。それを避けるにはやはり何か加点になるものが必要ですしねえ」)
 自分の目指すものは何か。この子達を守り抜く事が全てだと彼は思っている。
(「いずれ始まる新たな未来の為に…犠牲は必要です」)
 彼はそう思い、彼女の意見を受け入れた。そして、今いる仲間をかき集めて探りを入れさせる。
 あの青年は何処にいるのか。幸い相手もこちらを探しているらしい。
「へぇ〜、じゃあ好都合じゃん♪ うまい事おびき出そうよ。あの古寺はどう?」
 たまたま近くにあった朽ちた寺を指し、彼女が言う。
「相手は罠師なんだって〜、私とどっちが上かなあ?」
 すくすくと笑う彼女は実に楽しそうだ。
「手筈は整えましょう。けれど油断せぬよう…」
「わかってるって」
 彼の言葉に彼女は無邪気に頷くのだった。


●手紙
「おまえに見つける事など出来はしないさ」
 以前関わった事件が少なからず絡んでいる。
 そう感じた俺はその事件で逮捕された男のもとを訪れて、手掛かりを聞き出そうとしてみたのだが、やはりそう簡単に教えてはくれない。人を小馬鹿にした様子で相変わらずの高慢ちきな態度が不快極まりない。
「そうかよ…お前に聞いた俺が馬鹿だったぜ」
 俺はそう言ってその場を後にした。
 面会していたのはからくり御殿という危険遊戯施設の運営を行っていた金持ちのボンボンだ。そして、それに関わったとされる罠の設計士を探す事。それが今の俺の目的となっている。
「たっく、こないだの子供達といい…どうなってんだよ…」
 判らない。志体持ちのよく訓練された子供達だった。その時も感じたのが同じ罠師の存在――。
 罠にもそれぞれ個性が出る。それから感じ取ったものだが、多分それに間違いはないだろう。
「キサイしゃんにゃね。お手紙なのにゃ」
 とそこへ一匹の猫又が姿を現した。どうやらかなり走ってきたようで息が荒い。
「おまえ…確かの近所だったサムライの…」
 その猫又には覚えがある。首に括られた文を受け取り、ざっと目を通す。
 それは知人からの連絡の手紙だった。彼が関わった事件にも子供が関係しているようだ。
「よし、おまえ…今知ってる事を詳しく教えろ」
「わかったにゃ」
 そこで俺はギルドに走る。内々の事件ではあったが、うまくすればその資料に目を通す事が出来るかもしれない。今の状況を打破する為、俺は急ぐ。そして、一通り目を通して、ギルドを出ようとした時再び俺に声がかかる。
「また手紙かよ?」
 今度は通行人からだった。彼は見知らぬ坊主に頼まれたらしい。
(「坊主っていうと…まさか」)
 知人からの手紙に視線を向ける。確か今仁生で指名手配になっている者の中にそんな風貌の奴がおり、しかも彼もまた子供連れであったという。
(「これはただの偶然か…はたまた罠か」)

『突然のご無礼をお許し下さい。風の噂で一流罠師様だと聞きました。
 そこで頼みたい仕事があります。内密な用件ゆえ会って話したく…
 つきましては東の古寺にて待っておりまする』

「……」
 受け取った手紙の内容は不明確。達筆で迷いのない文字ではあるが、差出人の名さえ記していないのは些か…いや明らかに怪しい。行くべきか、行かざるべきか。慎重にいきたい所だが、答えは既に出ている。
(「迷っても仕方ねえ。この際自分の目で確かめてやる」)
 相手が自分の探す相手であっても、はたまた知人の言う指名手配犯であっても、どちらにせよ捕まえなければならない相手に違いはなく、万一本当に困っている相手である可能性もある。
「ポチ、さんきゅーだぜ。少しタイミングが遅かったら危なかったかもだがな」
 俺はそう言うと軽く猫又の頭を撫でて、遠くに見える寺を見つめるのだった。


■参加者一覧
睡蓮(ia1156
22歳・女・サ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
ユウキ=アルセイフ(ib6332
18歳・男・魔


