【鍋蓋】お願い☆鍋蓋様
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/10 22:39



■オープニング本文

 鍋蓋長屋のクリスマス宴会――その企画が一段落する前の事。
 彼、新海明朝の部屋にはもう一人の訪問者が存在していた。
 それは、今一度彼に助けを求めてきた村の村人である。
「村おこしとはいかんまでも『りぴぃーたー』ちゅうんがいんと続かんけぁ」
「リピーターさね?」
「つまりはまたきたいと思う何かが欲しいけぇ。饅頭も煎餅もそれなりに売れとるが、伝説の鍋蓋を何度も見に来てくれる者は多くないぃ。一度見たらそれでええ、そういう者が多いけぇ」
「そういうもんさぁ?」
 新海程の鍋蓋愛があれば別だろうが、一般人なら鍋蓋に限らず名物とて一度見ればそれで満足してしまうだろう。すると再来は期待できず、村の収入は上がる事はない。
「どうにかして欲しいけぇ」
 新海は深々と下げられた頭に頭を抱える。
 鍋蓋探求に少なからず行き詰っているのは事実だ。投擲鍋蓋レースにしたって、ある意味『苦肉の策』であった事は自分自身がよくわかっているし、長屋の修繕に使ってからというものぱったりどういう訳か鍋蓋を引く機会が減ってしまったのだ。
「本当に俺でいいさね?」
 目の前にいる老人に彼が聞き返す。
「あんたさんしかおりませんけぇ…どうぞ、よろしゅうお願いしますだぁ」
 その言葉に新海は決意を改めて、了承の返事をする。
「けど、少し時間がほしいさね…時は年末。そっちも忙しいと思うさぁ」
 そう言うも実際は考える時間が欲しい為のいい訳だ。けれど、それは相手も判っている。
「わかりましただ。では、今日はこれで失礼しますけぇ」
 彼はそういうと菓子折りを置いて、その場を後にした。
 残された新海は、床の間のとっておきを見つめながら新に思考を巡らすのだった。


 その後数日が過ぎてもいい案も出ず、燻っていた時にクリスマス宴会の話が持ち上がる。
 突然の依頼ではあったがやはりほって置く事はできず、彼はこれも引き受けて…まずはクリスマスを優先する事となる。そこでそれがどういうものか調べる為、都にある図書館へ。だが、
「何か落ち着かないさぁ」
 日頃から体を動かす事の多い彼にとって、この静かな雰囲気にはどこか馴染めない。
 周りをみれば、お難そうな役人やら眼鏡を着用した青年やらが分厚い本を開いて一心に読み耽っているし、一方では傍らに紙を置いて何かをメモしている真面目そうな人々。ごつい自分の居場所ではない気がしてならない。
「さっさと調べて帰るさね…」
 新海はぽつりとそう呟いて、早く腰を上げるべく本を探す。
 だが、図書館に収められている本の数は半端ではない。その中からお目当ての本を見つけるのは意外と難しいものである。暫く歩いて、ようやく見つけ出して開いた本には大きなツリーの絵が描かれていた。
「これを作ればいいさね?」
 キラキラ輝く装飾品が飾られたもみの木に、赤い服に真っ白の髭の老人。鹿とは違う四足の生物が彼の乗るソリを引いている。そして、ページを捲れば、料理を囲む家族の姿――。
(「何かに似てるさぁ…」)
 それの詳細に目を走らせつつ、新海は考える。
 飾り付けられた植物に特別な衣装、赤に緑…そして、白。料理を囲むといえば、それはそう――。
「正月さぁ!!」
 形は違うし理由も違うのだが、何処か似ている。
 門松に着物に獅子舞に御節。そう考えて、彼ははっとする。
「そうさぁ! これで万事解決さね」
 ツリーのページを再び開いて、彼は『館内お静かに』の文字の前で高く拳を突き上げる。こうなると彼に周囲は見えない。メラメラと瞳に炎を宿し、やる気モード全開である。
「まずは特別な鍋蓋を準備して…けど、クリスマスもあるさね」
 二つ同時に請け負ったのはまずかったか。しかし、今の彼は覚醒中だ。
「そうさぁ、どっちにも使えばいいさね!」
 そういうと掌サイズの鍋蓋を量産しに長屋へと帰るのだった。


