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■オープニング本文 「鳴かない鶏だとぉ?」 「いえ、正確には鳴かなくなった鶏なんです」 今日とて警備隊の屯所にはやれ財布を落としただの、隣のいびきがひどくて寝られないだのと言った何処か平和な案件が舞い込んできている。その中でたまたま喜助が話す事になった男の話はそれらとは少し違った感じのものだった。 「数日前からなんですが、うちの養鶏場の鶏達が鳴かなくなりまして…餌を変えた訳でも、場所を変えた訳でもないんですがね。朝あの子達の声が聞こえないとどうも調子が出なくって…何とか解決して頂けないものでしょうか?」 「は、はぁ…」 専門家である男がお手上げであるのに、ただの警備隊員である自分が力になれるのか? 正直どうにかできるとは思えない。けれど、無碍に返すこともできず喜助はどうしたものかと首を傾ける。 「なら、私が何とかいたしましょう!」 とそこへ奴が現れた。書生風の青年で今は警備隊に所属する、喜助の後輩・犬岡越前である。 「先輩、今の話聞きましたよ。何を迷っているんですか!」 ばしんと喜助の背中を叩き、彼は上機嫌でいつになく爽やかな笑顔を見せる。 「っていってもおまえ、相手は鶏だぞ。そう簡単では…」 「いえいえ、先輩お任せあれ。私にいい考えがあります。だからそこの旦那さん、どうぞ大船に乗ったつもりでお任せ下さい!」 だが彼はどんな秘策を持っているのか、自信たっぷりに言い切って勝手にその依頼を受けてしまう。 しかし、喜助はこの後彼が絡んだ事をいつもながら悔やむ事となる。 それはなぜかといえば――、 「なにぃーーー!! 駄洒落で鶏を笑わせるだぁ!?? おまえ本気か!」 どこからその発想が生まれたのかはさておいて、彼の考えた案というのは『笑い』による鳴かぬなら鳴かせて見せようお笑いでという作戦らしい。 「いいですか、笑いは世界を救うんです。人であれ動物であれ、きっと本気のパフォーマンスを見せれば心で感じるものがある筈なんです!」 拳を高々と揚げと力説する越前。推理オタクだった筈なのだが、この間に一体何があったのだろう。 「おまえなぁ…悪い事はいわねぇ、恥かかないうちに謝って来い」 「嫌ですよ! 私は本気ですから。先輩は知らないだけです。そう、お笑いという名の素晴らしい概念を」 「はぁ?」 喜助の目とは裏腹に、越前の目が輝いていた。こうなると彼を止める事等できない。 (「こいつの子守は疲れるんでさぁ…」) 誰に愚痴る事もできず、喜助が心中で呟く。 そして、浮かれる越前の懐からばさりと本が落ちた。 その本の売り文句には『お笑い探偵、今日も走る。新感覚ミステリー…駄洒落説得が冴え渡る!』と太字ででかでかと書かれていた。 一方場所は何処かの洞窟にて―― 「親分、うまくいきやしたね。そろそろ薬が効いてきているころでさぁ」 がっしりとした体格のいかにも荒くれ者だといった風体の男が笑みを浮かべる。 「おうよぉ、あそこの鶏はうまいって話だからな。ねこぞき頂いて美味しく食した後、残りを金に換えるって〜のは…なかなかの考えだろう?」 親分と呼ばれた男は明日の決行を前に前祝だと酒をあおっている。 「寝かしちまったら運ぶのが面倒ですからねぇ〜。いやぁ、さすが親分。声だけ奪うとは考えたもんでさぁ」 「だろう。後はごっそり頂くだけだ。準備抜かるんじゃねぇぞ」 「もちのろんでさぁ」 彼らの他にも仲間が多いらしい。二人の周りからがははと豪快な笑い声が聞こえる。 彼らはどうやら山賊の様だった。 |
■参加者一覧 / 久喜 笙(ib9583) / 能山丘業雲(ic0183) |