■リプレイ本文

●石段
 長い長い石階段――寺というのは修行の場も兼ねている為、自然と高台に建てられる事が多い。指定された寺までの道のりもそんな道だった。

「皆様、本日も宜しくお願いします」
 淡々とした口調で何に興味があるという素振りも見せず睡蓮(ia1156)が一礼する。キサイの依頼に集まって…彼らがまず考えたのは手紙の送り主についてだ。
「ユウキ、これ…どう思う?」
 坊主と子供――北面での情報提供者であるユウキ=アルセイフ(ib6332)にキサイが意見を求める。
「そう言われても犯人を直接見た訳ではないですし…」
「そう言う事なら、娘から詳しく聞いておけばよかったな」
 その芳しくない答えに今度は蓮蒼馬(ib5707)が言葉した。実は彼の娘は七草のそれに関わり、少しながら犯人らしい人物と接触しているのだ。手配書が出回っているとはいえ、直接情報に勝るものはない。
「けれど組み合わせからしても北面を騒がせている人物と関わりがない訳はないでしょう? 子供連れのお坊さん…偶然にしては出来過ぎています」
 そこでここ一連の北面の動きに変わっている菊池志郎(ia5584)は意見する。
「だとすると相手の裏にあるのは狩狂…という事になるが」
 最近活動を活発化させている詐欺集団の頭目の名。もしそれが本当だとすればかなり危険な事件に関わっている事となる。
「いやぁまあしかし、おまえさんもよく妙な事件に巻き込まれるねぇ」
 そんな中いつものペースでそう言ったのは笹倉靖(ib6125)だった。キサイの肩に手を乗せて…ぷかりとキセルを噴かす。
「全くだぜ。けど、放置っていうのは寝覚めが悪いからな」
 別に義務がある訳ではないし、正義感を振り翳すつもりもない。名も明かさぬ依頼ならば無視しても問題はないのだ。けれど、キサイにはそれが出来なかった。相手が自分を知っている以上、何らかの繋がりがある筈だ。ともすれば普通の依頼なら良し、別件であれば無視したとしてもまた同じ事が繰り返されると彼は考える。
(「だったらまだ勝機のある内に明らかにするのが得策だぜ」)
 付き合ってくれる仲間がいるのだ。動くべきだ。
「何やら不穏な情勢の折の子供達の関与……私もほっては置けませぬし、できたら幼い子らを保護したいですね」
「けれどもし百狩の者ならそうはいかないでしょうね。彼らは自分の意思であちらにいるようですから」
 ピンと耳を立てて凛とした様子で言った杉野九寿重(ib3226)の言葉に志郎が付け加える。
「兎に角手紙の内容だけで判断するのは難しい。善は急げですが…準備はしておきたいですし、地図とか借りてきますね」
「鉤爪ロープも用意しておこう」
「キサイ殿、念のため罠が仕掛けられるとしたらどこでしょうか?」
 指定の日時は提示されていない。となれば裏があるとしても相手は既に準備が整っていると考えられ、後はこちらの出方次第――ならば更なる強化をされる前にと、彼らは急ぎ仕度を済ませ寺へと向かう。

 石段の両側には若葉に混じって遅咲きの桜が花弁を風に散らしていた。
 キサイ曰く、罠であったとしてもこの石段には仕掛けはないと言う。なぜならここで大事が起これば都の警備隊もすぐ駆けつける。となれば逃走の確保が難しくなるからだ。それに呼び出したのだとすれば、それは確実に仕留めたい意思の表れであり、そういう時人は偶然には頼らないらしい。
(「桜には少し抵抗があるんだよね…。開拓者になる前の自分を思い出すから…」)
 それでも周囲に警戒しつつ、ユウキは心中でそんな事を呟く。
 今日は彼には珍しく短銃を下げて――これにも何やら思い入れがあるようだが、キサイは尋ねない。幸い、キサイの読み通り階段には何も仕掛けられてはいなかった。九寿重の心眼でも捉えられたのは野鳥の類であったし、志郎の忍眼でもそれらしい罠を発見には至らない。
「ついたぜ…」
 階段を上り切って――彼らを待っていたのは重層・入母屋造りの朽ちても尚立派な本堂(金堂)だった。