 そして、クリスマスが終わる頃、彼は本格的に動き始める。
 村を自ら訪れて…第一声。寒さが吹き飛びそうな笑顔で彼は言う。
「ここに鍋蓋神社を建てるさね!」
「鍋蓋神社ぁ? それで本当に人がくるけぇ?」
「くるさね! これがあればきっと来るさぁ!!」
 彼は木箱に並べられたひものついた小さな鍋蓋を抱えて、そう言い切るのだった。


■参加者一覧
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
サーシャ(ia9980
16歳・女・騎
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
アーク・ウイング(ic0259
12歳・女・騎


■リプレイ本文

●年末も大忙し
 鍋蓋神社の案を思いついたのはクリスマス前の事。
 彼は村人達に知らせに走る前『神社を建てる』とだけ連絡し、それと同時に手伝ってくれる開拓者を募っていた。そうして数日、打ち合わせをする余裕はなかったものの二十六日の朝長屋を飛び出して、村に到着する頃には先行班がひとまず必要となりそうなものを集めに掛かってくれている。
「やぁ、新海さん。噂はかねがね…一度一緒に仕事をしてみたかったんだよな」
 そう言って彼の到着を喜んだのは宮仕えの経験のある海神江流(ia0800)だった。その隣では恭しくもお淑やかに濃紺の衣装を纏ったからくり・波美が作業の手を止め一礼する。二人は既に土台となる木材の切り出しを行っているようだ。大工を招いての助言を元に、からくりの得意とする単純でいて正確が求められる作業を繰り返す。けれど、彼女はどこか引っかかりもあったりで…。
 人らしさ、女らしいを求める彼女にとっては主である江流が雑用で、自分が力仕事というのは少なからず納得がいかない。けれど、
(「主と年越しが迎えられるのだし、こういうのを『悪くない』というのかしら…」)
 そう思うと今の作業も僅かに楽しく思えるから不思議である。
「おや、あなたが新海さんか。お初にお目にかかる」
 そこへこちらも先行班である篠崎早矢(ic0072)が愛馬であり霊騎の夜空を引いて現れた。
 ちなみにこの他にまだ四人、先についている者が存在する。それは三頭身子供のからくり・天邪雑鬼を連れた鈴木透子(ia5664)と炎龍・クオンを率いるアーク・ウイング(ic0259)、忍犬のまゆまろの主人・松戸暗(ic0068)、そしてアーマー『天狼』所有のサーシャ(ia9980)である。
「やっときましたね。待ちくたびれました」
「たびれたぞー」
 透子の言葉を繰り返す天邪雑鬼を隣に紙を携えて、早速神社のコンセプトの相談に入る。
「ちょっと待ったぁーー!」
「神音も参加者だよー!」
「自分もです」
 たが、そこで待ったがかかった。
 それに視線を移せば、その先にはクリスマス宴会に出ていた村雨紫狼(ia9073)、蓮神音(ib2662)、和奏(ia8807)の姿がある。
「三人とも参加してくれてたさぁ?!」
 その面子に新海は驚いた。
 そういえばオーナメント作りにばかり気を取られ、こちらの参加名簿を見ていなかった気がする。
「おいてくなんてひどいよー」
「全くです」
 某所で彼女の先生が手に入れた鍋蓋武器『サブル・ボーク』を片手にいう神音と和奏の痛い言葉…新海がそれに微苦笑を浮かべる。参加メンバー全員の到着を期に作業中の者を集める為、活躍したのは暗の忍犬だ。全体が黒なのだが、目の上だけが色が薄く、公家眉のようになっているのでこの名がつけられたという。
「で具体的な案はあるのか、鍋蓋マン?」
 集まったところで単刀直入に紫狼が尋ねる。
 そこで取り出したのは木箱に詰まったミニ鍋蓋だ。
 実はこれ、彼がクリスマスオーナメントとして使っていたものである。
「これをどうすると?」
「絵馬さぁ! 丸い鍋蓋は円満の証さね!!」
 自信満々にそう言って彼がそれを掲げてみせる。ただ、彼の案はここまでだった。
「ん〜それだけでは弱いな。他は?」
「本殿や水手所の案はあるのですか?」
 そう尋ねられて、目を点にする彼。絵馬の事しか考えていなかったのか言葉が続かない。
「シンボルとしての神社建設ってのはいいとこついてるぜ、鍋蓋マン!」
 その様子から察して、気落ちしないように紫狼が肩を叩く。
「ではこういうのは如何でしょうか?」
 そこで透子が提案した。
「割れ鍋に綴蓋という諺があります。これを活かして誰にでも似合いの相手がいるという縁結びのご利益があるとしてはどうでしょうか?」
 一見ぼぉーとしている様でいていざという時に頼りになる。新海は彼女に以前も助けられている。
「ふむ…それはいいかもしれんな」
 その案に皆が頷く。
「何か目玉となるものがなければ人は集まらないし、円満縁結びとなれば利便性も高いからいいんじゃない?」
 とこれはサーシャの言葉。
「それにこういう願掛けって野郎より女の子の方が興味ありじゃん? あと料理もうまくなるよ〜的な効果もアリとしときゃOKだろ」
 透子の一言からイメージは膨らみ、それはどんどん形となっていく。
「ねえねえだったら、色々鍋に関連させようよー。神音は狛犬を鴨にしてみると面白いと思うよー」
「鴨鍋…ということですか?」
 神音の言葉にぽそりと和奏が続けて、狛犬鴨案はあっさり採用。
 それに続いて更なる奇抜なアイデアが溢れ出す。
「後は手洗い場だっけ? あれも大きな古鍋にするのもありだよねー」
「でしたらいっそ本殿の屋根も鍋蓋とか?」
 一度鍋蓋長屋で試されている鍋蓋瓦。ここで使うのも悪くない。
「そうだの。いっそのこと二枚のでかい鍋蓋を屋根にするというのはどうじゃ」
 鍋蓋瓦から鍋蓋屋根へ――思い切った発展。まるでアイデアの宝庫だった。
 三人寄れば文殊の知恵というが、これほど簡単に出てくるものだろうか。
「皆有難うさぁ〜」
 その熱心さに思わず新海の瞳から涙が溢れる。
「何々、何で泣いてるのー?」
「男、泣く、みっともない」
 それを見て神音の人妖・カナンと天邪雑鬼がそれぞれ言葉した。