■リプレイ本文 ●奇策本気 「あれ〜、たった二人ですか…」 ギルドの窓口にやってきた越前が予め集まった開拓者の人数を見て目を丸くする。 「あの、もしかしてあそこにいる団体さんもそうなんじゃ…」 そう尋ねては見たが、答えはノー。窓口のお姉さんは愛想のいい笑顔のまま、集まった二人を紹介する。 「わしは能山丘業雲(ic0183)じゃ。よろしゅうな」 まず初めに挨拶をしたのは出来た体格の豪快な男・武僧の業雲だ。 ぱっと見からすればどちらかというと泰拳士を思わせるものがあるが、誰が言おうと僧らしい。 「駄洒落で鶏を笑わせる、なぁ? 随分と無茶苦茶だな、おい」 がははと笑いつつ、越前の背中をバシバシ叩く。 「そんな、無茶じゃありませんよ! 人も鳥もきっと心が通じれば…」 「笑うとでも本気で思っているのですか?」 (「だったら、阿呆な話だ」) 後半は口にはしなかったものの、そう言ったのはもう一人の参加者であるシノビの久喜笙(ib9583)である。 正直どちらも鳥が笑う等とは思っていない。ではなぜこの依頼に参加したのか? 理由は簡単――笙の場合は洒落のセンスを磨けるいい機会だと思ったからだ。シノビというのは相手に悟られず、己の欲しい情報を相手から引き出さなくてはならない。その手段として会話というものは特に重要になってくる。とまぁ、難く言えばそうであるが、日常でも会話は必要であるし、そこに少しの洒落という名のエッセンスが加わる事で他愛のない会話であっても、明るくなったりするものである。 (「この人数では大したデータは取れませんが、他人の洒落も見られるしな。多少の勉強にはなるだろう」) 里の仲間からは『独特のセンスの持ち主』だといわれた事のある笙だ。 今回のこれで何かしらの収穫がある事を願う。 「えーと、お名前は?」 「久喜笙だ。よろしく」 すらりとした体型の青年という印象…笑いが得意というイメージではない。 「まあここでいても仕方がありません。お二人さんも既にネタは仕込んできていると思いますし、早速養鶏場に向かいましょう! 本当に笑うかどうかはやってみなければ判りませんよ!!」 そんな二人の言葉にもめげず、越前はまだやる気を失ってはいないらしい。 己のネタ帳なのか、懐から帳面を取り出し高く掲げる。そして、 「もし笑ったら、世紀の大発見にもなりますからね! そうなれば先輩も皆さんも歴史の目撃者です!!」 そう言い切って、彼はご満悦。 どこからその自信が来るのか聞きたいと思う三人である。 「は、はぁ」 きっとそうはならない。そう思いつつ笙が声を出す。 「ま、やるだけはタダだぁ。面白いじゃねえか!」 がははと笑って、業雲は越前を連れて外に出る。 「あ、そうそう自分は相棒を連れてきているので、それでそちらに向かうとします」 そんな彼らに笙は相棒の駿龍・走鱗を紹介する。 「名をツォウリンと言う。走るのがかなり速いので、なかなか役に立ってくれるしな」 軽く頭を撫ででやりながら彼が言う。 「龍ってやつをこんな近くで見たのは初めてでさぁ」 その大きさに喜助は少なからず圧倒されている。 「では、これが地図です。すぐ先の山の麓らしいですが、気を付けて来て下さい」 「了解」 こうして初顔合わせから数十分のやり取りを終えて、彼らは問題の養鶏場へと向かうのだった。 かさっ かさかさ 木造の広い小屋とは言いがたい建物の中で鶏達は飼われていた。 普通ならば狭い木箱のような場所を一匹一匹の部屋として割り当てていたり、御尻側にはレーンのような造りの溝があり卵の回収等をしやすくしているものだが、ここではそんなものは存在しない。支柱となる柱があるだけで、後は放し飼い同然の広がったスペース――そこで鶏達はストレスを感じることなく育てられているようで、今も活発に動いている。 「人も動物もストレスはいけませんからねぇ」 依頼人でもある養鶏場の主が鶏を彼らに紹介しつつ言う。 「で、私達が披露するステー…むぐぐッ」 そう問いかけた越前の口を喜助が慌てて塞いだ。 「はて、ステーなんですかな?」 「い、いやぁ…こっちの話で。鶏を鳴かせる為のちょいとした、ねぇ…」 「台の様な物があればお借りしたいという事です。ありますか?」 そこですかさず笙がフォローに入る。 どうやら越前のこの突拍子もない作戦は養鶏場の主には伝えられていないらしい。 「あ、はい。でしたらこれをお使い下さい」 そんな作戦とは露知らず、主は不思議そうに彼らを見つめながらも言われた通り人が乗れそうな箱を用意してくれる。 「おう、こりゃありがとさん。