●思惑
 本堂に繋がる石畳、その手前には鐘楼と手水舎があり、本堂の左側には講堂なのだろう小さめの建物。更に奥には塔だったらしい残骸が見える。
「本堂と隣の建物…どちらにも数名の気配を感じます」
 九寿重の心眼がそれを捉えて仲間に報告…やはり普通の依頼ではないようだ。
「おい、誰かいるのか?…キサイに頼みたい事があるんだろう?」
 手始めに蒼馬が建物の前から声をかければ、奥から返事がする。
「すみませぬが、中に入ってきては貰えませんかな? 今、手が離せませんで…」
 彼らを本堂へと誘導する様に――がそれにおめおめと従う義理はない。相手の数はこちらより多いし、位置からして彼らを警戒しているのは明らかだ。
「姿を見せられないというのはつまり…お前達、七草事件の犯人だな。もしかして狩狂とやらと繋がりがあるのか?」
 そこで蒼馬はカマをかければ、相手は暫し沈黙する。そして少しの間があった後、正面の戸が開いて、
「それは聞き捨てならないですね…誰がそんな事をおっしゃったので?」
 まだ若い袈裟姿の坊主だった。手に武器はない。物腰は至って柔らかで笑顔さえ見せている。ただ少し開いた扉の先から僅かな気配――注意している様だが殺しきれていない。
「おやおや大勢のお越しですねえ…」
 彼らの人数を見取り男が言う。
「あ、アンタ知らないの? 俺らよく一緒に仕事するんだよね…多い方が何かと便利だし、それに」
「それに何ですかな?」
「アンタも一人じゃなさそうじゃないか? 一体どんな依頼な訳?」
 射抜くような質問に…しかし男も表情を崩さない。
「おや、気付かれていましたが…彼らは孤児でしてね。ここに匿っているのですよ…そして依頼というのはここの修繕です」
 寺の修繕をキサイに? 彼を指名する理由が判らない。
「まあ、皆様まずは中に…そう言って坊主が一礼した、その時だった。
 風を切るような僅かな音と共に彼らに向かって放たれたのは複数の矢。男の後方、僅かに開いた奥からである。そして、続け様に展開されたのは階段を塞ぐよう作り出された石の壁。
「ちっ、やっぱり罠かよ…」
 キサイが舌打ちする。
 迫り来る矢に…まず初めに動いたのは九寿重だった。彼女はキサイを守るよう前に出て抜刀と同時に数本の矢を切り落とす。その間に蒼馬は自在棍を片手に瞬脚を発動。坊主との距離を詰める。そして、志郎は夜を展開し討ち取れなかった矢を弾き、睡蓮は隠れているであろう者達に向けて咆哮を上げる。
 だが、相手もそう簡単に動かない。どちらも己が有利なフィールドで戦いたいのだ。数名は睡蓮のそれにかかって講堂から姿を現したものの、本堂内部の者達は出てくる様子が無い。
「もう何でかかっちゃうかなあ…計画がめちゃめちゃじゃない」
 そんな中、屋根の上に姿を現したのは一人の少女だった。咆哮にかかった者達にご立腹のようだが、首に下げた笛を銜えて奏で出したのは武勇の曲――笛だというのに、そのしっかりとした旋律が彼らを奮い立たせる。
「ルーベ様の曲…」
 一人がぽつりと呟いて…彼らは確信した。同い年に近い相手に様付けするとは――これはつまり彼女は一目上の存在と言う事になる。
(「届くでしょうか…」)
 考えている暇はない。志郎が天狗礫を彼女に向かって投げる。だが案の定彼女には届かず、仲間の一人が叩き落とす。この状況…屋根から引き摺り下ろさない限り、彼女に攻撃は無理そうだ。それにこちらの目的はあくまで彼女達の捕縛だ。謎が多い百狩の動きと彼女達との関係を明確にする為、出来れば保護し真実を知りたいと願う。
(「あちらに気を取られている今のうちに…」)
 そこでユウキが動いた。アゾットを翳して屋根の上に蔦を出現させる。その蔦が彼女の前に立ち塞がっていた一人の足を絡め、もう一人へ伸びる。そこにいたのはいつか見た褐色の少年だった。不慣れな屋根の上とあってか足元がおぼつかない。
「ちょっと、勝手な行動取らないでよ!」
 彼女を守ろうと出てきたようだが、これでは意味がない。
「やっぱりこいつらはあの時の子供達か」
 その姿を見取って靖が呟き、ここは一つ…キサイの勘が合っているか試してみようと思う。
「知ってるか…からくり屋敷…いや、カラクリ御殿の事?」
 その言葉に少女は明らかに眉を顰めた。
 一方で坊主はまずいと思う。今の彼女は冷静ではない。彼女の描いた作戦通りに事が運ばず苛立っている。そこにあの言葉…こうなる有能策士から子供に逆戻りだ。
「ルーベ、聞く耳を…」
 男が叫ぼうとしたが、それを蒼馬が許さない。おまえの相手は俺だと言わんばかりに、棍による連撃を繰り返す。
「いや何、あれなぁ…このキサイがぜーんぶ解いちまったし、俺達の作った屋敷の方が人気だよって言いたくてなあ。こいつが言ってたぜ。案外たいしたことないなって」
 平然とそう言いキサイの肩に手を回して、靖が彼に目配せする。その意図をキサイも瞬時に理解して、
「そうだぜ。あんなのあっても意味ねえし…ああいうもんは利用客のニーズに応えてなんぼなんだよ。独り善がりのポンコツ屋敷じゃあやっていけねえって」
 くくっと後に笑って見せれば、少女の怒りの沸点に到達し、握った笛が大きく震えている。
「駄目だ、挑発に乗っては!!」
 男の言葉…けれど、彼女にそれは届いていなかった。