●建設開始と同時に
 そして、半日が過ぎた辺りからそ各々行動を開始する。
 神社自体には最低でも合計三つの建物と二つの鳥居を建てなくてはならず、和奏も宮大工を呼んで村の男手を借り迅速な行動を心掛ける。
「成程、そういう意味があるのですね」
 そんな作業中でも彼は楽しげだった。
 職人好きであり、今も鳥居の位置に関する雑学に感心していた所だ。
「楽しそうね」
 そんな彼に近付き、道具を差し出す彼の人妖・光華は少し不機嫌である。
「はい、楽しいですよ。聞きましたか…鳥居を本殿よりずらして立てるのは神様と同じ位置では畏れ多いからだそうです」
 しかし、彼は気付いていない。教わった通りに作業をこなしつつ、今聞いたばかりの話をする。
「あ、そうでした。姫、一つ頼まれてくれませんか?」
 そんな中はたと思い出しように和奏が言う。
「え、なになに! 先に行っておくけど重い事は嫌だからね」
 自分だけへのお願いというのが嬉しかったのか、珍しく彼女が彼の用件を聞いてくれる。
 その一方では怒鳴り声が上がって――。
「わたくしに力仕事ですって! そんなのちゃんちゃらおかしいですわ!」
 銀髪のショートボムを揺らして、紫狼のからくり第一号・カリンが彼の意見をはねのける。
「だっておまえ力だけは…」
「エレガントではありませんから」
「はぁ?」
「事は全てエレガントに、ですわ」
 彼女はそう言うとツカツカとその場を後にする。残された彼は困り顔。
「見た目は完璧なんだがなァ。あの性格だけは元の製作者の趣味なのか…」
 やたらとエレンガントを目指して、彼とぶつかる事が多いがそれもまたよし。少ないデレを引き出すのは彼の腕次第だ。
「待てよ〜わかった。だったらおまえの美貌を生かしてやって欲しい事がある」
「本当ですの?」
 その言葉に彼女が振り返る。――がそこへ神の悪戯が舞い降りた。
 二人の間に風が吹いた。その風の先を辿って見上げれば、そこにはクオンに跨りロープに木材を巻き付け運んできたアークの姿がある。そして、彼の目はアークの太股に釘付けにとなった。
 アーク・ウイング・十二歳…まだ少女であるが、紫狼の射程圏には入っている。加えて、目が離せない理由…それは極端に短いスカート丈。たらりと鼻から赤いものが流れた。これでは何を見ていたか丸判りだ。
「わー、今見たよね。絶対見たよねー」
 空の上からアークが言う。
「見ましたわね、マスター」
 それでいてもたってもいられなくなって、カリンが紫狼に詰め寄った。後はいわずものがな。
「最低ですわ、不潔ですわ! 非エレガントですわ!」
 ご立腹状態のカリンにのびたままの紫狼をしばし傍観するアーク。
 実は彼女、誰かが覗くかもとわざと短めのスカートを穿いて来たのは秘密である。
「まさか本当にいたとはねー。いこー、クオン。次の木材を運ぼう」
「グルル」
 彼女はそう言って早々とその場を後にして、今度は山場のサーシャの元を訪れて声をかける。
「あ、アークちゃん。ご苦労様ですね〜」
 そこはでサーシャが最新のアーマーの乗り心地を体感しつつ、MURAMASAソードを振り回していた。
「どうですか、乗り心地は?」
 実装されたばかりのアーマー『人狼』――従来のものよりも鋭利なデザインで稼動効率も大幅な改良がされており、搭乗口も背後になった事からより防御性が上がっているのだと聞く。
「えぇ、それはもう。やっぱり新しいのはいいですよー。アークちゃんも乗ってみますか?」
 冗談交じりにそう言って、サーシャがアーマーの手を振る。
「これ、持ってくぞ」
 そんな二人を余所に、地上では早矢もまた往復作業を続けていた。
『私は建設のアイデアがないからな。運搬役を志願する』
 そう行って夜空と共にずっと同じ作業を繰り返している。
 小物や道具であれば馬の背に乗せる事も可能だが、丸太の木となれば話は別だ。例え彼女の霊騎が骨太の太い足をしていたのとしても数運ぶのは容易な事ではない。早矢が不慣れながらに適当な長さに切ったものを台車に乗せて…それを夜空に引かせて運んでいるようだ。
「すまぬな、無理をさせて…」
 えっちらおっちらゆっくりと歩む夜空の横で頭絡を引きつつ、彼女が言う。
 人馬一体――これは彼女の家系からくる精神であり、例え横を歩いていても愛馬の様子に常に気を配り、些細な変化を見逃さないでいる事で彼の疲労を緩和してやれると彼女は考える。
「もう少しだ…後少し行ったら休憩にしよう」
 夜空の好物である人参は同行時は常に持ち歩いていた。足が短くて不恰好ではあるが、それでも彼女は一目見て気に入った。真っ黒な毛並みに円らな瞳…体型も以前稽古で乗っていた馬と似ていたからだ。
「さて、今度は私の番だな」
 暫く歩いて、やっと建設予定地に到着すると彼女は夜空に水と人参を差出す。
「この鍋蓋武器、面白いー」
 よく判らないが、顔合わせとなったあの日に神音が持っていた鍋蓋のような武器。
 それを振り回して切り込みを入れている神音を見取って、その相棒の金髪少女カナンが喜んでいる。
「元気なものだな」
 早矢がくすりと笑い、ぽつりと呟いた。