後はわしらに任せてくれや」 そこへ業雲も助け舟を出して、なんとか作戦を知られずに準備に入る。 「なんで邪魔するんですか、先輩! あの方は依頼人ですよ、知ってていい筈ですが」 「馬鹿言え…駄洒落で鳥を笑わせるなんてあほな作戦、言った日にゃ警備隊が都のいい笑いものでぇ」 「いや、既に依頼を出されている時点で少なからず知られているとは思いますが」 淡々と突っ込む笙に苦笑いの喜助。今更ながら確かにともうばれているであろう事実が胸に突き刺さる。 「先輩、大丈夫です。私達の功績はいい意味で絶対語り継がれます!!」 いい意味でって何だよと思わなくもなかったが、この時既に喜助には突っ込む力など残されていなかった。 ●不発黙冷 一方その頃の山賊達は上機嫌だった。 昨日のうちに下見に行った手下の話によれば、鶏達は既に声を失くしているらしい。正確には薬のせいであり、時間が経てばまた、薬の効果が切れて声は戻ってしまう。そこで親分は決断を下す。 「今日だ。今晩決行する。荷台と鍵開けの準備を忘れるんじゃねぇぞ、いいな」 「あいよ、親分」 後は時を待つだけだ。いくら声が出なくなっているとしても昼は人目につくからまずい。 やるならば夜――あの手の仕事をしている者は朝が早いから寝るのは八時前後。その後を狙えばいい。 「焼き鳥にスープに、後は玉子酒も悪くねぇ」 山での狩りで手に入る肉とはまた違った味わいがする肉とそして卵。 あそこは放し飼いにしている為か肉の締まり具合も格別と聞く。いい値がつけば、久方振りに上等な酒も女も手に入りそうだ。気持ちが先走るのを抑えて、彼らは向かう。星が輝く時間を待って……けれど、彼らを待っていたのはなんとも不思議な光景だった。 「では、まずは自分からいかせて頂きます」 笙はそう言って、持ってきていた筆記用具を取り出し顔に筆を入れる。 「なんだぁ?」 それを不審に思って見つめる三人。 どうでもいいが、そういえば彼の頭には何故だか獣耳カチューシャがされている。 「えーと、どうでしょうか? この髭」 鼻の下に描かれたのはぐるりと渦を巻いて左右に伸びる髭と鼻下のちょび髭。 どうやら彼は視覚的な笑いを狙っているらしい。 「ん〜駄目ですか。残念、ひでー髭…自分の髭を卑下してみました」 「………」 特に笑いを取ろうとしてアクションをつける訳でなく、ただ淡々と進める彼。 ついていけない者達がここにいる。 「鶏にちなんで一つ。尾があると辛いんですよね、金欠。なぜなら、尾を引くから」 「…」 無言の空気にも屈することなく、彼は続ける。 「実はですねぇ、この、いい方の耳は飾りです」 と、今度は何を思ったかカチューシャを話題にして、それを取り外し一言。 「ずっと着けていると耳が痛い」 訳が判らない。どうすればいい。笙の不思議世界に喜助が思わず周囲に視線を向ける。 だが、隣の二人は笙のそれをじっと見入っているだけでどうにも答えてくれそうにない。 (「面白いのか、これは面白いものなのか?」) 喜助には判らなかった。落ちが何処についているのかさえ判断が付かない。 「何やってんですかね」 そんな困惑状態にある最中に、山賊の一人が中の様子がおかしいのを知ってぽそりと呟く。 そうこの時、既に山賊達は養鶏場へと着いていた。 だが、いつもと違うそれに警戒している様だ。 「よく判らんが、様子を見よう。時間はまだある」 「そうですね、親分」 中には聴こえないよう注意しつつ、彼らは密かにこのお笑いステージのギャラリーの仲間入りを果している。 「あ、そうだ。そのバケツをお借りして…」 受けていないにも関わらず、真面目にこなす笙のボケは続く。 言葉で駄目ならモノボケへと趣向を変えて挑んでみるらしい。 近くにあったバケツを頭に被って、はいつくばると、 「げろげーろ、バケツに化けた化け蛙〜」 と渾身の一発を披露して、やっと反応が返る。 「あ、それなら判ります! うまい被せですね。でしたら私も一つ。お見せしましょう」 そう言って今度は越前が台に上がる。ちなみに勿論であるが、鶏はぴくりとも表情を変えてはいない。 「え〜こほん。ここは鶏にちなんで…鶏を庭に取りに行ったんですよ。