●逆上
「ポンコツ? ニーズ…そんなの知らないよー! あれはただの遊び場だったしーアレくらいクリアできない方が悪いんだよー!!」
 駄々を捏ねる姿はまるで子供同然…いや、まだ彼女は子供なのだ。それも仕方がない。
「もう頭に来た…皆みんな消えてなくなっちゃえばいいんだ! そして狩狂様に一杯一杯褒めて貰うんだからー!!」
 そう言って笛を鳴らす彼女。それが仲間への合図らしい。今まで隠れていた者達も一斉に姿を現す。その顔ぶれはやはり以前の事件の者と同じだ。人数は二十人強…しかし今回はこちらも多いし、何より状況が違う。
「一人、三人。これならいけるかも」
 先程までの手応えでも以前との違いを感じていた睡蓮が言う。
(「そういえばあの時は何か飲まされていたっけ…」)
 彼ら同様に力を持つ子供達――あの時は彼らの連携攻撃を必死に受け止めていたものだが、今は…普通以上ではあるのだが、そこまで脅威には感じない。咆哮で常に複数を引き付けながら彼女は思う。
「悪いですが、少しの間眠っていて下さい」
 そんな彼らに志郎は杖を打ち据えるが、勿論奪うのは意識のみだ。そしてユウキは蔦で拘束を試みて、次々と数を減らす子供達。
「やだ、何で入らないの!」
「この人、強くなってる〜」
 そんな言葉が飛び交い、もう彼らは連携どころではない。
(「これは私の、私だけの罪だ」)
 その状況に男は焦る。ルーベの提案を呑むべきではなかった。このままでは逃げ果せたとしても掟による死が待っている。ここまで育ててきたのに…自分の判断ミスが皆の命を奪ってしまう。格なる上は、