●裏方と年越し蕎麦
 建設と同時に行わなければならなかった事…それはやはり宣伝活動である。
 神社が出来たとて、その存在自体に気付いてもらえなければ意味がない。そこでシノビである暗はその情報網を頼りに周囲の集落や都に近いうちに鍋蓋神社が建てられ、落成式が元旦に行われる事を知らせに走る。
 まゆまろも先行する形で先に行き、仲間のシノビに文を伝達する役目を担いどこか楽しげだ。気温を感じさせないほどの元気な動きを見せられては、彼女の顔も自然と綻ぶ。それは彼女が犬の育成にも力を入れている家系でもあり、なんとなくまゆまろの気持ちがわかったからかもしれない。身体が小さいまゆまろはどうしても戦力としては劣る。故に彼女の他の忍犬よりも臆病でなかなか戦場に出る事はなく、今ここで活躍できている事は嬉しいのだろう。
「次はもう一つ先の家じゃ。いいの?」
「ワンッ」
 軽く頭を撫でてやってそう指示を出せば、一目散に駆けていく。
 人も動物も十人十色…個性を生かすように育てれば、きっとまだまだ伸びる。彼女はそれを確信しつつ、ある山へ向かっていた。それは和奏の人妖より託った件の為だ。その際の道のりでも宣伝活動は忘れない。
「雪山か。けれど問題じゃろう」
 足場がどうあれ、任務は成功させる。そこまで大袈裟なものではないが、念の為気を払いつつ到着したのは山の上の一軒屋。
「ここか…」
 表札には斬払木貫の名があった。