でね、どうなっていたと思います? なんと、二羽の関取になっていましてね。しかもチキンと髷まで結っていたとかで…これはたまごげた」 身振り手振りをつけて…意気揚々と話し出した彼であったが、どうにも人を笑わせるのは思ったほど簡単ではないらしい。 「あれ、判りませんでした? 鶏が庭で二羽、関『トリ』にチキンに…」 その反応に越前は自分の仕掛けた笑いが伝わっていないのかと、思わず解説に入る。 「いや判ってはいるが、笑えねぇなぁ。それに鶏からしてみれば自身の事を言われてる訳だろ? なんつーか複雑なんじゃねえかい?」 「な、なんとっ!?」 渾身のトリ尽くし、破れる。越前に衝撃が走る。 「まさか、越前。それでいけると思っていたんじゃねえだろうなぁ」 その様子を見て、喜助が恐る恐る尋ねる。 「い、いやだなぁ〜先輩。大丈夫ですよ、まだあります。えーと、あーと…では、これを」 ばさばさと帳面を捲って、額には大量の汗が滲み出している。 「狼が朝起きてあらびっくり。頭の毛がなくなっていた…そして一言。『Oh、髪がーー!!』」 「…ふむ、なかなかですね」 文章の語呂合わせに気付いたのか笙が納得する。 「でしょう! 別パターンもありますよ。画家の狼がスケッチに…そして、到着。絵を描こうと持ち物を探って、そこで一言」 「おお、紙がない…とか言うんじゃあ」 ぽそりと呟いた喜助に目を見開く越前。 「ええっ、なんで言ってしまうんですか! これは私の自作なのに…もしかして覗き見しましたか!」 「ああ? んなことしなくても予想がつかぁ…なぁ、ご両人」 「わしは判らなかった」 「自分は何というかその発想はありませんでした。そもそも狼の画家って」 助けを求めて二人に振った喜助だったが、残念ながら二人はそれぞれ別の場所に引っかかりを感じているらしい。これではどうにも鶏はおろか、人一人として笑わせる事は出来ないだろう。 「しかたねぇ。わしは破壊の方が得意なんだが、いっちょ一肌脱ぐか!」 そこで真打登場とばかりに業雲が地面をばきっと殴り、柔軟運動なのか首をこきこき鳴らしつつ立ち上がる。 「ではでは、ぜひとも凄いのを披露して下さいね」 その言葉に業雲は密かにプレッシャーを感じていた。 ●笑転奇跡 実は立ち上がっては見たものの、特に何かを思いついていた訳ではない業雲だったりする。 しかし、切望する眼差しに後に退く訳にはいかない。 「と、隣の鶏が、取り付くシマもないってなぁ、へー」 「……」 ぽりぽりと頬を掻く業雲に沈黙が襲う。だが、暫くの後越前から的確な指摘が届く。 「あの、それっと囲いじゃないと意味ないんじゃあ」 「うっ」 「鶏には何もかかってないですし、この場合私なら『隣の鶏が二羽鳥居に…」とかで」 慣れていない事はするものではない。年下からの駄目出しに頬が赤くなる。 自分でも何か間違っているのは気付いていた。しかし、唐突に出たのだから仕方がない。 「そ、そうだな。じゃ気を取り直して…隣の鶏は、よく鶏を食う鳥だ」 「どんな鶏ですか、それは」 と今度は笙のツッコミ。なんとなくであるが、雰囲気が駄洒落というより漫才に流れ始めている。 「えぇい、もうやけくそだ! 生麦生米生卵―――!!!」 「何言い出してるんですか! それはただの早口言葉です!!」 時間は既に深夜を迎えようとしている。面白くない駄洒落に皆のストレスがピークに達し始めたのかもしれない。崩壊していく精神に喜助が困惑する。 「ええーい! 元々鶏を笑わせるって言う発想が間違ってんだ!」 そして、根本に戻って始まったのは、喧嘩漫才。 「それにな、わしは思ってたんだ! まずは寝食を共にして、笑いのツボを探ってみた方がいいんじゃねえかって。おぬしの発案だから何も口出しはしなかったがなぁ。ボケた作戦立ててんじゃねぇ!!」 スパコーンと持参していたハリセンで越前を張り倒し、業雲が言う。 「えーと自分は何をすれば…そうだ。この期に乗じて鶏を頂いて」 「え、あのなんで…」 「いや、自分シノビですので」 そういって笙は非常食にと持参していた豆を餌に、鶏を誘い抱え出て行こうとする。 