「ルーベ、アレをやりなさい!!」
 
 男の怒声に似た声が少女を促した。その声で彼女も我に帰り…吹き始めたのは内なる何かを呼び起こす激しい旋律…その曲が彼らに与える影響力は大きかった。男の…そして子供達の表情が一変する。
「これは狂戦士の宴! いけないっ!」
 そう思ったがもう遅い。血走った目付きで先程までの理性は微塵もなく、彼らは攻撃のみに特化した戦士にへと変貌する。加えて、別の一人が奏でたスプラッタノイズにより前衛に立つ九寿重と蒼馬が意識を掻き乱される。
「くッ!?」
 蒼馬が自在棍を取り落とした。そこに空かさず踏み込む坊主。武器はないと思っていたのだが、袖の下に隠していたのか今彼の手には三鈷杵と呼ばれる法具が握られている。そして、
「天誅!」
 それは強烈な衝撃波と共に浴びせられ、蒼馬の身体が後方へと弾かれる。その後に狙われたのはキサイだった。スキルが発動されているのだろう思いの他早い。そこでキサイに近付けさせまいと九寿重が前に出ようとするが、
「退けッ!!」
 その声に彼女は動けなかった。正確にはこれも彼のスキルによる効果である。
「くそっ! 何も出来ないのか!!」
 これは靖の声――キサイに三鈷が届くまであと数cm。けれど、そこで時が止まり――今度は志郎が駆ける。距離からすれば間に合わない。ここはやはり礫で彼の腕の軌道を変えようと試みる。そこで時が戻って…振り被られて拳はキサイの横を掠めるに留まったが、勢いまでは殺せない。どさりと音を立ててもみくちゃになり転がる二人――圧し掛かる形となるが慌ててすり抜け出るキサイ。だが、
「やべっ!?」
 気付いた時には次の一手が彼に迫る。それは、
「しんじゃえーー!!」
 少女から放たれた一本の矢だ。キサイの抜け出た場所を狙って突き進んでいく。駄目だと…誰もが思った。しかし、まだ諦めていなかった者も存在する。
 
 カーーン

 鏃が刀によって弾かれた。そうそれは睡蓮によるものだ。そして、追い討ちするように来る矢の雨にはユウキのアイシスケイラルが妨害し、彼への到達を防ぐ。
「もういいでしょう…みんな捕まってる。だから下りてきなよ…」
 何処か寂しそうな言葉で彼が少女に訴えかける。気付けば既に動いているのは彼女と男の二人だけだ。
「まだだ…何としても私は…この子達を…」
 男はそう言って立ち上がる。たが、九寿重と蒼馬は意識を取り戻しているし、志郎も念の為と彼の近くで監視している為、彼の勝機はほんの僅かなものだ。
「菩提…どうしよう。私、私…」
「心配いりません。私があなたを守ります」
 屋根で困惑する少女に男は静かに言葉する。
「もう、投降して下さい…あなたもわかっているのでしょう?」
 志郎が言う。
「…できないのですよ。する訳にはいかない…そんな事をすれば、きっとこの子達は…」
「そんな事させねえって…だから諦めな。掟なんつーのは組織を抜ければ関係ねぇだろ?」
 とこれは靖だ。他のメンバーとて自害や服毒等望んではいない。
「…敵の言葉を信じる程、私は落ちてはいませんよ」
 そこで男は最後の力を振り絞る。三人の包囲を振り切るように脚下照顧を発動し、近場にいた九寿重に三鈷を叩き込むとその足で少女の方へと向かい…少女が飛んだ。屋根から飛び降りるようにして、その下で彼女を受け止めると男はそのまま本堂の奥へと逃げていく。
「待て! 子供達を置いて自分らだけで逃げるのですか!!」
 志郎のその言葉に、男は振り向かなかった。そのまま彼女だけを連れて走り去っていく。

『待てっ!!』

 そう言って追いかけようとした彼らだったが、

 ドゴゴォォォン

 近付くと間もなく本堂が大きな音を立て崩れ始め、彼らは慌てて外に出る。
「本当はこれで俺達をやるつもりだったんだろうな…」
 崩れた後にご丁寧に火がついて…轟々と燃える本堂を前にキサイがそう呟いた。