 さて、場所は戻って鍋蓋村。ここでももう一人宣伝に力をいれる者がいる。
「青龍寮の鈴木透子です。よろしくお願いします」
 鍋蓋村の役場を訪れて、彼女が動いたのは村での話のすり合わせである。
「ご利益としては縁結びという事にいたしましょう。それでですね、仏を作って魂入れずにならないよう氏子さんを決めねばなりません。名目だけの神社というのはいけませんし、万一祟り神なんかになってしまっては困りますので」
 その話に集まっていた村人達がしきりに首を縦に振る。
「して具体的には?」
「粗悪品の鍋蓋の回収や使用済みの古くなったものを供養するのもありだと思いますので、できれば祠を建てたいのですが、可能ですか?」
 現在神社の本殿と社務所の建設で手一杯だ。資金もそう多くない村からしてみれば、これ以上の出費というのは正直厳しいものがある。けれど、目先の小金ばかりを見ていては一向に改善されない。
「一から建てるのは難しいじゃろうが…どうにかならんかのう」
 何かあればそれが利用できるかもしれない。ご利益や由来については紙に纏めたものを各々に配って――彼女自身は神社付近に手頃な場所がないか天邪雑鬼と共に調査に向かう。
「ちょーさ、ちょーさ」
 性別がはっきりしない天邪雑鬼だが、こういう事は楽しいらしい。すすんで前を飛ぶ。
「そういえばこの先にもう使ってないぃ貯蔵庫があったようなぁ」
「貯蔵庫、ですか?」
「あった、あなぐらー」
 案内役の男の言葉に釣られた彼女の言葉と、天邪雑鬼がそれを発見したのはほぼ同時の事だった。



 新海の相棒・鬼火玉のたまふたも夜間の作業に貢献した。
 キュ〜キュ〜鳴き声を上げながら、あっちやこっちへ灯りを提供し、大晦日の夜も彼らの徹夜に近い作業は続く。
「いよいよ明日だな。間に合うだろうか?」
 丁度新海の隣で作業していた江流が彼に問う。
「これだけ頑張っているさぁ。だから全てまあるく収まる筈さね」
 その問いに彼はあっさりとそう答えて、
「皆、花湯でもどうぞだよー」
 そこへ神音が現れた。
「この後鍋蓋煎餅入り年越し蕎麦もくるのー」
 続いてカナンも小さな盆に湯呑みのせて、配って回る。
「いいなぁ」
 誰かが言った。二人の笑顔が自然と周囲に元気を与える。
「きゃ〜〜相変わらずかわいーわねー」
 すると今度は力仕事後の癒しとばかりにやってきたサーシャが彼女らを見つけて抱きつく。
 わっと吃驚した二人だったが、悪い気はしない。けれど、サーシャの行動に周りがくすりと笑う。それを恨めしげに見る者がいたがそれはそれ。年越し蕎麦を食べ終わる頃には皆の力も戻っている。
「さてそれじゃあもうひと踏ん張り、がんばるさね!!」
『おー!』
 村には除夜の鐘ではなく、とんかちの音が絶えず響いていた。


●誕生、鍋蓋神社
 そして、新年の朝日が昇る頃――粗方の作業は完了した。
 暗の呼び寄せた仲間達の助けも借りて、朝を迎えた彼らは境内の道具を片付け落成式の準備に取り掛かる。加えて、出店もぽつぽつ並んで、その中には名物の鍋蓋饅頭と煎餅の試食用テントも見える。祠の方は貯蔵庫を改良する事が決まり、当日には間に合わなかった。けれど、完成を目指していくらしく計画は村ですすれられ、それまでは透子の所属する寮が引き受けてくれる筈だ。
 そんなこんなで落成式を終えて、元旦初日――参拝客の数は上々だった。
「あ、さすが鍋蓋神社ね…」
 真新しい鳥居の真ん中に社名を書いた額のような物が鍋蓋になっている事に気付いた参拝客の一人が言う。
「やったー、あれ神音のなんだよね〜♪」
 その言葉を耳にして彼女が純粋に喜んだ。ちなみに他の場所にも提供している。
 それを越えて見えてくるのは鴨の狛犬。鴨葱ならぬ鴨が鍋蓋をしょっているというユニークな仕上がりで子供の目を引いていた。そして手水所の水受けは中古の大鍋で出来ている。その近くにはアーマーの突貫工事で作った川が流れ参拝者達の穢れを流す役目を担い、二つの立砂の上にも勿論鍋の蓋。この山に降りてきて下さいとの想いが込められていると江流の立て看板が解説している。
『わぁぁ!!』
 その先の本殿で声が上がった。
 土台の白壁に魔除け効果のある赤の柱。屋根は本殿を守るように二枚の大きな鍋蓋を模したものが直角に合さって互いを支えている。勿論形状的なものを考慮し、その下には瓦が敷かれ雨漏りはしないよう工夫されているのだが、外からはそれが見ないようになっている為、驚くのも無理はない。