こうなるともうてんやわんやだ。が、脱出を謀ろうとした笙が出口の扉に手かけてはっとした。 扉の先でわずかにくすくすと言う笑い声がするではないか。 「……む? ついに啼いたか?」 それに気付いて業雲と越前も辺りを見回す。 そして、そっと近付いて、彼らは思わぬ相手に出くわす事となる。 「く、くくくくく……馬鹿でやんの。聞きました親分、鶏を笑わせるだってよぉ…あれは薬で」 中で一体何をしているのかと思っていた山賊達。 半ば眠くなりかけていた者もいたが、業雲の一言を聞いて思わず笑いが零れる。 「お、おい! あまり大きな声で」 「薬で、何ですか?」 そう注意しかけたが、時既に遅し。 気付けばこちらに接近していた笙によって扉は開かれ、ばっちりくっきり姿を露呈してしまっている。 「くそっ、こうなったらやるしかねぇ! 相手は四人だ、やっちまえぇ!!」 『おー!!』 そこで山賊達は強攻策へ。四人のうち二人が開拓者であるとも知らずに飛び掛ってくる。 「うっしゃー! こういうのなら任せろやぁ!!」 そこで吼えたのは業雲だった。今までの鬱憤もある。武器はハリセンなれど、威力は十分だ。 「馬鹿にしてくれた礼はたっぷりしてやるぜぇぇ!!」 慌てて端へと逃げる鶏達を踏まない様に注意して彼のハリセンが唸る。 「余り戦いは好みませんが、仕方ありません。大人しくしていて下さい」 そう言いつつも手裏剣で牽制する笙。喜助は必死で近くにあった鍬を片手に山賊と戦い、越前もそれなりに善処している。だが、このままでは数が多く、逃げられてしまいそうだ。 「逃げられる前に自分が逃げます!」 「ええ! 笙さん、もう笑いはいいんですよ!!」 その様子に突っ込んだ喜助であるが、彼はどうやら本気らしい。 何を考えているのか。外に出て扉を閉めると同時に、ばたばたと大きな音を立てて去っていく。 「まあ、これでこいつらも逃げられねぇ。後はわしが何とかするぜぇ」 「判りました。少なからず手伝いまさぁ」 深夜の養鶏場にて――鶏達が見守る中、彼らの長い夜は続くのだった。 そして翌日―― コケコッコー 鶏が鳴いた。一匹だけではない、次々と鶏が朝を告げる。 「や、やりましたよ。先輩、鳴きましたー!!」 その声に疲れ果てていた面子も目を覚まして、越前が喜びの余り鶏を抱きしめる。 「くそ、薬が切れたか…」 とこれは山賊の親分の言葉。出口となる扉にはどうやら頑丈な鍵だけではなく、取っ手に外から鎖がかけられているらしい。そのせいで脱出が叶わず、彼らは一夜張り合って今に至る。 「おはようございます、皆さん。いやー、よかった。山賊の仕業と知り、助っ人を連れてきました」 するとそこへ晴れ晴れしい表情で戻ってきた笙が警備隊の仲間を引き連れてそう告げる。 あの時、逃げたように見えた彼の行動の裏には、こんな理由があったようだ。 そういえば走鱗を近くの森に待機させていた事を思い出す。 「なにはともあれ、有難う御座いました。これでまた活気が戻りますよ」 そして鶏の声を聞き、養鶏場の主も現れて――この事件は幕を閉じる。 鶏を笑わせる…お馬鹿な作戦。 しかし、その作戦のおかげで裏にあった山賊の計画を潰す事ができたのだ。 「終わりよければ全てよし。笑いもやっぱり捨てたものじゃないでしょう?」 越前が誇らしげに言う。 「とはいえ、おまえの駄洒落は笑えなかったぞ」 「同感です」 とこれは業雲と笙だ。笑いとは一夜漬けで簡単に習得できるものではない。それは別の職種でも同じだろう。 「いやー、けど解決できましたしいいじゃないですか。これで私の名も更に鰻登りですね」 「どうだろうな。おとぼけ駄洒落迷探偵…ってか」 『ははは、そりゃあいい』 冗談交じりに命名されて反論する越前がいたが、 「ま、よくやったよ。今回は未然に事件を防げた訳だからな」 そう言われては嫌な気分はしない。たまに舞い込む不思議な依頼。 ある時は殺人事件であり、またある時はこんなヘンテコなものもある。けれど、越前は思う。 (「この都の平和は私が守ります。こんな楽しい仕事ありませんからね」) 小説片手に…とんでも探偵は心の中で決意を新たにするのだった。 |