 カラーン カラカラ

 加えてココにも一工夫。
「あれ〜、木の音がするぅ?」
 そう言って鈴のついたひもを見上げれば、そこにも鍋蓋が下がっていた。木だけにしたかったのだが、鈴の意味を考慮して鈴が鳴ると同時にその板に触れてカラカラと音が鳴る仕組みに変更した江流作の一品である。
「鈴はね、邪気を払い神様をお出迎えする意味があるんですって」
 そこへ甘酒を持って巫女服の波美が現れて、参拝後の方々に無料で提供しているらしい。
「巫女さんだー、きれー」
 子供の言葉に彼女が微笑む。
「巫女姿、いいじゃないか」
「主…」
 たった一言だったが、彼女にとっては心が暖かくなるような気がした。
 そんな彼女を遠目に見つめて、「うわちっ」と叫んだのはやはりこの人、紫狼である。
 自腹で石狩鍋の屋台を出していたが、それをよそう手が止まっていたらしい。器から汁が零れて手にかかる。
「マスター、もっとエレガントにですわ」
「カリン!」
 思わず叫んでいた。
 あれからこっち姿を見せなくて少し心配していたのだが、巫女衣装を着ているという事は彼が言いたかった市街地に行っての宣伝活動はやっていてくれていたのだろう。
「よく返帰ってきてくれたぜー」
 彼女の帰還に紫狼のやる気が倍増する。
「おにーちゃん、朱印どこー?」
 と今度は子供だった。神社の判子の押された帳面を持っている。
「え〜とそれは」
「社務所の方だ。和奏が手配してくれていたらしい」
 首を傾げかけていた紫狼を見つけて、早矢がフォローする。
 しかもその印はあの鍋蓋作りの名工と謳われた斬払木貫の手によるものだ。
「一度お会いした事があったので」
 さらりと和奏はそう言って自慢しないが、なかなかに凄い事だ。
 まぁ新海の依頼での事であるが…よく引き受けてくれたものだと思う。
「そんなに凄い人には見えなかったのじゃ」
「ワン」
 だが見た目はというと普通のおっさんであり、暗は少し腑に落ちない。
「だいだいそういうものですよね〜」
 サーシャはどこから頂いたのかアークと共に餅を頬張っている。
 ちなみに神社の作業を手伝っていたのかアークは巫女服だ。クオンは邪魔にならないよう神社裏に待機させているが、子供達の興味を引いている事を彼女はまだ知らない。
 何はともあれ、スタートは快調のようだった。


 そして、あっという間に時は過ぎていく。
 新海の作ったクリスマスのオーナメント兼絵馬も好評で、多くの人がそれに願いを託している。神卸の儀式も滞りなく済んだ。氏子も決まった。これから先は村の者達の管理次第となるだろうが、この参拝客の多さを見れば今後にも期待できそうだ。
 それに、今後についても彼らは意見を交わしている。
「鍋蓋という事で料理大会を行うというのはどーかな? そして優勝者にその年の福男ならぬ副料理人なって貰うの。これだったら、同時に料理が上手になるアピールも出来るでしょ」
 神音の提案――まだ若い彼女ならではの柔軟な発想に今後の未来が託された訳だ。
「有難う御座いますけぇ」
 村を代表して、新海の家を訪れた男が再び深々と頭を下げる。
「こちらこそ楽しかったさね。もし俺が引退したら、ここの管理を手伝いたいさぁ」
 新海はそう言って、笑顔で村を後にした。けれど、それはきっとまだ先の事だろう。
 なぜなら帰った当日の支給品籤で彼はまた鍋の蓋を引いたのだから――。